フィリピーナと共に
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2009年06月14日

リン78 給与差し押さえ命令

返済が遅れても回せるお金が捻出できるうちはまだ良かったが、行き詰まってくるとどうにも立ちいかなくなった。
とにかくどの社も返済しろの一点張りで、優先順位がつけられないのである。
建設的に返済計画の立て直し案を提案してくれたのは、昔からある有名なカード会社1社だけであった。
あとはこちらがお願いしても最後はすぐに返せという話に帰結するばかりで、相談とは名ばかりのいじめのような有様だった。

あからさまな取り立ては法律で禁止されていたが、それは直接的ないやがらせをしてはいけないという意味で、言葉による真綿で首を絞めるような攻撃は平然と繰り返される。
それらは僕をノイローゼの一歩手前まで追い込んだ。
食欲が一切なくなり、常に体に力が入らず、歩行困難に陥るほど体調に変化をきたしたのである。
勿論会社で仕事を遂行することも難しくなり、遂に僕は休暇を取った日に密かに出社し、事業部長(事業部責任者)の部屋へ出向いて全ての事情を打ち明けた。

それまで僕は、仕事上数々の困難な状況を乗り切ってきたという自負があった。
顧客とのかけ引きの場では、時にはアグレッシブに攻撃し、そして時には先方の一斉射撃の的になりながらも部下たちが結果を出すまで辛抱強く耐え、あの手この手を使い分け対応してきた。
特に修羅場になるケースでは必ず自分が矢面に立つことを心がけ、部下の楯になりながら司令塔を務めてきた。
顧客はいずれも世界中でその名が知れ渡っている一流企業ばかりである。
そんな相手と修羅場になる時には、決して一筋縄ではいかない。
それらを相手にしながら事を収め、その都度相手の信頼をも勝ち取ってきた。

そんな自分を周囲の人間は、特別な神経の持ち主だと驚きの意味を込めて評価していた。
実際に強靭な精神力の持ち主だと言われることが少なくなかったのである。
事業部長もそれは同様であり、だからこそ若い僕に部門の一つを任せてくれた経緯があった。
そんな評価とはまるで好対照の自分を事業部長の前にさらした時、彼はあまりにも弱リ切った僕の様子を見て、初めて事の重大さを知ったようだった。
当の本人でさえ心の折れた自分がそれほどへこたれるとは思っていなかったのだから、他人が驚くのは推して知るべしである。
そして彼は、僕の抱えている債務の件を知り更に驚いた。

事業部長は、お金の件で直接自分が助けることはできないが、とにかく今は何も考えずに体を休めろと言ってくれた。
また最後に、100万くらいだったら自分の一存で貸すことができるとも言ってくれたのである。
僕はその申し出を心の底からありがたく思いながらも、返済できる見込みがないからと丁重にお断りし事業部長室を辞した。
事業部長はその時の話を全て自分の胸にしまい込み、更には僕を匿名扱いし、会社で助ける道はないか総務部に相談してくれたようだった。

自宅で静養している時には、少しはまともな精神を維持することができていた。
特に会社に事情を打ち明けたことが、自分の心を少し軽くしていた。
あとはとりあえず、携帯にかかる電話を無視さえすればよかった。
突然のマナーモードの振動音に最初はびくっと反応し、次にそれを眺めながら鳴りやむの待つのである。
そしていつの間にか、なんとか逃げ切る方法ばかりを模索するようになっていた。
弁護士や司法書士に債務整理を手伝ってもらうことも考えたが、会社での立場を考えた時に僕にはそこまで事を公にしたくないという気持ちがあった。
僕は前にも後ろにも進めないまま、そのまま債務の件をずるずると誤魔化し続けてしまった。

しばらくして裁判所から手紙が届いたが、すぐには開封する気になれなかった。
しかし読まない訳にはいかないと観念し、数日後にそれを開けて読んだ。
債務の件で調停申し立てが出ているが、異議申し立てがある場合にはそれを書き込んで返送しろとあった。
時間稼ぎで何かを書いて送っても良かったが、僕はそれさえ放棄した。
申し立てをした会社は消費者金融会社の一つで、詐欺事件で紹介された2社のうちの1社だった。
以前、回収のためだったらうちは何でもやると言ってきたところである。

それからその会社が行動を起こすまで早かった。
自宅に裁判所発行の給与差し押さえが決定した旨を知らせる通知が届いたのである。
その頃の僕は、それを見てもあまり動揺しなかった。
その書類を眺めながら、とうとうここまできたかと頭の中でポツンとつぶやいただけであった。
すでに腹をくくっていたからだった。会社を辞める覚悟もできていた。
その消費者金融会社は、取れるものを取ってしまい後はその人間がどうなろうと知ったことではないという態度があからさまだった。
僕はその通知の背景に、あの電話の冷たい口調を感じ取っていた。

そしてその1週間後に、予想通り総務部の部長が話をしたいと電話を入れてきた。
彼とは部門長会議でいつも一緒になるので、当然面識があった。
そして密室で、事実確認の面談を二人きりで行ったのである。

その時は給与差し押さえの件ですよねと僕から口火を切った。
「知ってたんですか?実はその件なんですけど、どうしたんですか?少し驚いています。」
「特別な話はありません。額面通りのお話で、債務不履行による給与差し押さえ命令です。それは間違いでも誤解でもなく事実です。」
「少し前に事業部長から匿名の相談を受けていたんですが、まさかあなただとは思いませんでした。宜しければ事情を少しうかがっても宜しいですか?」
「上に対する報告義務があるということですか?それでしたらプライベートな事情説明をする気はありません。先ほど話したように、現時点で知り得る事実だけを上に報告して下さい。本人も事実と認めていることを報告して下さって結構です。」

そして間髪入れずに、事業部担当役員(取締役)から呼び出しを受けた。
「なに?ほら、え〜なんだっけ、給与のなんとか・・・」
「ええ、給与差し押さえ命令です」
「そうそう、それが警察から出ているという報告を受けたけれど、それは本当なの?」
「はい、事実です。発行したのは警察ではなく裁判所です。」
「あ〜、そうそう、裁判所だ。そうか、事実か。わかった。最近休みがちだと聞いていたけれど、こんな事情が背景にあったんだねぇ。」
「はい」
「君が仕事を良くやってくれていたのは知ってるんだけれど、ちょっと困ったねぇ。まあいろいろと事情があるのだろうけれど、現在それほど大きな問題を抱えている君に部門長としての責任を全うするのは難しいと判断しているから一旦降りてもらおうと思っているけれど、それで良いですか?」
「はい、そのつもりでおりましたので結構です。」
「それとこの件が他の者に漏れるとまずいので、知っている者には緘口令をしいているから。自身から漏れないように気を付けてくれよ。」
「わかりました」

担当役員はもともとあっさりとした性格の人で、叱責を受けるわけでもなく以上のように簡単に終わった。
そして僕は数日後にただの平社員になった。
平社員になっても、給与は役職手当が減るだけで基本的な部分は据え置きとなった。
机の位置も同じ場所で、仕事も変わらなかった。
後任の人選が難航し、僕は役職名が無くなっただけで他は何も変わらない日々を送ることになった。
一番迷惑だったのは、周囲の人間である。
僕を何と呼べばよいのか明らかに戸惑っている人が数名いた。
古株の人間はお構いなしに相変わらず僕を部長と呼んでいたが、そんな人にはそれはもうやめた方がいいと自分から何度か話したことがあった。

実は皮肉なことに、僕はその数か月前社内の昇格試験に合格し一旦昇格辞令をもらっていた。
この昇格はかなり狭き門で、そこから上にいかないと、少なくとも事業部長や役員の道は開けないというものだった。
しかし多重債務という事情を抱えていた自分は、この辞令が交付された時に大変心苦しかったのだ。

ある程度上の人間の人事は、昇格、降格、移動、役職変更全てが電子回覧として社内全体を駆け巡る仕組みになっていた。
僕の昇格事実は既に全社を回覧された後だった。
僕の事件は、一旦昇格した人がそのあとすぐに平社員に降格するという、他人には非常に不可解な現象を引き起こした。
そのせいで、僕は会社に辞表を出したという噂が立った。
中には僕がまだ辞めると言っていないのに、「辞めないでください」と言ってくる人もいた。

この給与差し押さえ命令は、社内の上層部でも相当大きな波紋を呼び起こしたようだった。
事業部長が僕に債務問題があることを知っていて、それを上に報告しなかったことも問題視されているようだった。
そして僕はすぐに人事部長に呼び出された。
それから僕が会社に不信感を抱く決定的なやり取りが始まるのある。

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2009年06月13日

リン77 多重債務の苦しみ

詐欺による2つの借金が加わり、僕はかなり辛い状況に追い込まれた。
小口の借金は借金総額より、借金の件数がダメージとして効いてくる。
借りた金額の大小に関係なく、1社に対して1万や2万の定額を支払うケースが多いからだ。
借りる時には少しでも早く返したいと、月々の返済金額を2万くらいで設定してしまう。
しかもこの時には、短期間ですぐに返済する予定の借金だった。
結局毎月12万円の返済額に、更に4万円という金額が上乗せされる結果となった。

リンにはその状況を正直に話した。
もはや隠しだてはできない状況だと、恥も外聞もかなぐり捨てていた。
よって送金は、できる時にできる金額になるという話をした。
そんな時にリンは、必ず何も言わずに了承するのだった。
電話で顔が見えないために判断に苦しむが、無理をしているのか冷静なのか、それとも罪悪感からくる遠慮なのかさっぱりわからなかった。

しかしリンが申し訳なく思っていることは確かだった。
それは私のせいだと何度も言ってきたからだ。
しかし不思議と僕は、彼女がいくら自分のせいだと言ってもそうは思えなかった。
そして僕は彼女を責める気持を全く持っていなかった。そんな感情を現在まで一度も抱いたことがないのである。
セブに200万を持ち込んだ時でさえ彼女に怒りを覚えなかったし、決してそれは我慢していたわけでも、無理に大人の振りをしていたわけでもなかった。
全ては自分のまいた種であり、それを大きくしたのも自分であると思えて仕方がなかったのである。
だからリンには、そんなことを言う必要はないし言わないでくれとも言った。


返済がきつくなってくると、必然的にカードによる買い物が増えてきた。
買い物といっても、それは決して贅沢品ではない。
食料品や下着、出張旅費の立て替え分など、生活や仕事に必要なものである。
食料品の購入で立て続けにカードを使用していると、それだけでも一月分で結構な金額になった。
そして必然的に月末の返済には、カードからキャッシングをして充てるという悪循環に陥った。
ついには、返済をした直後に元金充当分をキャッシングするという、お決まりの転落パターンにはまっていったのである。

そして本当に八方ふさがりになった時に、僕は新規に消費者金融とカードをそれぞれ一つ契約した。
この時でさえ審査が通ったのだから、以前詐欺にあった時の「あなたはブラックリストに載っている」という話はお笑い種であった。
更には雪だるま式に借金が増えるとは、まさにこの構図なのだと人ごとのように関心していた。
時には自分のことを棚に上げ、借金が膨らんでいく仕組み自体を恨めしく思うこともあった。
いつも間にかキャッシング分の月々の返済金額は20万ほどになり、その半分以上が利息となっていたからだ。
それにショッピングの分をプラスすると、月末の返済総額が30万を越えることもあった。

それでは生活ができないし当然リンに対する送金も不可能だったので、僕はアルバイトをするようになっていた。
アルバイトといっても、コンビニやガソリンスタンドで働くのではなく、仕事上付き合いのある業者からの設計請負である。

随分前のことになるが、彼らからこんな仕事を抱えているがアルバイトとして設計を手伝ってもらえないかと、相談を受けたことがあった。
ほとほと相手が困っていたのでそれを引き受けたのである。
一度引き受けたら、彼らは困った時にまた設計の依頼をしてきた。
そんな形でアルバイト料をもらいながら時々彼らを助けていたが、管理職になってからは忙しくなり、仕事の依頼も断ることが多くなっていたのである。
それを再開させたのだった。

設計の仕事はアルバイトでも1時間で3000円を見込むことができた。
仕様を提示されそれに対して自分で見積もりを作る。
50時間かかる見込みであれば見積もり金額を15万と提示し、物ができたら検査を受け、それにパスすると報酬が手に入る。
勿論見積もった時間より早く上がることもあれば、それよりも工数が多くかかる場合もあるが、どちらのケースでも最初に提示した見積もり金額が報酬額となる。

机上設計だけではなく当然実際の検討も必要で、その全てが本来の仕事を終えた夜の作業となる。
ビジネスに納期厳守はつきもので、そのために徹夜をすることもしばしばであった。
ひどい時には徹夜明けで会社に行き、帰宅してからまた夜通し作業をする繰り返しが1〜2週間続くこともあったが、副収入を得るにはこれが一番現実的で効率的だった。
一度は自分の部下が出した仕事が自分に巡ってきたこともあり、僕がそれを自宅でせっせと作るのである。
そんな事を露程も疑わぬ部下は、できたものを持ってきて批評を加えながら自分に説明していた。

そんなアルバイトで得たお金はリンに送金したり返済の足しになった。
仕事はきつかったが本当に助かったのである。

ボーナスをもらった時などは、どれか一つでも全額を返済し借金の数を減らしていけばよいのだが、日頃自転車操業に疲れ切っている自分には、とてもそんな気の利いたことをする気持ちにはなれなかった。
手元に回すお金が無いと辛いのである。
しかしそのお金は回しているうちに、いつの間にか泡のように消えていった。

そしてついに、騙しだまし何とかなっていた返済も滞るようになった。
多重債務のお決まりのパターンにはまっているのである。
最初はこちらから連絡を入れて振込期日を伝えたが、振込の目途が立たないと連絡も入れようがなかった。
会社によっては返済の相談に丁寧に対応してくれるところもあったが、そんなところは稀で、ほとんどはすぐにお金を入れてくれというものだった。
返済を1週間ほど待ってほしいとお願いしても、それは困る、借りたお金をきちんと返すのは当然の義務だろうと、恫喝に近い口調でどやしつけてくる会社もあった。
散々言われたあとに、お決まりのようにいつ振り込んでくれるのかと聞かれるが、もともと待ってほしいとお願いしているのだから即答できずに電話口で固まってしまうのである。
消費者金融の一つは、うちは回収するためなら何でもやりますよと脅しのような話をしてくるところもあった。
実際に僕はそれをやられて会社を辞めるはめになるのだが、それはもうしばらく後のことになる。
そして相手の対応がきつい会社からは自然と遠ざかるようになっていき、携帯へかかってくる電話にも出ることができないようになっていった。

それでも会社へ電話がかかってくる。
いずれの会社も、督促の電話は会社名を言わずに個人名でかけてくる。
会議や出張で席を外していることが多かった僕は、机に戻ると電話があったことを伝える伝言メモがぺたぺたと机の上に貼り付けてあり、そのメモが数か月をかけて次第に増えるようになっていった。
そのメモを見ると胃がきりきりと締め付けられるような感覚を覚え、そして自分が机にいる時には電話が鳴るたびにびくびくしているのである。
席を外した後に机に戻るのも、机の前に居続けるのも、どちらも怖くて仕方がなかった。
そして何とかお金の算段をつけてから、ようやく僕から電話を入れるのが常となったいった。
こうして比較的安息を感じることができるのは、会社が休みの土日でしかなくなった。
精神的に耐えられない時には、会社を休むことも多くなった。

これではいけない、何も解決しないとわかっているのに、どうすれば良いのかまるで見当がつかなかった。
それでも刻々とまずい状況に移行している実態を十分すぎるほど認識しているから、気ばかりが焦り、常にいいようのない不安に包まれながら日々を送っていたのである。
死んだ方が楽になれるかもしれない、死んで楽になりたいと思い詰めることもあったが、結局その勇気はなかった。

いや、死を意識した時に、僕が死んだ後のリンについて考えたことは確かだった。
それは生活費のことだけではない。送金はどのみち滞っているのだから。
それよりも、僕が自ら命を絶ったことをリンが知ったら、彼女は一生苦しむ十字架を背負うことになるのではないかということだった。
そしてずっと連絡を絶やさないモナのことも考えてしまうのである。
彼女はかつて、僕とのことで一度は死を選択した女性である。
やはり自分の死を知ったら、彼女はどうなるのだろうかということに想いが至るのである。

そんなことを回想すると、今日まで自分を生かしているのは、結局はリンやモナの存在だったのかもしれないと思うのだった。

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エントリー:リン77 多重債務の苦しみ
2009年06月12日

リン76 振込詐欺

夜になってトータルサポートから電話が入った。

「審査結果はどうでしたか?」
「二つとも簡単に通りました。30万をお願いした会社からは50万まで借りて下さいとお願いされたくらいですよ。」
「あ〜そうですか。こちらからお願いしておきましたからね。それじゃ60万の委託金をこれから口座に振り込んで下さい。」
「ちょっとまって下さい。よく考えたんですけどね、顔を合わせたこともないところへ60万の大金を振り込めと言われても、それはやはり抵抗があるんですよ。それが融資のための保証委託金で、あとで戻ってくるお金だということを証明する御社の社名入り書類を発行してもらえませんか。」
「え?あ〜、そうですか。そのような依頼は初めてですね。ちょっと待って下さい。」

何やら電話の向こうで相談しているようだった。
「お待たせしました。御依頼の件は承知しました。それをFAXで送ればいいですか?」
「ええ、それを見てから考えますので・・」

その書類が送られてくるまで1時間ほど待った。
しかし時間がかかった割にはお粗末な書式でしかも社判がない。
その点が気にはなったが、書面には金利1%での融資を実行する旨と、振り込まれた60万円は後ほど返金される旨が記載されていた。

実は僕はこの時点で、こんな紙切れは何も効力がないことを分かっていたのだ。
相手が逃げればそれまでだし、印もサインもない書類に法的効力があるとは思えなかった。
しかしその効力のない紙切れを送らせたのは自分だという負い目もあった。
そしてもし先方がまじめな会社であったら・・。
はたまた今回1%の金利でお金を借りることができたならどんなに助かるか・・。
そんなことを考えているところへ再度トータルサポートから電話が入った。

「届きましたか?それでどうでしょう。内容はしっかり書いてありますけどね。」
「でも社判がないですよね。」
「あ〜、慌てていたんで担当者が忘れてしまったんですかねぇ、どうも済みません。それで了解してもらえませんか。」
「はぁ、まぁいいですけど・・」
「それじゃ本日これから振り込んでもらえますか?」
「え?これからですか?ちょっと忙しいので連休明けにしたいのですが。」
実は翌々日からゴールデンウィークに入るという日だった。

「いやあそれだと融資が大幅に遅れてしまいますよ」
「それでも構いませんが・・・」
「それと審査の結果も無効になってしまいますので、連休明けでは融資の実行も保証できなくなってしまうんですよ。せっかくここまでこぎつけたんですから、がんばりましょうよ。私も色々とお話させていただいて、是非あなたにはこのチャンスを掴んで欲しいと思ってるんですよ。どうですかねぇ、少し会社を抜け出せませんか?そしたら融資の手続きをすぐに開始できるんですよ。」
「そうですか?でもこの時間では振込みはできないですよ。」
「いや大丈夫です。ATMで振り込んでいただいて、その時に出てくる紙を証明としてFAXしていただけば、こちらは確認できますから。」

この時に、口座から直接振り込まないでくれと言われたような記憶がある。つまりは現金振り込みにしてくれと・・。
これは事件性が確認できた時に、振込を停止させることができるからではないかと今になって思うのである。

「そうですか。それで振り込み先はどこですか?」
「それは振り込む前にまた連絡いたしますので、まずは銀行へ行ってもらえますか?お手数ですかそこでまた電話をして下さい。」
「なぜ今教えられないんですか?」
「銀行口座は大切な情報ですので、できるだけばらまかないように指導されているんですよ」
「はぁ、そうですか」
でも後で教えるのであれば同じではないかと思ったが、それ以上反論はしなかった。

僕は最後まで疑って決断できずにいたが、ずるずると相手の勢いに押される形で銀行へ向かったのである。
その時は疑いながらも苦しい状況から抜け出したいという想いが勝っていたのだろう。

銀行前に到着し相手から告げられた口座は個人名口座だった。
なぜ個人名義なのかを聞いたら、それは保証会社の社長口座だと言われた。

ATMの前に立ち、振込みボタンを押し、メモに書かれた口座番号を入力し、そして現金60万円と入力したが、現金を入れる直前に手が止まった。
本当に良いのだろうか?

当時は現在のように振込み詐欺など一般に知れ渡っていなかった。
一瞬停止した動作を、半分以上は怪しいと思いながらも僕は再始動させてしまった。
確認のボタンを押す時には、煮え切らない自分を奮い立たせるように「えい!」という声にならない掛声を頭の中で叫んでいた。

とうとう振り込んでしまった・・。あとはこの話が本当であることを祈るばかりであった。
その2日後にトータルサポートから契約の元書類が送付された。
記入しすぐに返信して欲しいとの話であったので、きちんと必要事項を埋めて押印してから送り返した。

そしてゴールデンウィークに突入し、僕はイライラしながらトータルサポートからの連絡を待ったのである。
世間は連休なので先方から連絡が入らずとも不思議ではなかったが、それでも何か連絡が欲しくて落ち着かなかった。
携帯電話を常に身近に置き、毎日ポストを覗きに行った。

そして連休が明けて2〜3日待った後、僕からトータルサポートに電話を入れたのである。
その電話からは「こちらは@?&#です。現在この電話は・・・」とアナウンスが流れるのであったが、僕は耳を疑い、まるで電話を持ったオブジェのように固まった。
東京03で始まる電話であるのに、そのアナウンスは携帯電話会社のものだったからである。
何かの間違いかと思い数回掛け直したが、応答は全て同じだった。
FAX番号にも電話を入れてみたが、こちらは呼び出しの後にピーヒョロというFAX特有の電子音がなるばかりであった。

やはり悪い予感は的中した。
その時の動揺はかつて経験したことのないほど激しく、冷たい汗が全身から噴き出すような感覚を覚えた。
口の中が乾き体の血糖値が急低下するような、力の入らない状態になった。
勿論60万円という金額は痛かったが、まずは見事に騙されたことに対する屈辱と自分の愚かさに呆然とした。
次に新たに増えた借金に考えが及んだ。
ただお金をだまし取られたのではなく、借金という置き土産までもらってしまったのである。
お金に困っている人間をさらに追い込む、卑劣な連中だと思った。
そしてどうしようもない絶望感の中に、その後に及んで何かの間違いであって欲しいという一縷の望みも持っていた。
それは今後の身の振りをどうすべきか、考えることを放棄したかったからに他ならない。
そして余裕のないところへ、まるで傷口に塩でも塗るような2つの返済が加わった。

それから2か月余りして、僕が願いを込めて書いた契約書が宛先不在で返送されてきた。
その時僕は、本当の意味で観念した。

警察には届けなかった。
警察に行くといろいろ事情を聞かれるだろうが、それが自分の恥をさらすようでいやだった。
もしかしたら背景として、リンとのことにまで話が及ぶかもしれないという想いもあった。
このような詐欺事件は、仮に犯人が捕まってもお金は戻ってこないというのが相場だった。
それであれば、面倒は避けておきたかった。

NTTには電話番号のからくりを確認しに行った。
まるで固定電話のように普通の番号が使える転送サービスがあるそうだ。
もちろん個人の問い合わせに対して、その契約者情報は出せないと言われた。
また仮に出してもらっても、そこから足の着くようなことにはなっていないだろうことも予想できた。


僕はこの話を知人のごく一部にしか話していない。
僕を知る人間は一様に驚いていた。
それは僕がこんな単純な詐欺に引っ掛かってしまったことをである。
「慎重なお前がなぜ?」

自分でもそう思うのである。
生命保険のベテラン勧誘員が言葉巧みに保険を勧めきても、悪徳業者が訪問販売が来ても、100%撃退してしまう自分がなぜと思う。

これを読んで、こんな単純な話に自分は騙されるわけがないと思う人も少なくないだろうが、人間が追い込まれた時には普通ではなくなることを、僕は身をもって知ったのだ。

以上の話には、指標となるべきポイントはいくつも隠されている。
振込みを急がせる話術。時間稼ぎの契約書。ぎりぎりまで振込口座を教えない慎重さ。
おそらく複数の人間相手に同じ手口を使っていたのだ。
そして撤収期日をあらかじめ決め、短期決戦で動いていたのだろう。
何よりも僕は、最初から最後まで相手を疑っていたのだ。
それでも一筋の光を探している時には、人間は普通でない心理状態に陥ることを学んだ。

そして僕にはもう一つ大きな反省点がある。
それはリンの関係で、比較的大きな金額を動かしていたことによる金銭感覚の麻痺である。
仮に詐欺だとしても、60万円だという想いがどこかにあったのだ。
その辺りが救いようのないところである。

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当時はインターネットでトータルサポートを検索しても、有益な情報はほとんど得られませんでしたが、現在は有名な詐欺集団として様々な情報を閲覧できます。(それが自分を騙した詐欺師と同一かどうかわかりませんが・・)
東京都の悪質金融業者にも指定されているし、警視庁情報も上がっているようです。
同じ名前の健全な団体がいくつかあるようで、迷惑な話だと思いますね。

今回は振込詐欺の手口を詳しく紹介し、少しでも被害にあう人が減ってくれればという想いと、今後本当の意味で僕の人生放浪が始まる序章として、恥を忍んで報告した次第です。
勿論その人生放浪には、まだまだタイトル通りフィリピーナとの濃厚な関わりが出てきます。

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