昨夜、部屋の灯りを落としてから、モナと二人ベッドの上で・・・・、
しばらく子供の教育の話しをした。
それは、ユリが普通と違うというモナの話から始まった。
僕にはユリが、普通より進んでいるのかどうかはっきりとは分からないが、それでも確かに、モナがいうようなユリの頭の良さを感じることはあった。しかし、小さな頃に利発だと言われ、成長するにつれて凡人になっていった子供が、僕の周囲にはたくさんいたことを、僕はとてもよく記憶している。
僕が子供の頃、祖父はいつもテーブルの上に豆を並べ、僕にそれを数えさせた。豆を利用して、足し算も教えようとした。しかし僕はそれをさっぱり理解できず、こいつは正真正銘の馬鹿だと、祖父からさじを投げられた。それは僕が小学校に入っても相変わらずだったが、中学に入ると少しはまともになり、その3年間は学級委員や生徒会役員の役割を隙間なく与えられるようになった。そして最後は理数系に進み、エンジニアをしている。
小学校の頃に神童と言われ、常にクラスの人気者だったK君やH君は、中学に入ったら全く目立たない存在になった。
つまり、子供の頃や、小学校時代の成績など、全くあてにならない。いや、中学や大学の成績だってあてにならない事が多い。その人間の何がどう変わるのか、それは分からないのだ。もっと言えば、実は人は、学校の成績以外に存在する、人間としての能力を無意識に把握しようとする習性を持っていて、一言でこの人はすごいとか、たいしたことはないなどと評価しているものだ。
僕が中学の頃に学級委員や生徒会役員に選出されたのは、成績がよかったせいではない。おそらく、全体をまとめようする気持ちがみんなに伝わっていたからに過ぎない。人をまとめるためには、画一的に「そんなことしたらいけないんだ〜、先生に言いつけてやる」なんて子供じみたことばかり考えたり、口に出したりしていてはいけない。相手の気持ちを考えることも必要ならば、その場での自分の判断も必要になる、判断をするためには判断の基準をしっかりと持たなければならない。判断基準を持つためには、それなりの経験をしなければ分からないから、教師に叱られそうなことだって、時には仲間と一緒にそれをやってみなければならない。僕はこの中学の3年間の時期に、人をまとめる役目を仰せつかったことで、人生で大切なことを様々学んだような気がしている。そんなことを踏まえて、僕はモナに言った。
「あなたは人間が生きていく中で、何が大切だと思っている?学校の成績だと思っていないか?」
「そうねぇ、そうでしょう?」
「それは間違っている、そんなことだけで子供を評価したら、子供の世界が狭くなる、いいか、例えばだよ、ある子供の学校の成績が最低ランクだとするよな、それでもその子供は絵が描くのが大好きで、いつも絵を描いている、その子供が大人になって世界で通用する素晴らしい絵を次々に描いたとしたらどうなる?その人は絵を描くことで色々なことを表現できて、世界中の人から認められるようになるよな、尊敬もされるよな、あなたはそんな人生を認めないか?」
「それは認めるかもしれないけど、みんなそんな才能があるわけじゃないでしょう」
「その通りだ、でもな、小さな子供は何でも興味を示すよな、なんでも自分で触りたがってみる、大人はそれをすぐにだめだといって、子供がせっかく興味を持った世界をいとも簡単に取り上げてしまう、もし取り上げないで自分の思った通りにやらせてみれば、そこにすごい才能が芽生えるかもしれない、いや、すごくなくてもいいんだよ、その子供に、それさえやっていれば充実して幸せな気分になるという世界があったらそれだけでいい、そうなると子供は自分の中でターゲットを作り、そのターゲットに向けて努力をしようとする、その努力が報われるかどうかは別にしても、一生懸命になることでがんばるということが何かってことを自然に覚えるんだよ、そうかもしれないのに、大人はその目を摘み取ってしまおうとする」
「それじゃどうすればいいの?」
「子供がそれをいじっても危険がないのだったら、傍について目を光らせながら、子供が納得するまでそれを触らせてあげればいい、エバ叔母さんを見てみなよ、子供が何かをし出すと、すぐに引きはがして連れていくでしょう、あれはね、子供をじっと見ているのが面倒くさいからだ、だから子供が面倒なことをしでかす前に、すぐに子供を興味の対象から引きはがす、いつもそれだと子供の成長に影響を及ぼすよ、子供が可哀そうだ、しかしね、子供に学校の成績ばかりを押し付けることも、それと似たところがあるってことだ、勉強をやらせることは大切だよ、何度も何度も繰り返して勉強をすることは、子供を成長させるための大切なトレーニングだ、だからそれは必要だ、でもさ、それだけが大事だと思わせてしまうような育て方は、子供の心を偏らせることになる、前にも言ったことがあるけど、子供にはサークルを作ってやるんだ、これはイメージの中で作るサークルだよ、サークルは最初は小さいやつだ、サークルの中で、ここまでは自由にやっていいよっていうサークルだ、それを子供の成長に合わせて少しずつ広げていけばいい、例えばさ、僕は今、ユリが鉄棒遊びをしたり階段を上り下りすることは許してあげるよな、でもかかとの高いあなたやベルのサンダルを履こうとするユリに、それは許さないでしょ、それは駄目だと言ってもユリが言うことをきかなかったら、僕は思い切りユリを叱るでしょ、あれは僕がユリを観察して、鉄棒も階段も、本人が気をつけて出来ているから大丈夫だと判断して許しているんだ、でもかかとの高いサンダルはまだ足がぐらついて、すぐに足をくじいてしまうから駄目だときつく叱るんだ、それが僕の作ったユリのサークルだよ、僕はユリが小さい頃から、今の彼女に何を許して、何を許さないかをいつも考えている、それにユリが、自分で判断し意思表示ができるようになるように意識して接しているよ」
「それはどうやって?」
「例えばユリがまだ小さかった頃、僕はユリを抱いて、コーナーに差し掛かる度にどっちに行きたいってユリに決めさせるんだ、それをしていると、ユリは次第に指で指して自分の行き先を決めて僕に教えるようになった、それは彼女のためのトレーニングだよ」
「あ〜、ユリは小さい時からそれができていたなぁ、そうかぁ、マハール、ちょっとおしっこ」
彼女は話しが一段落ついたことを察知して、トイレに行った。
「ねぇ、マハールは学校で、ちゃんと勉強した?嫌にならなかった?」
「いやだったよ、勉強は嫌いだった、でも授業はちゃんと受けたよ」
「フィリピンは学校の授業にまじめに出ない子供が多いよ、大きくなったらどんどん酷くなる、いやになったら途中で勝手に帰るし、学校に行きたくなかったら行かない子供が多い」
「それはね、僕は学校の勉強が嫌いでもいやでも、学校とは行かないといけないものだと思っていたし、授業はきちんと出ないといけないって思っていたからからだよ、もし勝手に学校から帰ったりしたら、叱られることをちゃんと知っていたからだ、僕はこのフィリピンで、子供への躾が全くできていないことをすごく感じるよ、まずルールに従うことをまるで家庭で教えない、食べる時には座って食べる、食べる時間は決める、それ以外の時間はジュースやおやつを食べない、ベッドの上では食べない、遊ばない、半分テレビを見ながら食べない、皿の上のお米はのこさず食べる、自分の食器は自分で片付ける、食べることに関してだけでもいっぱいあるよ、それを教えることの意味がない場合もある、でもね、それを子供に教えて従わせることは、世の中のルールに従うことのトレーニングになるんだよ、それは子供の住むサークルの外の話だ、それが出来なかったら、自分が自由に振る舞えるサークルを狭めてやるしかなくなる、それを厳しく徹底してやらなければ、子供がもともと持つ本性、つまり我儘で怠惰でずるくて流され易い性格が、そのまま表に出てくる、そうやって大人になったら、もうなかなか治らないね、でもフィリピンは、そこに目を光らせる大人がぜんぜんそれをできていない、だからきちんと教えられない、そして子供がだめになってだめな大人になる、それをやっていたんじゃ、フィリピンはいつまで経ってもよくならないよ、僕の言っている意味、分かる?」
「分かるよ、それじゃ子供には、何が大切なの?」
「ルールをきちんと守らせること、守らなかったら本気で叱られることを覚えさせること、子供の持つ興味を大切にして大人の考えでそれを奪わないこと、勉強は嫌いでもやらせること、意志表示や判断をしっかりできるようにすること、相手のことを考える癖をつけること、つまり他人とコミュニケーションの取れる人間にすること、失敗をさせること、失敗しそうでも、簡単に親が手を出さないこと」
「いっぱいあるなぁ、それじゃすごい才能があるだけじゃだめってことね」
「それはそうだ、あなたはロンの頭がいい、真面目だっていつも言うだろう、確かに彼は真面目で頭がいいかもしれない、でも彼は人とのコミュニケーションに大きな問題がある」
「そうね、それは分かる」
「だから働くためのインタビューをいくら受けても、誰も彼を雇わないでしょう、いいか、もしあなたが社長だったら、頭のいい学校を出た人が来ても、コミュニケーションに大きな問題のあると感じる人を雇うか?迷うでしょう?もし僕だったら、学校の成績よりも最初に、目の前にいる人間を観察するよ」
「そうねぇ、それじゃバランスが大事ってことか」
「そうだよ、勉強もできた方がいい、才能もあった方がいい、コミュニケーションもきちんと取れる人間がいい、その中で、一つ特別に人より優れたものがあったら、それがラッキーだ、子供に大切なことはまだある、とにかくさ、子供の小さいうちは、頭がいいとか才能があるとか、そんなことは分からない、分からないから、それを伸ばすようにして育ててあげればいい、そしたら勉強ができなくたって、立派に社会に通用する人間になれるかもしれないし、すごい人だって尊敬される人になるかもしれない」
「ねぇマハール、私は何がすごいの、頭悪いでしょう、顔?性格?ねぇ、あなたは私の何がよくて私と結婚したの?」
「それは自分で考えなさいよ、僕はもう寝る」
最後はモナらしい会話で、この長い話しは終了した。
本当は、僕はモナのよいところをよく分かっているが、それを口にすることができないのが、日本人の悪いところかもしれない。
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