フィリピーナと共に
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アイリーン:カテゴリの記事一覧です。

2009年09月25日

アイリーン27

「あなたは先ほど、稀に個人的な紹介を受けると言いましたね。稀に・・というのは、ほとんどないが、たまにそんなこともある、という意味だと理解したのですが、あなたはそのたまにしかないことを、覚えていないのですか?」

「わたしはレストランなども経営している関係で、毎日色々な人間と会うものですから、少し混乱しているようです」と少し考える振りをして、「あ〜、思い出しました。確かにリーという男から、女性の紹介を受けたことがあります」と、リーとの関係を認め出した。ハンの口調からは、先ほどまでの横柄さが消えかけていた。

「では少し、そのリーさんのことについてお尋ねしたいのですが、まず、あなたとそのリーさんは、どのようなご関係なのでしょうか」
「彼は古い知人の一人で、私のビジネスについて、時々相談をする人です」

「彼は普段、何をしている人ですか?」

「私も詳しくは知らないが、何かビジネスをしている人間でしょう。彼はビジネス上の知識が豊富で、しかも広い人脈を持つ人なので、たまに相談することがあるんですよ」

「では、そのリーさんから、これまで何人の女性の紹介を受けましたか?」
サイモンの質問は、じわじわと確信に迫っていった。

「私の覚えている限りでは、3〜4人だったと思います」
「リーさんから紹介を受けた人で、現在働いている人はいますか?」
「みんな、辞めてしまったと記憶していますが」

少し間をあけて、サイモンが「全員ですか?」と、もう一度確認した。
サイモンは、ハンがはぐらかそうとする部分に、きちんと焦点をあてて再確認をすることで、彼を追い込もうとしていた。
ハンが答えに躊躇している間に、サイモンは続けた。

「私の調査の結果では、リーさんの紹介の中で少なくとも一人は、今現在あなたの店で働いているはずなんですが・・」
「それは誰ですか?」ハンがとぼけて、逆にサイモンに質問をした。

それに対してサイモンは、「アイリーンという名の、フィリピン人女性です」ときっぱりと答えた。

その瞬間、陰で話を聞いていたアイリーンの肩が、ピクリと動いたが、同時にサイモンと向き合うハンの動きも、サイモンの顔を見ながら、口をやや半開きにした状態で止まっていた。まるで石像が辛うじて呼吸をしているように固まっている。

数秒経過し、ようやくハンが口を開いた。
「細かい内容は店の者に任せているので、明確に覚えていないけれど、そうだったかもしれない・・」

そこへディックが、鞄から大きな封筒を取り出し、さらにその中から一枚の書類を取り出した。それはハンが役所に出した、アイリーンの従業員登録書類であった。アイリーンの本名が記され、書類の左上には彼女の写真が貼り付けられている。それをハンの前に差し出し、今度はディックが話を始めた。

「これはそのアイリーンという女性の届出書類です。ここにあなたのサインが入っているので、間違いはないはずです。この書類によると、彼女はプロモーターからの紹介ということになっていますが、それが間違いであれば、今ここできちんと訂正していただく必要があります。如何しますか?」

「あ〜、この件ですね。書類を見て思い出しました。これはあなたの局の課長をしているジミーさんの了解を取っていますよ。内容に問題は無いので、記録上はプロモーターの紹介ということにしておきましょうというのが、彼の見解だったはずです」

「そのジミーをここに呼んでいますよ。彼はすぐに来ると思います。ただし今のあなたの話しですと、やはり虚偽の記載をしていた、ということになりますね」
ディックは話をしながら、そろそろそのジミーがやって来る頃だと、自分の腕時計で時間を確認した。

ハンはジミーがその場所へやって来ると聞いて、彼がディックと同じ職場の人間としてその場を丸く収めてくれることを期待した。

「だからそれはジミーさんが・・」
ハンが半分ふて腐れている態度を示し出しところへ、予定通りジミーがその場へやって来た。サイモンとディックは、全てのタイミングを図りながら話を進めているのだった。

ジミーはハンに近づきながら、「いやあハンさん、伝言を頂いたんですが、どうしたんですか・・」と言いながら、ふと振り向いてディックを見るなり、「ボス!」と驚きの声を上げて言葉が止まった。

ハンもジミーがディックを、ボスと呼んだことに、驚きを隠せないようだった。
サイモンがハンに説明した。
「伝えてませんでしたっけ、ディックは衛生局の局長だということを」

ジミーの課長職をちらつかせて、うまく切り抜けようと考えていたハンにとって、今対峙している相手が、ジミーの上長である局長ならば、ジミーを引き合いに出したことは逆効果であった。局長は課長にとっても、雲の上の存在である。

この時始めて、本当の意味でハンに焦りが生まれた。目の前にいるディックは、ハンの売春宿だけではなく、レストランさえも簡単に営業停止にできる権限を持っている。

「ジミー、そこへ座って下さい。今ハンさんの店の届出の件で、確認をしている最中です。君が担当した書類なので、ここへ来てもらいました」
ジミーは座りながら、その書類を手に取り見つめている。

ディックが不気味なほど穏やかに、ジミーに話し始めた。
「君が今見ている書類ですが、彼女の紹介ルートのところで事実と相違があるようです。ここにいるハンさんは、君にそのように記載することを勧められたと話しているのですが、そうなのですか?」

「い、いや、わたしは決して虚偽の記載を勧めるなんてことはしませんよ。それはハンさんの勘違いではないですか?わたしが指導するのは、あくまでも事実に基づいた書き方のことだけであって、事実を捻じ曲げるようなことは・・」

ハンは一瞬何かを言い出しそうに、横にいるジミーを睨んだが、出しかけた言葉を飲み込んだ。
実はサイモンとディックは、その話し合いをする前から、ジミーがハンから小遣いをもらっていることを掴んでいた。
しかしハンはその場で、贈賄と言われかねないその事実を、暴露することはできないのだ。

「さて、ハンさん、これで虚偽記載の事実が明らかになってきましたが、どうしますか?ここで事実訂正をしますか?」
下を向いて黙り込んでしまったジミーを横目に、ディックがハンに迫るように言い放つ。

「ディックさん、虚偽記載というのは少し聞こえが悪い。確かに内容は違うかもしれないが、これは単なる間違いで、意図的に書類を改竄したわけではないのですから。そのようなことは絶対にありませんので、どうかそんな言い方はしないで下さいよ。書類は見直しあらためて提出し直しますから」

ハンは汗をかきながら愛想笑いを浮かべ、つい数分前の「ジミーの了解をもらった」という話から、「間違い」というかたちで前言をいとも簡単に翻した。
デッィクはそんなハンを無視し、ジミーをも追い込んでいった。

「あなたは、この女性の紹介者が、リーという人物だということを知っていましたか?この件は、あとで徹底的に掘り下げて調査をするつもりがある。もしあとになり、あなたが嘘をついたことがわかれば、あなたにも相当重い処分が適用されるが、今ならわたしの胸にしまっておくことも可能です。だから正直に話して下さい」

ジミーは1分近く下を向いて黙っていたが、ふと青ざめた顔を上げ、観念したように話し出した。

「ボス、申し訳ありません。わたしはその事実を知っていました」

この言葉には、さすがのハンも驚いた。ハンはあからさまにジミーを睨みつけているが、ジミーは構わず続けた。

「その女性の紹介者はリーというマフィアの末端です。そのために、紹介ルートを既存のプロモーターということに改竄しました。そんな人物から紹介された女性を承認した記録が残っては、後々面倒なことになるかもしれないと危惧しました」

「ジミーさん、なぜ突然そんなことを言い出すんですか?わたしとあなたの関係を忘れたんですか?」
ハンが顔を上気させて、お前は自分からお金を受け取ったじゃないかという含みをもたせながらジミーに訴えたが、ジミーはもはやハンを相手にしていなかった。

サイモンがジミーに確認をした。
「なぜ後々面倒なことになるかもしれないと思ったのですか?」

ジミーはディックの顔を見て、部外者の彼に何もかも話していいのかどうかを無言で確認したが、ディックはそんな彼に、黙って頷いて話をするように促した。

「それは、ここ数年問題になっている人身売買が関係している可能性があるからです。あの連中が、まともなプロモーター稼業を営んでいるわけがない。わたしはそのことをハンさんからはっきりと聞いたわけではありませんが、それを匂わすような言葉を聞きました」

ハンは既に生気を失っていた。
ハンが陥落するのは時間の問題のように見えたが、さすがに風俗業を長く営んできただけあってしぶとい。ハンは突然開き直りの言葉を口にした。

「人身売買だって?冗談じゃありませんよ。仮にリーという人間から紹介を受けようが、当の女性本人とはきちんと契約を結び、本人の同意を得て仕事に就いてもらっているんですよ。それらの証拠書類は、あなた方の指示に従ってきちんと提出している。その書類には本人のサインだって入っているんだから、それを確認してもらえばわかるはずですよ。ジミーさん、あなたがそれらの書類を確認したはずなのに、ずいぶんといい加減なことを言うもんですね」

「それらの書類は既に確認しています。これですよね」
ディックは先ほどの封筒から、今度は数枚の書類を取り出し、その中の雇用契約書をハンの前に差し出しながら話しを続けた。

「その雇用契約書によると、アイリーンのサラリーは基本給が一ヶ月500SD、後は歩合制になっており、売り上げの50%が本人の取り分となっている。そこから税金、使用する部屋代、そして食事代を差し引いた分が本人の給与ということになりますね。確かに本人のサインも入っている」

「その通りです。特に問題になる内容ではないと思いますが」
ハンの血圧が、急激なアップダウンを繰り返しているように見えた。揺さぶりの中で、ハンが少し落ち着きを取り戻した瞬間だった。

「ここに書かれた通りに支払いがされていれば、問題はありません。しかし、間違いなく支払いはされていますか?」

「彼女の場合は、少し特殊でして、借金があるのですよ。それをわたし個人が肩代わりをしているので、それを毎月の給与から返済に充ててもらっています」

ハンは、アイリーンがフィリピンで借金をした25000SD(約160万円)を肩代わりしたと言い、借用証書もあるので、必要であれば後ほどそれを提示するとも言った。

今度はサイモンがハンに質問をした。
「その借金の返済は、彼女からどのような形で行われているのですか?」
「お金の細かいことは、事務のヤンに任せていますが、毎月の給与の30%を給与から差し引いていると思います」

「ということは、給与の70%は彼女に支払われているということですね」
「ええ、そのはずですが・・・何か」
「実は本人から既にお話を伺ってまして、毎月の給与は全くもらっていないとのことでしたので、この点、話が食い違うと・・」

「全く?それでしたら、本人の希望でそのような返済になっているかもしれません。それは帰ってから詳しく調べてみます。ところで本人から話を聞いたというのは、いつのことですか?」

「本日です。我々は事情聴取と保護のために、現在彼女の身柄を預かっています」

この話を聞いたハンは、一旦落ち着きを取り戻しつつあった自分の血液が再び逆流し始め、その顔はみるみる赤らんでいった。

「ちょっと待って下さいよ。一体どんな権限の元に、彼女の身柄を拘束しているんですか。我々の商売にも影響するんですよ。勝手にそんなことをされたら困りますね」

「それについてはきちんと話しますので、まずは今の借金の返済の話を決着させて下さい。借用証書については後ほど拝見させてもらうとして、返済に関する明細も、勿論存在するわけですよね」

「さあ、あるでしょうね。だからわたしは細かいことは知らないと言っているじゃないですか。働く女性の身柄を勝手に拘束し、しかもわたしに対しても、何かの言いがかりをつけようとしているようですが、これ以上おかしなことをすると、わたしも法的な手段の行使を考えますよ」

ハンは自分の商売を大きく左右するディックを意識しながらも、アイリーンの身柄を拘束された事実を知り、一層開き直った。
それは、ディックがいくら衛生局の局長だとしても、所詮は役人であり、違法な取調べに対する訴えには腰が引けるはずだという思惑があったからだった。
それだけアイリーンに関する書類に、ハンは自信を持っていた。
そして、このまま下手に対応していたら、とんでもないことになるという鋭い感もハンには働いていた。

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カテゴリー:アイリーン
エントリー:アイリーン27
2009年09月24日

アイリーン26

いよいよ正念場である。彰祐の体の中にも、緊張が走っていた。顔や背中が少し汗ばんでいる。口の中も渇いていた。彰祐がコーヒーを口に運んだその時、アイリーンが口を開いた。

「沢木さん、わたし少し驚いているの。確かにあなたはわたしの心を支えてくれると約束をした。でも、ここまでやってくれるなんんて、想像もしていなかった。なぜここまでしてくれるの?あなたの恋人だったメリアンさんが、リンさんの知り合いだから?それだけの理由で、他人のあなたがこれだけのお金と時間を使うのは、わたし理解できないの。だから正直に言うと、なにか不安になってしまう」

「君を助ける理由は他にもある。しかしそれは、君が晴れて自由になり、フィリピンへ帰って落ち着いてから話をしよう。必ず君が納得する答えを用意する。約束するよ。今はとにかく、あそこから抜け出すことだけを考えていればいい」

「わたしは本当にフィリピンへ帰ることができるの?」

「大丈夫だ。途中で君を見捨てることはしない。君をフィリピンへ帰すまで、僕は日本へ帰るつもりはない」

「わかったわ、最後まであなたを信用すればいいのね」

「その通りだ」

アイリーンは一度、見せ掛けの優しさに騙され痛い目にあっている。他人には想像できないほどの深い傷を負い、その傷を癒すどころか、更に傷口を広げるような仕打ちをされ続けてきたのだ。人を簡単に信じてしまった代償は、あまりにも大きかった。そのトラウマが、時折アイリーンの心の中で、頭をもたげるのが、彰祐には良く分かった。

彰祐はジュースを飲む彼女のあどけない顔を見ていて、純粋で小さな彼女の心に傷をつけた連中を、心から憎いと思った。
無事にアイリーンをその場所から救い出したとしても、彼女のその傷はしばらく残るだろう。そこから立ち直らせるために、彼女には無限大の愛が必要となることを、彰祐は痛感するのだった。


ハンの「あなたがサイモンさんですか?」という声が聞こえた。約束通り、ハンがやって来たようだった。
彰祐とアイリーンは体を堅くしながら、サイモンたちのテーブルの会話に聴く耳を立てていた。
サイモンはディックのことを、単に衛生局の人間だとハンに紹介していた。
ハンもお上には逆らえない。ハンの下手に出ている様子が、声の調子でわかった。

3人はしばらく、景気の話やハンのビジネスの話、サイモンが最近関わった事件の話など、本題とは全く関係のない世間話を和気藹々としていた。
笑い声さえ聞こえてくるほど、場はリラックスしていた。
平日の昼下がりということもあり、店内にはビジネスマンやOLが点在しているが、ある程度の静けさを保っている。
その中で、ハンの大きいしゃがれ声が響き渡っていた。ハンは話の節々でディックを必要以上に持ち上げるが、その話し方、笑い方全てに上品のかけらも感じられなかった。
彼だけが店の中で、周囲とまるで違う雰囲気を放っているように彰祐には思われた。

話に一区切り付いたところで、意外にもディックが口火を切った。これは最初からサイモンの計算である。ディックから話を出すことで、その後のサイモンの話しに衛生局の後ろ盾があることを、ハンに知らしめる狙いがあった。

「さて、あなたも忙しいでしょうから、そろそろ本題に入ります。ゲイランの実態調査というのは、違法労働者のことなんです。最近は路上でも、個人的に違法な客引きをしている者が多く、あなたもご存知のように、我々はそんな彼女たちの摘発に力を入れている。それに加えて、政府の認可を受けて商売をしているあなた方の中にも、そんな違法労働者が働いているという噂を聞きましてね。それでまずは、こうやって聞き取りをしてみようということになったわけですよ」
少しそれまでよりトーンを落とした声に、ハンの大きな笑い声も途絶えた。

「我々の店では、違法労働者など雇っていませんよ。それは政府の役人が一番良く知っていることですよね。それに、聞き取り調査をするのに、なぜ弁護士が一緒なんですか?」と、如何にもサイモンを邪魔者扱いするような調子でハンが言った。

「それに関しては、私が答えましょう」と、サイモンが言葉を続けた。
「実は、違法労働者というのも2種類ありまして、今私が調査の対象としているのは、正確に言うと違法に集められた労働者なんです。私の所へある告発がありまして、それで色々と調査をしながらディックさんに相談をしたところ、政府としてもそれは容認できないということになり、衛生局から私が調査の継続を依頼されたということなんです。そのような経緯から、本日私が聞き取り調査に参加することになった次第です」

ハンの顔から一瞬余笑みが消えたが、彼はすぐに気を取り直し説明を始めた。
「その手の労働者もうちにはいませんよ。基本的にはプロモーターの紹介で、きちんと本人と契約を結んだ人間しか働いていない」
「基本的には・・と言いますと、全てではないということですか?」サイモンはあくまでも冷静さを保ちながら、ハンに質問を投げかけた。

「ええ、稀にプロモーターではなく、個人的なツテで紹介をされる場合があります。しかしその場合も、きちんと本人の同意を得て、契約を結んで雇っています」
ハンも込み入った話題になると、声を少し低くして話しているが、その口調にはまだまだ余裕が感じられる。

「個人的なツテと言いますと、それは具体的にどのようなツテなのでしょう」
サイモンの言い方は穏やかではあるが、じわりじわりとハンにプレッシャーをかけているようでもあった。

「それは、知人、友人の類ですよ。生活が苦しくて、割りのいい仕事を探している女性はどこにでもいますから、働かせて欲しいという女性は様々なコネを使ってどこからでも来るもんですよ」

「その知人の名前を、具体的に教えていただけませんか?」

「そんなことを言う必要はないでしょう。あなたにそれを教える理由はないと思いますが」
ハンはサイモンに対して、相変わらず横柄さを感じさせる物言いであった。相手の役職や立場で口調を変えるハンは、成上がり者の典型だった。
サイモンはそんなことは構わず、一貫した口調でハンに問いかけ続ける。
「それでは私の方からお尋ねします。あなたに女性を紹介する人間に、リーという男性ははいますか?」

この時ハンの目が一瞬泳いだのを、サイモンとディックは見逃さなかった。今の言葉にハンが動揺したのは明らかだった。
それまで背もたれにふんぞり返る様に身構えていたハンは、突然体を前に出し、自分の目の前に置かれたコーヒーカップを持ち上げるとそれを口元へと運んだ。彼はコーヒーを飲みながら、次の言葉を考えているようだった。

サイモンとディックはそんなハンから目をそらさずに、彼に鋭い視線を浴びせ続ける中で、ハンは苦し紛れに言った。
「リーという男は色々いるから、もしかしたらそんな奴から紹介を受けたこともあったかもしれませんな」

リーの名前が出たことで、ハンはこれがただの一般的な聞き取り調査ではないことに気付き始めていた。


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カテゴリー:アイリーン
エントリー:アイリーン26
2009年09月23日

アイリーン25

いつものように彰祐が宿に顔を出すと、ヤンがにこやかな顔と共に、右手を上げた。
ここ数日間、二人で外出をしても何事もなかったため、ヤンは彰祐に対して完全に気をゆるしている。アイリーンが二度と、この場所へ帰ることがないことなど、露ほども疑っていない。
それはアイリーンも同様だった。まさか自分がそこへ戻ることがないなど、本人も全く知らない。
彰祐はいつものように、財布から200SDを抜き取り、それをヤンに渡した。
ヤンはまるで彰祐にへつらうような愛想笑いを浮かべ、やや前傾姿勢でそれを両手で受け取った。

そこへアイリーンが、Tシャツとジーンズ姿で現れた。ヤンがアイリーンに携帯を渡すが、今は特に何も言わない。ただ渡すだけである。アイリーンも無言でそれを受け取り、無造作にジーンズの後ろポケットに、それを納めた。

二人で外へ出てから、彰祐はアイリーンに言った。
「君は今日、ここへ戻らないかもしれない。あとで詳しい話をするから、もし部屋の中に大切な物があるなら、取ってきなさい」
アイリーンはその言葉で、何かを感じ取ったようだ。一瞬止まった動作をすぐに再開させた。余計なことを言わずすぐに部屋に戻り、小さなノートを一つだけ持って出てきた。
「私の大切な物はこれだけ」そう言ってノートを広げると、そこには彼女の家族の写真が数枚はさまれていた。

彰祐は歩きながら、アイリーンに話をした。
「詳しい話は後でする。とにかく今は、早くこの場を立ち去ろう。今日はいつものレストランではなく、オーチャードのレストランに行く。もう少し先にタクシーを待たせてあるから」
二人は無事にタクシーに乗り込み、ゲイランを後にした。

タクシーの中で彰祐は「電話の電源を切るように」と言ったきり、後は無言だった。彰祐を信頼しきっているアイリーンも、無言で彰祐に従っていた。後で話してくれるというなら、彰祐が説明するまでだまって待つのが、アイリーンのスタイルだった。

オーチャードまでは、タクシーで15分ほどかかった。昨日サイモンとの打ち合わせで使ったレストランに入った二人は、彰祐とサイモンが最初から決めていた、奥のテーブルに座った。
食事を注文し、少し落ち着いた頃に、彰祐が話し始めた。

「突然のことで驚いたかい?君には何も説明していなかったから、無理もないけれど、今日から君は、自由になる予定だ。今日これから、僕が依頼した弁護士がここに来る。彼が詳しい話をするが、後でハンもここへやって来る」

「ボスが・・」アイリーンの顔に、不安の色が宿った。

「心配しなくていい。弁護士とハンは、ここが見えない手前のテーブルで話をする。僕と君は、その話し合いの様子を、こっそりここで聞いていればいい。弁護士は君をあの場所から助け出すための話をハンとする。そこで合意できれば、パスポートを返してもらい、君は晴れて自由の身となるわけだ。もし合意できなくても、君をあの場所へ帰すつもりはない。一旦君をホテルにかくまい、次の作戦を考えようと思っている」

アイリーンは、まだ事態が飲み込めていないようで言葉が出ない。それまで屈辱に耐えるために、必死で自分を押し殺してきたのだ。それが突然自由の身になると言われても、実感が沸かないのは当然だった。

「実は君をあそこから連れ出すために、この一週間、弁護士のサイモンと準備を進めてきた。そしてようやくその準備が終わった。だから今日、ハンと話をする」
「それがうまくいったら、私は自由になれるってこと?」
「その通りだ。僕が君をフィリピンへ連れて帰るつもりだ」

そこへ弁護士のサイモンが、見知らぬ男と一緒にやってきた。ポロシャツにスラックスと革靴を履いた体格の良い男で、生真面目そうなどこかのお偉いさんという風貌である。

サイモンが彼を彰祐に紹介してくれた。
「彼は衛生局の局長、ディックです。今回の件で協力してくれることになりました」
彰祐とディックは、お互いにこやかな顔で握手を交わし、二人にアイリーンのことも紹介した。
アイリーンは緊張をしているのか、口を真一文字に結んで固くなっている。

4人かけのテーブルで、彰祐とアイリーンが並んで座り、その向かいにサイモンとディックが座った。席につくなり、サイモンがさっそく切り出した。
「アイリーン、おおよその話はミスター沢木から聞いていると思うが、君にいくつか確認をしておきたいことがあります。会話は録音させてもらうけれど、いいかい?」
アイリーンは、ただこくりと頷いた。

「これから君を救い出すだめに、ハンと話をするが、君はそれを望んでいるかい」
「はい、もちろん望んでいます」
「君は自ら望んであの場所で働くために、シンガポールへ来たのかい」
「いいえ、最初はメイドの仕事をするということで、この国へ来ました。わたし騙されたんです」
サイモンとディックは顔を見合わせ、一緒に深く頷いた。

「君はハンから、毎月給料をもらっていた?」
「いいえ、私は大きな借金があり、それをボスが肩代わりしたから、給料はすべてその返済に充てられると言われました。だから給料はまったくもらっていません。でも私は借金なんてしていません。ただ・・・」
アイリーンの言葉が途切れた。
「ただ、なんだい?正直にはなしてごらん」

「私が借金をしたという書類があって、それに私のサインがあるんです。わたし、何もしらずにフィリピンでそれにサインしました。シンガポールで働くための手続きに、必要だと言われたんです」
「それはいつのことかな?」
「フィリピンでそれにサインをしたのは8ヶ月前です」
「そしてシンガポールにきたのはいつのことだい?」
「ここへ来たのは半年前です」
「そうすると、君はあの場所で、約半年間働いたということになるけれど、間違いはないかい?」
「ええ、大体そのくらいになると思います」
「少し嫌な質問だけれど、これは大切なことだから教えて欲しい。君はあの場所で、一日何人の客がいたかな?」

アイリーンは少し答えに躊躇し彰祐を見たが、彰祐が黙って頷いた。
「少ない時でも一日3人はいました。多い時で7〜8人の客を相手したと思います」
彼女はサイモンの目をまっすぐと見据えて、はっきりと答えた。
「それが半年間続いたわけですか?」
アイリーンがだまって頷いた。

「つらい質問に答えてくれてありがとう。質問はこれで確認は全てです」サイモンはアイリーンに言いながら、レコーダーのスイッチを切った。そして彰祐の方を向いて続けた。

「あなたが話していたように、彼女はしっかりとした子ですね。毅然とした態度で、しっかりと話ができる。これだったら、何があっても大丈夫ですよ。これからハンに電話を入れます。彼が来ても、あなたは彼女と一緒にここにいて下さい。ハンにアイリーンの姿を見せないよう、気をつけて下さい」
そう言って、サイモンはメモを見ながら自分の携帯のダイヤルを押し始めた。

ハンに電話が繋がったようだ。
「私は弁護士のサイモンといいます。衛生局の依頼で、ゲイランエリアの商売について実態調査をしているのですが、ちょっとそのことでお話があります・・・いやいや、あのエリアであなたのようなビジネスをしている人全員に、お話をうかがっているのですよ。それでご足労なのですが、これからオーチャードの、デイトンというレストランに来てもらえませんか。そこで簡単な聞き取りをしたいのです。形式的なお話ですので、お手間はとらせませんよ。お茶くらいはご馳走しますから」
サイモンは、ハンに余計な疑いを持たせぬよう、できるだけ和やかに話をしていた。
「ええ、わかりました。それではお待ちしております」

サイモンは電話を切ってから「ハンは30分後に、ここに来るそうです。我々は向こうの席に移動しますから・・」と言い、アイリーンに「トイレは今のうちに行っておいて下さいね」と、彼女の緊張をほぐすように、笑みを浮かべながら冗談めかした口調で声をかけた。

彰祐は現金が入った鞄を、無言でサイモンに手渡した。サイモンは中をちらっと確認し、「お預かりします」と言いながら、ディックと一緒に席を移動した。

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カテゴリー:アイリーン
エントリー:アイリーン25

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