フィリピーナと共に
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2015年08月20日

755.自動洗濯機的生活と幸せ論

 ブログ村の記事(ブログ村ランキングで自分の近くにいた人の記事、関西方面のお方)で、僕より激しい修行にさらされ、日々神経をすり減らしている人がいることを知り、前回記事で「日々修行」などと偉そうなことを書いた自分を少し恥じた。
 フィリピーナとのお付き合い、確かに気苦労が耐えないこと、想像に難くない。しかしながら、フィリピーナに翻弄される修行もこれまた懐かしいし、ある意味羨ましい。ジェットコースターのようにアップダウンの激しい生活。これほど若返りの妙薬はないとも言えるからだ。
 そんなことを考えながら、思わず回っている洗濯機の中で、もみくちゃにされる自分の姿を想像してしまった。フィリピーナに翻弄される日々は、目が回るけれど身も心も洗われているようなものである。
 つまりこれは、洗濯機的生活というやつだ。水がどんどん注がれているときもあれば泡だらけになることもある。しかし気が付けば色々な意味で搾り取られている。そして、いずれにしても目が回る。目は回るけれど、洗濯後はほのかなよい香りと爽快感を味わえる。汚れてくればまた洗濯をする。これは、全自動洗濯機的生活と言った方がよいだろうか。

 もちろん洗濯機的生活には、ポジティブとネガティブの二つの側面がある。
 フィリピーナを追いかけ、フィリピンに住みつき、八方塞りに陥る人も少なくない。財産を吸い取れら、お金を失った途端、捨てられるように家を追い出された人もいると聞いている。
 反面、いつまでも仲睦まじく暮らしている人がいるし、あるいは微妙な距離を保ち、絶妙な関係を維持している方もいる。もちろん千差万別で、一概に良し悪しを判断できるものではない。虐げられているように見えてそこに幸せを感じている人もいるし、幸せそうに見えても心に闇を抱えている人もいる。
 とにかく人の幸せ感というものは、見た目では分からない。意外と幸せそうに見える人ほど心に穴が開いていることもある。それにいつでも幸福感を維持している人は少なくて、そこには普通、起伏というものがある。
 洗濯機的生活をしている人は、まさにこの起伏にさらされているわけで、普通の人より幸福や不幸とは何かについて体感的に詳しかったりする。しかしそうでなくても、論理的に人は、幸福と不幸の狭間を行ったり来たりするものなのだ。どんな環境に置かれていてもである。
 不幸を通り越すと、どん底というものがある。いや、実際にはだいたい下には下があり、本物のどん底を経験することは難しいのだけれど、とにかくそれに近い経験というものがある。  
 どん底というものは、できれば経験せずに越したことはないけれど、それを知ってみるとそれはそれで面白い。なぜならどん底を知っている人の幸福感は、同じ境遇でもそれを知らない人より高いからである。つまり自分を不幸だと思っている人は、将来、より高い幸せ感を味わう可能性を秘めているし、本物の幸せを得ることができるのかもしれないのだ。
 もっとも本物の幸せとは何か、この正体を明らかにしなければ、この話しはまとまらない。
 
 最近はフェイスブックの利用が当たり前になり、多くの人が色々なことをそこにアップデートするようになった。大抵の人は、自分の関係の写真をアップする場合、幸せそうに見えるものをあげている。私はこんなに不幸なんですとアピールしているものは少ない。
 しかし、これも見た目だけで、本当はどうなのか分からない。中には不幸だからこそ、懸命に幸せそうに見える写真をアップしている人もいるだろう。瞬間的にでも他人との違いをそこに示し、優越感に浸ることで幸せ感を得たいという心理である。つまり自慢や優越感を糧にしないと、幸せ感を得られないというやつだ。
 自慢、強調、行き過ぎる主張、でしゃばり、反目、嘘、見栄、虚栄。みんな自分の自信のなさや不安、不満を擬似的に解消するものだ。
 もちろんフェイスブックにアップされる全てがそうだと言っているわけではない。不思議とそれには人柄のようなものが滲み出るもので、純粋に楽しんでいるかどうかはそれとなく伝わってくる。
 最初は僕もなにげにフェイスブックに適当な写真をあげていたけれど、最近自分ではほとんどアップしなくなった。家族には強要していないけれど、僕は特に、食事の写真をあげないようにしている。少しおしゃれなレストラン、豪華そうに見えるもの、そんな見栄えのよいものほど控えている。それは知人が、日々の食事にも困っていることを知ったためだ。その知人は他人のことを羨み自分を悲観するような人ではないけれど、それでも僕は遠慮している。だから、例えば両親や親密な知人に、こんな生活をしているとか珍しい体験をしたなどを教えて安心させたり喜ばせたいときは、直接メールで写真を送るようにしている。
 こんな風にフェイスブックから距離を置き、他人のアップするものを見る専門になってから、僕はフェイスブックにアップされる記事を、少し冷静な目で見ることができるようになった。
 もともと以前の僕は、ときどきモナに話していたのだ。
「こんなものを食べましたなんてみんなに公開して、何が楽しいの?」
「どうしてプライベートなことを、わざわざ公開しなければならないの?」
「出かけていることを公開して、泥棒に入られるリスクを増やさなくてもいいじゃない?」
「子供の顔はできるだけ出したくない。せめて素性の分かるものがない写真にしてほしい」
 そんなとき、モナから答えらしい答えをもらったことはない。最近は僕もいちいち言わなくなったけれど、嫌味の滲み出ているものには苦言を呈する。
 例えば最近酷いと思ったのは、ベルの投稿だ。
「リッチな子供はスターバックス プアな子供はホームインスタントコーヒー」なんてコメントを、スターバックスにいる写真と一緒に出していた。
 これを見た僕は頭にきて、「ベルはいつからこんな馬鹿になったんだ!」とモナに言った。モナも気付いていたらしく、彼女はベルのことを既に叱ったと言った。そのせいか、この問題投稿はすぐに削除された。
 これを見たときに、僕たちはベルの育て方を間違えているのではないかと考えた。二度と彼女をスターバックスに連れていくものかとも思った。人間の価値とは何か、それをどうやって彼女に教えるべきか、真面目に考えた。所詮はまだ子供で、じきに自然に分かるのだろうかと思ったりもした。
 ベルがいくら図に乗っても、所詮我が家は普通の家庭だ。特別な階級でも大金持ちでもない、ごく一般的な家庭である。おそらくベルには、それが分かっていない。フィリピンの田舎の学校で、ときどきマニラや海外に家族旅行に行ける家庭がとても少ないから、変に鼻が高くなってしまったのだ。だから僕は、今通っているインターナショナルスクールにいる大金持ちの生活実態をベルに見てもらい、我が家が如何に普通であるかを彼女に思い知ってほしいとさえ願っている。我が家の生活も少しあらため、外食を減らし倹約生活に徹することも考えなければならないと思っている。欲しいものを我慢することもしなければならない。

 僕はベルの投稿を機に、衝動的にそんなことを考えていた。しかしふと、なぜ自分がそれほどむきになっているのかと思った。果たして僕は、何に対して憤りを感じているのか。
 これは、自分が憤慨することが、間違いかもしれないという意味ではない。何かベルの方向性が間違えているということには自信がある。しかしなぜそう感じるのか、なぜそう思うのか、それが曖昧なのだ。そしてそれを、いろいろ考えた。

 実は、僕はその答えを既にこの記事の中で述べている。
「どん底を知っている人間は、より幸せになれる」
 これは、どん底を知ることで、世の中の現実を思い知り、背伸びしないようになるからである。
 少し違った言い方をすれば、
「人はむやみに幸せを求めるときりがなくなり、いつまでも幸せになれない」
 ということだ。
 誰かの言葉に、「幸せは、求めると得られないものである」という言葉がある。その言葉を見た当初、僕はよく意味を理解できなかったけれど、今はぼんやりとそれが分かる。

 人の幸せとは何か、それは実は、比較で決めている部分が多い。
 他人より大きい家に住み、他人より高級な車に乗り、他人より多く稼ぎ、他人より美味いものを食える。それ自体に幸せを感じることもあるけれど、実は実際の家の住み心地や車の乗り心地のような価値より、優越感や安心感の部分に幸せを感じていることが多いのだ。現実の厳しさを知らない若い世代は特にその傾向が強く、自分も過去は、知らず知らずそんな罠に嵌まっていた。フィリピンを楽しく感じたのも、簡単に優越感に浸ることができたからだ。
 しかし、こうして得る幸せというものは、すぐに壊れる。上には上があって、全て世界一になることなどほとんど不可能だからだ。よって他人との比較でしか幸せを感じることのできない人は、簡単に不幸になることができる。今まで感じていた幸せが逃げてしまえば、簡単に不幸になってしまうのだ。
 つまり、本当の幸せが何かを分かっていないから、そうなってしまうのである。
 副作用としては、とらわれが多く、物事の本質をうまくつかめない人になる。目先のことや他人の目が気になり、いつも何かに怯えながら、見栄を撒き散らしていなければ落ち着かない。
 これのどこが幸せかという話しだけれど、幸せのふりだけでもしていれば体裁が整うから、懸命にそのふりをしようとがんばる。それができているうちは、そこそこ満足できてしまう。
 これが、相対価値観に振り回される人生というものだ。
 それでもいつまでも優越感に浸れる生活を送れる、もしくはそれほど無理なく幸せのふりを続けられるならいいけれど、ほとんどこれらは砂上の楼閣のようなもので脆いのである。
 僕はベルの投稿に、無意識にその影を見たのだ。僕は自分の子供に、そんな人生を送ってほしくないと思っているから、ベルの投稿に過剰に反応したのである。

 本当の幸せが何かは、人によっていろいろ違いがある。ただ、本物の幸せとはより絶対的なものであって、自分が変わらなくても相対的にその大きさが上下するものではない。これが本物の幸せの特徴だ。
 しかしながら今の世の中、相対価値観に溢れている。それを助長するものもたくさんあって、人はその中で溺れているように見える。これがフェイスブックを見る専門になってから僕の感じることだ。
 では、本当の幸せとは何か、それを子供に教えたり示したりするのはとても難しい。それは親や先生が教えるものではなく、自らが人生の中で何度も現実の厳しさを味わい、悲しい出来事を積み重ね、分かってくるものなのかもしれない。
 とにかくそれは身近なところにあるもので、気付かないことが多いものである。あるいは自分の考え方一つの問題だ。そして他人がどうであろうと、揺るがないものである。

 モナは子供の学校が始まってから、弁当作りを一日も欠かしていない。本当にがんばっていると思うし、僕はそのことに驚き感心し、この上ない感謝の気持ちを抱いている。ご飯と一品か二品のおかずという構成にもほとんど慣れた。揚げ過ぎたまったく歯の立たないフライを一度だけ残したけれど、それ以外はいつもきれいにたいらげている。
 食事は美味しい米と食欲をそそるしょっぱいものがあればそれが一番。それはどんなレストランのメニューにも勝る。
 それが分かって、そんな弁当を美味しく食べられることに喜びや感謝を覚えること(つまりそれに類すること)が、おそらく本物の幸せというものなのだ。この感謝の気持ちが自然とわいてくる状態というのは、幸せであることの大きな目印なのである。
 こんなことに我が家の子供たちは、いつ気付いてくれるだろうか。
 僕はかなりの時間を要してしまい、ずいぶん人生を損したような気がしているから、子供たちはせめて、三十代くらいでそれに気付いてくれるといいなと思う。



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この記事へのコメント

"洗濯機的生活"・・・うまいこと 言うなあ〜!
まさに そんな感じ かな・・・と、思います。(^▽^;)
まさに、"若返りの妙薬!?" ですね。

でも、、 さまざまな方々が いる中で、
markさんは、アコたちを どう 見てるんだろう・・・・と、
気になったことも、 事実 ですう。汗

Kさん、 すてきで 面白い方ですよ。
バリバリ! 関西です。(^_^;)
彼女様 も バリバリ! ピナさん ですう。(^_-)☆

ハンパな 小金持ちで、 打たれ弱い アコは、
今、ちょっとした 試練に立たされ、
動揺しています。。
どん底を見ていない 甘ちゃんなんで、

困ったもんだ・・・・・・・ o(_ _*)o


Posted by サラマ at 2015年08月21日 20:15
>サラマさん
ご無沙汰しております。
サラマさんたちは、お互いを尊重し合っている素敵な夫婦だと思いますよ。とりわけ日本人旦那がフィリピーナ奥さんを大切に思っている家庭は、見ていて幸せになります。どうしてもフィリピーナの方がアウェイで立場的に弱いですから、少々図に乗らせるくらいでちょうどよいでしょう。でも、フィリピンにいるときは逆でないといけませんね(笑)対等な関係として、そこはバランスを取らせて頂かなければ。。。我が家はみんなアウェイですから対等です。
さて、何があったか知りませんが、毎月安定した給与をもらえるなら、大概何があってもダイボージ。どうにでもなるじゃないですか。
僕なんかはいつでも、首を宣告されたときの事をシミュレーションしてますよ。
困ったら困ったで何とかなるもので(もちろん何とかしようと頑張らないといけませんが)、考えることは必要ですが後悔で気持ちを沈ませるだけのことは、これからのことに何も役立ちません。
いっそ、一晩思い切り奥さん相手に愚痴をこぼしてみるとか、パァーっと飲んでカラオケで発散なんていいですよ。それできっちり気持ちを切り替えるつもりで。。。
失ったものが金やものなら、いつかまた取り返せます。いつでも一番キツイのは、心や気持ちみたいなものを失ったときだと思います。
どうか頑張って下さい。
 
Posted by Mark at 2015年08月22日 01:38
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