フィリピーナと共に
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2009年04月24日

リン22 ボホール トロピクスリゾート

さて、急いでセブに来てはみたが、リンは意外と元気だし、その休みをどうするかと思案した。

毎日のんびりとぶらぶらするのもいいが、それも結構お金がかかる。
毎日3度の食事をし、ショッピングや映画、マッサージに酒、他etc.。
どうせお金をかけるなら、どこか旅行にでも行こうかということになった。
そして今回は、子供たちも一緒に連れて行きたいと思った。
リンも賛成し、場所はまあまあの近場で、ホテルが全体的に安く、しかも旅行気分を十分味わえるボホールに決めた。

予定は3泊4日、子供は全員連れて行ってもよいが、小さい子は手がかかって大変だということで、いつもの上5人を連れてでいこうとリンが提案した。
翌日を準備の日とし、出発は明後日の12月30日とした。
よってニューイヤーをボホールのホテルで迎えることにしたのだった。

持参したパソコンで、ボホールのホテルを検索し、ボホールトロピクスリゾートにすぐ予約を入れた。

セブシティーとボホールの州都タグビラランは、高速フェリーを使えば、片道1時間40分で行き来ができる。
そしてボホールトロピクスリゾートは、タグビラランの港から車で10分足らずであった。
前回行ったパングラオ島のホテルよりも、はるかに手軽に移動ができる。
そう、手軽だと思っていた・・・。

しかし5人も子供を連れていくとなると、実際は準備もさることながら、当日の移動が大変であった。

フェリーの時間を気にしていた僕は、当日リンがアパートを出るのが遅いとイライラしていた。
あわただしくアパートを出たものの、忘れものがあったと、またアパートに戻る。
その都度7人で、団体行動。

そして港までの移動でタクシーを使うが、大人2人と子供5人が、1台にぎゅうぎゅう詰めで乗る。
これはフィリピンではそれほど珍しくない光景だが、上の子供が12歳、下が5歳であるから、子供といってもみんなそこそこ大きな体をしている。
2台で分乗すればいいのだが、リンはもったいない、乗れるといい、1台だけタクシーをとめ、それにみんなを押しこめていた。

へとへとでフェリー乗り場に付き、タクシー代を払おうとしたら、今度はリンの財布がない。
アパートへ忘れてきたらしい。
お金はリンが管理していたから、僕の手持ちは少しだけだった。

僕の財布の中身は、タクシー代を払って、あとは全員のフェリー代にぎりぎりセーフという状態であった。
とりあえず僕の財布のお金で全員のチケットを購入することにし、チケットを購入している間に僕はタクシーでATMを探し、現金を引きだした。
暑いフィリピンで右往左往したことにより、フェリーの乗る前に体力のほぼ8割を使いきった気がした。

忙しがった分、フェリーの中では思い切りくつろぎたかったが、僕の右隣に、体のでかいアメリカ人が座った。
それでも静かにしていてくれたら助かったのだが、ずっと話しかけてきて、気が休まらない。

隣の彼女はあなたの奥さんか?・・・yes
ファミリー旅行?・・・yes
子供は全部二人の子供?・・・yes
え?ほんと?・・・あっ、No、彼女の姪たちだ。
ボホールは初めてか?・・・yes (ほんとは3回目)
どこへ泊るの?・・・yes
・・・・・

yesの連続回答で通そうと思ったが、そうもいかなかった。
リンに助けを求めたが、リンは見知らぬ人と会話をするのが嫌いなので、知らん振りをしている。
1時間40分が2時間半にも3時間にも感じた。

タグビラランの港へは、ホテルの1boxカーが迎えに来てくれていた。
そこからほんの10分、ようやく到着。
息切れ寸前で、到着した時には心底ほっとした。

このホテルのゲストルームは4ルーム一棟の建物が、敷地内に間隔をあけて並べるように配置され、それが全部で20棟ほどあった。
ホテルの部屋は2ベッドルームであったが、エキストラベッドを1つ追加してもらった。
子どもたちは、すぐにホテルのプールで遊ぶと言いだし、僕もプールサイドで本を読みながら、子どもたちのプール遊びに付き合うことにした。

子供たちは全員、生まれて初めての旅行だった。
勿論リゾートホテルなど泊まったことはない。
だからもっとおおはしゃぎするのかと思っていたが、ホテルに入るまでは、みんな妙におとなしかった。
僕にはそれが少し不思議だったが、ここへきて、ようやく子供らしさが出てきたと安心した。

リンは部屋で休んでいた。
ひとしきりプールで遊んだいたら、リンから電話がかかってきた。
もう夕食にするから戻ってこいというので、みんなで部屋に戻ったら、部屋中ルームサービスの料理だらけになっていた。
しかも、これはおいしいなどと言いながら、リンは既につまみ食いをしていた。

何を考えていると一言言うべきところなのだろうが、楽しいそうに子供に料理を勧めたりしているリンを見ると、やっぱり憎めないのだった。


ボホールトロピクスリゾートのプール
P1010051.JPG

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2009年04月23日

リン21 忠告

ホテルに戻ってから、リンが突然意外な事を話始めた。
さっきのお店で、女の子の一人に

「彼にはFireHouseに恋人がいるわよ」

と忠告されたというのだ。

隠れた恋人がいるとの密告に、一瞬僕の中で時間が止まった。
かつてFireHouseから連れ出したジェニーの事を指しているのは明白だった。
(初めてのフィリピン セブへの旅立ち編に詳細を書いています。)

しかもリンは、名前まで知っていた。
「ジェニーって女の子は知ってる?」

僕はすでに固まっていたが、思わず唾を飲み込みこんでいた。

しかし恋人というのは理解できなかった。
少なくとも、僕には、自分がジェニーの恋人だったという感覚は、微塵もなかった。
しかも「彼女がいるわよ」という現在進行形になっているところが、ますます僕を動転させていた。

お店から連れ出したと言われるなら分かるが、なぜ恋人になってしまったのか?

そして頭の中が一瞬真白になったが、その次には、なんて答えようかとフル回転モードに入った。
答え方を少しでも間違えると、修羅場になる恐れがあった。
彼女を連れだしたのは、リンと出会う前であった。
それを含めて正直に言うか言うまいか、言葉を発する直前まで迷った。

「あ〜、リンと出会う前にFireHouseには行ったことがあるよ、2回か3回ね。その時話をした子は確かジェニーって名前だったかなぁ?よく覚えていないけど・・。でもその子は恋人なんかじゃないよ。恋人なんていなかったから。」

次の言葉を探しながら、ゆっくりと話した。

「ぼくがリンと初めて会った時は、僕がセブに来たファーストタイムだよ。リンと出会ってからは、僕がここに来ている時、いつもあなたが僕と一緒でしょ?それでなんで恋人がいるわけ?」

というような事を説明した。
それは事実であった。

リンは少し考えるような素振りでYesという言葉から話し始めた。

「そうよねぇ、確かに変ね。あの子はやきもちであんなことを言ったのかもしれないわね」
と言いだした。

僕は、そのリンの言葉と、リンが本当に不思議がっている様子をみて、かなりホットした。
それ以上リンの追及はなかった。

しかしバーの女の子のネットワークは怖いと、心底思った。
彼女たちは度々店を変わるので、どこかでの店で悪さを働いた人間は、店を変えてもすぐばれてしまうらしい。
広いようで、狭い世界なのだ。

しかもジェニーと会ったのは、セブに初めて来た日だ。
あれからかなり時間も経過している。
FireHouseには、ずっと行ってもいないし、もちろんジェニーとも会っていない。
もちろん連絡は取り合っていなかった。
まさか今頃ジェニーの話がでるとは思わなかった。

最後に釘を刺された。
「もし浮気をしたら、すぐばれるんだからね。女の子のネットワークを甘くみないでね。」

「わかってるよ。でももし浮気したらどうする?」

「あなたの大事なジュニアをカットするわよ。」

決して悪さはできないと思ったが、リンがいつもそばにいるのだから、悪さをする時間など無かったのも確かだった。
そして、僕はリンのものだという事実上の宣言を、初めてリンの口から聞いたことに気づいた。

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カテゴリー:国際恋愛
エントリー:リン21 忠告

リン20 セブの年末

翌日はリンのファミリーと一緒に夕食をとった。
リンのお母さんは、相変わらず僕の腕を握り、顔をくしゃくしゃにしながら再開を喜んでくれた。
リンのお兄さんも一緒にきた。
お兄さんの子供も、7人全てが勢ぞろいした。

7人の子供は、1番上から5人目までが女の子で、下から2人が1歳と3歳の男の子だった。
どこかへ一緒に出かける時は、ほとんどが上から5番目までの女の子たちだった。
(以前女6人男1人と書いたかもしれませんが、それは僕の勘違いでした。これを書いている時に写真を見て、あれ?と気づきました。すみません。)

12月のセブは、まだクリスマスの電飾があちこちに残っていた。

セブシティーの中心部に、オスメニアサークルという円形の道路がある。
セブでは自分の位置を知る、大きな目印のような場所だった。

オスメニアサークルは、イギリスのラウンドアバウトと同じで、中央の島を囲むようにぐるりと道路があり、その円形の道路から放射状に各方面への道路が分かれているロータリーサークルだ。

そのオスメニアサークルの中心部にも、高さ10mほどの大きなクリスマスツリーが飾られ、ひときわ目立つ輝きを放っていた。
食後の散歩の中で、その巨大ツリーをバックにみんなで記念写真を何枚も撮った。

オスメニアサークル内のクリスマスツリー
PC030177.JPG

夏のクリスマスなどそれまでイメージできなかったが、こうして街じゅうにクリスマスの電飾があると、暑いフィリピンでもクリスマスの雰囲気が出るものだと初めてわかった。

海外のクリスマスシーズンは初めての体験だった。

フィリピンも欧米と同じで、クリスマスは1年の中で最大のビッグイベントだった。
ただし日本と違うのは、日本はただのお祭りであるのに対し、フィリピンではキリストの降誕(誕生)を祝う厳粛な日なのだ。
降誕と敢えて言うのは、神が人間として生まれた(降り立った)というところに由来している。
故に、本番は12月25日であり、日本のように24日のイブを重視しない。

そしてクリスマスは家族一緒に祝うもので、恋人と二人きりで甘い夜を過ごすという日本スタイルとは、大きな違いがあった。



今回のセブ訪問中は、リンの体の調子を気づかい、バーにお酒を飲みに行くのは極力控えようと思っていた。
だから食後は、ホテルのラウンジで軽くお酒やジュースを飲んで、リラックスをするというスタイルで通そうと思っていた。
ホテルはいつもの常宿、マリオットである。
マリオットのラウンジは、数種類のオリジナルカクテルをはじめ、様々なドリンクを生ピアノの弾き語りを聞きながら飲める、くつろぎの空間になっていた。

しかしリンはその日、自分の古巣であるエクソティカに行きたいと言った。
友達と会って話をしたいが、一人では行けないので、一緒に行って欲しいと言った。
エクソティカは、相変わらずアメリカ人が数人いるだけで、閑散としていた。
店内の女性も、ほとんどが顔見知りだった。
階段の横やフロアーの壁に掛けてあるアメリカ的なネオン管の電飾文字が、以前と同じ場所で赤や青の光を放っていた。

ここに来ると、いつもリンと初めて出会った時のことを思い出す。
その時は、まさか二人がこんな関係になるなんて、思ってもいなかった。
そして運命というものも、あれこれ考えずにはいられなかった。
あの時この店に入らなければ、あの時リンを自分の横に招かなければと、二人が今の関係に至るまでには、いくつもの偶然が積み重なっている。
それを考えると、縁とは不思議なものだと思ってしまうのだった。

リンがその日エクソティカに行きたがったのには訳があった。
クリスマスは過ぎてしまったものの、年末のシーズンに際して昔の友達を助けるために、お金を少し渡したかったのだ。
帰り際にリンは、そのことで僕に承諾を求めてきた。
そして帰る間際、二人の友達に多めのチップを誰からも見えないように握らせていた。
苦労を知っているもの同士の、いたわりだった。

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カテゴリー:国際恋愛
エントリー:リン20 セブの年末

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