フィリピーナと共に
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2015年08月18日

754.日々修行

 比較的安定しているマレーシアのインターネットも、ときどき遅くなる。そしてときどき、比較的気付きにくい短い時間切れる。今日も会社で、僕はそのことに気付いた。
 こんなとき僕は想像する。僕が日常的に体験している道路渋滞のようなものが、今まさにインターネットラインの中で起きているのだろうと。
 処理しなければならないデータを処理する前に、次の処理すべきデータがやってくる。コンピュータは「ああ、また来たよ、まだ先が詰まっているのに。まっ、いいか。一つずつじっくりやろう」とケツまくり状態で、マイペースに処理を続ける。データがいくら溜まっていようと関係ない。決まったことを決まったようにやるだけで、のんびり処理をする。
 陰でささやかれる大勢の人の文句は残念ながらコンピュータに届かない。届いたとしても心を持たないコンピュータには決して響かない。だからいつでもコンピュータはマイペース。インターネットラインの中でデータ渋滞の列がどんどん伸びる。

 今自分が置かれる仕事上の環境が、まさしくこうだ。処理すべきものが処理されない状況で、処理すべきものがやってくる。
 されど南国気質の人たちは本当に手強い。
 彼らは叱られるのは嫌いだけれど、焦るのはもっと嫌いだ。休みたいときには休むし、それを邪魔するものは仕事であろうと許さない。それでは、机の前にかじりついているときにその分をしっかりこなしているかといえば、そうでもない。だから未処理の仕事がたまる一方で新しい仕事がどんどんやってくる。つまり、どこかで奮起しなければ永遠に仕事がたまり続ける。
 ん? でも実際はそうではない? 本当にそうならば、無尽蔵に仕事が溜まって都会の高層ビル顔負けの高さで机の上に仕事が積み上がっていくはずだけれど、不思議とそうならない。なぜだろう? どこかでうまく折り合いがついているのだ。僕は最近までこれを、南国マジックと呼んでいた。
 本当に不思議に思ってこの南国マジックを紐解いてみると、なんと、僕が絡んでいた。そう、僕が手を貸して処理していたのだ。
 僕は親切でこんなことをしているのではない。手を貸している本人さえ、実は自分が手を貸していることに気付いていなかった。周囲の仕事が進まないと僕が困るから、僕が焦って動き回っているだけだ。それが彼らの仕事を処理することに繋がっている。焦っていて無我夢中になっているから、僕自身が南国マジックの正体だったなんて、僕も気付かなかった。少し間抜けな話しだ。
 でも、こんなことがなければ、給料の高い日本人は不要になることを僕は知っている。おそらく経営者も気付いている。
 ついでに言えば、至れり尽くせりの日本人駐在員がもっと仕事に励んだら、僕のような現地採用者は不要だということにも、僕は気付いている。経営者がそれに気付いているかどうかは不明だけれど、僕は決してそのことで告げ口などしない。それをすれば、自分の首が絞まるのだから。
 もちろん能力の問題もある。仕事に熱心な駐在員がいたとしても、能力が足りなければ他の力に頼るしかない。しかし今の実態は、能力の問題を考える以前に、やる気の問題があるのは明らかだ。だから他の現地採用社員はそれに対し陰で文句を言う。自分たちに面倒な仕事を押し付けてばかりで、自分たちは一体何なのだと。
 しかし僕は違う。そのおかげで僕は職にありつけると思っている。会社経営上、とても効率の悪いことではあるけれど、僕にしてみればとても有難いことである。駐在員の皆さんには、海外経験を謳歌し堪能してもらえればよい。午前中は本日のランチをどこでとるか心配してもらい、昼食後は夜の食事場所を心配してもらい、その問題が片付いたら食後に行くバーや休日のゴルフの話で盛り上がってくれたらそれでいい。仕事の心配はこちらで引き受ける。これが役割分担というものだ。
「ねっ、そうでしょ?」
 と僕は、真剣に文句を言う同じ現地採用仲間にそう言いたくなったりもするけれど、それも控えている。人の口に戸は立てられないのだ。そしてもちろん、駐在員全員がそうだと言っているわけでもない。

 ということで僕はいつでも、南国気質と正面から向き合う役割を担っている。
 例えばこんなことがあったばかりだ。
 顧客にサンプルを出す日程が迫っている。部品はタイの自社工場がタイのサプライヤーから取り寄せ、マレーシアに送るよう手配した。こちらは部品が到着したらすぐに組み立て、検査をして出荷する。部品の金型作成に手間取り日程に余裕はないけれど、苦しい状況の中での段取りは最善だ。
 いざ部品が届いたら、現地設計者が青い顔をして僕のところにやってきた。
「部品が違います。右と左が逆です」
 そうなのだ。この部品は右用と左用の二種類がある、少し紛らわしい部品なのだ。
 おそらくタイの工場が手配ミスをしたのだろう。あるいは部品サプライヤーが間違って納品したとすれば、タイ工場で確認作業を怠ったことになる。でも僕は、マレーシアで働きだしてから、人のミスを追及したことがない。周囲の人に甘い、優しすぎると言われることもあるけれど、ミスを追及する時間があれば、どう対処するかにそれを当てたいと思っている。それに、南国気質はミスを追及されても反目を招くだけで、あまり効果的ではない。それよりは、期待薄でも自発的反省を期待することにしている。
 とりあえずすぐにタイ工場とテレコンをして、翌日の早朝便で持ってきてくれと依頼した。けれどタイ工場はすぐに明確な返事をしない。
「明日送付すれば月曜の朝一にそちらに届きます。今輸送業者に確認を取りました。それで何とかなりませんか?」
「いや、それだと危ない。税関で何かあったらアウトだから、できれば明日、ハンドキャリーして欲しい」
 部品が入手可能かどうか、そこから確認をするからと、先方は一旦電話を切った。その確認が必要ならば、輸送業者云々の話しは一体なんだったのか?
 それから三十分後、タイ工場から電話がかかってきた。
「以前、そちらに試作品が四個あると聞いていたのを思い出したんですが」
「え? そう? ちょっと待って、今すぐ探してみるから」
 エンジニアにそれを言って、一緒に探してみた。
「あっ、あったあった。え? 何? 試作品は心配?」
 エンジニアが最終金型品を使いたいと言っている。しかしこの試作品は以前のサンプルにも大量に使用して、客先から何も不具合のフィードバックがなかったやつだ。僕はとりあえず、急ぎの一個だけはこれでいこうと決めた。
「分かった。とりあえず明日出荷しなければならない分はこれで対応しよう。残りは必ず明日送付して欲しい。月曜日に届いたらすぐ組み立てして発送すれば間に合うから」
 その翌日、出社途中の僕の携帯に、担当エンジニアからメッセージが入った。
『本当に済みません。体調が悪いので今日は休みます。サンプルは五十パーセントは組み立て済みです』
 しまったと思った。彼が突然休むリスクを考え忘れていた。最近彼はずいぶん活躍してくれていたから、油断的忘却というやつである。
 運転しながらどうするかを考えた。代わりのエンジニアにお願いするとして、それができるのは誰か? できる人がいなければ、僕が自分で組み立てをするしかない。新しく変更した部品は何だったっけ? #と$と%と&と@だったはずだ。組み上がりの確認項目を少し増やそう。ソフトと回路の確認は自分がやればよい。
 それから出社し、組み立てと確認の段取り、出荷の段取り、インボイスの作成など、目が回る忙しさで取り組んだ。代理を務めるエンジニアが運悪く別の予定が入っていたから、僕が自分でできることを全て引き受ける条件で、彼の限りある時間を有効に使わせてもらうことにしたためだ。海外発送は、ある時間を過ぎると翌日に回ってしまうから、どうしても時間内に全てを済ませなければならない。
「何時から組み立てに入れる?」
「昼前」
「昼前って何時?」
「うーん???」
「分かった、組み立ては十一時半から開始しよう。それでいい?」
「オッケー、オッケー」
「組み立て前に必ず僕を呼んでくれる? 立ち会って検査もやるから」
「オッケー」
 こんなやり取りをしたあと、十一時四十分になってもお呼びがかからない。心配になって実験室に行ってみると、丁度彼がサンプルを持って出てきた。
「あれ? それ終わったの?」
 彼は予定より少し早く仕上げたことで、褒めてもらえると思ったのかもしれない。サンプルを持ち上げて、自慢げに「終わったよ」と言った。
「で、通電テストはしたの?」
「した」
「ソフトウェアのバージョン確認は?」
「してない」
「ファンクション確認は?」
「してない」
「寸法確認は?」
「してない。それは分からない」
 やはりそうだ。だから僕は、自分を呼んでくれと言ったのだ。
「オッケー、まだ時間があるから、もう一度通電のセットアップをしておいて。僕は図面を取ってくるから」
 こんな調子で再通電し、ソフトウェアバージョン確認、ファンクションテストを行い、重要ポイントの寸法確認をして使用部品が全て新しいものであることを確かめた。そうやって無事、その日の出荷を終えた。
 そして本日は、次の出荷品のための部品を受け取り、残りのサンプルを出荷しようと考えていた日だ。
 僕は会社に到着するなり、担当エンジニアの机に行った。
「部品はもう入っている? 倉庫に確認を取って」
「さっき確認したんですけど、まだ入っていません」
「そう、もう少しあとになるのかなあ、発送伝票からブツがどうなっているかトラッキングして」
 すると担当者が、また青い顔をして飛んできた。
「物は今日の六時に到着予定です。全ては終わりました。明日にかけます」
 朝一番で届ける話しは、やはりその場しのぎのでっち上げだったようだ。確認したのかもしれないけれど、東南アジアで単に約束を鵜呑みにすれば、ほぼこうなる。
「六時ってPM六時だよねえ」
「そう、PM六時」
「それじゃあ間に合わないなあ・・・なんて言うと思う? 物はもうマレーシアにあるの?」
「はい、営業所に届いてます」
「だったら部品を営業所に行って受け取ってきてくれる?」
 一瞬意表をつかれた顔をした担当者は、すぐに気を取り直して言った。
「車を貸してくれたら行けますけど」
「車? ああ、いいよ」
 僕がズボンのポケットから車のキーを取り出して彼に渡すと、彼は驚いた顔をして「冗談ですよ、冗談」と言った。
「いや、冗談じゃなくて、車ならいつでもいくらでも貸すからすぐに行って」
 彼は一応会社の車状況を確認し、全て出払っていることが分かると、僕の車で部品を取りに行った。
 そして部品と一緒に戻った彼と、短い時間で組み立て、検査、梱包、出荷書類作成を行い、運送業者に引き取りをお願いして無事出荷。

 僕の仕事はもちろんこれだけではない。こんなことをしている合間に、いろいろな問い合わせが社内や社外から飛んでくる。「それ、何の話?」なんていう、青天の霹靂みたいな話しも意外に多い。今日もそれがあった。
「&%プロジェクトは、あなたの担当ですよね?」
 アドミングループの女性が僕のところにやってきて言った。その女性はマレー系で、例のほっかぶりをしている。ずんぐり体型で頭がほっかぶりのせいで妙に丸い形をしているから、僕は彼女のことをドラエモンから取ってドラちゃんと呼んでいる。
「そうだけどドラちゃん、そのプロジェクトと今の話がまるでマッチしない。何か別のプロジェクトと間違えていない?」
 自分のボスから依頼されたドラちゃんは、キョトンとしている。でも彼女は、一つだけ僕の話に食いついた。
「そのドラちゃんって、一体何ですか?」
「え? ドラちゃん知らないの? 気が優しくて頭がとってもいい日本人のヒーローだよ」
 彼女はますますキョトンとしている。
「ねえねえ、@#$さん、&%@の話って、誰がプロジェクトマネージャーなの?」
 僕は近くにいた現地管理者に、その女性の前で尋ねた。
「それはあなたじゃないの?」
「え? いつ決まったの? 僕は何もオフィシャルな連絡をもらっていないけど」
 管理者は呆然としている。こうなると、そこで押し問答をしても時間の無駄だ。
「オッケー、分かった」
 と僕は言い、その女性に言った。
「状況は理解してくれた?」
「ええ、とってもよく」
 そう、こんなことはよくある話で、追及し出すと責任のなすりつけ合いのようなことが始まる。
「理解が早くて助かるよ。たった今、僕がプロジェクトマネージャーに決まったから、それはこっちで引き受ける。ただし、まだ何も情報がないから今すぐには動けない。それにその案件はそれほど急ぎじゃないから大丈夫。来週まで待ってくれる?」
 するとその女性が困惑し出した。それを見ていた隣の人が言った。
「彼女のボスが、彼女にすぐやれとプレッシャーをかけるんだよ。だから急ぎじゃないと言われても彼女は困るわけ」
「それじゃあボスに事情を説明してくれる?」
 ドラちゃんは少し泣きそうな顔をして、無言になった。なるほど、自分ではうまく説明できないらしい。
「そっか、分かった。今すぐ一緒に彼のところに行って、僕が説明するよ。僕自身が何も分かっていないから、すぐに対応できないって」
「オッケー、ありがとう。それでいいわ」
 僕は彼女と一緒に、口うるさいそのボスのところに一緒に行った。そして、何も正式な手続きを経ていないこと、つまりプロジェクト立ち上げのための必要情報をもらっていないことを彼に伝え、少し待ってくれるようお願いした。彼は目を吊り上げて、それを依頼してきた大ボスにすぐ文句を言うと息巻いた。僕もその大ボスに、あとで連絡を入れておくと言ってその場をあとにした。
 ちなみにドラちゃんは、見た目はぼんやりしているけれど、数いるアドミン女性の中で頭の切れ味は抜群なのだ。だから僕は、彼女に貸しを作ることに全く無駄を感じない。僕に困ったことが起きたとき、彼女の助けがとても有効だからである。

 本当は今日一日で起きた事件はこれだけではないけれど、とにかく毎日がこんな感じだ。ときには、まるで幼稚園児を先導しているような錯覚を覚えることもある。
 実はもっと面白くて目を丸くする事件は山ほどあるけれど、一応社内事情で暴露するのはこのくらいが限度だ。
 でも僕は知っている。どこの会社でも、似たり寄ったりのことが起こっていることを。東南アジアで仕事をしている日本人は、多かれ少なかれ南国気質と向き合って、血圧を乱高下させているのだ。
 現地社員の突然の休みなどは普通で、エンジニアが確認すべきことを怠って問題を出すことも普通だ。病欠だと思っていたエンジニアが、一ヶ月の休暇だよ、なんて周囲から教えられることも珍しくない。
 前途多難なことが普通に続く仕事は、ある意味お金をもらって効果的な修行をさせてもらっているようなものなのだ。僕はそのことに日々感謝しているけれど、最近はいつも、妙に首筋が凝って、頭痛に悩まされている。
 モナは、血圧が上がっているんじゃないの? と心配しながら、寝る前に首の後ろをマッサージしてくれる。
 それを見ていたユリとダイチは、最近寝かせようとすると、マッサージを要求してくるようになった。ユリは明確に言葉で言うけれど、ダイチはまだそれができない。だから彼は、うつぶせになって自分の尻をポンポンと叩きながら、ここをマッサージしてくれとお願いするのだ。
 よって二人が寝付くまで、モナがダイチを、僕がユリをマッサージすることが最近増えている。
「今からこれってどうなのよ」
 と僕はモナに言いながら、二人で子供にマッサージをするのである。
 やはり南国気質は、相当手強い。職場も家庭も、日々修行である。



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