フィリピーナと共に
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2015年07月21日

749.フィリピーナと煩悩

 シャワーヘッドを手に持って、足元に照準を当てて栓をひねる。いつもの作業だけれど、水は予想外の頭上から降ってきて、僕は「ああ、またやってしまった」と思いながら栓を閉じる。またシャワーの出口が天井になっていた。どうしてモナは、天井シャワーが好きなのだろうか。
 今はもう、突然冷たい水をかぶっても、「あー」とは「ひい」とか声を上げて驚くことはなくなった。何度も同じ失敗を繰り返す自分が情けなくて、ただ無言で栓を戻すだけだ。
 頭から水滴がこぼれ落ち、Tシャツやショートパンツも濡れている。足だけ洗ってさっぱりしたかっただけなのに。
 被害が酷いときはそのまま本格シャワーに移行するし、少ないときには着替えだけで済ませる。今日は濡れた服を脱いでシャワーになった。

 キッチンカウンターでパソコンをあけた僕に、モナが「水を出す前に、どうして確認しないのよ」と訊いた。けれど、足だけを洗いたいときは、なぜか水の出口確認を忘れてしまう。決して確認を省略しているつもりはないから、どうしてと訊かれても答えようがない。
 僕は犬や猫と同じで、全身を濡らすのがあまり好きではない。だからシャワーが億劫な性質だけれど、手軽な足シャワーは好きで、家の中にいるだけでも気分転換でそれをよくやるのである。シャワー省略というさもしい根性が、確認を忘れることに繋がっているのだろうか。
「なぜか忘れるんだよねえ、っていうかさ、その足、重いんだけど」
 キッチンカウンターで、モナが横に座り自分の携帯をいじりながら、いつの間にか伸ばした足を僕の腿の上に置いている。傍で見たら微笑ましい光景かもしれないけれど、大人の足はけっこう重いのだ。文句を言わずパソコンで何かに夢中になっていると、気付いたときには血行不良で自分の足が痺れている。
 ソファーでは、ユリとダイチがiPadの取り合いで騒ぎだした。こうなると、ブログの原稿を書くどころではない。気が散って、まるで集中できなくなってしまう。横にいるモナはまるで意に介せず、涼しい顔で携帯チャットをやっているから、羨ましい性格だといつも思う。
「だからさあ、重くって足が痛くなってきたって。で、それ、またゴールド?」
 また不埒な儲け話に夢中になっているかと勘ぐって訊いてみると、モナはただ首を左右に振って、足を引っ込めた。僕もそれ以上、チャットについて尋ねることはしない。

 最近彼女は、よく誰かとチャットしている。まるで、近頃夢中になっている男と会話しているようにも見える集中ぶりは、ゴールドの儲け話はカモフラージュで、本当にどこかの男と会話しているのかもしれない。けれど、僕は夫婦であっても人のプライバシーには気を遣う方で、彼女が誰とどんな会話をしているのか一切確認しない。もちろん、密かに彼女の携帯を調べることもしない。
 もし本当にそうだとしたら、そうなるには自分にも何かしら原因があるのだろうし、色々茶々を入れても、このようなことは、なるようにしかならないのだ。むしろ色恋沙汰とは、障害があるほど燃え上がるもので、結果的には放置が最善ということもあるだろう。(といって、放置がよいなどと信じないで欲しい)
 まるで、彼女に新しい男ができたみたいに言ってしまったけれど、相手は新しいのではなく、古い方かもしれない。この場合、古いも新しいも同じではないかと言われるかもしれないけれど、それは違う。
 新しい相手の場合、そこには多くの未知が存在する。そしてその未知について、自分に都合よく想像力を働かせながら、勝手に自分の思いを膨らませてしまうのだ。想像にお金はかからないし、内容がいくらご都合主義に徹したものでも、誰にも文句を言われない。だからこんなに楽しいことはないのである。その想像が現実になりそうだったり当てが外れたりと、ギャンブルのような要素があるのも楽しい。そんな「あれこれ」が、「恋」と呼ばれるものではないかと僕は思っている。
 しかし相手が古い場合はその逆で、既知という事実がある。想像力を駆使する必要性が俄然減る。それがよい方向へ働く場合もあるけれど、かつてその人と進展しなかったり、あるいは一旦その相手と続かなくなった現実が、今後の発展に作用するとは限らない。
 
 という僕も、想像で話を膨らましてみたけれど、結局彼女のチャット相手は僕も知っている、タイに住む友人フィリピーナだった。モナはゴールドの儲け話ではないと言うけれど、どこかでその話しと繋がっているチャットではないかと僕は予想している。
 
 せっかく想像話が膨らんできたので、もう少し続けたい。
 新しい相手に、勝手な想像の中で心を躍らせ、吉凶どちらの目がでるか分からない未開の土地開拓みたいなスリルに惹かれるのは、男がいつも新しい相手を追い求める心理と一致する。
 色恋沙汰において、男は不思議と失敗を糧にできない性質がある。想像の中でまぶしいくらいに輝いた夢を現実の世界で一つ一つ粉砕され、そのたびに反省したり嘆いてみせたりするけれど、熱さが咽元を通り過ぎれば再び始動してしまうのである。それは沈んだ心を癒さなければならないから、などと言う人もいるけれど、いずれの場合もそんな言葉は、理由というより後から付足した言い訳にしか聞こえないから面白い。
 つまり男は、基本的に冒険好きであって、そのような性癖は全て、未知への探究心とどこかで繋がっているようだ。この探究心は、受動的に子孫を残す役割を担う女性に対し、能動的に子孫を残す役割を担っている男の本能と、深く関わっていると僕は考えている。
 つまり、人類滅亡の危険性を察知するため、常に何かしらの調査行動をしたくなったり、子孫を残すチャンスに対し、いつでもアンテナを張り巡らせるというのが、神から授かった男の本能ではないかということだ。
 するとロクデナシを自称するHさんは、まさに「神から授かった役割に対し忠実に行動している方」と言えるわけで、それで本当にロクデナシと言えるのだろうか、などと考え出す僕は、ここでまた、深い迷路に入り込んでしまう。
(ここで脈略なく「神より髪を」と叫ぶHさんを想像してしまい、ふふっと笑ってしまった僕をお許し下さい)
 
 無節操に子どもを作る行為をしてはなりません。不倫も字の如く、人の倫理に反することです。世界の基本は一夫一妻制です。
 これらの倫理観とは、人類の長い歴史上、経験的に築き上げられたものであり尊重すべきことである。けれど、所詮は人が作りあげたものであり、そのことは神の本来の意思に反することなのかもしれない。人はどれほど立派なことを決めようが口で言おうが、本能には抗えない部分を遺伝子の中に残しているのである。だからあえて人類は、そのような倫理観を人に植え付け、法律で制限を課さなければならなかったのだ。それは経験上、人が本能に忠実に生きれば、何か恐ろしく不幸なことが起きることを知っているから、そのように仕向けられているのかもしれない。

 人の本能とは性欲のみならず、食欲、睡眠欲、物欲、征服欲など、様々な欲求がある。
 仏教では人の煩悩は百八あると言われ、それらを払うために除夜の鐘を百八回鳴らして新しい年を迎えるという習わしになっている。本当に百八もの煩悩があるのだろうかと指折り考えてみたけれど、僕にはせいぜい、十個くらいしか浮かばなかった。僕も自分で気付かない欲望を、普段から知らずに撒き散らしているのかもしれない。
 欲求とはもちろん、したいこと、達成したいことであるから、我慢するのは苦しいことである。だから仏の道では、煩悩を捨て、我慢する苦しみから解放されなさいと説く。しかし、例えば達成欲というものがあったとして、その欲まで捨てながら、煩悩を捨てる難行を同時にやり遂げるにはどうすればよいのか? などと考え出すと、この世界も奥が深いのか、実は底が浅いのか分からなくなってくる。
 実際に、説くべき立場の坊様が、普段の禁欲生活のうさを晴らすかのように、煩悩丸出しの姿を披露したりするから、そこは素人の考え及ぶほど単純な世界ではなさそうだ。
 しかし僕は、捨てきれない煩悩をありのままに体現する坊様のご法度破りが、人間の、本能に逆らうことへの困難さを教えてくれているように感じられ、それはそれで人の道を示してくれているのだと解釈している。同時に僕は、そんな坊様が人間くさくて好きだ。

 かつて通ったPPにも、坊様の常連客がいた。お店のスタッフがこっそり教えてくれたのだけれど、さすがに店に袈裟姿で来るわけにいかないらしく、見た目はどこかの自由人のような雰囲気を漂わせている方であった。
 その坊様に指名されているフィリピーナは、その方の職業を知り、最初困惑していたけれど、彼が真面目で温厚な人だと言うので、僕は彼女に「日本の坊様はお金持ちが多いから、大切にした方がいい」と耳打ちした。それからそのフィリピーナは積極的な接客を心がけ、お店ではいつも二人で幸せそうにしていた。
 一度店の外でその坊様と話す機会があったので、「檀家の人と偶然お店で鉢合わせになったりしたら困りませんか?」と訊いてみると、「そのときには一蓮托生。お互い知らぬふりで通りますよ」と、豪快に笑い飛ばしていた。そんな物怖じしない様子は、さすがに本物の修行を積んだ方だけあると、僕は感心したものである。
 しばらく後に、その方が、僕の住む街で一番大きな、由緒ある有名寺の住職であると知って、僕はひっくり返るほど驚きながらも、確かにただ者には思えなかったと納得した。
 今思えばその坊様は、一般的にはロクデナシのカテゴリーに分類される方かもしれないけれど、これも修行の成果なのか、その人は何を言ってもやっても嫌味のない方で、当時僕はその人に、破格の好感を抱いていたのである。
 その店には、その街のやくざの親分もいて、この方もフィリピーナの耳打ちがなければ全く気付かないほど温厚な堅気に見える人だった。あるときこの親分が浮気をしたらしく、指名されていたフィリピーナが、親分の家に殴りこみに行ったそうだ。僕はその話にたいそう驚いたのだけれど、親分は怒るどころか慌てふためいて、フィリピーナをなだめ家の外に連れ出したという奮闘記を、フィリピーナ本人の口から聞かされた。その親分は彼女に浮気を謝り、もう二度と裏切りませんと誓った話しに僕は再び驚き、そのあと僕は、その親分のファンになった。

 いずれも本音を隠さず人間くさく生きている人たちで、僕はそんな人たちが、なぜか昔から好きなのである。
 逆に僕は、建前や理屈だけで生きている人を、これも昔から信用できない。
 だから僕は、フィリピーナに魅かれたのだろうと、あとで気付いた。フィリピーナだけでなく、フィリピン人が好きな理由も、ここにありそうである。
 一般的にフィリピン人は、モナも含めて煩悩だらけである。もちろん僕も煩悩だらけだけれど、人目を憚りそれを隠そうとするところが、一般的な日本人だ。ときには隠したくて、ときには叶えられない煩わしい悩みだから煩悩なのだけれど、フィリピン人は欲求に従って素直に生きようとするから、その意味ではフィリピン人のそれは、煩悩と呼べないのかもしれない。そして僕は、自分の欲に煩わしさを感じながら、横目でフィリピン人を、ずっと羨ましいと思ってきたのである。

 今月はユリに新しいガジェットを一つ買い与えるつもりでいたけれど、それは目の前にある、黒いパナソニックのオーブンレンジに化けてしまった。オーブンレンジも一万円ほどの安いものから八〜九万円もする高いものまであって、一体何が違うのかもさっぱり分からない。
 そこで僕は、基本のファンクションは同じだろうと、安いもので十分だと主張したけれど、お高い物好きのモナは高いのを欲しがるので、お互い妥協し中間の価格の物を選んで買った。それで今月のお買い物予算は終了と相成り、ユリの新しいガジェットはお預けとなっている。
 にも関わらず、家族は外出すれば常に欲しいものだらけで、一昨日も何かの化粧品を買わされた。値段は二つで五千円くらいである。よく聞けば、その一つは美白日焼け防止クリームで、それほど日光に当たる機会もないのに、なぜそれが必要なのか、僕は首を捻るばかりだ。
 その夜、日焼け止めクリームなのにモナはそれを顔に塗り、どうかと僕に訊いてきた。
「おお、顔が白い。ホワイトレディーだ」と僕が言うと、珍しく彼女からパンチが飛んできた。美白効果というのは、白い絵の具を塗るようなものなのか? と素朴な疑問を抱いたけれど、次ぎはとび蹴りが繰り出されそうな気がしたので、僕は口をつぐんだ。
 僕などは、最近むしょうにチーズが食べたくなって、三百円のそれを買うかどうしようかしばらく悩むほど、買い物には慎重である。チーズでそれほど悩むのは、チーズを食べなくても人は死なない、という理由からで、僕の普段の買い物基準は、絶対に必要か否か、なのだ。
 自分たちのものを遠慮なく買っているモナは、自分の罪を薄めようと思っているのか、僕が欲しいものを、いつも簡単に、買いなさいと薦めてくる。大概、僕は悩んで我慢するのだけれど、そのときはどうしてもチーズが食べたくて、モナの後押しに乗っかり買ってしまった。
 それでも僕は無駄遣いをしたことを申し訳なく感じ、「この前からチーズが食べたくて、仕方なかったんだよねえ」などと言い訳のようなことを言ってしまう。
「もしかして、ネズミ化してるんじゃないの?」
 僕はディズニーのアニメを思い浮かべながら、うまいことを言うなと思った。
「スパイダーマンじゃなくて、ラットマンか」
「そうそう、ラットマン」
 こんな冗談話をしてから、昨日モールのシネマ階に行くと、「アントマン(蟻男)」というタイトルの映画が上映されていて、僕とモナは驚きながら笑った。
 アントマンは、タイトル的には明らかに、ヒット映画、スパイダーマンの二番煎じである。しかし内容までが二番煎じではヒットしないだろうから、おそらくそれなりの工夫を凝らしているに違いない。それがどんなものかむしょうに気になったけれど、人は映画を観なくても死なない、という理由で、僕はシネマに入るのを我慢した。
 僕は歳を重ねて、煩悩に打ち勝つコツを掴みつつあると自負するまでになっているけれど、煩悩だらけのフィリピーナ妻にそれをどう伝授すべきか、今度はそちらの方で、日々悩んでいる。



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