フィリピーナと共に
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2015年07月21日

749.フィリピーナと煩悩

 シャワーヘッドを手に持って、足元に照準を当てて栓をひねる。いつもの作業だけれど、水は予想外の頭上から降ってきて、僕は「ああ、またやってしまった」と思いながら栓を閉じる。またシャワーの出口が天井になっていた。どうしてモナは、天井シャワーが好きなのだろうか。
 今はもう、突然冷たい水をかぶっても、「あー」とは「ひい」とか声を上げて驚くことはなくなった。何度も同じ失敗を繰り返す自分が情けなくて、ただ無言で栓を戻すだけだ。
 頭から水滴がこぼれ落ち、Tシャツやショートパンツも濡れている。足だけ洗ってさっぱりしたかっただけなのに。
 被害が酷いときはそのまま本格シャワーに移行するし、少ないときには着替えだけで済ませる。今日は濡れた服を脱いでシャワーになった。

 キッチンカウンターでパソコンをあけた僕に、モナが「水を出す前に、どうして確認しないのよ」と訊いた。けれど、足だけを洗いたいときは、なぜか水の出口確認を忘れてしまう。決して確認を省略しているつもりはないから、どうしてと訊かれても答えようがない。
 僕は犬や猫と同じで、全身を濡らすのがあまり好きではない。だからシャワーが億劫な性質だけれど、手軽な足シャワーは好きで、家の中にいるだけでも気分転換でそれをよくやるのである。シャワー省略というさもしい根性が、確認を忘れることに繋がっているのだろうか。
「なぜか忘れるんだよねえ、っていうかさ、その足、重いんだけど」
 キッチンカウンターで、モナが横に座り自分の携帯をいじりながら、いつの間にか伸ばした足を僕の腿の上に置いている。傍で見たら微笑ましい光景かもしれないけれど、大人の足はけっこう重いのだ。文句を言わずパソコンで何かに夢中になっていると、気付いたときには血行不良で自分の足が痺れている。
 ソファーでは、ユリとダイチがiPadの取り合いで騒ぎだした。こうなると、ブログの原稿を書くどころではない。気が散って、まるで集中できなくなってしまう。横にいるモナはまるで意に介せず、涼しい顔で携帯チャットをやっているから、羨ましい性格だといつも思う。
「だからさあ、重くって足が痛くなってきたって。で、それ、またゴールド?」
 また不埒な儲け話に夢中になっているかと勘ぐって訊いてみると、モナはただ首を左右に振って、足を引っ込めた。僕もそれ以上、チャットについて尋ねることはしない。

 最近彼女は、よく誰かとチャットしている。まるで、近頃夢中になっている男と会話しているようにも見える集中ぶりは、ゴールドの儲け話はカモフラージュで、本当にどこかの男と会話しているのかもしれない。けれど、僕は夫婦であっても人のプライバシーには気を遣う方で、彼女が誰とどんな会話をしているのか一切確認しない。もちろん、密かに彼女の携帯を調べることもしない。
 もし本当にそうだとしたら、そうなるには自分にも何かしら原因があるのだろうし、色々茶々を入れても、このようなことは、なるようにしかならないのだ。むしろ色恋沙汰とは、障害があるほど燃え上がるもので、結果的には放置が最善ということもあるだろう。(といって、放置がよいなどと信じないで欲しい)
 まるで、彼女に新しい男ができたみたいに言ってしまったけれど、相手は新しいのではなく、古い方かもしれない。この場合、古いも新しいも同じではないかと言われるかもしれないけれど、それは違う。
 新しい相手の場合、そこには多くの未知が存在する。そしてその未知について、自分に都合よく想像力を働かせながら、勝手に自分の思いを膨らませてしまうのだ。想像にお金はかからないし、内容がいくらご都合主義に徹したものでも、誰にも文句を言われない。だからこんなに楽しいことはないのである。その想像が現実になりそうだったり当てが外れたりと、ギャンブルのような要素があるのも楽しい。そんな「あれこれ」が、「恋」と呼ばれるものではないかと僕は思っている。
 しかし相手が古い場合はその逆で、既知という事実がある。想像力を駆使する必要性が俄然減る。それがよい方向へ働く場合もあるけれど、かつてその人と進展しなかったり、あるいは一旦その相手と続かなくなった現実が、今後の発展に作用するとは限らない。
 
 という僕も、想像で話を膨らましてみたけれど、結局彼女のチャット相手は僕も知っている、タイに住む友人フィリピーナだった。モナはゴールドの儲け話ではないと言うけれど、どこかでその話しと繋がっているチャットではないかと僕は予想している。
 
 せっかく想像話が膨らんできたので、もう少し続けたい。
 新しい相手に、勝手な想像の中で心を躍らせ、吉凶どちらの目がでるか分からない未開の土地開拓みたいなスリルに惹かれるのは、男がいつも新しい相手を追い求める心理と一致する。
 色恋沙汰において、男は不思議と失敗を糧にできない性質がある。想像の中でまぶしいくらいに輝いた夢を現実の世界で一つ一つ粉砕され、そのたびに反省したり嘆いてみせたりするけれど、熱さが咽元を通り過ぎれば再び始動してしまうのである。それは沈んだ心を癒さなければならないから、などと言う人もいるけれど、いずれの場合もそんな言葉は、理由というより後から付足した言い訳にしか聞こえないから面白い。
 つまり男は、基本的に冒険好きであって、そのような性癖は全て、未知への探究心とどこかで繋がっているようだ。この探究心は、受動的に子孫を残す役割を担う女性に対し、能動的に子孫を残す役割を担っている男の本能と、深く関わっていると僕は考えている。
 つまり、人類滅亡の危険性を察知するため、常に何かしらの調査行動をしたくなったり、子孫を残すチャンスに対し、いつでもアンテナを張り巡らせるというのが、神から授かった男の本能ではないかということだ。
 するとロクデナシを自称するHさんは、まさに「神から授かった役割に対し忠実に行動している方」と言えるわけで、それで本当にロクデナシと言えるのだろうか、などと考え出す僕は、ここでまた、深い迷路に入り込んでしまう。
(ここで脈略なく「神より髪を」と叫ぶHさんを想像してしまい、ふふっと笑ってしまった僕をお許し下さい)
 
 無節操に子どもを作る行為をしてはなりません。不倫も字の如く、人の倫理に反することです。世界の基本は一夫一妻制です。
 これらの倫理観とは、人類の長い歴史上、経験的に築き上げられたものであり尊重すべきことである。けれど、所詮は人が作りあげたものであり、そのことは神の本来の意思に反することなのかもしれない。人はどれほど立派なことを決めようが口で言おうが、本能には抗えない部分を遺伝子の中に残しているのである。だからあえて人類は、そのような倫理観を人に植え付け、法律で制限を課さなければならなかったのだ。それは経験上、人が本能に忠実に生きれば、何か恐ろしく不幸なことが起きることを知っているから、そのように仕向けられているのかもしれない。

 人の本能とは性欲のみならず、食欲、睡眠欲、物欲、征服欲など、様々な欲求がある。
 仏教では人の煩悩は百八あると言われ、それらを払うために除夜の鐘を百八回鳴らして新しい年を迎えるという習わしになっている。本当に百八もの煩悩があるのだろうかと指折り考えてみたけれど、僕にはせいぜい、十個くらいしか浮かばなかった。僕も自分で気付かない欲望を、普段から知らずに撒き散らしているのかもしれない。
 欲求とはもちろん、したいこと、達成したいことであるから、我慢するのは苦しいことである。だから仏の道では、煩悩を捨て、我慢する苦しみから解放されなさいと説く。しかし、例えば達成欲というものがあったとして、その欲まで捨てながら、煩悩を捨てる難行を同時にやり遂げるにはどうすればよいのか? などと考え出すと、この世界も奥が深いのか、実は底が浅いのか分からなくなってくる。
 実際に、説くべき立場の坊様が、普段の禁欲生活のうさを晴らすかのように、煩悩丸出しの姿を披露したりするから、そこは素人の考え及ぶほど単純な世界ではなさそうだ。
 しかし僕は、捨てきれない煩悩をありのままに体現する坊様のご法度破りが、人間の、本能に逆らうことへの困難さを教えてくれているように感じられ、それはそれで人の道を示してくれているのだと解釈している。同時に僕は、そんな坊様が人間くさくて好きだ。

 かつて通ったPPにも、坊様の常連客がいた。お店のスタッフがこっそり教えてくれたのだけれど、さすがに店に袈裟姿で来るわけにいかないらしく、見た目はどこかの自由人のような雰囲気を漂わせている方であった。
 その坊様に指名されているフィリピーナは、その方の職業を知り、最初困惑していたけれど、彼が真面目で温厚な人だと言うので、僕は彼女に「日本の坊様はお金持ちが多いから、大切にした方がいい」と耳打ちした。それからそのフィリピーナは積極的な接客を心がけ、お店ではいつも二人で幸せそうにしていた。
 一度店の外でその坊様と話す機会があったので、「檀家の人と偶然お店で鉢合わせになったりしたら困りませんか?」と訊いてみると、「そのときには一蓮托生。お互い知らぬふりで通りますよ」と、豪快に笑い飛ばしていた。そんな物怖じしない様子は、さすがに本物の修行を積んだ方だけあると、僕は感心したものである。
 しばらく後に、その方が、僕の住む街で一番大きな、由緒ある有名寺の住職であると知って、僕はひっくり返るほど驚きながらも、確かにただ者には思えなかったと納得した。
 今思えばその坊様は、一般的にはロクデナシのカテゴリーに分類される方かもしれないけれど、これも修行の成果なのか、その人は何を言ってもやっても嫌味のない方で、当時僕はその人に、破格の好感を抱いていたのである。
 その店には、その街のやくざの親分もいて、この方もフィリピーナの耳打ちがなければ全く気付かないほど温厚な堅気に見える人だった。あるときこの親分が浮気をしたらしく、指名されていたフィリピーナが、親分の家に殴りこみに行ったそうだ。僕はその話にたいそう驚いたのだけれど、親分は怒るどころか慌てふためいて、フィリピーナをなだめ家の外に連れ出したという奮闘記を、フィリピーナ本人の口から聞かされた。その親分は彼女に浮気を謝り、もう二度と裏切りませんと誓った話しに僕は再び驚き、そのあと僕は、その親分のファンになった。

 いずれも本音を隠さず人間くさく生きている人たちで、僕はそんな人たちが、なぜか昔から好きなのである。
 逆に僕は、建前や理屈だけで生きている人を、これも昔から信用できない。
 だから僕は、フィリピーナに魅かれたのだろうと、あとで気付いた。フィリピーナだけでなく、フィリピン人が好きな理由も、ここにありそうである。
 一般的にフィリピン人は、モナも含めて煩悩だらけである。もちろん僕も煩悩だらけだけれど、人目を憚りそれを隠そうとするところが、一般的な日本人だ。ときには隠したくて、ときには叶えられない煩わしい悩みだから煩悩なのだけれど、フィリピン人は欲求に従って素直に生きようとするから、その意味ではフィリピン人のそれは、煩悩と呼べないのかもしれない。そして僕は、自分の欲に煩わしさを感じながら、横目でフィリピン人を、ずっと羨ましいと思ってきたのである。

 今月はユリに新しいガジェットを一つ買い与えるつもりでいたけれど、それは目の前にある、黒いパナソニックのオーブンレンジに化けてしまった。オーブンレンジも一万円ほどの安いものから八〜九万円もする高いものまであって、一体何が違うのかもさっぱり分からない。
 そこで僕は、基本のファンクションは同じだろうと、安いもので十分だと主張したけれど、お高い物好きのモナは高いのを欲しがるので、お互い妥協し中間の価格の物を選んで買った。それで今月のお買い物予算は終了と相成り、ユリの新しいガジェットはお預けとなっている。
 にも関わらず、家族は外出すれば常に欲しいものだらけで、一昨日も何かの化粧品を買わされた。値段は二つで五千円くらいである。よく聞けば、その一つは美白日焼け防止クリームで、それほど日光に当たる機会もないのに、なぜそれが必要なのか、僕は首を捻るばかりだ。
 その夜、日焼け止めクリームなのにモナはそれを顔に塗り、どうかと僕に訊いてきた。
「おお、顔が白い。ホワイトレディーだ」と僕が言うと、珍しく彼女からパンチが飛んできた。美白効果というのは、白い絵の具を塗るようなものなのか? と素朴な疑問を抱いたけれど、次ぎはとび蹴りが繰り出されそうな気がしたので、僕は口をつぐんだ。
 僕などは、最近むしょうにチーズが食べたくなって、三百円のそれを買うかどうしようかしばらく悩むほど、買い物には慎重である。チーズでそれほど悩むのは、チーズを食べなくても人は死なない、という理由からで、僕の普段の買い物基準は、絶対に必要か否か、なのだ。
 自分たちのものを遠慮なく買っているモナは、自分の罪を薄めようと思っているのか、僕が欲しいものを、いつも簡単に、買いなさいと薦めてくる。大概、僕は悩んで我慢するのだけれど、そのときはどうしてもチーズが食べたくて、モナの後押しに乗っかり買ってしまった。
 それでも僕は無駄遣いをしたことを申し訳なく感じ、「この前からチーズが食べたくて、仕方なかったんだよねえ」などと言い訳のようなことを言ってしまう。
「もしかして、ネズミ化してるんじゃないの?」
 僕はディズニーのアニメを思い浮かべながら、うまいことを言うなと思った。
「スパイダーマンじゃなくて、ラットマンか」
「そうそう、ラットマン」
 こんな冗談話をしてから、昨日モールのシネマ階に行くと、「アントマン(蟻男)」というタイトルの映画が上映されていて、僕とモナは驚きながら笑った。
 アントマンは、タイトル的には明らかに、ヒット映画、スパイダーマンの二番煎じである。しかし内容までが二番煎じではヒットしないだろうから、おそらくそれなりの工夫を凝らしているに違いない。それがどんなものかむしょうに気になったけれど、人は映画を観なくても死なない、という理由で、僕はシネマに入るのを我慢した。
 僕は歳を重ねて、煩悩に打ち勝つコツを掴みつつあると自負するまでになっているけれど、煩悩だらけのフィリピーナ妻にそれをどう伝授すべきか、今度はそちらの方で、日々悩んでいる。



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カテゴリー:フィリピン生活
エントリー:749.フィリピーナと煩悩
2015年07月18日

748.在比邦人は、なぜ右傾化するのか

 安全保障関連法案が衆院本会議を通過し、参院審議へ送られたけれど、相変わらず強行採決、民主主義崩壊などと騒がれている。選挙で選ばれた人たちによって、正式な手続きを経て決められた物事のはずが、なぜ民主主義崩壊という言われようなのか。議会制民主主義は、日本国民が同意しているものとして、これまでも、そしてこれからも、自分たちの代表を決める選挙というイベントを実施しながら維持されていくものだろう。内容が気に食わなければ独裁だのファシズムだのと、悪印象を与える言葉を並べて如何にも現政府が極悪とのイメージを振りまく悪態は、それこそ議会制民主主義の否定ではないだろうか。
 要はそのような人たちの主張とは、自分たちの意に沿うか沿わないか、それだけが問題なのだろう。あるいは権力打倒が目的で、権力を締め上げることのできる材料があれば、内容はどうでもよいのだろう。言論弾圧と騒ぎながら、一方で平気で言論弾圧をする人たちである。(最近、現政策追従派で有名な人のアメブロブログがアカウント丸ごと削除となったらしい。とても有名な方らしく、ちょっとした騒ぎになっている)民主党など、政権に君臨していたときにはマスコミに脅しと取れる発言をし、強行採決も何度も行っている。とにかく言う事とやる事が矛盾だらけで、その矛盾を隠すために、常に姑息な手段を用いるのが今の野党第一党であり、その他烏合の衆である。
 
 随分古い本で、山本七平さん(イザヤ・ベンダサン)の書いた「空気の研究」という著書がある。今手元にはないので、正確な引用ができず残念だけれど、アマゾンの著書内容紹介には、以下のように書かれている。
『昭和期以前の人びとには「その場の空気に左右される」ことを「恥」と考える一面があった。しかし、現代の日本では“空気”はある種の“絶対権威”のように驚くべき力をふるっている。あらゆる論理や主張を超えて、人びとを拘束するこの怪物の正体を解明し、日本人に独得の伝統的発想、心的秩序、体制を探った名著』
 
 僕はこの本を読んでいたから、どこかの先生に何かの設定で、日本人が一番恐れるものは何ですかと質問され、空気だと答えて褒められたことがある。
 反政府、反権力思考の人たちは、この空気を作り、利用しようと懸命になっているのが明々白々だ。個人ならまだしも、公共の新聞・テレビや政党までもが空気を作るのに奔走し、そのためには捏造、誇張、あら探し、人の利用と使い捨て、謀略を平気で行い、好んでトリックを使う。
 僕は少し前、新聞は事実を客観的に書いてくれたらそれでいいと言ったけれど、会社経営上、他社と差別化のために特色を出したくなる行為は理解できる。
 だからといって新聞という公器が、空気を作るために著しく脚色した言葉を並べ、議会制民主主義を取る国のその手順に則り進められた事柄で、民主主義の崩壊という主旨のことを紙面で書くのは、本末転倒と言わざるを得ない。それは端的に言えば、前述した理由により、嘘だからだ。
 新聞やテレビは、どれだけ物事の本質に迫り、どれほど緻密で正確な取材に基づいた記事を書けるかという点で差別化を目指すべきだということを、すっかり忘れている。これらは、決して思想をばら撒くものであってはならないのだ。思想をばら撒く公器であるなら、それこそ危険な存在である。なぜなら、それが正当な意見であると勘違いする人が多くいるからだ。新聞やテレビは、間違ったことを言わない、嘘をつかないと誤解している人が、まだまだ多くいる。
 実際その新聞記事をたてに、「ほら、天下の新聞だってこう言っているでしょ」と、勘違いした人がさらに勘違いする人を増やす行動にでる。ブログへの新聞・雑誌記事貼り付けなど、まさにそれを象徴している。
 そんな人が、自分で物事を考えることが大切だと言っているから、僕の頭の中にはクエスチョンマークがいくつも並ぶ。自分で物事を考えるということを、自分はこんなに調べているんだと訴えるように、あさった記事をたくさん並び立てることだと勘違いしているようだけれど、そうではない。考えるということは、集めた情報を分析し、自分の考えを形成することである。もし分析の過程がなければ、自分が間違ったときに振り返りができない。どこで間違ったのか分からないからだ。するといつまで経っても間違いを正すことができず、そのうち頭が凝り固まってしまう。そして手遅れとなる。
 
 彼らは空気を作ることに精を出し、世間を煽り、デモに参加して努力が実ってきていると高揚する。僕は過去、民主党員や共産党員と直接浅くない関わりを持っているから、彼らの主張や行動様式、手段などをよく知っている。末端の人は純粋だったりするけれど、頭の堅さは天下一品だ。
 人を諭すのは好きだけれど、人の話を聞くのは苦手だ。難しいことを難しい言葉を並べて偉そうに言ったりするけれど、素朴な質問をすると迷路のような理屈を並べ、答えにならない答えで煙に巻こうとする。それでも単純な質問を繰り返すと、そのうち怒り出す。なぜ怒るのかと訊ねるとますます怒るから、まともな会話にならない。なぜかパターンは、場所や時代に関わらず似ているから不思議だ。
 
 なにやら説得力のない様子に、彼らの目的は一体何かという観点で考えてみたらと、それは虐げられた(これも彼らの言い分)民衆の代弁者として権力に抗うふりをしながら、世間で一目置かれる存在になったり、自分の意見や思想を通しやすい社会を目指していたりする、極めて狭い世界の人たちに行き着くような気がした。もう少し言えば、それらの様子が、先日述べた共産党幹部腐敗が蔓延する中国と、重なるのである。
 なぜかとそう思うかと言えば、そのような人たちは、素晴らしい理想を唱える割りに、その言葉の節々から「自分が一番可愛い」ことが時々見えてくるからだ。
 例えば、あくまでも例だけれど、新国立競技場であれだけ金を使うなら、世界の貧しい人たちを助けるべきだと批判を述べる人がいる。それだけならば、「うん、そうかもしれない、そうできればいいね」と思う。しかしその主張の中に、「日本に貧しい人がいなくて、福祉も充実していて、金が余って国の借金もないならば」のような、前提条件とも取れる発言が含まれる。
 世界の貧しい人を本気で助けたいならば、食料やエネルギーを平等に分け与えたいならば、自分たちの生活を切り下げなければならないのだ。先進諸国の多くの人の生活レベルを切り下げなければ、生活レベルの世界平準化は無理である。世界の貧しい人を助けることは、それだけの覚悟がなければ決してできないことで(もちろん個人の見える範囲で個人的な人助けはできるけれど)、「税金無駄遣いという主張をそれと抱き合わせで言われるなら、そこまでの覚悟を持って言いなさいよ」というのが僕の感想である。
 もちろん僕も自分や家族が可愛いし、そのために働いてお金を稼いでいる。稼いだお金を世界の貧しい人のために、毎月半分を寄付に回すなどという発想はない。だから僕は、心を痛めることがあったとしても、政府批判と抱き合わせで、貧しい人を助けるべきだなどということは決して言わない。
 しかし、日本国政府が、世界の貧しい人たちの状況を分析し、これだけのお金があればこんな助けになると具体的に説明し、だからみんなで千円か二千円を集めましょうということであれば、これが真面目な話しであるなら十分前向きに検討できる。いや、むしろしたいと思う。
 結局は僕も自分が可愛い。世界中の貧しい人のため、今の自分の生活レベルを二割や三割にしようなどとは思っていない。この度の法案に賛成の立場を取るのも、自分が可愛いからである。これがアメリカの思惑に加担することになるとしても、今の世界情勢の中で日本の現状を守ることに繋がるならば、致し方ないと思うところがある。
 
 ある友人が、かつてよく、こう言っていた。
「フィリピンに住むと、日本人はみんな右翼になっちゃうんだよね」
 その友人からは、当然僕も右翼扱いである。しかし実は、僕には元々右翼や左翼という隔ての思想がない。僕は十五年か二十年前まで、右翼や左翼って何? って思っていた人で、その違いを明確に述べよと言われたら、分かりませんと答えていた人である。その違いを感覚的に分かるようになったのは、やはり日本の近現代史問題ではなかっただろうか。ただ僕は、自分で右を目指そうとか、左であるべきとか、そんなことを意識したことは一度もない。どちらかと言えばステレオタイプには嫌悪感を抱くほうで、右翼だ左翼だと騒ぐことの方に違和感を覚える。
 それでも僕は、日本人が自国を敬うことは間違いでないと思っているし、日の丸に敬意を表することにも抵抗はない。僕は日本国から身分を保証してもらっているし、日本のブランド力に助けられてもいるからだ。日本人というだけで、何かしらの信用をもらったことも数知れずである。会社における今現在の特別な待遇も、個人の能力というより、日本人という事実がそれを大きく後押ししてくれているのだと、僕は感謝している。
 しかし、そこには個人の自由があってしかるべきであり、僕は日の丸を踏みつける人に目を吊り上げて説教をするつもりなどさらさらない。ただ、馬鹿な人だと思って関わらないようにするだけである。あるいは日本人としての恩恵を理解できない、かわいそうな人だと思うだけである。そんな人と言い争いをしたところで、議論が平行線を辿るばかりで疲れるだけだから、もう境界を越えて話しをしようなどとはあまり思わない。

 ただし、海外に出てしまえば、自分など本当にちっぽけな存在であることを実感するのは事実だ。そして、海外で数少ない拠りどころが、日本人であるということである。
 ここマレーシアには、近隣諸国から出稼ぎに来る人が大勢いる。ほとんどの人が下働きで苦労している。自分とは月とすっぽんの条件で、大勢の人が身を粉にして働いているのだ。
 通勤は徒歩か自転車で、毎朝夕、信号のない危険な道路を必死で渡ろうとしている。その手には、昼食の弁当をぶら下げている。ときには生活に必要なものを買い出して、炎天下を汗を垂らして運んでいる。食料品は、いつでも安い野菜を厳選している。もちろん着るものにお金などかけていないことは、一目瞭然だ。
 そんな人たちを見る機会は多いのだけれど、僕はそのとき、とても複雑な気分になる。僕はそんな彼ら彼女らを見ながら、自分の楽しみなど後回しで、自国に住む家族に懸命に送金しているのだろうと想像するのだ。そこから、がんばって欲しいという気持ちや、幸せに働いて欲しいという気持ちが自然と湧いてくるし、そのがんばりに尊敬の念さえ覚えることもある。同時に、自分がそのような苦労をしなくて済むのは、日本でキャリアを積んだという事実があるからだということを、身に沁みて感じるのである。その事実が物を言うのは、日本という国の信用であり、高度成長を支えながらそれを築き上げた、日本の先人のおかげであることは言うまでもない。
 このようなことを感じるは、マレーシアもフィリピンも同じである。
 僕は、最初の渡比から、車の後部座席で踏ん反り返りる日本人を見て、それを感じていた。能力や努力の違いが、この立場の違いを作っているのではない、これは国力に絡んだ環境要因でそうなっているのだと。
 自営業を営んでいる方は少し事情が違うかもしれないし、全く違う苦労を十分されていると察しているけれど、それでも飲み屋やどこかで、日本人ということでちやほやされたりすることはあるだろう。
 それを認めたくない人はそれも勝手だけれど、そのようなことを謙虚に感じたり受け止めている人は、自然と日本という国を敬い、日本を守りたいという気持ちが醸成されるのではないかと思っている。
 その気持ちは、決して抽象的で感傷的なことではない。おそらくそれは、自分たちの立場を守ることに通じることであり、自分の子どもを含む、家族にも影響を及ぼすことなのである。これは、日本に暮らしていたら決して分からない感覚だ。
 そして、おそらく海外にいる自分たちは、日本にいたら見えなかったこと、例えば日本の常識が、世界では常識でないことを経験的にいくつも知ったりすることで、客観的に、かつ俯瞰的に日本を見ることができるようになっている。
 そのようなことを言うと、それ自体が勘違いだと指摘されるかもしれないし、その指摘は正しいのかもしれないけれど、海外に出る前と出た後では、物の見方に違いが発生している箇所がいくつかありそうな気がしている。それは、たまに日本に行ったときに、違和感として自分の中に沸き起こる何かがあることで気が付くことも多いのである。

 これまで日本は、自衛隊の設立からして、色々なことを騙しながらやってきた。そこを明確にしようとする勇気ある政治家、リーダーシップを発揮できる政治家は、中々いなかったのが実情だ。
 今回の法案を、すぐに戦争や徴兵制に直結する人がいるけれど、これからのメジャーな国同士の対決は、おそらくそのようなことではないと思われる。中国が強行な主張を繰り返し、じわじわと他国領土で油田開発をしたり軍事施設を作ったり、そして経済分野で策略を巡らしたりと、対立とはそのようなことで行われる。いや、既に実際行われている。そこを、主張と実際の行動をちらつかせながら押し返すためには、平和という言葉を呪文のように唱えるだけでは無理があると思っている。それは、今行われている中国の侵略行為が、平和憲法を有する日本に実際に行われていることからも、明らかだと思っているからだ。

 今は、世界中がお互いの国を牽制し合い、秩序を無視して勢力拡大する国を抑えようとしているのが現実だ。簡単に言ってしまえば、どこの国も、許されるならずるをしてでも自国の勢力を拡大したいのが本音だろうけれど、それができないから、「あんたずるいじゃないか、そんな卑怯な方法は許さない」と言って、どうにかバランスを取ろうとしているのである。
 もちろん、口ではそのように言って、裏で上手にずるをすることもあって、アメリカは最近ばれてしまったけれどその手のやり方が多く、中国は比較的堂々とやっている。
 そのような状況の中、アメリカが日本に協力するのは、日本が可愛いからではない。日本はアメリカの経済基盤を支える重要な国であり、さらに防衛上でも、重要なポジションにあるから協力するのである。日本が中国に飲まれてしまえば、アメリカと中国のバランスは大きく崩れる。アメリカはそれが怖いのだ。だからアメリカが日本に対し言うのは、隙を見せるな、隙があるなら早いうちにふさげということになる。そして中国にとってはその裏返しで、日本を取り込めれば戦略上大きく優位に立てるのだから、多くの揺さぶりをかけてくる。結構単純な構図だ。
 だから、日本が中国につくならそれでもいいのだけれど、果たして日本の国民は、それを望んでいるのだろうか。もしそうでなければ、味方につけるのはアメリカではないのか。
 アメリカとの付き合い方として、今回の法案を通す行為は必要だったのではないだろうか。あとは運用で、上手にやっていければよいのではないかと僕は思っている。
 憲法違反だと騒ぐのであれば、確かに憲法違反だろうから、憲法を変える必要があるということだろう。そもそも自衛隊だって憲法違反なのだから。
 その上で中国に
「不法占拠は許しませんよ、不法に建設したものは壊しますから、人は全て非難させて下さい。通告通り戦闘機を飛ばしてミサイルをぶち込みますよ。もう言いましたからね。誰かが死んでも責任は負えませんよ、いいですね」
 と言いながら実際に空爆を実行したら、中国はどうするだろうか。そこで中国が何も実力行使できなかったら愉快だけれど、面子をつぶされた中国は何かしらの反撃をするだろうし、日本もそこまではやらないしできないだろう。しかし、中国が何もできないという確信を持つことができるなら、侵略を戒める行為として、そうしてもいいのではないだろうか。
 国と国のかけ引きとは相手の状況次第で戦略や作戦が変わるというものであり、お人よしは飲み込まれる危険が増すだけである。それは海外に暮らす日本人個人にも当てはまることであり、他国の人たちは、意外なほどにしたたかな面を持っている。
 日本を出たことのない人は、おそらく想像すらできないことだろうけれど。
  
 また話しがあらぬ方向に向かってしまいました。何度もくどいだろうかという気がしながら、おそるおそる投稿します(汗)



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2015年07月16日

747.子どもの学校

 最近、Hさん踏んづけてブログの影響か、最初に書くつもりでいた話題が前置きの段階でどこかに行ってしまい、書き終えるとまるで違う話になっていることがよくある。もちろん、こんなスタイルは嫌いでない。書き手本人でさえ行き先が分からないなんて、わくわくして書く楽しみが増す。
 しかし本日は、前回の記事で明言した通り、家庭の話題でいこうと強く念じながら書き始めている。そう、本日は子どもの学校の話題だ。

 マレーシアでベルとユリが通う学校が決まり、既に通い始めて一週間ほど経つ。
 学校を決めるまで、僕とモナは色々と悩んだ。例えば通学手段、校風、フィリピンにおけるクレディット(マレーシアでのその学校でのスクール経験が、フィリピンで認められて引き継げるかどうか)、ベルとユリが一緒に通えるか(五歳児も受け入れてくれるか)、そして学費、日本人学校にすべきかどうか、等々。
 クレディットについてはさっぱり分からないから、こちらの具体的な学校名から、最終的には知り合い弁護士を通してUP(フィリピン大学)にまで確認を取った。こちらでスクールに通ったはよいけれど、フィリピンに戻った際、それは認められないからもう一度フィリピンの小学校からやり直して下さいなどと言われても、大変困るからである。
 異国の学校に通うなど僕も経験がないから、不安要素が両手に余るほどある。一番心配したのは、本人たちが学校に馴染めて、通って楽しいか否かだ。

 同じコンドに、日本人学校に通う子供が何人もいることを僕は知っていた。毎朝コンド前にスクールバスが来るからだ。僕が出社でコンドを出るとき、十人ほどの日本人お母さんが子供を送り出すため、ガード(敷地入り口)のそばにある待合所に子供と一緒に集合している。お母さんたちは互いに顔馴染みで、毎日世間話に花が咲いている様子が見て取れる。
 仮にベルをいきなり日本人学校に通わせたら、彼女は日本語の授業や友達に馴染めるだろうか。もしそこに通わせたら、モナだってこのお母さんたちの中にうまく溶け込んでいかなければならない。建前と本音のギャップが大きそうな、この小さな日本人女性社会は、モナにとって敷居が高そうだ。そして僕自身も、学校から派生する日本人社会との付き合いから免れることができない。
 実は僕はここで、できるだけ日本人社会と関わりを持たないようにしている。社外の、とある日本人にそのことを話したら、「なぜですか?」と怪訝そうに訊かれた。僕は簡単に、お金持ちの日本人と付き合うのは金がかかるからと答えた。でも本心は、ただ煩わしいからである。
 それでも子供にとって日本人学校が一番の選択となるなら、それも仕方ないと思っていたけれど、そこは小学校一年からの受け入れで、ユリはまだ通えないことが分かった。
 同時に、同じコンドに住むインドネシア人お奨めの学校にも気持ちが傾いていた。しかし調べてみると、学費が一人十万円強/月、二人で二十万円プラス/月という金額で、僕とモナはそれに唸ってしまった。
 十年くらい前に、ミニスカートがまぶしいほど似合っていたモナと出会ったのだけれど、まさかその女性と、額を突合せ子どもの学費の件で一緒に唸ることになるなど、当時はまるで予想できなかったことだ。巡り合わせとは、本当に不思議なものである。
 とにかく物価の安い東南アジアの国でも、インターナショナルスクールとなれば結構高い。インターナショナルだから、授業料もインターナショナルということらしい。
 モナは子供たちをそこに通わせたいと思ったようだけれど(何に対しても彼女は、高いものは良いという感覚があって、ときどき僕がそれを戒める)、僕が、それだけ払う価値があるかどうかを詳しく調べる前に、学費の高さを理由に候補から外した。
 その後もう少し安めの学校を探して、イギリス系インターナショナルスクールを見つけたけれど、良し悪しの見極めがつかない、というか、実際に考えてみると、どのような学校が良いのか分からないことに気付いた、というのが正直なところだ。
 これは実際に、色々な学校を手当たり次第回って歩くのがよいかも思い始めた頃、偶然今の学校を見つけたのである。そこは、ダイチが熱を出して明け方飛び込んだ病院の、ドクターの紹介であった。
 
 家族がマレーシアに来てから一ヶ月経った頃だろうか。ダイチが突然熱を出した。しかし本人はいたって元気で少し様子を見ていたら、一度下がった熱が夜中過ぎに再び再発したので、病院に連れて行くことを決めた。
 ドクターがダイチを診ようとすると、医者独特の雰囲気を警戒してダイチが泣き叫ぶ。それを五十過ぎのドクターはオーバーアクションであやしながら、聴診器をダイチの胸にあて、そして咽の奥を見たあと、丁寧に所見を教えてくれた。
 子供のあやし方や笑い方から、随分優しく親切な医者だと僕は思った。小児科の専門医とは、こうでなければ勤まらないのだろうかと考えているところに、ドクターが僕に訊ねた。
「あなたは日本人?」
 彼は机の上に置いてあるビンから、ビタミン剤のような錠剤を取り出して、ダイチに「キャンディーだよ、おりこうさんだからご褒美だ」とダイチの頭を撫でながらそれを渡して、またこちらに顔を向けた。
「そうです。妻はフィリピン人ですけど」
「ああー、そう」
 ドクターは、少し驚いたような口調でそう言ったかと思うと、口の端が耳まで届くのではないかというくらいにんまりして、僕たち二人を見ながら言った。
「こっちに住んでどのくらいになるの?」
「僕は二年を超えましたけど、家族はまだ来たばかりです。この子の上に二人の子供がいて、今学校を探しているところです」
 僕は、家で寝ているベルとユリのことを彼に教えた。
「僕はシンガポールから来て、もう二十五年もここに住んでるよ。ここは暮らしやすいねえ。都会じゃないけど田舎でもない。のんびりしているけど、買い物はそれなりに何でも揃っていて便利だ」
「その通りですね。僕も家族もここが気に入ってます」
「そうか、それは良かった。で、学校を探しているなら、これ、参考に」
 と、彼は僕に一つのスクールパンフレットを手渡してくれた。なぜ医者が学校を? と思ったけれど、彼は我が家の学校探しの状況がどうかも確認せず、強くその学校を薦めてくるわけでもない。できるだけ押し付けにならないような配慮も感じられるから、単に普通の親切かと思いながら、僕はそれを持ち帰った。

 家に戻ってから僕はそのパンフレットをキッチンカウンターに放っておいたのだけれど、翌日、コーヒーを飲みながらそれを手に取り、写真や内容を詳しく確認してみた。
 学校はあるリゾートの中にあり(住んでいるのはもともとフィリピンのセブのように、リゾート地に隣接する街である)、学校の前に海が広がっている。リゾートだからもちろんプールもあるし、砂浜に面してビーチチェアが並んでいたりする。
 僕は、その学校が、勉学だけでなく、モラル学習や創造力開発に力を入れている、という教育方針に目がいった。そのせいか、料理や楽器演奏、絵画、工作、自然散策などのアクティビティーが多い。自然の中でのびのびと子供を育てることを目指している雰囲気が伝わってくる。
「ねえ、ちょっとこれを見て」と、僕はモナにそのパンフレットを渡した。
 それを見たモナは、僕とは違う箇所に食いついた。
「ここ、キリスト系の学校なんだ」
「そうみたい、それと、全体をよく読んでみて」
 モナは内容を詳しく読み始め、「この学校、良さそうね」と言った。僕も、名門とか優秀とかは気にせず、楽しそうな学校を選びたかったから、その内容に魅かれるものを感じた。
「でもリゾートの中にあるなんて、高そうねえ」
「そうだねえ。授業料のことは何も書いてない。高いから書いてないのかなあ」
 僕は少々学費が高くても、その学校に通わせてみたいと考え出していた。もし授業料が法外に高いのであれば、会社と少しかけ引きしようとさえ思っていた。
 そしてすぐに学校へ問い合わせ、ある金曜日、子供と一緒に学校を訪問することが決まった。
 学校に問い合わせをしているうちに、学校のアドミニストレーター(管理責任者)が、紹介してくれたドクターの奥さんであることが分かった。ドクターと同じで、シンガポール人である。
「どうやってこの学校のことを知ったの?」
「ドクターに紹介されました」
「ああー、そっか」という感じだ。
 この奥さんは、実際に会ってみると、ドクターに負けず劣らず人柄の良い人で、丁寧に親切に学校の様子を教えてくれた。更に校長先生はフィリピン人女性で、そこでたちまちモナと校長先生が意気投合した。その女性校長の三人の子供もベルやユリと同じ年頃で、さっそく校長の子供たちをベルとユリに紹介してもらった。
 そこの子供たちは、まるで太陽の恵みを普通の何倍も吸収しているかのように明るく、フレンドリーである。そのような経緯で、もちろん子供たちもその学校を気に入ることになった。
 子供たちがいいのなら、もう迷うことはない。僕は入学を前提に、ドクターの奥さんと詳しい話を始めた。
「学校はとても気に入りました。子供も同じように思っていますが、まず最初に、二つ確認したいことがあります。一つはスクールフィー、もう一つは通学手段です」
 通学については、いくらでも送迎業者を紹介できるとのことで、問題がクリアになった。スクールフィーは安くないけれど、会社に相談しなくても済む金額であることが分かり安心した。

 実は今年の四月、昨年分の個人所得税金申告をマレーシアにしたけれど、その際、当然自分より給与が高いと思っていた現地採用日本人マネージャーのそれが、自分の給与より結構安いことを、偶然知ってしまったのである。それから僕は、客観的に自分の給与額を考えるようになったのだけれど、その日本人マネージャーが最近密かに教えてくれた次のことで、僕は自分の雇用条件をますます真剣に考えるようになった。
「マークさん、ここだけの話ですけど、実はこの前の契約更新で、来年の更新は今年一年の実績をみて決めさせてもらうと宣告されたんですよ。けれど急に実績って言われてもねえ、何をしてどう示せばいいのか正直ピンとこないんですわ。マークさんは何か言われてます?」
 彼は少し困惑気味に、単に悩みを打ち明けたかったのか、それとも具体的に相談したかったのか、どちらともつかない様子で訊いてきた。
「僕の場合は、最初から契約書がないんですよ。ここに入ってから、VISA申請以外、一度もサインした書類が無いんです。今年の更新も会社は何も言ってこないから気になって、『こちらにはこのまま働き続ける意思はありますが、会社は雇う意思がありますか?』って社長に直接メールを出したら、○○さん(会社のNo2)からオーケーオーケーって言われてそのままです」
「それもおかしな話ですなあ。この会社は、そんなルーズなところがあるんですよ」
「いずれにしても、自分たちの雇用条件は普通よりいいはずですから、会社から厳しく見られるのは仕方ないですよね」
「いやあ、ほんとです」 
 こんなことがあり、僕は自分の雇用条件をこれ以上あげるのは、将来危険だと思っている。

 話しを戻すと、とりあえずベルの学力テストはあったけれど、無事に二人の学校が決まった。
 登校初日の朝、キッチンカウンターにベルとユリと僕の弁当が並んだ。弁当箱は、先日ブックストアで選んだカラフルで機能的な新品だ。子供にとって、ランチが楽しくなりそうな見栄えのものである。
 しかし、僕は肝心の中身に興味があった。これまでモナの作る弁当など見たことがないし(これまでちょっとしたお出かけで持っていくものは、弁当というより食料という感じ)、彼女がどんなおかずをどんな風に盛り付けるのか、子供がふたをあけたときに、目を輝かして喜びそうなものか、全く想像できず少し心配だったからだ。
 モナ、ベル、ユリの三人がシャワーだ着替えだと騒いでいるとき、キッチンで一人になった僕は、子供の弁当のふたをわずかにあけ、息を殺して覗いてみた。そして、殺した呼吸を再開する前に、再び軽く持ち上げたふたをそっと戻した。
 弁当の中身が見えたとき、僕の瞳孔が少し大きくなっていたかもしれない。
 中には、敷き詰められた白いご飯の上に、直径8cmほどのハンバーグが、座敷の座布団のようにどんと置かれ、それ以外何もなかったからだ。
「こっ、これは、まるで男の弁当だ」
 しかしよく見れば、弁当箱セットの小さなタッパ二つ、それぞれに揚げ物とフルーツが入っている。これで僕は少しホッとした。
 確かにモナの作るハンバーグは美味しい。僕の好物の一つでもある。でも、僕の子供に持たせる、特に女の子の食べる弁当のイメージは、メインにハンバーグやコロッケなんかがあって、それに卵焼きとかタコウィンナーとかウズラ卵とかが添えてあるものだ。そして可愛いくらいこじんまりとしたご飯にはふりかけがかかっていなければならない。
 これから弁当が始まるからと、少し奮発した美味しいハムやウィンナーも買っていた。薄くスライスしたチーズをハムで巻いて、ウィンナーは切れ目を入れてフライパンで炒め、甘めの卵焼きを作りと、そんなものを添えれば見栄えは増して、栄養バランスも整った美味しい弁当が作れるはずだ、と勝手に僕は思い込んでいた。
 昼食時、僕もその弁当を食べて結果は美味しかったけれど、その夜僕はさりげなくモナに訊いてみた。
「弁当、とっても美味しかった、けどね、ご飯の上にハンバーグをドンと乗せるのはフィリピンで普通? あっ、僕のはどうでもいいんだけどね、美味しいしお腹も一杯になるし、僕はご飯とふりかけだけでも問題ないんだけど、子供はどうだったかなあ」
「フィリピンはあれが普通よ」
「ふっ、ふつう、なの? そうなの? そうかあ、ふつうかあ、で、子どもも美味しかったって?」
「美味しかったって言ってたよ」
「え? そうか、美味しかったか」
 僕はところどころでオウム返しのようになってしまう。そこにモナが少し鋭く切り返してくる。
「なんで?」
「え?」
「美味しくなかった?」
「いっ、いや、美味しかったよ。あなたのハンバーグ弁当は最高だ。で、子どもはちゃんと食べてた?」
「おお、綺麗に食べてたわよ」
「そっか、綺麗に食べてたか」
 さすがに怪訝に感じたモナが、再び切り返す。
「なんで?」
「いや、それならいいんだ」
 実際に、本当に美味しかった。くどいようだけれど、モナの作るハンバーグは、僕も真似できないくらい美味しい。この近辺にたくさんの日本食レストランがあるけれど、それらの出すハンバーグと比べても、ダントツに素晴らしいのである。
 しかし、僕は密かに、一度子ども弁当の作り方の見本をモナに示さなければならないと思っている。基本的に味付けの必要なものはモナにお願いし、僕は監修という立場で、盛り付け中心でいきたい。
 早速本日、それをしたいと考えている。だから僕は、現地時間の朝四時から起きて、弁当作りの前にこれを書いているのだ。
 
 ちなみに僕はこの一週間、家に帰ると必ずベルとユリに訊いている。
「今日の学校はどうだった?」
 幸いなことに、二人とも「グレート」という答えを返してくる。それは嘘ではなさそうで、学校は本当に楽しいようだ。学校初日、ユリが訊いてきた。
「次はいつ学校に行くの?」
「明日も学校だよ。これから毎日学校に行けるよ」
「やった、やったあ」とユリは飛び跳ねて喜んでいた。
 ベルもユリも、親友もできたと言っていた。友だちができるということも、親としてはとても嬉しいことである。
「で、今日も弁当は美味しかった?」
 二人とも返答は「美味しい」ということだから、僕は満足している。モナにも毎日、二人とも弁当は残さず食べてきたかを確認している。ただベルは、ご飯が少し多いと言うので、昨日からご飯の分量を減らしているようだ。
 ご飯を減らした分にできた隙間がどうなっているのか、それが最近の僕の、一番の感心ごとである。



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posted at 07:08
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カテゴリー:フィリピン生活
エントリー:747.子どもの学校

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