フィリピーナと共に
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2013年10月12日

698.Nさんの冒険 AGAIN3

 夕食後眠くなったユリとモナをホテルへ送り届け、僕とHさんとNさんは最初にゴーゴーバーへ行った。あくまでもNさんにそのような場所を見学させる目的であり、少し見たらすぐに引き上げるつもりだった。

 久しぶりのそこは昔も今もさして変わらず、大きな音で音楽が響き、ディスコライトがぐるぐる回っていた。大きく変わったのはレディスドリンクの料金で、今はゴーゴーバーでも一杯300ペソや350ペソほど取るそうだ。随分高くなったと驚いたし、安くないならカラオケで歌いながら楽しんだ方がいいと思うが、僕はそれでもそこの雰囲気が嫌いではない。ディスコでもゴーゴーバーでもライブハウスでも、うるさくてギラギラした場所は何かが起こりそうで、男の冒険心がくすぐられる。
 店内では、ステージの上で踊るビキニ姿の女の子たちが、自分たちにあからさまな熱い視線を投げかけてくる。女性はお腹の出ている子もいるが、概ね長い手足をくねらし踊るスレンダーな若い子たちだ。全般的に化粧が厚めで、気を付けないと後で「あんた誰?」状態になることがあるから、厚皮の下にある素顔を見定められる、するどい想像力が要求される場所である。いや、見栄えよりも性格や態度に問題のある女性に捕まり後悔する可能性も高いので、そこでは冷静でするどい人間観察力の方が大切かもしれない。とにかく舞い上がってはいけない。その手の場所では客をその気にさせるため、さもこちらに一目惚れしたかのような言葉や態度は朝飯前で、それなりのボディータッチにもまるで躊躇ない。しかし単なる見学ときちんと断っていたNさんには、そのような細かい諸注意を伝えていなかった。

 Nさんは初めて行ったゴーゴーバーに恥ずかしくて顔を上げられないと言い、とても照れた様子だった。そう言った矢先、三人がカウンターに並び座り僕とHさんが話をしている最中、Nさんは一人の女性を指名しカウンターから壁際の席に移動してしまった。これは僕らに何も相談なく、Nさんの唐突で意外なスタンドプレーである。初めてのゴーゴーバーでその行動は、僕の感覚ではとても勇気の要るものだ。しかもついさっき、恥ずかしいと言ったばかりである。
 僕とHさんは店側から女性を選べと言うしつこい誘いに対し、二人はホモで恋人同士だから女性は要らないとかわし続け、話をしながら時々別シートに移動したNさんの様子をチラ見していた。すると見るたびに、Nさんと女性の密着度が上がっていった。しまいに女性の背中が壁になり、前方からNさんの顔が見えなくなった。Nさんはシートに埋もれ、大きな駅弁を抱える体勢になっていたのである。Nさんに元々備わるその手のスイッチが入ってしまったのか、それとも女性が積極的過ぎるのか、僕はその様子を訝しく見ていたが、女性の背中に回ったNさんの手はあまり迷惑がっているように見えなかった。僕は一体何が起こったのか飲み込めず、これはまずい場所にNさんを案内してしまったと、少々困惑するはめになった。

 僕の困惑をよそに、Nさんは女性との密着会話にますますはまり込んでいった。おそらくその時の彼には、うるさいほどの音楽もステージ上の華やかなショーアップも、まるで聞こえず見えていなかっただろう。もちろん唖然とする僕の様子など、まるで意識の外だったに違いない。医者が重傷患者にするように僕はNさんの意識レベルを確認せずにはいられず、手を振り彼の反応を確かめてみたが、既にNさんは「あんた誰?」状態に陥り視線は宙を彷徨っていた。これは中毒初期症状である。早めに手を打たなければ手遅れになるかもしれない。
 そこにベテランHさんが、Nさんが後戻りできるぎりぎりの時間を見測り帰ろうと号令を発した。その少し間際、僕とHさんは、Nさんが女性を連れ帰るかどうかで賭けようかという話までしていた。実はHさんは、Nさんが既に手遅れかもしれないと思っていたようで、彼がその女性を連れて帰る方に賭けようとしていた。しかし最後にNさんは女性を振り切り、後ろ髪を引かれるように一人で店を出てきたのである。
 Nさんはかなりその気になっていたらしいが、僕とHさんに遠慮したと言った。遠慮など必要ない、その気があるなら戻って連れてきたらどうかと僕が揺さぶりをかけてみると、Nさんの足取りが一瞬緩みけしかけたこちらが「え?」と驚いたが、結局Nさんは何かを振り切るように、一旦緩んだ歩を店の反対側へと進めた。
 こうして第一ラウンドが終了し、次はカラオケバーへ移動した。僕とHさんは元々、Nさんの社会見学として、フルコースに近いはしごを考えていたのである。Nさんにとってカラオケバーは、上がり過ぎたボルテージを下げる鎮静剤の役目を果たしてくれたようだった。そこに一時間強いたのだろうか。この後僕は一人、戦線を離脱することになった。Hさんのホテルで待つ家族への気遣いで、僕は十一時前、Hさんに無理矢理タクシーに押し込められた。この時HさんはNさんの中にくすぶる残り火を見逃さず、タクシーに押し込められたのは僕一人だった。HさんとNさんはタクシーで帰る僕をよそに、二人で暗闇に消えていった。

 翌朝、僕は家族を伴い、ホテル最上階レストランへ朝食を取りに行った。いつもレストランでは、僕がモナの注文を聞き、バフェスタイルで並んだ料理をテーブルにサーブする。その日も僕はいつものように家族の分を皿に取り揃え、何度かテーブルと料理が並ぶ場所を往復し、最後にオムレツをテーブルに届けてくれるようお願いをしてからようやく自分のコーヒーにありついた。僕はそうやって、最初にレストランの中を一人でうろついていた。
 朝食が終わりそうな頃、モナが「あれ? あの人Nさんじゃない?」と言った。Nさんも同じホテルに宿泊しているから、彼がいてもおかしくない。僕が「そう?」と顔を上げた時、Nさんは僕たちのテーブルから数メートル離れた場所を、まるで仕事に取り掛かる泥棒のように、背中を丸め大げさな抜き足差し足で出口に向かって歩いていた。「あっ、Nさ〜ん」と僕が少し大きな声を出すと、Nさんとそのやや後ろを歩く女性が同時にこちらへ顔を向けたが、Nさんはすぐに自分の前方に向き直してそのまま行ってしまった。「あら?」と思った次の瞬間、Nさんと僕の知らない女性が、二人で揃って壁から上下に顔だけを並べて出したので、僕はその時ようやく、Nさんが女性連れであることを理解した。Nさんはその奇妙な体勢で朝の挨拶をし、すぐに顔を引っ込め壁の向こう側へ消えた。Nさんが前夜にホテルへ女性を連れ帰ったことは、彼のその様子から僕やモナにもすぐに分かることだった。

 女性がホテルを去った後、僕はNさんから昨夜と今朝の話を聞いた。彼は朝、僕たち家族と鉢合わせしないよう、時間をずらしてレストランに行ったつもりだった。しかし食事中、Nさんはレストランの中で料理をテーブルに運ぶ僕の姿に気付き、内心とても焦ったらしい。まずいと思ったのは僕に対してではなく、モナに知られることだったようだ。Nさんはホテルに女性を連れ帰ったことで、同じ女性のモナに軽蔑されること心配した。しかしモナはそれまで、僕の友人や知り合いのそのような行動に対し寛容だった。同じホテルに宿泊する友人・知人であれば、その人の連れ帰る女性とタクシーに同乗することもあったが、それでも女性を連れて帰る男性の事をあけすけに悪く言うことはなかった。「男はしょうがない生き物」程度の小言を言いながらも、女性にとっては連れ出してもらえば助かるだろうという意見さえ持っていた。仕方なくそのような環境で働くならば、客が付かないより付いた方がましだということだ。だからと言って僕が当事者になれば、それは離婚に直結する大騒ぎに発展するのは間違いない。
 僕はNさんに、モナのことは心配ないと言った。僕はそれより彼に、「Nさん、一体どうしちゃったの?」と訊いた。Nさんは以前、自分に体の関係を迫った女性を寸前で振り切った実績があるほど、その手のことに慎重な人だと僕は思っていたからである。

 Nさんは僕と別れた後、Hさんと二人で暗黒喫茶(フリーの女性が自分を買ってくれる男性を求めて集う場所)に行った。Nさんはインターネットの世界でしか知らない暗黒喫茶に行くことができて、感無量だったそうだ。それまでバーチャル世界だと思っていたところに、実際に自分が立ってその雰囲気を肌身に感じているのだから、その不思議さも手伝いさぞかし彼が高揚感に包まれたことを、僕も容易に想像できた。
 暗黒喫茶は通常のゴーゴーバーとは違う、男にとってはハードルとも言える一つの掟がある。それは自分が見初めた女性と一晩一緒に過ごしたいと思っても、女性側に拒否権があることだ。相手が自分を気に入らなければ、いくらお金を積むと言っても断られる可能性がある。逆に向こうからお誘いを受けるということは、そのハードルを一つクリアしたことになるが、もちろんこちらも拒否権を発動することができる。あくまでもその場所はお酒を飲む男女が集うところで、その中で出会った男女がどうなるかは客の自由意志による。よってそこは非常にフェアな場所であり、男性側は酒を飲んで果報は寝て待つ作戦を気長に遂行しこれと思う女性の出現を待つか、適当に手を打ちまずは実績作りを先行させるか、現場でのトークを楽しむだけと割り切るか、遊び方のスタイルも自由に決めることができる。
 ただしこちらに拒否権があろうが、そこには百戦錬磨の女性が多くいる。こちらが断ろうが粘着して相手の気が変わるまでしつこく食らいつく女性もいれば、もっとストレートに押しまってくる女性もいる。特に客から声がかかりにくい妖怪のような女性たちに、その傾向が強いようにも見受けられる。
 Hさんは押しに弱いNさんが妖怪女に拉致されるのを防ぐため、店のウエイトレスに自分たちの周囲を囲ませ壁を作るなど、Nさんに対し気を遣ったようだ。天然のNさんは最初、なぜウエイトレスがこちらに背中を向けて自分を取り囲むのか、不思議だと思っていたようだ。そして彼は壁の隙間から、店内の様子を密かに観察していたのである。
(次回へ続く)



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カテゴリー:Nさんの冒険
エントリー:698.Nさんの冒険 AGAIN3
2013年10月09日

697.Nさんの冒険 AGAIN2

(前回の続き)
 僕は家族に先立ち自分のホテルにチェックインを済ませ、久しぶりに湯船にお湯を張り一人でくつろいだ。
 昼過ぎから家族がホテルに合流し、そしてほぼ同時刻にHさんも同じホテルへやってきた。ホテルロビーで、相変わらずの笑みをたたえたHさんに最初に気付いたのはモナだった。その後お互い少し時間を置き、いつものコーヒーショップでHさんとの歓談が始まった。Hさんとの歓談は、いつものことでついつい時間を忘れてしまう。僕はついでに、Nさんのこともすっかり忘れていた。夕方慌ててNさんに電話を入れると、彼はマニラのプチ観光を終え僕と同じホテルにチェックインした後、部屋で一人待機していた。僕は自分たちの居場所をNさんに伝え、コーヒーショップにてHさんとNさんの初のご対面となった。
 始めのころHさんは、Nさんの天然具合に戸惑いリアクションに困る場面もあったようだ。しかし常に周囲に気を遣うHさんは、自分の戸惑いを僕やNさんに気取られないよう気を付けていた。そして次第にHさんがNさんに慣れてくると、お互い打ち解けて冗談が言える雰囲気が出来上がっていった。

 Hさんはフィリピンの大ベテランで、宿泊しているホテルの界隈にはすこぶる詳しい方である。そしてこれもいつものことで、コーヒー代、食事代、夜の飲み代を、なかなかこちらに払わせてくれない方だ。その時のコーヒー代はHさんが支払い、Nさんがそれはいけないと真剣に鼻の孔を膨らませていたが、支払いの件になるとHさんはいつも相手の言葉などどこ吹く風だ。普通はこのような一方的な支払いというものは居心地が悪くなるもので、それは鼻の孔を膨らませたNさんも同じ気持ちだったはずだが、Hさんという方はそれでも会って一緒に過ごしたいと思わせる不思議な魔力(魅力というより魔力と表現した方がよい)を備えた人である。Nさんもこの魔力にあっと言う間に飲み込まれ、食事とその後の夜の徘徊を、喜んでベテランHさんに従うことになる。

 さて僕はマニラ滞在中、Hさんに家族や自分の友人の飲食代まで出してもらうことになり、終始あることに思いが至っていた。それは、Nさんがフィリピンに到着してから一緒だったフィリピン人男性・女性に対し、Nさんがどこで何をするにもお金を支払うことになることと、Hさんに僕たちが一緒する時に、Hさんがいつも支払いをすることの対比である。Nさんに会いに来たフィリピン人に悪気はなく、自分たちの地元に来たからにはNさんが安全にマニラを楽しめるようにとの配慮があったことと思う。彼/彼女らに、Nさんにたかってやろうという粗末な考えは一切見えないが、それでも押しかけてくれば、結果的にNさんの負担が増えてしまう。この構図が、Hさんと自分たちにそっくり当てはまるのである。こちらは払おうと思えば払えるということ、そしてできれば割り勘が良いと本気で思っているところに少々違いはあるものの、途中から僕は、この似た構図が妙に気になり始めた。
 この構図は、翌日別の友人Sさんが合流してからも続いた。あまりに恥ずかしくなり、翌日の夕食の支払いをこっそり済ませてしまおうとレジでこそこそやっていた僕は、それをHさんに見つかった。Hさんは少しすごんで、「何をやってるんですか!」と言ってきた。「いやいや、財布の厚みは僕の方が勝っていますから」と自分の財布の中身をちらりと見せた僕にHさんは、「厚みの問題じゃない、入っているお金の色が違うじゃないか」とブルーの札束が詰まった自分の財布の中身を見せつけ、僕はあえなくこの戦法に撃沈した。たまたま僕の場合、ATMから出てきたのが五百ペソ札だったということだが、これが敗因になるなど誰が予想できただろうか。こうして相変わらず、同様の構図が展開された。

 僕は度々、この構図は一体何か? ということを考えていた。このような事態になる背景には、もちろん基本的な財力の違いがある。するとますます、日本人と一般的フィリピン人の構図がここにピタリと当てはまり、これは相似形ではないかと思えてきた。実は終盤、僕は支払いが誰かということにこだわっていたわけではない。そこを深く考え過ぎると、返ってHさんの気持ちを窮屈にさせてしまうことも分かっている。Hさんは、楽しいひと時を一緒させてもらい本当にありがとうという気持ちで支払い担当に徹する、謙虚でおおらかな方なのだ。その気持ちを踏みにじると、Hさんは半ば本気で怒りだす(実際に、怒るぞ怒るぞと威嚇する)。だから僕はご馳走してもらうことよりも、そのようなHさんの気持ちに対し心から感謝し甘えさせてもらった。しかしHさんに色々出してもらうことを僕は諦めていても、しばらく僕は、このように支払いをしてもらう代わりに、僕自身がHさんに与えられるものがあるだろうか? もしくは何かを与えることができているだろうか? ということを考えていた。
 つまり僕の中にはおそらく、Hさんと対等になりたいという自然な願望があるのである。対価同等の物を僕がHさんに与えられなければ、これはHさんの一方的な行為となり、単にHさんは与える側で僕は与えられる側になる。おそらくこのような関係は、長続きしないだろう。実際これがHさんでなければ、僕はそのような方と一緒することを避けるようになるはずである。なぜならこの関係は、自分が落ち着かないからだ。よってせめて自分に、Hさんに対し与えられるものがあれば、僕は自分の精神的安定を得ることができると思っている。そしておそらくHさんは、Hさんの気持ちがこちらに伝わっているとご自身が認識できなければ、自分は一体何をやっているのだということになるだろう。
  逆説的な物言いになるが、これを日本人とフィリピン人の組み合わせに当てはめると、同様のことが言えると思われる。

 僕は普段、自分の家族の生活をできるだけ潤いのあるものにしたいと考えている。僕は家族に対し、普段の食事は生命維持のためのものに限定し、レジャーのようにお金のかかることを極力我慢させたいなどの考えはなく、できるだけ生きていることを楽しみ喜びを感じて欲しいと思っている。それは自分の自発的な欲求・願望であり、普段自分が家族を食わせてやっている、自分のお金で楽をさせ色々楽しませているといった一方的な押しつけの考えは入り込んでいない。僕は無理にそのような考えを捨てているのではなく、これはあくまで、家族にそうあって欲しいという自分の自発的願望である。
 自分の周囲には、フィリピーナパートナーを持つ同じような気持ちの日本人男性も少なからずいる。それは言葉にして言われなくても、その人の様子・態度を見ていればすぐに感じ取ることができる。つまりこのような考えは、特別自分だけのものではなく、ある意味一般的なものである。
 この願望の源は何かと言えば、それは自分の家族に対する愛であり、家族から自分に振り向けられる愛であることは間違いない。そこから自分は、普段の生活で無意識に幸せを感じ取っているのである。しかしこれはあくまで相互作用の賜物であり、これがどちらかの一方的な感情である場合は、その気持ちを安定して長続きさせるのが難しい。そして、この相互の気持ちにこそ精神的な対等が生まれるのであり、それがなければおそらく単に、与える者と与えられる者として心の繋がりは希薄になり、このような関係は砂上の楼閣として何かをトリガーに簡単に壊れてしまうのである。それは一見、仲が良い、愛し合っているという体裁を整えた夫婦や恋人同士さえ、対等な精神的関係を築けなければ同じだ。単に与えられる者とはどこかに卑屈な感情が芽生え、何か落ち着かないのである。逆に対等な精神的関係を築いている二人は、喧嘩も躊躇なくできる。喧嘩をするほど仲が良いとはそのようなことだ。愛があるからこそ相手に対する要求が明確であり、自己犠牲もいとわない。それが時に衝突を生むことがあり喧嘩の火種にもなり得るが、人間とはその背景に愛が潜んでいるかいないかを自然に嗅ぎ取る能力を持っている。だからこそ鬱陶しい苦言や苦情にも耐えられるのだ。お互いに与え与えられる物があり、かつそれをお互いが自覚してこそ精神的対等関係が生まれ、お互い必要とし合う関係となる。

 これが友人という関係であれば、愛を友情という言葉に置き換えればよい。よって僕は、大切な友人との付き合いでも、ついついそんなことを意識してしまう。そしてそのような考えを通し、自分が周囲に何かを与えられる人間であることが自分自身を幸せにするということも、年輪を重ねながら分かるようになった。単に幹が太くなっても中身がスカスカですぐに折れてしまう老木は、ただ枯れていくだけの存在である。それを分かり感じる歳になってしまったからこそ、僕は仕事でも私生活でも、もがくようにそのようなことを考える。しかし、ただ考えることで周りに何かを与えられる人間になれるわけではない。だから人は、気持ちや態度や財力や能力において、自分から絞り取れる部分を総動員させ、各々足りないところを足りている箇所で補おうと努力する。これらの全てが欠乏してしまえば、その人は得るものがない人として世間から、場合によっては家族からさえも見捨てられる。この中で、気持ちや態度は努力で修正しやすい部分だから、その努力さえ見えない人は見捨てられても仕方がないということかもしれない。

 Hさんは稀に、ほとんどの要素が充実した人である。そのような人と付き合うのは、こちらも釣り合うよう自分に磨きをかけなければと励みになる。ただし全てを兼ね備えているように見える人も、本人にしか分からない悩みや卑下を持つものだろうし、隣の芝生が青いということもあるだろう。僕は決して全てを持っているとは言い難い人間だから良く分からないが、きっと人間とはそのようなものだろうと思っている。だからこそ充足していると思われるHさんのような方に、自分のような人間が関わる隙が生じるのだろう。それはHさんに限らず、自分の交友範囲にいる他の方々に対しても同じことだ。この付き合いの中では相手から何かをもらい、自分が相手に何かを与えるという点が大切な意味を持つと思っている。俗に言う「波長が合う」「心が和む」「楽しい」「嬉しい」「ワクワクする」「安心する」という気持ちになれることも、言い換えれば与え与えられる物であり、どちらかと言えばこのような気持ちを喚起する何か(要素)が、人との関係において重要なことに思える。

 さてNさんは、マニラというデンジャラスゾーンでこのようなHさんに出会い、短い期間に十分感化された。Hさんの勢い、態度、機転、気前(ついでに男前?・・自称)全てに関するオーラに驚き、この方はすごい人だと思ったようだ。それが影響したのかどうか、Nさんはこの度のマニラ旅行でひとつの殻をやぶり、大きく飛躍してしまったのである。ある意味、危険な領域に足を踏み入れたのかもしれない。フィリピンでは、小さいと思われることでも、後に大事に発展することが往々にしてある。それは僕が、これまで身をもって体験してきたことでもある。それが最終的に吉と出るか凶と出るか(感じるか)はその人次第だが、僕やHさんを始め周囲にいた人は、もちろんNさんが最後にどうなろうと関知するところではない。死して屍だけ拾う者なしでは可哀そうだから、その部分はこちらも努力したいが、責任だけは自己に帰結するものだと思っているし、Nさん自身もそのことを十分認識している。

 ここでようやく告白すると、Nさんが今回体験したのは、マニラの春を売る女性と関わりを持ったことだ。僕は「NさんVSフィリピン人」の関わりと「HさんVS僕たち」の関わりを通し、ここにも書いたような人との付き合い、友情や愛情、情けや同情、それらとお金の関係のことを考えていた。
 Nさんは駆け付けてくれた下宿先彼女やそのような女性たちとの関わりを通し、何を感じ、何を得たのだろうか。彼女たちと一緒にいて、「嬉しい」とか「ワクワクする」というものを喚起してもらえたのだろうか。それがあっても無くても、何かを感じたのであればいずれもそれらは人生勉強で、何も感じようとせず何も考えていなければ、これは単なる浪費だったということになるかもしれない。
(次回に続く)
※今回の記事は塩・胡椒、ついでに唐辛子までふって書けとの指令があり、次回はそれが一層顕著になりそう…汗



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カテゴリー:Nさんの冒険
エントリー:697.Nさんの冒険 AGAIN2

696.Nさんの冒険 AGAIN1

 僕がフィリピンに帰ったのは、日本が盆休みに入る少し前、もう二か月近く前のことになる。

 フィリピン到着後に空港の外へ出るとフィリピンはマレーシアよりずっと涼しく、少し風が吹くと寒いと感じるくらいだった。それは早朝で、辺りが閑散としていたせいもあったのだろう。ついついフィリピンに騒がしい様子を想像(期待)する僕は、それに少々寂しさを感じるほどだった。
 タクシーさえも不足していて、それを待つ人が長い列を作っていた。長い列には、海外からフィリピンを訪れた人と地元の人が、見事に混ざっているようだった。列に並んでいれば、言葉の違いでそれが分かる。いずれの人も多くの荷物を抱え、帰省や旅行と思われる人たちだ。その人たちの混在言語を聞きながら、僕の中には地に足がつかないような落ち着かない気分があった。その地を半年も離れてしまえば、久しぶりに会う父親によそよそしくなる子供のような、そういった空気が自分の中に出来上がっていたようだ。しかし、遠足を待っていた子供がようやく当日の朝を迎えたような、浮足立つ気分が自分の中に同居していたことも確かだった。久しぶりに家族や友人に会うことができる。そして三泊四日をマニラで一緒に過ごす。
 モナとユリが当日の昼に合流し、日本に住む友人Nさんは前日マニラに到着し、既にマニラで自分を待ってくれていた。昼頃には別の友人Hさんが合流し、翌日はもう一名日本から、友人のSさんがやってくる。マニラに集うそれぞれの目的に微妙な違いはあるが、とにかく顔を合わせれば話に花が咲くことは分かっている。そんな時間を想像すれば、浮足立つなという方が難しい。

 早速、前日マニラ入りしていたNさんに電話をすると、彼の方から空港に迎えに行きましょうかと言ってきた。彼は日本からフィリピンに来る際、不慣れな人に何事も無きようこちらが気を遣わなければならない人である。そんな人が空港に迎えきてくれると言う、その本末転倒的なその物言いが、Nさんらしくて面白い。本人はいたって真面目に言ってくれているが、不慣れで危ない人がよく慣れた人を迎えに来るということに、ご本人は気付いていたのだろうか。Nさんはおそらくほんの一泊のアドバンテージで、フィリピンの持つ毒に侵され気が大きくなっていたのだろう。僕はNさんの気持ちを有難く思いながらもお断りを入れ、少々時間がかかることを覚悟で長いタクシー待ちの列に並んだ。並んでいる間、Nさんとの会話は電話を通して続いていた。
 するとNさんは、自分が昨日チェックインした部屋に、現在若い女性が二人寝ていることを告白してきた。Nさんはいつでも、人を驚かせる天然性(敢えて天性とは言わない)の何かを発揮する。天然だからこそNさんは、何を言っても嫌味がなくこちらは驚くか笑うだけで、彼は人の心を癒す何かを持っている。もう少し掘り下げて言えば、彼は子供のような人である。他人の言うことを信じやすく感化され易い。だから僕は時々、Nさんに対する自分の発言に気を付けなければならない。自分が迂闊に言ったことを彼がストレートに信じ実行したら、とても危険だからだ。

 Nさんは自分の部屋で寝ている女性に気遣い、一人でそろりと部屋を抜け出しラウンジでコーヒーを飲んでいる最中だと言った。これが普段から挙動不審で品位のかけらもない方であれば、二人の女性を部屋に連れ込んだことに僕はおかしな勘繰りをするが、以前数回の渡比で品行方正を貫き清純派を印象付けてきたNさんのことである。おそらくよんどころない事情があるのだろうと、僕はそうなった背景に興味を引かれた。
 よくよく話を聞けば、若い女性二人はほぼ強引にNさんの部屋に押しかけ宿泊したようだった。二人のうち一人は、Nさんが初渡比の際に下宿させてもらった家の若い娘であり、もう一人はその従姉だった。つまり決して怪しい関係の相手ではなく、これからもおそらくそのような関係にはならないだろう相手である。その女性らの行動は、Nさんの部屋がツインであること、そして女性が二人で泊まれば安全という上でのことだった。
 Nさんは彼女の家に下宿させてもらってからそれまで、要所でささやかな援助を続けながら彼女と遠距離交友を続けてきた。援助して遠距離交友関係を続けてきたのだから、これを援交とも遠交とも呼ぶことができる。彼女の家庭はフィリピンの一般的な、つまり極貧ではないが毎月綱渡りのような生活をし、特別な出費の必要性が生じれば誰かに頼らざるを得ない母や兄弟や兄弟の家族で構成される。そこで若い女性が夜の仕事を一切やらず何とか生活を繋いできた一助として、Nさんの存在があったということになる。
 Nさんの告白話を聞きながら、僕はようやくやってきたタクシーに乗り込んで彼の部屋へと向かった。

 Nさんとホテルロビーで合流してから彼の部屋に入ると、告白通り二人の若い女性がそこにいた。一人は以前、Nさんと一緒に会ったので顔見知りだ。もう一人の若い女性には「初めまして」という挨拶をしたが、僕は彼女と話しながら次第に、自分がその女性を知っている気がしてきた。その印象がしばらくして、「僕は彼女を間違いなく知っている」という確信に変わり、僕がNさんにそのことを耳打ちするとNさんは瞬時に瞳孔を開き、身をのけぞらして驚いた。僕はその女性を、下宿先彼女のフェイスブック上で一度見ていたのだ。それを本人に確認すると、その記憶は当たりだった。そのようなたわいもないことであれ、初対面の人とは話題が多いほど助かる。こうして僕たちの会話が繋がっていった。

 彼女たちは前日Nさんを、マニラ空港まで迎えに行ってくれた。空港でのNさんのピックについて、僕は事前に彼女から相談を受けていた。つまり、久しぶりに会いたいし一緒に食事や遊びを楽しみたいが、おしかけで迷惑にならないかと彼女が遠慮しているのである。彼女はNさんと一緒したいのが見え見えなのに、「彼が迷惑なら行かない方がいいよね」と言いがら、僕の「一緒しようよ」という言葉を引き出そうとしていた。フィリピンに行ったら彼女に会いたいというNさんの気持ちを知っていた僕は、良いのではないかとNさんと連絡を取り、空港で二人が落ち合う段取りをした。
 予想通りNさんは、マニラ初日に彼女たちを伴い食事をし、その後カラオケバーにも一緒に行ったようだ。その流れで彼女たちが、Nさんの部屋に泊まり込んだ。
 普段つつましい生活をしている彼女たちは、初めてのカラオケバーに興奮したことを僕に嬉しそうに教えてくれた。彼女たちがそのような女性の職場を見るのは初めてで、綺麗な化粧ときらびやかに着飾った女性が大勢いることに圧倒されながら、おしゃべりと歌とその雰囲気を十分に楽しんだようだ。

 彼女は水商売の経験がなくても周囲から聞こえてくる噂話から、外国人スポンサーを掴むことのうまみをよく知っている。特に自分に鼻の下を伸ばす類の外国人男性が自分にとって大変おいしい存在になることを、彼女は鋭い嗅覚で自然に嗅ぎとっている。もちろん本人はそのようなことを口にせず態度にも出ないよう気を配っているが、Nさんの自分に対する感情を僕にさりげなく確認してくる様子で、僕にはそれが分かってしまう。特に相手が良識ある日本人となれば、自分の嫌なことを無理強いされることもなく、話を上手に持っていけば気前がよくなる。Nさんという理想に近い足長おじさんを見つけた彼女は、少しでも彼の心に食い込みたい。スポンサーがいれば、普段から特別な援助がなくても、こうして時々知らない世界を覗き買い物や食事を楽しむことができる。それだけでも彼女たちにとっては、日本人が正月を迎える時のような特別なイベントになりえる。そして友達という名のスポンサーは、自分たちが本当の窮地に追い込まれた時の保険になる。彼女にとって、そんな知り合いは多いほど良い。多ければ多いほど、足長おじさん一人当たりの負担は減るのだから、無理をして愛想をつかされる心配が減るという計算まで自然と身についているように見える。
 
 こうして書くととても嫌らしい女性、世界に思われてしまうが、直接本人たちと会っている時にそれを感じることは少ない。それは彼女たちが純粋な部分をも自然と持ち合わせているためで、相手の稚拙な策略が見えてさえ、その人が小悪魔か純情天使か、どちらが本当の姿なのかを迷う男性が多いはずだ。それに対する答えは一概に決めつけられないが、自分の経験上はどちらも本当の姿というケースが多く、実は相手が天使ではなかったというケースでは、相手は小悪魔程度ではなく大悪党である場合がある。だから本当に相手が小悪魔程度なら、たとえその人に嫌らしい部分が見えたとしても天使の部分に癒される代償として、そのような一面には目をつぶっても良いのではないかと僕は思っている。
 それは日本人も同じで、どんな人の心の中でも、時々顔を出す悪魔が多かれ少なかれ存在する。自分も過去、自分の中に悪魔が存在していることを自覚し、自己嫌悪に陥ったことが幾度とある。それについては人の良いNさんも同様で、彼はその後二日間のマニラ滞在で、ふと顔を出した自分の中の悪魔に負け、マニラで奇妙な初体験をしてしまうことになる。

 前夜食事を含めたナイトライフを満喫した二人の女性は、僕が合流してからも家に帰りたくない様子だった。加えて女性の親戚筋に当たる男性が一人合流した。彼も前夜Nさんと一緒に街を歩き、彼は前日一旦家に帰ったものの、再び早朝からNさんのホテルに駆け付けたのだ。親戚筋男性や女性たちの家は、マニラ中心街からやや離れた場所にある。わざわざ遠方から出てきて、それぞれがNさんの気を引こうとする光景はどこかいびつで、親戚同士で日本人スポンサーの取り合いをしているようにも見えるし、Nさんの渡比の機会に、Nさんとの繋がりをできるだけ強固なものにしておきたい思惑があるようにも見えた。ただし直接本人と話をすると男性は心優しい真面目そうなフィリピン人で、色眼鏡を通して観察しても、嫌らしい部分がほとんど見えてこない。
 こちらは午後から別の友人が合流し、このままでは収集がつかなくなってしまう。男性はNさんに、必要ならば今日も明日も付き合うと申し出てくれているし、女性たちはこの後も一緒に遊ぼうと声をかけてもらうことに期待を寄せている。肝心なことはNさんがどうしたいかであり、僕はそれをNさんに確認した。Nさんはもちろん身軽になって僕たちに合流したい意向だが、気の優しい彼は、わざわざ遠方から自分のところへ来てくれた人たちに直接断れないのである。仕方がなく僕からこの会はここで終わりにしようと断りを入れ、女性たちには家に帰ってもらった。男性はせっかく朝から来てくれたので、引き続きマニラ市街の観光地にNさんを案内することになり、僕とNさんは待ち合わせの時間を決めて、一旦別れた。
(次回に続く)



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