フィリピーナと共に
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2009年05月23日

リン58 平和な日常

最近忙しく更新が滞り気味で申し訳ありません。
にも関わらず連日更新を確認しにきてくださる方、本当にありがとうございます。
しばらくは不定期の更新となりそうですが、また時間が取れるようになりましたら、きちんと更新していきますので、どうぞ宜しくお願い致します。
それでは前回の続きです。
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僕は過去に2度もハニーと縁を切っている。
当時自分は既にハニーと付き合い始めていたのかどうか定かではなかったから、「別れた」ではなく縁を切るという言葉を使っている。
現在はハニーとは知り合ってから5年近く経っているが、これまで付き合っていた実質の期間は2年もない。

僕のハニーに対する印象は最初から悪くなかった。
いや、今思い出してもそれはむしろ良かった。
彼女のまっすぐな愛にとまどいを感じながらも、僕はそれを心地よく思っていた。
彼女の明るさや純粋さをすばらしいと思い、魅力的な女性だと認めてきた。
逆にリンのことはいろいろと疑い、時にはお金のことで喧嘩し、精神的に不安定な期間が長かった。
それにも関わらずリンと別れることができずに、ハニーには簡単にさよならを告げている。
当時の僕には、それが自分のことながら不可解であった。

しかし当時は理解できなかったが、今ではそれがぼんやりと理解できる。
僕はいつの間にか、リンやそのファミリーと家族になっていたのだ。
彼女の母親や姪たちとは、心と心のつながりを持っていた。
そして彼女たちの生計を維持するのが、いつの間にか自分の責任であると感じていた。
単に恋人であれば、さよならを言ったとたんに赤の他人に戻るだけであるが、家族であればそうはいかない。
仮に勘当だの絶交だのといっても、血がつながった親子や兄弟であれば必ずどこかで細い糸一本が繋がっている。
僕とリンの間には、それと似たような糸が出来上がっていた。
だから会いたい、抱きたいといった恋愛感情が薄れても、彼女との関係をなかなか解消できないでいた。

リンとのそんな関係を維持しながらハニーとの付き合うことは、僕には心の負担となっていった。
ハニーの中では僕と彼女はすでに完全な恋人になっており、彼女は以前にも増して甘えてくるようになっていた。

彼女は僕のことを「Mahal」(マハル)と呼び、そして僕に彼女のことを同じくマハルと呼ばせた。
以前書いたように、フィリピンでは恋人の呼び方として「ハニー」「ダーリン」「マハル」・・と甘い呼び方として数種類ある。
ハニーという呼び方は僕とリンの間で使っていたので、彼女はその呼び方を嫌った。
ちょっとややこしいので説明すると、この中で書いている「ハニー」というのは彼女の店の名前であって、恋人として呼ぶ「ハニー」のことではない。
電話での話を終える時には、ハニーは必ず「Love you mahal!」と言う。
それに対して無言でいると、彼女は僕にも同じことを言えと言わんばかりに「Love you!」を繰り返す。
それはリンも同じだった。
最初は口にするのが抵抗のあった「I love you」という言葉も、それを繰り返すことによって次第に慣らされていく。
ハニーに対して堂々とこの言葉を使うのには気が引ける想いもあったが、僕は電話を切るためにはその言葉を仕方なく言っていた。

ハニーの会話の中には、彼女は僕がいつどこで何をしているかの全てを知り、そして僕の行動を制限する権利があるような、いわゆる束縛心が見え隠れするようになっていった。
特に女のことでは、僕に釘をさすことを忘れなかった。
彼女にしてみると僕にリンという恋人がいることを知っていながら、リンからその恋人を計画的に奪い取ろうとしたのだから、自分も誰かに同じことをされてもおかしくないという気持ちがあったのかもしれない。
もしくはいとも簡単にハニーの罠にはまった僕を、彼女はあまり信用していなかったのかもしれなかった。
僕にしてみると、結果的にこのようになったのは自分の意思だと思っているが、彼女はまた違った考えを持っていたような節が見られた。

ハニーは、僕が彼女の人生で最後の男だと頻繁に口にするようになっていた。
もし二人が別れたら、彼女はその先二度と恋人は作らないという意味だった。
過去に子供の父親に裏切られそれがトラウマになっている彼女にとって、二度も愛している人に逃げられるということは耐えがたいことであり、もしそんなことが起こったら自分はその先生きる意味がないし、生きながらえたとしてもそんな想いをするのは二度とごめんだということだった。
そしていつも僕のそばにいて、朝起きたら一緒にモーニングコーヒーを飲み、僕が疲れたらマッサージをしてあげて、夜は美味しい料理を作ってあげるという、そんな人生が自分の夢だと語った。
彼女はその頃から、将来は僕と結婚したいということをそのように匂わせていた。
その強くて深い想いを告げられると、僕はのど元に刃を突きつけられたような脅迫観念に襲われ、やはり一抹の不安を覚えてしまった。

なぜかと言えば、僕は彼女のことをまだ知りつくしていないと思っていたからだった。
出会ったばかりの人を運命の人だと信じ、その直感に従って突き進んだ経験がなどなかった僕には、彼女がいくら僕を運命の人だと言っても、そんなことが本当にあるものなのか信じられなかった。
そして自分が本当に彼女の想いの全てを知っているのか自信が持てなかった。
自然と自己防衛本能が働き、もしかしたら他の目的があるのかもしれないという疑いが頭の隅に残っていた。


ハニーがフィリピンへ帰国してから、一年程が経過しようとしていた。
仕事は相変わらず忙しかったが、生活そのものはいたって平和だった。
その頃になると僕も一種の悟りを開いており、大抵のことには動じなくなっていた。
リンから追加送金の依頼があっても滅多なことでは送金しなくなっていたし、それがわかるとリンもあまり言わなくなった。
お金を送るのが苦しいという話もしていた。
出張以外でリンに会いに行き、それでお金を使うよりはその分を送金するという話もしていた。
だから長期休みにプライベートでフィリピンに行くことも無くなっていた。


たまには息抜きでフィリピンパブにも行った。
良く行ったのは店は、僕の友達が惚れこんでいるサラのいる店だった。

その友達はフィリピンクラブへ行ったことがなかったので、社会勉強だといって僕が彼を無理やり連れて行いった。
そのおかげで、彼はいきなり週に最低3回はその店に通う羽目になった。
うち一回は同伴だった。たまにはその同伴に呼ばれ、3人一緒に食事をした。
サラは故飯島直子に似ていて、笑い上戸でいつもケラケラ笑っている子だった。
いつもミニスカートを着用し、それが彼女のスリムなボディーと長い脚を引きたてていた。
彼女の店に行っても、僕は友達の手前サラではない別の女の子を指名していたが、サラは自分が暇になると頻繁に僕のテーブルに来て油を売っていた。
店の大のお得意様であったサラを指名する男と僕が親友だと知っている店のスタッフは、そんなサラの勝手な行動を見て見ぬふりをした。
そんなフレンドリーで気さくな彼女がいる店は、一人でも行きやすかったし楽しかった。
サラがフィリピンへ帰っている時に、僕は彼女とマニラで会ったこともある。その時はハニーも一緒だった。
サラを知っているハニーは、僕がサラの店に行く分には安心して許してくれていた。

その頃には、休日や仕事が終わった夜に、スポーツジムにも通うようになっていた。
きっかけは若干目立ち始めていたお腹だった。そして健康面も気にしていた。
なんとなく疲れやすくなっているような気がしていて、歳を取ったことを実感していた。
ジムで汗をかくと気持ちが良かったしストレス解消になっていた。
夜な夜な店に行ってストレス発散をするよりも、はるかに安くて健康的だったジム通いがすぐに好きになった。

そんな日常に、僕の生活は以前より落着きを取り戻し満足もしていた。
しかしハニーからの一本の電話が、まるで静まり返った水面に一つの石が投げ込まれたかのような一つの波紋を呼び起こした。

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カテゴリー:国際恋愛
エントリー:リン58 平和な日常
2009年05月18日

リン57 二人の恋人

ハニーは短い期間で、僕の心に大きな足跡を残していった。
しかし僕はリンに、正直な話をできずにいた。

ハニーがフィリピンへ帰国してから、僕の二人の恋人(?)はどちらも日本にいない。
二人に対して電話だけの対応であれば、すぐにはっきりさせる必要はなかった。
ハニーからは時折、リンに話をしてくれたかと聞かれるが、僕は正直にまだ言えないと彼女に伝えた。

しかし僕はハニーと出会ってから、リンに、ことあるごとにあなたは僕の事を本当に愛しているかと聞くようになっていた。
それは間違いなくハニーの影響だった。
ハニーはいつも自分のことを考えてくれているということがひしひしと伝わってくる。
彼女の一挙手一投足がそれを明らかに物語っていた。
フィリピンと日本で離れ離れになってさえも、ハニーの気持ちは電話だけで十分に伝わってくる。
本当に愛があれば伝わるものだと、僕は完全に刷り込まれていた。
だからリンと話をした時にハニーとのギャップを感じ、思わずそれが口から出てしまうのだった。

リンはなぜそれを何度も言うのかと、時には怒った。
なぜ信じられないのか、なぜ信じようとしないのか、それはあなたの愛がなくなったからそんなことを言うのではないか。
そう言われるとそんな気がしていたが、そのように感じるのだから仕方がないと僕は言った。
それは理屈ではなかったから詳しく説明のしようがなかったが、それでも何かを言わざるを得ない時には、普通は普段の会話や付き合いで相手の愛を感じることができるということを口走ってしまった。
それを言うとリンは、いったい誰と自分を比較しているのかと追及してきた。
僕は自分の人生経験から思っていることで、誰かと比較しているわけではないと誤魔化した。
そして自分がそのように感じるのは僕がハニーと出会う以前からのものであって、決して新たな女性が現れたからではないと自身に思い込ませていた。
そんなやり取りをしながら、僕は以前のように、リンに会いたくて仕方がないという感情が薄れていることに気が付くのだった。

それでも僕は二人に対して、明確な意思を伝えなかった。
決してずるがしこくそうしているわけではない。
リンを天国から地獄へ突き落すことが、どうしてもできなかった。
仮にお金だけを送ると言っても、プライドの高いリンは断るに決まっていた。
そしてハニーの場合は、傷つけると壊れてしまいそうなもろさがあり、それが怖かった。


その頃から僕の出張のメインはフィリピンから中国へと変わったいたが、たまのフィリピン出張では、セブに行ったらリンと、そしてマニラに行ったらハニーと会っていた。
そのことは、ハニーだけが知っていた。
マニラでハニーと会うときには、リンには工場の寮に泊まるからマニラには呼べないという嘘まで付き始めていた。

僕がマニラに行く時には、ハニーは14時間もバスに揺られて田舎から出てきた。
それがどんなに大変なものか当時の僕は知らなかった。
マニラ行きのバスは乗客が多く、狭いシートで身動きがとれなくなってしまう。
エアコンだけは利きすぎるほど働いていて、寒くてしかたがない。
日本からの払い下げと思われるそのバスは、当然型式もかなり古く、乗り心地は最悪であった。
体がさほど丈夫でないハニーにとって、そのバスの旅は体にこたえるものだったはずだ。
しかし彼女は、高い飛行機は使わずにバスしか使わなかった。

僕が仕事へ出かける時には、彼女に食事代とちょっとした買い物代を渡した。
仕事が終わり部屋へ戻ると、彼女は僕の渡したお金で買ってきた僕の服や財布を嬉しそうに広げた。
そのお金はあなたのために渡したのにと言うと、自分もちゃんと買ったよと1枚だけTシャツを出した。
そんな時は、ハニーとリンの明確な違いを見せつけられたような気がした。

僕はリンから、ただの一度もプレゼントというものをもらったことはなかった。
しかしそのことはそれまで、どうせお金の出どこが自分だからと特に気にしてはいなかった。
しかしいざハニーから彼女が一生懸命選んでくれた服をもらうと、自分が渡したお金で買ったものだとしても嬉しかった。
それを着た姿を見て、ハニーは似合うと満面の笑みで喜ぶのだった。
そんな時には、彼女を抱きしめたくなるような愛しさを覚えた。

マニラではハニーの親友に会った。
最初は僕がハニーの恋人だと堂々と名乗ることに抵抗があったが、彼女がどうしても紹介したいと言った。
一人だけオカマが混ざっていたがあとは女性ばかりで、一緒に食事をし、ディスコに行き、カラオケに行き、彼女たちとはすぐに打ち解けあった。
親友の僕に対する評価も上々だったらしく、ハニーがそれを嬉しそうに教えてくれた。

僕がマニラにいる時には、フィリピンにいることを知っているリンから時々電話が入ってくる。
ハニーに二人の会話を聞かせたくなかった僕は、部屋にいる時には部屋から出て、そして外にいる時にはハニーから少し離れて電話に出た。
ハニーは自分は声を出さないから自分の前で話をして欲しいと言ったが、僕にはそれはできなかった。
ハニーに聞かせることができないような会話をしているわけではなく、普通の世間話をしているだけだったが、それでもハニーに二人の会話を聞かせるのは酷だと思っていた。
ハニーは必要以上に追及はしてこなかったが、しかしそのことは、知らず知らず僕はハニーのことを傷つけることになっていた。

逆に僕がセブにいる時には、ハニーは僕に電話をしてこなかった。
ハニーには僕の都合の良い時に、こちらから電話した。
やきもち焼きの彼女にとって、僕がリンと一緒にいることは耐えがたいことだったに違いなかった。
しかしハニーは、僕に恋人がいることは最初から承知していたことだと自分に言い聞かせていた。
ハニーの条件は、子供だけはできないように気を付けてというものだった。
しかし僕とリンは、もう以前のような仲ではなかった。
しかしリンは、それが年数の経った夫婦のように自然なものとして理解していたようだ。
もともとベッドの上では淡白であったリンは、僕が求めなければそれはそれでよかったようだ。
それ以外では、買い物も食事も普段の会話も、以前と変わりなく普通だった。

僕のハニー対する想いは、自然と僕の態度に表れていたようだった。
それを感じ取っていたハニーは、僕がリンと切れないでいたにも関わらず意外と落ち着いていた。

心の中で落ち着きを失っていたのはどちらかというと僕の方で、本当はどちらか一方だけに向けて全力疾走したい気分だった。
他人から見れば二人の女と恋人関係になりいい想いをしているように見えたかもしれないが、僕はその微妙な三角関係に疲労感を覚えていた。
二人のフィリピーナを相手にすることは、次第に僕のストレスになっていき、時折つく嘘は自分自身の心をボディーブローのように徐々にむしばんでいった。

僕はそんな風に、しばらくふたまた状態でリンとハニーに接していた。
しかしある日突然、事態は急変した。


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カテゴリー:国際恋愛
エントリー:リン57 二人の恋人
2009年05月17日

リン56 ハニーの帰国

ハニーは自分の愛を、いろいろな形で一生懸命に僕に伝えようとした。
そして僕は、なぜそれほどまでにという不思議さを、いつもぬぐい去ることができないでいた。

「あなたはまだ若いからいくらでも若い男を見つけることができるでしょう。どうして僕なの?」
「若い男はだめ。頭の中が子供だから。」

若い男は考え方が幼いからダメだという意味だった。
自分だってかなり子供のようなところがあるだろうにと苦笑しながらも、他のフィリピーナから同じ話を聞いたことがあるなと思った。
フィリピーナ達は、仕事をしないフィリピーノ(フィリピン人男性)は恋愛対象外で、特に若いフィリピーノは避けた方がベターだという想いがあるらしい。
貧しい国で苦労してきただけあって、そんな現実的な考え方をする女性が多いようだ。

「それでもさ、僕は恋人がいるって言ったでしょう?」
「でもまだ結婚してないからチャンスあるでしょ」
「それはそうだけど、僕があなたの恋人になるのはむずかしいって考えない?」
「でもあなたとアコは今クローズよ」
確かに実際深い関係になってしまっている。
いちいち言うことがごもっともだった。

「それじゃあひとつだけあなたにはっきり言うけど、僕はあなたにお金のサポートはできないよ」
「アコお金じゃないでしょ。愛があるんだったらそれ関係ない。アコはお金よりあなたの心が欲しいよ。」

それをきっぱりと言い切った彼女に、それが信じられるようになったら僕も本気で考えようかと思った。
リンとはお金が絡んだがために、よくわからない状況に陥った。
そして無尽蔵にお金を必要とするリンが、何を考えているのか見えなくなった。
僕が大金持ちで、リンの要求に余裕をもって対応できるのならそれでもよかったが、現実はそうもいかない。
そんな僕は、ハニーにお金のことだけは明確にしておきたかった。

彼女はお金ではないと言ったが、僕がお金のサポートはできないと言ったことが、彼女の心に影を落としていたことを数年後に知ることになる。
彼女は、リンには援助をしてあげてなぜ自分にはそれができないのかを考えていた。
彼女は単純に、僕のサポートという行為が僕の愛の大きさに比例しているととらえていた。


僕はいろいろな話を通して、彼女の事をずっと観察していた。
愛を語る言葉は本心から出ているものなのか、それともその場の気分から出ている言葉なのか。
本当はお金が目当てではないのか。(・・・といってもお金持ちではないけれど)
この先もっといい男性が現れた時に、簡単に乗り換えたりしないのか。
簡単に僕と体の関係を持った彼女の貞操観念は、どの程度しっかりしているのか。
お金に関する態度や考え方はどうなのか。
計画性はあるのか。
彼女の家族に問題はないか。

そしていつの間にか、いつもリンとハニーを比較していた。
すぐに比較することに何の意味があると自分に言い聞かせた。
(僕はいったいどっちが大事なんだろう・・・)
単純に心に正直になれば済む話であった。
それはわかっているのに、なぜかぐずぐずしていたし、そんな自分に自己嫌悪した。

その頃の僕は、理屈は抜きで既にハニーに魅かれていた。
彼女の神出鬼没のふるまいは退屈しなかった。
いつも心のままに言葉を発し心のままに行動する彼女のことが、うらやましくてまぶしくもあった。
それがいかに難しいことであるか、少しは長く生きてきた僕には痛いほどわかっていた。
それは隠し事も嘘も見栄もない、純粋な人にしかできない振る舞いであり、それまでの長い人生で、自分の周囲でも稀にしか見かけない人種だった。
ずうずうしいようでそれでも怒る気になれない彼女の特殊な才能は、まさにそれによるものだった。
そこまで気がついていながらも踏ん切りがつかないのは、僕の中でリンの存在がまだ大きかったからに他ならない。


ハニーの帰国が間近に迫ったある日、突然中国出張の話が持ち上がった。
顧客対応で、日程変更もできなければ代替え人での出張も不可だった。

フィリピンパブでは、フィリピーナの帰国前日にさよならパーティーというイベントを行う。
僕にはそれが単に店が儲けるためにイベントにしか見えなかったが、働いているフィリピーナはそれをとても重要視する。
さよならパーティーにお客さんが来れば来るほど、それは自分が頑張った証となり、満足して帰国の途につけるというものだった。
そして彼女たちは、その特別なイベントを自分の一番大切な人に、最初から最後までしっかりと見届けてもらいたいと思っている。

ハニーは僕の出張の話に、落胆の色を隠さなかった。
日程を変更できないか、他の人ではだめなのかと、僕が日本にいることができる可能性を探ってきた。
それがかなわないと知った彼女が仕方ないとあきらめるまで、3日の時間を要した。
その時の僕の気持ちとハニーの気持ちには、天と地ほどの大きなギャップがあった。

もともとお客の多い彼女のことだから、自分一人くらい行けなくてもさよならパーティーは盛況に違いないという僕の軽い気持ちに対して、彼女のショックは相当大きかった。
さよならパーティーという重要イベントに参加できず、しかも彼女に対して明確な意思を示さない僕の態度を重ね合わせ、彼女の心の中には暗雲が立ち込めていた。
彼女は無事に契約期間の仕事をこなし、晴れやかに帰国という気分にはなれなかった。

僕は出張前夜、出張準備のため夜中の3時近くまで仕事をし、その後彼女に会いに行った。
しばしのお別れなのか、永遠のお別れなのかがわからない彼女にとって、その日は不安な日に違いなかった。
僕は手土産用のポップコーンと彼女のフィリピンのお土産用として、10枚の板チョコが入ったボックスを2つコンビニで買った。
それ以外に封筒を購入し、餞別としてUS$100を5枚を入れた。

アパート近くに停めた車に乗り込んできた彼女も、その手に一つの封筒を持っていた。
まるでプレゼントを交換するかのように、お互いに持っているものを渡し合った。
彼女から渡された封筒には、クリスマスや誕生日の時に贈るような見開きカードが3枚と、3枚の便せんにびっしりと書かれた英文のレターが入っていた。
カードには、I love youと大きく書かれ、自分のプロフィールや僕に対するメッセージが手書きのカラーイラストと一緒にたくさん書かれていた。
イラストは南国をイメージしたヤシの木の海岸や夕日に染まる山、島などが描かれ、それを一人の女性が見つめている。
それぞれのカードには意味があり、ファースト、セカンド、サードのアニバーサリー(記念日)となっていた。
最初はすぐに気付かなかったが、ファーストは二人でシーパラダイスに行き初めて結ばれた日、セカンドは始めて僕の部屋に来た日、サードは二人でホテルに行った日付となっていた。
彼女が日本にいる間に、僕が彼女と体を合わせた全てがその3日だった。
彼女はその3日のそれぞれを、記念日としてカードに表したのだった。
どのカードにも綺麗なカラーサインペンやメタルインクで丁寧に描かれたイラストがあり、制作に時間がかかったと予想されるものだった。
英文のレターには彼女の気持ちがつらつらと述べられていて、心がつまされる想いであった。

普通のフィリピンパブで働いているフィリピーナ達は、仕事が終わってから朝の5時や6時頃に寝て夕方近くに起きる。
その後はシャワーをしてご飯を食べて、お店へ出るための準備をする。
普通であればそんな手作りのカードなど作る暇がないはずだった。
毎日仕事をして、よくそんなものを作る時間があったと思った。
疲れているにも関わらず同居している同僚が寝ている時に、あのちゃぶ台の上でそれを書いているハニーを想像した。
だから僕はそのカードと手紙を、ハニーの気持ちと共に決して粗末にできないと思った。

彼女はその夜の別れに際し、涙をみせず、決して湿っぽい話しもせず、ただチャイナの出張を気を付けて行ってきてと言った。
僕が中国から帰国したら電話して欲しいとも言った。
僕はなんて言葉をかけていいのかわからず、あなたも元気でと声をかけた。
ドアを開けて自分のアパートへ帰る彼女がふと振り返り手を振った。
僕も手を振って、彼女がアパートの扉の向こうへ消えるまで、車の中で見守っていた。

その日は4時半に自宅へタクシーをお願いしていたので早々に引き揚げ、ハニーからの手紙とカードを鞄に入れ、僕はそのまま寝ずに中国へ旅立った。
そして飛行機の中で、何度もその手紙を読み返した。

彼女のさよならパーティーの日には、中国からインターネットで注文した花束をお店に贈った。
こうして嵐のようにやってきた彼女はフィリピンへ帰り、僕たちは海を隔てて離れ離れになったのである。


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エントリー:リン56 ハニーの帰国

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