フィリピーナと共に
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2013年10月14日

700.Nさんの冒険 AGAIN5

「Nさん、またぁ〜? どうしちゃたの?」
 昨日Nさんが暗黒喫茶から女性を連れ帰ったことで驚いた僕は、まさかの二晩連続に、そう言わずにはいられなかった。
 韓国料理の店内には、少し癖のありそうな水商売の経営者っぽい老男女が一組いるだけで、あとはNさんたちだけのガラガラ状態だった。レジカウンターの内側にやる気のなさそうな男性店員が三人立ち、僕という新しい客が入っても無駄話に興じている。とりあえず丸テーブルに座ると、僕の目の前には、暗黒喫茶に度々出没する妖怪女とはかけ離れた、清楚で大人しそうな女性が静かに座っていた。そして僕が挨拶をすると、きちんとした挨拶を返してくれた。これはきっと、Hさんの面接をパスした女性だと直感した。バーでも暗黒喫茶でも、ほとんど見ないタイプの女性である。
 Hさんは暗黒喫茶からDさんとどこかへ消えたそうで、女性を連れ帰ることになったNさんが、二人だけでタクシーで帰ってきたそうだ。二人の注文した二種類のうどんがテーブルに登場し、僕も自分の分をオーダーした。真っ赤でとても辛そうな方が女性、野菜味の胃腸に優しそうな方がNさんの注文品だった。どのような経緯でそのような注文になったのか知らないが、女性はこんなに食べられないと言った。彼女は話し方に落ち着きや品があり、英語もきちんと話せるお嬢さん風である。暗黒喫茶から連れ帰ったということはおそらくそのような稼業の女性だろうが、どの角度から見てもそう見えないことに、僕は不思議な思いだった。

 食事をしながら、しばらくその女性と話してみた。彼女は暗黒喫茶に出入りする友達を訪ね、ある地方から出てきたばかりで、こうして男性についてくるのは初めてだと言った。普通なら信じられない言葉だが、実際の彼女の雰囲気から、それが嘘でないような気もした。日本に行ったことはある? と訊くと彼女は、日本はないが韓国は行ったことがあると言った。だから韓国語は少し話せるが、日本語は全く分からないそうだ。
 少し前、韓国にいる従姉を頼り、三か月間(一か月の勘違いかもしれない)そこに滞在していたそうだ。僕はここで、海外旅行を楽しむ余裕のある人が、暗黒喫茶で客を取る仕事はしないだろうと思った。おそらく彼女は、韓国で同様の仕事をしていたのではないだろうか。そして帰国後、韓国で稼いだお金が底をつき、暗黒喫茶に出入りする友人を頼り、同じ仕事を試してみようとしているのではないか。
 彼女の口調はゆったりで一定の速度が維持され、何かを取り繕っている様子はなかった。全て本当のことを話しているなら、韓国での仕事を確認したら正直に答えてくれそうな気もしたが、人柄が分かればそれを詳しく訊くことに意味もなく、僕はそれ以上追及しなかった。
 
 彼女は飛び抜けた美人ではなかったが、それなりの魅力を持つ人だった。その魅力が人柄から発せられるのか、それとも純粋に外観のせいなのか、僕は彼女と少し話しをしただけで、それが分からなくなった。彼女は、この子ならこの先長く付き合っても良いと思わせる何かを持っている。そのような女性は、情が移りやすくかえって危険だ。火遊びは火遊びにとどめておかないと、後々大変なことになる。特にNさんは女性に惚れやすい体質なので、少し心配だ。それだけ彼女は、妙に気を引かれる女性である。僕は彼女の何がそうなのかを考え、少し分かったような気がした。彼女はどこかに、影を持っているのだ。彼女が時々見せる笑顔にさえ、フィリピーナ特有の底抜けな明るさがない。決して暗いわけではないが、笑いも慎ましやかで決して出しゃばらない。そして態度も会話も常識的である。Nさんも既に彼女のそのようなところを見抜き、かなり気に入っているようだった。

 食事中、この後三人でカラオケに行こうという話になった。既にモナとユリは寝ているので問題はなかった。特にNさんは、マニラ最後の晩となる。Nさんが行きたければ、僕も付き合いたいと思った。どうやらNさんは、彼女をカラオケで楽しませたいようだった。マニラ初日に連れていった下宿先の女性が、カラオケをことのほか楽しんでくれたので、彼女に対しても同じようにしたいと思ったようである。
 三人で徒歩圏内のカラオケに行った。しかしカラオケ店内で彼女は一曲も歌わず、両手を膝の上で重ねて姿勢よく座っているだけだった。もちろん会話もしたし人の歌はきちんと聞いていた。心ここにあらずでもなければ、何かにふて腐れている様子もない。ご主人様がしたいことや行きたいところがあれば、それに素直に従うのが私の仕事だと言わんばかりだ。
 これまで友人がどこかで連れ出した女性は、ホテルに行くまで愛想がよく、部屋に入ってから掌を返したように態度が変わったという話を、僕はこれまで何度も聞いている。果たしてこの女性もそうなのだろうか。カラオケが閉店の三時に、僕たち三人はそこを締め出された。

 翌朝朝食時、レストランでNさんと会った。もちろんNさんは、昨夜の彼女と一緒だ。ほんの少しの立ち話しで、Nさんが彼女のことを、優しく献身的な女性だと褒めだした。朝彼女はきちんとNさんを起こしてくれ、歯ブラシを歯磨き粉が乗った状態で手渡し、部屋や荷物の片付けをしてくれ、最後に彼女は、Nさんの靴を綺麗に揃えて自分の前に出してくれたそうだ。まだ二十歳を少し過ぎたばかりの女性でそこまでしっかりしているのは、逆に不思議な感じがした。
 彼女はその日、Nさんを空港に見送りに行くと言い、僕が手配した車に二人が乗った。我が家はモナとユリも一緒だった。空港でNさんと別れた後僕とユリはホテルに戻り、モナはそのままその車でケソンシティーに行った。
 女性はホテルまで戻れば友人宅に歩いていけると言うので、帰りも同乗した。Nさんがいなくなってからも、女性の態度は昨夜と何一つ変わらなかった。自分を紹介する際、彼女はIDカードを差出し名前や生年月日・住所まで教えてくれた。田舎の自宅に帰るのは一週間後で、彼女はそれまでマニラの友人宅にいるそうだ。
 彼女が眠そうにしているので、ホテルに到着するまで寝てもいいよと言ったら、彼女は昨夜一睡もしていないので、眠くてごめんなさいと言ってきた。彼女はNさんの希望起床時間に彼を起こすと約束したので、寝ずにその時間を待っていたと言うのだ。そのことを知って僕は、この人はこれまで見たことのないタイプのフィリピーナだと改めて思った。なぜこのような女性が、暗黒喫茶をうろついていたのだろうか。僕はやはり、とても不思議な感じがした。

 Nさんが日本に帰ったあと、彼はこの女性と連絡が取れなくなった。教えてもらった電話番号やFBページは全て消滅し、彼女はまるで、自分の痕跡を消すように姿が見えなくなった。僕はNさんが今後、この女性と連絡を取りながら彼女を援助することになると予想していたから、彼女の方から消えたことを意外に思った。そして、ますます彼女のことを不思議な女性だったと思うようになった。それから色々と考えて、彼女のことを時々Nさんと話すことがある。

 彼女はおそらく、家庭の事情で韓国に働きに行ったのではないか。同じく稼ぐ必要があり暗黒喫茶に出入りした。Nさんが日本に帰国した後も、マニラでの一週間はおそらく暗黒喫茶で客を探したのだろう。ある程度稼いだなら予定通り田舎に帰っただろうし、稼げずにマニラ滞在を延長したかもしれない。そしてその商売で何とかなることが分かれば、いずれまた、暗黒喫茶に現れるかもしれないし、韓国に出稼ぎに行くかもしれない。
 これは僕個人の勝手な想像だが、彼女の品行方正な態度は、韓国で仕事をした際、厳しい韓国人に叱られ文句を言われながら(場合によっては蹴飛ばされながら)体得したのかもしれない。仕事ではこうしなければ、激しく叱られる。自分が意見や希望を言う資格はなく、全て一時のご主人様に従うのみ。
 彼女の不思議さは、彼女がどこかに自分の感情のかけらを置いてきたかのような、何か普通と違う感情的欠落があったことではないかと僕は思っている。どこか抑圧されたような、自分というもの無理矢理封印したような、彼女に対してはそんな印象のかけらが残るのである。
 僕はそれと同じ印象を持っていた人を、よく知っている。その人は、このブログ読者ならば容易に想像がつく人である。かつてその女性のそれが解きほぐすのに、僕は随分時間をかけた。暗黒喫茶の彼女の不思議さはまさにその人と重なるもので、かつてのその人もまた、家族のために自分を犠牲にしようとしていた人であった。

 こうしてNさんの数度目の冒険が終わった。相変わらずNさんは、日本へ戻ってからも下宿先の女性やその親戚に翻弄されている。前回の渡比で知り合った女性も「困った時の神頼み」で、Nさんへ不定期に連絡を入れるようだが、今回一夜を共にした女性二人は、まるで音信不通となった。
 Nさんは相変わらず連絡を取ってくるフィリピーナに対し、少し自己主張ができるようになった。つまり彼女たちの連絡やお願いを、上手にさばけるようになったのである。その分ストレスが減り、快活に彼女たちと接することができているようだ。

 Nさんは再び、それも近いうちにフィリピンを訪れたいと言っている。
「また暗黒喫茶に行きたいんですか?」
「まさか、もうあそこは行かなくて大丈夫ですよ。次は田舎に行って、綺麗な自然の中で何も考えず、一日中釣りをしたいです」
「何もしない・・、本当のリゾートってやつですか。そう言えばNさん、まだフィリピンの自然を堪能する経験をしていないですね、分かりました、次はとっておきのイベントに招待しますよ。川上りをして滝壺探検なんてどうですか?」
「え? 川下り?」
「違いますよ、川上りですよ。人力で川上に逆行するんです。迫力はあるし、ものすごい自然を満喫できますよ。フィリピンにはいいところがたくさんありますから、そんなのはどうですか?」
「いいですねぇ、それじゃ次は、是非それでお願いします」
 
 Nさんは本当に、自然と戯れるだけで満足できるだろうか。人間との関わりは、女性でも男性でも変幻自在で面白い。そして厄介だ。無機質な厄介さは疲れるだけだが、しかし有機質なそれは結構面白いものである。それは人間が動物だからであり、人は生命力を感じさせるものに魅かれるからだと思われる。
 日本は人との関わりを含め、多くのものが無機的になってしまったが、フィリピンはまだまだ、様々なものが十分有機的である。フィリピンにおける人との関わりは、特にそうだと言ってよい。
 Nさんの冒険は、人との関わりを求めながら、まだまだ続きそうな気配である。



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カテゴリー:Nさんの冒険
エントリー:700.Nさんの冒険 AGAIN5
この記事へのコメント
markさん、お早うございます。
markさんの仰る事は胸に染み入ります。無能、無力の自分はタイやフィリピンに限らず世界中の今日の食べ物もない貧困という現実に茫然と立ち尽くすしかないというのが情けないです。
今の日本は本当に無機的になりました、最近は生きているという感覚よりも死を座して待つ感覚を持った人が多いように見えてしまうのは私だけでしょうかね。
人生なんてアッという間なんですからもっと前向きに生きればいいのになんて思っちゃう今日この頃です。
Posted by レイスリー at 2013年10月14日 11:39
>レイスリーさん
レイスリーさん、こんにちは。
どんな人間でも、ある事象に関しては無力です。
貧困もその一つで、いくら富のある人でもどうしようもありません。だから何もできずに情けないと感じる心を持つことが、せめてもの救いだと思います。

この世の中、やはり狂っているのではないかと思ったり言ったりしますが、日本人は世界経済システムの中で、恩恵を享受している立場です。
本気で色々言うならば、今享受している幸せを手放す覚悟が必要で、それがなければ矛盾します。

結局この地球には、全ての人が同等の幸せを享受できる原資(資源・食料)がありません。どこかにしわ寄せが行く形で成り立っていると思います。
そのようなことまで考えると、心境ももっと複雑になります。
そうやって生きている日本人なら、せめて死ぬのを待つ生き方などせず、生を全うすべきではないかと思います。
Posted by Mark at 2013年10月14日 17:30
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