フィリピーナと共に
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2015年07月09日

745.よき夫、よきパパ

 月末は給料日で、その日は家族で外食するというのが我が家の恒例になりつつある。
 それが金曜日であればまだ少しましだけれど、本音を言えば翌日も仕事がある日に、きばって外食というのは少し億劫だ。しかし、最近の自民党議員ではないけれど、常に本音を口から発信してよいかといえばそうではなく、僕も立派な社会人、あるいは良い大人として、この自分の本音を胸の内に秘めたまま、先月末も家族との外食に付き合った。
 そもそも平日外食するのに何がそんなに億劫なのか、それを少し説明させていただくと、外食ということで子供たちがお腹を空かせてパパの帰りを待っているのは不憫に思い、僕は忙しい中懸命に仕事を進め、できるだけ普段より早く会社を切り上げようと通常の三〜五馬力増しでがんばってしまうのである。ときには額に汗を滲ませドタバタ劇を繰り広げながら早帰りを画策している我が身のことなど、家族の誰一人として想像していないだろうとは思っているけれど、これは性分だから仕方がない。
 もしここで、翌日朝までに仕上げなければならない用件などあれば最悪で、会社でそれが終わらなければ帰宅後寝る前にやらねばならず、そうなれば楽しい食事は家族だけで、僕はできるだけ早く帰りたくて食事中からそわそわすることになる。
 そして財布の中身が暖かいことを知っている家族の関心が、お腹が満たされたあとにデザートがどうこうよりも、どうしてもショッピングの方へと向いてしまうのがまた厄介だ。
 先日も食後にちょっとだけ本屋さんに行きたいという話しになって、閉店まで三十分しかない中、レストランと同じモールの中にあるブックストアに立ち寄ることになった。
「僕は食後の一服をして合流するから、先に行って欲しい本を選んでおいて」としたところ、ものの五分か十分しか経っていないにも関わらず、僕が本屋に入ったときにモナとベルとユリは両手両脇に買いたい商品を目一杯抱えていたから僕は仰天した。
 何か、逞しさのようなものまで感じて少し感心したのも事実だけれど、選んでいるものはもうすぐスタートする学校用の弁当箱や水筒、筆箱等々の必要なものを多数含んでいたから、「いいよいいよ、この際だから必要なものを早く選びなさい」と甘い顔をしていたら購入品が次々とレジカウンターに積み上がり(持ちきれないから支払いまでの預かりとして)、たかが文房具と高をくくっていた支払いが一万五千円を超えたのには再び目をむいてしまった。
 吹き出る脇の下の汗を感じながらモール閉店(十時)を迎え、一息ついてモールから車を出すと、次は夜中の一時までやっている大型スーパーマーケットに行きたいとなって僕の疲れが頂点に達したけれど、それでも良き夫、良きパパであり続けるため、僕は文句の一つも言わずにハンドルをそちらの方向に切ったのである。
 しかし、僕がどのように良き夫、良きパパであろうと努力しているか、手前味噌で申し訳ないけれど、その真価は実は次のようなところにあるのだ。

 モールでの食事は寿司&日本食のレストランに行ったけれど、そこでベルはサーモン照り焼き、ユリは刺身盛り合わせ、モナは海老天重を食べたいと言ったので、僕はそれに、みんなでつまむためのサーモン三昧(サーモンはらみ、スモークサーモン、あぶりサーモン各種寿司のセット)という寿司セットと、自分用に寿司12巻セットを頼んだ。一番最初テーブルに届いたのは自分用の寿司12巻セットで、それがテーブルの真ん中に置かれると、みんなの手に持つはしが一斉に動いた(ユリが実際に動かしたのは手)。
「こ、これは僕用だったはずだけど……」と思いながら、僕はそれを口に出さず、更に僕が最初につまんだのはかっぱ巻きで、とりあえずみんなのはしの動きが収まるまで、僕はひたすらかっぱ巻きや誰も食べないと知っているイカ、タコなどをつまんでいた。
 それに反してみんなが迷わず狙うのは、サーモン、マグロ、鰻、海老など、寿司で言えば王道にあるものばかりだ。
 マグロ、サーモン、海老、カッパ、マグロ、サーモン、海老、カッパ。
 なんて軽やかな家族のルーチンワークとリズムなんだ、なんて思うはずがない。
 彼女たちは僕のことを考えてくれているのだろうかと本気で疑いたくなるほど目を輝かせて手を動かしているけれど、僕は目を点にしながら、皿の上がどんどん寂しくなる様子をかっぱ巻きやタコやイカを頬張りながらじっと見ている。
 まだ育ち盛りの子供はいざ知らず、これ以上育たなくてもいいだろうモナまでがそうだからまいってしまうけれど、そんな憎まれ口は一切叩かない。僕は無言でカッパ巻きやイカ・タコをときどきつまむのである。
 そのうちモナや娘たちの頼んだサーモン照り焼きや刺身や海老天重がテーブルを賑わし、そしてサーモン三昧が最後にやってきた。それぞれが美味しそうに盛り付けられた料理に感嘆して各自の料理の始末にせいを出す。そしてときどきサーモン寿司にも手が伸びる。
 しかし、もともと小食の家族が、僕の寿司をつまみ食いし、更に自分の分を食べてサーモン寿司まで食べ切れるわけがない。きっとこの美味しそうなサーモン寿司(実際とても美味しい)は、最後に僕の腹に入ることになるだろう。僕は、それを食べれば自分のお腹の具合も丁度よくなるだろうと算段しながら見ていたのだけれど、そこに我が耳を疑うモナの言葉が彼女の口から発せられた。
「パパ、私はサーモン寿司を食べるから、これあげる」
 最近モナは、僕のことをパパと呼ぶことが多い。彼女は自分の海老天重を僕に差し出し、まるで企業が有言即実行と言いながら営業方針をさっと切り替えるように、サーモン寿司の皿を引き寄せそれを食べ始めた。そして仕方なく、僕も差し出された海老天重を食べ始める。
「ああ、このサーモン、おいしい。ヘブン(天国)だぁ」
 彼女は満面の笑みをたたえて幸せそうだ。そして彼女は「ねえ、それも美味しいでしょ。このレストラン、色々美味しいね」と、僕にくれた天重のことを言った。
「ああ、確かに海老天重もいい味出てるね、っていうかさあ、これ、海老がないじゃない」
 僕のもらった海老天重は、その主役であるべき海老天が一個もなく、味のしみ込んだたまねぎと、重に半分ほど残ったご飯に天重のたれが適度に混ざっている。
「えへへ、ごめん、イッチ(ダイチ)も食べたから」
 モナの申し訳なさそうな苦しい言い訳に、「まあ美味しいからいいけど」と、僕は天重たれかけご飯たまねぎ添えを美味しくいただきお腹を満たした。

 こうしたことを、素晴らしい自己犠牲、家族愛だなどと称えないで欲しい。僕は家族の幸せそうな様子を見ながら、自分も悦に入って幸せを感じているのだから。
 それでも僕は、安倍晋三ではないけれど、言わなければならないことは言わせてもらい、やらねばならないことはやるのだ。
 先日夜の対戦時、「久しぶりね、三日くらいあいたんじゃない?」などとモナに言われた。僕は「三日で久しぶりなの?」と思わず言ってしまったが、そんなことを彼女に言わせるのも、普段やるべきことをやっているからである。
 さて、冗談はさておき、家族は今、ときどきこうして美味しいものを食べ、買いたい物を買うことができ、そこそこ広く快適な住居で暮らすことができている。二人の子供をインターナショナルスクールに通わせることができ、相変わらずフィリピンにも、毎月ペソで片手以上のお金を送っているから、モナも実家のことで心配は要らない。
 しかしモナは、こうした暮らしに埋没し慣れてしまうと、その暮らしの源が何であるのかを忘れてしまうようなのだ。
 月曜日の夜、仕事から帰って食事を済ませたあと、モナが突然言った。
「あした会社休める?」
 唐突な話しに、僕は正直、学校に関して何か問題があるのかと思った。
「え? なんで?」
「学校のプロジェクトで、買わないといけないものがあるのよ」
「それをどうして今言うの? もっと早く言ってくれればモールだって十時までやってるんだから行けたのに」
 結局よくよく話しを聞けば、必要なものは一つを除き普通のスーパーマーケットでも買えるものばかりで、夜十時半から車を出して、夜中過ぎまでやっているスーパーマーケットまで車を走らせた。
 買えなかったものはその翌日、帰宅後にモールで購入し、ついでに夕食も家族一緒に外で済ませてきたのだけれど、僕がモナに言ったのは、僕の仕事に対する彼女の考え方である。
「こうして暮らせているのは、僕に働ける場所があってそこそこのサラリーを貰えるからだよね。でもさ、僕のサラリーは現地の社員に比べてすごく高いんだよ。これは当たり前のサラリーじゃなくて、特別なサラリーだ。日本で就職しても、今と同じサラリーをもらうのは難しいくらいの条件なんだよ。住む場所も車や携帯の支給も特別で、何もかもが特別だ。つまり、もし会社が僕を不要と思えば、会社は高いサラリーの僕をすぐ首にしたくなる、とてもリスキーな条件だ。だから僕は、いつでも会社に必要な人間だと思われるように働く必要がある。仕事の中身も大事だけれど、まずはそう思われることが大切なんだよ。そのために僕は真面目に仕事をしている。そうしなかったら、こうした暮らしを維持できないからだ。だから簡単に会社を休めるなんて思わないで欲しい。休むことはできるけれど、それは計画的に休むか緊急事態が起こったときだけで、買い物があるから休んで欲しいなんていうのは勘弁して欲しい」
 僕はこの話を彼女にしたとき、その言葉に、なんて嘆かわしいのだという感情を込めていた。いつでもニコニコしながら、なんでもどうぞどうぞというわけではない。
 モナに限らずだけれど、フィリピンの人は「働く」ことについての考え方に甘さのある人が多い。低い条件で働くならそれなりの姿勢で働いても構わないけれど、適当にやってサラリーだけはたくさん欲しいという勝手な考えは、どこの国であろうと通用しないのである。替わりは簡単に見つからないというところで勝負しなければ、高い条件を得たり維持するのは難しいのが現実だ。そしてこのことは、よく考えれば分かることだけれど、自分たち家族にとって、とても重要なことなのだ。自分たちの暮らしは、今の会社に依存しているのだから。お金は井戸水のように地面から湧いてくるわけでもなければ、雨のように天から降ってくるのでもない。僕の場合、全て日頃の働きに応じた対価として貰っているのである。
 彼女にこうした話しをしたのは初めてではない。これまで何度かしているけれど、彼女にはこうした考えが体に染み付いていないから、何度も伝える必要がある。何度も伝えることでボディブローのような効果を期待しているけれど、はたして効き目があるのかどうかは自信がない。
 それと同時に、僕はモナや子供たちに、生きるための貪欲さを身に付けて欲しいと思っている。この思いは自分が歳を重ねるごとに強くなっているけれど、自分が家族の支えになれなくなったとき、立派にとは言わないまでも、自立できるようになって欲しいのだ。不自由のない暮らしをしている中、突然僕に何かがあれば、そのあとの生活は我慢の連続となる。苦から楽への転換は容易だけれど、その逆は二重苦、三重苦の連続となること必至だ。だから僕は家族に、逞しくなって欲しいと願っている。食べるときは貪欲に、買って貰えるときは少しくらい欲張り、節約できるところは節制し、時間の無駄遣いを極力避け、要求はそこそこはっきり、そして多少のかけ引きができるようになって欲しいと、心のどこかで思っているのである。
 実際には、さもしい行動は品がないと叱ったりもするから、そのさじ加減が難しいのだけれど、食べたいものに食指を動かし買い物できるとなれば目一杯抱え込むほどの態度を感心したと言ったのは、あながち冗談ではないのだ。
 たかられる身になれば大変だけれど、たかる身になればそのように願っているのだから、本当に勝手な話しである。しかし僕は、日本人や他の外国人にぴたりと寄り添うフィリピンやタイなどの女性たちの気持ちや環境を、こうしたところから少しは理解しているつもりでもある。

 その点末っ子のダイチは、まだまだ人間の本能むき出しだ。欲しいものもはっきりしていて、要る、要らないを率直に表現する。テーブルの上にあるジュースでも食べものでも、指差しでこっちに持って来いと指示をするし、間違ったものを差し出すと難しい顔つきで違うと主張する。
「今はダイチが我が家のキングだ」とモナが言うけれど、まさにその言葉通り、彼は傍若無人だ。それでも愛嬌があるから全てを許せるのである。
 今日はソファーに座ったダイチから、「パパ、パパ」と、キッチンカウンターでコーヒーを飲んでくつろいでいるところを呼びつけられた。
 モナが笑いながら、「パパ、お呼びよ」というのでソファーに行くと、彼はベイビーチョコレートというつぶつぶチョコレートが入った容器のふたを開けることができず、それを僕に差し出して「オーペン(あけて)」と言うのである。
 僕は容器から五粒のチョコレートを取り自分の手のひらに載せ彼に渡そうとすると、彼はそれを手に取って食べるのではなく、自分の口を僕の手のひらにもっていき、犬のようにチョコレートを食べ始めた。しかし一度に五粒全てのチョコレートを口に含むことができないから、手のひらに残ったチョコレートを同じように食べようとするのだけれど、口が下向きだから今度は一度口に含んだチョコレートがこぼれ落ちる。全てをたいらげようとダイチは懸命にその動作を何度も繰り返しているうちに、僕の手のひらからもチョコレートがこぼれ落ちた。ダイチはそれを拾い、自分の口に入れると思ったらそうせず、僕の手のひらにチョコレートを戻してから、また同じスタイルでチョコレートを食べることに懸命になるのだ。
 僕はそれを笑って見ていたけれど、彼が真剣になればなるほど可笑しくてますます笑ってしまう。(もちろん全ての食べ方がこうであれば、僕は叱って教える)
 こんな愛嬌が多少の傍若無人ぶりも許せてしまうのだけれど、それはある種のフィリピーナが持ち合わせている特性に共通するものであることに気付くのである。子供たちには、こんな純粋さを持ち続けたまま逞しく育ってもらえたら人生でたくさん得をするのではないかと、親として願っているのが僕の本音かもしれない。
 僕はモナや三人の子供たちを、本当に羨ましい性格だと思いながら、日々見守っているのである。



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posted at 00:15
Comment(8) | TrackBack(0)
カテゴリー:マレーシアにて
エントリー:745.よき夫、よきパパ
この記事へのコメント
マークさんおはようございます。

ブログはついも拝見していますが、コメントは久しぶりです。

給料日後の外食は法律でもあるの?って聴きたくなるくらい鉄板行事ですよね!そして海老無し天重のところで大笑いしてしまいました。同じ様な事が25日にあったものですから(笑)

マークさんと家族の幸せブログ楽しみにしてます。お身体に気をつけて仕事頑張って下さい。
Posted by D at 2015年07月09日 07:17
>Dさん
お久しぶりです。コメントありがとうございます。
こんな光景、どこの家庭でもありますよね。
女性は繊細、男性はおおざっぱ、みたいなイメージがありますが、実際は逆ではないかと思うことが多々あります。
失恋に対する心の癒え方についてもそうで、弾性は引きずるなんてよく言われますしね。
子供の学校も始まり、マレーシアにおける家族の生活が安定したので、ホッとしています。
Posted by Mark at 2015年07月09日 12:36
ご無沙汰しています。
ご家族一緒の生活も、軌道に乗られたようで 何よりですね。

アコたちには 子どもがありませんので、
よき夫・・・という部分 だけ かもしれませんが、
Honey や ファミリーへの思い(や ジレンマ) は、
同じ感じ・・・・かも、って 思いました。σ(^_^;)

文章全体から伝わってくる、 "幸せ感" が ハンパなくて、
やっぱり! アコの お手本 だと。。

Posted by サラマ at 2015年07月09日 20:53
>サラマさん
こちらこそご無沙汰しております。
面倒だった家族のVISAと子供の学校が何とかなり、一段落つきました。あとはモナの車の免許を取るのが課題残件です。
その他の残件は、全て○○の購入というモナの希望なので、そちらはぼちぼちと(汗)
我が家はお手本になる家庭というより、普通にぼちぼちとやっているだけと思いますが、家族はみんな仲がよいので、雰囲気はいいと思います。
みんなが自然体で過ごしている、というより、フィリピーナはどこでも自然体(怒ったり笑ったり悩んだり)なので、それがこちらの居心地もよくするんでしょうね。
サラマ家と同じだと思います。
Posted by Mark at 2015年07月09日 23:36
パパしてますね~~~
オイラもつい先日ママと娘のバーゲン祭りに付き合い修行を終えたばかりです。
寿司屋では遠慮なく好き放題食べたのですが
何故かレジでの支払いはオイラの財布から。
ノドグロのお味噌汁を見つけてオーダーしておいたら
丸々娘に奪われてしまいました。
おい!!と怒っているうちが華かななんて最近思っています。
Posted by ジェンさん at 2015年07月09日 23:37
>ジェンさん
こんばんは。
僕も日本の寿司屋に入ったら、きっと目を吊り上げて争奪戦に加わりますね。味と値段が全く違いますから、限りある寿司を奪い合う美しい家族の争奪戦を繰り広げます。
我を忘れて食べまくり、子供に泣かれて大反省、ってな感じですかね。
子供を叱ったり子供に甘えられたり、そんなうちが本当に華ですよ、ぜったいに。
子供が大人になって巣立つときを考えるだけで、すごく寂しくなるときがありますから。
でも成長を楽しみにしてるし。
いったいどうしたくて結果はどうなるのか、複雑でいやだいやだ。
Posted by Mark at 2015年07月09日 23:48
海老無し天重、買い物休暇、三日で久しぶり、同じような経験があります!!
それでも家族と共に暮らし子供の成長を見ながら生活する喜びは良いものですね
家族のビザ、学校も決まりこれからも大変だと思いますが
家庭、仕事と共に頑張って下さい
Posted by mitsu at 2015年07月10日 08:48
>mitsuさん
子供の様子を毎日近くで見ることができるというのは、本当にいいですね。
これまで感じなかった、子供たちの良いところと悪いところがよく見えます。
子供の学校は、優秀だとか名門だとか、そんなことよりも通って楽しいところ、という観点で探しましたが、実際通わせて毎晩子供に「今日は学校、どうだった?」と訊くと「グレート」という答えが返ってくるので、これが最近、一番安心していることです。
ベルは、プレッシャーがないからいいと言っていましたが、その割に毎日ボリュームのある宿題で悲鳴をあげていて、今朝も早起きしてやり残しに取り組んでいました。
概ねここでの生活は、僕も家族もとても気に入っているのですが、それでもマレーシアは雰囲気がフィリピンと違うせいか、たまにフィリピンに帰って、マニラでまったりしたいと思うことがあります。僕がそうですから、家族はもっとそうなんだろうと思っていますが、今は物入りが続いているので大掛かりな家族旅行は難しいですよ。
Hさんのブログなどを読んでいると、本当に帰りたくなってしまいます(笑)
Posted by Mark at 2015年07月10日 11:19
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