フィリピーナと共に
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アイリーン:カテゴリの記事一覧です。

2009年10月02日

アイリーン33

「まさか君と、再びこうして会うなんて夢にも思っていなかったよ」
「わたしだってそうよ。アイリーンのことがなければ、わたしはあなたに連絡をとらなかったもの」

「20年前妊娠をした時に、なぜ僕にそのことを教えてくれなかったんだい」
「それを教えたら、あなたは困ったでしょう?もしそうじゃなかったら、あのときあなたは、わたしにあの縁談を勧めるはずがないわ」

「君にはまいったなぁ」と、彰祐が頭をかきながら言ったが、しかし真剣な顔つきに戻り、「妊娠をしたということは特別なことだよ。僕は君がそれを僕に告げなかったことを、本当は怒っている」と付け加えた。

メリアンはあくまでも穏やかに
「それは今だから言えることよ。あの時あなたがそのことを知ったら、あなたはもっと悩んでいたわ。わたしはそんなあなたを見て、自分が傷つきたくなかったの」と返した。

月並みの女であれば、そんな時は“あなたの幸せを考えて”などと答えるはずだったが、彼女はあくまでも、“それは自分のため”という答え方をする。本当はそうではないことを、彰祐はよく知っていた。それでもそんな答え方をするメリアンに、彰祐は昔から彼女の頭の良さと優しさを感じていた。

「君はぜんぜん変わってないなぁ。まあそれは過ぎたことだ。それに結局は、その時の子供が僕たちをこうして再会に導いたんだ。僕はそこに運命を感じるよ」
「本当にそうね。それはわたしも同感よ」

二人の間には、単に感傷に浸るだけの懐かしい思い出話しはたくさんあったが、彰祐はそれよりももっと現実的で具体的な、心に引っかかっていることや、これからのことについて、一つ一つけりをつけながら、先に進むための話をしたかった。

「メリアン、僕はその運命に逆らいたくはない。どうだろう、僕と残りの人生を一緒に歩いてくれないだろうか。君は僕が愛した昔のままのメリアンだ。ちっとも変わっていない」

「彰祐さん、わたしは昔と同じではないわ。レイラを育てるために、一度は夜の世界に身を落とした女よ。それがどんなことか、あなたにはわかるでしょう?普通だったら女手一つで子供を育てて、家まで買うなんてできないの」

「君はそのことを後悔しているかい?」

「いいえ、そのことは後悔はしていない。あの子を育てるためには、選択肢がそれしかなかったの。そして彼女は立派に成長した。わたしが体を張って彼女を育て上げたの。それを後悔なんかしていないわ」

「それを聞いて安心した。君はちっとも変わってなんかいない。いや、むしろ優しさに加えて、人間として強くなったかもしれない。僕は君の歩いてきた道を、きちんと尊重する。僕もそれができるほど、人間として成長したつもりだよ」
彰祐はメリアンの目をしっかりと見据え、そして言った。
「どうだい?これは君へのプロポーズだ。君は僕の申し入れを受け入れて、もう一度乾杯するかい?」

メリアンもじっと彰祐の目を見つめながら、少しの間考えているようだった。彼女の目にプールから放たれた光が強く反射するようになり、彰祐は彼女の目が潤んでいることに気付いた。
次の瞬間、メリアンはゆっくりと右手でグラスを持ち上げて、だまって彰祐の差し出したジントニックのグラスに自分のグラスを合わせた。
20年の歳月を経て実現した、二人の結婚の約束だった。

レイラには二人の約束の話を、しばらくは伏せておくことにした。レイラが動揺することを彰祐は心配していた。


彰祐はシンガポールでの出来事を、メリアンに聞かせた。
アイリーンが、どれほどメリアンに似ているか、そしてそのことが、どれほど彰祐の心を揺さぶり、同時に癒してくれたのか。
何よりも彰祐がメリアンに伝えたかったのは、今回の出来事が、自分の人生の中でどのような意味を持ち、どのくらい大きなウェイトを占めているかであった。
彰祐の歩いてきた道は、メリアンと別れてから仕事一筋だった。ある程度の財産を築き、社会的地位も確立し、一端の社長として社員や周囲に認知されるようになった。厳しいビジネスの世界で荒波に揉まれながら、人間を見る目を養い、自分も反省を繰り返しながら成長してきた。
しかし、いくら財を築こうが、人間的な成長を果たそうが、それを継承する人間がいないことへの淋しさがあった。同時に、浮き沈みの喜憂を分かち合う人間が身近にいない。それが、自分が何のために働き、何のために生きているのかという自問自答へと繋がった。
若いときにはがむしゃらに走り、突っ張って生きてきたが、仕事が軌道に乗り一段落したころには、人間が独りでは生きていけないといわれる所以を実感するようになっていた。
だからこそ、メリアンの手紙で自分に子供がいると知ったとき、最初こそ戸惑ったが、それがどれほど彰祐の心の救いになったのかを、彰祐はメリアンに伝えたかった。
彰祐はメリアンに、そのことへの感謝の気持ちを伝えたかった。

「こんなことで君の苦労が報われるわけではないけれど、本当にありがとう。君が僕とのことをずっと大切に想ってくれた気持ちが、とても嬉しいよ」
「わたしは何かの見返りを期待して、あの子を産んで育てたわけではないわ。だからわたしのこれまでのことは、気にしないで欲しいの。わたしは今までも、そして今もとても幸せよ。あの二人が立派な女性になった姿を見たら、私の苦労は全部報われるの」
「君は本当に強くなったね」
「子供を育てるということは、そういうことなのよ。子供と一緒に自分も成長していくの。そうじゃなかったら、子供なんて育てられないわよ」

子供を育てたことのない彰祐にはよくわからなかったが、メリアンの言葉には、実績に裏づけされた自信と説得力があった。彰祐はそんなメリアンと比べ、自分がとても子供っぽく感じてしまうのだった。
「昔は僕がリードしていたつもりだったけど、今は君の方が大人だね。ずいぶんと差がついてしまった感じがするよ」

「母親は強いのよ。男はだめね。いつまで経っても子供みたいなんだから」
「そうだね。本当にその通りかもしれない」

「それでも、いざと言うときには男の人にかなわない。あなたは立派にアイリーンを救った。彼女の心も掴んでいる。それはとても素晴らしいことよ。あなただからできたことだと思うわ」

「難しいのはこれからだね。とにかく僕たち4人は、これからお互いに心を通わせる必要がある。そして二人にはタイミングを見計らって、本当のことを伝えるべきだと思ってる」

彰祐は、いつか二人の娘に真実を伝えるべきだと考えていた。
血の繋がりがないとして、それがどんな意味を持つのか。それがわかる前と後で、一体何が変わるのか。取り違いなど、単なるアクシデントであって、これまで培った親子の愛情になんら影響はないはずなのだと信じていた。それよりも二人が何かのきっかけで、秘密にしていたことを知ってしまうことの方が、二人は大きく傷つくのではないかと思っていた。

しかしメリアンは少し違っていた。
レイラが自分の本当の娘ではないかもしれないと気が付いた時、メリアンは気が動転した。取り違いの事実を知ったときには、レイラを彰祐の子供だと信じて苦労を重ね彼女を育てた自分の20年間が、一瞬否定されるような恐怖感に襲われた。しかしいざアイリーンを目の当たりにして、メリアンは開けてはならないパンドラの箱を開けてしまったような、不安にかられていた。
彰祐の言う通り、血の繋がりがないことなど関係がないのである。ならば、余計な詮索をせずに、全てにそっとしておいた方が良かったかもしれないという、後悔の混じった不安である。
勿論それは、アイリーンを助け出したことを後悔するものではなかった。事実知ってしまったメリアンは、心からアイリーンを心配し、彼女を救い出したいと願った。アイリーンがどこかで大変な目に合っていると考えただけで、まるで自分のことのように心が痛んだ。そして自分の手元に彼女が戻ってきたことに安心し、アイリーンと会えたことには幸せを感じているのである。

彰祐はそんなメリアンの気持ちを汲みながらも言った。
「君の気持ちはよくわかるよ。君は、レイラがこの事実をどう感じ、心の中でどう処理するのかが不安なんだ。しかしレイラは誰が何と言っても君の娘だ。それは今更変えられない事実だ。そしてアイリーンが二人の娘だということも、そのことを知ってしまった時から事実なんだ。誰の人生にも、思い通りにならないことやどうしていいのかわからないことはたくさんある。それが普通なんだよ。しかし大方の人間は、そんな運命を受け入れながらも、なんとかしようともがきながら生き抜いていく力を持っている。僕と君が出会ったこと、そのことで君が子供を産んで育ててきたこと、僕がそんな君やアイリーンのことを知ったこと、そして僕と君がこうして再会したこと・・・その全てが受け入れるべき運命だった。そして君は、それらを受け入れながら立派に生きてきた。レイラもアイリーンも同じだよ。彼女たちも運命を受け入れながら、きっとそれを乗り越える力を持っている。そんな風に信じるべきじゃないかと思うんだ」

メリアンは、そんなことを言う彰祐を思いつめた眼差しでじっと見つめていた。そしてふっと力を抜いて言った。
「そうね、あなたの言う通りだわ。起こってしまったことは変えられない。だったらがんばって乗り越えるしかないわね。あなたはわたしを大人と言ったけれど、やっぱり最後はあなたに敵わない。昔からそう。あなたはいつも子供みたいで、どこか頼りなく見えて、でもいざとなると、わたしの全てを包み込むような大きな人になる。あなたは何も変わってないわね、ふふふ」

「いつもはそんなに頼りないかなぁ・・」彰祐は頭をかしげながら、不満そうなふりをして答えた。メリアンはそんな彰祐を見て、ただ笑うだけだった。

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カテゴリー:アイリーン
エントリー:アイリーン33
2009年09月30日

アイリーン32

5人は、アイリーンの希望であるフィリピン料理を食べるために、セブシティーのライトハウスというネイティブフードレストランへ向かった。そこは彰祐とメリアンにとって、思いで深いレストランだった。

ライトハウスは各種ガイドブックで紹介されているため、海外からの観光客は一度は訪れる、セブの名物レストランである。レストランの片隅には水槽がいくつか置かれ、その中で蟹や魚が泳いでいる。以前メリアンとライトハウスに行くと、彰祐は必ず真っ先に水槽を覗き込み、弱っている魚や蟹をチェックする。魚の名前がわからないから、いつもメリアンに名前を教えてもらった。そして、そこで弱っているものを発見すると、決してそれを使用する料理を注文しない。
「適当に注文すると、絶対に今にも死にそうなやつから取り出して調理する」というのが、彰祐の持論だった。メリアンは笑いながら、「そんなことはないわ、あの水槽は調理する魚を飼っているいるわけではなく、ただの観賞用よ。調理用は別にあるわよ」と言うが、彰祐はオーダー前の水槽チェックをやめることはしなかった。

ライトハウスに行った彰祐は、やはりオーダー前に水槽をチェックした。
「あなた全然変わってないわね」と、メリアンは大笑いしていたが、彰祐は魚のチェックに夢中になりながら、メリアンに魚の名前を尋ねていた。

そんな二人をテーブルの席から見ていたリンやアイリーンは、きっと二人が、残りの人生を一緒に歩いていくと確信していた。
アイリーンは、娘のレイラがどこまで知っているかを知らなかったので、二人のことで余計な話は一切ださないように気をつけていた。それは、アイリーンが、レイラの本当の父親が彰祐だと思っていたからである。

アイリーンは、メリアンや彰祐のような親を持つレイラを、羨ましいと思っていた。みんなで過ごす時間が幸せであればあるほど、自分が独りになるときがやってくるのが、怖くなった。きっと彰祐とメリアン、レイラは、親子3人で、仲良く一緒に暮らしていくのである。例え離れて暮らしたとしても、家族という強い絆で結ばれ、3人の関係が途切れることはないのだ。しかし自分は違う。いくら親切にしてもらっても、所詮は赤の他人だ。この親子に割り込むことはできない。それがアイリーンの心に、ふと陰を落とした。

一方リンは、アイリーンとメリアンを見比べて、やはり病院の取り違いの話は本当だったと確信していた。アイリーンは明らかにメリアンに似ていたし、逆にレイラの美しさは、アイリーンが自分の母親だと信じているメアリー譲りであった。
複雑な事情を持った家族が、秘密を抱えたまま幸せな時間を過ごしている。たが、リンにはどうすることもできないし、他人がそのことに介入すべきでもないと思っていた。

彰祐はメリアンが育てたレイラを気にしていた。レイラはアイリーンとは対照的で、いつも物静かで少々か弱い印象だった。メリアンと一緒になりたいなどと簡単に思っていたが、メリアン本人だけではなく、レイラの気持ちも考慮しなければならない。隠された事実について、どのように対処すべきかを考える必要もあるが、自分はアイリーンの本当の父親である。メリアンとの結婚を考える上で、その事実に対する対応を一歩間違えると、レイラを深く傷つける恐れがある。事態は思ったりよりもと複雑に絡み合っており、それを解きほぐすのは簡単ではないと感じていた。何よりも、レイラと心を通い合わせなければならないと思っていた。

メリアンには、一つ驚いたことがあった。それはアイリーンが、レストランのボーイに、トマトを丸ごとくれとお願いし、それを食べていることだった。

アイリーンは子供の頃から、トマトの丸かじりが大好きだった。アイリーンはいつも畑で熟したトマトを見つけては、それをもぎ取ってかぶりついていた。しかし、通常フィリピン人は、トマトをスパイスとして使用し、トマトそのものを食べる習慣はない。だからアイリーンの兄弟も、お腹がすいてもトマトは食べることはしなかった。
アイリーンがトマトをお願いするのを聞いて、彰祐は自分の分もお願いした。彰祐も、トマトに塩をつけて、丸かじりするのが昔から大好きだったのだ。
メリアンは、二人でトマトに美味しいと言いながらかぶりついている彰祐とアイリーンの姿を見て、やはりアイリーンは自分と彰祐の子供だと感じながらも、複雑な心境になっていた。

アイリーンが我が子であることは全く問題ないが、それはレイラが自分の本当の子ではないことを決定付けることである。
血のつながりが無くとも、レイラは立派な自分の子供だった。今更彼女が、自分の子供ではない、赤の他人だなどとは思えない。しかしレイラがそのことをどう思うのか、それが心配だった。
同時にアイリーンの家族も、今更アイリーンを他人だと思うわけはなかった。アイリーンの家族から彼女を奪い、自分が二人の子供を独り占めするのは許されることではない。
もしアイリーンに対する情が深くなったとき、メリアンは自分の心をコントロールできるだろうかと心配だった。
いざアイリーンを目の前にして、事の複雑さと、解決の困難さを、メリアンはひしひしと感じ始め、不安になっていた。

静かなレストランで会話を弾ませながら楽しく食事をし、各自が幸せを感じてもいるのだったが、それが幸せな時間であればあるほど、それぞれが違う視点で複雑な想いを抱いていた。


その夜彰祐、アイリーン、メリアン、レイラの4人は、セブシティー内のウォーターフロントホテルに一緒に泊まった。マンダウェイにあるメリアンの家には、まだアイリーンのベッドがなかったため、数日間はホテルに宿泊することにしていたからだった。部屋は2つにし、彰祐だけが独り部屋とした。

ホテルにチェックインをした後、彰祐とメリアンは、ホテル内のプールバーで軽くお酒を飲もうということにした。表向きは20年振りの再会を祝うということであり、勿論その意味も本当にあったのだが、二人の間には、それ以外の重要な話題があった。それは言うまでもなく、アイリーンとレイラのことである。

プールの水底には白熱球タイプのライトが設置されたおり、水の動きに合わせて揺らめく幻想的な光がプールサイドを包み込んでいる。闇夜に浮かび上がるプールの中では、宿泊している子供たちが奇声をあげながら、水遊びを楽しんでいた。
そんな南国ムードたっぷりの雰囲気が、彰祐は大好きだった。街の中のホテルながら、リゾート気分を満喫することができた。

アイリーンとレイラは、ホテル内にあるショップを探検すると言って、二人に気をきかせ姿を消した。この大型ホテルの中には、免税店、各種レストラン、カジノなどが揃っており、ホテル内だけでもかなり探検のし甲斐がある。さぞかし宿泊代が高いかといえばそうでもなく、大手の予約専門サイトなどを使うと、安い部屋では7000円程度の金額で泊まることができた。メリアンたちの部屋はジュニアスイートにベッドを追加したので、それなりの料金になっているが、彰祐の部屋は1泊1万円を切るツインルームである。

彰祐はジントニック、メリアンはマルガリータを頼み、二人はプールサイドで再会の乾杯をした。

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カテゴリー:アイリーン
エントリー:アイリーン32
2009年09月29日

アイリーン31

第10章
着陸を控えた飛行機の中で、窓際に座ったアイリーンの目に、点在するオレンジ色が灯りが飛び込んできた。となりには彰祐が座っている。乗客のそれぞれが、窓の外を覗き始め、客室全体にざわつき感が漂い始めた。
乗務員が専用シートに座り、ベルトを装着したことが、着陸が近いことを物語っていた。

シルクエアーのセブ直行便で、とうとうアイリーンはフィリピンのセブへ帰ってきた。
アイリーンは、故郷に帰ることがあったとしても、それははるかに遠い先だと思っていた。もしかしたら自分は、二度と故郷の土を踏むことができないかもしれないという、漠然とした諦めも持っていた。
地獄の生活から助け出されてからも、フィリピンへ帰ることができるという実感を、中々持つことができないでいた。
しかしほとんど陽が落ちた夕刻の薄暗い中にセブの島の陰影を見て、ようやく帰ってきたという喜びと興奮が、アイリーンの体の中を突き抜けた。

思えば不思議な展開だった。見知らぬ日本人が、ふらりと現れ、自分を優しく包み込みながら、約束したことをきちんと実現してくれる。彰祐と知り合ってから、まだ一ヶ月も経っていないのに、なぜか彼に、何年も前から良く知っているような親近感を覚え、いつの間にか彼に対して絶対的な信頼を寄せている自分がいた。
彼はその信頼にいつもきちんと応えてくれ、それがより深い信頼へと繋がっていった。

アイリーンはこの不思議な感覚を最初から彰祐に感じ、そしてその正体についてずっと考えていた。その正体が何かを見定めるために、彰祐のこともずっと観察していた。
そして彼女は、ようやく一つの答えを導き出そうとしていた。
アイリーンが彰祐と一緒にいて心地良いのは、それは彼の自分に対する愛情を感じるからだった。彼からは、なんらかの見返りを期待するような素振りは何一つ感じない。そうであれば、それは純粋な愛情しかないのだった。
しかしその答えに到達してからも尚、アイリーンは混乱した。
これまでそのような愛情を感じたのは、母親や兄弟だけであった。それ以外の人から、それと同類の愛情を注いでもらうなどアイリーンには経験がないだけに、その愛情の裏にあるものが何かを、いつの間にかさぐっているのだった。
アイリーンには、その答えがセブにあり、しかもそれは、全く自分の想像を超えたものなのかもしれないという予感があった。


飛行機の車輪が滑走路を捉える振動が伝わってきた。逆噴射の轟音と共に、飛行機は急激に速度を落とし、進行方向を右や左に変えながら、ゆっくりとターミナルに向かい始める。
停止するかしないかという段になって、気の早い人たちが座席から立ち上がり、荷物を棚から取り出し始めた。
アイリーンの心臓は高鳴っていた。メリアンが娘のレイラと一緒に、出迎えに来てくれているはずだった。
アイリーンの父親や兄弟、親戚には、彼女の帰国を知らせていないとのことだった。それは一旦落ち着いてから、ゆっくりと連絡を取れば良いと彰祐に言われていた。確かに兄弟たちはみんながばらばらになり、各親戚の家に預けられている。帰国の連絡をしたところで、兄弟たちにはどうすることもできずに戸惑うだけであることは、容易に想像できた。

まだ新品のスーツケースを引きずり、アイリーンは彰祐と一緒に空港の外へと出た。
シンガポールとはまた違う種類の、むせるような暑さを体に感じ、それが懐かしかった。それは彰祐も同様だった。セブの地を踏むのは、彰祐も数年ぶりであった。
空港前は人でごった返していた。その人ごみの中に、メリアンがいるはずだった。

「アイリーン!」
一際甲高い声がアイリーンを呼んでいた。声の出ている方向を見ると、予期せぬことに、そこには自分に大きく手を振っているリンがいた。リンの顔を見た瞬間に、アイリーンの中で、今まで溜まっていたものがはじけとんだ。
彼女は人ごみを掻き分けながら、夢中でリンの元へと歩み寄った。
「リンさん・・・」そう言いながら、アイリーンはリンに抱きついて、「やっとフィリピンに帰った。本当にごめんなさい、ごめんなさい」と言いながら、大声で泣き出した。
リンは「だいじょうぶ」と言いながら、泣きじゃくるアイリーンの背中をまるで母親のようにさすっていた。

その姿を、横にいる女性が複雑な想いで見守っていた。それはメリアンだった。
本来、そこで彼女を受けとめるのは自分なのである。しかし生まれてから20年間他人として育ったアイリーンを初めて見た瞬間、メリアンは彼女のことを他人としか思えなかった。あれほどアイリーンのことを考え、会いたいと夢見ていたはずなのに、実際にはそれとは違う感覚を抱いている自分自身に、メリアンの心は揺さぶられ、そして傷ついていた。
そこへ彰祐がゆっくりと近づき、「あなたがリンさんですか。今回はいろいろとありがとう」と声をかけた後に、横にいるメリアンに「久しぶりだね」と声をかけた。
メリアンは一歩前に出て、彰祐の腕を軽くつかんで、彼と並ぶように自分の立ち位置を変えながら、「久しぶりね。この子がレイラよ」と、自分が育て上げた娘を彰祐に紹介した。

アイリーンと同じ歳のレイラは、長いまっすぐな黒髪を背中の中ほどまで伸ばした、美しい女の子だった。レイラは恥らうように、かるくお辞儀をして「はじめまして」と言いながら、彰祐と握手した手をすぐに引っ込めた。
「フィリピンの子は、みんな恥ずかしがりやだね。君のお母さんも、初めて会った時は同じだったよ。今はもう、堂々としたもんだけどね」
「それはわたしがおばさんになったってことを言いたいんでしょう」

相変わらず明るくて元気なメリアンのその一言で、その場に笑いがこぼれ、リンに抱きついて泣いていたアイリーンもようやくメリアンと向き合った。
「ごめんなさい、挨拶もしないで。メリアンさんの話は、シンガポールで沢木さんから詳しく聞いています。今回の件ではありがとうございました」
「いいのよ、アイリーン。久しぶりに帰ってきたのだから、思い切り甘えてちょうだい」

メリアンが優しくアイリーンに言葉をかけた後に、彰祐が続けた。
「今日はこれから、この美女軍団を食事にご招待しよう。これほどの大勢の美女に囲まれて食事をするなんて、生まれて初めての体験だ。滅多に無いことだから、今日は好きなところへどこでも連れて行くよ」
彰祐は上機嫌だった。メリアンは久しぶりにフィリピンへ帰ったアイリーンに
「あなたが食べたいものにしましょう。今日はあなたの帰国祝いだから、何でも我がままを言っていいのよ」と、アイリーンの肩を抱きながら、にこやかに言ってくれた。

アイリーンは、まるで家族に囲まれたような温かい空気を感じ取り、心から安心した。彼女はかつて、金儲けを企む親戚から食い物にされようとした経験を持っている。母親の叔母であるダイアンや、その娘のシェラは、口では思いやりのあるようなことを言うが、言葉とは裏腹の人を蔑むような卑しい目を持っていた。そして実際に、シェラは自分を彼女の顔見知り客に売りつけようとした。自分が騙されてシンガポールへ行ったのは、そのことが少ながらず影響していた。しかしそこに集まる人たちは違った。
メリアンは、彰祐が語っていたように、優しく明るい素敵な女性だった。母親のメアリーが生きていたなら、きっとこんな風に自分を包み込んでくれるだろうことを感じさせる人だった。
アイリーンは、彰祐との出会いが自分の全てを変えてくれそうな、そんな期待を抱かずにはいられなかった。


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