フィリピーナと共に
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2009年09月29日

アイリーン31

第10章
着陸を控えた飛行機の中で、窓際に座ったアイリーンの目に、点在するオレンジ色が灯りが飛び込んできた。となりには彰祐が座っている。乗客のそれぞれが、窓の外を覗き始め、客室全体にざわつき感が漂い始めた。
乗務員が専用シートに座り、ベルトを装着したことが、着陸が近いことを物語っていた。

シルクエアーのセブ直行便で、とうとうアイリーンはフィリピンのセブへ帰ってきた。
アイリーンは、故郷に帰ることがあったとしても、それははるかに遠い先だと思っていた。もしかしたら自分は、二度と故郷の土を踏むことができないかもしれないという、漠然とした諦めも持っていた。
地獄の生活から助け出されてからも、フィリピンへ帰ることができるという実感を、中々持つことができないでいた。
しかしほとんど陽が落ちた夕刻の薄暗い中にセブの島の陰影を見て、ようやく帰ってきたという喜びと興奮が、アイリーンの体の中を突き抜けた。

思えば不思議な展開だった。見知らぬ日本人が、ふらりと現れ、自分を優しく包み込みながら、約束したことをきちんと実現してくれる。彰祐と知り合ってから、まだ一ヶ月も経っていないのに、なぜか彼に、何年も前から良く知っているような親近感を覚え、いつの間にか彼に対して絶対的な信頼を寄せている自分がいた。
彼はその信頼にいつもきちんと応えてくれ、それがより深い信頼へと繋がっていった。

アイリーンはこの不思議な感覚を最初から彰祐に感じ、そしてその正体についてずっと考えていた。その正体が何かを見定めるために、彰祐のこともずっと観察していた。
そして彼女は、ようやく一つの答えを導き出そうとしていた。
アイリーンが彰祐と一緒にいて心地良いのは、それは彼の自分に対する愛情を感じるからだった。彼からは、なんらかの見返りを期待するような素振りは何一つ感じない。そうであれば、それは純粋な愛情しかないのだった。
しかしその答えに到達してからも尚、アイリーンは混乱した。
これまでそのような愛情を感じたのは、母親や兄弟だけであった。それ以外の人から、それと同類の愛情を注いでもらうなどアイリーンには経験がないだけに、その愛情の裏にあるものが何かを、いつの間にかさぐっているのだった。
アイリーンには、その答えがセブにあり、しかもそれは、全く自分の想像を超えたものなのかもしれないという予感があった。


飛行機の車輪が滑走路を捉える振動が伝わってきた。逆噴射の轟音と共に、飛行機は急激に速度を落とし、進行方向を右や左に変えながら、ゆっくりとターミナルに向かい始める。
停止するかしないかという段になって、気の早い人たちが座席から立ち上がり、荷物を棚から取り出し始めた。
アイリーンの心臓は高鳴っていた。メリアンが娘のレイラと一緒に、出迎えに来てくれているはずだった。
アイリーンの父親や兄弟、親戚には、彼女の帰国を知らせていないとのことだった。それは一旦落ち着いてから、ゆっくりと連絡を取れば良いと彰祐に言われていた。確かに兄弟たちはみんながばらばらになり、各親戚の家に預けられている。帰国の連絡をしたところで、兄弟たちにはどうすることもできずに戸惑うだけであることは、容易に想像できた。

まだ新品のスーツケースを引きずり、アイリーンは彰祐と一緒に空港の外へと出た。
シンガポールとはまた違う種類の、むせるような暑さを体に感じ、それが懐かしかった。それは彰祐も同様だった。セブの地を踏むのは、彰祐も数年ぶりであった。
空港前は人でごった返していた。その人ごみの中に、メリアンがいるはずだった。

「アイリーン!」
一際甲高い声がアイリーンを呼んでいた。声の出ている方向を見ると、予期せぬことに、そこには自分に大きく手を振っているリンがいた。リンの顔を見た瞬間に、アイリーンの中で、今まで溜まっていたものがはじけとんだ。
彼女は人ごみを掻き分けながら、夢中でリンの元へと歩み寄った。
「リンさん・・・」そう言いながら、アイリーンはリンに抱きついて、「やっとフィリピンに帰った。本当にごめんなさい、ごめんなさい」と言いながら、大声で泣き出した。
リンは「だいじょうぶ」と言いながら、泣きじゃくるアイリーンの背中をまるで母親のようにさすっていた。

その姿を、横にいる女性が複雑な想いで見守っていた。それはメリアンだった。
本来、そこで彼女を受けとめるのは自分なのである。しかし生まれてから20年間他人として育ったアイリーンを初めて見た瞬間、メリアンは彼女のことを他人としか思えなかった。あれほどアイリーンのことを考え、会いたいと夢見ていたはずなのに、実際にはそれとは違う感覚を抱いている自分自身に、メリアンの心は揺さぶられ、そして傷ついていた。
そこへ彰祐がゆっくりと近づき、「あなたがリンさんですか。今回はいろいろとありがとう」と声をかけた後に、横にいるメリアンに「久しぶりだね」と声をかけた。
メリアンは一歩前に出て、彰祐の腕を軽くつかんで、彼と並ぶように自分の立ち位置を変えながら、「久しぶりね。この子がレイラよ」と、自分が育て上げた娘を彰祐に紹介した。

アイリーンと同じ歳のレイラは、長いまっすぐな黒髪を背中の中ほどまで伸ばした、美しい女の子だった。レイラは恥らうように、かるくお辞儀をして「はじめまして」と言いながら、彰祐と握手した手をすぐに引っ込めた。
「フィリピンの子は、みんな恥ずかしがりやだね。君のお母さんも、初めて会った時は同じだったよ。今はもう、堂々としたもんだけどね」
「それはわたしがおばさんになったってことを言いたいんでしょう」

相変わらず明るくて元気なメリアンのその一言で、その場に笑いがこぼれ、リンに抱きついて泣いていたアイリーンもようやくメリアンと向き合った。
「ごめんなさい、挨拶もしないで。メリアンさんの話は、シンガポールで沢木さんから詳しく聞いています。今回の件ではありがとうございました」
「いいのよ、アイリーン。久しぶりに帰ってきたのだから、思い切り甘えてちょうだい」

メリアンが優しくアイリーンに言葉をかけた後に、彰祐が続けた。
「今日はこれから、この美女軍団を食事にご招待しよう。これほどの大勢の美女に囲まれて食事をするなんて、生まれて初めての体験だ。滅多に無いことだから、今日は好きなところへどこでも連れて行くよ」
彰祐は上機嫌だった。メリアンは久しぶりにフィリピンへ帰ったアイリーンに
「あなたが食べたいものにしましょう。今日はあなたの帰国祝いだから、何でも我がままを言っていいのよ」と、アイリーンの肩を抱きながら、にこやかに言ってくれた。

アイリーンは、まるで家族に囲まれたような温かい空気を感じ取り、心から安心した。彼女はかつて、金儲けを企む親戚から食い物にされようとした経験を持っている。母親の叔母であるダイアンや、その娘のシェラは、口では思いやりのあるようなことを言うが、言葉とは裏腹の人を蔑むような卑しい目を持っていた。そして実際に、シェラは自分を彼女の顔見知り客に売りつけようとした。自分が騙されてシンガポールへ行ったのは、そのことが少ながらず影響していた。しかしそこに集まる人たちは違った。
メリアンは、彰祐が語っていたように、優しく明るい素敵な女性だった。母親のメアリーが生きていたなら、きっとこんな風に自分を包み込んでくれるだろうことを感じさせる人だった。
アイリーンは、彰祐との出会いが自分の全てを変えてくれそうな、そんな期待を抱かずにはいられなかった。


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posted at 06:00
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カテゴリー:アイリーン
エントリー:アイリーン31
この記事へのコメント
現在進行中のあなたの日々の出来事や結婚向けての進行具合が知りたいです。ストーリー仕立てじゃなくてもいいので、チョコチョコとアップして貰えたら嬉しいです
Posted by BUNBUN at 2009年09月29日 07:20
更新がすごすぎて、コメントが間に合いません!(笑
やっと、セブに帰ってきましたね。メリアンやリンの暖かい出迎えにアイリーンがとても安心した様子が良く伝わってきます。
セブ・マクタン国際空港の到着ロビーを一歩出たところのむっとした雰囲気と、出迎えのたくさんの人々がごった返す中でのシーンが、まぶたに浮かぶようです。
でも、心配がひとつ・・・。アイリーンとレイラの関係は?もし真実が明かされたらレイラはとても傷つくでしょう、でも、きっと彰祐のことならうまくやるんでしょうね。
さてさて、何を食べに行ったのかなぁ〜(笑
Posted by ritz at 2009年09月29日 08:43
>BUNBUNさん
コメントありがとうございます。
BUNBUNさんって、僕を知っている人ですか?
気のせいだとは思いますが・・(笑)
自分の身の回りのことについては、もうしばらくお待ちください。
もう少ししたら、その辺もこまめに更新できると思います。
現在新しい仕事の準備で、色々と忙しいために、ある程度書き溜めているアイリーンを更新している状況です。
来週から、あら?っというような更新をしていく予定です。
Posted by Mark at 2009年09月29日 12:22
>ritzさん
明日、明後日の更新内容で、おそらくritzさんがよく知っている場所が登場しますよ。
たぶんritzさんも行ったことのある場所ではないかと・・・。
セブ空港を出たところは、独特の雰囲気がありますよね。
僕はあの雰囲気が大好きです。
自分で書いたものを読んでいても、また行きたくなりますね。
でも単独でセブへ行くのは厳禁なんですよ。
なぜって?それはこれまでの話を読んでくださったritzさんであれば、よく御存知ですよね(笑)
Posted by Mark at 2009年09月29日 12:28
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