フィリピーナと共に
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2020年05月31日

コロナが自分を変えるかも

 コロナウィルスのせいで、世界中の経済が打撃を被っている。
 今でも減給などの小さな影響が現実我が身に起こっているが、本当に悲惨なことが起こるのはこれからではないかという気がするから恐ろしい。
 今やビジネスは世界中が絡み合っているため、自国に問題はなくても、隣国の問題じゃないかと左団扇《ひだりうちわ》で呑気に構えてもいられない。
 隣国の壊滅は巡り巡って自分の足元に火をつける。今はそういう環境の上に経済が成り立っている。
 今回のこの騒動は、ユダヤ資本系のシャドーグループが、中国から世界ビジネスの主導権を取り戻すために仕組んだ大掛かりなトラップという説もあるようだ。
 世界中が束になって中国に責任を取らせようという動きが見え隠れする今、そんな陰謀説もあり得なくはない程度にぼんやり聞いているが、もしそれが本当ならばこの世も末だと思っている。
 自分たちの地位や金儲けを確実にするために、世界中で六百万人の人間を苦しめ、三十六万人の人間を死に至らしめたというのであれば、これはもう救いようがない。
 そして陰謀説が本当だとしても、富を得て豊かになった中国は、外部圧力で簡単にめげないはずだ。
 ほとんどを内需を含めた自給自足で経済を回せるようになった中国は、資源さえ確保できれば世界中を敵に回しても怖くない。
 中国共産党首脳部が本当に恐れるのは、国内の反逆(クーデター)、政府転覆を図る策略、資源輸入妨害などだ。
 国外の声が怖いとすれば、それが中国国民の感情に火をつけることである。
 あれだけの数が揃えばそれなりの力になることを、中国の民衆は気付きつつある。
 まとまって暴動でも起こせば、いくらロケット弾を撃ち込んでも雨後の筍のように竹槍を持つ人間が湧いて出てくるのだから、警察などは敵うはずもなく軍隊を駆使するしか手はない。
 その軍隊にしても、怒りを顕《あらわ》にした民衆にどこまで非情に対処できるか分からないから、制圧可能かさえ怪しい。
 仮に制圧できたとしても大きな禍根を残すのは間違いないという具合に、国内問題は顔を横に向けて糾弾の声を右から左へ、というわけにはいかないのが現実だ。
 今のところ中国はアメリカに不思議なくらい下手に出ているが、裏で何を考えているのか分からない。

 話を身近なところへ戻すと、スモールビジネス、特に東南アジアの貧国におけるそれは政府のまともな支援もなく、ひとたまりもないだろうと言われている。
 が、それは半分当たりで半分はそうでもないのでは、と考えたりしている。
 例えばフィリピンの個人的なスモールビジネスは元々ビジネスの体《てい》を成していないのだから、そうであればコロナによる打撃など日常と変わらず、意外と平気でビジネスを継続するのではないかと思っているのだ。
 逆にある程度まともなビジネスを展開していたスモールビジネスは辛いだろう。
 例えばモール等に店を構えてやっているようなところは、店を閉鎖してもテナント料の支払い、初期投資の返済、従業員の賃金補償などを考えなければならない。
 それなりの固定費をかけてまともな上がりを得ていたビジネスは、売り上げがなくなれば立ちどころに窮地へ追い込まれるはずだ。
 中間規模のビジネスは会社次第というところだろうが、大規模ビジネスは見えているところに限ると被害は甚大だ。
 大手の航空会社はどこももう耐えられないという状況だし、ホテルや大モールも同じ。車は全く売れず、オイルは余って仕方ない。
 日本が誇るT自動車は、競合他社が予測不可能として出せなかった2020年決算予想を最終営業利益八割減とした。(売り上げ台数ベースでは一.五割の減という予想)
 もっと身近なところで見ると、今の日本で例年より売り上げががたんと落ちているものは、トップが車の酔い止め薬。それ以外では口紅、日焼け止め等、女性が外出時に必要そうな物が上位を占める。
 逆に伸びているものは、うがい薬、消毒液で、それ以外ではバニラエッセンスのようなお菓子作りで使う材料、ホットケーキミックス、小麦粉、ホイップクリーム等が上位を占める。
 我が家の買い物傾向も同じで、外へ出られない子供のために、彼らの食べたいものをせっせと用意している昨今だ。
 日本ではあまり実感できないかもしれないが、マレーシアではガソリン販売価格が半額近くまでになった。
 元々高くはないそれは、今や一リッター三十円。
 この下落はコロナ騒動が始まる前から兆候があり、コロナでガソリン需要が急激に落ち込み販売価格下落に拍車がかかったというのが正確なところだ。
 実は世界的にオイル余りの状況になっていて、産油国の間では減産調整が行われている。
 オイルは備蓄できる量が限られている(タンクが有限)ため、重要が減ると動きがぴたりと止まるのだ。
 ニューヨークの先物取引でオイルがマイナス価格をつけたのは驚いたが、このマイナスって一体何? ってな感じである。
 つまり買えば買うほどお金がついてくる状態だから、先物取引ならではの価格ということになる。
 先物取引では売買価格、数量、売買期日を予め決めて取り引きを行うため、マイナス価格で買えるものが通常の価格で買わなければならないとなれば大損で、今度は買ったそれを売るに売れない状況になる。
 もっとも売る方は安い価格で買うことができるので儲けは大きくなるのだが、しかし実態がどうなっているのかはよく分からない。
 いずれにしても実際の取り引きに携わる人たちの混乱は想像に難くない。各自相当の浮き沈みがあったのではないだろうか。
 しかし結局は誰かのお金が誰かの懐《ふところ》に移動しただけの話であって、相場に関わる人たちの喜怒哀楽総和はゼロに過ぎないが、消費者にとって販売価格が下がったことが喜ばしいことは確かだ。

 フィリピン政府は、もう支援のための金がないと公言している。この状況が続けば、国が破綻することも心配しなければならないだろう。
 同じような国は他にもあるだろうが、自分に言わせれば、そうなったらもう一度ジャングルで暮せばいいじゃないかと思ったりもする。
 これはフィリピンに限ったことではなく、日本だって同じだ。
 しかしそういったことを想像してみると、日本には住むことのできるジャングルはないし、寒さをしのぐには先人の知恵を色々掘り起こす必要がありそうだ。フィリピンにしても随分開発してしまったから、ジャングルが減っている。
 しかし半分冗談のように考えながら、半分本気の自分がいる。
 いわゆるリスクマネジメントというやつで、会社を首になり他に稼ぐ手段がなくなったら、フィリピンの自宅で自給自足の生活ができるだろうかと真剣にシミュレートしている。
 妻の弟が度々馬鹿でかい魚を釣り上げてフェースブックにアップしているから、魚はどうにかなりそうだ。あとは自宅の脇にある広い菜園でどれだけの食料を収穫できるだろうかなどだ。もちろんジャングルにあるココナツやフルーツも当てにしている。
 主食を米から芋に切り替えようとか、物々交換で肉は手に入るだろうかなども考えている。
 あくまでも最悪のケースだが、とにかく水と何らかの食料があれば生き延びることができる。

 フィリピン人の妻はもっと対応が早くて、流行りの不労所得を目指しビデオログを始めた。サブスクライバーが千人を超え、それ以外に何らかの条件をクリアすれば収入に繋がるらしく、今は暇さえあればそれをやっている。
 またそんなことを……、などと冷ややかに見ていたが、あれよあれよという間にサブスクライバーが五百人に迫っているから、なんでも最初はゼロなんだよなと上手くいくことを陰ながら応援する気持ちになっている。
 行動が直裁で場当たり的なフィリピン人妻は、もっと現実的なことも同時に考えていた。
 何と、マレーシアで最悪なことになれば、夫婦共に日本で雇ってもらうという話が口約束ながら成立している。
 場所は横浜。妻は弁当屋、自分の仕事は家の内装屋。
 自分の手取りは月三十万円からスタートで、必要なら当座の生活準備金も貸してくれるようだ。
 実は日本のある社長さんから、妻がある相談を受けていた。
 日本では現場仕事が未曾有の人手不足で、フィリピンに仮設事務所を起こしてフィリピン人ワーカーを日本で確保できないか、という内容だった。
 一応調べてみると、自分たちがかつてやっていたときからルールの変更があり、今は結構な資本金が必要らしい。
 そんな話から妻は自分たちと妻の弟二人を売り込み、もし必要になれば是非日本に来てくれという話になったようだ。
 住むアパートの間取りと家賃の話まで決まっているようで、具体的な内容にこちらはなんだよそれって感じだが、悪い話ではない。
 その社長さん、もう長い付き合いで人柄も分かっている。向こうは僕に現場仕事が勤まるかを憂いていたようだが、経験は不要とのことで、要はこれまで設計やマネジメントの仕事をしている自分が現場の雰囲気に馴染めるかどうかを心配しているようだ。
 これで選択肢が一つ増えたと、自分は素直に喜んでいる。

 コロナは世界を変えると言われている。
 先日地元の和食屋さんで食事をしていると、カーテンで仕切られた隣の席に日本人グループが座った。現地駐在員のグループとみられる。
 周りは日本語など理解できないと思い、大声で脈絡のない痴話話で盛り上がっていた。
 その中で興味深かったのは、コロナで今後の働き方が変わるだろうということだったが、自分の興味を引いたのは、変わって欲しい、変えるべきだという議論になっていったことだった。
 みんな今の働き方に疲れているのだ。それはよく分かる。プレッシャーを与え与えられるのが仕事だと思っている人が多過ぎる。本来仕事は自分たちと顧客を幸せにするもののはずなのに、みんなが疲れて不幸になっている。
 ジャングル生活は自分たちが食えることだけにフォーカスすればいい。
 それと同じで自分が仕事にフォーカスし、それにより他人が幸せになり、それで報酬を貰えればそれでいい。
 それ以外の余計なことは極力排除して生きていけたら、自分はそれでいいのだ。
 みんなも本音はそんなところではないだろうか。
 災い転じて福となすではないが、コロナ騒動は何かの転機を自分に与えてくれるかもしれない。
posted at 14:21
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カテゴリー:フィリピン生活
エントリー:コロナが自分を変えるかも
2020年05月12日

マイナー作家の小説

 コーヒーショップで突然店員から声を掛けられた。声を掛けてきたのはマレーシア人。
 日本人ですか?
 珍しいこともある。
 大体自分は中国人と思われ、違うと言えば次に韓国人かと訊かれるからだ。
 ここへやってきた来た当初はそんなことがなかった。いつでも日本人であることが周囲にばれていた。
 なぜ最近日本人と思われないのか不思議だったけれど、一つ気付いたことがある。
 ここに六年も住んでいると、いつの間にか身につける物全てが現地調達品になっていることだ。
 シューズ、服、時計、メガネと、こういった物が全てこちらで買ったもの。
 そして散髪は、最初は敬遠していたインド人のやっている超ローカルバーバー。これがめちゃくちゃ安い。その代わりひげ剃りも洗髪もない。
 知り合いの日本人が、そんなに安いならとインド人バーバーに髪染め液持参で髪を染めてくれとお願いしたら、気持ちよく引き受けてくれたものの洗髪はないと言われ、カチコチに固まった鉄腕アトムのような頭で自宅へ帰る羽目に。
 彼は「えろう恥ずかしいわあ」と関西弁で喚いた。
 さすが超ローカルバーバー。料金はニ百五十円くらい。
 とにかくこうやって僕はじわじわ現地化し、現地人から見ても現地人に見えるようになったらしい。
 話しを戻すと、コーヒーショップ店員に日本人であることが見抜かれていた。
 その彼によれば、年配の日本人に部屋を貸していたが、そのご老人が日本へ一時帰国している間に亡くなってしまった。
 仕方なく自分で部屋を片付けたが、彼が愛読していた多数の日本語小説だけは捨てるのがしのび難い。読んで頂けるならただで譲りたい。
 こんな要件だった。
 おそらく彼は、数々の本にご老人の魂が宿っているように感じられたのだろう。
 愛読書というものは、そういうものかもしれない。
 じっくり時間を掛けて、ご老人の感動や共感や涙や笑いを誘った本。
 何かが宿っているような気になるのも理解できる。
 僕は日本の活字には飢えているから、それは是非にと彼の部屋へお邪魔して、車のトランク一杯分の本を貰った。
 全部でハードカバー本がニ百冊くらい。
 我が家に運び込むのも一苦労だった。
 こうして僕は、急遽向こう一年分くらいの未読蔵書を抱えることになった。
 よく見たらマイナーな作家の小説も多い。しかし出版社はそれなりの大手。
 一先ずメジャー作家の作品を中心に読み進めた。
 どれも面白い。あっという間に読破。
 自分で選んだ本ではないから変な偏りがない。だから新鮮さもある。
 残るはマイナー作家の作品。ここで言うマイナーの定義は自分が全く知らない作家。
 ただし自分の読書量はそれなりにあるので、自分が知らなければ少なくとも書店で平積みになる作家ではない。
 それでもとにかく読み始めた。
 読み始めて僕は唸りに唸った。その辺のメジャー作家より独創的で面白い。素晴らしい。目立っている作家より味わい深い。
 どうしてこんな作家たちが埋もれているのか。いや、実は埋もれているのではなく、自分の視野が狭いのか。こんなに凄い作家たちの本でも書店で平積みにならないのか。
 衝撃的だった。
 プロ作家のレベルの高さをまじまじと見せつけられた。
 自分の小説などケツの青々とした赤子以前。変に煮詰まっているから将来性もない。
 だめじゃん。決定的にだめ。
 謙遜など微塵もない。参りましたとひれ伏すしかない。
 別にプロになろうと熱烈なわけではないのに、なぜかへこんだ。
 しかし本の所有者だったご老人は、そんな自分に天国で微笑んでいるような気もした。
 彼の愛した数々の本が真剣に読まれ、そして何かを他人の中へ残したわけだから。

PS
以前のブログ小説版は、実はここに……。
海の向こう
アイリーン


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カテゴリー:マレーシアにて
エントリー:マイナー作家の小説
2020年05月10日

人類の限界

 僕の書き物は、この記事も含め全て携帯で作られる。
 だからいつでもどこでも、時間があればちょちょいと書き足せる。

 購入した安物ブルートゥースキーボードは一つのキーが壊れてお蔵入り。
 調子良く打っているのに一つのキーだけ反応しないと腹も立つし調子が狂う。しかも持ち歩きが面倒。

 結局今どきの女子高生のように、携帯のキーを高速連打、という訳にもいかず、ポチポチとぼちぼち文章を打ち込む。
 歩みは遅いが、これで四十万字を超える小説だって書くことができた。
 取り組んだことがなければ、そんなのは絶対無理だと自分も思ったはずだが、達成してみるとできるもんだなあとなる。
 うさぎと亀ではないけれど、ゆっくりでも進めていれば、そのうち五十万文字でも百万文字でも書くことができる。
 もっとも、自分が生きていればという前提。

 新聞の文字数がどの程度かご存知だろうか。
 四十ページ程度の朝刊で、五十万文字くらいあるらしい。毎日五十万文字のペーパーを発行するというのは、想像するだけで気が遠のく。

 つまり、あの小さな字がぎっしり詰まった新聞と似た字数を携帯で書いているのだから、我ながら凄いなあと思う。
 しかし実際、血の滲むような努力をしているわけではない。
 嘘だと思う方には、トライしてみることをお薦めする。

 時代は変わった。こんな小さなコンピュータが、一人一台。我が家は五人家族で五台。中古も入れると家の中に何台の携帯があるのか分からない。
 少なくとも自分の書棚には、アイフォン7の完動品が骨董品のように置かれている。

 今使用しているのはサムソンA50。安いのにハイスペックで軽いから気に入っている。
 携帯で文章を書く人にとって、重量は重要だ。もちろん軽量であるほどよい。

 昔はアップルなんて、一部のマニア向けパソコンだった。アップルとは、なんて安直なカンパニーネームなのだろうと思った。
 しかし今や、リンゴマークを持ち歩くのは一つのステータス。

 対抗馬として出たアンドロイドは不具合が多くて使い物にならんと思った。
 それが今や自分はアンドロイドファン。もうアップルには戻れない。

 それにしてもロムが128Gって、何だよ。
 自分が初めて使ったノートパソコンは、ハードディスクが80Mだと自慢できた。周りからも凄いって言われた。
 そんなにあるの! ってな具合で羨望の眼差しで見られた。
 当時の値段は四十万円。
 
 それが今や、三万円くらいの小さな携帯端末で128G。(因みに1024M=1G)
 朝刊の新聞がが五十万字として、全角一文字2バイトとすると、大体1M分の容量。
 128Gって、一体何に使うのよ、って世界。
 それを誰もが持ち歩いている。我が家の六歳児までもが。

 世の中、変わり過ぎだろうと思う。
 一年間に製造される携帯電話数は十五億。
 携帯電話十五億個分の材料を想像してみて欲しい。毎年莫大な材料が用意され、それをタンカーやトラックで運び、電気を使い組み立てる。
 莫大な資源を使いせっせと作り、ユーザーは数年でそれを買い換える。
 膨大な経済循環になっている。循環にはロスがつきまとい、サイクルを回すほどお金は回るが資源的なものは失われていく。

 これで地球はもつのだろうか。
 そしてもし携帯が人体へ著しい害を与えることが証明され全面使用禁止にでもなれば、一体何人の人が失業するのだろう。

 因みに世界人口は七七億。直に八十億を突破する。
 増え続ける人が食うため、携帯電話産業は随分世の中に貢献しているのだろう。
 反面コロナは、爆発的に増え続ける人口への神の警鐘ではないかと思えたりもする。

 一度何かのバランスが崩れると、とんでもないことが起きそうな気がしないでもない。
 昨今、人類の限界が見え始めているのではないだろうか。

 こんなことが自作小説のネタにならないか、などと考えているうちはまだまだ平和だろうけれど。
posted at 14:22
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カテゴリー:マレーシアにて
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