フィリピーナと共に
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アイリーン:カテゴリの記事一覧です。

2009年09月28日

アイリーン30

翌朝、ホテルにサイモンが訪ねてきた。
アイリーンは部屋でまだ寝ていた。昨夜は約束通り、二人でディナーをし、その後はホテルのバーに移動し、彰祐はアイリーンを相手に久しぶりに美味しいお酒を飲んだ。アイリーンも彰祐に付き合い、カクテルなどを数杯飲んでいた。部屋に戻ってからも話は尽きず、また興奮していることもあり全く眠くならないので、部屋で軽くお酒を飲みながら、二人は明け方まで話をしていたのだ。

彰祐とサイモンは、晴れやかな面持ちで、ホテルのロビーでがっちりと握手を交わした。
「サイモン、今回は本当にありがとう。君の解決方法は見事だった。僕は君にこの件を依頼して本当に良かったと思っているよ」

「ありがとう、ミスター沢木。僕もこの依頼で、色々なことを学んだし、新しい仕事を得ることもできました。新しいクライアントは、昨日のディックです。僕とディックの思惑が見事に一致して今回はタッグを組んだんですが、今後もシンガポールで行われている人身売買の摘発で、協力していこうと話になりました」

「それはよかった。あんな悲劇を少しでも減らすことができれば、僕も嬉しいよ。ところであの切り札となった裏帳簿は、どうやって手に入れたのか、教えてくれるかい?」

「あまり褒められた方法ではないので、本当は明かしたくはないのですが、ミスター沢木にだけは本当のことを言いましょう」
そんな風に言いながら、サイモンはディックとの関わりを含め、裏帳簿を入手した方法を明かしてくれた。

場末の酒場でウェンから話を聞いたあと、サイモンの方針は決定した。
行政筋のプレッシャーでハンを屈服させるのはいいが、何か他に決定打が欲しいと考えていたサイモンは、ハンがリーとアイリーンの売買をした証拠がどうしても必要だった。しかし領収書などはもともとあるわけがないだろうし、それに代わる物がないかどうか、思案していたのだ。

ウェンがヒントをくれた。ハンの懐に飛び込むなら、ハンの妻が狙い目だと。
ハンの妻は、ハンが夜に店にでている間、ハンの稼いだ金で夜の街をふらついている有名な遊び人だということだった。金に物を言わせて手に入れた、ハンの若い妻のことだったが、若い妻も30を過ぎると、ハンは次第に彼女を相手にしなくなっていた。今のハンは外に作った新しい若い女にご執心らしい。
もともと打算で結婚をしたハンの妻も、次第に夜の街へと繰り出すようになっていった。最初は気晴らしで飲み歩く程度だったが、彼女の持つ金に吸い寄せられるように、若い男が言い寄ってくるようになった。妻は心の隙間をうめてくれる男であれば誰でも良かった。次第に彼女の目的が、行きずりの男の物色に変わっていった。

金品の繋がりなど、所詮そんなものだろうなとサイモンは思いながらも、ハンの秘密を探るとすれば、そこにしか活路はないように思えた。

サイモンは、信頼のおける、ある一人の男を雇った。その男をハンの妻に近づけさせたのだった。
噂通り、彼女に近づくのは簡単だった。ハンの家を張り込み、妻が出かける際に後をつける、そしてバーで飲んでいる彼女に声をかけて一緒に飲むだけだった。酒に薬を入れただけで、彼女は泥酔状態になり、その彼女を家に送り届ける振りをして、ハンの家に意図も簡単に入り込むことができた。

ハンの家では家政婦を雇っていたが、夜はその家政婦も帰宅しているため、広い家の中には誰もいなかった。彼女をベッドに寝かせたあとは、ゆっくりと家の中をかぎ回ることができた。
ハンの金の出入りがわかるものであれば、何でもよかったが、ハンの書斎と思える部屋の机の中に、通帳と同時に偶然裏帳簿を発見した。外で待っているサイモンがそれらを受け取り、コピーを取ってすぐに元の場所へ戻した。

いわば違法に取得した資料だったので、実際のところ、正式な裁判となると厄介なことになっていたと、サイモンは頭をかきながら裏話を教えてくれた。

サイモンは同時に、行政筋で金になびく男を捜していた。仕事仲間にもずいぶんと相談したが、その中である一人の男が浮かび上がった。その男がディックである。
ディックは、決して金になびく男ではなく、頭の良さと誠実な仕事振りで出世を果たした、珍しい役人だった。しかしサイモンの仲間うちでは、金になびく男は金で裏切るから、手を結ぶのはよした方が良いというのが、大方の意見だった。
それよりも、ディックのような志を持つ男に、ストレートにぶつかるのが良いと、彼を弁護士仲間から紹介をしてもらった。ディックは衛生局の局長である。今回の件で見方をしてもらえるなら、これ以上うってつけの人物はいなかった。

サイモンはディックについて、聞き込みを中心とした調査を慎重に進めたが、彼のことは、誰に聞いても悪い噂一つ出てこなかった。周囲の話しを聞く限りでは、彼は珍しく清廉な上級役人であることがわかった。
サイモンがディックと会って直接話をしてみると、確かに誠実そうで腰の低い、好感の持てる人物だった。サイモンは思い切って、彰祐の依頼内容を正直に話してみた。

「ディックさん、わたしはこの件で、役人のどなかにお金を渡して協力を求めるつもりでいました。しかし相手は信頼できる方でなければなりません。もしハンと繋がっている人物に依頼をするものなら、とんでもないことになります。わたしがこのような事件に首をつっこんでいるのは、先ほどお話した日本人の方の依頼がきっかけですが、しかしこの件は、知れば知るほど同義的に許されるものではないと思っています。社会正義を貫く意味でも、わたしは依頼人の娘さんを是非助け出したい。ディックさん、どうかわたしに協力していただけないでしょうか」

ディックはサイモンの話に、じっと耳を傾けていた。そして静かに話し出した。
「サイモンさん、よくわたしにその話をして下さいました。その想いはわたしも全く同じです。そして今、国も人身売買に対してどのように対処すべきかを真剣に考える時期にきています。言ってみれば、わたしとあなたが協力をするのは、お互いのためになるのと同時に、世の中の浄化にも繋がる可能性がある。わたしもこの問題に、どのようなアプローチが良いかを考えていたところですから、一緒に協力をして取り組んでみますか。もちろん変なお金は不要ですよ」

こうして二人の協力関係が出来上がった。ディックは局内で、アイリーンに関する届出書類のチェックやハンに関する情報収集に関して、精力的に動いてくれた。
またディックはサイモンと何度か話しを重ねた後に、衛生局としてサイモンを、この問題に関する顧問弁護士として契約をしてくれた。ディックがサイモンを、この問題の改善や解決に向けた活動のパートナーとして認めてくれたのである。それにより、サイモンはシンガポールでの人身売買問題に関する政府公認の弁護士として、活動をする立場になったわけである。

全ての情報の共有化と称して、ディックは、リーやその他の組織情報もサイモンに提供した。政府が警察を通じて取得したその情報は、組織構成、人員、資金源、活動エリア、活動内容など、詳細を極めていた。
衛生局とはNDA(ノンディクロージャーアグリーメント)という秘密保持契約を結んでいるので、詳細情報を話すわけにはいかないと前置きをしながらも、サイモンは人身売買の実態を簡単に教えてくれた。

売買の対象となる女性は、タイ、インドネシア、カンボジア、ベトナム出身が多く、ついでフィリピン女性がたまに犠牲になるとのことだった。売られた女性は、そのほとんどが風俗業界で働かされることになる。売れらるきっかけは、今回のアイリーンのように、貧困に喘ぐ女性をお金でつり騙す手口や、借金をかたに無理やりサインを強いられるものが多いが、変り種では、軽犯罪を犯した人が収容される女性収容所の脱獄を手引きし、海外に逃亡させる口実で連れてこられるケースもあったようだ。
このような形で売買された女性は、今後アイリーンと同じように救済していくことになるが、その元締めを根絶する方法については、これからディックと詰めていくことになるという。

そして最後にサイモンは、彰祐がサイモンに渡した現金入りの鞄を彰祐に返した。
「このお金を使わずに済み、安心しました。あんな連中に、2重3重に儲けさせることはありませんから。それとハンからは、アイリーンの売り上げの100%を分捕ってきましたよ。わたしはそこから、成功報酬として1割を頂ければ、後は何も入りません。実は衛生局からアイリーンの件を含めてお金が出ていますので、遠慮は不要です。着手金としてお預かりしたお金の残金も、明細と一緒に鞄に入れておきました。そしてアイリーンのパスポートやサイン入りの書類も入っています。書類は確認後に破棄して下さい」

「サイモン、本当にありがとう。あなたにはいくら感謝しても足りないくらいだ。このお金は、今後のアイリーンの生活のために役立たせてもらうよ」

こうしてアイリーンの奪還作戦は成功裡に終了した。彰祐はディックに、報酬の6000SD(約39万円)を、後日振り込むことを約束し、握手を交わしその場で別れた。

彰祐はサイモンから手渡された、ディックの彰祐に宛てた手紙を読んでいた。

「今回はシンガポール政府の至らぬ点が招いた事件に、大切な娘さんを巻き込んでしまい、大変申し訳ありませんでした。あなたと娘さんを見ていて、人の気持ちを踏みにじるあのような行為を、わたしは決して許さないということを、あらためて肝に命じました。不幸にして既に事件に巻き込まれた女性を、少しでも多く助け出すと同時に、再発防止のための対応を具体的に行っていきたいと考えているので、今回の件、それでどうかお許し下さい。あなたとアイリーンの幸せを祈っております」

独りでコーヒーを飲む彰祐の目に、ガラス越しの道行く人々の姿が飛び込んでくる。こうして街を眺めていると平和そのものに見えて、その一つ裏側で発生し進行している凄惨で不幸な事件など、存在すらしないような気がしてしまう。

これまでの自分もアイリーンの件がなければ、何も知らずに平々凡々とした生活を続け、その裏側のことなど、気付きもしないのだ。
しかし現実には、不幸のどん底に突き落とされた人間が、至る所で苦しんでいる。
今後できるだけそれらに関心を持ち、分相応な範囲でできることをしていきたいと彰祐は考えていた。それが人間としての社会性を発揮するということなのかもしれないと、彰祐は生まれて初めてそのようなことを考えていた。
そして何よりも、まずは一番身近なアイリーンやメリアンを守り、幸せにしなければと決意を強くしていた。身近な人間を幸せにできない者に、社会の幸福など語る資格はないのだ。

「さて、愛する娘の幸せそうな寝顔でも、また覗きにいくか・・」
彰祐はそんな独り言を胸の中で囁いて、ロビーのラウンジをあとにした。

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カテゴリー:アイリーン
エントリー:アイリーン30
2009年09月27日

アイリーン29

レストランを出た彰祐とアイリーンは、外の空気を思い切り吸い込み、晴れ晴れとした気分を満喫していた。
「さあ、アイリーン、これでもう君は自由だ。そこで、さし当たってやらなければならないことがある」
先ほどの涙で目を腫らしているアイリーンが「なに?」と訊くと、彰祐は
「君は何も持たずに出てきただろう。着替えや必要な物を買わないといけない。全て新品にするんだ。これから大々的にショッピングをして、夜はお祝いのディナーだ」と言った。
彰祐のその言葉に、ようやくアイリーンに本来の笑顔が戻った。

レストランを後にした二人は、彰祐が話したように本当にたくさんの買い物をした。
彼女のジーンズ、Tシャツなどの着替えから、下着や歯ブラシに至るまで、当面のホテル暮らしに必要なものを全て買い揃えた。
彰祐は自分のカードが擦り切れるまで、彼女のためにお金を使ってあげたいという気分だった。遠慮をするアイリーンをたきつけて、とにかく彼女が興味を示した物を次々と買った。
下着売り場では、アイリーンにどれがいいかと相談されて、彰祐は返答に困ってしまった。
そういえば昔メリアンとも同じことがあったなと、彰祐は当時を思い出していた。若い女性が、男性と一緒に堂々と下着を買うなど、日本では考えられないことだった。当時の彰祐はそんなメリアンの行動に、国民性の違いを強く感じたことを思い出していた。
それだけではなかった。アイリーンが買い物にはしゃぐ姿は、やはりメリアンそのものだった。顔が似ているだけではない。子供のように無邪気な言動が、メリアンに瓜二つだった。
彰祐はタイムスリップしたような感覚に襲われ、血のつながりの不思議さに翻弄されていた。


たくさんの買い物袋をぶら下げ、二人はホテルに到着した。フロントでキーを二つ受け取り、アイリーンを追加でとった部屋へと案内した。
「部屋はあなたと一緒じゃないの?」
「僕の部屋はこの隣だ。何かあっても、すぐ近くだから大丈夫だよ」
「でももったいないわ。それに、わたし一人になるのはいや。寂しいし怖いの。お願い、部屋をあなたと一緒にして」

彰祐はアイリーンの強いお願いに押され、彼女に用意した部屋をキャンセルにし、自分の部屋をツインのスイートルームに変更した。

部屋に移動して間もなく、彰祐は、今日起こった出来事に対する興奮を引きずったまま、日本の喜多川へ電話をした。
「喜多川さん、全てうまくいきました。アイリーンは今ここにいますよ。本当にありがとうございます。アイリーンと話をしますか?」

喜多川も、大きな重石が取れたような晴れやかなアイリーンの声を聞いて、今回の件を心から喜んでくれた。アイリーンは喜多川にお礼を言い、リンに宜しく伝えてくれるようお願いをし電話を切った。

電話が切れたあと、彰祐がアイリーンに話し出した。
「アイリーン、フィリピンにはできるだけ早く帰ろうと思っていが、その前に君とは相談しなければならないことがある。それは君のフィリピンでの生活をどうするかということだ。住む場所さえない状態では、困るだろう。それでしばらくメリアンの家に住んだらと思うんだが、どうだろう」

「それはとても有り難いけれど、メリアンさんに迷惑がかかるでしょ」

「いや、彼女は君を歓迎してくれるよ。そのことは既に彼女と話している。あとは君次第だ。君さえよければ、是非そうしてくれないか。それでみんなが安心する。そこにしばらくいて、その後のことをゆっくりと考えればいい。僕はメリアンや娘のレイラと一緒に、君を日本に呼んでもいいと思っているんだ」

「ふふふ、あなたは初めて会ったときに、あなたはわたしを日本に招待してくれると言ってたわ。でもそんな約束は本気にしていないから、大丈夫よ」

「とにかく君のこれからのことは、メリアンも交えて相談していこう。僕は最後まで君のことに責任を持つと約束したんだ。これで終わりにしたら、君はまたフィリピンで路頭に迷うことになる。そうならないように、しっかりと話し合いたい。それには君がメリアンの家にしばらく世話になるのが一番いいんだ」

「わかった、ありがとう」とアイリーンは答えたが、彼女はやはり不思議だった。なぜそこまで、自分のことを考えてくれるのか、理由がわからない。
しかし彰祐は、フィリピンに帰ったらそれを教えてくれると言っていた。アイリーンは、今は彰祐の言葉に従おうと思った。確かにフィリピンに帰っても、今のアイリーンに頼る人はいない。いずれにしても、好意に甘えるしかないのだ。

彰祐はアイリーンがシャワーを使うためにバスルームに入ったのを見計らい、フィリピンにいるメリアンに電話をした。
「メリアン、全てはうまくいったよ。アイリーンを取り戻した。彼女は今ここにいる」
「ありがとう、彰祐さん。彼女は元気なの?」
「ああ、彼女は元気だ。彼女のパスポートを受け取ったら、すぐにチケットを予約してフィリピンに帰る。フィリピンに帰ったら、アイリーンはしばらく君のところへ世話になるそうだ」
「そう、よかった。わたしもすごく嬉しい」

彰祐はバスルームの方をちらりと確認してから、少し小さめの声で言った。
「彼女は君にそっくりだよ。さっきまで一緒に買い物をしたけれど、まるで昔の君とデートしているようだった」
「そうなの、早く彼女に会いたいわね」
「君と会うのも久しぶりだね」
「あ〜、そうね、あなたと会うのも楽しみね」
「ひどいことを言うね」
「ふふふ、冗談よ。わたしもあなたと会うのが楽しみだわ。でも少し心配ね。わたしはもうおばさんになっちゃったから」
「僕だって立派なおじさんだよ。バランスが取れていいじゃないか」
「そうかしら?日本のおじさんは、いつでも若い子が好きっていうじゃない」
「ははは、それは日本人だけじゃないだろ。でも僕には若い娘が二人もいるんだから、それで十分さ」
「あら、わたしは?」
「あ〜、そうだね。年輪を重ねた素敵なレディが一人だけでも十分かもしれないな」
「あなたもひどいことをいうじゃない。さっきの仕返しなの?」
「そんなことはないさ。それじゃお詫びに、フィリピンに帰ったら、みんなを旅行にでも招待しようかな。君とはそこでゆっくりと話がしたい。もう一度君と一緒に、人生をやり直したいんだ」
「・・・・」
「どうしたの?それは無理なお願いかな?」
「違うの。そんなことを言ってくれるなんて、嬉しくて、言葉が詰まっちゃっただけ」
「その話は、会ってからもう一度君と話がしたい。そしてアイリーンやレイラにも、どうやって本当のことを打ち明けるべきか、それも相談する必要がある」
「ええ、それはあなたと相談したいわ。わたし一人じゃ、どうしていいのかわからない」
「僕はアイリーンもレイラも、二人とも自分の娘として考えているよ。そのつもりで、これからどうするかを考えたい」
「本当にありがとう。わたしもそう。二人ともわたしの娘よ」
「わかった、それを確認できて良かったよ。それじゃ、帰国の日程が決まったら、また連絡をする」
「ええ、わかったわ。本当にありがとう」

喜多川から、アイリーンの育った環境についてはおおよそ聞いていた。今更その家にアイリーンを返しても、彼女も困るだけだと彰祐は考えていた。
しかし、アイリーンの気持ちが自分と同じかどうかはわからない。彼女の気持ちを無視して、このことは決められないのである。
彼女がずっと一緒だった兄弟たちや、父親らしいことをしないとはいえ、ずっと一緒だった育ての父親のことを、アイリーンはきっと気にするだろう。
そしてメリアンが育て上げたレイラの気持ちも、よくよく考えなければならない。
彰祐は、レイラに本当のことを告げるべきかどうかも、判断できずにいた。会ったこともない彼女に対して、どのように対処すべきはわかるわけがなかった。
やはりしばらくは、事実を伏せて様子を見るしかないかもしれないという結論しか、その時点で導くことはできなかった。


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カテゴリー:アイリーン
エントリー:アイリーン29
2009年09月26日

アイリーン28

「ハンさん、あなたは知らないといいますが、このことは、最終的に知らないで済まされる問題ではありません。もしあなたが不当に彼女の賃金を搾取している事実が判明したら、あなたを訴えることもできますが、その場合あなたは最終的に、従業員の賃金を搾取したなどという小さな罪ではなくて、人身売買に加担した罪を問われることになります。」
サイモンが告訴を匂わせる言葉を口にしならがら、自分の鞄から数枚の書類を取り出しハンの手渡した。
それを手に取って内容を確認したハンは、「こ、これは・・なぜこれを・・」と言ったきり絶句した。

書類の一枚は、ハンが税務署に提出した法人所得申告書だった。そしてもう一枚は、その申告書の裏づけとなる、税務署に提出した計算書である。それは帳簿の写しのようなものである。
問題は次の一枚だった。それはハンが大切に自宅の机の引き出しに隠し持っているはずの、裏帳簿のコピーである。そして更には、サイモンが依頼した会計の専門家が、ハンの売春宿の客の出入りから推定した経営数字の計算書が添えられていた。

「あなたなら、その書類の意味がおわかりになるはずです。我々は人身売買にまつわる調査をしていて、たまたまそのような整合の取れない、それらの書類を手にすることになりました。その書類を専門家にきちんと分析してもらった結果が、この紙です」
と言いながら、サイモンは更にもう一枚の紙を、黙って書類を見つめるハンの前に滑り込ませた。

そこには各項目ごとの計算結果記載され、結論として“裏帳簿を見る限り、24人いるはずの従業員数に対して、22人の給与しか支払われていない実態が読み取れる。しかし税務署に申告した内容では、24人の各従業員に裏帳簿よりも多い賃金が支払われ、売り上げは全体で3割不足している。明らかに脱税の事実を示す内容となっている”とある。

サイモンが続けた。
「その書類から、あなたがリーに25000SD(約160万円)を支払った事実もわかりました。その金額が、あなたの言うアイリーンの借金だとすれば、アイリーンはとっくに借金を完済していることになります。我々は、その帳簿の22Aという記号が、アイリーンの売り上げだと睨んでいるからです。22Aは、アイリーンがあなたの店で働きだした頃からあなたの裏帳簿に登場し始めていますね。彼女の他に、その頃あなたの店で新しく働き出した女性はいません。それは既に調べています。そして彼女本人に確認した彼女の売り上げと22Aは、ほぼ一致します。22Aは既に60000SD(約390万円)の売り上げを立てていますね。もし雇用契約書通り、売り上げの50%が彼女の取り分だとすれば、それだけで借金と利息は十分あなたに支払われているはずです。それでもあなたは、彼女に基本給すら支払っていない。この事実をもって、我々はあなたが人身売買に加担したことが濃厚であると思っています。我々はこの書類を証拠として、法的手段を行使しながら、更に詳細を追及しても構わない。もしあなたも、先ほどおっしゃったように法に訴えるのであれば、我々もすぐに手続きを始めます。その準備は既に整えています。ただしその場合、この書類が公の場で全て公開されることになる。Jという記号の金額は、衛生局のジミーさんに支払ったことを意味するのではないですか?あなたは脱税の件や贈賄の件でも追及されることになるでしょう」

サイモンの言葉に、ディックが付け加えるように言った。
「ハンさん、もしあなたが人身売買をした事実が判明した場合、行政としてあなたの店にそれなりの処分を言い渡すことになります。あなたは不適切な経営者として、あなたが営んでいる全てのビジネスにおいて、様々な関係方面から細かく追求されることになるでしょう」

ハンは完全に言葉を失っていた。そこへサイモンが、これまでの厳しい顔を少しだけ緩めて、ハンにささやくように言った。
「ハンさん、今現在、この事実を知っているには我々だけなんです」

ハンは黙ってサイモンの顔を見ているだけだった。
サイモンは念を押すように、もう一度ハンにささやきかけるように言った。
「まだ、公になってなっていないんですよ」

それでも呆然としていたハンだったが、突然ハッと気が付いた。
「あなた方の狙いは何ですか?」

サイモンが少し身を乗り出して答えた。
「率直にいいましょう。我々の目的は、騙されて人身売買の犠牲になった女性を救い出すということ、そしてもう一点は、正規のプロモーター以外で女性の紹介話を持ち込む相手の実態を、正直に教えて欲しいということです。あなたの脱税やその他の金銭的な誤魔化しを暴くことは本意ではありません。あなたが我々の申し出に協力してくれるなら、あなたの裏帳簿が公になることはないでしょう。これは取引です。もし協力いただけないのであれば、我々は税務署、警察力と法の力を最大限に駆使して、強制的にあなたの全てのビジネステリトリーへ介入することになります。そうなったら、惨めな想いをするのはあなただ。」

「なぜ最初からそれをしないのですか?」

「一つは時間がかかるということ。そしてもうひとつは、派手な動きをかけると、それらが全てリーが率いるような組織に筒抜けになること。もしあなたがその状況下で警察に連行されたら、あなたはリーのことを洗いざらい話しますか?きっと報復を恐れて、肝心なことは話さないでしょう。結局あなただけが罪をかぶることになる。トカゲの尻尾きりと同じです。悪の根源が絶たれずに、末端の人間だけが処罰されて終わってしまう。しかし裏で取引をするのであれば、我々は徹底的に秘密を守りますから、あなたは正直に実態を話すことができる。そして我々はこのような悲劇を生む事件の根幹に、メスを入れることができるわけです」

裏で会話を聞いていた彰祐は、ここでようやくサイモンの狙いに気が付いた。裏取引きの中で、ハンにリーの情報を吐き出させれば、ハン自信が今回の件をリーに告げることはない。いや、逆に必死に秘密を守ろうとするだろう。つまりアイリーンが開放されたあとに、彼女が組織から追われることもないというわけだ。

ハンは考え込んでいた。おそらく、自分にとってどの選択が一番得になるかを思案しているに違いない。そこへディックが、ハンを諭すように話し始めた。

「ハンさん、今シンガポールは、人身売買の取り締まりが緩すぎるということで、アメリカをはじめとした欧米諸国から、槍玉に上がっていることは御存知ですか?国は今、必死になってこの摘発に取り組もうとしている。もし我々が正面からこの問題に取り組めば、あなたが経営しているような宿の半分は、営業停止に追い込まれるでしょう。しかし、国があのような宿を認めているのは理由があります。それは、いくら取り締まったとしても、体を売らなければ生きていけない女性が大勢いる現実がある、ということに関係している。もし彼女たちと摘発のイタチゴッコをしていたのでは、その間にこの小さな国中に怖い病気が蔓延してしまう可能性があるからなんです。それだけはどうしても避けなければならないから、きちんと女性の就労条件や健康管理をした上で、そのような女性の生きる道を残そうという、苦渋の選択だったんです。だからできれば、人身売買に関しても、賢く取締りを強化していきたい。わかりますか?これはお互いの為の提案なのですよ」

ハンは踏ん切りをつけるために、もう一度確認をした。
「もし先ほどの申し入れを承諾すれば、脱税の件は不問に付してくれるのですか?そしてこれは大事なことですが、わたしがあなた方の摘発に協力した際、わたしの名前が表に出ることは絶対にないと約束できますか?」

ディックは「約束します」と、力強く言った。
ハンは一呼吸おいてから、「わかりました」と小さな声でつぶやくように言った。

サイモンがハンの気が変わらぬうちに、たたみかけるように言った。
「それでは早速、アイリーンのパスポートと借用証書、就労関係の契約書の全てを用意して下さい。それと彼女が正規に受け取るはずだった賃金をきちんと再計算してもらい、あなたに支払ってもらいます。あなたがリーに支払った金額は、実際には彼女の借金ではない。それはあなたも御存知だったはずです。罪滅ぼしとして、あなたにはそのお金をかぶってもらいます。わたしがこれからあなたに同行し、それらを受け取ります。その後御足労ですが、一緒に役所に行ってもらい、リーとのことを話してもらいますがよろしいですか?全てを今日中に済ませたい」

サイモンの確認に対して、ハンに抵抗する気力は残っていなかった。それに対してもハンは、「わかりました」と小さな声で答えるだけであった。

サイモンとディックは、その返事に大きく頷いた。
最後にディックはジミーに、今回の話を決して他言しないということ、そしてアイリーンと同様のケースを、洗いざらい話をするという二つが、今回のハンとの癒着を見逃す条件だと伝えた。
今後民間との癒着が発覚した場合は、即刻懲戒免職処分とするという厳重注意も、敢えてハンの前で行った。


陰で話を聞いていた彰祐は、サイモンの作戦の見事さに驚いていた。サイモンの解決方法は、安全にアイリーンを売春宿から解放するという彰祐の依頼内容を、十分満たしていた。

彰祐はアイリーンに対して「これで終わったよ」と一声かけると、彼女は彰祐に対して、無言で深々と頭を下げたまま、言葉を失った。
ひざの上に置いた彼女の両手の甲には、ぽたぽたと涙がこぼれ落ちている。それは泣き声のない、静かな涙だった。
その涙には、彼女のこれまでの無念さや悲しさ、そして今回の件に対するありがたさなど、全ての想いが複雑に入り混じっていることを彰祐は理解した。
彰祐はそんなアイリーンの肩に手をかけたが、彼女の肩の震えを感じながら、やはり彰祐にも、何ひとつ言葉が出てこなかった。
大人びて見えてもアイリーンはまだ20歳である。これまで気丈を装いながら、相当な我慢を重ねてきたに違いない。
出口の見えないトンネルの中を彷徨い続けていた彼女が、これまでに受けた傷は計り知れないのだ。
彰祐はしばらく彼女を黙って泣かせていた。

サイモンとディックは、そんな二人の様子をちらっと覗き見ただけで、ハンとジミーを連れ立ってレストランの外へと出て行った。

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カテゴリー:アイリーン
エントリー:アイリーン28

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