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2015年07月14日

746.既に始まっている経済戦争

 現在の景気動向責任が共産党や政府に及ばないようにしろと、中国政府から関係省に指示が出たのはいつだったか。そして今回、資産凍結に等しい措置(たしか5%以上保有し、経営権を持つ株主は向こう六ヶ月間、株の売却禁止)が決められたりと、中国経済動向が不穏だ。経済の不安定さについては昨年から多くの兆候があったけれど、今、中国経済はやはり統制経済だと、改めて思い知らされている会社や個人の方々も多くいるかもしれない。(実は世界中が、統制経済の要素を多く持っているけれど)

 そもそも中国は、公表されない部分が多すぎて怪しい。
 例えば中国人民銀行が今年四月に発表した外貨準備高は約446兆円となっているけれど、中国の米国国債保有高は約140兆円ほどである。ゴールドも保有しているけれど、それが外貨準備高全体の1.5%しか占めないとのことなので、それでは残りは何なのか? という疑問が出てくる。
 中国政府はこの内訳を公表せず、ベールに包んでいる。中国の日本国債保有高は、おそらく20兆円規模(不正確、予測)で、それ以外の国の分が多少積み上がるとしても、少なく見積もって外貨準備高の50〜60%は内訳予想すらできない状態だ。
 さて、実際、本当にそれだけあるのだろうか? つまりこの446兆円というのは、例えば単なる額面であって、実際の評価額ではないのかもしれない。とすると、何らかの投資で大きな損失を出したとしても、あるいは損失が出たように見せかけて誰かが掠め取っても額面は変わらずという状況にあり、この巨額資金の実態は、実は混沌としていることが十分考えられる。
 このような背景の中、最近の9ヶ月間で、中国のこの外貨準備高から31兆円も無くなってしまった。もちろん中国は盛んに海外投資をしているけれど、それにしてもこの減り方は異常だと思われる。最近中国共産党幹部(周永康)個人の不正蓄財が露見したけれど、金額は1兆円を超えると報じられた。これは個人の不正蓄財として、どうしたらそんなにと想像すら難しいほどの巨額である。こうなると、露見したのは氷山の一角ではないかと思われても仕方がない。つまり外貨準備高の急激な目減りは、中国共産党幹部の不正蓄財分などが、急激に不正な形で海外に流れているのではないかという推測に繋がってくる。
 そして、中国の米国国債保有高が減少している事実(これにより日本が僅差で世界一位となった)も興味深い。これは、もし中国元が値下がりすれば、中国国内の外資引き上げに拍車がかかるから、中国は中国元価格維持のため、懸命にドル売り人民元買いの介入をせざるを得ない状況に陥っているのではないか、と推測できる。
 これらの様子から分かる通り、中国は今、何かを必死に食い止めようとしている。何かとは何かよく分からないけれど、中国金融市場の信用に関係する様々なことについて、中国は隠蔽、捏造、強行策を練ったり実行しているようだ。

 個人的には中国の経済が破綻しようがどうなろうと知ったことではない。むしろ本音は、あのような国は消えて無くなってしまえばいいとさえ思っているけれど、実際にそのようなことがあれば、13億の民がどうするか、それが怖い。難民も発生すれば、何かを決起する人も出てくるだろう。現在の共産党軍も、つっかえ棒がなくなればどうなるか分からない。そしてもしかしたら、中国はいくつかの小国に分割されるかもしれない。その過程で、世界経済への影響が大きな爆弾となる。
 様々な形で日本にも影響が出るだろうけれど、間接、直接に僕の今働く会社の景気にも影響する可能性がある。会社の景気が悪化すれば、僕は自分の首を心配しなければならず、つまり中国経済動向は、僕にとって意外に身近な問題なのだ。
 実際、最近も九州の何かの老舗が、中国投資の失敗でつぶれたけれど、同じような境遇の会社は日本にも多い。そして中国に立ち上げた会社の経営が行き詰まり引き上げようとしたところ、設備その他の資産は全て中国に残していけと脅されたり、中国人社員の訴訟があったりと、今現在、中国で立ち往生している日本企業が多数ある。中国は、政治的圧力や国民の横暴などのカントリーリスクが満載だけれど、つぶさに見渡していけば既に具体的被害が散見されるのが実情だ。もちろんその反対に、中国を上手に利用して利益を上げる会社もあるのだから、一概に中国の良し悪しを論ずることはできないのだけれど、中国に大きな変化があれば、それは多くの日本人を含む世界中に影響を与えるだろうと思われる。

 ただし、である。少し脅かすような話しをしたあとで何だけれど、株価暴落について中国と日本や米国のそれは少し違った見方をしなければならないと思われる。
 中国の株暴落は明らかにバブル崩壊であるけれど、それは日本やアメリカのそれとは少し違う。
 日本やアメリカの場合、株価の上下が日本の景気動向を表しているわけではない。これは文面通りに受け取られると、それは違うと言われそうだから説明が難しいけれど、既に多くの人がお気づきの通り、アメリカや日本は、実態経済における成長がほとんどゼロである。それにも関わらず株価が上昇し含み益が増えると、帳簿上、さぞ景気がいいようになって金回りがよくなるわけだけれど、これはあくまで金融経済の状況が功を奏しただけの話しだ。だからアメリカや日本でバブルが崩壊すれば、実態経済の伸びは全く大したことがないから、たちどころに深刻な不景気に陥ってしまう。
 それに対し中国の場合、最近成長率が落ちたと言っても、実態経済成長率は7%前後を維持している。この数字をどこまで信じるかは別として、多少目減りさせて考えても、中国ではそれなりの実態経済成長があるのは間違いない。つまり株価が下がっても成長実態があるため、中国は日本やアメリカほどバブル崩壊の影響が目立たないのである。もちろん金融商品や不動産の値上がりだけで踊っていた人は大変な損害を被っているだろうけれど、きちんと付加価値のある物やサービスを売っている人は、それが売れているうちはすぐに死ぬことはないのだ。実際リーマンショックあとの中国バブル崩壊は、今より酷かった。だから僕も騙された口だけれど、どれほど酷いことになるのか興味津々で見ていたら、あまり大したことがなかった。
 この辺りがアメリカ、日本と中国との大きな違いとなっていて、つまり中国の底力は、普通に考えるよりもはるかに大きいようである。
 
 前置きのつもりで書き始めて、随分この手の話が長くなってしまった。
 ここまで書くと、嫌いな中国のすごいところをもう少し書きたくなってしまう。
 株や債権、あるいはお金などは、信用が落ちれば価値が暴落したりただの紙切れになる金融商品だけれど、それと対極にあるのが金(ゴールド)である。つまりゴールドは、その物自身が信用に頼らない価値を持つとされるものだ。この対極の関係に存在する金融商品とゴールドをめぐり、アメリカと中国が熾烈な戦いをすでに始めている。(ちょっと大げさかもしれないし、専門家は一笑に付すかもしれないけれど、僕はあながち外れていないと思っている)
 以前の記事で触れたように、モナが金(ゴールド)の売買で何かをしようとしている。そこで僕が彼女に質問をした。
「金は必ず上がるのを前提にストーリーを作っているようだけれど、金のプライス(価格)がどのように動いているのか知っているの?」
 彼女の答えは、知っている、知らないのいずれでもなく、「金は下がることもあるの?」であったから、僕はびっくりし過ぎて笑った。そして僕は「もちろん、短期的に上がったり下がったりする」と答えたし、「長期的にも上がったり下がったりする」と言った。
 今度はモナがそのことに驚いたようで、彼女は絶句し、彼女が絶句した様子に僕も知ってはならないことを知ってしまったような気がして絶句した。
 内心で僕は、そんなことも知らずに金の売買で儲けを確信しているこの人やその仲間たちとは、いったい何者なのだろうと思ったのである。
 
 数年前、金を扱う人間から、「実は金はずっと値上がりしているんですよ」と、綺麗な右肩上がりのグラフを見せられ言われたことがある。僕はそのあと自分自身でそのことを調べ、確かに本当だと確認した。そのグラフが何年から何年のものかよく覚えていないけれど、つい最近まで、確かに金の価格はぐんぐん上がっていたのである。
 もう少し具体的に言えば、金(ゴールド)の価格は1980年に少し上がったあと、為替レートとはまったく連動せずに20年間と少しは比較的安定した価格を保ち、それが突然2002年辺りから上昇をみせ、その後の10年間、2012年まで急激に上昇した。そして2013年、2014年と下がり始め、まだ下げが止まらず緩やかに下降しながら現時点に至っている。
 10年間上がり続けた金が、なぜ2013年に突然反転したのか。その近辺の金に絡む出来事を探ると、2011年夏、アメリカで金の売買を禁止する法律が制定されていることが分かる。実は、この出来事と実際の金の値動きが、金融市場の一つの戦略的側面を見せる面白い出来事なのである。
 この法律は、表向き、国民が詐欺(金をだしに騙されたり粗悪品をつかまされる)に遭うのを防ぐというものだけれど、実際は違う。
 僕は先ほど、ゴールドはそれ自体に価値があり、株や債権やお金と対極にあると書いた。この法律の真の狙いは、まさにここにある。
 実態経済で成長を見込めないアメリカは、その屋台骨を金融経済に頼っている。しかし、もしアメリカ国民や世界中の人の関心がゴールドに向かえば、ドルや株の値下がりを食い止めることができなってしまい、屋台骨を支える金融経済がダメージを被って本当に深刻な事態になってしまう。
 よってアメリカは、ゴールドの価値を下げる必要があると考えた。そこでゴールドの売買を禁止し、ゴールドの流通性、流動性を悪化させることで値下げを画策した、ということだと僕は思っている。事実、当時アメリカでは、株を手放し資産をゴールドに替える動きが活性化していた。
 アメリカは、ゴールドが株やドルの最大のライバルであるとその時点で気付いたのか、もしくはずっと知りながらゴールドの値上がりを放置していたのか知らないけれど、とにかく売買禁止法はそのような点に狙いがあり、実際にはその狙い通り金の価格が下がった。
 ゴールドの価格が下がるのであればと、市場の顧客は株、国債、ドルに戻ってくる。これでアメリカは、金融経済で支えられた自国経済の延命を達成した。
 このままゴールドの価格が下がり続ければ、アメリカはしばらく一息つけたはずだが、どうもここにきて、雲行きが怪しくなってきた。それが中国の存在である。
 さて、ゴールドの価格というものは相場で価格が決定されているけれど、値決めの主導権を握っているのは英米二国の銀行である。そこに、今年突然、値決め銀行として中国銀行の参加が決まったと発表があり、中国商工銀行も値決め参加を検討していることが明らかになった。 
 つまり中国は、今後ゴールドの価格を操作できる一員となり、アメリカ経済に影響を及ぼすことのできる立場になった、もしくはこれから、強力にそれを進めていける立場になろうとしているのである。つまり中国は、アメリカの弱点をしっかり見抜き、経済均衡を崩そうと企んでいるのだ。
 よって中国の狙いは、英米がゴールド価格を不当に下げることを止めさせたいところにあり、金本位制に戻すための攻勢をしかけてくる。ただしその前に中国は、国内の金保有量を上げるため、まずは安いうちに買いだめしておこうとしているから、まだ金のプライスに目立った動きは出ていない。
 さて、こうした動きを見ていると、金はこの先アメリカの思惑通りまだ下がるか、それとも中国が狙う通り上がっていくかさっぱり分からなくなってくるけれど、とにかくこうした金融戦争の勝敗を決める一つのファクターとして、ゴールドの価格が注目されていかなければならないことは間違いない。
 ゴールドの売買をしようとするなら、これらの動向は知っておいた方が、知らないよりはよいだろうと思われる。ゴールドの価格は上がる一方と信じ込んでいるモナに、僕はこの説明をしていないし、説明するとしたら相当の労力が必要になりそうだから説明するつもりもないけれど、こうなってしまえば、今後世界情勢がどうなっていくのか本当に分からない。
 中国は手に入れた膨大な経済規模を背景に、こうして果敢に覇権奪取を狙っている。実に頭がよくてしたたかだ。
 日本が独裁だ、戦争だ、徴兵制だと騒いでいる間、中国はあの手この手を使い世界への影響力を強め、かつ支配へと突き進んでいる。もし中国とアメリカの経済バランスが崩れたら、これから中国は、ますます幅を利かせて突き進むだろう。

 こんな中国に、僕は日本の平和理念など通用しないだろうと思っている。目的のために現状を分析し、あらゆる手段を模索し、そしてときには賢く、ときには強引にそれを実行に移す国が中国だ。
 問題は、そこの首脳部に平和主義のへの字もないことである。自国民や近隣諸国に、平気で銃弾を放ってきた中国の近現代史が、それを明白に物語っているからである。
 日本の共産党よりの人たちは、中国がアメリカを倒すことを願っているのだろうが、中国は冒頭で述べたように、支配欲、経済欲が渦巻き内部は腐敗だらけだ。もし今、世界のバランスが中国に傾けば、次は日本も狙われる。それが経済支配になるのか、それとも軍事支配になるのか分からないけれど、それこそ一党独裁政治が日本を色濃く染め始め、本物のファシズムが平和な日本の中に見え隠れするはずである。
 かつてメートル法を定めた学者がいる。自分たちの足を使い、一メートルの長さを決めるために北と南に分かれて測量の旅に出た二人の学者だ。二人は途中で測量誤差に気付き途方にくれながらも、今多くの人が使うメートルという単位を定めたのである。
 しかし、当初このメートルの普及が芳しくなかった。このとき彼らは、
「人間は常に、学べば分かるより良い方法よりも、慣れているより悪い方法を好む」
 という名言を残している。
 中国が相手の弱点を見つけどんどん攻略を重ねている間、日本人は憲法9条が世界の平和を作るなどという妄想を持ちながら、不毛な議論や行動に時間を費やしているのだ。この様子を見ながら僕は、「人間は、慣れているより悪い方法を好む」という言葉を思い出してしまうのである。
 日本でおかしなことを言っている人たちは、もう少し現状を学び、臨機応変に現実的な対応の道を探るべきではないかと、僕は心から思ってしまう。

 本当はモナの弁当の話を書こうと思っていたのに、なぜかこんなことになってしまった。
 次回はできるだけ退屈な話を避け、アットホームな話題を投稿したい。



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2015年07月09日

745.よき夫、よきパパ

 月末は給料日で、その日は家族で外食するというのが我が家の恒例になりつつある。
 それが金曜日であればまだ少しましだけれど、本音を言えば翌日も仕事がある日に、きばって外食というのは少し億劫だ。しかし、最近の自民党議員ではないけれど、常に本音を口から発信してよいかといえばそうではなく、僕も立派な社会人、あるいは良い大人として、この自分の本音を胸の内に秘めたまま、先月末も家族との外食に付き合った。
 そもそも平日外食するのに何がそんなに億劫なのか、それを少し説明させていただくと、外食ということで子供たちがお腹を空かせてパパの帰りを待っているのは不憫に思い、僕は忙しい中懸命に仕事を進め、できるだけ普段より早く会社を切り上げようと通常の三〜五馬力増しでがんばってしまうのである。ときには額に汗を滲ませドタバタ劇を繰り広げながら早帰りを画策している我が身のことなど、家族の誰一人として想像していないだろうとは思っているけれど、これは性分だから仕方がない。
 もしここで、翌日朝までに仕上げなければならない用件などあれば最悪で、会社でそれが終わらなければ帰宅後寝る前にやらねばならず、そうなれば楽しい食事は家族だけで、僕はできるだけ早く帰りたくて食事中からそわそわすることになる。
 そして財布の中身が暖かいことを知っている家族の関心が、お腹が満たされたあとにデザートがどうこうよりも、どうしてもショッピングの方へと向いてしまうのがまた厄介だ。
 先日も食後にちょっとだけ本屋さんに行きたいという話しになって、閉店まで三十分しかない中、レストランと同じモールの中にあるブックストアに立ち寄ることになった。
「僕は食後の一服をして合流するから、先に行って欲しい本を選んでおいて」としたところ、ものの五分か十分しか経っていないにも関わらず、僕が本屋に入ったときにモナとベルとユリは両手両脇に買いたい商品を目一杯抱えていたから僕は仰天した。
 何か、逞しさのようなものまで感じて少し感心したのも事実だけれど、選んでいるものはもうすぐスタートする学校用の弁当箱や水筒、筆箱等々の必要なものを多数含んでいたから、「いいよいいよ、この際だから必要なものを早く選びなさい」と甘い顔をしていたら購入品が次々とレジカウンターに積み上がり(持ちきれないから支払いまでの預かりとして)、たかが文房具と高をくくっていた支払いが一万五千円を超えたのには再び目をむいてしまった。
 吹き出る脇の下の汗を感じながらモール閉店(十時)を迎え、一息ついてモールから車を出すと、次は夜中の一時までやっている大型スーパーマーケットに行きたいとなって僕の疲れが頂点に達したけれど、それでも良き夫、良きパパであり続けるため、僕は文句の一つも言わずにハンドルをそちらの方向に切ったのである。
 しかし、僕がどのように良き夫、良きパパであろうと努力しているか、手前味噌で申し訳ないけれど、その真価は実は次のようなところにあるのだ。

 モールでの食事は寿司&日本食のレストランに行ったけれど、そこでベルはサーモン照り焼き、ユリは刺身盛り合わせ、モナは海老天重を食べたいと言ったので、僕はそれに、みんなでつまむためのサーモン三昧(サーモンはらみ、スモークサーモン、あぶりサーモン各種寿司のセット)という寿司セットと、自分用に寿司12巻セットを頼んだ。一番最初テーブルに届いたのは自分用の寿司12巻セットで、それがテーブルの真ん中に置かれると、みんなの手に持つはしが一斉に動いた(ユリが実際に動かしたのは手)。
「こ、これは僕用だったはずだけど……」と思いながら、僕はそれを口に出さず、更に僕が最初につまんだのはかっぱ巻きで、とりあえずみんなのはしの動きが収まるまで、僕はひたすらかっぱ巻きや誰も食べないと知っているイカ、タコなどをつまんでいた。
 それに反してみんなが迷わず狙うのは、サーモン、マグロ、鰻、海老など、寿司で言えば王道にあるものばかりだ。
 マグロ、サーモン、海老、カッパ、マグロ、サーモン、海老、カッパ。
 なんて軽やかな家族のルーチンワークとリズムなんだ、なんて思うはずがない。
 彼女たちは僕のことを考えてくれているのだろうかと本気で疑いたくなるほど目を輝かせて手を動かしているけれど、僕は目を点にしながら、皿の上がどんどん寂しくなる様子をかっぱ巻きやタコやイカを頬張りながらじっと見ている。
 まだ育ち盛りの子供はいざ知らず、これ以上育たなくてもいいだろうモナまでがそうだからまいってしまうけれど、そんな憎まれ口は一切叩かない。僕は無言でカッパ巻きやイカ・タコをときどきつまむのである。
 そのうちモナや娘たちの頼んだサーモン照り焼きや刺身や海老天重がテーブルを賑わし、そしてサーモン三昧が最後にやってきた。それぞれが美味しそうに盛り付けられた料理に感嘆して各自の料理の始末にせいを出す。そしてときどきサーモン寿司にも手が伸びる。
 しかし、もともと小食の家族が、僕の寿司をつまみ食いし、更に自分の分を食べてサーモン寿司まで食べ切れるわけがない。きっとこの美味しそうなサーモン寿司(実際とても美味しい)は、最後に僕の腹に入ることになるだろう。僕は、それを食べれば自分のお腹の具合も丁度よくなるだろうと算段しながら見ていたのだけれど、そこに我が耳を疑うモナの言葉が彼女の口から発せられた。
「パパ、私はサーモン寿司を食べるから、これあげる」
 最近モナは、僕のことをパパと呼ぶことが多い。彼女は自分の海老天重を僕に差し出し、まるで企業が有言即実行と言いながら営業方針をさっと切り替えるように、サーモン寿司の皿を引き寄せそれを食べ始めた。そして仕方なく、僕も差し出された海老天重を食べ始める。
「ああ、このサーモン、おいしい。ヘブン(天国)だぁ」
 彼女は満面の笑みをたたえて幸せそうだ。そして彼女は「ねえ、それも美味しいでしょ。このレストラン、色々美味しいね」と、僕にくれた天重のことを言った。
「ああ、確かに海老天重もいい味出てるね、っていうかさあ、これ、海老がないじゃない」
 僕のもらった海老天重は、その主役であるべき海老天が一個もなく、味のしみ込んだたまねぎと、重に半分ほど残ったご飯に天重のたれが適度に混ざっている。
「えへへ、ごめん、イッチ(ダイチ)も食べたから」
 モナの申し訳なさそうな苦しい言い訳に、「まあ美味しいからいいけど」と、僕は天重たれかけご飯たまねぎ添えを美味しくいただきお腹を満たした。

 こうしたことを、素晴らしい自己犠牲、家族愛だなどと称えないで欲しい。僕は家族の幸せそうな様子を見ながら、自分も悦に入って幸せを感じているのだから。
 それでも僕は、安倍晋三ではないけれど、言わなければならないことは言わせてもらい、やらねばならないことはやるのだ。
 先日夜の対戦時、「久しぶりね、三日くらいあいたんじゃない?」などとモナに言われた。僕は「三日で久しぶりなの?」と思わず言ってしまったが、そんなことを彼女に言わせるのも、普段やるべきことをやっているからである。
 さて、冗談はさておき、家族は今、ときどきこうして美味しいものを食べ、買いたい物を買うことができ、そこそこ広く快適な住居で暮らすことができている。二人の子供をインターナショナルスクールに通わせることができ、相変わらずフィリピンにも、毎月ペソで片手以上のお金を送っているから、モナも実家のことで心配は要らない。
 しかしモナは、こうした暮らしに埋没し慣れてしまうと、その暮らしの源が何であるのかを忘れてしまうようなのだ。
 月曜日の夜、仕事から帰って食事を済ませたあと、モナが突然言った。
「あした会社休める?」
 唐突な話しに、僕は正直、学校に関して何か問題があるのかと思った。
「え? なんで?」
「学校のプロジェクトで、買わないといけないものがあるのよ」
「それをどうして今言うの? もっと早く言ってくれればモールだって十時までやってるんだから行けたのに」
 結局よくよく話しを聞けば、必要なものは一つを除き普通のスーパーマーケットでも買えるものばかりで、夜十時半から車を出して、夜中過ぎまでやっているスーパーマーケットまで車を走らせた。
 買えなかったものはその翌日、帰宅後にモールで購入し、ついでに夕食も家族一緒に外で済ませてきたのだけれど、僕がモナに言ったのは、僕の仕事に対する彼女の考え方である。
「こうして暮らせているのは、僕に働ける場所があってそこそこのサラリーを貰えるからだよね。でもさ、僕のサラリーは現地の社員に比べてすごく高いんだよ。これは当たり前のサラリーじゃなくて、特別なサラリーだ。日本で就職しても、今と同じサラリーをもらうのは難しいくらいの条件なんだよ。住む場所も車や携帯の支給も特別で、何もかもが特別だ。つまり、もし会社が僕を不要と思えば、会社は高いサラリーの僕をすぐ首にしたくなる、とてもリスキーな条件だ。だから僕は、いつでも会社に必要な人間だと思われるように働く必要がある。仕事の中身も大事だけれど、まずはそう思われることが大切なんだよ。そのために僕は真面目に仕事をしている。そうしなかったら、こうした暮らしを維持できないからだ。だから簡単に会社を休めるなんて思わないで欲しい。休むことはできるけれど、それは計画的に休むか緊急事態が起こったときだけで、買い物があるから休んで欲しいなんていうのは勘弁して欲しい」
 僕はこの話を彼女にしたとき、その言葉に、なんて嘆かわしいのだという感情を込めていた。いつでもニコニコしながら、なんでもどうぞどうぞというわけではない。
 モナに限らずだけれど、フィリピンの人は「働く」ことについての考え方に甘さのある人が多い。低い条件で働くならそれなりの姿勢で働いても構わないけれど、適当にやってサラリーだけはたくさん欲しいという勝手な考えは、どこの国であろうと通用しないのである。替わりは簡単に見つからないというところで勝負しなければ、高い条件を得たり維持するのは難しいのが現実だ。そしてこのことは、よく考えれば分かることだけれど、自分たち家族にとって、とても重要なことなのだ。自分たちの暮らしは、今の会社に依存しているのだから。お金は井戸水のように地面から湧いてくるわけでもなければ、雨のように天から降ってくるのでもない。僕の場合、全て日頃の働きに応じた対価として貰っているのである。
 彼女にこうした話しをしたのは初めてではない。これまで何度かしているけれど、彼女にはこうした考えが体に染み付いていないから、何度も伝える必要がある。何度も伝えることでボディブローのような効果を期待しているけれど、はたして効き目があるのかどうかは自信がない。
 それと同時に、僕はモナや子供たちに、生きるための貪欲さを身に付けて欲しいと思っている。この思いは自分が歳を重ねるごとに強くなっているけれど、自分が家族の支えになれなくなったとき、立派にとは言わないまでも、自立できるようになって欲しいのだ。不自由のない暮らしをしている中、突然僕に何かがあれば、そのあとの生活は我慢の連続となる。苦から楽への転換は容易だけれど、その逆は二重苦、三重苦の連続となること必至だ。だから僕は家族に、逞しくなって欲しいと願っている。食べるときは貪欲に、買って貰えるときは少しくらい欲張り、節約できるところは節制し、時間の無駄遣いを極力避け、要求はそこそこはっきり、そして多少のかけ引きができるようになって欲しいと、心のどこかで思っているのである。
 実際には、さもしい行動は品がないと叱ったりもするから、そのさじ加減が難しいのだけれど、食べたいものに食指を動かし買い物できるとなれば目一杯抱え込むほどの態度を感心したと言ったのは、あながち冗談ではないのだ。
 たかられる身になれば大変だけれど、たかる身になればそのように願っているのだから、本当に勝手な話しである。しかし僕は、日本人や他の外国人にぴたりと寄り添うフィリピンやタイなどの女性たちの気持ちや環境を、こうしたところから少しは理解しているつもりでもある。

 その点末っ子のダイチは、まだまだ人間の本能むき出しだ。欲しいものもはっきりしていて、要る、要らないを率直に表現する。テーブルの上にあるジュースでも食べものでも、指差しでこっちに持って来いと指示をするし、間違ったものを差し出すと難しい顔つきで違うと主張する。
「今はダイチが我が家のキングだ」とモナが言うけれど、まさにその言葉通り、彼は傍若無人だ。それでも愛嬌があるから全てを許せるのである。
 今日はソファーに座ったダイチから、「パパ、パパ」と、キッチンカウンターでコーヒーを飲んでくつろいでいるところを呼びつけられた。
 モナが笑いながら、「パパ、お呼びよ」というのでソファーに行くと、彼はベイビーチョコレートというつぶつぶチョコレートが入った容器のふたを開けることができず、それを僕に差し出して「オーペン(あけて)」と言うのである。
 僕は容器から五粒のチョコレートを取り自分の手のひらに載せ彼に渡そうとすると、彼はそれを手に取って食べるのではなく、自分の口を僕の手のひらにもっていき、犬のようにチョコレートを食べ始めた。しかし一度に五粒全てのチョコレートを口に含むことができないから、手のひらに残ったチョコレートを同じように食べようとするのだけれど、口が下向きだから今度は一度口に含んだチョコレートがこぼれ落ちる。全てをたいらげようとダイチは懸命にその動作を何度も繰り返しているうちに、僕の手のひらからもチョコレートがこぼれ落ちた。ダイチはそれを拾い、自分の口に入れると思ったらそうせず、僕の手のひらにチョコレートを戻してから、また同じスタイルでチョコレートを食べることに懸命になるのだ。
 僕はそれを笑って見ていたけれど、彼が真剣になればなるほど可笑しくてますます笑ってしまう。(もちろん全ての食べ方がこうであれば、僕は叱って教える)
 こんな愛嬌が多少の傍若無人ぶりも許せてしまうのだけれど、それはある種のフィリピーナが持ち合わせている特性に共通するものであることに気付くのである。子供たちには、こんな純粋さを持ち続けたまま逞しく育ってもらえたら人生でたくさん得をするのではないかと、親として願っているのが僕の本音かもしれない。
 僕はモナや三人の子供たちを、本当に羨ましい性格だと思いながら、日々見守っているのである。



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カテゴリー:マレーシアにて
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