フィリピーナと共に
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アイリーン:カテゴリの記事一覧です。

2009年08月28日

アイリーン15

彰祐の話が一段落ついたのを見計らい、勇也はそれまでの経緯を彰祐に説明することにした。
「リンが僕に、アイリーンの件で連絡を寄こしたのは、もう半年以上も前のことす。少し長くなりますが、こんなことになった経緯を、お話しておいた方が宜しいですよね」
彰祐は無言でうなずいた。

「最初にメリアンさんがリンを訪れて、沢木さんのことを説明したそうです。沢木さんと恋人になり、別れてから子供ができたことを知ったとから順を追って、メリアンさんはリンに話したそうです。そして妊娠したメリアンさんは縁談を断わり、子供を産んで一人で育てることを決心したそうです」
手紙の内容と重複する部分も含め、勇也はリンから聞いた話を続けた。

メリアンは生まれた女の子をレイラと名づけ、その子を育てるための働き口を、夜の世界に求めた。女手ひとつで子供を育てるのは、フィリピンでは仕方のない選択だった。あの国は、モールのような大きなところでも、社員の条件は子供がいないことなどを挙げているくらいであったし、新卒でもないメリアンには、普通の仕事を探すのは困難だったはずだ。当然慣れない水商売に、メリアンも嫌な目にあっただろうが、彼女はレイラが成人するまで、がんばり通した。
レイラが18歳になったときに、彼女は就職のための健康診断を受けた。それでメリアンは、レイラの血液型がB型であることを知った。メリアンは、レイラの血液型に疑問を抱いた。メリアンO型、そして彰祐はA型だったからだ。O型とA型の間には、B型は生まれないはずだった。しかしメリアンには、当然身に覚えのないことで、その子供は間違いなく彰祐の子である。
メリアンは、彰祐の血液型をもう一度確認したかったが、連絡先がわからなかった。
メリアンは、何か大事になりそうな気がして、何も気付かなかったことにしようと何度も思ったが、迷った挙句にセントルイス病院を訪ねたのである。その時の病院の対応は、ほとんど無視に近いものだった。メリアン仕方なく弁護士を雇い、再度病院側に切り込んだ。それでようやく、レイラが生まれた日に、その病院で3人の子供が生まれた事実をつきとめた。3人のうち1人は男の子だった。メアリーという女性が、メリアンとほとんど同時に、女の子を出産したという情報を得ることができた。

そこでメリアンは、かつてメアリーの住んでいたセブのクエンコを訪ね、その後移転先のバリリに行き着いたのだった。
しかしメアリーは既に亡くなっていた。それでも幸い夫のレイから、彼の血液型がAB型で、メアリーのそれがO型であったことを聞き出すことができた。しかしレイは、アイリーンの血液型までは分からなかった。
メアリーの父親であるレイは、6人いた子供全員を手放して、まるで浮浪者のようになっていた。そして彼は、アイリーンがどこで何をしているかさえ、全く知らなかった。ただ一つだけ、レイがアイリーンの消息についてヒントをくれたのは、リンと叔母のダイアンのことだった。もしかしたら、この二人のうちどちらかが、アイリーンの行方を知っているかもしれないと言った。
それを聞いたメリアンは、最初にリンを尋ね、リンが事の詳細を知ることになったのだった。

メリアンとリンは、アイリーンの行方を追うことになった。そしてアイリーンの消息と血液型は、意外なところで知ることになった。
それは、アイリーンがダイアンとその娘シェラの口車に乗って、短期間働いたセブシティーのバーだった。
ダイアンが、アイリーンはとんだ穀潰しだったと毒舌をふるいながらも、アイリーンを押し込んだバーのことで口を割ったために、そこへ辿り付いたのだ。
バーにはアイリーンの健康診断書が残っていた。それによると、彼女の血液型はO型だった。
血液型で考えると、AB型のレイとO型のメアリーとの間に、O型のアイリーンが生まれることはない。B型のレイラであれば、その可能性はある。
そしてA型の彰祐とO型のメリアンとの間に、B型のレイラが生まれることはない。しかしO型のアイリーンが生まれる可能性はあった。
これで、病院が子供の取り違いをしたことは、ほぼ間違いないという状況になった。

ついでにバーのママが、確かではないが、という前置きをつけて、アイリーンはシンガポールの売春宿にいるかもしれないということを教えてくれた。ママは、アイリーンが消息を絶つ前に、質(たち)の悪い男が彼女に近づいていたことを気付いていた。その男は、女を海外に売り飛ばす要注意人物であり、アイリーンにも注意をしようと思っていた矢先、アイリーンが突然店を辞めると携帯で言ってきた。その後不審に思ったママは、その筋の客にそれとなく訊いてみたところ、最近若い女がシンガポールに飛ばされたという話を聞いたというのだ。

勇也は、そこまで話し終えてから、沢木に一つ確認をした。
「沢木さん、ここまでが手紙に書かれていた内容の詳細です。シンガポールの話については、ちょっと心を痛めるかもしれませんが、沢木さんを信じて、正直に話しをします。いいですか?」
「覚悟しています。真実を知りたいので、是非教えて下さい」
沢木が了承したので、勇也はシンガポールでの話を続けた。

アイリーンのシンガポールにおける居場所については、彼女と面識のある勇也本人が、ゲイラン地区で彼女を探し当てた。そこで見つからなければ、勇也も諦めるしかないと思っていたが、勇也はゲイラン地区の売春宿を一軒一軒、フィリピン人がいるかどうかを訪ね歩いた。
ある宿で、フィリピン人はいるよと言われ、ガラスの部屋の中にいるアイリーンを見つけた時には、その哀れな姿に勇也も言葉が見つからなかった。
アイリーンは最初、勇也のことを覚えていなかった。しかし勇也が名を名乗り、フィリピンでの病院で会ったことを話しをしてから、彼女はようやく勇也のことを思い出した。

男に騙された経緯については、勇也がアイリーンの口から直接確認した。アイリーンは涙をこぼしながら、その全てを話してくれた。
ダイアンとシェラに、安全なバーを紹介すると言われ、アイリーンはそこで働き出した。そのバーは連れ出しというシステムはなかったため、その点では確かに安全だったが、それでも酔った客を相手にする仕事は、何も知らないアイリーンにとって苦痛の連続だった。
客の一人に、しつこく愛人になれと言ってくる日本人がいた。アイリーンは断り続けていたが、いくら店に通っても自分になびかないアイリーンにしびれを切らした客が、すでにシェラと話がついているということ言いながら毒づいた。
薄々ダイアンやシェラの本性には気付いていたアイリーンだったが、彼女たちの意図がはっきりと見えた彼女は、このまま彼女たちの言いなりではいけないと焦り出した。特にダイアンたちが押さえている末っ子のサリーのことも、彼女は気にかかった。

そんな彼女に巧みに近づいてきたのが、ダンという優男だった。ダンは周到に計画を練って、若いアイリーンに近づいてきた。
バーの出口を出入りする女の子を見張り、騙しやすそうな女を捜した。ターゲットが決まったら、仲間に女を襲わせ、それを助けるということで彼女に近づくという手口だった。
予定通り、アイリーンが仕事帰りに襲われ、それをダンが助け出した。アイリーンは、母親のメアリーから何度も聞いていたストーリーが、自分にも起こったと思った。勿論ダンは、そんなことは知らない。
最初ダンは、アイリーンに優しかった。いつも食事をご馳走してくれ、それまで行ったことのない、セブのリゾートにも連れて行ってくれた。体を求めることもせず、その振る舞いは常に紳士だった。
いつしかアイリーンは、自分の身の上話や、ダイアン、シェラのことを含めた、今の境遇について、ダンに相談するようになっていた。

ダンはいつも親身になって話を聞いてくれた。そんなダンに、アイリーンは完全な信頼を置いていた。ダンはアイリーンが、自分を信用し切っていると踏むや、巧みにシンガポールの話を持ち出してきた。
シンガーポールでのメイドの仕事は、今の仕事よりもサラリーが何倍も高く、嫌な目に合うことはない。渡航に関する手続きや、現地での仕事の斡旋については、それをし切っている協会があるので、そこに入れば全てうまくいくというものだった。
ダンは細かい字で埋め尽くされた書類を持ってきた。
それにサインをしたら、シンガポールでの仕事の件は、万事うまく事が運ぶと言われ、アイリーンは内容を確認せずに、それにサインしてしまったのだ。

アイリーンが、それら全てが嘘だと気付いたのは、シンガポールに到着してからだった。
空港に到着した時に、出迎えがあった。何も疑わずその車に乗り、どこかのオフィスビルの一室に連れ込まれた。突然ガラの悪い連中が現れ、アイリーンは数人の男に無理やり犯された。監禁された状態で、繰り返し複数の男に犯され、それが一週間続いた。
その一週間でアイリーンは、考えたり抵抗をする気力を失い、更に恐怖を植え付けれら、男達の言いなりになる人形にされてしまった。そうなってから、アイリーンはゲイランの売春宿へ売り飛ばされた。
アイリーンは既に、売り飛ばされた段階でギャングの様な連中の手からは離れていた。彼女のパスポートを預かっているのは、売春宿のオーナーだった。ただしそこから逃げ出そうものなら、ギャングがアイリーンを必ず見つけ出し、再び調教をすると脅されていた。
こうしてアイリーンは、ゲイランの売春宿に、心身ともに縛り付けれていたのだった。
売春宿のオーナーが、ギャングにいくら払ったのかはわからなかった。また、そこから彼女を助け出すことが、金の問題だけで可能かどうか、それについてもわからなかった。

ここまで話を終えた時に、勇也には、彰祐の目が涙で潤んでいるように見えた。
「私が悪かったのかもしれない。一緒にいてあげられたら、何とかなっていたかもしれないと思うと、本当に悔しい」と言い出し、彰祐がハンカチを取り出し、自分の目をそれで押さえこんでしまった。右手はテーブルの上で硬くこぶし作り、小刻みに震えていた。

「沢木さん、あまり自分を責めないで下さい。アイリーンのことは、沢木さんがメリアンさんと結婚をしていたとしても、すぐには気付かなかったかもしれないですよ。それにその悔しさは、僕も同じです。僕も彼女らに、何もできなかったのだから」
勇也も、彰祐の悔しさが手に取るようにわかるほど、憤りを感じていた。
「沢木さん、最初も言いましたが、これからどうするかは沢木さん次第です。レイラさんのことも含めて、沢木さんがメリアンさんと話し合って決めてもいいし、この件から一切手を引いても、誰も沢木さんを責めませんよ」
「責任とかそんなことではないんです。私は何もしらない少女が、そんなギャングの餌食になっていることが、我慢ならない。それが血の分けた子供だとしたら、尚更です。まだ会ったこともない子供でも、話を聞いただけで、彼女を騙した人間が憎いし、彼女をそこから救い出したいと、心から思っています」
「わかりました。僕が手伝えることがあれば、協力します。問題は、彼女をどうやって助けるかです。一番いいのは、現地の弁護士に相談をすることだと思います。法的に救済できるのかどうかです。シンガポールの売春宿は国の管理下にあるので、行政筋からプレッシャーをかけることができたら、一番効果的だと思います。もう一点は、彼女のサインをした契約書が、法的根拠を持っているかも確認が必要だと思います。おそらくその書類は、フィリピンでの借用証書になっているような気がするんですよ」
「喜多川さんのおっしゃる通りかもしれませんね。幸いシンガポールでは、ビジネス上でお世話になった信頼できる弁護事務所を知っています。まずはそこに相談してみることにします。とにかく至急動くことにします。アイリーンには来週会いに行きます。喜多川さんのお話を聞いて、決心しました。アイリーンを必ず助けます」
彰祐のその言葉が、力強く勇也の胸に響いた。

シンガポールから遠く離れた日本で、アイリーンを救出しようという計画が動き出したことなど、アイリーンは知る由もない。
今その間も、アイリーンの体の上を、何人もの男が通り過ぎていく。彰祐は急がなければならないと焦りを覚えながらも、彼女に手が届かないことにやるせない憤りを感じていた。

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2009年08月27日

アイリーン14

第7章
勇也は、砂糖とミルクを入れたコーヒーをかき混ぜる、その手の動きをじっと見つめていた。
テーブルを挟んだ向かい側で、渋い顔で座っているのは、沢木彰祐だった。彼は無言で、かき混ぜたコーヒーを口に運び、軽く一口飲んでから、ため息混じりでゆっくりとカップをテーブルに戻した。

2時間前、勇也の電話が見知らぬ番号で、着信音を鳴らした。
「はい、喜多川です」
「突然ですが、沢木と申します。喜多川さんの番号は、セブのリンさんから伺ったと言えば、分かるということだったんですが・・」
勇也の時間が、一瞬止まった。沢木からは、いずれ電話がくるかもしれないと思っていたが、彼の意識から、そのことが遠のいていたからだった。
「ええ、沢木さんのことは、リンから聞いて知っております」
「それで早速直接会って、お話を伺いたいのですが、ご都合はいかがでしょうか?」
「僕はいつでも構いませんよ」
「それでは本日これから、というわけにはいかないでしょうか?できるだけ早く、話を伺いたいものですから」
相手が恐縮しきっていることが、電話越しに伝わってきた。沢木の用件と、沢木が一刻も早く話を聞きたい気持ちをすぐに察した勇也は、「いいですよ」と二つ返事で了解した。

二人は東京町田市の、駅近くにあるコーヒーショップで、待ち合わせをすることにした。お互い顔を知らないので、お互いの服装の特徴などを教えあった。それでも不十分だと感じた勇也は、自分が先に到着するはずだといい、薄い茶色の皮の鞄を、テーブルの上に上げて待っていると告げた。そのおかげで彰祐は、すぐに勇也のことを見つけ出した。

名刺を交換した直後に、彰祐は勇也に「まだ会ったばかりだというのに、済みません。先ほど読んだ手紙です。まだ動揺を引きずってまして・・」と言いながら、その日会社で受け取った手紙を手渡した。
「拝見します」といいその手紙を読む勇也の姿を彰祐、はまるで自分が放った矢が的に当たるかをどうかを見守る人のように、読み終えるのをじっと待っていた。
読み終えた勇也が、「ここに書かれている通りだと思います」と言った。

手紙を彰祐に返しながら、「僕は二度ほど、アイリーンと会ったことがあるんですよ。一度は彼女のお母さんが倒れて、病院に担ぎ込まれた時でした。二度目はシンガーポールで会いました。静かな感じの、芯のある子です。手紙に書いているレイラという娘さんには会ったことがありません」と続けた。
「シンガポールまで、会いに行ってくださったんですか・・・」
「ええ、たまたま仕事で行ったものですから。探し出すのに半日もかかりませんでした」
「私の住所は、喜多川さんが調べて下さったんですか?」
「リンに頼まれて、沢木さんの名前をインターネット検索してみました。沢木さんの会社がヒットして、すぐにわかりましたよ。もし沢木さんが社長さんじゃなければ、簡単には分からなかったでしょうね。僕は沢木さんの会社住所と電話番号を、リンに伝えました。その後どうするかはメリアンさんが決めることなので、僕から沢木さんには、何も連絡をしなかった次第です」
「そうでしたか・・・喜多川さんのおかげで、助かりました。この手紙を受け取っていなければ、わたしは何も知らないままでしたから」
「驚かれたでしょう」
「ええ、それはもう。まさかこんなことになっているなんて・・」
「どうなさるかは、沢木さん次第です。失礼ですが、ご家庭は?」
「この歳になって、まだ独身です。会社を軌道に乗せることで精一杯でした」
「アイリーンには会われるつもりですか?」
「まだ考えがまとまっておりませんが、いずれそうなると思います」
「もしかしたらそうおっしゃるかもしれないと思い、彼女の居場所を持ってきました」
そう言いながら、勇也は一枚のメモを、彰祐の前に差し出した。そこには、“Singapore geylang St.18 No.132”と書かれていた。
「ここに行くと、彼女に会うことができます。手紙でも触れていますが、ここは売春宿です。もし行かれるのであれば、心の準備が必要かと・・」
彰祐はありがとうございますと言いながら、その目は、手に取ったメモを見つめていた。

そして彰祐がぽつぽつと、当時メリアンと知り合ったときのことを、話し始めた。
「あの当時、初めてフィリピンを見たときには、カルチャーショックのようなものを覚えましたね。あの国に、人間の生命力の塊のようなものを感じました。そしてメリアンに出会った。彼女は、明るくていい子だった。屈託がなくて、素直で・・。初めて会った時に、彼女は恥ずかしがっているのに、人見知りはしない・・、そんな子でした。それまで見たことがない人種だと思いました。今でもはっきりと、彼女の笑顔を覚えていますよ。そんな彼女に、僕は惹かれていったんです。二人の距離は、すぐに縮まりまりました」
「わかる気がします。フィリピンの子は、いつの間にか相手の心に入り込んでくる」
「そうなんです。そして3年間付き合いました。この3年間で、僕は彼女から、生の英語を教わりました。長期の休み毎に、フィリピンにも行きましたよ。当時の月給は安かったから大変でしたけど、それでも楽しかった」
当時を思い出しながら、ゆっくりと話す彰祐顔は、その日初めて見せる穏やかな表情になっていた。勇也は時折相槌をうちながらも、彰祐の話しに集中していた。

「二人が付き合いだして3年経過した頃に、彼女に縁談の話が持ち上がったんです。相手は彼女を見初めたという、富裕層の家庭の息子らしかったです。いい話だと思いました。私は彼女のことを好きだったけれど、彼女の縁談を壊してまで、彼女に深入りする勇気を持てなかった。まだ若かったんですね。彼女との結婚を、意識的に考えてみたんですが、そこまで踏み込む自信がなかった。国際結婚に抵抗があったし、フィリピン人を妻として迎えることにも、心のどこかで抵抗があったんです。私は結局、彼女にその縁談を勧めて、彼女の前から逃げ出してしまいました。その後は自問自答の繰り返しですよ。あれで良かったのかどうかってね。情けない話です」一瞬話が途切れた時に、彰祐の口からふっとため息が漏れた。勇也はその時、彰祐がまだ、そのことを引きずっているのかもしれないと思った。

「それからバタバタして、いつの間にかメアリーのことを忘れていた。でも時々ふと、彼女のことを思い出すんですよ。そんな時、彼女は今どうしているかなって思うんです」
「彼女と別れたことを、後悔していらっしゃるんですか?」勇也は思い切って訊いてみた。
「自分でもわからないんです。きっとあの頃は、結局結婚に踏み切ることはできなかったでしょうから。今はまた違った感情ですね。自責の念ってやつですかね」彰祐が無理をして笑顔を作っているのがわかった。
「沢木さんと別れたあとに、メリアンさんは妊娠していることがわかったようですね」
「なぜその時、私に話してくれなかったんだろうって思いますよ。私は信用されていなかったんですかね」
「彼女は沢木さんに、迷惑をかけると思ったんじゃないですか?だから何事もなければ、沢木さんには、こんな手紙も出すことはなかったように思います」
「そうなんですかね。しかし、あの頃彼女の妊娠を知っていたとしても、私はどうしていたのか。でも今は不思議な感じがしますよ。人生の折り返し地点を過ぎても、寂しく一人暮らしをしていると、私自身の歩いてきた軌跡って、何だったのだろうかって思うときがありましてね。だから今、自分に血の分けた子供がいるという話は、正直嬉しいですよ。自分の生きてきた証がここにある、自分の命が受け継がれていると思うと、嬉しいという感情が沸き起こって、まさに人間の営みの本質が見えてくるような想いです」

勇也は彰祐の正直な話しに共感していた。この人であれば、アイリーンを救い出すことができるかもしれないという、信頼感を抱いていた。

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カテゴリー:アイリーン
エントリー:アイリーン14
2009年08月26日

アイリーン13

メアリーの葬儀も済み、一段落した頃に動いた叔母がいた。メアリーの母親の妹のダイアンだった。
ダイアンは突然アイリーンの家に、レイに話があるとやってきた。
「あなたこの先どうするの?仕事は見つかりそうなの?あなたは大丈夫だろうけど、子供たちには、毎日ご飯を食べさせなきゃいけないのよ」それまでレイの家族のことなど、気にもかけなかったダイアンが、如何にも子供たちが心配とばかりに、神妙な顔つきでレイに話していた。
無言でいるレイに「うちもそんなに余裕はないけれど、あなたが良ければ子供の一人や二人は面倒見れるわよ。どうせここにいたんじゃ、ご飯だって食べさせられないでしょう?」と、追い討ちをかけるようにたたみかけてきた。
(子供を引き取る?)レイは、叔母が説教をしにきたのかと思っていたので、意外なことを言い出すと思い、顔を上げて、心の中で思ったことを復唱するように、「子供を引き取る?」と言った。
「そうよ。だっていつもお腹を空かせてたんじゃ、子供たちもかわいそうでしょ?今すぐに決めろとは言わないわ。でも私にそんな考えがあることを、覚えておいて」

フィリピンでは、養子縁組という話は珍しいことではなかった。お金に余裕があり子供に恵まれない人が、経済的に余裕のない家庭から子供を譲り受けたり、経済的余裕がなくとも、明らかに破綻している親族の子供を、見るに見かねて引き取るケースをよく見かける。また、書類上は養子にし、主に学費の援助だけをするようなケースもある。裕福な家庭は、恵まれない子供の支援を目的に、積極的に養子をとったりするのだ。宗教的な背景が手伝ってか、相互扶助の精神が行き渡っている。
フィリピンでは、子供はにセカンドファザー、マザーを決める習慣もある。それは明確な宗教上の習慣であるが、子供の成長を見守る大人を、できるだけ多く決めておこうという意図によるものだ。このように、国全体に子供を愛しむ考えや空気があることは確かだった。

レイは、ダイアンに何か目的があることを、見抜けなかった。なぜ突然、自分たちのことを心配してくれるのか、単純にそれを不思議に思っていた。
「叔母さん、今は子供たちをどうするかなんて、考えられないよ。メアリーがいなくなって、子供たちまでが去っていったら、僕はますますどうしていいか、わからなくなる」
「そうね、いますぐじゃなくてもいいわ。考えておいて」
ダイアンは、遅かれ早かれレイが音を上げるのは、間違いないと踏んだ。そうであれば、今布石を打っておけば、間違いなくアイリーンを手中に収めることができる。

ダイアンは、2年ほどアイリーンをメイド代わりにつかい、後は自分の娘シェラをマネージャーとして、夜の世界へ売り込もうと思っていた。そして誰かと愛人契約でも結ばせれば、そこでもまた、お金をふんだくれるかもしれないと算段していた。場合によっては、日本へ送り込んでも良い。いずれにしても、アイリーンはすぐにお金になる可能性が高いと踏んでいた。
しかし本人が了承しなければ、どうにもならない。そこでダイアンは、アイリーンの妹をもう一人引き取り、その子をだしにしようと目論んでいた。

ダイアンに入れ知恵をしているのは、その娘のシェラだ。かつて彼女は、タレントして日本で働いたことがあったし、セブの日本人向けバーでも働いていた。そのせいで、その世界にはコネがあった。
現地の人バーで働く女性は、マネージャーが付いている子が多い。それは、自分が安全に働きたくても、どうして良いかわからないから、働き口、労働形態、賃金交渉などを、手引きしてくれる人に任せるのである。働きながらも、休み、客の対応、仕事の仕方など、わからないことがあれば、マネージャーに細かく相談をする。女の子の体調管理も、マネージャーの仕事だった。マネージャーは手数料として、女の子から月々のサラリーの10%〜20%を取る。そして極悪なマネージャーは客と結託し、女の子に愛人になるよう説得をする場合もある。成功したあかつきにはいくらもらうと、客と示し合わせているのだ。マネージャーには、昔自分がタレントをしていた女性も多い。そして同時に、親族であるケースも意外と多かった。そうやって親切な振りをして、以前自分のマネージャーやプロモーターにピンはねされた分を、今度は取り返そうとする。
シェラは他にも数人の女の子を抱えていたが、何も知らない若いアイリーンが、夜の世界で高値がつく可能性に、目を付けていた。
一見華やかに見える夜の世界の裏側には、様々な人間の思惑が絡み合い、どろどろとした溶岩のような熱い川が流れている。かつてのシェラもそんな川の流れに飲み込まれ、さんざん煮え湯を飲まされてきた。店で知り合ったアメリカ人と結婚をしたが、自分の幸せを託したその相手は、結婚後に仕事もせず、シェラにお金ばかりをせびるごくつぶしに成り下がった。
根は悪い人間でなくとも、そのような世界にたっぷりと浸った人間の精神構造には、どこかに歪みが生じていてもおかしくはなかった。
騙し騙されながら、負の連鎖が至るところにじわじわと蜘蛛の巣のように出来上がっていく。日本でも同様の世界はある。しかしそれは、全体から見れば一部の世界のことである。しかしフィリピンでは、普通に暮らす人々のすぐ身近に、そのような魔の手が迫っている。好まずとも、突然夜の世界に身を委ねることになる女性は多い。そして搾取されながら、今度は自分が搾取する立場に立とうとする人間が出現する。生活苦にあえぐフィリピンの、暗い影の部分である。


アイリーンは、家計のことを考えて、食事を工夫した。米を節約するために、できるだけ粥にして食べるようにした。その米が底を付き始めると、自分たちの菜園で取れる野菜と芋を交換し、米の代わりに芋を食べた。その芋もない時には、小麦粉を水で溶いて、揚げて食べた。そしてレイがお金を少し稼ぐと、それでまた米を買った。それを繰り返しながらがんばっていたが、三ヶ月が限界だった。
「ダディー、もう食べるものがなくなる。畑の野菜も取りつくしちゃったよ。もう一週間もたない」
フィリピンでは貧しい人が多いが、それでも餓死するという話はほとんどない。その気になれば、山や海、川に、自然の恵みがあるからだった。
レイは、贅沢を言わなければ、食べ物はなんとかなるかもしれないと思った。しかしそれだけで、まともな生活が継続できると考えるほどレイも楽天家ではなかった。子供たちの学校で必要となるお金や、光熱費などで、どうしても現金が必要となる。このままでは、それすら払えないことを思い、限界を感じていた。
食べ物がないというアイリーンの訴えに、レイは「そうか」と言ったきり、何も言葉が出なくなってしまった。薄暗い部屋の中に、重苦しい空気だけが漂っていた。
心配そうに様子を見に来たダイアンも、あれっきり顔を出さない。他の親族も、誰一人様子を見に来る者はいなかった。

「実はダイアンが子供を引き取って、面倒を見てもいいと言ってるんだ。お前はどう思う?」レイがぼそりとアイリーンに問いかけた。既にレイは弱気になっている。
「子供って誰よ。みんな?」
「みんなじゃないと思う。一人か二人と話していた。子供全員の面倒を見てくれる人はいないよ。もしお願いするとしたら、みんなばらばらになる」
「それはいやよ。絶対にいや。それだったら、私が働くわ」
「働くと言っても、お前は学校があるだろう。それに学校がないとしても、どこで何をして働くというんだ」
「それはわからない・・」
「ここで働くといっても、簡単じゃないことくらい、お前にもわかっているはずだ」
「それでもみんなばらばらになるのはいや。それだけはやめて」
「メアリーはがんばってたんだな。今はそれがよくわかるよ」
「ダディー、どこからか、お金は借りられないの?ママは苦しいとき、お金借りてたわよ」
「少しは借りられるかもしれん。でも、いつまでも借りっ放しというわけにはいかないだろう。いずれは同じことになる。それだったら、今からお前たちの面倒を見てくれるって言ってくれてるうちに、お願いした方がいいと思うんだ」
「なぜダディーはがんばる前からそんなことを言うの?ママはいつもがんばってたわよ」
その言葉は、レイの心にぐさりと突き刺さった。確かにそうだった。メアリーはいつもがんばっていた。レイは何も反論ができなかった、心の中では、それでも今、何もできないんだと叫んでいた。
「私がセブのバーで働くわ」
「お前はまだ16歳だ。どこでも雇ってなんかくれないよ」
「そうかもしれないけど、それじゃどうすればいいの?」
「それがわからないから、お前に相談してるんだ。ダディーだって、お前たちを手放したくはないよ。でもどうしたらいいのかわからない」
確かに八方塞がだということは、アイリーンも理解していた。アイリーンは、自分がまだ子供だということが、悔しくてならなかった。
「明日ダイアンに、連絡を取ってみる」最後にレイがぼそっと言い、それで会話は途切れた。

事態は、当初ダイアンが目論んでいた通りに、転がり出そうとしていた。
アイリーンもメアリーが死んだことで、自分たちの生活の歯車が大きく狂い始めたことを、強烈に感じ取っていた。
しかし歯車が大きく狂いすぎたことで、事態はダイアンの目論んでいた方向からも、それることになる。
アイリーンにとっては、ダイアンのストーリーに乗っていた方が、よほど幸せだったかもしれない。

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