フィリピーナと共に
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2015年06月28日

744.朝から得した

 日本人の平和ボケが一番問題なのかもしれないというコメントをいただいて、あらためて日本は幸せな国だと再認識する。
 僕が日本にいるときも、この「平和ボケ」という言葉はあったけれど、僕にはそれが何のことかさっぱりピンとこなかった。海外に出てそのことを分かるようになり、今ではよく知っているつもりでいるけれど、実はそれほど自信がない。海外で暮らしていると、やはり日本人特有の油断をしてしまうときがあるからだ。
 例えば食事をする際、テーブルの隅に携帯を置くとか、車を駐車する際、外から見える位置に鞄を置くとか。食事のテーブルに新聞売りがきて新聞はどうかと話しかけてきながら、巧妙に持っている新聞でテーブル上の携帯を隠され奪われた人が実際にいるし、車の場合は窓ガラスを割られる危険性が増すから、たとえ大したものが入っていなくても貴重品(おいしそう)に見えるものは外から見える場所に置かないのが、治安のよいここでも鉄則である。
 しかしである、ときにこの平和ボケは警鐘や侮蔑のような意味合いで使われるけれど、平和ボケするほど日本が平和だというのは賞賛に値することだ。そんな国を作ってきたのは日本人の功績だろうし、この日本の平和がこの先もずっと維持されることを願ってやまない。平和ボケ万歳である。
 
 さて、再び余計なことだとは承知していながら、ついつい口を挟みこみたくなるので少しだけ。
 先日百田大先生が、自民党若手議員の研修会で失言した。僕は比較的早くこの情報をキャッチしていたけれど、おっ、また騒ぎ出すぞと予想したら(あえて主語は抜いている)、結果その通りになった。そのあと朝日、毎日も来るぞと思っていたら順番まで予想通りだったから少し可笑しくなった。
 それにしてもあのくらいのことで、なんでファシズムという言葉が出てくるのだろうか。
 そもそもファシズムって何? どんな意味で使っている? 日本の議会制民主義がそう簡単に消滅する? 一体どうやって? 本気でそう思っている? 僕も平和ボケか? どうしてその手の言葉が好きなんだろう?(これは素朴な疑問)
 同時に、ネトウヨって何? どんな意味で使っている? というのも具体的に訊きたい衝動にかられる。蔑む意味で使っているのは分かるけれど、その言葉を使う人の中で、その言葉の定義がどうなっているのかを一度確認してみたいものである。ついでに、ネトウヨがどうこうという人は、それじゃあ自分たちは何のつもり? ということも訊いてみたくもなるのだ。
 果たして、「本物の憂国の士だ」なんて答えが返ってくるのだろうか。そう言いたげな感じが伝わってくることは確かである。もしそうだとしたら、「憂国」についてはそうかと思うけれど、どうみても「士」ではないだろう。士とは短絡的かつ印象的な言葉に頼らず、自分の志を自分の言葉で淡々と説明できる者だと僕は思う。
 とにかく、人の印象を操作しやすい言葉を選んで使うところ(イメージ戦略か?)は、共産党系の癖のようなもかもしれない。最近、そうか、あの人は(隠れ)共産党員か、と思ってようやく少し納得できたのだけれど、ファシズムとかネトウヨとか、そんな言葉ばかり選りすぐんで使っているという印象が強く、内容が単調になって面白みがないからもう少し趣向を変えてくれたらいいのにと自分勝手に思っている。
 というか、本当に、日本はファシズムに向かってまっしぐらなどと思っているなら、頭脳が時代錯誤状態に陥っていないかどうか、一度総点検をお勧めしたい。それとも、本物の士にはその道筋が見えているのだろうか。(これも素朴な疑問。そんな疑問を持つ僕は、やっぱり平和ボケしているのかと再自問自答)

 しかし、百田大先生の発言も、浅はかさを含んだものという点については同感だ。実際沖縄の人に聞いてみると、そのようなこともあるらしいけれど、全てではないだろうことも想像できる。
(このご時勢に、年間五百万円以上をもらっている人が三千人を超えていることは正直驚いた。沖縄は、思想傾向の強い人が入り乱れていることが、問題を分かりにくくしていると思われる。現地の映像を見る限り、普通ではない人が大勢いるのは確かだ)
 沖縄の新聞社については酷いと思うけれど、それも相手にしなければいいだけで、つぶしてしまえとあのような席でぶちまけるのはどうだろうか。権力側に立って発言するならば、軽率な物言いである。
 しかし、ファシズムと騒ぐ人たちも矛盾している。新聞社がこぞって非難を始めるだろうことを明確に期待しているようだけれど、それがある種の弾圧を期待しているのは明確だ。それは、気にくわない発言はそうやって封じ込めてしまえと言っているのと同じである。
 思考の根底が民主主義の上に成り立っていないことが、そんなところから分かるにも関わら、民主主義の崩壊だなどと喚くから「ん?」と思ってしまうのだ。民主主義など要らないと堂々と言えばいいのにと、僕は心から思っている。正々堂々と主張するなら、僕はそれはそれで立派だと本当に思うのだ。
 新聞社も事実をできるだけ客観的に伝えてくれれば大筋役割を果たせると思うけれれど、そこに思想をちりばめて世論や何らかの結果を誘導しようとするから、そんな変な人が増えるのではないだろうか。
 ちなみに僕は、百田大先生の「永遠の零」があまりに話題になっていたので、単行本を買って読んでみた。評判と随分乖離しているという感想を持ったけれど、もう一冊だけ買って読んでみて、お金がもったいないからもう買うのはよそうと思った。百田大先生の本は、小説としてお金を出すだけの魅力を感じられなかったし、作者にシンパシーを感じる部分もあまりなかったというのが僕の率直な感想だけれど、それと実際の人物像が一致するかどうかは定かでない。もちろん世間には大勢のファンがいるはずで、それらの人たちを否定しているわけでもない。
 いずれにしても、政界の人も、ブログの人も、マスコミの人も、文化系の人も、共産党の人も、本当の売国思考の人も、朝鮮大好き人間も、中国大好き人間も、みんな何かを発信しようと懸命なのだろう。正確ではないけれど、先人の言葉に次のようなものがある。
「人は与えられたもので生活を作り、与えることで人生を作る」
 僕はこの言葉に出会ったときに、ハッとしてその通りだと思った。それで具体的に掘り下げて考えてみたら、本当にそうなのか分からなくなったけれど、それでも僕はこの言葉を、たぶん正しいのではないかと思っている。
 僕は世間の様々な発信について、内容はまちまちだけれど、みんな自分の人生を作ることに必死なんだろうと好意的に受け止めている部分もあるのだ。

 僕の場合、非国民と言われようが、本当は世間で騒がれていることに一々茶々を入れるほどゆとりがあるわけではない。目の前のことで、正直いっぱいいっぱいである。
 最近、はっきりと自我が芽生えたダイチを含む子供三人が、ソファーに並んで座っているのを見ると、いつの間にか、どうしてこんなに子供がたくさんいるのか? と驚いてしまうことがあるのだ。変な言い方かもしれないけれど、二人と三人では、随分と印象が違うのである。
 少し早まったかな、なんて考えたり、でも実際楽しいよねと思い直したり、これからまだまだ大変だと身を引き締める前に腰が引けたり、あらゆる思いが複雑に交錯するのである。
 週末土日の休み、僕はみんなの食事の料理担当をすることが多い。一昨日、昨日と、三食全ての食事は僕が担当した。(モナが一度だけクラブハウスサンドを作って、土曜の昼食に僕が作ったスパゲッティーに添えていたけれど)
 こうして家事をしていると、三人の子供を食べさせるのは本当に大変だとつくづく感じるのである。この二日間、僕はずっと料理をしていたようなものだ。
「パパ、スーパーゴトムナァ」(すごいお腹空いている)なんて調理中にユリに言われると、「ちょっとこれ食べて待ってて」などと言って、焦ってモナの作ったクラブハウスサンドを先に食べさせたりするのだけれど、三人の子供の要求がそれぞれ三様だから、その交通整理だけで目が回ることがある。
 僕が仕事でいないときは、毎日モナがこんなことを仕切っているのだろうと考えると、主婦も大変だなと思うのだ。外での仕事は大変で、ひいひい言いながらやっているけれど、「主婦と外での仕事、どっちを選ぶ?」なんて本当にチョイスできる状態で訊かれたら、正直悩んでしまいそうだ。
 それでも僕は、案外楽しんで週末家事をこなしている。
 食後の皿洗いが終了し、一息ついたところで飲むコーヒーも格別だ。コーヒー豆はスターバックスから仕入れている。キッチンカウンター脇の回転椅子に座り(最近、そこが自分の指定席のようになっている)、そのコーヒーを飲みながら、「僕はまさに今、こうして自分の人生を作っているのだろうか」などと考えているのだ。人間時間があると、意外にこんなことは考えないもので、こうして追われていると哲学的な自問自答をしたりするから不思議である。しかし、与えることで自分の人生を作れるなら、惜しまず与えようなどという気になり、フィリピン家族に対する支援もさして気にならなくなってくるから面白い。これもポジティブシンキングの巧妙だなと、一人で勝手に納得している。

 僕が汗を流して家事をこなしている間、モナはキッチンカウンターの上にペーパーを置いて、記号をたくさん使ったフローチャートのようなものに取り組んでいた。「何を書いてるの?」と訊くと、「ビジネスフロー」という答えが返ってくる。
「なんの?」
「ゴールド」
 それでピンときた。最近モナは、金の売買に首を突っ込もうとしているのだ。金の売買でお金を儲けようという話しに僕は反対しているから、如何にお金をかけずに儲けるか、それを考えているらしい。元手の心配がないなら好きにやっても構わないけれど、少し話を聞いてみると、これまたとてもよくできている。
 これはモナの友人が実際にやっていることで、それが趣味なのか本気の取り組みなのかは知らないけれど、その取り組みにモナが新たな仕組みを追加しようと提案しているらしいのだ。 
 話しの内容は、「参加者全てが儲かってハッピーになれる」である。よくでき過ぎていて、何かの詐欺みたいな話だ。
「でも、誰も騙さないよ」
「それだったら誰も仕事なんてしなくていいじゃない。僕も仕事やめていい? みんなで金をやってみんなでハッピー? 世界中の人が参加するぞ、きっと」
「そうよ。仕事辞めていいよ」
 モナがあまりに自信たっぷり言うものだから、少しだけ突っ込んで話を聞いてみた。聞いた結果、よく分からない。とにかく仕事を辞めるのは、まだまだ先になりそうなことは分かった。
「どこかに落とし穴があるはずだ」
「あなたが分からないだけよ。みんなハッピーになれるんだから」
「みんなが儲かるお金は、一体どこから湧いてくるの?」
「だから、こうやってグルグル回しているだけで、お金が儲かるのよ」
 それでは答えになっていない。
「それじゃあ質問を変える。金の価格が下がったらどうなるの?」
 ここでモナは、悠然と語っていた言葉が突然出なくなる。
「あれ? もしかして損をする?」
「金の値段って下がるの?」
「それは上がったり下がったりするでしょう」
「下がったら損する」
「で、その場合、誰がその損を払うの?」
 モナは再び少し無言になったあと、この会社が払う(はず)と言った。僕は詳しく知らないが、何か元締めの会社があるらしい。どうやらその変に、何かの落とし穴がありそうだ。実際は金の価格が下がらなくても、手数料以上に金の価格が上がらなければ損をすると思われるのだけれど。そしてこれは、先物系ではないかという疑いもある。
 当たり前だけれど、リスク無しで確実に儲かる話は基本的にない。もしその元締め会社がそんなことを言っているとしたら、その会社が苦労して人など集めず、その仕事を懸命にやればいいのである。
「もしかしてその会社、ボランティアなの?」
 再びモナが、自信を取り戻してきっぱり「そうよ」と言ったので、僕はここで笑ってしまった。この段階で、この話しはどうみてもアウトだけれど、そういい切るフィリピン人の思考回路を理解できない僕は、それ以上この話に突っ込みを入れるのを止めた。普段家事と子育てに追われているのだから、週末くらいは好きなことをゆっくり納得ゆくまでやらせてあげるのもよしではないかという気がしたのである。
 そこで僕が念を押すのは、金は出すな、サインはするな、連帯責任は負うなの三つである。あとは社会勉強として、ある程度ご自由に、という感じだ。少しくらいの損失であれば、それも社会勉強としてはいいだろう。モナによれば、多くのフィリピン人がやっているらしいけれど、そのうち詳細を調べてみようと思っている。

 ここまで書いて、僕は重大な事実を知ってしまった。
 実は金曜日、日本のお客さんに、月曜の朝一で読めるよう一つのレポートを提出して欲しいとお願いされていた。内容はボリュームはないけれど、少し難しいもの(今おきゃくさんと、禅問答のようなやり取りをしている)だったので、土日にゆっくり考えさせて下さいと返答していた。
 今日僕は、ふと朝四時に目覚め、そのレポートを書くのを忘れていたことを思い出し、がばりとベッドから飛び起きたのだ。
 すぐにキッチンカウンターに置いてあったパソコンをあけ、その仕事に取り組んだ。アイディア勝負のレポートだったから、アイディアが出れば終わり、出なければ必死に絞り出すというもので、幸いすぐに終わってメールでレポートを提出、余った時間で安心してこのブログを書き始めたのである。
 七時過ぎ、モナが起きたので僕は言った。
「そろそろ会社に行くよ」
「日曜なのに仕事なの?」と、モナはまだ眠そうな目をこすり言った。
「何言ってるの、今日は月曜でしょう?」
「違うよ、今日は日曜よ。私の携帯見てよ」
 ベッドの脇にある彼女の携帯を見たら、僕の目にSUN(サンデー)という文字が飛び込んできた。それでも信じられない僕は、キッチンカウンター上の自分の携帯も見たけれど、やっぱりSUNで、狐につままれる。僕の中で時間が止まり、少し呆然した。そして頭の中で、何が起こっているのか整理した。
 おかしい、僕はベッドから飛び起きたとき、確かに今日が何曜日か少し混乱した。だから真っ先に、自分の携帯で曜日を確かめたのだ。そこでMON(マンデー)という文字を見て、やっぱりそうかと諦めて僕は仕事にかかったのである。
 その後このブログを書き始め、土日に料理したことを書いた。実はそのとき、二日間全てのメニューを思い出せず、変だなと思ったのだ。正直、歳をとって直近の記憶が怪しくなっているのではないかと思ったけれど、そんなことを気にするのは数年前に卒業している。ま、いいかと簡単に諦めて、ブログを書き進めた。
 五十歳を超え自分の頭に嫌疑をかけながら、能力が落ちた部分を受け入れることも多くなっている。特にいつもだめだと思うのは、シャワーだ。
 我が家のシャワーは、通常の壁掛けハンドシャワーと、真上からのシャワーを切り替えられるようになっている。一人暮らしのときにはいつもハンドシャワーを使っていたから問題なかったけれど、モナがときどき天井シャワーを使っていることで、問題が起こるのだ。
 温水シャワーではあるけれど、最初は冷たい水が飛び出すので、僕はいつもハンドシャワーの向きを壁の方にむけ水を出すのだ。すると決まって、真上から出る冷たい水が僕の体に降りかかり、僕は「ひぇっ」と驚いて、心臓が止まるかと思いながらまたやられたと一人ごちるのである。シャワーを出す前に、水の出口がどちらになっているか確かめなければならないといつも思いながら、いつもそのことを忘れるのだ。いつかこれが原因で、僕は心臓麻痺で死ぬのではないかと思っていてさえ、である。

 とにかく、今日が日曜であることにおろおろする僕を見て、モナは笑っていた。そして日曜であることを確信して、「いやあ、なにか得した気分だなあ」と晴々と言う僕に、モナの笑いは更に高鳴った。
「それじゃ、もう一杯コーヒー飲むかな。あなたも飲む?」
「おお、飲む」
 今使っているコーヒードリップ用ペーパーは、モナが選んだものだ。僕が小さいのではないか、一つ大きなやつを買おうと言ったのに、彼女が「大丈夫、問題ない」と僕を押し切って買ったものだ。昨日モナが初めてそれを使い、「これ小さいなあ。時間かかる」とぼやいていたから、僕はすかさず、「だから小さいって言ったのに」と得意げに言ってやった。二百枚も買ってしまったからしばらく我慢しなければならないけれど、使う度に、まるで若い女性のパンティーみたいだなんて僕は思いながら、なせそんな連想してしまうのか、自分でいつも不思議だと思っている。
 僕は今朝もそんな連想と共に二人分のコーヒーを淹れながら、さて、今日の朝ごはんは何にするかなと考えていた。 
 もう僕は、立派な主夫である。



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posted at 11:09
Comment(4) | TrackBack(0)
カテゴリー:マレーシアにて
エントリー:744.朝から得した
この記事へのコメント
markさん、少しは落ち着かれたみたいですね、モナさんやお子さんたちもお元気でなによりです、あの方もHさん曰くのイライラ系ブログでコメント仲間が出来て日刊ゲンダイ並みに張り切ってるみたいですね(笑)


ゴールドの話は日本にいるフィリピーナはほとんど知っているようです、ゴールドの先物事態は昔からヘッジや個人でやってる方はたくさんいるので問題ないでしょうが、下がると思えばカラ売りすればいい事ですから、今のところフィリピン、韓国が中心みたいですよ、ひょっとしたら韓国人がフィリピンに持ち込んだかもしれません、3日ほど前にワタクシのブログに読者登録した人が毎日少しずつ書いてますが、どんなビジネスかはまだ触れてません、内容がわかればまたご連絡しますよ、では、また。
Posted by レイスリー at 2015年06月28日 18:22
>レイスリーさん
こんばんは。
あの方の件、本当にその通りですね。でも、コメント仲間のお一人が、突然あの方の逆鱗に触れ、コメント仲間を追放されていました。傍で見ていて、レイスリーさんのとき同様、何が気に入らなかったのかさっぱり分からず、ちょっと変わってるなあなんて思っています(笑)

ゴールドのお話し、何か分かったら教えて下さい。
本日、次の給料が入ったらユリ用新ipadかモナ用パソコンを買おうか、なんて相談をしたところ、「大丈夫、私がゴールドで儲かったお金で両方買うから」なんて言われました。二ヵ月後に、約二十五万円が振り込まれる予定だそうで(笑)
「ほう、楽しみだね」と言っておきましたが。

ユリとダイチがipadを巡って喧嘩をするので(もっぱらダイチが攻撃をしかけ、ユリは逃げ回ってます)、ユリに新しいiPad miniを買ってあげようなどと考えていたところなんです。
ダイチはまだ一歳と半年ですが、さすがに男の子で強いんですよ。(僕が大声で、こらぁ〜って言うとすぐ泣きますが)
でも、ユリの場合もそうなんですが、つぶらな瞳を見ていると何でも許してあげたくなってしまって、教育上いかんいかんといつも自分を戒めています。今週から来週は、ベルとユリの学校準備で忙しくなりそうです。
登校初日は、会社を休んで学校近所に待機する予定です。
(親ばかと呼んでください・・・汗)
Posted by Mark at 2015年06月28日 22:00
平和ボケ中のオイラですが何か?(笑)
民主党若手議員で私が心底惚れ込んでいる方がいて
私が民主党から離れたらどうだ?といくら説得しても聞かないので参っています。
そんなブレない姿勢が好きなのかもしれませんが。
百田センセ本音で言ってしまいましたね。
まぁセンセイと呼ばれる皆さんは多かれ少なかれああいった思想をお持ちなのでしょうけどね。
それを公言するかどうかが肝ですが。
にしてもフィリピンの皆さんはグルグルビジネス好きですね。
私の知り合いのフィリピン人はフィリピンの銀行のキャンペーンとかで5年間預けたら倍になるという怪しげな定期預金に10千万円預金していて4年5ヶ月の時に銀行が倒産して泣いていました。
10千万円ですから桁も大きいですね。
そんなのあり得るはずないじゃないと忠告したんですけどね(笑)
モナさまもお気をつけあそばせl(^^;;
Posted by ジェンさん at 2015年07月01日 22:33
>ジェンさん
こんばんは。返事が遅くなり済みません。
実は僕も、昔選挙を手伝ったりした関係上、仲のよい民主党議員さんが数人おります。(元も含め)昔から感じていたのですが、結局議員さんって人柄が大きくて、近づいて嫌いになった人も多数いましたし、もちろん逆のパターンも多数。
当時、自民党は金絡みで腐っているなんて本気で思っていて、それを糾弾する民主党の人を応援していましたが、結局民主党にも金絡みで腐っている人が多くいることを知り、もう誰も応援するのを止めました。政治の世界ってやはり特殊かもしれません。
さて、グルグルビジネス、どうなりますかね。まだ一生懸命取り組んでいるようです。
僕の言葉に全く耳をかしません。(忠告する僕が悪者? 笑)
これで実際に儲かったら、もう手が付けられませんね、きっと。
とりあえず注意しながら見ています。
Posted by Mark at 2015年07月06日 00:38
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