フィリピーナと共に
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マレーシアにて:カテゴリの記事一覧です。

2019年05月09日

日本はどこへ

 どうやらマレーシアは、雨季に入ったようだ。連日雨が続いている。断続的な、集中豪雨のような雨だ。一旦それが始まると、車の運転席の視界は霧に包まれたかのように悪くなるし、屋内にいれば屋根を叩きつける凄まじい雨の音が聞こえ出す。加えて空気を震わせる雷鳴は、生身で外へ出るのに恐怖を感じるほどの迫力がある。
 これが連日のことになれば、それはまさしくこの地の風物詩なのだ。
 日曜日も、あいにく朝から雨だった。だからと言って、いつまでも布団の中でぐうたらできるわけではない。育ち盛りの子供がいれば朝食だって準備しなければならないし、市場に行って一週間分の食料も買い出ししなければならない。もっともそんな用事がなくても最近は、ゆっくり昼頃起きるなどという芸当はこなせなくなっている。前日十二時前に就寝すれば、早い時には朝五時頃に目が覚めてしまうからだ。寝るにも体力が必要だと言われるけれど、残念ながらその体力が、もはや自分には乏しくなっているのかもしれない。
 それにしても三人の子供を相手にしていると、どうして人間は食べなければいけないのかと、つくづくと思ってしまう。それぞれ食べたいもの、食べたい時間がばらばらで、各自の要求をそのまま聞いていると何かと忙しい。休日は自分が食事係を半分担っているから、朝は早起きする自分に自然と子供たちのご用命が集中する。とにかくみんな食欲旺盛で、市場やスーパーで買った、車から部屋に持ち込むのに一苦労も二苦労もする大量の食料品は、気付くとあっという間に消費されている。成長期の子供はたくさん食べた方が良いという持論の僕は、そのことを喜ばしいことだと思ってはいるが、それにしても細切れによく食うからこっちは忙しいのだ。そして子供が日々成長しているのをふとした拍子に確認するとき、普段買い込む食料品が、子供たちの血肉になっていることを実感する。
 最近妻のモナは、体重が減らないと嘆く。以前は少し体が重くなると、減量のため体操などでそれなりに効果を上げていたのだが、今は体重を一キロ減らすのにも苦労しているようだ。普段買い込む食料は名実共に彼女の血肉にもなっているということで、若いと思っていた彼女も歳を取り、新陳代謝が衰えてきたのかもしれない。
 こうした家族の食べっぷりを見ていると、歳を取った自分も、まだ気が抜けないとしみじみ思うのだけれど、お金がかかるのは食料品だけではない。今年に入って九歳のユリにパソコンを買い、五歳のイッチには携帯を買い、そして十五歳のベルの誕生日にプレゼントは何がいいかと尋ねるとパソコンと言われ、それも先週購入した。パソコン売り場でどんなものを買うか物色している最中、イッチが展示しているパソコンを懸命に操作し遊ぶのを見ていると、あと一年か二年もしたら、このボーイにもパソコンを買う羽目になりそうだと思い、そんな物品に随分と金がかかるようになってきたことに気付く。
 そうなってくると、もはや自分の欲しいものはほとんど買えない。普段文章を書くための小さなラップトップが欲しいと思いながら、それが買えない。文章を書く専用として低性能の安物で十分だけれど、その安物が買えないのだ。ラップトップが無理なら、せめて自分もイッチが使っているようなフルディスプレイでメモリの大きな携帯が欲しいと思いながら、次々と家族に必要な物を買う日々が続く。
 最近HUAWEIが出したP30PROなる携帯のカメラ性能は目を見張るものがあるけれど、今はモナがそんな製品に刺激され、新しい携帯を欲しくなっているようだ。そのせいで彼女は、外へ出かけた際にはいつも、半ば購入するような勢いで家電売り場の携帯をチェックしている。そうなると、自分にお鉢が回ってくるのはいつのことになるやらさっぱり見当がつかない。
 仕方ないから僕はブルートゥースキーボードを買い、それを手持ちの携帯に繋いで、まさに今この文章を書きながら、随分文章を打つ効率が上がったと喜んでいる。こういった周辺機器は圧倒的に中国製が多く、価格は驚くほど安い。安い中でもタッチパッドのない一番安いものを選び、それを更にディスカウント交渉して買った。結果、購入したキーボードは千五百円を切って、通信販売の安物を下回る価格になった。今や携帯の性能はパソコンのようなものだから、単に文章を打つだけならこのような方法で十分かもしれない。なのでしばらくラップトップは諦めて、自分の欲しい物リストのトップは密かに、安くて高性能な携帯となっている。(最近安い携帯でも、有機LEDを使用しているものが出回り始めている。この手のディスプレイを使う携帯は色や解像度がとてもよい。メモリの大きさもSSDのウルトラノート並みで、それでいて価格は三万を切る程度だから、携帯が一体どこまで進化するのか興味深い)
 さて、我が生活の一端を披露したが、ここでこうやって生活していると、こんな風に色々なものを消費することになる。こうして消費しているのは自分だけではなく、周囲の人たちもこぞって買い物を楽しんでいる。
 日本の企業は、作るものがない、売るものがないと商品企画をうまく作り切れていないように言うけれど、実際に商品は市場に溢れ、こうして刻々と消費されている。
 ここで悲しく重要なのは、日本製でなければ嫌だ、なんてことを誰も言わなくなったことだ。今はパソコンでさえ、中国製の得体の知れない安物がたくさん売られている。とても薄く、デザインが随分洗練され、超安物に見えない超安物だ。そして自分は、そんな安物をお試しで使ってみることに全く抵抗がない。それほど価格が安いのだ。そうなら壊れても、やっぱりかと諦めがつく。真剣に購入店へ文句を言おうなどとも思わない。もし幸運にも、保証で新品と交換してくれたら問題ない。日本のメーカー品だって、壊れるときには壊れる。
 気が付けば東南アジアのパソコン市場では、ACERとかASUSとか、そんなメーカーがしっかり根を張っている。我が家も真ん中の娘に買ったパソコンはACERで、値段はそれほど安くなくなったけれど、値段相応に良いものとなっている。
 先日ショップで、イギリス人がHUAWEIのノートPCが欲しいと店員に話しているところへ出くわしたが、それは人気で品切れだと断られていた。HUAWEIはPCの老舗でないが、既に市場の評価を獲得している。
 故障は無料で修理、あるいは交換してくれるという保証があれば、日本製でなくとも何の抵抗もなく購入できるのだ。自分はそんなマインドを持つまでやや時間を要したけれど、こちらの人のマインドとは大体そのようなものだ。
 すると、日本の異常に細かい品質へのこだわりが足枷となり、日本企業は大きな市場をみすみす逃しているように見えてくる。
 品質とは材料費がかからず無料だと誤解されるが、実はとても経費がかかるものなのだ。それが売価にしっかり反映される。
 気付けば中国は、安さだけではなく、技術力も相当に上がっている。アメリカが、中国企業であるHUAWEIを排除しようと躍起になりながら中々それがうまくいかないのは、HUAWEIの技術力が市場から簡単に排除できないほど高いものになっているからだ。事実P30PROのような、既存携帯では最高水準と思われる製品を出してくる。HUAWEIは通信基地用機器という産業機器のみならず、民生品でも業界をリードする存在になりつつある。
 ここにきて日本の携帯ではSONYが奮起しているようだけれど、今や東南アジア市場はHUAWEI、サムソン、VIVO、OPPOが激しい競走を繰り広げ、凄まじいスピードで新製品を投入している。
 そこにSONYの携帯がどこまで食い込めるのか。
 日本企業は技術力では問題ないはずだけれど、商売根性というか、厚かましいほどの競争精神というか、何かその辺に物足りなさを感じてしまう。そして意思決定が致命的なほど遅い。
 地元の販売店はそんなメーカーと心中したくはないから、スピード感があり競争力のあるブランドに力を入れる。あと一年もすれば、アップルでさえ競争力を失いそうな雰囲気が漂い始めているのだ。期待感のないブランドは、加速度的に淘汰される。
 サムソンは意外にしぶとい。他社がハイスペック製品の安い商品を投入し始めると、途端にコストパフォーマンスの高い安物を出してくる。ディスプレイもカメラも、突出こそしないが、他社の同価格帯では搭載されない高性能デバイスをさり気なく載せ始めている。ブランド力に頼る高価格を設定し続けてきたサムソンは、ミドルレンジやローレンジで、いつの間にかお買い得な携帯メーカーになっているのだ。もちろんHUAWEIのP30PROは素晴らしいが、実際の購入を考慮した価格レンジで真剣に調べると、そんな実態が見えてくる。OPPOは直近で見ればVIVOに押され気味で、キャッチフレーズが先行する熟成し切らない製品を投入し始めている。取り敢えずその場しのぎという感じで、そういったなりふり構わぬ競争が一般消費者にも見えるのが、昨今の携帯業界だ。しかしそこに、日本のメーカーは影すら見えない。
 携帯を例に取り色々と申し上げたが、日本のメーカーは他の分野でも足踏みしているのではないだろうか。辛うじてパソコンでNECや富士通が頑張ってはいるが、それ以外の日本メーカーは存在感が希薄になっている。SONYの液晶テレビは相変わらず素晴らしい画質を提供しているが、一般消費者の素人に、その技術力がどこまで理解されているのか怪しい。もし理解されないとしたら、自己満足で終わってしまう。ちなみに中々よいパソコンを出しているNECは、売り上げ減少にもがいてハードメーカーからソリューションメーカーへと舵を切ろうとしている。
 日本のカメラ業界も、携帯カメラの躍進に影響を受け、苦しみながら最近ようやく消費者へ訴える製品を出し始めている。しかしハードにある程度見切りを付け出している富士フィルムは、画像ビジネスにおいてクラウドサービスでのビジネス展開を模索しているようだ。
 日本は少子高齢化や人口減少で国内需要は期待できず、企業の商品企画力や開発力も減退。投資には慎重過ぎて身動きが取りにくい。こうなってくると、日本企業には二重苦三重苦となる。しかし何もしなければ、座して死を待つようなものだ。
 日本がこれからますます苦しくなるのは、内需が期待できないからだ。中国も激しい少子高齢化となり、しかもバブルが弾けて多額の不良債権を抱えていると言われている。しかし中国には大きな内需がある。かつての日本がオイルショックなど数々の苦難を乗り越えることができたのは、内需があったからだ。国内で商品を売り金を回せることは、経済効果としてとても重要なことなのだ。
 しかし今の日本は、この内需を期待できない。人口減少の弊害が大きく、これまで金を回す上で一番大きな役割を担ってきた住宅融資の契約件数は、今の低金利状況下でさえ下がり始めている。国内の賃貸アパート空き室率は緩やかに上昇し、車の国内販売台数は1990年の約八百万台をピークに、2017年は五百万台をやや超える程度まで落ち込んだ。
 国内需要を望めないとすれば、日本企業は海外へ打って出るしか生き残る道はなく、世界の競合に真っ向から勝負を挑むつもりで海外進出、海外販売、輸出を強化しなければならないはずだが、今の体質で果たしてどこまで頑張れるのか疑問だ。現時点で日本のメーカーは、東南アジアでまるで競争力がないのが現実だからだ。前述したように中国メーカーは、東南アジアで足場を固め世界進出を果たしている。
 僕がこのように日本の近未来を考えるのは、子供がいるためだ。日本のパスポートを持つ子供が大人になったとき、日本は一体どうなっているのだろうかと考えると、不安という大袈裟な感情はないものの、少々暗澹たる心境に至る。モナは、まだ子供に日本の教育を受けさせたいという希望を持っているようだけれど、果たしてそれがいいのかも分からなくなっている。日本の教育を受け、その流れで日本社会に埋もれることが、果たして子供にとって幸せなことなのか疑問を持っているからだ。
 神経ばかりを使い、人生の最優先事項が仕事だという雰囲気を引きずりながら、それだけ苦労しても世界の中でダイナミックに活動できない日本。日本人の潜在能力はまだまだ高いということも、もはや過去の栄光にしがみつく独りよがりにしか聞こえないことも多くなった。
 反面海外の人たちは、もっと自由にのびのびと人生を謳歌している。長期休暇を利用したバカンス旅行は当たり前だし、週末は家族や友人と集い、屋外で手持ち弁当を食べながらリラックスする。それが正解というわけではなく、何でもよいから、それが自分にとって大切なことだという価値観を確立することが大切ではないだろうか。それがなければ、納得感も満足感もない人生になってしまう。因みに僕は、自分の欲しい物を買えない今の生活に、幸せを感じ十分満足している。
 今の日本はどうだろうか。いつの間にか自分の価値観が社会環境に押し潰され、幸福感を見失いやすい社会になってはいないだろうか。
 もっとも、親が普段からきちんとした背中を子供に見せていれば、子供はどこで暮らそうが自分を見失うことは少ないかもしれないが。
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2019年02月08日

ランカウイ旅行記2019

 旧正月、すなわちチャイニーズニューイヤーがやってきた。マレーシアに住み着いてから、何度目の旧正月になるのか分からなくなってきたけれど、旧正月は会社も学校も長期休みになる。
 そこで僕とモナは、子供たちにサプライズを企てた。密かにランカウイ(マレーシアの有名な観光地、島)への旅行を用意したのだ。最近の我が家は、学校と会社が同時に長期休みとなる国民的行事に合わせ、節約的家族旅行をする慣わしになっている。前回の家族旅行は、モスリムの正月にマレーシア東海岸のあるビーチへ、四泊五日で出かけた。現在の我が家のある場所はマレーシアの西海岸(これも世界的に有名な観光地、島)にあたり、南北に細長い国をちょっと横断すれば東海岸に行けると思っていたが、いざ実行してみると道程は山ばかりで、子供は車酔いにゲロゲロやりながら目的地まで十二時間もかかったものだから、途中で挫折しそうになった。挫折とは、旅行を止めて引き返すという意味ではなく、山の中で急遽一泊し、子供の負担を軽減しようか悩んだということだが、元々の目的は海で遊ぶことだったので、途中で酔い止め薬を買い、子供の様子を見ながら初志貫徹、フラフラになりながら目的地にたどり着いた。
 肝心のビーチは透明な海水で満たされた遠浅の砂浜で、しかも適度に波が高く、子供は打ち寄せる波と戯れ朝から晩まで海水に浸かり遊んだ。宿泊施設も、ドアを開ければすぐビーチという環境で、イッチはゲロゲロしたことなどすっかり忘れ、年がら年中ビーチハウス(彼が命名)に行きたいと訴えるほど、そこはみんなのお気に入りの場所となった。
 それで今回の行き先を悩んだのだけれど、やはり長距離ドライブは余りに大変なのと、船を使った旅行が子供たちは未体験だったこともあり、高速フェリーで三時間ほどのランカウイに行き先を決めたという次第だった。
 出発前日、モナが旅行バッグに荷物を詰め出すと、目ざとくそれに気付いたユリ九歳とイッチ五歳が、何処へ行くのかとしつこく僕とモナに尋ね始めた。それに対して秘密だと答えていたら、イッチがシークレットプレイスにはいつ出掛けるのかと言うので、正直に明日と答えると、「ノー、今すぐ家を出よう」としつこくまとわりついてくる。既に子供たちの脳内は興奮状態で、踊ったり鼻歌を歌ったり奇声をあげたり、出掛ける前に体力を使い果たすのではないかと思われるほどのはしゃぎようだった。
 案の定、体力を使い切ったイッチは早々にソファーで居眠りしてベッドに移され、そのおかげで旅行当日は随分早起きし、僕が起きたときには既に自分のナップザックを背負い、すぐにでも外出可能状態な姿で僕を驚かせた。
 当日、陽射しが肌に痛いほどの晴天の下、荷物を引きずり外へ出ると、子供たちは迷わず車のある方へと向かった。ベル十五歳は、自分たちがクアラルンプールに遊びに行くと思い込んでいたらしい。クアラルンプールならば確かに、過去は全て車で出掛けている。
 僕とモナはアパートのメインゲートへ向かいながら、進路を外して先行する三人の子供に声を掛けた。
「おい、おい、こっち、こっち。今日は車は使わないよ」
 ベルは意外そうな顔を作り、ユリは眩しげ細めた目をこちらに向け、イッチは「おい、おい」と僕のモノマネをしながら進路変更する。
 彼らはまだ知らないのだ。行き先がランカウイで、そこまでフェリーを使うことも、フェリーポートまでタクシーを利用することも、現地ではレンタカーを予約していることも、そしてスライダーのある素敵なプールを持つリゾートホテルに三泊することも。
 現地宿泊ホテルの決定には、随分気を使った。できるだけ安くできるだけ豪華で快適であるという相反する条件を備えたホテルを、毎晩モナと検討したのだ。旅行予約サイトの写真は実際よりも綺麗で豪華に見せているのが普通だから、旅行者のレビューを二人で丹念に読み、写真の裏に隠された真実を探り当てるよう努めて選んだ。
 一泊十万円もする部屋なら、それほど真剣になる必要はない。そのクラスのホテルは、庶民の満足ラインを普通にクリアしている。そんなホテルが多数あるランカウイで、一泊一万円から三万円ほどの部屋を探すとなれば、当たり外れが出てくるのだ。もちろん、バックパッカー向けの一泊三千円程度のホテルも多数ある。プライベートトイレやシャワーがあると自慢げに宣伝するような宿だ。割り切って格安ホテルを決め込んでもよいけれど、やはり子供たちの感嘆の声を聞きたい。そんなふうに考えて決めたホテルだった。その代わり、現地のレンタカーは一番格下の小さく安い車を予約した。どうせ普段も大きな車を使っているわけではない。せいぜい島の中を走り回るだけなら、単なる足代わりと割り切っても文句はないだろう。
 自宅からフェリー乗り場に到着し、チェックインをする段で子供たちに行き先がばれた。ユリが浮かない顔をしているので理由を尋ねると、フェリーが怖いようだった。
「何かあってもライフジャケットがあるから問題ないよ。黙って海に浮かんでいれば誰かが助けに来てくれるから」
 彼女は僕のその言葉で、ますます心配になったようだ。
 小さなフェリーはそれ程快適ではなかった。売店はないし、外に出て海を眺めるスペースもない。窓を通し、単調な大海原を眺め、時々激しい波しぶきに驚きの声をあげる程度の退屈な三時間。激しく揺れてくれたら少しは面白かったかもしれないけれど、船室の外で撒き餌のできない状況下のゲロゲロ状態は、退屈するより悲惨だったろう。
 果たして、ランカウイに到着してみると、海に面したフェリーポートの景色に子供たちは早くもナイス! と声を上げた。イッチはフェリーの中でぐっすり眠った寝起きにも関わらず、ユリと一緒に先頭をきってでどんどん出口に向かって歩いていく。直前まで熟睡していたとは思えない機敏さで。そこに二人の旅行に対する期待度が見て取れる。僕はイッチが迷子にならないよう二メートル後ろからそれを追いかけ、更に自分の三メートル後ろをモナとベルがついてくるという構図となった。モナはイッチがずいずいと先へ行くことなどお構いなしで、のんびりビデオ撮影をしているからますます遅れる。最先端と最後尾が離れていき、後ろはどうにでもなるだろうと、僕は先頭を見失わないよう気を付ける。
 ランカウイより有名な観光地に住んで、なぜわざわざ離れた格下の観光地に旅行へ行くのか疑問に思われる方もいるかもしれない。事実、余計な費用を抑え、その分豪華な地元のリゾートホテルへ泊まる選択肢もあったし考えもしたのだ。しかし、いくら著名な観光地でも、土日を利用してたまに遊びに行ける(実際、たまに行く)それらは刺激が少ないし、旅は非日常であるところに醍醐味がある。既に住んでいる自分たちにとって、ここはよもや観光地ではないのだ。そんなところへ大勢の人たちがやってきて、ワーワーキャーキャー騒いでお金を落としていく姿を見ると、ときどき馬鹿ではないかと思えるときがあるが、自分たちもどこかへ行けば勢いが付いて、地元の人たちに同じように見られているのではないかと気になることがある。
 人間とはそもそも、変化のない生活に耐えられないようにできているのではないだろうか。それでも自分の生活を寡黙に静かに守り抜いている人は、内面に確たる何かがあって立派だと思うことがあるが、僕はまだまだ修行が足りず、そこまでの境地に到達できていない。
 ランカウイのフェリーポートからホテルへ直行するつもりだったけれど、子供たちが「ハンギー(イッチの造語でハングリーの意味)」と騒ぎ出したので予定変更。僕は、予定は未定スタイルが好きだから、状況に応じて遠慮なく予定を変える。計画性もポリシーもないし、そんなことはどうでもよい方なのだ。ホテルにチェックイン予定時刻を連絡していたけれど、大勢の客を扱っていれば二時間くらいの遅れは耳くそ程度だろうと楽観的に考えるご都合主義だ。
 それにしても、周囲は人、人、人。食事場所の目の前の道路は大渋滞。タクシー乗り場にタクシーはゼロ。見事な観光シーズンに観光地に来てしまったものだと初めて認識する。夕方到着してフェリーポートでレンタカーを借りてしまうと、夕方でも何故か一日分のお金を取られるので、そこはケチって翌朝ホテルに車を届けてもらうようにしていたから、一先ずホテルまでの足を確保する必要があった。
 携帯上でグラブタクシーを試してみるけれど、みんなが忙しいというメッセージが現れる。たまに大きな車がつかまりそうになるが、料金が普通の四倍を表示するのでこちらで却下。やっとオッケーを貰ったドライバーは、不思議と自分たちがいる場所から反対側にどんどん進み(グーグルマップ上で、車の位置を確認できる仕組みになっている)、最後は向こうからキャンセルしてきて、なんだこれは! と憤慨。最後の最後につかまったドライバーは、自分たちが車に乗り込んだ後、周囲の酷い渋滞にブチ切れて、「これでどうやって通りの車の列に割り込めっていうのか!」と叫んだかと思うと、クラクションを激しく鳴らした。これは少しやばいドライバーをつかんだかもと緊張したところへ、イッチがクラクションの真似をして、後部座席から「ブッブー」と叫ぶ。そこでドライバーが笑ってくれたら良かったけれど、彼のこめかみの血管はますます浮き出て、無言の彼の目付きが険しさを増した。そして何かを訴えるように、急発進、急ブレーキ、急ハンドルのオンパレードの中、イッチが「おぉ」とか「わぉ」とか「ブッブー」とか言うものだから、僕は彼を、空気を読める子に育てられなかったことをとても後悔する。
 しかし渋滞を抜けるとドライバーの凶暴さが鳴りをひそめ、ポツポツと観光案内のような説明をしてくれたから、ホテル到着後、渋滞の中をありがとうとチップをあげ、僕たちはようやく彼の笑みを見ることができた。本当は、命があって良かったという意味のチップだったのだけれど。
 ホテルは子供たちを驚かせ浮き立たせるのに十分過ぎるほど立派だった。エントランスには大理石調の広いフロアに厚みのあるソファーがいくつも並び、その前には南国の木(椰子?)や植物が植えられた庭に大きなプールとプールバーがある。そのプールの先には海が広がり、船やら向こう岸のビルディングが放つ光がいくつも点滅しているのが見えていた。
 部屋は五十平米の広さを持つスイートルームで、海側のテラスには丸テーブルとミニキッチンがあり、潮風に当たりながらコーヒーとタバコをゆっくり楽しめる作りになっている。バスルームのお湯や空調関係も問題なく、全てが快適に過ごせる状態になっていた。何よりも、部屋が綺麗で清潔感のあるのが良かった。
 イッチはユリと一緒にベッドの上で飛び跳ね、ソファーに飛び移り、クローゼットの扉を開け、濡れた水着を干す乾燥室のドアを開け、バスルームが二つあるとか、テラスにキッチンがあるとか、単なる驚きとも報告ともつかない事柄を次々告げてくる。
 結果的にコストパフォーマンスの高いホテルを選択できたように思い、僕とモナも満足だった。値段が少し安いのには理由があり、ホテルの場所が街中でもなくメジャービーチからも離れているためだ。これはプール遊びがメインの人には関係ないし、車があればロケーションの問題は解決する。実際自分たちも、三日目はランカウイで一番メジャーなビーチに車で出掛けた。
 ホテル到着間もなく、ユリとイッチがプールで遊びたいと言い出す。もちろん想定範囲内の申し出だ。ベルは部屋でゆっくり過ごすと言い、僕とモナは下の二人がプールで遊ぶ間、プールサイドでビールとつまみとコーヒーを頼んでくつろぐことにした。もちろんビールはモナ用で、コーヒーは僕用だ。イッチは慣れないスライダーに、着水時頭をぶつけたようだったけれど、慣れてしまえば階段を登ってはスライダーから滑り落ちることを繰り返し、このプールは最高だと楽しんだ。
 早速のリゾートバカンスっぽい様子に満足して部屋に戻ると、今度はベルのお腹が空いたらしく、再び全員で一階のレストランに行き、シーフードやインド料理のバターチキンなどをつまむ。このときエビが高いと思ったけれど、その後どこへ行ってもエビが高くて閉口した。百グラムで七百円くらいだから、大きなものを一つたのむと、それだけで1万五千円くらいになる。シーフードは安くて美味しい店が一杯あるとの触れ込みだったから、これには少々がっかりだった。
 翌朝、朝食中にレンタカーがホテルへ届く約束だったけれど、十時を過ぎても届かない。東南アジアは約束が約束でないことが多く、これも想定範囲内。僕はホテルの部屋でゆっくり本を読んで車を待っていたけれど、モナが遅い、電話してと騒ぎ出す。
「フィリピンにいた頃こんなのは日常茶飯事で、日本人の僕がいつもいらついていたのが分かるでしょ?」
 そんな風に軽くジャブを打ってからカーレンタル会社に電話をしてみると、先方は書類に不備があり配車が遅れていると言い訳をくれて、後でスタッフから電話をさせると言って電話を切った。結局、そのスタッフがホテルへやって来たのは十二時近くで、僕はてっきり車を持ってきたのかと思ったけれど、彼はなんと、「これから一緒に、タウンエリアに車を取りに行く」と言う。
 随分気の長くなった僕もさすがに一瞬切れかかったけれど、顔では笑いながら「今日はこれで半日つぶれたよ。オリエンタルビレッジのケーブルカーを予約していて、あれは日付けも時間も変更できないんだ。さて、あまり時間がなくて困ったことになった」と言ってやった。
 しかし僕が穏やかに言ったせいか、こちらの苦情が若いお兄さんには全く届いていないようで、彼は「すみません。今はすごく忙しくて」などと、客には全く関係のないことを言い出す。こいつも空気が読めない奴だと思いながら、僕は言った。
「それなら約束しなければいいでしょう。あるいは、遅くなると連絡すべきだよね?」
 普通の口調で言ったわりに、鈍感な彼にもようやく僕の文句が届いたらしく、彼は「すみません。ホテルへの配車代無料と、レンタル料金をディスカウントします」と言った。
 結局料金ディスカウントに加え車種も無料アップグレードとなったものだから、僕はすっかり上機嫌でその車でホテルへと戻った。
 電話で連絡していたため、家族はホテルのエントランス前で待っていた。僕が突然車を持ってホテルへ戻ったから、子供たちは当然驚いた。特にイッチは、「これ、誰の車?」と訊いてくる。
 全員が乗り込んで走っても、車は振動も騒音も少なく快適だった。早速予約しているケーブルカーの場所、オリエンタルビレッジへと向かう。地図で表示されたのは三十キロくらいの距離だけれど、実際はそれよりも随分遠く感じられた。イッチはずっと鼻歌を歌っている。それは彼がハッピーなときの、最近の癖だ。
「サプライズはあと何個あるの?」とイッチが訊いた。
 僕が「もうないよ」と答えたのと、モナが「あと三つ」と言ったのが同時だった。言ったのが同時だったのに、イッチはあと三個と復唱する。都合の良い答えを受け入れた彼は、ますますご機嫌な様子だ。
 オリエンタルビレッジに到着すると、駐車場から、遥か彼方上空に、ロープに吊るされた小さなゴンドラが何個も険しい山の急な勾配を昇り降りしているのが見えた。
「あとであれに乗って山の上に行くよ」
 ユリが怖いと呟く。見た目は確かに凄い。随分な高所に、六人用のゴンドラが心細いケーブルに一定間隔にぶら下がり、次から次へと登っては降りてくる。
 ビレッジの中はたくさんの人で賑わっていた。お土産屋が道に沿ってずらりと並び、大勢の人を取り込んでいる。ケーブルカーのチケット売り場と乗り口は長蛇の列が出来上がっていて、それに並ぶのかと思うと頭痛を覚えそうだった。
 ケーブルカーへの乗車は時間が決まっており、まだ二時間も先だった。しかしチケットには、周辺のトリックアートや3Dショートムービーなどのアトラクション代が含まれ、ケーブルカー乗車前にそれらを楽しみながら時間つぶしができるようになっている。しかしいずれも混雑しているので、各アトラクションに一々並ぶ必要があるのだ。マレーシアの田舎にいるのに、まるでディズニーランドにでも来ているような感覚に陥っていると、モナも同じことを口にした。
 子供たちは好奇心が勝っていたのか、各アトラクションに辛抱強く並んだ。こんな場合、大人のこちらの方が先に音が上がる。しかしケーブルカーに乗らずに帰るわけにはいかない。家族五人で七千円払ったのは、トリックアートなどのおまけに対してではない。ケーブルカーに支払ったのだ。しかも上には、恐ろしく高い吊り橋があり、そこから絶景を望むことができる。強いて言うなら、これが僕の用意した次のサプライズなのだ。
 ようやく山の上に行くと、ある意味別のサプライズが用意されていた。目的の一つである吊り橋は有料で、徒歩の場合は安いけれど、小さな子供連れでは無理のある急勾配の長い階段を昇り降りしなければならない。こちらは事前のアトラクションで既に体力を消耗している。階段を避けるためには更に五千円ほど払って、電動カーに乗らなければならない。しかもそこには、再び長蛇の列が。
 体力を節約して電動カーに乗るか、金を節約して歩くか、それとも吊り橋は諦めるか、迷いどころだった。時間はどちらにしてもたっぷりかかりそうだ。行きに歩きを選択すれば、帰りはチケット売り場がないため急勾配を自力で登るしかない。イッチが挫けたら、僕が彼を抱いて階段を登るしかないのだ。高低差は百メートル強といったところか。なんとなくずる賢い商売に乗せられるのはしゃくにさわるけれど、既に疲れ切って根性を削がれていた僕は電動カーを選んだ。随分金が勢いよく飛んでいく場所だと恨めしく思いながら。
 しかしケーブルカーや吊り橋からの景色は素晴らしいの一言で、それらを堪能しているときには完璧に値段のことを忘れられる。子供たちがこの絶景を生涯胸に刻んでくれたら安いものかもしれない。
 ホテルまでの帰り道、たまたま道路脇に見つけたシーフードレストランへ入り、お奨めのエビやイカやチキン料理を堪能した。お腹が膨れると途端に疲れと眠気が襲ってくる。子供たちはホテルへ戻ったらプール遊びをしたいと言い出していたけれど、さすがにそれは勘弁してもらった。イッチはホテルに到着前、車の中で電池切れ。僕もシャワーの後に飛び込んだベッドのシーツの冷たさが気持ち良いと思っている最中、速攻で眠りに落ちていたようだ。
 三日目は朝食後にプール遊び、そしてランチを兼ねて午後から有名なビーチに行くことを決めていた。ビーチで泳ぐつもりはなく、メインの目的はビーチに沿って走る観光道路の散策だった。そこにはお土産屋、各種レストラン、カフェが一キロメートルに渡りずらりと並んでいて、お祭りの縁日のように大勢の人が歩いている。疲れたらコーヒーショップで休み、また当てもなくぶらつく。何か欲しい物があれば買い物をし、喉が乾けばジュースを買って歩き飲みし、小腹が空いたら食べ歩きするという気の向くままの散歩だ。三人の子供たちは、そこでそれぞれレイバンのサングラスを買った。もちろん偽物の安物だけれど、レイバンとレンズの外にプリントされているので、知らない人が見れば本物と思うかもしれない。普段、女性たちが使うサンダルは僕を除いてフィットフロップ、イッチはアディダスで、それに加えて子供のサングラスまでレイバンとくれば、随分お金持ちの家族と思われるかもしれない。(ただし僕のサンダルは、タイのナイトマーケットで買った百円のビーチサンダル)
 既にランカウイを気に入っていた僕とモナは、今回の散策に、次回の旅行で泊まるホテルの調査目的も兼ねていた。ロケーションは最高だけれど古すぎるとか、地図で見るとビーチは近そうでも、歩くとすれば中途半端に遠い距離だとか、建物は古くても快適に過ごせそうだとか、そういったことを話しながらホテルを吟味する。
 実際ビーチにも降りて、ビーチに面したホテルの写真を数多く撮った。その際、水着はなかったけれどせっかくだからと、三十分だけジェットスキーをやってみることにした。モナとベルは濡れるのを嫌って砂浜で待機するというので、僕はユリとイッチを後ろに乗せて、海原に向けて出発した。久しぶりのジェットスキーで、最初は曲がる際にひっくり返らないよう緊張したけれど、後半慣れてくると少し沖の方へも出てみた。波に乗り上げジェットスキーが跳ねるとユリはキャーキャー騒いでいたけれど、僕の背中にへばりついているイッチが全くの無言だった。恐怖に引きつっているのだろうかと声を掛けてみても返事がない。沖合でボートを止めて振り返ると、彼は舟を漕いでいた。イッチは車でもバスでも飛行機でも、乗り物に乗るとすぐに眠くなる性質なのだ。どうやら波に乗り上げ上下するのが心地よいらしい。しかし掴まる手を離されたら、ライフジャケットを着ているとはいえ危ないので、ときどき声を掛けて返事を確認しながら海上を走り回った。
 ジェットスキーを降りてから楽しかったかと訊けば、イッチはイェーと答え、次はバナナボートをやりたいと抜かした。ユリはパラセーリングに挑戦したいらしい。ウォータースポーツも観光者用価格で安くはないため、それは次回ということにしてその場を後にした。
 ランカウイ最後の晩餐は、少し豪勢になっても仕方ないと覚悟を決めていたけれど、どうやらみんなゆっくりしたいらしく、ホテル内のレストランから料理を部屋にサーブしてもらい、テラスのテーブルで夜の海を眺めながらの食事とした。イッチは前日同様電池切れですぐにダウン。ユリは食後にプール遊びをしたいと言うので僕と一緒にプールへ。ベルはイッチをみながら部屋でくつろぎ、モナはホテル内のマッサージへと、各自好きなことを楽しむ最後の晩となった。
 ちなみにこの日は、デューティフリーショップで珍しく二本のアルコールも買った。一つはスコッチで、一つはよく分からない酒。モナ曰く、甘くて美味しい酒だそうだ。ランカウイはマレーシア国内であるのに、無税の街としても有名なのだ。そのため至る所にデューティフリーショップがある。タバコ、酒、チョコレートは本当に安い。
 モスリムの国なので、マレーシアは酒類の税金が高く、普通は安いビールでも一本百五十円のところ、ランカウイでは六十円くらいなのだ。タバコも安いものでは一カートン六百円強。現大統領マハティールさんの出身地ということで、全てが肝いりの観光地となっている。
 最終日は朝食後、チェックアウトまでプール遊びをして、後ろ髪を引かれながら帰路へついた。
 地元に到着すると、ぼったくり価格のタクシー、レンタカー、ツアーパックの大勢の客引きに声を掛けられ、ああ、そう言えばここも観光地だったということを思い出す。マレーシアの中核都市になってしまった地元は、既に素朴さを失った観光名所であり、外からやってくる観光客にとっては何でも高い場所となってしまった。ランカウイも値段の高い場所はあるけれど、特定の場所を除けば渋滞はないし、自然がたくさん残っている。
 家族のお気に入りとなったランカウイへ、次は五月か六月に再び行こうと話していて、僕とモナは早速ホテル選びと値段のチェックを始めている。
 こうした家族旅行を、いつまで続けられるか分からない歳になってきた。毎年契約更新が必要となる身分では、いつ首を切られるか分からないのだ。緊張感があって良い面もあるけれど、仕事の実際はきつい。投資が見合うかどうかを金銭的に判断する中国人経営者のもとで働く身としては、無理をしなければならない場面に絶えず出くわす。
 モナは普段の帰宅時間が遅くなっている僕の状況に、仕事を辞めたらどうかと持ちかけている。まだまだ若い自分が働けると言うのだ。地元に帰ってレストランを開くのも良いではないかとも言う。最近僕も、それでもいいかと正直思い始めているけれど、まだ踏ん切りがつかない。今の子供の生活環境を変えたくないのだ。適度な都会で楽しみがあり、仲の良い学校の友達がいて、勉強も楽しくやっている。何より、のびのびとした学校ライフが良い。
 このチャイニーズニューイヤーホリディ前に、契約を更新する旨が会社より通知された。また一年、首が繋がった格好だ。向こう一年は、家族旅行を楽しむことができる。正直に言うと、ホッとする気持ちと残念な気持ちが自分の中で織り交ざっている。首を宣言されれば、自分の迷いに決着が着くからだ。
 しかし、まだ会社に必要とされることを素直に喜ぶべきだろうことは、世間知らずの自分にも良く分かっている。今回のランカウイ旅行程度は、毎月行ける程度の給与をもらっているのだから、地元の人に比べればかなりの高給取りだ。駐在者が現地で定年を迎え、現地採用として残ったケースと比較しても、二倍程度の給与になっている。五十半ばの年齢を加味すれば、感謝に絶えない待遇だ。
 中々揺れる心中の年頃になっているのだけれど、家族旅行という最近の楽しみはできる限り継続したい。子供の幸せな笑顔が、自分の生きる糧になっている。仕事に疲れても、子供の寝顔が自分に踏ん張りを与えてくれるのは事実なのだ。
 昨日ランカウイから帰還し、今日家族はモールに映画を観に行った。その間僕は、同じモールのコーヒーショップでこの原稿を書いていたのだけれど、映画を終えた家族にこのあとどうしたいかを訊いた。僕は、食事をしてからコーヒーショップでまったりしようと提案したのに、既に外出を満喫した家族からは、早々に家に帰ってゆっくりしたいという返事が帰ってきた。
「みんなはランカウイで買い物もしてチャイニーズニューイヤーを満喫しただろうけど、僕にはまだチャイニーズニューイヤーが来ていないんだよ。コーヒーショップでまったりするだけでいいんだけど」
 イッチが、「ノー!」とキッパリ言った。彼はいつでも白黒がはっきりしている。仕方なく僕はそれに従い、ついでに帰宅してから夕食の麻婆豆腐を料理した。
 モナがそれを、とても美味しいと喜んだ。確かに、自分も、この麻婆豆腐はレストランに出せるレベルではないかと思い少し嬉しくなる。
 こんな日常が昨今の僕の様子で、一先ず元気に暮らせているし、誰にともなくこの幸せに感謝をしながら生きているこの頃だ。
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カテゴリー:マレーシアにて
エントリー:ランカウイ旅行記2019
2015年07月09日

745.よき夫、よきパパ

 月末は給料日で、その日は家族で外食するというのが我が家の恒例になりつつある。
 それが金曜日であればまだ少しましだけれど、本音を言えば翌日も仕事がある日に、きばって外食というのは少し億劫だ。しかし、最近の自民党議員ではないけれど、常に本音を口から発信してよいかといえばそうではなく、僕も立派な社会人、あるいは良い大人として、この自分の本音を胸の内に秘めたまま、先月末も家族との外食に付き合った。
 そもそも平日外食するのに何がそんなに億劫なのか、それを少し説明させていただくと、外食ということで子供たちがお腹を空かせてパパの帰りを待っているのは不憫に思い、僕は忙しい中懸命に仕事を進め、できるだけ普段より早く会社を切り上げようと通常の三〜五馬力増しでがんばってしまうのである。ときには額に汗を滲ませドタバタ劇を繰り広げながら早帰りを画策している我が身のことなど、家族の誰一人として想像していないだろうとは思っているけれど、これは性分だから仕方がない。
 もしここで、翌日朝までに仕上げなければならない用件などあれば最悪で、会社でそれが終わらなければ帰宅後寝る前にやらねばならず、そうなれば楽しい食事は家族だけで、僕はできるだけ早く帰りたくて食事中からそわそわすることになる。
 そして財布の中身が暖かいことを知っている家族の関心が、お腹が満たされたあとにデザートがどうこうよりも、どうしてもショッピングの方へと向いてしまうのがまた厄介だ。
 先日も食後にちょっとだけ本屋さんに行きたいという話しになって、閉店まで三十分しかない中、レストランと同じモールの中にあるブックストアに立ち寄ることになった。
「僕は食後の一服をして合流するから、先に行って欲しい本を選んでおいて」としたところ、ものの五分か十分しか経っていないにも関わらず、僕が本屋に入ったときにモナとベルとユリは両手両脇に買いたい商品を目一杯抱えていたから僕は仰天した。
 何か、逞しさのようなものまで感じて少し感心したのも事実だけれど、選んでいるものはもうすぐスタートする学校用の弁当箱や水筒、筆箱等々の必要なものを多数含んでいたから、「いいよいいよ、この際だから必要なものを早く選びなさい」と甘い顔をしていたら購入品が次々とレジカウンターに積み上がり(持ちきれないから支払いまでの預かりとして)、たかが文房具と高をくくっていた支払いが一万五千円を超えたのには再び目をむいてしまった。
 吹き出る脇の下の汗を感じながらモール閉店(十時)を迎え、一息ついてモールから車を出すと、次は夜中の一時までやっている大型スーパーマーケットに行きたいとなって僕の疲れが頂点に達したけれど、それでも良き夫、良きパパであり続けるため、僕は文句の一つも言わずにハンドルをそちらの方向に切ったのである。
 しかし、僕がどのように良き夫、良きパパであろうと努力しているか、手前味噌で申し訳ないけれど、その真価は実は次のようなところにあるのだ。

 モールでの食事は寿司&日本食のレストランに行ったけれど、そこでベルはサーモン照り焼き、ユリは刺身盛り合わせ、モナは海老天重を食べたいと言ったので、僕はそれに、みんなでつまむためのサーモン三昧(サーモンはらみ、スモークサーモン、あぶりサーモン各種寿司のセット)という寿司セットと、自分用に寿司12巻セットを頼んだ。一番最初テーブルに届いたのは自分用の寿司12巻セットで、それがテーブルの真ん中に置かれると、みんなの手に持つはしが一斉に動いた(ユリが実際に動かしたのは手)。
「こ、これは僕用だったはずだけど……」と思いながら、僕はそれを口に出さず、更に僕が最初につまんだのはかっぱ巻きで、とりあえずみんなのはしの動きが収まるまで、僕はひたすらかっぱ巻きや誰も食べないと知っているイカ、タコなどをつまんでいた。
 それに反してみんなが迷わず狙うのは、サーモン、マグロ、鰻、海老など、寿司で言えば王道にあるものばかりだ。
 マグロ、サーモン、海老、カッパ、マグロ、サーモン、海老、カッパ。
 なんて軽やかな家族のルーチンワークとリズムなんだ、なんて思うはずがない。
 彼女たちは僕のことを考えてくれているのだろうかと本気で疑いたくなるほど目を輝かせて手を動かしているけれど、僕は目を点にしながら、皿の上がどんどん寂しくなる様子をかっぱ巻きやタコやイカを頬張りながらじっと見ている。
 まだ育ち盛りの子供はいざ知らず、これ以上育たなくてもいいだろうモナまでがそうだからまいってしまうけれど、そんな憎まれ口は一切叩かない。僕は無言でカッパ巻きやイカ・タコをときどきつまむのである。
 そのうちモナや娘たちの頼んだサーモン照り焼きや刺身や海老天重がテーブルを賑わし、そしてサーモン三昧が最後にやってきた。それぞれが美味しそうに盛り付けられた料理に感嘆して各自の料理の始末にせいを出す。そしてときどきサーモン寿司にも手が伸びる。
 しかし、もともと小食の家族が、僕の寿司をつまみ食いし、更に自分の分を食べてサーモン寿司まで食べ切れるわけがない。きっとこの美味しそうなサーモン寿司(実際とても美味しい)は、最後に僕の腹に入ることになるだろう。僕は、それを食べれば自分のお腹の具合も丁度よくなるだろうと算段しながら見ていたのだけれど、そこに我が耳を疑うモナの言葉が彼女の口から発せられた。
「パパ、私はサーモン寿司を食べるから、これあげる」
 最近モナは、僕のことをパパと呼ぶことが多い。彼女は自分の海老天重を僕に差し出し、まるで企業が有言即実行と言いながら営業方針をさっと切り替えるように、サーモン寿司の皿を引き寄せそれを食べ始めた。そして仕方なく、僕も差し出された海老天重を食べ始める。
「ああ、このサーモン、おいしい。ヘブン(天国)だぁ」
 彼女は満面の笑みをたたえて幸せそうだ。そして彼女は「ねえ、それも美味しいでしょ。このレストラン、色々美味しいね」と、僕にくれた天重のことを言った。
「ああ、確かに海老天重もいい味出てるね、っていうかさあ、これ、海老がないじゃない」
 僕のもらった海老天重は、その主役であるべき海老天が一個もなく、味のしみ込んだたまねぎと、重に半分ほど残ったご飯に天重のたれが適度に混ざっている。
「えへへ、ごめん、イッチ(ダイチ)も食べたから」
 モナの申し訳なさそうな苦しい言い訳に、「まあ美味しいからいいけど」と、僕は天重たれかけご飯たまねぎ添えを美味しくいただきお腹を満たした。

 こうしたことを、素晴らしい自己犠牲、家族愛だなどと称えないで欲しい。僕は家族の幸せそうな様子を見ながら、自分も悦に入って幸せを感じているのだから。
 それでも僕は、安倍晋三ではないけれど、言わなければならないことは言わせてもらい、やらねばならないことはやるのだ。
 先日夜の対戦時、「久しぶりね、三日くらいあいたんじゃない?」などとモナに言われた。僕は「三日で久しぶりなの?」と思わず言ってしまったが、そんなことを彼女に言わせるのも、普段やるべきことをやっているからである。
 さて、冗談はさておき、家族は今、ときどきこうして美味しいものを食べ、買いたい物を買うことができ、そこそこ広く快適な住居で暮らすことができている。二人の子供をインターナショナルスクールに通わせることができ、相変わらずフィリピンにも、毎月ペソで片手以上のお金を送っているから、モナも実家のことで心配は要らない。
 しかしモナは、こうした暮らしに埋没し慣れてしまうと、その暮らしの源が何であるのかを忘れてしまうようなのだ。
 月曜日の夜、仕事から帰って食事を済ませたあと、モナが突然言った。
「あした会社休める?」
 唐突な話しに、僕は正直、学校に関して何か問題があるのかと思った。
「え? なんで?」
「学校のプロジェクトで、買わないといけないものがあるのよ」
「それをどうして今言うの? もっと早く言ってくれればモールだって十時までやってるんだから行けたのに」
 結局よくよく話しを聞けば、必要なものは一つを除き普通のスーパーマーケットでも買えるものばかりで、夜十時半から車を出して、夜中過ぎまでやっているスーパーマーケットまで車を走らせた。
 買えなかったものはその翌日、帰宅後にモールで購入し、ついでに夕食も家族一緒に外で済ませてきたのだけれど、僕がモナに言ったのは、僕の仕事に対する彼女の考え方である。
「こうして暮らせているのは、僕に働ける場所があってそこそこのサラリーを貰えるからだよね。でもさ、僕のサラリーは現地の社員に比べてすごく高いんだよ。これは当たり前のサラリーじゃなくて、特別なサラリーだ。日本で就職しても、今と同じサラリーをもらうのは難しいくらいの条件なんだよ。住む場所も車や携帯の支給も特別で、何もかもが特別だ。つまり、もし会社が僕を不要と思えば、会社は高いサラリーの僕をすぐ首にしたくなる、とてもリスキーな条件だ。だから僕は、いつでも会社に必要な人間だと思われるように働く必要がある。仕事の中身も大事だけれど、まずはそう思われることが大切なんだよ。そのために僕は真面目に仕事をしている。そうしなかったら、こうした暮らしを維持できないからだ。だから簡単に会社を休めるなんて思わないで欲しい。休むことはできるけれど、それは計画的に休むか緊急事態が起こったときだけで、買い物があるから休んで欲しいなんていうのは勘弁して欲しい」
 僕はこの話を彼女にしたとき、その言葉に、なんて嘆かわしいのだという感情を込めていた。いつでもニコニコしながら、なんでもどうぞどうぞというわけではない。
 モナに限らずだけれど、フィリピンの人は「働く」ことについての考え方に甘さのある人が多い。低い条件で働くならそれなりの姿勢で働いても構わないけれど、適当にやってサラリーだけはたくさん欲しいという勝手な考えは、どこの国であろうと通用しないのである。替わりは簡単に見つからないというところで勝負しなければ、高い条件を得たり維持するのは難しいのが現実だ。そしてこのことは、よく考えれば分かることだけれど、自分たち家族にとって、とても重要なことなのだ。自分たちの暮らしは、今の会社に依存しているのだから。お金は井戸水のように地面から湧いてくるわけでもなければ、雨のように天から降ってくるのでもない。僕の場合、全て日頃の働きに応じた対価として貰っているのである。
 彼女にこうした話しをしたのは初めてではない。これまで何度かしているけれど、彼女にはこうした考えが体に染み付いていないから、何度も伝える必要がある。何度も伝えることでボディブローのような効果を期待しているけれど、はたして効き目があるのかどうかは自信がない。
 それと同時に、僕はモナや子供たちに、生きるための貪欲さを身に付けて欲しいと思っている。この思いは自分が歳を重ねるごとに強くなっているけれど、自分が家族の支えになれなくなったとき、立派にとは言わないまでも、自立できるようになって欲しいのだ。不自由のない暮らしをしている中、突然僕に何かがあれば、そのあとの生活は我慢の連続となる。苦から楽への転換は容易だけれど、その逆は二重苦、三重苦の連続となること必至だ。だから僕は家族に、逞しくなって欲しいと願っている。食べるときは貪欲に、買って貰えるときは少しくらい欲張り、節約できるところは節制し、時間の無駄遣いを極力避け、要求はそこそこはっきり、そして多少のかけ引きができるようになって欲しいと、心のどこかで思っているのである。
 実際には、さもしい行動は品がないと叱ったりもするから、そのさじ加減が難しいのだけれど、食べたいものに食指を動かし買い物できるとなれば目一杯抱え込むほどの態度を感心したと言ったのは、あながち冗談ではないのだ。
 たかられる身になれば大変だけれど、たかる身になればそのように願っているのだから、本当に勝手な話しである。しかし僕は、日本人や他の外国人にぴたりと寄り添うフィリピンやタイなどの女性たちの気持ちや環境を、こうしたところから少しは理解しているつもりでもある。

 その点末っ子のダイチは、まだまだ人間の本能むき出しだ。欲しいものもはっきりしていて、要る、要らないを率直に表現する。テーブルの上にあるジュースでも食べものでも、指差しでこっちに持って来いと指示をするし、間違ったものを差し出すと難しい顔つきで違うと主張する。
「今はダイチが我が家のキングだ」とモナが言うけれど、まさにその言葉通り、彼は傍若無人だ。それでも愛嬌があるから全てを許せるのである。
 今日はソファーに座ったダイチから、「パパ、パパ」と、キッチンカウンターでコーヒーを飲んでくつろいでいるところを呼びつけられた。
 モナが笑いながら、「パパ、お呼びよ」というのでソファーに行くと、彼はベイビーチョコレートというつぶつぶチョコレートが入った容器のふたを開けることができず、それを僕に差し出して「オーペン(あけて)」と言うのである。
 僕は容器から五粒のチョコレートを取り自分の手のひらに載せ彼に渡そうとすると、彼はそれを手に取って食べるのではなく、自分の口を僕の手のひらにもっていき、犬のようにチョコレートを食べ始めた。しかし一度に五粒全てのチョコレートを口に含むことができないから、手のひらに残ったチョコレートを同じように食べようとするのだけれど、口が下向きだから今度は一度口に含んだチョコレートがこぼれ落ちる。全てをたいらげようとダイチは懸命にその動作を何度も繰り返しているうちに、僕の手のひらからもチョコレートがこぼれ落ちた。ダイチはそれを拾い、自分の口に入れると思ったらそうせず、僕の手のひらにチョコレートを戻してから、また同じスタイルでチョコレートを食べることに懸命になるのだ。
 僕はそれを笑って見ていたけれど、彼が真剣になればなるほど可笑しくてますます笑ってしまう。(もちろん全ての食べ方がこうであれば、僕は叱って教える)
 こんな愛嬌が多少の傍若無人ぶりも許せてしまうのだけれど、それはある種のフィリピーナが持ち合わせている特性に共通するものであることに気付くのである。子供たちには、こんな純粋さを持ち続けたまま逞しく育ってもらえたら人生でたくさん得をするのではないかと、親として願っているのが僕の本音かもしれない。
 僕はモナや三人の子供たちを、本当に羨ましい性格だと思いながら、日々見守っているのである。



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