フィリピーナと共に
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2015年02月23日

737.いい加減なフィリピン

 同じ南国でも、フィリピンはマレーシアより随分涼しい。先々週土曜の早朝マニラに到着し、レガスピ便を待つ間タバコを吸いに外へ出たら、ひんやりした空気が疲れた身体に刺激的だった。いつもこの涼しさが、僕にフィリピンに帰ったことを実感させる。
 
 旧正月(春節)休みに有給休暇をつけ九連休でフィリピンに帰省した今回の旅は、全て順調すぎて拍子抜けするくらいだった。(というのは行きだけの話で、帰りはクアラルンプールからペナン行きのドメスティックに乗り遅れ、法外な高い料金を払わされたあげく帰りの時間が大幅に遅れる悲惨な目に遭った・・・マレーシア帰還後の追記)レガスピ行きのドメスティックエアまで時間通りに飛ぶと分かったときには、航空会社に経営革新か何かが起こったのかと勘ぐりたくなったほどだ。それだけディレイが当たり前になっているフィリピンの航空事情には、南国特有の気まぐれな天候にも関わらず、ローカル空港にまともな誘導装置が未設置のせいで、航空ダイヤが空模様の影響を受け易いという背景がある。しかも、レガスピのようなローカル空港は、マニラを基点にローカル空港へ飛んだ飛行機の折り返しが基本だから、一度ダイヤに乱れが出ると、ところてん方式で一日中タイムスケジュールが崩れたままだ。よって、そのような空港へのローカル便は、午後の遅い便を設定しにくい。午後の時間帯は、乱れたダイヤのダンパーとして空けておかないと、はみ出たところてんが翌日や翌々日へと影響し、それがところてん方式で延々と解消せず収集がつかなくなるからである。それもこれも、有視界離発着にかなりの部分を頼らなければならない空港のせいだが、ローカル空港のほとんどは、アフリカの砂漠の真ん中に突貫で作ったような原始的なものだから仕方ない。その辺を改善すれば、結構経済効果が上がる(かもしれない)と思うが、なぜか空港利用料ばかりが上がり、クオリティーの改善はさっぱりというのが、フィリピンである。
 
 クオリティーについて更に言及すれば、それが上がらないのは何も航空事情だけの話に留まらない。
 行政機関のルールがころころ変わり、周知徹底もさっぱりのせいで、書類を取ったり何か申し込みをする際は結構大変な目に遭う。今は何だってネットで繋がったパソコンで管理しているはずだから、政府の方針や行政手続きの類はすぐさまどこにでも変更が反映されるはずと思ったら、これが大間違いだ。役人の言うことは、エリアによって千差万別である。どれが真実で、誰が正直で、僕は何に従うべきなのかと、いつも深い霧のかかった山中を彷徨っている感覚にとらわれる。
 そんな風に、いつもどこでも遭難のような憂き目に遭うフィリピンを実感している我が身としては、ときに老後の居住地として、地上の楽園とまで称される(業者によれば)この国が、本当に地上の楽園と呼ぶに相応しい場所なのか、素朴な疑問がゆらゆらと沸き起こる。そもそも地上の楽園というものには、ろくなことがない。かつての満州、北朝鮮、ブラジルと、いずれも移民は、地上の楽園で辛酸をなめた歴史的事実がある。フィリピンにしても、人を惑わさせるための間違った行き先案内板がそこらじゅうにあり、くもの巣のようなトラップの網が張り巡らされ、人生のアクセントとしてはいささか重すぎるストレスの素が蔓延しているのだ。
 私事で、このわずか一週間の出来事を思いつくままに列挙すれば、次のようになる。

 約束は常に反故され、予定は予定通りに進まず(今回の帰省で、フィリピンの自動車免許が取れると確約してもらっていたが、帰ってみるとまるで話が変わっていた)、家庭内には浮気疑惑と嫉妬による険悪な空気が渦巻き(断っておくが、僕とモナのことではない)、変質した食品が平気で売られ(今回知らずに食ってしまった。まずいものが多いので、悪くなっているのかオリジナルの味なのか判別困難なケースが多々あり)、家電製品売り場ではそれらしい嘘がまかり通り(一層式全自動洗濯機は水道の水圧が低いとすぐに壊れる。それを信じたわが妻は、昨年面倒くさい二層式を買った)、トイレのう@こは上手く流れず(これはいつものこと)、水道の水圧とインターネット速度は乱高下し(ここでのインターネットの速い速度とは何とか耐えられる速度。低い速度は実用できないレベル)、水圧が下がるだけならまだしも、休日の夕食時に前触れなく水道が止まったり(当然トイレのフラッシュができず、あるお方は自分だけすっきりした後にトイレ使用禁止令を出したが、そのお方が寝たあとに僕もこっそりすっきりした)、バイクを使おうとすればガソリンがなく(使い放題だが誰もガソリンを入れない。バイクのあいているときはガソリンのないとき)、街では急増した80年代のロックンローラーみたいなチャラ僧に身の危険を感じ(目が合うとからまれそうだが、珍しいのでついつい見てしまう)、今にもホテルに直行しそうな、公衆面前でいちゃつく十代半ばカップルを見かけるたびに自分の娘のことが心配になり(一回の外出で三組ほどのそんなカップルをみかける)、テフロン加工のフライパンで料理をするとコゲがこびりつき(テフロン加工に金属調理器具の使用は厳禁と言っているにも関わらず、僕が見ていないと平気に使用するので表面が傷だらけになっている。何度言ったらわかるんじゃ、ボケェ〜・・・と言いたくなる)、料理専用ホワイトシュガーと鶏から揚げに使用したい蜂蜜が無くなっており(調理途中の鶏肉を前に呆然自失となった)、焦りながら大切なデータを待っていたら、まるで嫌がらせのような唐突な停電でインターネットが使用不能になり、仕方なく書類なしでLTO(免許センター)に行くと、こちらも停電でプロセス不能だと言われた。(行政機関が停電で業務停止になることに唖然とした)

 ここには人の神経を逆なでし、徹底的に人の気分を落としめる自然の摂理のようなものがある。思い出すだけでも腹が立つことばかりだ。これがフィリピン生活のクオリティーである。
 実際の人生は、苦悩の連続とよく言われるし、僕もそう考えて差し支えない(そう考えた方がベター)と普段から思っているが、これだけ思ったように物事が進まないことが続くとこれは、まさに人生の挫折を凝縮した、身動きの取れないブラックホールに吸い込まれてしまったかのような錯覚に陥いるのだ。実際、これで僕の人生が崩壊するわけではないしそのことはよく分かっているのだが、その場になると本当に、自分の精神が壊れそうな混沌とした気持ちになることがよくある。
 もし仙人のように、この世のことで達観の極致を目指す方がいるならば、その登竜門の一つとして、フィリピンを精神修行の場で活用するのもよいだろう。修行の場としてここは、正直なかなか相応しい場所だ。
 事実、以前ならこめかみに浮かんだ血管が切れそうになるほど怒り心頭になっていたこれらの事象に、今の僕は、静かに語る嫌味の二つ三つで、それらを辛うじて受け流すことができるようになっている。凡人の自分が意識せずにそのようになれるのは、フィリピンでの素晴らしいトレーニングのおかけだ。怒りを発散しないと、今度は身体の内に澱がたまったみたいな重苦しさがあるものの、それも直に克服できるのだはないだろうか。フィリピンでの経験が、僕の体内に、ある種の免疫を増殖させているのは明らかだからだ。まさにこれは、精神修行の賜物である。あがいても無駄だと悟ったに過ぎないということは否定しないが、その悟りも大切なのだ。この悟りにたどりつけない人が無理をしてフィリピンに住み続ければ、人の寿命はじわじわと削り取られるように縮むと僕は信じている。
 僕はフィリピン初心者の頃、当時勤めていた会社のフィリピン工場のトイレで、えらい目に遭ったことがある。快便にすっかりご機嫌で水を流したら、便器の中の水かさがゆっくりじわじわと上がり、僕は何が起こったのか分からず、そしてこれから何が起こるのか見届けたい好奇心に駆られ、それをじっと見つめていた。ゆっくり上がる水かさは、とうとう便器の上淵に達し、秋田沖地震で初めて見た、防波堤を超える海水があっという間にパーキングに停車中の何台もの車を飲み込んだ津波映像のように、床にざざざと流れ落ち始めたのだ。もちろん流れ出る水には、自分の体内から排出されたばかりの、新鮮な『あれ』が混ざっている。狭い個室の中、足元に迫る勢いの汚水洪水にハッとし、僕は慌ててドアを開け個室から逃げ出した。後で考えれば、このときトイレのドアが壊れそこに閉じ込められたら、逃げ場を失った僕はトイレの中で絶叫しただろう。そんな想像するだけでも恐怖が倍増する出来事だった。個室から逃げてトイレの隅で成り行きを確認していると、個室下側の隙間から流れ出した、新鮮な『あれ』を含む汚水がトイレの床に広がっていくのだが、僕はどうすればよいか分からず立ち往生するばかりだった。その後、その出来事を仕事仲間に報告する僕は、その中で「恐怖で寿命が縮まりました」という本心を、無意識に吐露している。
 これも、フィリピンでは寿命の縮まる出来事が、身近に簡単に起こるという一つの例だ。しかもこれは、ほんの一例に過ぎない。
 とにかく、ストレスと人間の体調は、人々が考えている以上に密接な関係があるのだから、如何にそれを克服するか、それがフィリピンになじむ一つのポイントになるだろう。

 人の寿命といえば、人の命が安いといわれるのもフィリピンだ。噂では、ヒットマンは二万円くらいで雇えると聞いたことがある。日本人にとっては、人殺しを依頼するのにたった二万円かと驚くほど安い金額だが、ある種のフィリピン人にとって、これはとても大金だ。(ある種の日本人、つまり僕にも大金だけれど)もっとも円安の影響で、今は二万円もせいぜい八千ペソ弱程度にしかならないから、依頼する相手から「これっぽっちか?」といわれる可能性もないではないが、「今は金がないからこれで頼む」と頭を下げれば、「しかたねえなあ、今回は貸しな」と引き受けてもらえそうな気がする。(実際に頼んだことはないが)仕事の正確さについては分からないが、とにかくこのように、無理がきくのがフィリピンのよいところだ。普通に無理な話が、こちらの根性次第で、何とかなってしまうことがあるのだ。 
 これは何かといえば、つまり『いい加減』なのである。いい加減というのは、ケースによっては腹が立つが、ケースによってはとても都合がよくて有難い。

 実際僕は今回の帰省で、フィリピンの自動車免許を取れるといわれながら取れない事態に遭遇し、「みんなどうしてこうもいい加減なんだ」と立腹していたが、最後は本物のフィリピン免許証を手にできて、「みんないい加減で助かった」と喜んだ。
 なぜ今更フィリピンの免許証なのかについて、詳細は割愛するが、要はマレーシアでの運転にどうしても必要だったのだ。既に有効期限が切れて三年以上も経つ日本の免許を日本で復活させるのは面倒だし、マレーシアで一から取りなおすのも時間と金がかかるので、フィリピンに白羽の矢を立てたわけである。あまり詳しく書いて、せっかく取った免許の取り上げという事態になっても困るので書かないが、一応英語の筆記試験と運転技能試験と身体検査をパスした、紛れもなく本物の免許証だ。
 試験直前、筆記試験は何とかしてくれるという話しが、まじめに受けてもらうということになり、慌ててインターネットで過去問題集を探した。練習問題は簡単な気はしたが、時間がなくて百問中十問までしかトライできず、しかも、回答した十問の答えをどうやってみればよいか分からず、結局無意味な悪あがきとなった。
 そしてドライビング試験では、モナに「マニュアルシフトの車は運転できるの?」と訊かれ、「たぶんできる、最後に運転したのは二十年以上前だけど。つまり根拠のない自信、フィリピンスタイルだ」と答えたら、彼女はため息をついていた。
 身体検査は面白かった。視力検査で最初にメガネをとってくれといわれ、裸眼はほとんど見えないことが露呈した。ここまでは想定内で、『さあ次に、メガネをつけたらしっかり見えることをアピールしなければ』と意気込んでいたら、「もう結構です、メガネをつけて運転ね」といわれ検査終了。診断する医者は、メガネをつけたら絶対見えると思い込んでいるようだ。もしかしたら僕のつけているメガネは、単なるガラスがまはっている似非メガネかもしれないし、フレームだけでレンズがないかもしれないのだが、ドクターはそんなこと、まるで疑っていないようだった。
 過去、日本で電車から降りた際、人にぶつかりメガネを飛ばされたことがある。特に怪我もなく落ちたメガネを拾ってつけて、僕は何事もなかったように目的地へ歩きだしたが、しばらくしてから僕は、街や人の様子に奇妙な違和感を覚えた。何が変なのかすぐに気付かなかったが、あっと思い当たりメガネのレンズがあるかどうかを確認しようとして、人差し指を眼球に突き刺しそうになったことがある。人とぶつかったとき、メガネのレンズが落ちてしまったのだ。突然メガネがフレームだけになっても、本人も含め意外とすぐには気付かないものなのだ。そして面倒だからと、レンズのないメガネをそのまま使い続けることだってあり得るではないか。(かなりレアケースだけれど)
 そんな込み入った想像をもとに疑うことなど、日本人でもしないだろうが、とにかく『メガネを付けたら見える』ということは、確認すべきではないかと思われる。これなど、メガネを買えない人には実に都合のよい、『いい加減』である。
 
 この『いい加減』も、よい言い方をすれば寛容ということであり、きつきつに縛りの利いた日本社会で暮らす日本人には、これが新鮮で心地よいということが、実はよくある。もちろん、腸わたが煮えくり返るほどむかつくこともある。うまく折り合いをつけるには、こちらもある程度いい加減になればよく、いい加減同士がいい加減なばか騒ぎをしてみると、これはこれで開放感があり楽しかったりするのである。
 僕の場合、フィリピンが酷いところだといって、だからバイバイと簡単に言えないくらい深みにはまっている。家族がいる限り、切っても切れない繋がりがあるのだ。とすれば、色々な問題は克服するしかなく、自分が変わるか、相手に変わってもらうか、もしくは環境を変えるか、たまには爆発するか、じっと殻に閉じこもるか、ケースバイケースであの手この手の対応をするしかないということになる。
 ただ一つ言えることは、そしてここが大事なのだけれど、数ある困難もフィリピンが好きであれば何とかなるもので、もし嫌いであれば何ともならない。また、いろいろフィリピン人とぶつかることがあっても、フィリピン人に好かれるか嫌われるかで、ことの成り行きは大きく変わる。
 長々と書いた割りに、こんないい加減な結論で締めようとしている僕も、かなりいい加減であるが、最後に一つだけ念押しするなら浮気のことになる。
 いい加減(寛容)なフィリピンでも簡単に許してもらえないのが、この浮気だ。フィリピーナの嫉妬心をなめてかかる、もしくは不用意にプライドを切り裂くことがもしあれば、修行どころの騒ぎではなくなるので、この地雷だけは踏まぬようお気をつけあれ。
 


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カテゴリー:フィリピン生活
エントリー:737.いい加減なフィリピン
2015年02月10日

736.海外在住日本人が危ない? 

 先日の日本人人質事件の関係で、物騒な話が飛びかっている。海外に住む日本人が危ない?
 そうなんだ・・、って、それって僕も含まれるのか? 
 ある人によれば、海外に住む日本人は安倍政権のせいで大変な危機にさらされているらしいが、当の本人には危険が迫っている悲壮感はないし、周りにいる日本人にも慌しい動きはない。もちろん、だから、どうしようという話題もない。せいぜい、夜中の一人歩きは避けようねということになるが、それは普段から気をつけるべきことだ。もう一つ、テロで狙われやすい場所に近寄らないということがあるが、これも普段と同じである。ここでいうならタイとマレーシアの国境付近は、過去数回、爆破テロ事件が発生しているから、今はそこに行かない方がよさそうだということになる。それでも今度の休みに行こうというお誘いがあったくらいで、それも特別普段と変わらないのかもしれない。
 あとは追加で何をすればよいのか? といえば、実は何も思い浮かばない。気をつけろといわれても、何をどう気をつければよいか分からないし、ことさら気をつける必要性も感じない。頭がお花畑ではないかと言われたらそれまでだが、仮にどこかで日本人を標的にしたテロがあるとしても、自分とは遠い場所で、自分に無関係に発生するだろうとみんなが思っている。逆にもし本気で心配になるような兆候があるなら、妻子がありますからとさっさと帰国するだろう。僕ならそうする。
 第一、もし本当に海外の日本人に危機が迫っているなら、日本の企業はとっくに情報収集をしていて、間違いなく駐在者に帰国命令を出す。もし本当に駐在者にテロの犠牲者が出たら、世間によってたかって企業責任を問われるからである。日本の、特に大企業は、そんな社会的制裁を最も怖がる。マクドナルドみたいになったらかなわんということである。
 で、結局僕はここで普通に暮らしているし、これからも普通に暮らすことになる。日本にいたって何かの事件に巻き込まれることもあれば、事故に遭うことだってあるのだ。今のところ、テロ関係の事件に巻き込まれる確率は、不慮の事故に遭うそれより低いと思っている。
 これは、基本的にどこに住んでいる人も同じではないかと推測している。実際に魔の手がすぐ近くに迫っていたとしても、本人たちはいたって普通に暮らしていると思われるのだ。そして実際に魔の手にかかる人は海外在住のごく一部の人で、大方の人には何も起こらないというのが、この手の話の結末である。 
 
 安倍総理は人質を見捨てたと声高に言う人もいるが、ではどうすればよかったのか。揚げ足を取り、鬼の首を取ったりと高揚している人がいるが、だったらどうすればよかったのかの持論も分かりやすく展開して欲しいものだ。自己責任で危険を承知で現地に行った人が、かなりの確率で予想されていた通り拉致されて殺された。その責任が政府にあるのか、甚だ疑問だ。(安倍さんがこの事件を政治的に利用した向きもないではないが)
 テロリストに対し、彼らの脅しに屈することは、日本人をさらに危険に陥れることくらい、素人にも分かりそうなものである。テロリストの立場に立って考えてみればよい。日本は水面下交渉で金を払う、たやすく金になる、だからこれからは効率のよい日本人を狙おうという発想になるのではないか。恐喝が得意な不良中高生と同じである。今はほとんど見なくなった企業のストライキも同じだ。賃上げ率不満とストライキを打ち、企業がごめんなさいと賃上げ率をアップすることは絶対にない。それをやったら組合員が、ストライキを打つイコール賃上げ可能と思うからである。だから近代的組合は、ストライキで賃上げ率はアップしないと分かっていて滅多にやらないし、どうしても自分たちの主張を企業にぶつけたいとは、それだけの目的で時間を明確に区切ってストライキを強行する。
 そのようなことが分からず、なぜ救出に全力を尽くさないかとわめく人は、かなりの確率で社会常識が欠落しているように思われる。金銭要求をのまずに人質を助けることは、とても困難なことだ。他国で行われていることだから、場合によってはその国の特殊部隊が強行突入することもある。(ペルーの日本大使館公邸占領事件が一つの例)日本は軍隊を派遣できないから、そんなときでも指をくわえて見ているしかなく、その作戦が失敗に終わっても何も言えない。
 僕は今回、強行作戦を実行できない日本に対し、歯がゆさを覚えた。これで日本がなめられるようなことがあれば、それこそ日本や日本人が、テロのターゲットにされてしまうからである。
 僕はアメリカの利己的な軍事行動に賛同するものではないが、しかし、アメリカを本気で怒らせたらたちまち戦闘機が飛んできて爆弾の嵐になることが分かっていればこそ、世界のテロ組織はアメリカ人に対するテロに慎重になるのだ。そこに抑止力がしっかり働いている。テロを行う側の立場に立って考えれば、その辺りを考慮して行動すべきということは、たやすく想像できるだろう。無差別爆弾テロにしても、多国籍の人が集まる場所でやったら、一度に多くの敵を作ることになる。テロ組織もバカではないから、そんなことはしっかり計算しているのだ。(自暴自棄的行動は別)
 そして、今回のようなISIS(もしくはISIL)といった組織に、平和憲法を持っている日本に何をするかとわめいてみたところで、馬の耳に念仏である。見た通り、人殺しを何とも思わない人たちに、平和的な話し合いが通じるとは思えない。通じるならば、この事件は公になる前に解決していただろうし、通じるはずだと本気で思っている人は、試しに現場に行ってみればよい。きっと再び世間を騒がせる超有名人になること請け合いだ。そうなると分かっているから、本気で行こうと思う人はほとんどいないはずだし、行くという人は政府も本気で止めにかかる。(パスポート返却命令を受けた人が、本気で行こうと思っていたかは疑問だが)個人で死にに行くのは勝手だが、それが国際問題を招き、日本や現地周辺国に迷惑がかかるから、国が本気で止めるのは当たり前である。

 というわけで、僕は昨日の日曜日、平和的な散歩をしてモールの屋外レストランで食事を取り、コーヒーを飲んでまったりしていた。ここマレーシアのペナンには、世界中の企業があるから、モールに訪れる外国人は多種多様である。目の前ではドイツ人のご老体が食事をし、アメリカ人のご婦人が熱心に読書をしながらコーヒーを飲んでいた。テーブルが近くだったので、お互い何人かを確認する程度の会話をして、再びそれぞれの読書や食事の世界に戻った。
 僕は急遽、九日間の休暇を取り、今週末にフィリピンへ帰ることにした。来週ユリの学校で、家族イベントがあるからである。両親が子供と一緒に、ゲームをしたりするイベントらしい。ユリが、「パパも一緒して欲しいなあ」という一言に、僕の心は大きく揺り動かされた結果である。この手のイベントはユリが現在の学校に通い始めてから二度目だが、前回はどうしても都合がつかず欠席した。子供の両親が多数参加するイベントだからユリが不憫で、二度目の今回、僕は少し無理をすることにした。
 今回は少しお土産も持参したくて、昨日の休みに、朝は市場で日本の長いもを買い、その後買った長いもをぶら下げてモールを歩き回っていたのだ。長いもをぶら下げて歩くのは、ハイソなモールに不釣合いで格好悪いのは分かっていたが、市場は朝だけだから、どうしてもそうする必要があったのだ。
 ある店にあるものを物色しにいった際(お土産のネタばれになるので、詳しくは書けない)、長いもをぶら下げているとはいえ日本人はお金持ちに見えるらしく、店員にとても高いものを奨められた。僕は正直に、これは自分のポケットマネーで買うのだから、それほどバジェット(予算)がないというと、男性店員は「I Know I know (分かる分かる)」と軽口をたたくように言い、僕を別の陳列棚に連れて行った。そこには、さっき見たきらびやかなそれとはあまりに対照的で貧相な安物が並んでいて、予算的にはとってもよかったが、それらを眺めていて僕は突然悲しい気持ちに襲われた。店員に対し、お前に俺の何が分かるのだとさえ言いたくなってくる始末だ。僕は少し見栄をはり、「これはあまりに品物がチープだ、別の店も見てみる」と言い残し、長いもをぶら下げてその店から退散した。
 そんなことを繰り返しながら、朝から散々歩き回り足が棒のようになったので、少々値段が高めは承知で、モールのレストランに立ち寄ったという次第だ。海がすぐ近くに見えて、自由気ままな潮風が体をすり抜ける。なんと癒される場所かとまったりして、冒頭に述べたようなことをぼんやり考えていた。
 ふと、気持ちよいと思っていた潮風に、不思議な規則性があることに気付いた。自由気ままと思っていたその風が、見事な周期性を持っているのだ。二秒ほど風が吹きぬけ、一秒ほど無風になる繰り返しである。なぜだと思い、周辺の木の葉やモールの飾り付けを注視すると、まるで揺れていない。これはおかしいと思い周囲をぐるりと見渡すと、僕のすぐ後ろにある大きな柱の上で、扇風機が首を振っていた。潮風の正体を知ってしまった僕は、少しがっかりして残ったペリエを急いで飲み干し、ご老体とご婦人に軽く挨拶し席を立って買い物を続行した。

 今のところ僕とその周辺の日常は、文字通りの日常で、このような平和に満ちている。
 世間の単なる噂話程度の話をもとに、海外在住日本人が危険にさらされたなどと検分もなく大げさに騒ぎたてるブログ記事を見ると、他人事ながら、なんだかなあという歯がゆいような、または白けるような気持ちにさせられる。そんな風に騒ぐ人は、一事が万事で何でも騒ぐ。自己主張のためなら、こじつけや簡単にばれる嘘も平気だし、ばれた嘘の証拠隠滅も平気で行う。とにかくそんな姿勢がたやすく透けて見えてしまうから、またまた、なんだかなあということになる。せめて、むむむっとひきつけられるような、納得させられてしまうような、あるいは騙されてしまうような内容にして欲しいと、思わず切に願ってしまうわけである。



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2015年02月03日

735.日本は平和だ

 先日急遽日本の広島に行ってきた。見積もり依頼の内容すり合わせ会議のためで、ついでに現行製品での懸案事項数点の打ち合わせを兼ねた、短期ゲリラ出張である。
 投げられたボール(見積もり依頼)はすぐに投げ返せというと、僕などは、厄介なものはすぐに手放せという意味合いの印象を持つが、ビジネスの世界ではそうではないらしい。

 マレーシアを水曜の夜に出て、打ち合わせは木曜の午後と金曜の午後。
 木曜の夜はホテルの近くで食事をしたが、歩く動きを止めたらそのまま凍り付いてしまうのではないかと思えるほどの寒さに怯んだ。体が南国に慣れきっているのと、厚手の上着がないため、なおさらこの寒さは身にこたえた。食後はまっすぐホテルに戻り、お湯をはったバスタブに浸かって冷えた体を癒していたら、昨晩飛行機であまり寝ていないせいで、いつの間にか居眠りしていた。どのくらいお湯に浸かっていたのか分からないが、へろへろになり裸でベッドに倒れ込んだら、そのまま朝まで眠り込んでいた。
 金曜の夜は現地の自社営業さんに地元の美味しいものをご馳走になり、二次会は誘われるがままに、ローカルなPPへ入った。その界隈のPPにいる女性のレベルはとっくにお見通しのつもりだったが、今回はまた世間の奥深さを教えてもらったというか、お店がよく雇ったと思われる方が横についたりして、別の意味で興味深かった。とりあえず歯が欠けていないのでよしとしなければならないと、自分を納得させるのに五分ほどかかったような気がする。最近、自分がアイタタの素質を十分持っていると友人Hさんのブログで知ったばかりだが、その僕がアイタタ精神をまるで発揮できず、所定の時間終了で迷わず会計をし、店を出て五分も歩かないうちに店と女性の名前を忘れるのは、自分にとって珍しいことだ。しかし、女性の体型や顔が焼印でも押されたかのように頭から離れない。そして九十分セットで覚えている彼女の会話が、唯一「飲み物いいですか?」だけというのも悲しすぎる。これを人は、散財と呼ぶのだろう。逆に、また行きたいな、指名したいなと感じる女性とは、僕の場合あとで顔を思い出そうとしても、霧に遮られるようにぼやけて明確に思い出せない。僕の頭の構造が、他人と少し違うのだろうかと気になる点である。

 土曜は深夜便でマレーシアに戻る予定で、ホテルのチェックアウト後、関西空港に移動する前に地元をぶらついた。頼まれたお土産と、モナにもいくつかリクエストされた物があったので、それを探して購入するためだ。しかし財布の中身には限りがある。最初に何を買うか考え、まずは書店に入って適当に文庫本を選んだ。この行動で、自分の最優先事項が何であるかをあらためて認識した。帰って買った本を数えたら十一冊あったので、しばらく休みの日はお楽しみが増えて嬉しい。 
 その後竹鶴17年(ウィスキー)、資生堂のリップクリーム、チョコレート、牛肉の佃煮、ジェットインクプリンター用フォト用紙、iPhone用ケーブルなどの頼まれものを買い、昼食のスパゲッティを食べてからドトールでコーヒーを飲み休憩した。最近のドトールはコーヒーが不味く、しかも値段が随分高くなっていて驚いたが、タバコが吸えるスペースを確保しているのが嬉しい。
 ガラス戸で仕切られた喫煙室に入り、禁煙室側の壁際テーブル席に座った。隣に随分太った若い女性一人が先客でいる。コーヒーを飲みながら買ったばかりの本を読み出すと、隣の女性のところに、彼女が待ち合わせしていた女友達がやってきて、突然騒がしくなった。
「ごめんごめん、待たせちゃって」
「いいんよ、うちが早く来すぎたけん」
「最近どうしてん?」
「就職が決まらなくて焦ってんよ、あれも来月で切れるけん。今三つの会社の返事をまっとるところ」
 言葉のイントネーションが地元特有のものだ。広島だから、極道の妻という映画の台詞の言い回しを思い出してもらえると、その雰囲気が近いかもしれない。
 どうやら太った女性は現在職を求めていて、もうじき失業保険が切れるらしい。父親がいくつか仕事を紹介してくれているが、場所が遠い、職種が嫌だ、給料が安いなどと、紹介案件全てがいま一つで断ったと、細かい文句を友達に打ち明けている。口では焦っていると言いながら、全然焦ってないじゃないかと僕は本を読んでいるふりをしながら横で思っている。ついでに、僕が会社の人事担当であれば、前向きな思考と懸命さが欠けるこの女性は、面接で不採用だ。(欠けているものが、歯だけという方がまだ許せる)
 それにしても就職の世話があるのに、それにどうでもよい理由をつけて断れるなんて、やはり日本は平和だ。焦っていると言いながら、こうしてコーヒーを買い友人と会話を楽しむ余裕があり、テーブルの下には、買い物をしてきたばかりの紙袋もおかれている。僕のこの女性に対する気持ちは、既にこの段階で「いい加減にせい」と言いたいようなざらついたものになっていた。
 その後話題は、誰それが自分に気があるらしく、先日誘いをかけてきたが上手に断ったというものに移行していった。後から来た友達は、そんな話をする女性と向かいあって上手に話を合わせているが、その話を信じているのだろうか、それとも心の中でバカにしながら上辺を繕っているだけなのだろうか。太った彼女は、水膨れしたような大きな顔にセルロイドの黒縁メガネをかけ、太い指の何本かに、かなりごついファッションリングがはまっている。僕には太った彼女が、かなり勘違いの激しい人物に映っている。日本の若い女性の傾向など最近知りようもないので、僕は手にした本をそっちのけで彼女たちの話に耳を傾け、時には表情を見定めようと視線をそちらに向けたりしたが、数回目があってしまったせいで何か勘違いされたのか、二人は揃って店を出てしまった。僕はアイタタおじさんではなく、アブナイおじさんに認定されたのかもしれない。
 
 その後すぐ、その場所に別の女性が一人やってきた。いわゆるボディコンという服装で、髪はほとんど金髪だ。視界の隅で捉えたそれは、かなりメリハリのあるボディで歳は三十半ばという印象だったが、最初はあまり気にしなかったので顔までしっかり見なかった。
 僕の座る席は喫煙席と禁煙席を仕切る壁際で、その壁はガラスになっている。そして丁度僕の左後ろ先にトイレがあり、時々トイレが空くのを人が並んで待っているのだ。僕のお腹は本調子でなく、ランチで食べたスパゲッティやそこで飲んだコーヒーが出そうな感じになっていたので、僕は時々首を左(その女性の方向)に九十度回し、トイレの空き状況を確認していた。すると僕の視線はトイレにあるが、新しくやってきた女性はどうやら、僕が彼女を気にしているように感じたらしく、彼女がこちらをちらちらと見るようになった。そこで初めて顔を見ると、歳はおそらく四十から四十半ばで、頬紅の目立つ丁寧で厚めの化粧が肌にうまく乗り切れず、まあまあの顔立ちなのに何か損をしているような方なのである。水商売というよりは、保険勧誘のおばさんにこんなタイプの人がいたなあという感じだ。これは誤解を避けるためにあらかじめ言っておかなければならないが、相手は決して僕のタイプではなく、僕に何か下心があるわけでもないのだが、単なる興味の範囲における妄想で、僕はこんなことを考えていた。
 もしかしたら、こんなシチュエーションでこの後どこかに行きませんかなどと話しかけたら、意外に交渉成立なんてこともあるのだろうか。そうやってそのままホテルに一緒に入ってしまうパターンも、世間には意外に多いのかもしれない。
 実際ラブホテル前で張り込めば分かるが、年配のお客は意外に多いのだ。それも、女性はまさに目の前にいるタイプが圧倒的である。
 いや、もしかしたら向こうから何か仕掛けてくるかもしれない。もしそんなことがあれば、これは何十年ぶりかの快挙だ。自分もまだ捨てたものではないということにならないか。もしそうなったら、どう対処すべきだろうか。
 おしりがむずむずするのも忘れそんなことを妄想していると、本当に隣の女性から声をかけられて、僕はたいそう驚いた。
「ハッカ味ですけど、飴はいかがですか?」
 彼女の手が僕の方に伸びて、プラスティックに包まれた二つの立方体の飴が目の前のテーブルに置かれた。
「え? あ、ありがとうございます」
「お一人ですか?」
「は、はい」
「私も一人なんです。テーブルを一緒させてもらってもいいですか?」
 僕はさっき、予知夢でも見ていたのではないかという気になった。我に返り相手の顔をよく見返すと、ニッと笑った口元に、見事な風穴が一つあいている。はじらんで赤く染まったように見える頬は、先ほど認識していたきつい頬紅である。彼女の化粧や服装と、ニッと笑った顔に浮かび上がる口元のブラックホールのような風穴に、強烈なギャップを感じて、一瞬、友人のHさんの言葉を思い出した。
「自分に関わる女性は、高い確率で歯が欠けている」
 もともとまったくその気はないのだけれど、これで「どうぞ」と言えば、その後の成り行きはどうなるのだろうか、僕はそのことにとても興味を抱いた。しかし、それにしてもおぞましい光景を見ているような気もした。僕は反射的に「済みません、残念ながらあまり時間がなくて」と言っていた。
 彼女は潔くしかも丁寧に、「そうですか、残念ですけど、仕方ありませんね。済みません、突然声をおかけしたりして。それでは失礼致します」と言い、すぐにその場を立ち去った。
 新手の宗教勧誘だったのか、それとも見た目通り保険の勧誘か、もしくは僕が妄想していた昼下がりの情事のお誘いだったのか。彼女が去った後、僕はやはりそれが気になり、もう少し上手な対応はなかったものかと後悔した。僕はつい後ろを振り返ってみたが、既に彼女の姿は見えなくて、不思議と残念な気持ちになった。人間とは、恐怖が去るとすぐにそのことを忘れる生き物であるようだ。
 
 ふと、昨夜会ったPPの女性の顔を思い出せるか試してみたら、今さっきの女性の印象がかぶり、どうしても思い出せなくなっていた。なるほど、所詮その手のインパクトとは、その程度のものなのだ。
 ついでにモナや子供たちの顔を思い浮かべてみると、それはくっきり頭の中で見ることができる。僕はその結果に満足し、自分もその場を立ち去った。
 相変わらず外は寒くて凍えるばかりだ。日本の冬が寒いということと、日本は平和だということを思い出す数日間だった。
 


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posted at 14:59
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カテゴリー:フィリピン生活
エントリー:735.日本は平和だ

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