フィリピーナと共に
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2009年06月27日

リン87 プログラマー・モナ

僕は頑張ってモナに付き合った。がんばっているつもりだった。
しかしモナの想いと僕の「がんばる」には少しギャップがあった。
そのギャップは以前から感じていたもので、横浜で再会してから始まったことではない。

モナは僕と少しでも連絡が取れなくなると、居ても立ってもいられなくなってしまう。
僕が何をしているか、連絡が取れないのはどこかで事故にでもあったのではないか、病気で寝込んでいないか、そして誰かと浮気をしているのではないかと心配になるのだ。
そしてたった一つのメールに返信が遅れただけで、怒涛のメール・電話攻撃が始まる。
元気?今何してる?今どこにいる、なんで返事ない?寝てるの?遊びに行ってる?そして電話が鳴り出す。電話に出ないと、出るまで何度も何度も呼び出しが鳴る。
ちょっと居眠りをしてメールの返信が遅れると、目が覚めた時には彼女からのメールや着信履歴が山のように僕の携帯を占めている。
早く寝てしまったときなどは、彼女の仕事が終わった夜中の2時や3時にそんな電話にたたき起こされることになる。
その状況は現在でも変わらない。
僕に連絡がつかないと、今度は僕の友達の携帯が鳴りだすことになる。

自分の事をいつも想ってくれるは嬉しいが、時には嬉しさを通り越し煩わしささえ感じることもある。
特に仕事ではまっている時がそうであった。
技術系の仕事は何かの問題にはまりだすと、全く身動きが取れなくなる状態が日常的に発生する。

それがどんな仕事かと簡単に言えば、1チップマイコンを使用して何かを制御をするプログラムを作る、パソコンの上で動くアプリケーションソフトを作る、デジタル回路をVerilogという言語を使って作る、ラダー言語を使い大型機械のコントロール装置を作る、そして様々なICや抵抗・トランジスタ等と組み合わせてアナログ回路を設計する等々である。

1チップマイコンとは普段家庭の中で使用されている家電製品の中にふんだんに使われているミニコンピュータである。
リモコンや電子レンジ、炊飯器、テレビ、洗濯機、リモコン・・・ほとんどがこのマイコンで制御されている。

僕の場合にはソフトでもハードでも、高周波回路以外は何でも引き受けますと、まるでよろずやのように仕事を請けていた。
しかも依頼主は家電・ゲーム・通信・車・業務機器と色とりどりで、初めて聞く名前の規格に準拠させてくれなどという内容はざらである。
予定通り仕事が進めば問題はないが、一度何かではまってしまうといつ抜け出せるかわからない蟻地獄が、そこらじゅうに口を開けて待っている世界である。

開発にはツールというものが付き物で、納品後に自分たちもそれをいじりたいからと、それまで見たこともないツール使用を指定されると、その苦しみが2倍3倍になる。
プログラムや回路設計をするだけでも調べ物が山積しているのに、新規のツールは開発環境を整えその使い方まで勉強しなければならないからだ。

一度地雷を踏んでしまうと、寝ずの突貫作業が何日でも続く。
全く仮眠も取らずに連続で起きている最高記録は3日強の75時間である。
そんな時には目の前にリポビタンの空瓶が並んでいくことになるが、一旦は体力と精神の限界を超えて意識が朦朧となる。
意識朦朧状態の峠をかろうじて越えると、今度は変なハイ状態になる。

そんな状況下にしつこいメールや電話がきて、そして会いたい、すぐ来てと言われても、とてもその要求に応じられないことだってある。
それでもしつこいと、こちらの怒りが爆発してしまうことも度々あった。

それはひとえに納期という約束のせいでるが、僕のそんな仕事の仕方を彼女には中々理解してもらえなかった。
欧米も同じ考えのようであるが、仕事より家族が大切であり、恋人と一緒にいることを含めるプライベートな時間も大事にするというのがモナの常識だった。

外人と一緒に長く仕事をしてきた僕には、その常識を十分理解することはできるが、現実には日本で仕事をする限り、その常識は通用しないことの方が圧倒的に多い。

国際社会の中で日本人は働きすぎだと言われるのは、実労働時間が単に長いだけの理由ではなく、仕事とプライベートの境界が曖昧であるところが一番大きい要因だと思われる。
国際社会という大きな視点でなくとも、僕とモナの二人だけの世界でこのような国際摩擦が生じるのだから、やはり日本人は几帳面で働きすぎなのかもしれない。

僕は個人で仕事をしているので、次の仕事につながればと最初は価格を遠慮しながら設定し、アフターサービスも無料で随分とした。
しかしいくらサービスをしてご機嫌を取っても、会社というところは最後は自分が一番かわいいのである。
担当の方がいくら良い人で自分に対して好意的でも、組織として動く時には自己中心的になってしまう。
だから今は、頂くべきものはきっちりと頂くというのが僕のスタンスになっている。
それで仕事が減ったということは決してなく、ようやく自信の持てる自分のビジネススタイルが確立し始めていた。
その代わり、納期と要求特性は厳守するという厳しさをもって仕事に取り組む必要性もいっそう増した。
僕が納期を守るために必至にやっているのには、そんな背景があるのである。

それに対してのモナの言い分は単純だった。
「だったらフィリピンで一緒に何かのビジネスをしよう」である。
「もし日本で暮らしたいのであれば、アコが働くから、体を壊すようなスタイルで仕事するのはやめなさい」とも言った。

自分が働きたいのは、二人の生活のためでもあるが、フィリピンの家族にお金を送ることを念頭においていることは言うまでもない。
フィリピーナとの結婚を考える場合、そのことは十分事前に話し合っておく必要性は感じていた。
フィリピンにがんがん送金されて、生活費が足りないと言われても困るからである。
かといって、自分の奥さんをフィリピンパブという世界に入れておくのも抵抗がある。

最近は親しく付き合う友達の中に、フィリピーナの奥さんがパブで働きながらも仲良く暮らしている姿を見ているため、それは相手次第かもしれないと考え方が変わってきたが、それでもできる限りその生活スタイルは避けたいと思うのである。
その一番の理由は、二人の生活のリズムが合わなくなるからであった。
僕は昼が仕事で奥さんは夜が仕事となると、二人の共有時間はかなり少なくなってしまうではないかと考えていたのである。

モナと具体的に結婚話しをしていたわけではなかったが、彼女の口から二人の結婚を前提とした話が出ると、僕はこのように、一人になってからそれを咀嚼するかのように思案するのである。
そしていつの間にか、もしモナと結婚したら・・・という具合に、彼女との結婚を心のどこかで意識するようになっていった。

彼女が淋しさを訴える時には、時には横浜に仕事を抱え込んで会いに行った。
どうせ彼女は深夜過ぎまで仕事である。
僕は彼女の仕事が終わるまで、ホテルの部屋で自分の仕事を進めれば良い。
単にプログラム作成だけの内容であれば、パソコンを持ち込むだけで済む話だった。

ある時僕はホテルの部屋でプログラムの一部を悩んでいて、モナが傍らで僕が仕事を終えるのを待っていた。
「なに考えてる?」
「う〜ん、どうしてもうまくいかない所があるんだよねぇ・・わからない・・ふ〜む」
「それは何の言葉で作ってる?」
「C言語っていうんだけど、知ってる?」
僕は当然知らないだろうと思って軽く言ったのだったが、彼女の返事は「知ってるよ」だった。
「え?なんで知ってるの?」
「だってアコは前プログラマーやってたから・・」
「はあ?いつ?」
「アコは大学の専攻がサイエンスでしょ。学校終わってからフィリピンのイミグレーションで仕事してたよ。そのときプログラム作ってた。」

それは初耳だった。
せっかくいい所に就職したのになぜ辞めたのかと理由を尋ねたら、上司のセクハラが原因だったらしい。
最初は肩を揉む振りをして体に触ってくる程度だったが、そのうち露骨にホテルに誘われるようになり、愛人になれと迫ってくるようになったとか。
それがいやで、数ヶ月で辞めてしまったそうだ。
つまりその上司のセクハラがなければ、またはもっと良い上司に恵まれていたら、僕はモナと会うことはなかったという話になる。
「それは大変だったねというか、よかったというか、なんていうか・・」

試しに僕がやりたいことを説明し、アルゴリズム(プログラムのもとになる考え方)を示すことができるかと聞いてみたら、僕のノートを見つめながらまるで将棋の騎士のような長考モードに入り、突然フローチャートを書き出した。
僕は天地がひっくり返るような驚きを覚え、それから彼女を密かに恐れるようになった。
(こいつの優しい見かけは実は仮の姿で、実は恐ろしく頭のきれる策士かもしれない。油断をしているとこちらの足元をすくわれてしまうかも・・・)
この時のその直感は半分はずれで半分当たりだったのだが、付き合っていくうちにそれが次第に明らかになっていく。

このような男の直感とは結構当たるもので、その時には気をつけないと・・などと思っているのだが、それをいつの間にか忘れてしまうのが男のだめなところでありいいところでもある。
結婚した後で後悔しても、時既に遅しなんだよねと話す人がよくいるが、それを笑い話程度で話す人は、大抵どこかで納得しているようにも見受けられた。

とにかく彼女が自分のアシスタントくらいはできそうなレベルであることがわかった。

いや、下手をしたら自分がアシスタントになっている可能性があるという恐れもある。
やはり危険だ・・・などと、一人頭の中でつぶやいる自分がいた。

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エントリー:リン87 プログラマー・モナ
2009年06月26日

リン86 横浜

昨日から目を付けていたレストランで昼食を済ました僕たちは、朝約束した通りに海に行くことにし、馬車道通りのコンビニでレジャーシートと飲みものとポップコーンを買った。
モナは昔からポップコーンが大好きで、僕がモナに会いに行くときにはいつもそれをお土産手として持っていったことを思い出した。

馬車道通りはその界隈では有名な場所で僕も名前だけは良く知っていたが、モナと会うまで最寄り駅がどこかも知らなかった。
実際に見てみると一見なぜそれほど有名なのか良くわからない。
有名なレストランや洋服屋があるわけでもなく、少し街並みが綺麗に整備された商店街である。

しかしその通りは活気があった。
昼はビジネスマンやOLがどこからともなく現れ、歩道は道行く人で溢れかえった。
そして良く見ると、フランス人が設計したとされる日本発のガス灯があったり、数々のモニュメントがあったりと、確かにお洒落な雰囲気が漂っている。

横浜という街は馬車道通りに限らず、歴史的建築物と近代建築を融合させることで新しい未来感覚が生み出されている不思議な場所である。
そこに緑や海の自然が掛け合わされ、その過ごしやすさは日本でも有数ではないかと思われた。

特に関内の界隈は、歩ける距離に映画館や巨大ショッピングモール、商店街、盛り場、公園、住宅街と、一通り何でも揃っている。
僕はモナがフィリピンへ帰るまで、休日は馬車道通りに面したコーヒーショップで、外の空気を感じながらいつも本を読むんでいた。
それがまさに休日らしい休日で、それだけで本当に幸せを感じていたのだった。


海へ持っていくものを購入した後、その素敵な馬車道通りで二人は早速もめた。
向かおうとしていた山下公園に、僕はぶらぶらと散歩がてら歩いて行きたかったが、モナはタクシーを使いたいと言い張っていた。

「あなたたちフィリピン人はいつも貧乏だ貧乏だと言いながら、なんですぐタクシーを使いたがるの。日本人はタクシーは贅沢だから、簡単に使わないよ。」
「だってアコからだ弱いからでしょ。ほんとにつかれちゃうから。」
「おお、それだったらもっと体を鍛えないと。今日は山下公園までマラソンで行こう!」
「あ〜ん、汗でべたべたになるから、それ嫌い。」
「よしわかった。それだったら地下のショッピングモールで着替え用のTシャツを買ってプレゼントしてあげるよ。」
「アコそれいらないよ。Tシャツいっぱいあるもん。」
「だったらアパートにTシャツを取りに行って、ついでにバスタオルも持ってきて。僕はコンビニでポカリスエットも買ってくるから。」
「ほんとにマラソンで行くの?」
「歩きでもいいけど・・・」
「アコはマラソンより歩きがいいなぁ・・」
「でしょう?やっぱり歩きがいいよね」
「おーおー、歩くがいい」

そんなやり取りをした後に、僕は無言で右手を上げタクシーを止めた。
彼女の我がままを聞いてはあげるが、意見の相違があるときには素直に了承しないのが、僕の悪い癖だった。
特にモナが相手の時には、よくわざと難癖をつけた。
不思議と彼女には、ついつい意地悪をしたくなってしまう。
素直な彼女は大体は折れて自分の要求を取り下げるのだが、彼女がそうすることに満足してから彼女の要求に応えた。
そして「な〜に〜、結局タクシーじゃん」「へへへ」という感じになるのである。


平日でも山下公園にはそれなりの人数の人が散歩をしていた。
如何にも遠方から来ましたといった感じの人も多く、白いパンツにポロシャツを着た老人とその妻が一緒に仲良く歩いていたりする。
地元の人は犬の散歩ついでに訪れている人が多かった。

目の前には既に運行を終了した大きな氷川丸が、まだまだ旅立てるような堂々たる船体を見せつけながら係留されている。
左手には一際高くそびえ立つ横浜ランドマークタワーを筆頭に、4つ星か5つ星かは知らないがヨットの帆をあしらったといわれる独特の形をした横浜グランドインターコンチネンタルホテルやパンパシフィック横浜ベイ東急ホテルが見える。
そしてその手前には、大観覧車と赤レンガ倉庫が見えた。
海と反対側を見ると横浜マリンタワーがあり、その並びにも多くの立派なホテルが隣接している。
目の前の海はそのまま東京湾となっており、そこから小さなフェリーに乗船すると東京のどこぞの港にも行けるはずだった。

モナがあの三角のビルディングは何かとインターコンチネンタルホテルを指差して聞いてきたので、あれはラブホテルだと言ってやった。
日本のラブホテルは立派だと・・。
「え〜、すごいなぁ。アコあそこに泊まってみたい。中はどうなってるの?」
「さあ、ラブホテルはあまり行ったことがない」
「それじゃ今度一緒にあそこ行こ!あそこは高いのかなぁ?」
「5万円持っていったらおつりがくると思う。日本のラブホテルは高い。」
「それじゃ泊まれないなぁ。もったいない・・」
「時間があったら考えておくよ・・・」
「おーおー、わかった」

園内には花壇も整備されていて、季節の花が色とりどりに存在感を示していた。
そして噴水が涼しげに水しぶきを上げている。
一通り観察を終えた二人は、買ってきたレジャーシートを鞄から取り出し芝生の上に広げた。
靴を脱いでシートの上に足を投げ出すと、潮風がますます気持ちよく感じられた。
睡眠不足がたたり、目を閉じて寝転んでいると本当に眠ってしまいそうだった。
時折モナが何かを話しかけてくるが、半分まどろんでいる僕にはほとんど上の空で、何を話しかけられたのかさっぱり覚えていない。
ただ「うん」とか「そう」とが「ほう」などと相槌を打っていただけだった。
ただ僕が「気持ちいいねぇ」と彼女に同意を求めた時に、「アコは少し寒い」と言われたことだけはよく覚えている。
南国で育つとこれが寒いのかと、体感温度の違いに少々驚いた。

モナは寒がりなのか、フィリピンにいても夜になると寒さを訴えることがある。
そのくせホテルの部屋では冷房をがんがんつけたがるから、僕にはそれがものすごく不思議だった。

その後もモナが寒いと訴えるので、本格的に寝てしまう前に山下公園を引き上げた。
しかし目的を持たないことを目的とした散歩は実に優雅だったので、是非また今度それを楽しもうとモナと約束をした。
そんな散歩に山下公園は最高の場所だった。

僕はその日も彼女からお店に誘われたが、とりあえず自分の部屋へ引き上げることにした。
モナの陣地に戻った二人は馬車道通りのコーヒーショップで時間をつぶした後、日が暮れる前に別れた。
それから度々僕は、電車乗りモナに会いに行くようになったのである。


僕はモナのことをとても好きだったが、会いたくて仕方がないという欲求が不思議と沸いてこなかった。
モナはいつでも僕に会いたいと、僕が仕事中でも寝ている夜中でも電話をしてきてそれを僕にぶつける。
僕も同じ気持ちになれた方が彼女も幸せに違いないと、まるで人事のように考えていた。

なぜ同じような気持ちになれないのかを考えた時に、自分が年を取ったせいか、それとも二人のコミュニケーションがまだまだ足りないのかどちらかではないかと思った。
もう少しのめり込むように付き合ってみれば、自分も少し変わるのではないかと期待していた。

そもそも恋愛感情に関して、そのような考え方をしたり自分に期待するという言い方は不自然なのだが、実際にそうだった。
もっと好きで好きでしょうがないという気持ちになれるよう頑張ろうと気負っていたのである。
彼女の僕に対する気持ちに、バランスを取りたいと本気で思っていた。
そうでなければ、最後にはまた彼女が壊れてしまうような気がしたからだった。
だから会いに行く時には、いつも店の近くにあるホテルを予約し宿泊前提で駆けつけた。
その気負いが功を奏し、二人にとっては思いで深い数ヶ月間が幕をあけることになる。

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エントリー:リン86 横浜
2009年06月25日

リン85 朝のひと時

ぱたぱたと歩く音で目を覚ました。
モナがコーヒーを飲むといってお湯を沸かす準備をしている。
「おはよう。今何時?」
「おはようマハール。セブンよ。」
「まだ早いよ。眠くないの?」

彼女はいつも早起きで、遅くとも8時には起きている。
「マハール!いい天気よ。あとで海に行こう!」
僕はその一言で「本日は休業!」と早々に決め込んだ。

「はぁ・・・それじゃ僕ももう起きるとするか!早起きするとすぐおなかがすくんだよね。それ、あまりエコノミーじゃないディバ!」
「なにタガログ使ってるの。それ意味わかるの?」
「そのくらいわかるよ。ディバはでしょディバ?」
「ははは、な〜に〜それ」
※ディバ・・日本語の「でしょ!」という意味

僕はタガログは聞いてもわからないしもちろん話せない。
だから二人の会話に英語はあってもタガログはほとんど登場しない。
二人の日常会話のタガログは、彼女が自分のことを「アコ」といい、僕のことを「マハール」と呼ぶくらいで、あとは「マガンダ(美人)」「ポギー(ハンサム)」「マサラップ(美味しい)」等々の片言程度。

僕はセブの言葉であるビサイヤは少々話せる。
地元では英語-ビサイヤの本を買い勉強したし、よく通ったレストランのウエイトレスが、いつもビサイヤのトレーニングをしてくれたからだ。
以前ボホールで世界一小さいサル「ターシャ」を見た時など、そのかわいらしさに「モパリットアコニーニ(これ欲しい、持って行く)」と管理人にビサイヤでお願いをして笑われたこともあった。

モナはビサイヤを全く知らない。
モナは僕がタガログは知らないのにビサイヤを知っていることをあまり快く思っていないようだった。

モナの田舎はビーコルという地方になり、そこにもまた特有の地元言語がある。
愛しているは「ナモモットアコサイモ」であり、すごく美味しいは「マセラムン」である。
そして英語のYesは「イイヨ」だ。
例えば「ちょっと買い物行くからお金貸して」といわれると、僕は「イイヨ イイヨ」と日本語のように話す。
すると日本でいう「ハイは一度でいいの」と同様、笑われながら「イイヨは一回でいいよ」と言われるのだった。
そんな時には、モナが駄洒落を言っているのかまじめに話しているのかさっぱりわからなかった。

どこへ行っても同じで、日本人の僕が片言で地元の言葉を使うと大概は笑われる。
日本人がローカル言語を使う意外性が面白いのか、それとも僕の言い方が滑稽なのか、それは未だに不明だ。
しかし場が和むことだけは確かで、僕は積極的にその土地の言葉を使うようにしている。
しかしタガログだけは覚えない。
それはマニラ方面に行くと、相手のほとんどが英語を使うからであった。

普段モナとは日本語で話をしている。
するといつの間にか彼女は日本語をほとんど理解していると錯覚してしまう。
少し難しい単語が会話に登場すると、彼女は「それ何の意味?」と聞いてくるが、普通の言葉で会話が進行している時は結構危険だった。
彼女が僕の話を理解しているつもりでいても、実は理解していないことも多いということがわかってきたからだ。
そこに気を付けないと、ミスコミュニケーションを引き起こし後で喧嘩になってしまうことがある。
だから大切な話をするときには、僕は面倒でも英語で確認を取るようにしていた。

しかしこちらの英語が100%完璧というわけでもない。
以前ファーストフードのハンバーガーショップへ行った時に、モナがドリンクはファンタがいいと言ったので、僕は店員に「ファンタ」と告げた。
店員が「何味が良いですか?」と聞いてきたので、僕はモナに「どのテイストがいい?」と尋ねたら、モナが「甘いのがいい」と答え、店員共々大笑いをしたことがあった。
「ファンタは甘いに決まってるよ。何の味がいいのって聞いてるんだけど」と言うとモナが「あ〜、それだったらテイストじゃなくて、何のフレイバーにするって聞かないとわからないよ」と教えてくれた。
テイストはしょっぱい、辛い、甘いなどの味を示す言葉で、フレイバーはグレープ味とかオレンジ味を示す言葉なのである。
これだから国際恋愛は厄介だった。
知っているつもりになっているところに、思わぬ落とし穴がある。

ミスコミュニケーションを避けるためには、お互いが良く理解している言葉をミックスしながら話すのが一番だということが、僕の経験上の教訓だった。
リンとの会話は99%が英語で1%はビサイヤであったが、どちらも先方の言葉になってしまうので、ミスコミュニケーションから生じる誤解がいくつもあったはずだ。
その点モナとの会話において、言葉の弊害はあまり心配なかった。


その日はモナが話したように、気持ちの良さそうな青空が広がっていた。
部屋でゆっくりと飲むモーニングコーヒーは、二人に小さな幸せをもたらしていた。
モナは以前から「マハールといつも一緒にモーニングコーヒーを飲むことがアコの夢」というのが口癖で、僕はそれを聞くたびに相変わらず少女趣味だと彼女を馬鹿にしていたが、シチュエーションによっては確かにまんざらでもなかった。

コーヒーの後はバスにお湯をためて、二人一緒にお風呂に入った。
朝からゆったりとした気分で入る風呂は格別だった。
体だけではなく、心の奥までも充分暖まるようなくつろぎを感じていた。
命の洗濯といっても言いすぎではないほどに、僕はその開放感を満喫していたのだった。
退職後、初めて人並みの幸せを手に入れたような気分だった。
僕はそこで初めてモナに、会社を辞めたことを告げた。
詳しい背景についてはその時は何も言わなかったし、言いたくもなかった。
きっと理由を尋ねられると思っていたが、モナの反応は意外だった。

「それじゃ一緒にフィリピンに行こうよ。もう会社の仕事じゃないから、それできるでしょ。」
「おお?・・そう・・うん、そうだねぇ。これからはロングバケーションもできるかもねぇ。」
そう答えながら、彼女は僕の収入がどうなったとか、生活の安定性云々は気にならないのだろうかと考えていた。

しかしフィリピーナにとってそんなことは二の次三の次なのかもしれないとすぐに思い直した。
そのような時に、生まれ育った環境の違いや習慣、文化の違いを感じたりもするのだが、僕にとってそれは悪いことではなかった。
彼女たちに日本人との違いを感じるとき、大抵は彼女たちの言動の方が日本人より人間くさいと感じた。

彼女達が本来相手に求めているものは、有名企業の社員という肩書きでもなければ、有名大学卒業というブランドでもない。
そんなものは目くそ鼻くそ程度にしか思っていない。
それが二人の架け橋を強固にするために何の役に立つのかということであった。

彼女たちはあくまでも相手の本質をじっくりと見つめ、その時の直感に従い、それを信じて突き進む習性があるようだった。
その直感が必ずしも当たるとは限らないが、恋愛の仕方としては極めて正統で正しい方法であった。
彼女たちの多くはそれを自然に実践しているように思えた。


さすがに朝から活動的に動いているとお腹がすいた。
「マハール、お腹すいた・・」
「ミートゥー(僕も)。コンビニで何か買う?」
「アコ下のレストランがいい」
「僕もそれがいいな。それじゃ我慢しなさいよ。」
ホテルの下に目をつけていた美味しそうなレストランがあったが、開店の10時までまだ間があったので、我慢して待つことにした。

彼女がふと思い出したように、ビニール袋から昨夜伊勢崎町で買った得たいの知れない食べ物を出してきた。
「マハール、ちょっとこれ食べようよ。美味しいよ。」
「ほんとに?ちょっと怖いんだけど・・。それ何?」
「これフィリピンのお菓子よ。甘くて美味しいよ。ちょっとだけ食べてみてよ。」

やはり予想通りだった。
モナの習性もかなり分かってきたもんだと意味のない自己満足を覚えながら、僕は渋々彼女の薦めるお菓子とやらを口に入れた。
僕の経験では、騙されたつもりで食べてみろと言われ、その通りにするとやっぱり騙されたと思うほうが圧倒的多かったが、その時もそれ例に洩れずであった。

もっと食べるかと聞かれ、もうお腹いっぱいとわけの分からないいい訳を言いながら僕はそれを断った。

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エントリー:リン85 朝のひと時

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