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2013年02月04日

マレーシア奮闘記3

 このレポートへの返事は、「レポートをありがとうございます。引き続き解析をお願いします」であった。そしてその後、僕には誰からも何も連絡がこなかった。僕はこの様子に、肩すかしをくらったような気分になった。僕は「不具合が市場で発生する可能性がある」と書いたレポートがゴジラさんやルパンさんを顔面蒼白にし、製造現場や開発チームを火事場のような大騒ぎにさせるはずだと思っていたからだ。しかし社内には、いつものようなのんびりとした雰囲気がいつものように漂っているだけだった。まるでヒバリの声を頭上に聞きながら、川に釣り糸を垂らして魚が食いつくのをのんびり待っているようないつもの空気だ。資料が送付された開発トップのマネージャーは普通に仕事をしているし、誰一人僕に直接話を聞かせてくれと言ってこなかった。それを設計したアーノルドさんは、開発途上の別機種における問題解決で頭を悩ませていた。
 普段僕はこの空気に馴染み、平和でいいなと思いながらゆったり仕事をしている。しかしその時の僕は、近い将来顧客から大量の返品をくらい、しかも市場の不良をどうしてくれるんだと怒りながら詰めよってくる客に、だくだくの汗を拭いながら対応する自分たちの姿を想像し、それだけで胃が縮まるような窮屈な気分になった。もし顧客に市場に出た全ての製品を回収して修理しろと言われたら、軽く数億円や数十億が雲散霧消する。そのような不良の顧客クレーム対応とは、みじめで著しく精神力や体力や大金を消耗するのだ。そして信用は失墜し、今手がけている製品が終われば次の注文がこなくなる。ほんの少し想像力を働かせれば、このような問題を放置することが確実に自分たちの首を絞めることくらい、すぐに分かることだった。

 必要なのは暫定対策(とりあえずの対策)だが、誰もそれをどうしようかと騒がない。僕はゴジラさんが真っ先に飛んできて、「とにかく暫定対策を至急出してんか」と火を吹きまくることを予想していた。それに誰かに言われるまでもなく、何とかそれを考えて至急生産に導入すべきであった。しかし僕の知識ではそれが思いつかない。僕なりに暫定対策案をいくつか考えてみたが、すぐに実現できそうなことはたった一つだけ、ネジ締めトルクをできるだけ弱め、振動試験をかけて確認を取ることである。しかしできればネジ締めトルクはいじりたくない。これも慌ててやったら、二次災害に繋がる危険性が大きい。やはり設計陣の知恵を拝借したいところだ。
 僕はひとまず、日本人開発部門責任者の一人であるとしちゃんに相談してみた。おしゃれでスラッとし昔はアイドル青年だったのではないかと思われる彼は、僕の中でとしちゃん(マッチでも良かったが)である。
 としちゃんは僕の説明に驚いた。彼は僕の出したメールをまだ読んでいないと言ったが、もしかしたら読んでいない振りをしているだけかもしれなかった。彼は、ここは危険性を十分認識し驚いたり慌てたりしないと、同じ日本人として軽蔑されるかもしれないという計算が素早く頭の中で働いた可能性もある。
「それは大変だ。まずいね」
 大変だとかまずいと言うその顔は、にこやかでまだまだ余裕しゃくしゃくである。
「ええ、とってもまずいです。とにかく暫定対策を検討してすぐに導入しないと生産現場は大変だし、お客さんのところでも問題が発生しますよ。でもこの大変な事態を、設計のメンバーは理解できないようなんです」
「ちょっとプリンスに相談するか」
 としちゃんが立ちあがってプリンスさんの机の方を見ると、主人を見失った椅子と机がそこに寂しそうにあるだけだった。
「あれ? プリンスがいない。どっか行ってるの?」
「そうなんですよ、しばらく見かけないんです」
「そっか、それじゃ彼が戻ってきたら相談しておく」
「ええ、是非お願いしますね」

 僕はとしちゃんの「相談する」という返事が不安だった。としちゃんはあらゆることが起こる組織の問題に、いつも柔軟に対応できない。とりあえずその場しのぎで対応すると言いながら、実際に対応しないのが彼の常だった。開発部隊のけん引役なのだから、相談するのではなく自分ですぐに決めて動いて欲しいが、としちゃんにはそれができないのだ。優しく人当たりのよいとしちゃんは、お金持ちの家に生まれたぼんぼん育ちのおぼっちゃまなのかもしれない。おそらく僕がその場から離れたら、としちゃんは何事もないようにのんびり仕事をし、僕が後で「どうなりましたか?」と確認をすると、「あ〜、忘れた。ごめんごめん」で終わるのだ。それでももう、他に相談する相手がいない。頼みのプリンスさんがいるなら、僕はとっくに自分でプリンスさんに相談している。
 サンボさんには自分から暫定対策の件を持ちかけたが、彼はサプライヤーイシューでこちらがそこまで考える必要はないと言った。彼らには、生産品のサプライヤーイシューは開発部の範疇ではないという強い意識がある。理屈としてはそうだが、何かの対策を講じる場合は二次災害が起きないよう、製品を一番よく知っている設計者の確認や承認が必要となるものだ。生産技術や製造や品証の人間が勝手に考え勝手に何かを変更するのはかえって危険だ。僕がサンボさんにそう言うと、彼は「オーケーオーケー、あとでプリンスに相談しよう」と言って、さっさと自分の仕事に戻ってしまった。

 結局問題のたらい回し状態だ。おそらく面倒な問題に関わりたくないのだろう。なんともこれは骨が折れると思いながら、僕はとりあえず別の不良の解析に移った。すると、ある部分の穴の大きさが規格を大きく下回っていた。そして別の製品に乗っている同じ部品の同じ場所の穴は規格を超えて大き過ぎた。再び顕微鏡で穴を観察すると、大きい穴はドリルでこじ開けたような痕跡がある。小さい穴は角も丸みを帯びて成型後そのままという状態だ。
「サンボさん、サンボさん、ちょっとこの写真見て。なんかおかしくない?」
 サンボさんは、僕の写真を食い入るように見つめた。眉間に皺が寄って、その顔は真剣そのものだった。僕がその脇で、穴径が規格外れであることをサンボさんに伝えた。
 サンボさんは突然顔をあげ、またしても「サプライヤーイシューね」と言いながら、僕に写真を返した。
「この穴、サプライヤーで後加工しているの?」
「金型品の穴が小さかったね、だからドリルを通しているはず。でもそれ、通した奴と通してない奴のミックスね。サプライヤーのミスね」
「なんでそんな金型を使って量産をしているの? 普通は承認せずに修正でしょう」
「時間が足りないね。お客はもう注文を出している。僕たちはもう作るしかない」
「でも穴が小さかったらドリルで広げるんじゃなくて、成型条件か金型を変更しなくちゃだめでしょう。それじゃあドリルはテンポラリー(一時的)なの?」
「テンポラリー、テンポラリー。だから金型変更したね。穴の問題は前にアーノルドが僕に話してくれた」
「金型はもう変更された? それじゃあなぜ新しい部品を使わないの?」
「サプライヤーは古い金型でたくさん部品を作ったね。だから在庫がいっぱいある。それを使いきらないと勿体ないね」
 どうもストーリーがよく分からない。問題があって金型を変更したなら、早く金型を修正しその結果を確認し、部品をすぐ新規品に切り替えるべきではないのか。それとも金型を変更するはめになったのは設計側の図面ミスで、在庫品廃棄の負担をこちらがしなくて済むよう、それに目をつむっているのだろうか。

 サンボさんは慌てる様子もなく、それはサプライヤーの問題だから問題ないねと言っているように僕には聞こえた。そしてアーノルドさんは僕たちの会話が聞こえているはずなのに、相変わらず大きな背中を少し丸めて黙々とパソコンをいじっていた。
 僕は次第に頭が痛くなってきた。ここが自分の腕の見せどころなのは分かっているが、さすがに立ち往生しそうだ。こんなことなら、問題が見えなかった方が幸せだったと弱気になりかけていた。僕は穴の問題レポートを関係者に配信し、プリンスさんが戻るまで少し不良解析から離れることにした。

 このような分業の意識が浸透しているのは、何もマレーシアだけではない。日本でもその傾向があるし、何でも一人でできないから組織があり役割と責任を分担している。しかし、問題の元は設計にあるのかもしれない。設計マージンが小さければ、生産品は部品がばらつきを持つ限り生き物のように自在な状態を見せる。様々なばらつきが発生しても当初予定していた機能を満足させることが設計であり、そうでないものは単なるお絵かきなのだ。ばらつきや環境変化を考慮しないお絵かきレベルなら、回路が専門の自分でもある程度はできてしまう。しかし現地の設計者は、CADを操りお絵かきができることが一つのステータスであり誇りなのだ。その誇りを傷つけないように設計の本質を分からせてあげるのは、こちらも忍耐と努力が必要となる。僕がメカニカルデザイナーであれば自分が修正して見本をみせてやるところだが、それができないから困ったものだった。



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カテゴリー:マレーシア奮闘記
エントリー:マレーシア奮闘記3
この記事へのコメント
こんばんは。
組織や個人の意識付けは骨が折れる仕事ですね。
開発や生産管理、品質管理の体制を含みプロマネ
不在な印象を受けます。
言われている、クレームは私も経験がありますが、
辛いものですよね。
私も設計が頭が固く、頑固で困った事が多々あり
ました。
ですが、お話はやりがいもある印象を受けますね。
マークさんほどなら、やはりご自分でプレーイング
マネージャーとして、実績を示し、納得させてから
変革するんでしょうね?奮闘を楽しみにしています。
なんだか再認識した気がしました、失礼しました。
Posted by たーさん at 2013年02月06日 01:14
>たーさんさん
たーさんさん、おはようございます。
本当に骨が折れますが、淡々とやっています。
腹を立てると神経が持たないので、じっくりとです。

プレーイングマネージャーとして腕を発揮できたらいいのですが、これは言うほど簡単ではないんですよね。
自分が何かの問題に嵌り込むと他が一切手を付けられなくなってしまいます。
しかしある程度自分が具体的に何かを示してやらないと、どうも響かないようで……。
そこが難しい。なにせ僕はメカ屋ではないんで。
こちらの取り組む姿勢そのものを感じとってもらえたら嬉しいのですが。
Posted by Mark at 2013年02月06日 07:50
今晩は。
初めてコメントさせていただきます。

マークさんの困難な局面に遭遇しながらも、それを自分の楽しみ(?)に代えている姿に、いつも興味を持ちながら拝見させてもらっています。
私の職種は製造業で、マークさんとは畑違いの分野ですが、マークさんが仕事に対してリスクやクレーム防止の為に未然対策を講じる姿勢、それについての行動表現は製造業と共通だと思いました。

マークさんのブログを拝見して、私も新たに色々と頑張らねばと思った次第です。

マークさんも体に気をつけ頑張って下さい。

また、今後も楽しみにブログを拝見させていただきます。
Posted by まち at 2013年02月06日 20:57
>まちさん
まちさん、こんばんは。はじめまして。
温かいコメント、ありがとうございます。こちらこそブログや仕事の励みになり、大変有難く思います。
内容が仕事の事なので書かない方がよいかもしれないと思ったのですが、おそらく似たような体験をされている方が大勢いらっしゃるだろうと思いミニ連載を始めました。
あまり具体的に書くと問題ですが、抽象的すぎても面白みがなく意味もないので、万が一関係者が読めば素姓がばれるところまで書いております。(バレると社内で問題になり、おそらくクビ?)
よってコメントがくると「ばれた?」と内容を読むまでドキドキしてしまいます。そして今回のようなコメントであることが分かると、思い切って書いて良かったと思います(笑)
僕も業種的には製造業で、物作りが楽しいと感じる人間ですが、辛いこともたくさんですね。この物語のようなことは、多くの皆さんが身近にたくさん経験していると思われます。だからこそ初めての方がコメントをくださるのだろうと理解しております。
このようなものでも、皆さんの参考になれば幸いです。
ありがとうございました。
Posted by Mark at 2013年02月07日 03:23
マークさん今晩は。
まさか、私のコメントに反応して頂けるとは思いませんでしたので、いささか驚いています。しかし、それ以上に嬉しく思っています。

私の業種は食品製造業で、社内の幾つかある製造部門の内、私は病人食を扱っています。
食品製造は徹底した品質管理を要します。病人食となれば尚更です。品質に問題があれば病状を悪化させる危険性をはらむので良品を製造する事が絶対条件であり、当然の事なのです。
ただ現在、製造現場において色々なトラブル、アクシデントそして内部クレームが頻発しており、その対処に忙殺されている毎日です。
その為、マークさんのブログを拝見して、人事とは思えず書き込みをした次第です。
仕事内容は違えど、同じ製造業者として応援しております。
そして、マークさんの頑張っている姿を想像しながら自身を鼓舞している現在です。

今後もまた、コメントをさせていただければと思っています。
宜しくお願いします。
Posted by まち at 2013年02月07日 20:13
>まちさん
まちさん、こんばんは。
返事が大変遅くなり、申し訳ありません。一度返事を書きながら、気付いたら朝になっていました(居眠り…汗)
食品の品質管理は確かに大変ですね。僕も一度カップヌードルの品質確認関連装置を扱ったことがありますが、信じられない厳重な管理(一個一個の履歴が追える)に驚きました。悪質クレーマー防御だそうで。全数異物混入検査をし記録して
いました。

話は変わりますが、今週は大変でした。異国のお客さんがやってきて、散々振り回されました。終わってみれば、実に自由勝手な振る舞いをするインド人が呆れを通り越して面白いのですが、とにかく疲れました。

今後もどうぞ宜しくお願い致します。
まちさんもどうか頑張ってください。
ありがとうございました。
Posted by Mark at 2013年02月08日 22:27
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