フィリピーナと共に
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2015年04月30日

740.家族移動完了

 その日僕は、朝から浮き足立っていた。モナと子供たちが、マレーシアにやってくる日である。
 出社前にフィリピンと連絡を取り、家族が出発に際して問題がないかを確認し、時間通りに家を出たかを確認し、一先ず出だしは良好と、僕も出社のために家を出た。
 オフィスに向かって運転中、モナからメッセージが届いた。普段、自分が運転中は無視するけれど、その日は気になって運転しながら携帯を覗いた。
「トラブルあった。今、厳しい」
 一体何のことやらさっぱり分からない。何か問題があったことは分かったけれど、それが致命傷なのか、たいしたことがないのか。
 写真も送られてきた。空港までの送迎を頼んでいた車のドライバーが、車外で警官のような人間と話している様子が写っている。交通違反で捕まったのか、それとも事故が起きたのか。写真を撮って送ってきたということは、モナたちは無事なのだろう。車にはダディやママも同乗している。その点は安心だ。
 しかし僕は、運転しながらメッセージを返した。
「何の問題? 飛行機は間に合うの?」
 これにすぐ応答がない。
 彼女はいつもそうだ。何かあったという事実は連絡してくるけれど、それでそれが大きな問題になるのか、それともただのインフォメーションなのか分からない。問題があるとすれば、僕はそれに対して何をすればいいのか、それとも何もすることがないのか。
 少し前、ユリが体調を崩したときにもそうだった。
「今病院の救急に来た」……以上。
 その後しばらく連絡なし。こちらから電話をしても応答なし。これではただ心配になるだけだ。
 今回の場合、家族の怪我を心配するような問題なのか、飛行機に間に合わなくなるような問題なのか、その辺りがとても大切だと思うけれど、彼女はこちらに心配させるだけの情報しかよこさず、あとはなしのつぶてとなる。まるで、こちらを心配させるのが目的のようだ。
 まあこんなのはいつものことで、本当にまずい状況になればもう少し詳細を伝えてくるはずだから、たぶん大丈夫だろうと思って放置することにしたけれど、メッセージを送れないほどバタバタする状況に陥っているのかもしれないと想像しだすと、やはり心配になる。
 
 会社に到着しコーヒーを飲んでいると、ようやく返事がきた。
「飛行機は大丈夫。もう空港の近く」
 随分遅い返事に、僕はもう返事をするのをやめた。するとまた少しして、「チェックイン終わった。荷物は55Kg。今搭乗を待っている」と、状況を連絡してくれた。
 これでマニラには到達できそうだ。地元からマニラへのフライトは天候に左右されやすく、簡単に欠航になるから、ある意味今回のような旅ではその区間がボトルネックかもしれない。
 こちらも仕事が忙しいので放置していると、『マニラについた』、『KL行きのチェックイン終った』、『これからみんなでランチ』、『イミグレーション終った。今ゲート』、『ボーディングは一時二十分』、『もう飛行機乗った』という感じで、メッセージが飛んでくる。
 あとは夕方まで、僕は仕事に集中していればよい。

 こうして夕方になり、家族はクアラルンプールに到着したはずだけれど、予定時間をだいぶ過ぎても一向に連絡がない。僕は、空港で無料のインターネットに接続できるから、到着したらメッセージをくれとお願いしていたのだ。
 しばらくしてから、再び問題があったことを伝えるメッセージが届いた。
「ストローラーなくなった。探すの大変。時間かかった」
 ストローラーとは、子供を乗せて押して歩くやつだ。ストローラーは、通常飛行機に搭乗する寸前まで使用でき、飛行機の入り口で係員に預ける。そして、普通は目的地に到着すると、飛行機の出口でそれを返してもらうのだけれど、クアラルンプールはそうではなかったらしい。いや、前はそうだったような気がするけれど、とにかく今回は違ったようだ。
 結局ストローラーは見つかったけれど、大きく時間をロスし、ゆとりのあった乗り継ぎ時間三時間が随分食われてしまった。
 その後、『チェックイン終った。人がいっぱいだった』、『ゲート前にきた』と順調に事が運び、いよいよこちらはペナンで待つだけと思われたとき、また問題のメッセージが入った。
「おなか空いたけど、お金ない」
「え? 両替しなかったの?」
「マネーチェンジャーが見つからなかった。ゲートの方にないの?」
 僕はすぐインターネットで探してみたら、マネーチェンジャーはたくさん出てくるけれど、その大半がチェックインカウンター近くで、ゲート側に入った場所にもあるのかどうか定かでない。だから彼女たちが出発する前に、両替だけはチェックイン後、ボーディングプレイスに行く前しっかりやっておくよう、念を押して話してあったのだ。
 マネーチェンジャーは搭乗ゲート側にもありそうな気もするけれど、探してみたらなどと言えば、何か別の二次災害(例えば迷子になってしまうとか、それが原因で飛行機に乗り遅れるとか)が発生しそうで怖いから、僕はこう伝えた。
「空腹じゃあ死なないから、とりあえずペナンまで我慢して」

 こうしてモナと子供たちは、思い切り腹を空かせて、予定時間通りペナンにたどり着いた。
 僕は出会えたモナにミネラルウォーターを渡しながら言った。
「お腹空いてるだろうから、これ買っておいた」
「なんで水だけ?」
 そう言いながらも、モナとベルとユリは、一本の水を奪い合うように回し飲みした。
「ビスケットもあるから」
 僕は従業員用にオフィスに置いてある缶から、大量にくすねてきたビスケットを鞄から取り出してそれも渡した。マレーシアの人たちはフィリピン人と同じで、いつも何かを食べていたい民族なのだ。だから職場にクッキーやビスケットなどが常に補充されて置いてある。
「どうしたの、これ?」
「オフィスで泥棒してきた」
「わるいな〜、それ」
「とりあえず車の中は、それでしのいで。家に帰ったら、すぐ何か作るから」
 と言っても、家にあった食材はソーセージとたまねぎがある程度だったような……。それであれば、簡単なスパゲッティーが作れそうだ。あとは前日作った野菜炒めの残りを冷蔵庫に保管していたので、ご飯を炊けば足しになる。
 最近は料理が手馴れて、三十分もかけずに立派な夕食をテーブルに揃えることができるようになった。よく考えたら、僕も夕食はまだで腹の虫が鳴いている。

「車を駐車場から出してくるから、ここで待っていて。車がたくさん通るから、子供に気を付けて」
 空港の外でモナにそう言いその場を離れようとしたとき、ユリがポケットから、キャンディのようなものを一つ取って「はい、パパ」と言いながら僕に渡した。
「ユリがね、パパにあげるって最後の一つをキープしていたのよ」
「おお、そうか。ありがとう」
 ユリが隙間だらけの歯を見せて嬉しそうに笑う。
 モナが、ユリはパパズガール(お父さん子)と言うくらい、彼女はいつも僕にベッタリだ。だから今回、マレーシアで一緒に暮らすことに一番喜んだのはユリかもしれない。そんなユリを、僕も普段から可愛くて仕方ない。自分のキャンディを僕のために一つとっておいてくれるようなことは、たとえ小さなことであっても僕の胸にじわりとしみ込む。
 まだ一歳少しのダイチとは、再び距離があいてしまった。僕が手を差し出しても、「アボ!(いやだ)」と言って顔を背ける。この『嫌だ』は、一緒に暮らし始めて七日間、いまだに進展なしだ。モナがキッチンやバス、トイレで姿を消したときにダイチが僕の顔を見ると、彼はすぐに泣き出して母親のモナを追いかける。僕が抱いてあやそうとすると、その泣き声がますます激しくなるから処置なしだ。これはしばらく付かず離れずで、様子を見るしかない。

 空港から自宅に車で向かう。ベルもユリも、僕が運転するのを始めてみたせいで、二人とも僕の手元に興味津々のようだ。家族で自由に使える車を持つことは、二人にとって初めてのことだし、僕が車を運転できることも娘たちにとっては一つの驚きなのかもしれない。
 普段車酔いの激しいユリが言った。
「パパの車は大丈夫」
「そっか、よかったね」
 気のせいかもしれないけれど、乗り物酔いは大丈夫と思い込むことも重要だ。
 土日に車で出かけた際、ユリは少し具合が悪くなったから、やはりそれは気のせいだったけれど、それでも窓を開けたり場合によっては停車し休憩を取ることも自由にできるから、タクシーや人の車に乗せてもらうよりはずっと楽だ。ダイチも乗り物に乗っているときには、いつでも機嫌がいいしおとなしい。

 家族は金曜の夜に到着し、その日から翌土日は僕が全ての食事を用意し、後片付けもした。ダイチがモナから離れないのだから仕方ない。スパゲッティーに始まり、カレー、ポテトサラダ、サンドイッチ、チャーハン、チャーシュー丼、つけうどん、鶏と大根の煮付け、そぼろ……。中華スープの素であるウェイパーやニンベンの麺つゆがあれば、なんでも美味しく簡単に作れてしまう。失敗知らずだ。
 つけうどん用のつゆは、ニンベンの麺つゆに大根おろしと刻みねぎをたっぷり入れると、とても美味しくなる。うどんを食べ終わったあと残ったつゆにお湯を注げば、これも美味しいスープになる。チャーシューはバラやロースのブロック肉をフライパンで強めに焼いたあと、紅茶でじっくり煮込み、最後に麺つゆに少量の酢を入れた汁で軽く煮込んでから冷蔵庫の中で漬け込めば出来上がり。好みで生姜を少々入れてもよい。
 僕の仕事が始まった月曜からは、家事は自然に分担制になった。フィリピンの家にいるとき何もしなかったベルは、食後の食器洗い担当だ。まだ洗い方が雑だけれど、少しずつ教えていけばいいだろうとモナと話している。料理は僕の時間があるときに、僕が日持ちのするものを作り、モナが時間の合間をみてメインを作る。
 夕食前後には、できるだけ子供をプールで遊ばせる。子供はとにかくスイミングが大好きだから、いつでもプールを利用できることは、マレーシアの生活で子供が一番喜んでいることかもしれない。
 家族はテレビの画面が綺麗なことにもあらためて驚いている。映画や子供向け番組は光ケーブル配信のHD番組だから、電波の悪いフィリピン自宅でパラボラで拾ったザラザラ画質に慣れていれば驚くのも無理はない。チャンネル数も豊富だから、暇を持て余すことは少ない。
 あとは必要な物を少しずつ購入していけばいい。フィリピンへの送金額がかなり少なくなるので、マレーシアでの生活はゆとりを持てそうだ。
 こうして今のところ、生活のペースをうまくつかめそうである。まだ家族のVISA取得や学校決め、医療保険をどうするかなどの大きな仕事は残っているけれど、基本的な衣食住についてはこのままこなれていきそうだ。
 明日からここも、四日連休となる。この休みは買い物と美味しいレストランへの案内、そして綺麗な観光用ビーチがあるようだから、一回くらいは家族をそこに連れていこうかと考えている。



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2015年04月12日

739.体調不良に際して

 仕事が終わり、自ら料理した夕食に満足し、台所を片付けコーヒーを飲んでくつろいでいた。何かの小説を読んでいたような気がする。そのとき、たばこの火もついていたかもしれない。
 無意識にコーヒーカップを口元に運んだ。淹れたてのそれはまだ熱くて、香りを楽しむ前に湯気で少しむせ気味になった。そしてむせ気味でコーヒーをすすろうとしたとき、視界の隅に、小さな虫がふらりと飛んできたのが映った。蚊のような、小さな蝿のような、何かは分からない。いずれにしても、驚いて体をのけぞらすような大物ではなく、大して気になるものではなかった。それが、僕が鼻腔から息を吸い込んだ瞬間、その空気の流れに乗って僕の身体に入り込んだ。
 固いものではないし大きいものでもなかったから、特に鼻が痛いというわけではなかったけれど、鼻腔に異物が入り込んだことははっきり分かったので、僕はすぐにティッシュを手に取り鼻をかんだ。でも顔の前で広げたティッシュの中に、それらしきものはなかった。鼻腔に感じた違和感はなくなっていたし、もしかしたら僕の気付かないうちに小さな虫は外に飛び出していたのかもしれないと思い、僕はこの小さな事件をすっかり忘れていた。これが水曜の夜の話だ。
 
 翌朝、出勤の運転中、なんとなく目の周りがひりひりするような気がした。会社についてしばらくしてから、鼻の下も少し赤らんでひりひりし始めた。僕はもともと疲れると顔に肌荒れを起こす体質で、その症状に似ていなくもなかったから、連日の各方面からのアタック(攻撃)に、僕は知らず知らず疲れやストレスを感じているのだろうかと思った。
 夕方になると、鼻の下、丁度鼻穴の出口のところが、明確にただれ始めていた。その日は少し早めに家に帰り、睡眠を多めに取ることにした。

 更に翌朝、朝起きたら目の周りが腫れていた。左目の左下、左頬の少し上側も、やや赤くなって腫れ気味になってなっていた。鼻穴の出口のただれはますます激しく、まるで鍾乳洞で晶出する鍾乳石のように、鼻穴をふさぐ勢いの汚らしい蓄積物ができていた。これは単なる疲れの肌荒れではないことにさすがに気付いたけれど、一先ず顔をどうにか綺麗にし出社した。
 会社に行くと、周囲から、すぐにクリニックに行った方がよいと奨められた。ありがたいことに、今の会社はおかかえのクリニックが十箇所以上あり、そこは完全無料で受診して薬ももらえる。クリニックで病院を奨められるケースに限り、次の病院代も会社負担になるようだ。
 しかし残念ながら、その日は午後一番で顧客との電話会議があった。午前中も揃えなければならない資料がある。どうしてもすぐクリニックに行ける状況ではなかった。
 
 僕は仕事をしながら、自分の顔面で起こっている症状についてずっと考えていた。何かのアレルギーに思えるけれど、僕は基本的にアレルギー体質ではない。唯一のアレルギーは、花粉症だけだ。前日の朝症状が出始めたとすれば、その前夜何を食べたのか、懸命に思い出した。
 食べたのはつけうどんだ。つけ汁は市販のめんつゆに大根おろしと刻みねぎをたっぷり入れ、刻みのりをうどんに振りかけただけ。これが簡単で結構美味しいから、僕は頻繁にこれを食べている。その後、りんごを食べた。そのりんごも、買って初めて食べるのではなく、先週市場で五個くらい買い、三個目のものだ。もしりんごが原因なら、もう少し前に症状が出てもいいだろう。
 ちなみに最近、日本ではないけれど、ヨーロッパのどこかで危険な食べものワースト10というものが発表になった。第一位はりんごなのだ。要は、皮が薄く農薬の影響が大きく残る食べ物ということで調査した結果らしいけれど、上位六位くらいまでを果物が占め、そのあと野菜が名を連ねるという結果だった。うる覚えだけれど、一位がりんごなのはよく覚えていて、あとはぶどうが上位に入っていた。野菜で覚えているのはほうれん草くらいだ。
 そんなことが頭の隅にあったから、僕はりんごも結構疑った。そのりんごは今もまだ、冷蔵庫の中に残っている。
 仕事が終わり、小雨が始まる中、僕は車を運転してクリニックに行った。そこは二度目の来院となる。前回は風邪で熱が出て、どうしても薬をもらいたかったのだ。前回の来院時は結構混んでいたけれど、その日は待っている人が一人もいなくて、僕はすぐに、ドクターの前に通された。

「どうしましたか?」
 僕はメガネを取って、この顔を見てくれと言った。
「この症状は、昨日の朝に始まりました」
「ふーむ、もしかして、虫を触ったり食べたりしなかった?」
「え……。あっ、むし? 実は一昨日の夜、小さな虫を鼻から吸い込みました。蚊のような、小さな蝿のようなものです」
「あー、で、それは黒かった? それともオレンジ色だった?」
「視界の隅で捉えただけなのでよく分かりませんが、オレンジのやつは見たことがないので、おそらく黒だと思います。でもそうして分かるんですか?」
 僕は意表をつかれて驚きながら、思わずそんなことを訊いた。
「この症状は、まさにその虫のものだから。その虫は、毒をもってるんだよ。たぶん間違いない。原因はそれだ」 
 それでもその話しが当たっているかどうかは怪しいけれど、こちらが説明する前に虫のことを言い当てられたのだから、僕は随分すっきりした。
「クリームと飲み薬を出しますね。クリームは赤くなった肌の部分に塗って。あとは抗生物質と抗ヒスタミンと&*%$#を出しますから」
 &*%$#は聞き取れなくてよく分からなかったけれど、病院に行く前から、原因がアレルギー系であれば抗ヒスタミン、ばい菌による化膿系であれば抗生物質を飲む必要があると思っていたから、これにも納得した。

 こうして金曜日の夜から薬を飲み始めたけれど、昨日土曜の朝、僕の顔は無残にも晴れ上がり、症状が出ているところは真っ赤になっていた。これが前日であれば、会社は間違いなく休んでいただろう。でも、土曜の午後から目の周りに感じていたひりひりする痛みが和らぎ、本日日曜はすっかり顔の腫れが引いた。どうやら薬の効果が出始めたようだ。鼻の下もすっかりすっきりした。これなら外を出歩いても恥ずかしくない。
 僕が吸い込んだ小さな虫は、おそらく生ごみに寄ってくるやつだと思い、昨日も普通に料理はしていたけれど、生ごみは別袋に入れて入り口をしばり、その日のうちにゴミ捨て場に捨てに行った。
 
 モナにこの話しをすると、彼女は僕の身体の心配もそこそこに、「それ、子供に危ないわねえ、私がそこに行ったら、すぐに全部掃除するから」と言われた。
 この綺麗な部屋のどこに大掃除をする場所があるのかと思ったけれど、それは見れば分かると思って僕は口に出さなかった。
 虫で身体に変調をきたすなど、これまでの僕の人生経験で、初めてのことではないだろうか。よく、触るとかぶれると言われるものや、刺されると驚くくらい腫れると言われるものがいることは知っているけれど、子供の頃からあわせ、僕にはそんな被害経験がない。
 マレーシア特有の虫か知らないけれども、僕はまあ、よい経験をしたと思っている。
 僕は今回、自分の身体にまだ、そんな毒物に反応する力が残っていることを確認した思いなのだ。赤らんだり腫れるということは、身体が毒物に抵抗を示している証拠だ。老化してしまうとこの抵抗力がなくなり、身体の反応が鈍くなる傾向がある。だから花粉症は完治薬がないけれど、歳を取ると自然消滅する例が多くあるのはそういうことだ。花粉症が治ったということは、喜ばしいと同時に要注意でもある。
 同時に、食べものにも注意をしなければならないと、あらためて思い始めている。色々と原因を思い巡らせているときに、普通に食べているものが全て怪しく思えてくるのだ。りんごもそうだけれど、よく作るオレンジジュースも、絞るときには表皮の成分がジュースに混入しないように気をつけている。
 大根やねぎや白菜、キャベツ、レタス等の野菜、肉、米も、疑い出せばきりがない。せめて産地を確認できるものの購入や、体調に変調をきたさない実績のある店から購入するなどを徹底するくらいしか手はないけれど、気にしないよりはましだろう。
 僕は正直、それほど先の長くない自分の身体のことは、それほど神経質になっていない。ただ、子供たちがここで生活を一緒するなら、栄養バランスも含め少しでも気を遣いたい。
 市場で購入するものは地元産が多く、店と作り手が直結していることが多いため、少し安心だ。売り手の人柄もよく分かる。僕がよく買う店は、買いたい野菜を名指しするとそれを取ってくれ、こちらに渡す前に確認してくれる。少し痛んでいる箇所があれば違うものと取り替えるか、そこまでいかないものはナイフでそぎ落としてくれる。それから量り売りとなる。
 そんな誠実さが、信用に繋がるのだ。この人たちは、自分たちの食べたくない野菜を人には売らないだろうという信用である。

 余談になるけれど、最近どこかの医学学会(日本)が、使用を限りなく禁止にする薬を発表した。そのリストには、使用に際して要注意というものも含まれる。そこには市販薬も含まれていた。
 これもうる覚えで申し訳ないけれど、上位は精神安定剤のようなものが占めていた。そして副作用に、記憶障害がずらりと並んでいたのを覚えている。つまり、認知症の人には絶対に使用してはならないとか、そのような症状を促進させるという指摘だ。
 僕はそれらを眺めながら、自分が小さかった頃、認知症という病気が今ほどメジャーだったろうかと思いを巡らせていた。なにか、そうではなかったような気がするのだ。とすればそれも現代病の一つで、原因は薬を含む、口から身体に入れるものの可能性が大きいのではないかと思い始めた。すぐに明確な症状が出れば分かりやすいが、そうではなくじわりと蓄積し、徐々に弊害が出るものは厄介だ。
 僕はもともと、よほど酷くないと薬は飲まない性質だけれど、薬も気をつけなければならない。全てが限りなく上を目指すビジネスになっている今、意外と今の世の中、信用できるものが少ないのかもしれない。




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カテゴリー:フィリピン生活
エントリー:739.体調不良に際して
2015年04月05日

738.為替レート

 最近面白いコメントを頂いた。
 『もしかして、あなたは・・・』
 結局そのコメントに触発される形で、久しぶりに更新原稿を書き出したのだけれど、僕はこのコメントの続きが気になって仕方がない。
 その続きは何か、色々と想像してしまうのだ。もしかして、あなたは、
-既に亡くなっているのですか?
-もうブログを止めてしまったのですか?
-離婚してしまったのではないですか?
-新しい恋人ができたのではないですか?
-リンゴをかじると歯茎から血が出ませんか?
-イスラム教徒になってしまったのですか?
-日本に帰ってしまったのですか?
-痴呆になってしまったのですか?
-寝たきりになってしまったのですか?
-心が病んでいるのではないですか?
-アンダーグランドの人ですか?
 この自分の想像に対する答えは、いずれもノーだ。他にもある。
-腑抜けですか?
-腰抜けですか?
-@&%$さんではないですか?
-超多忙ですか?
-早漏ですか?
-貧乏ですか?
 これらに対する答えは、微妙だ。もし「@&%$さんではないですか?」であれば、かなりどっきりである。

 正直に話せば、最近とても忙しい。仕事でもプライベートでも。
 最近こちらで車を運転するようになったので、仕事を何時まででもできるようになってしまった。結果、忙しくてやることが腐るほどあるから、帰宅時間が深夜近くになることが普通になった。
 車は会社支給で、運転免許証は、フィリピンの免許証をマレーシアの免許証に書き換えた。
 車のおかげで便利になって、不便になった。どちらかといえば都合のよいことが多いけれど、歩きが減ったせいで、健康面ではマイナスだと思っている。
 プライベートでは、いろいろな人(友人含む)とのやり取りに忙しい。遅い時間に帰宅してから、夕食を作り、それを食べ、食後のコーヒーを飲みながら誰かの相手をしていると、大体夜の二時くらいになっている。
 休日はできるだけ身体を休めようと努力しているけれど、家の中の掃除や洗濯、朝の市場での買い物、ウイークデーの夕食用下ごしらえ(例えばチャーハンに使うチャーシュー作りとか、ポテトサラダを作るとか、ミートソースやカレーを作るなど)などはしっかりやっている。家のことをきちんとこなすと、気力が充実するから不思議だ。土日の二日間、ベッドの上でだらだら過ごすより、この方がずっと心身共に休まる気がする。
 それらを終えて、残った時間でいろいろなことをする。例えば小説原稿書きとか、コンド備え付けのサウナに入り、その後プールサイドで横になって風を浴びるとか、コーヒーを飲みながら本を読むとか、等々。
 
 最近ホットなニュースといえば、今月家族が、マレーシアに移住することだ。
 毎年子供の学校のサマーホリデーで、四月、五月のほぼ二ヶ月間、家族がマレーシアを訪れていたけれど、なぜか今年は、ここに来るのが四月の月末辺りとモナが言っていた。
 なぜ今年は遅いのか、おそらくモナに、何か外せない用事でもあるのだろうと僕は思っていたが、つい先日の会話で、彼女たちがここに移住するつもりでいることが分かって僕はすこぶる驚いた。
「行きは四月の@@日でいい?」
「いいよ、で、帰りはいつにするの?」
「十二月くらいにしておこうかなぁ」
「なんで十二月? 六月じゃなくて? しかも『くらい』ってどーゆーこと?」
「え? どうして六月なの? もうそっちに住むよ。なんでまたフィリピン帰る?」
「いっ、いや、でもさ、子供の学校はどうするの? こっちの学校が始まるのは九月だって言ったじゃない」
「だからそれまで子供の学校はお休み」
「えー、そうなの? まあ、あなたと子供がそれでいいならいいけど」
「私たちがそっちに住むの、あなた、まだアクセプト(同意)じゃないの?」
「いや、早めに来た方が、学校も一緒に見て選べるから、その方が都合がいいよ。ユリはまだいいけど、ベルは本当にそれでいいの?」
「いいわよ。今度の休みは長いねってベルが言っていた」
「それじゃあ子供の勉強机やベッドも用意しなきゃねえ」
「わたしのプライオリティー(優先)は、勉強机じゃなくて、ダイチのクリーブ(子供を入れておく四角のベッド。壁があるのでその中にいれば安心)よ。それがないと、料理も洗濯も掃除も大変だから」

 そして昨日は、携帯の話題にもなった。
「あなたとベルの携帯電話、シムフリーじゃないでしょう? どうする? フィリピンでフリーにできる? それともこっちで買う? レノボのスマホは一つキープしているけど」
「フリーにするのにいくらかかるか聞いてみる。ベルのアイフォンは調子が悪いみたいだから、どうするかな」
「こっちでもフリーにできるか、いくらかかるか聞いてみるよ」

 よって僕は昨日、ダイチのクリーブとみんなの携帯を、ショップに見にいった。そして、自分の携帯を買い換えたくなってしまった。クリーブは二百リンギットプラス(六千円から七千円)で、まあまあのものが買えることが分かった。携帯は、千五百前後(三万円)を出せば、結構よいものが買えることも分かった。
 買い物でもシャワールームが二つ本格稼動することになるので、シャンプー、リンス、ボディーソープ、ハンドソープ、歯磨き粉、歯ブラシ、トイレットペーパー、ボックスティッシュなどの生活用品をあらためて揃えた。それに、閉め切っていたクローゼットを全開にしエアコンを付ける、冷蔵庫、クローゼット関係の全てに炭の臭い取りを設置する、ベッドシーツの確認、子供部屋の本棚の整理、カーペットの洗濯や掃除などを始めている。
 昨日は、不要なペーパー(仕事関係、ちらし関係、郵便物、変な名刺)を忘れないうちに全て捨てた。不要なものはまだありそうで、それは来週辺り、本格掃除をする。とは言うものの、昨日は冷蔵庫の上にたまった埃まで綺麗にするほどの掃除をしたので、面倒なことはもうあまり残っていない。
 買い物は、シャンプー等でもいっきに買うとかなり高いので、九月から本格移住するなら、毎月ちまちま買い揃えていこうと思っていたけれど、悠長なことはいっていられなくなったから、予定外の出費になっている。(ちょっとした生活用品プラス食料で、すぐに一万五千円くらいになってしまう)
 それでなくても最近は、リンギットが安いために、フィリピンへの月送金が円換算で以前より三万円ほど多くなっている。為替の変動は、本当にばかにならない。逆に、最近の円安で、円換算による僕の給料は『こんなにもらってねーぞ』と言いたくなるほど随分高くなった。日本に出張する際は、以前より単行本を数冊余計に買える。

 そういえば、最近円安に対する苦情の記事をちらほらとブログ等で拝見する。僕もリンギット安になれば送金は苦しいけれど、為替はミクロの視点ではなくマクロの視点で議論しなければならないと思いながら読ませて頂いている。
 安倍政権施策の円安誘導は、百害あって一利なしのような話は、やはり間違いだろうと僕は思っている。経済の原理原則から、僕の意見は以下のようなものとなる。
 まず、政策としての円安にクレームをする人は、円高や円安になるのはなぜか、きちんと答えられるだろうか。次に、円安や円高が何を意味するか分かっているだろうか。物価と為替の関係、国民全般への為替の影響はどのような繋がりでどうなるのかを、理解しているだろうか。
 結論として、今の日本に円安は必要なことだと僕は思っている。日本は長い間、デフレで苦しんだ。物が安くなっていいではないかという人は多くいるが、そんな人は、物が安くなって給与も減っていることに気付くべきなのだ。そして、長いデフレ環境で、日本の雇用条件が大きく変わってしまった。年功序列賃金が壊れ、賃上げがなくなり、正規雇用、生涯雇用制度が大きく減退した。
 それが今の円安傾向で、大卒採用率が上がり始め、少しずつ修復の兆しが見え始めている。変貌を遂げた雇用条件の復活はかなり難しいかもしれないけれど、デフレからインフレ基調に変わろうとしているのだ。今こそ、金融緩和(お金をどんどん市場に出す)の手を緩めてはならないと僕は思っている。
 円安やインフレに苦言を呈する人たちは、かつて日本が経験したインフレの恩恵を、すっかり忘れてしまったのではないだろうか。清水の舞台から飛び降りるつもりで購入した住宅ローンが、賃上げのおかげで、気付いたらすっかり微々たるものになったという人はたくさんいたはずだ。
 かつては世界トップ水準だった日本の物価は陰りを見せ、今はシンガポールに行くと何もかもが高くて逃げ出したくなるほどである。しかしシンガポールの人たちは、それに見合った給与をもらい、そこで生活をしているのだ。そこで生活をする人にとっては、物価と給与の上がり方が見合えば生活水準は横ばいだけれど、いざ他の国に出向けば、他の国の物価をとても安く感じることになる。それを日本人は、たくさん経験してきたはずだ。デフレと賃金低減は、その逆になるということである。
 円安傾向は、円がたくさん流通していることを意味し、そして同時に、投資家が円を手放す傾向になっていることを意味する。これはどちらも、円の価値が下がることを意味し、つまりインフレ基調のベースとなる。(つまり、お金の価値が下がる =物の価値が上がる。土地や物の値段があがり含み資産は増える。デフレ下では随分資産が減少した)投資家が円を手放し、その向け先は株などに向く。一般の人も、価値の下がる現金を持っているより、物を買ったほうがよいというマインドになる。企業の売り上げが伸び、投資家が株を買う、そして株価が上がる。すると企業の含み資産が増え、バランスシート上随分楽になる。これが新しい開発投資に繋がり雇用も増える。おおざっぱに言えば、これが戦後の日本の成長過程で起こってきたことではなかったか。
 日本は国債を発行し過ぎて、借金大国という人もいる。国が借金を返せない状態をデフォルトというが、日本はそんなことにはならない。日本は福沢さんを、ばんばん印刷すればいいだけの話だからだ。記憶に新しいギリシャやアルゼンチンが経済破綻を起こしたのは、それらが固定相場制を選択していた国で、お札の印刷に限度があったせいである。日本は変動相場制だから、お札の印刷はいくらでもできる。それに、国債を発行すれば、その分日本の資産はどこかで増えているということも念頭に置くべきだ。例えばAという銀行が国債を購入すれば、国の借金は増えるけれど、Aという銀行の流動資産はその分増える。だから日本国のバランスシートを見れば分かるけれど、九百兆を超える負債がある代わり、それに見合う資産も潤沢にあり、バランスシート上の負債額ははるかに小さい。(日本国債の引き受けては九十五%が日本国内)最近の(資産 - 負債)は、マイナス三百兆くらいだと思われる。
 国債発行で、日本人一人当たりの負債がいくらになるとマスコミは騒ぐけれど、別の言い方をすれば、日本人一人当たりの資産がいくら増えたということも言えるわけである。そして差し引き分がトータル資産や負債になるけれど、この純然たる負債を作っている一つが特殊法人というやつで、これに手を打てば、財政的に日本はもっと良好な状態になるはずだ。
 更に日本の国債格付けが下がったと騒ぐ人やマスコミがいるけれど、日本の国債利回りは世界で一番低いはずだ。それでもしっかり売れるということは、安全に現金化できる流動性資産として、日本国債の市場信用度は世界一高いことを意味する。信用のない国の国債利回りを確認してもらえれば、それは異常に高く、ハイリスクハイリターンの商品として信用性に欠けるということが一目瞭然だ。だからアメリカの格付け会社など、まるで信用できないということがよく分かる。市場の評価は、日本国債が依然として最高ランクだ。
 とにかく今は、国債を発行してでも、現金を市場にどんどん流通させていくべきときだ。このチャンスを逃せば、日本は再び、デフレ下で苦渋を味わうことになる。
 一つだけ誤解を招かないように言うと、日本はアメリカ政府の意向を気にし、対米ドルの為替レートをある幅で調整している節がある。これは投資専門家の中では常識で、本来需要と供給の自然原理にゆだねられるべきものに、意図的なコントロールが入っていることは、ここでお伝えしておきたい。

 一つのコメントから、随分話が脱線してしまったけれど、こんな感じで僕もぼちぼちやっている。個人的には、リンギットがもう少し高くなって欲しいけれど、家族がこっちにやってくればフィリピンへの送金額が随分減るので、少しは楽になるはずだ。

 


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