フィリピーナと共に
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2013年10月12日

699.Nさんの冒険 AGAIN4

 Nさんにこれぞという子が見つかった時、HさんがNさんのため、その子と値段交渉をしてくれた。Hさんから聞く話によると、それはNさんがぼったくりに遭わないためであるが、むしろ目的はそのやり取りを通し、Hさんが女性の態度や性格のようなものを確認することが大きかったようだ。得体の知れない女性をホテルの部屋に入れるのである。目撃者のいない密室では、女性が自作自演で何かを騒ぎ出せばNさんはたちまち窮地に追い込まれる。もしくは突然おかしな男性が登場するかもしれないし、本人が部屋から貴重品と一緒に姿を消すかもしれない。部屋に気軽にゆきずり女性を連れ込む人は少なくないが、それは当然それ相応のリスクを伴う。もちろんそのリスクには、病気をもらうというものまで含まれる。そしてHさんはNさんに、バスルームに入る時には財布を持つように等々の諸注意も伝えてくれたようだ。HさんはNさんのため、本当に細かく気を遣ってくれたのである。その話を聞いた時、僕は頭の中に、普段陽気なHさんが騒然とした暗黒喫茶の中で、目を細めて女性を厳しくチェックをしている姿を思い浮かべた。
 朝のレストランで見かけた女性は、そのようなベテランHさんの厳しい面接をパスした人であった。よってNさんの話によれば、彼女は性格がよく優しい女性で、トラブルは一切なく金額も取り決めプラスアルファ(気持ち)の納得価格で済んだそうだ。
 僕は朝のレストランで、Nさんのお相手女性をほとんど見ておらずもちろん直接話もしていない。だから実際にどのような人なのか分からないが、レストランで壁の裏からNさんと一緒に顔を出したひょうきんな様子は、Nさんと女性の間にきちんとコミュニケーションが存在するように見え、女性はしっかりNさんに付き合ってくれたのだろうことが伺えた。暗黒喫茶でのHさんの見立ては、正しかったということである。

 ちなみに僕は、Nさんがその女性と夜をどのように過ごしたのか、それについては一切知らない。それはNさんやその女性のプライバシーに関わることで、僕は部屋での二人の様子を聞かなかったしNさんも一切語らなかった。ベッドの上でのことや女性の身体的特徴の話題を友人と共有し盛り上がるのは、その女性の尊厳を傷つけ馬鹿にすることと同じである。女性が食い扶持を稼ぐためそのような行為をすることは賛否両論あるだろうが、そのような女性だからと相手に対する尊重のかけらも失った無神経な方を、僕は好きではない。それはその場に当人がいなくても関係ないことである。だから僕は、Nさんがそうでなくて安心した。
 つまり僕は、Nさんがその女性と性交したのかどうか、実はそれすら知らないのである。夜は一緒に過ごしたけれど、実は体の関係は何もないということも、いまだにあり得るのではないかと思っている。

 Nさんが暗黒喫茶から女性を連れ出したのは、一つには僕のせいがあるのかもしれない。僕は以前、売春の件で自分の考えをブログに披露した。その時一部で軽く話題になったが、Nさんとにはその件で、ブログには書いていないことも含め話しをした。
 フィリピンの夜の世界で働く女性を一度でも直接見れば、彼女たちの多くが贅沢をするためにそのような仕事に携わっているのではないことが分かる。服もバッグもアクセサリーも、ブランド品など身につけていない。住んでいる場所は、地方出の女性は友人と共有で借りた安アパート、地元の女性であれば貧民街が多く、彼女たちの生活の有様を見た時に普通の日本人は圧倒されるだろう。そんな世界で自分や家族の命を繋ぐため働く女性に、それは悪いことだから止めなさいと、僕は言える自信がないのである。
 僕はかつて自分がこの目で見た貧民街の生活の様子、教育不足による常識や貞操観念の違いをNさんに語り、それらは自分の目で確かめ自分の心で感じた上で考えるしかないと言った。日本人が日本の社会で暮らすだけでは到底理解できない、悲しくどうしようもない現実が、フィリピンを含むアジアの中には当たり前のように存在するのである。
 日本に働きに行くことができるフィリピーナはその中ではるかに幸せな方で、行きたくても行けない人の方が圧倒的に多い。日本人と常識の違い過ぎる教育不足の女性は、コネがなければ面接で日本の客商売に適応できないと判断されるからである。だから日本のフィリピーナしか知らない日本人には、現地の実態が中々想像できないと思われる。洪水で家電製品が壊れて大変だなどは中流の部類の話で、底辺の生活には電気もガスもない。裸電球が灯っていると思えば、電気は近くの電線から泥棒していたりする。僕は初めて蝋燭と炭と床が土(土間)の家の生活を見た時に、怖くて家の中に入るのが躊躇われた。もっともその家の中とは、入り口から見える部屋が一つきりである。よって現地の実態は、そのような生活をする女性と実際に二日や三日行動を共にしなければ、到底その実感を得ることはできない。教育が足りない、常識が違うというのがどのようなことか、それもしばらく一緒に行動しなければ分からない。

 Nさんの頭の隅には、ならば自分も自身の目で見て確かめてみたいという思いがあったと想像できる。Nさんは、これまで自分が関わり知り合ったフィリピーナからヘルプ要請があれば、見返りなしで彼女たちを気軽に助けてやっていた。しかし彼は、自分のその行為に疑問を持ち始めているのである。お金がもったいないという単純なことではなく、その行為が双方にとって意味があるのかないのか、その背景には何があり気軽に助ける功罪は何か、自分にできることとできないことは何で、自分がそれをして良いのか悪いのか、そして今後はどのように関わればよいか・・、フィリピーナにお願いされるまま流されてきたNさんは、おそらくそれを強烈に知りたいのである。僕はNさんとの会話を通し、ずっとそれを感じてきた。だからこそ僕は、Nさんにそれを考える機会を与えたかったのかもしれない。ただし、覚悟がないなら自分の家庭を壊す真似だけはしないで欲しいと、それだけは念を押すようにお願いしてきた。本来そのつもりがないなら、厄介なフィリピーナなど一切関わりを持たない方がよい。しかしNさん自身がそこへ首を突っ込みたいのであれば、流されるよりも何か信念を形成して臨んだ方が良いだろうと僕は思うのである。気が良いだけでは、そして単なる親切な足長おじさんを気取るには、フィリピーナ(とその背後にいるフィリピン人)は手強すぎるからである。それは策略に長けているという意味ではなく、フィリピーナは日本の閉塞した社会に疲れた人の心を癒す要素を、生まれながらに多く持っているからだ。こちらの鼻の下が伸びてしまえば、これはひとたまりもなく餌食になる。餌食になってもよいが、どうせ餌食になるなら納得して身を捧げる形の方がよいではないか。そうであれば結末がどうでも、心の傷はより浅く済み、誰かを憎む醜態を晒さずに済む。

 Nさんにとってマニラ三日目、その日は更に日本から別の友人Sさんが合流し、また地元に住む友人Sさんも加わり盛り上がった。日本Sさんは、フィリピンに仕事と女性絡みの用事があり、その日程を僕のフィリピン帰省に合わせて調整してくれたのだ。日本Sさんにはブログで公開することを確認していないので詳しく書けないが、この方も、これまで散々フィリピーナの餌食になってきた遍歴を持つ。一時はもう二度とフィリピーナとは関わらないと宣言に近い言葉を吐きながら、マニラを訪れる少し前は「でもやっぱり好きだぁ〜」と言い鼻の下を伸ばして渡比したダンディガイだ。この方は妙に固いところがあり、夕食後にみんなで行ったカラオケや、更にその後行った暗黒喫茶でも紳士を貫いていた。元々Sさんはホテルに女性を連れ帰るつもりが全くなかったので、暗黒喫茶に同行したのは社会見学の一環という趣旨である。

 僕もこの日は、少しだけ暗黒喫茶にお邪魔した。そこで僕は、Nさんが妙に落ち着きを失っていることにすぐに気付いた。仲間内で話をしている時でも、Nさんの目は店内のどこかを彷徨っている。Nさんは昨晩の女性に再び巡り会えないか、そんなことを期待しているのではないかと僕は勝手に想像していた。Nさんの目が彷徨っていると言いながら、実は僕も、自分の目があちらこちらに彷徨っていることを自覚していた。どんな女性がいるのか、連れ帰りはあり得なくても好みの子がいるだろうか、そして自分を視線で誘惑する女性に気付いた後は、今度は変にそちらが気になった。そして想像の世界で、この子だったら一緒に帰っても良い、これは危ないなどと勝手に遊ぶのである。
 しかし所詮はそれだけで、長居は無用と僕は先に帰ることにした。日本Sさん、在比Sさんも僕と一緒に帰ることになり、再びHさんとNさんがそこに残ることになった。その時既に、在比Dさんも一緒だったかもしれない。

 ホテルの部屋に戻ると、在比Sさんの奥さんがモナと一緒にベッドで寝ていた。夕食を共にした在比Sさんの奥さんとモナは以前から友人で、夕食後一緒に僕たちの部屋に戻ったのだ。その後しばらく話をしていたようだが、待ちくたびれて寝てしまった。それでも時間は十一時をやや回った頃ではなかっただろうか。
 在比Sさんの奥さんを起こし、これから車で帰るご夫婦に目覚まし用のコーヒーを淹れた。コーヒーを飲みながら少し話をし、二人が帰ったあとにモナは再び眠りについたので、僕はNさんに電話を入れた。Nさんは翌日帰国予定だったが、僕は翌日予定した用事のために手配していた車で、Nさんを空港まで送る約束をしていたのである。しかしホテル出発時間を決めていなかったので、その日のうちにそれをNさんに連絡しておきたかった。
 数回のコールですぐに電話に出たNさんは、意外なことを言った。実は今、ホテル前の韓国料理店にいると言うのである。ならば直接会って相談しようと僕も階下に降り、既に人気のないロビーを通りNさんの居る韓国料理屋に行ってみると、そこにNさんと一緒にいると思っていたHさんは居らず、Hさんの代わりに僕の初めて見る女性が、丸テーブルの前でNさんと隣り合わせに座っていた。この女性がまた、非常に興味深い人だった。
(次回に続く) 



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posted at 23:03
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カテゴリー:Nさんの冒険
エントリー:699.Nさんの冒険 AGAIN4
この記事へのコメント
markさん、こんにちは。
以前にもブログ内でお話しがありましたよね売春について、実は私が異国との女性と始めて関係を持ったのがタイの売春婦でした。
20年も前の事ですが当時は リトルバンコク と言われた錦糸町にお客に連れていかれたました、その店にはタイの女性が約40人ほどいましたでしょうか売春というと暗く感じてしまいそですがタイ人女性達の明るい性格が後ろめたさを薄めていた気がします。
その中の一人ハルという少女の幼さが残る20才の女性と出逢いました。
この店に行きはじめて4.5回になるのに会ったのが初めてだったのは彼女が人気があって常にテイクアウトされていたようです。それまで店に行ってもテイクアウトしなかった私でしたがこの店では2時間25000円、泊まりで35000円という事をチィママから教えられ始めて彼女を連れて店を出ました。
その後週に2回は通うようになってしまった私ですが彼女がタイのコンケーンというラオスに近い出身である事、勿論家は貧困である事、そしてタイの女性が日本にやってくる為のシステムを聞いて信じられませんでした。
それはタイの運び屋組織がパスポート、航空券を用意しタイにいる日本人が同行し日本に連れてくる、日本には受け入れ側の人間がいて250万から300万円を同行してきた日本人に渡す、日本にいる受け入れ側の人間は払った額に100万円から150万円をのせて彼女達は売春をしてその金額を払っていく、彼女達は全てを払い終わり始めて自分の取り分となっていくというのです。
そこまでしてどうして日本にくるのか私にはすぐには理解できませんでしたが私達は恋人関係になりその一年後にタイに行った時に少しは理解できました。
そこには想像絶する貧困があるという事でした、マニラにもある貧民街は当たり前、ハルの兄弟は勿論学校など行けないそれどころか今日食べる物さえない。
人間は生きている限り食べなければ死ぬ、食べるためには働ける物が働かなければならない。学がなければいい仕事につけない、学校に行くにもお金がいる貧困の連鎖はいつまでたっても貧困しか産み出さない。売春に対して肯定はしませんが否定的な方は売春をしている女性達に接してみてどうして売春をしなければならないか考えていただけれは有難いと思います。markさんスイマセン、もし問題ありましたら削除していただいて結構ですので宜しくお願いします。
Posted by レイスリー at 2013年10月13日 19:15
>レイスリーさん
レイスリーさん、おはようございます。今日は早起きしてしまいました。
ご自分の貴重な体験談と考えを、ありがとうございました。
"肯定はしないが、否定派には現実を見て考えてもらえると有難い”
この言い方が、とてもしっくりきます。

現実を見れば、自分が如何に無能・無力であるかに行きつきます。それは富の有り/無しに関わらず、他人の痛みが分かる方なら、どんな方でもそこに行きつくはずです。
それを感じた時に、どう考えるかではないかと思います。
Posted by Mark at 2013年10月14日 07:56
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