フィリピーナと共に
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2009年07月18日

リン108 金と体と心

僕はゴーゴーバーの方がエキサイティングでかつ気軽だったから、そちらが良いと思っていたのだが、女性のモナがゴーゴーバーは入りづらいと言った。
よってヌードダンスショーがある店に入ったのだが、店内には女性の客もまあまあ多く、テーブル席から若いフィリピーナのヌードダンスをみんなで注目している。
四角いステージを取り囲むように客席が配置されており、テーブルは100以上はあると思われる大きめの店だったが、僕らの席はステージのすぐ左横だった。
ほぼ満員状態の中を、スタッフが客のオーダーに応じるためにテーブルの間をかいくぐりながら、暗い店内を所狭しと動いている。
客は日本人、アメリカ人が多いように見受けられた。

川口さんは初めての経験だったので、まるで無言になりステージに集中していた。
僕はヌードダンスは嫌いだったので、一人の時にはその手のお店に絶対に入らない。
店の中でもほとんどステージを無視し、モナと話しをしていた。

川口さんが僕の耳の近くに口を運びながら、騒音に負けないような大声で聞いてきた。
「あのステージの女の子たちは、ホテルに連れて行くことはできるの?」
「え〜、たぶん。みんなナンバーがついてるでしょ。あのナンバーのつける場所に意味があって、既に指名があるとかないとか・・詳しくは知らないけれどスタッフにナンバーを言えば、このテーブルにも呼べますよ」
「ホテルに連れ帰ったら、いくらくらいなのかなぁ」
「え?ほんとに連れだすんですか?ここは高いと思いますよ。たぶん7000ペソは取られるんじゃないかなぁ。ねえ!サムさん、ここの女の子をテイクアウトしたらいくら?」
「ここは高いよ。7000から8000はする。ステージで踊っている子はもっと高いよ。連れて帰りたいの?それだったら日本語が話せる女の子がいる安いところを紹介するよ。」
川口さんは英語がわからないのに、更に身を乗り出して僕とサムさんの会話を聞き漏らすまいとしていた。

サムさんは長年日本人のガイドを取りまとめているので、そんなところも詳しい。
「いい子がいたら試してみたいなぁ。安いところがあるんだったらそこがいい。中華レストランの軍団から、3000円くらいでできるよって聞いてきたんだけどなぁ。」と話す川口さんに、モナは「しょうがないなぁ、男はみんなスケベだなぁ」といって、川口さんと僕を見るので、僕はその視線の前で手を左右に振り、僕は違うよと言った。
モナは「あたりまえでしょ!」といい、ヘイセルには黙っててあげるから、1回勉強してみなさいと頭をかき恐縮する川口さんに話していた。

一旦店を出たあと、車はにぎやかな繁華街から遠ざかり、街灯もまばらな人気の無い道を走り出した。
そして看板も何もない普通の家のような建物の前で停車し、着いたと言われた。
僕にはそこが何なのかよくわからなかったが、どうもその建物の中でその手の女性がいるらしい。
サムさんと川口さんが車を降りた。モナに
「あなたも見に行きたいの?いいよ、見に行っても・・」
と言われたが、彼女を車に一人残すのは危険な気がしたのでそこでモナと一緒に待つことにした。
5分もすると川口さんが一人の女性を連れて出てきた。
中はガラス張りの部屋があり、その中のひな壇に女性がずらーっと並んでいたそうだ。
それを品定めする自分が恥ずかしくなって、思わず目があったこの子を選んでしまったと教えてくれた。
彼女は日本語ができる26歳の美人だったが、車の中で僕はその子の下半身デブをすぐに見破っていた。
簡単な挨拶だけを交わしてからは、ホテルに向かう車でみんな無口だった。
できるだけ川口さんが連れてきた女の子も見ないようにしていた。

ホテルに帰りエレベータに4人が乗り込むと、川口さんがまっすぐにドアを見ながら、僕の手をつんつんとつついてくる。
ん?と思い下を見ると、彼が何かをこっそり手渡そうとしていた。
僕はそ知らぬ顔でそれを受け取り、モナと二人で部屋へ戻った。
部屋に入ってモナがすぐに
「あの子ちょっとバブイ(デブ)だったけど、川口さんはそれ好きなのかなぁ・・」
というので、僕もそうねと言いながら、手を広げて先ほど手渡されたものをみると、バイアグラの錠剤が入っていたパッキンだった。
中身は既に飲んでいるらしく空である。
僕が突然大笑いしたので、モナがなに?どうしたの?と聞いてきたから、僕はモナにもそれをばらしてしまった。
モナが「川口さんは、もうだめなの?かわいそうなぁ。」と神妙に言うので、その反応がまたおかしくなり、翌朝はその効果の程をばっちり聞いてやろうとわくわくしていた。

翌朝二人でまたジョリビーに行った。
「川口さん、昨日はどうでした?」
「どうもこうもないよ〜。なんかむかついちゃった・・・はぁ。」
首をたれながらため息をついている。
川口さんはやはり遊び慣れていないせいか、コンドームを持っていなかったそうだ。
「え?バイアグラを持ってきたのに、コンドームがなかったんですか?」
バイアグラやコンドームという単語だけは、周囲に気を使い小さな声で話した。

「そ〜なんですよぉ。そしたら彼女はぱっとフロントに電話して、コンドーム一つ持ってきてっていうんですよ。もう、それは慣れたもんですよ。そのコンドームも1個で100ペソもとられちゃって・・。その様子を見てて、もう幻滅しちゃってさぁ。」
「あのバイアグラ、どうしたんですか?」
「あれ?中華レストランのマスターから買った。1個3000円も取られたのに、ぜんぜん効きやしないよ。あれはきっと偽物だよ。」
「いつ飲んだんですか?」
「最初に行った店で・・」
「それじゃもう、やる気満々だったんじゃないですか!」
「だって安いって言うから。みんなに1回くらい試してみればって言われてさぁ。でもだめよ。あの子裸になったらお腹が像みたいにでかくてさぁ、それもだめだった原因なんだよなぁ。」
「彼女はいつ帰ったんですか?」
「もうさっさと帰ったよ。なんか冷たい態度でさ。その冷たい態度が一番がっかりしたんだよね。てっきり朝まで泊まっていくのかと思ってた。もう絶対にやらない。あ〜、やっぱりヘイセルちゃんは純情だなぁ。もうそれがいいよ。それに愛がないと元気が出ないのわかったし。もうやめた。」

それが愛のせいなのかどうか定かではなかったが、事前に抱いていた期待と実際に、かなり大きなギャップがあったんだろうなと感じた。
モナが言った勉強しなさいと言った言葉を思い出していた。
目の前にいる川口さんは、まさに学習して後悔している哀れなおじさんだった。
「まあ、昨日のことは僕もモナもヘイセルには言わないんで、心配しないでくださいよ。」
「はぁ〜、お願いします・・・」

僕がそれまで見てきたケースは、大体川口さんと同じようなものだった。
相手の女性の態度が悪いといい、翌日にはほとんどの人が怒っている。
最初はご機嫌をとって部屋に連れて行ってとせがんでくるが、いざ部屋に入ると態度が180度変わるというのだ。
男の目的は元々セックスだけであったはずなのに、ビジネスライクな対応に気分が悪いと怒り、そこではじめて自分が求めていたものが何かに気付く場合もある。
しかし彼女達は生活のために、いやだけれど仕方なくそのような仕事をしている。
遊びでも恋愛でもなく、仕事なのだ。
仕事である以上は客が快く思うようなサービスをしろということもあるだろうが、体は売っても心は売らないという彼女達の気持ちが、そのような冷たい態度に繋がるのではないだろうか。
それを理解しないと変なすれ違いを生ずるし、それがいやだったらもうそのようなことは止めた方がいい。
心はそんなに簡単に買えないのである。

ヌードダンスも同じである。
女性が大勢の人の前で自分の全てをさらけ出す仕事が好きなはずがない。
だからダンサーがダンスを踊っている時は誰もが無表情で、自分を捨てながらステージに立っているような気がしてならない。
彼女達が心をどこかに置いてきたような印象を受けるのだ。
僕はそんなステージ上のフィリピーナを見ると、言いようのない嫌悪感に襲われる。
その嫌悪感がその場にいる自分に対してなのか、その他の客に対してなのか、それともそんなことが強いられるフィリピンに対してなのか・・・それともそれら全部に対してなのか・・。
だからヌードダンスは好きではなかった。
彼女達が、自分のダンスに誇りを持って、綺麗でしょう?セクシーでしょう?もっと良く見て!と言った踊りをするなら、僕も一生懸命見てあげるのだが・・。

川口さんは午後の便で帰国である。
2泊3日の強行日程であったが、フィリピンの様々なものを広く浅く見ることはできたのではないだろうか。
「フィリピンは白い人もいっぱいいるね。それにしてもスタイルのいい子がすごい多いね。なんでかなぁ?食べ物なの?とにかくモアイはそれほど多くないことがわかったよ。」
「そうでしょ!モアイばかりじゃないんですよ」
僕は川口さんの言うモアイが何なのかを理解していないのに、そんなことを言った。
「うん、うん、それは良くわかった。モアイ多数説は撤回しますよ。」
「それはよかった。今回の旅の最大の収穫ですよ、それは。ははは。」

11時半に佐伯さんとアヤさんをホテルで拾い、4人で空港に向かった。
ヘイセルは残念ながら仕事だった。
空港前で4人で別れの挨拶をしたが、佐伯さんとアヤさんの別れ方は、全く恋人同士のそれとは違っていた。
名残惜しさのかけらも見えず、淡白なその対応はアヤさんの佐伯さんに対する高い心の壁が見えるようであった。
それでも鈍感な佐伯さんは、全くそんなことを感じていない。
それでみんなが都合よく幸せであれば、そんなスタイルもありだとは思うが・・。

僕とモナは、4時間後の国内線でミンダナオに移動することになっていた。
4時間の待ち時間があったので僕らはアヤさんを昼食に誘ったが、彼女はそれを丁重に断り、更に自分たちが頼んでいた車に乗って帰ってもらうように勧めたが、それも断りタクシーで帰っていった。
僕にも何かわだかまりがあるのだろうか?
お金さえ送れば彼女が幸せだと思い込んでいる佐伯さんには、やはりアヤさんの心に気付いて欲しいものだと思ったが、同時にそれを彼に期待するのは無理だろうとも思った。
そして突然、かつての自分もリンに対して同じことをしていなかったのか少し不安になった。
リンも自分に対して、何か壁を作っていたのだろうか・・。
佐伯さんとアヤさんの関係を見ていてずっと気になっていたのがそれだったのかと、その時になってようやく気が付いた。

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エントリー:リン108 金と体と心
2009年07月17日

リン107 マニラの生活水準

※「リン104 入国時のハプニング」の記事が以前抜け落ちていたため、本日(7/17)にアップしました。その後の話もナンバーを振り直しました。話が飛んでいて分かりにくい箇所があったことと思います。申し訳ありませんでした。宜しければ少し振り返って、そちらもお読み下さい。
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「どこにいってもチップをくれと言われるのがいやだね」
パグサンジャンフォールの帰り道、後部座席から少し身を乗り出すようにして、川口さんが話しかけてきた。

「チップをあげる習慣に日本人はなじみが薄いから抵抗あるかもしれませんね。世界中どこに行ってもチップは必要となりますよ。」
「あ〜、そうかもね。韓国に行ったときもチップだらけだったもんなぁ。」
「サービス業はチップが収入の一部として最初からカウントされていますからね。その最たるものがさっきの船頭さんですよ。彼らの収入源はがチップだけですから・・」

ふ〜んと腕組みをしながら、川口さんが続けた。
「信じられないね。一番危険で大変な仕事をしてる人があれじゃあ、かわいそうだよ。でもあからさまにチップを要求されると、ちょっと抵抗があるよね。」
川口さんは、滝つぼに向かう筏の船頭の話をしているのだった。
滝の裏に入ったときにチップをくれと要求されたのだが、二人とも濡れる心配があるのでお金は全てモナに預けていた。
川口さんには、入り口で1000ペソ支払ったのになんでまたお金をあげなくちゃいけないんだという感覚があるようだった。
だからもしお金を持っていても、それを渡したかどうか・・。
日本人はチップに不慣れなので確かにそんな感情があってもおかしくはないが、チップの意味を理解している自分でさえ、常にお金をくれと要求してくるフィリピン人に対しては、いったいどこまで渡したらいいのかわからなくなる。
だから川口さんの話している抵抗感は理解できた。

マニラのホテルに帰り着いたのは午後3時で、全て予定通りだった。
部屋で着替えをしてから、すぐにベイウォークエリアに出かけることにしていた。
かつてベイウォークはミラマーホテルやダイヤモンドホテルがあるロハス通り沿いにあったが、現在はそこから南に数キロ下った埋立地に移動していた。
ベイウォークと言えば文字通り海岸沿いの散歩道で、その道沿いに屋台があったり屋外でお酒を飲んで騒げる場所があったり、バンドのライブがあったりと、夜遅くまで大勢の若者が集う場所である。

車が埋め立てエリアのだだっ広い場所に入ると、巨大なショッピングモールが目に入った。
SMやアジアンモールといったネオン看板が見える。
アジアで最大面積を誇るショッピングモールといわれ、丸一日かけても全てを見てまわるのは不可能だそうだ。
飲食街には牛丼の吉野家も店舗を出していた。
海外版吉野家がどんなものかと試しに入ってみたが、メニューも味も日本とはかなり違った。
勿論牛丼はあるが、味はフィリピン風に多少アレンジされている。
それぞれ全員が違うものをオーダーしてみたが、一つも外れなしでさすが吉野家というべきであった。
川口さんは腕組みをし首をかしげながら、食べ物はどれも全く問題ないあなぁとぶつぶつ言い、また違うものをつまんで同じことを繰り返している。
彼は移住したときのことでも考えているのだろうか。

移動したベイウォークのたたずまいは、以前より若干おしゃれになった感はあったが、雰囲気は残されたままだった。
南国ならではのやしの木が通り沿いに植えられ、それがライトアップされていた。
また大きな噴水は、色が変化するライトと水の競演で近代的でおしゃれな雰囲気が演出されていた。
通りに並ぶテーブルは、相変わらずフィリピンの若者でごった返している。

そもそもその巨大モールの中に、大勢の客がいる。
やはりマニラの人の生活水準は確実に上がっているのだ。
そのようなモールで売っているものは、値段が日本と大差ない。
川口さんがTシャツとハンズポンを買って3000ペソをオーバーしたと話していたから
6000円以上である。
川口さんは安物買いが好きな人であったから、日本で買ったほうがずっと安かったと悲鳴を上げていた。

その間僕とモナは別行動で彼女に約束した指輪を見に行ったのだが、二人が気に入ったペアリングは18金で10万円を超えていた。
僕は日本で買ったほうが良いといって、それを買わずに安物で済ませた。
とりあえず田舎に行く手前、彼女はペアのリングが欲しかったのだ。
フィリピンで高い買い物をするのは抵抗があった。
以前きちんとしたモールでブランド物のサングラスを購入したことがあるが、半年でフレームのめっきが剥がれ落ちた。
それ以来、フィリピン国内でブランド品は一切買わないようにしている。

モールは高めの価格であるが、それにしても日本より高い物がたくさん並んでいる。
それで商売が成り立つのだから、顧客がいるということである。
日本人が悲鳴を上げながらフィリピーナに仕送りしたお金が、案外そんなところにも消えているかもしれないと考えたりした。

日本からフィリピンに対する送金金額は、一年間に400億から500億である。
フィリピーナ自信が送っている金額も含まれるが、在日フィリピン人が30万人くらいであるから、全員が年間100万円をフィリピンに送金しても300億である。
少なくとも残りの100億から200億は、日本人から送られたお金の可能性が高い。
日本からフィリピンに送金される金額は、実はフィリピンに国外から送金される全体の中でほんの5%に過ぎない。
マクロ的に考えると、高級で巨大なモールが成り立つのも分かるような気がする。

SM(シューマート)に移動すると、値段が若干安めになる。
サンダルが一つ700円〜800円ほどからあるので、僕はモナにそれを一つ買った。
川口さんもヘイセルにサンダルの一つも買ってあげたいようであったが、ヘイセルは恥ずかしいからと、最後までそれを固辞した。
川口さんはそんなヘイセルの態度を、現地の子は純情でいいと目が無くなるくらいニコニコしながら話していた。
「中華レストランのメンバーがはまっている女は、みんなだめだ。日本で水商売の垢が染み付いているから男を騙すことしか考えていない。それに比べてヘイセルちゃんは・・・」
と、そんな感じである。

その夜はまた佐伯さん、アヤさんと合流し、今度は焼肉を食べに行った。
川口さんは川上りが楽しかった話を佐伯さんに教えながら
「くればよかったじゃん、車だってただなんだから。部屋の中で変なことばかりしていても、不健康でしょ。ほんとにあんたは・・」
と、やはり目がなくなるほどに笑みを浮かべながら話している。

「変なことなんかしてませんよ。そんなことほとんどしてないよねぇ。」
と佐伯さんがアヤさんに同意を求めた。
するとアヤさんが小さな声で「ほんとにもっとがんばって欲しいくらいよ」と僕とモナを見ながらにこりともせずに言い放った。
やはり佐伯さんは彼女に対する愛情が不足していることを感じたが、本人は前日と同様、一人で顔を真っ赤にして盛り上がっていた。
総勢7人だったが、最後はそれほど美味しくない焼肉に8000ペソを支払った。
お腹だけは破裂するくらいに一杯になった。

毎日部屋にこもりっぱなりだとアヤさんの精神衛生上悪いという屁理屈をつけ、みんなでカラオケボックスに行くことにした。
女性がつかない、日本と同じスタイルの純粋なカラオケボックスである。
そこでも佐伯さんは大盛り上がり。彼はもともとカラオケが大好きなおじさんだった。
川口さんは既に閉口気味で、だめだぁこれはと言いながら佐伯さんをほとんど無視していた。
アヤさんは時々佐伯さんとデュエットを歌っている。
川口さんとヘイセルは、歌うよりも二人でソングブックを眺めている方が多い。
それぞれがまあまあ楽しんだものの、3000ペソ(6000円)程度の支払いだったから、それも安くはないと感じた。
考えて見るとちょっとマニラで遊んで食事をしただけで、相当なお金を使っている。
安いと思いながら油断していると、とんでもないことになりそうだった。

翌日は佐伯さんと川口さんの帰国日である。
しつこくみんなで騒いでいても迷惑なので、ほどほどに切り上げた。
ヘイセルも翌朝は仕事で朝が早いため、そのままアパートに送り届けた。

車に残ったのは、僕とモナ、そして川口さんの3人である。
実は川口さんには、フィリピンの夜遊びも少し見学させてあげようと計画していた。
川口さんもせっかく来たのだからと、乗り気だった。
ドライバーとモナと僕の3人で話し合った結果、女性も入りやすいセクシーダンスショーがある店に行くことにした。
そこで川口さんが、女の子を連れて帰りたいと言い出すのである。


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エントリー:リン107 マニラの生活水準
2009年07月16日

リン106 パグサンジャン フォール

翌朝7:00にドライバーのサムさんがホテルに来た。
モナの準備がまだ整っていなかったので、僕と川口さん、そしてドライバーの3人で隣のジョリビーに朝食を食べに行った。
ジョリビーはマクドナルドのようなファーストフード店で、フィリピンでは絶大な人気を誇る一大チェーン店である。
そこではハンバーガーセットやスパゲッティー、ハンバーグとライス、チキン、ポテトなどを好みに合わせて選べ、セット商品も様々用意されている。
価格は一人100〜150ペソ前後なので、約200円か300円であるが、僕の感覚だとそれはフィリピンの人にとっては安くない料金のように思えた。
しかしどこのジョリビーも老若男女を問わず、お客でいっぱいだ。
安くないのはジョリビーだけではない。
フィリピンのスターバックスはコーヒー一杯が300円を超え日本と料金は大きく変わらないが、そのような店もいつも満員御礼である。
マニラにいると物価はかなり日本に近づいたように感じるし、それらを普通に楽しむフィリピン人の生活水準も、大都市に限り上がったように感じる。

モナとヘイセルの朝食もテイクアウトで買い、いよいよ川遊びへ出発となった。
行き先はモナが企画したパグサンジャン(Pagsanjan Falls)である。

モナはフィリピンに帰国してからツアーガイドの仕事をしていたので、その手の企画は車の手配も含めて朝飯前であった。

主なガイドの仕事は、日本からフィリピンに遊びに来る客のホテル予約、ゴルフ場予約、現地プロゴルファーと一緒にプレイがしたいという要求があればそのアレンジ、観光巡りのアレンジ、そして夜の遊びの案内等々であった。
中には安全面を意識し、地元の警察官をボディーガードで常に同行させるような要求もあるし、宿泊ホテルのクラス指定や、カジノがあることなどの細かい要求に応じる必要もある。

日本人客相手なので、ガイドは日本語を話せる必要がある。
ガイドの予約は主にドライバーのサムさんが取りまとめており、日程に応じて自分が抱えているガイドと連絡を取り合い仕事の調整をする仕組みになっている。
客がフィリピンにいる間モナはヘイセルのアパートに泊まり、朝早くから夜遅くまで客に密着しながら世話をする。
客は富裕層が多く、普段自分が面倒を見ている日本の愛人を伴って来比するケースも多い。
夜の案内は主に、客がぼったくりに合わない安全なフィリピンパブへ案内し、料金の取り決めなどを行う。
仮にお客がその店の女性をホテルへ連れ出したい場合、ガイドは料金等の交渉をすることもあるし、時には気を利かせ途中から退席する場合もある。
ガイド料金は、ツアー客の人数や日数にもよる。
2〜3人の客で3日間5万円、一週間で8万円程が事前に取り決められた料金だが、大体は帰国時に客一人につき一万円ずつのチップを加算してくれるそうである。

客に気に入られると、ガイドが指名になることもある。
特に女性の客がグループの中にいる場合は、その女性に気に入られるかどうかが、次のリクエストに大きく影響するらしい。
一ヶ月に2回ないし3回の仕事が入るそうだから、彼女にとってはまあまあの収入源となっていた。

目的地パグサンジャンはラグナベイ(湖)の南東部に位置し、マニラから有料道路を走って2時間ほどの場所にある。
モナ曰く、その場所のボートによる川上り(川下りではない)はとてもエキサイティングで、一度僕を案内したかったそうだ。

片側3車線の有料道路は日本の高速道路と大差なく、その日は大きな渋滞もなかったので順調に目的地に近づいていった。
周囲の景色はマニラが遠ざかるにつれて大きなビルディングが姿を消し、ラグナ地区に入ると周囲に緑が目立つようになってきた。

ヘイセルとモナはテイクアウトの朝食も済み、既にリラックスしている。
僕とモナは運転席のすぐ後ろのシート、川口さんとヘイセルは更にその後ろのシートに座っていた。
川口さんは相変わらず物珍しい窓の外の景色に意識を奪われており、ヘイセルは頭痛がすると言い目を閉じて無言だった。
僕は日本から仕事に関係する電話が入り、車の中でパソコンを操作しながら対応に忙しかった。
モナは電話対応している僕の顔に自分の顔を近づけながら、呑気に二人の写真をカメラに収めようとしている。
彼女は終始ご機嫌モードだった。

有料道路を降りると、小雨がぱらついてきた。
走っている道の幅がどんどん狭くなり、周囲の民家の様子も粗末なものが目立つようになってきた。
フィリピンは少し田舎に入り込むと、現地の人達の暮らしぶりがマニラのそれとはがらりと変わる。
山から湧き出る水で、野菜や食器の洗い物や洗濯をしている光景も珍しくはなかった。
食料品や生活必需品を購入するための店も、軒下で鉄格子越しに店内の品物を指差し、小さな小窓からお金と品物を交換するような店ばかりになってくる。
上半身が裸やランニングシャツの子供が遊んでいる姿もあちらこちらで目立ち始めた。
川口さんはそんな光景をいっそう珍しがった。

小雨が降る中で、狭い道路がある小さな駐車場で行き止まりになった。
車10台で満車となるような、小さな駐車場である。
すぐに案内役の男性が傘を持ってやってきた。
駐車場から5段ほどある階段を降り10mほど歩いたところにレストランがあり、レストラン越しに渓谷が見えた。
モナが受付をしている間に、僕は周囲の状況を確認するためレストランのベランダに出てみた。

下には幅20mほどの川が緩やかに流れていおり、その水は雨のせいか茶色に濁っている。
小さなエンジン付きボートが手漕ぎボートを何艘も連ねて引っ張っているのが見えた。
辺りが閑散としていて、観光客など誰一人見当たらなかった。
モナが料金を払ってきたというのでいくらかと尋ねたら、一人1000ペソ(2000円)と聞き驚いた。
何をするのかは分からなかったが、それほど立派な観光地にも見えないその場所で、いったい何にそんなにかかるのかと思った。
1000ペソの中には保険料とライフジャケット・ヘルメットの料金が含まれてると聞いても、まだ納得がいかなかった。

レストランの中を通り階段を下った場所が、ボート乗り場になっていた。
ボート乗り場の少し上の踊り場で、ライフジャケット、ヘルメットを受け取りそれを着込んだ。
ついでの一つ150ペソのビニール製雨合羽を4人分購入した。
全てを装着した4人は、観光とは無縁の不恰好な姿になり、僕とモナ、川口さんとヘイセルが案内されるがままに、それぞれ別のボートに乗り込んだ。
2艘の小さなボートには、先ほどレストランのベランダから見たエンジン付き小型ボードに引かれ、上流に向かって進んでいく。

それぞれのボートには、ボートの先頭と後尾に一人ずつ、合計2名の船頭が乗っている。
ボートに乗り込んだ場所は川幅も広く、川の流れは極めて緩やかだった。
ボートが進みだした頃に、また仕事の件で日本から電話が入った。
エンジン付きボートにのんびりと引かれるボートの上で、僕は日本と仕事の話をしていた。
5分ほど上流に上ったところで、緩やかなのんびりとした様子から、川幅が狭く川底に岩が目立つ川へと、その様子が変貌した。
そこで牽引用のボートは僕たちのボートを引いているロープを外し、下流へと引き返していった。

その途端に、ボートの先頭と後尾の船頭がボートから降りて、ボートを上流へ向けて押し上げ始めた。
それまでののんびりとした様子とは打って変わり、ボートは岩へ乗り上げ上へ下へ、そして右へ左へとゆれ始める。
もう電話などしているゆとりはなかった。
早々に電話を切り上げ、僕はボートにしがみついた。
モナは前に伸ばした僕の両足の間に座りながら写真を撮っている。

川の流れも次第に渓流のような急なものへ変わり、大きな岩が行く手を遮る。
二人の船頭は強力し合いながら、急な川の流れに逆らい岩を上手に避けながらボートを力強く上流へと押し上げる。それが延々と続いた。
既に川幅はボートにのり始めた場所の半分程度になっており、その両端は30mほどの高い断崖絶壁に囲まれている。
その断崖の上から、ところどころで水が川に向かって流れ落ち滝となっている。
滝を意味するFallsという言葉が複数形になっている意味を、そこでようやく理解した。

ボートは少しでもバランスを崩すとひっくり返るような恐怖感があり、それがスリル溢れるアドベンチャーを演出している。
そうなって初めて、この川上りの醍醐味を実感した。
1時間ほど上ったところで、食事をする場所があった。
そこで船頭の休憩を兼ねて一旦上陸する。
船頭は汗だくになっていた。

4人は川岸にあるテーブルを囲み、船頭の分も含めてチキン、豚肉のベーべキューを注文した。
川口さんはココナッツの実をくり抜いたジュースも注文し、それにさされたストローでココナッツジュースを飲みながら、「意外とあっさりしているね」と言い再びストローを吸っている。
バーベキューもココナッツもそれぞれ50ペソ(100円)から80ペソ(160円)ほどで、日本感覚ではそれほど高くない。

再びボートに乗ると更に川の流れが急になり、30分も進んだところにようやく終点が見え始めた。
ボートを押し進める船頭が大変なのは勿論であるが、乗っている人間も常にバランスを取りボートにしがみついているために汗だくになっていた。
十分エキサイティングなボートの旅であったが、そこから更にすごいイベントが僕らを待っていた。

ボートを降りて川沿いに30mほど歩くと、行くては断崖絶壁で行き止まりになっており、そこに上から巨大な水の塊が流れ落ちていた。
メインのパグサンジャンの滝である。

今度は竹を紐でつなぎ合わせた筏に乗り込み、滝つぼに向かうようである。
モナとヘイセルはその場で待っているとのことだったので、僕と川口さん二人でその筏に乗り込んだ。
船頭が筏を進め、滝に近づくと離れて見ていたときの数十倍もその迫力が増した。
5mも離れていない場所に毎秒数百トンという水の塊が落ちてきて、その水しぶきが全身に襲い掛かる。
滝の下に入ったら、間違いなく首の骨が折れるだろうという恐怖感があった。
筏はその滝のすぐ裏に入り込んだ。
そして止まった筏から降りて、泳いで見ろと筏の船頭から促された。
躊躇したものの、僕は思い切って水に飛び込んでみた。
水は胸の少し上あたりの深さしかなく、一旦水に入ってしまえば恐怖感は半減したが、川口さんは最後まで筏の上から僕を見物していた。

再び同じボートで、今度は川下りをする。
その頃には川を上ってくるボートが何艘も出現し、渋滞になるほどであった。
すれ違う観光客はほとんどがアメリカ人、韓国人、中国人だったが、一組だけ日本人と遭遇しすれ違いざまに軽く挨拶の言葉を交わした。
いつの間にか雨もやみ、日差しが差し込み汗をかくほど暑くなっていた。
下りは上りの半分ほどの所要時間となり、およそ40分ほどである。

ボート乗り場に付く頃、モナが船頭に対するチップの説明を始めた。
入り口で払った1000ペソはボートの所有者の者で、危険な重労働をしている船頭達はそこから一銭ももらえないそうである。
彼らはボートをただで借り、乗客を運んで連れ帰った際にもらうチップだけで生計を立てているらしい。
フィリピンらしいシステムと言えばそうだったが、お金を持っている側と貧乏な人達の格差を象徴しているような仕組みだと苦笑いした。
ボートを降りる際、船頭一人につき500ペソ(1000円)ずつチップとして渡した。
同時に万が一チップをくれない客に遭遇したら、あの重労働が全て無駄に帰すのかと思うと、人事ながらやり切れない思いもした。

僕も川口さんヘイセルも、このボートアドベンチャーには大満足していた。
原始的な冒険旅行には、まるで子供時代に返ったような楽しさがあった。
その様子に、企画者であるモナも喜んだ。
ふと悲しそうな顔をしていたアヤさんと、ビールで飲んだくれる佐伯さんの顔が浮かんだ。
こんなちょっとした幸せを二人で共有したらいいのにと思った。

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