フィリピーナと共に
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アイリーン:カテゴリの記事一覧です。

2009年08月25日

アイリーン12

彰祐は20年以上経過した現在でも、メリアンが作業着と内履きを配るときに、彰祐の前でクスッと笑ったあの笑顔をはっきりと覚えていた。
彰祐はメリアンの手紙を持ったまま、当時を思い返していた。ふと我に返って、自分の顔が緩んでいるのに気付いた彼は、それを誰かに見られていなかったか周囲を見回したが、幸いみんなは、真剣にパソコンや書類とにらめっこをしていた。

「どれどれ、何が書いてあるやら・・、ちょっと見てみますか」
軽い気持ちでその手紙を読み始めた彼の目つきが、するどく真剣なものへと変わっていった。彰祐は、口の中が急激に乾いていくのを感じていた。
読み終えた彰祐は「ちょっとすまん、急用ができたんで先に上がらせてもらうよ」と事務の女性に声をかけ、上着と鞄を手に取り、手紙を持ったままで外へ飛び出した。
そしてすぐに携帯を手に取り、手紙をに書いてある電話番号のダイヤルを押していた。
その番号は、メリアンの手紙によると「YUUYA KITAGAWA」という人物に繋がるはずであった。



第6章
小雨が降る沿道を、車を先頭に50人ほどの人たちが列を作って、ゆっくり歩いていた。一見何かのパレードに見える行列は、死者を弔うセレモニーだった。
車につまれた棺の中には、メアリーが花に囲まれて眠っていた。長い列の先頭付近には、レイやメアリーの子供たちの姿が見えた。その中にはリンやマルセルも一緒に歩いていた。

メアリーは急性肺炎で生死の境を彷徨ったのち、一旦退院したが、自宅に戻ってから半年後に急性心不全で倒れ、そのまま帰らぬ人になってしまった。

急性肺炎で緊急入院をした時から、ドクターには心筋症について指摘されていた。
「心臓が少し弱っているようです。心音に雑音が聞こえたので気になったのですが、心電図にも兆候が出ています。この部分、P波というんですが、ここが少し延びているのがわかりますか?これは心筋症の症状なんです。つまり心臓を収縮させる筋肉が弱っているということです。薬を飲んでもらい経過観察としますが、あまり無理はなさらない方が良いでしょうね」
その話を知っていたリンやアイリーンは、とにかくメアリーを休ませようとした。しかしメアリーは、聴く耳を持たなかった。
メアリーは、「時間がかかりますけど、少しずつ返していきますから」と、月々のメイドのサラリー6500ペソから、2000ペソを抜いてリンに返した。リンはその受け取りを固辞したが、メアリーはそれも聞き入れてくれなかった。

仕方がなく、周囲の人間ができるだけメアリーの負担を減らそうと、気を使っていた。
元々大工のレイは、町人の家の補修や、簡単な家具を作るなどしながら、少ないお金を稼ぐようになっていた。
アイリーンは、メアリーの魚の買い付けを手伝った。他の子供たちも、家の中のことを分担して、メアリーの負担を減らしていた。

レイががんばりを見せ始め、ようやく家族が一体となりかけた矢先の事だった。
夕食を作っていたメアリーが、突然胸を押さえてうずくまった。
「息が苦しい・・」そう言いながら、メアリーの顔は、みるみる青ざめていった。ベッドに寝かされたメアリーは、話すことがままならないほど、息遣いが荒くなっていた。何をどうしたらよいのか、アイリーンの頭の中は、パニックに陥っていた。
子供たちがベッドの周りを囲み、「ママ、ママ」と叫んでいる。
ハッと我に返り、アイリーンが医者のもとへ走った。メアリーの急変の様子を思い浮かべ、嫌な予感を抱きながら、アイリーンは必死に走った。途中石につまづいて、転んだ。両手と両膝が擦りむけて、血が滲み出していたが構わなかった。
ドクターは既に診療を終え、自宅でくつろいでいたが、アイリーンが事情を説明し、無理やり彼を連れて出した。町でトライシケルをつかまえて、帰りはそれに乗った。
しかし家に戻ったアイリーンを待っていたのは、既に冷たくなりかけたメアリーだった。

呆然と立ち尽くすアイリーンの横から、ドクターが割り込みメアリーの様子をみた。彼は脈と瞳孔を確認し、「お気の毒です」と低い声で一言いったあとに、胸の上で十字を切った。
その瞬間、アイリーンの悲しみが決定的なものになった。しかし不思議と涙が出てこなかった。あまりにも唐突なことで、誰もがその死を、受け入れることができなかった。呆然と立ち尽くしながら、今にも目をあけそうなメアリーの顔を、みんなと一緒に見つめるしかなかった。その時アイリーンは、人がどうしようもない悲しみに出くわした時、涙がでないということを初めて知った。

駆けつけたリンの顔を見て、何かが弾けたように、アイリーンの目にようやく涙が溢れ出した。
「リンさん、ママが死んじゃった」思わずアイリーンは、リンに抱きついていた。
リンはかける言葉が見当たらず、だまってアイリーンの背中をさするだけだった。

その夜、心の支えを失った子供たちは、深い悲しみに打ちひしがれてた。7歳のサリーと9歳のカミルは、アイリーンにしがみ付き、泣き疲れて眠ってしまった。男の子のマックとジミーは、人前で涙を見せることをはばかり、自分たちのベッドの上で、ひざを抱えてボーっとしていたが、二人の目も真っ赤に腫れあがっていた。14歳になったアニーは、涙をこぼしながら、ひっそりと横たわるメアリーから離れようとしなかった。
アイリーンは取り乱さないように努めていたが、妹や弟の打ちひしがれた様子を見ていると、どうしようもなく涙が止まらなくなることがあった。
レイは椅子に座って、ただうなだれていた。レイは彼なりに、メアリーのことを偲んでいた。メアリーと出会いを思い出し、結婚後に苦労をかけてしまったことを、悔やんでいた。そしてレイはこの先、どうすればよいのかわからずに、腑抜けになり途方に暮れていた。

子供たちを直撃したのは、心の傷だけはなかった。今後の生計をどうするかという、現実的な問題も、彼らの背後に押し寄せていた。、

翌日、暗くて狭い食卓テーブルのある部屋に、メアリーの叔父、叔母が集まっていた。メアリーの両親は、既に数年前に他界していた。母親は、やはりメアリーと同じ心臓疾患で亡くなっていた。メアリーには弟が2人いたが、レイと似たりよったりで全くあてにはならなかったので、その席には呼ばれなかった。
親族会議の中でも、子供たちをどうするかが問題となった。レイには子供たちを扶養できるだけの能力がないことを、みんな知っていたからだった。

「長い間、お金のことで苦労していたから、きっと心労がたたったのよ」「お姉さんも心臓だったわよね。遺伝かもしれないわよ」「メアリーがメイドをしていた家、お金持ちなんでしょ?助けてくれないかしら」「本当にろくでもない人と結婚したわね」
それぞれが、好き勝手なことを言い合っていた。
「子供たちはどうするの?」メアリーの叔母の一人、ダイアンが口火を切った。
「うちは子供を引き取るだけの余裕はないわね。一人くらいなら、ご飯くらいは食べさせてあげられるけど・・」別の叔母も言った。その一言で、それぞれが、うちも苦しいと言い出した。
叔母たちは「可愛そうにねぇ」と言いながらも、子供たちを見るその目には、厄介なことになったという困惑の色がはっきりと読み取れた。
井戸端会議のような親族会議は、結論が出ないまま、とりあえずレイにがんばってもらおうということで、問題先送りの結果に終わった。

しかし、会議の中では誰も言わなかったが、女の子は引き取ってもよいと考えている、腹黒い叔母がいた。(アイリーンは、数年もしたらよい稼ぎ頭になるかもしれない。小さなサリーは、しばらくただ飯くらいだから、元が取れるかどうか・・)と考えながら、まるで品定めでもするように、姪たちの容姿をみながら思案していた。とりあえず親族が集まった中では、そんな計算を見透かされないよう、口をつぐんでいただけだった。
フィリピンはファミリーの絆が強いというのが一般的だが、メアリーは家を飛び出すようにして結婚したので、自分の親戚とは疎遠になっていた。特に母親の兄弟は、いつもゴシップを好み、昔から自分とレイのことに興味本位で関与してきたし、お金に汚いところがあったので、メアリーはできるだけ関わらないようにしてきた。メアリーがそれまで頼りにしてきたのは、父親の兄弟だった。
そんな母親の兄弟が、今まさに、メアリーの娘たちをターゲットにしているのだった。
血のつながりがあるとはいっても、全ての親族が結束し、助け合っているわけではないのである。中にはこのような、醜い親族も少なからず混ざっている。

リンも、子供たちの今後については気にかけていたが、「それに関して、私たちにはどうすることもできない」と言い、様子を見守るに留まっていた。心情的には何とかしてあげたくても、現実的にはできることが限られていた。

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2009年08月24日

アイリーン11

そんな会話がやり取りされていることなど全く知らない彰祐たち5人は、フィリピン行きの飛行機に搭乗し、お気楽な会話を交わしていた。
「会社ってすごいよなぁ、ただで海外に行けちゃうんだから」
「俺なんか田舎のお袋に、さっそく海外出張で大変だよなんていったら、すごい驚かれちゃったよ」
「フィリピンってさ、すごい所なんだろ?俺、食べるもんが心配だな・・大丈夫かな」
「大丈夫だろ!セブっていったら観光で有名な所なんだから。きっと綺麗な海があって、いいところだと思うよ」
「みんなは英語話せるの?俺ぜんぜんだめなんだよな」
英語に関しては、そこにいた5人全員が話せないということで一致した。集団心理が働いて心強くなる反面、誰か一人くらい英語ができた方が便利なのになと彰祐は考えていた。
他の4人はまるで観光気分であったが、彰祐は少し違っていた。フィリピンについては、治安が悪い、不便、貧乏と、聞こえてくるのは悪い噂ばかりだったので、自分の目で確かめてみるまでは、不安に近い落ち着かない気持ちでいた。

5人がセブ空港に降り立ったとき、身にまとわり付く熱気に5人全員が一斉に驚いた。海外独特の雰囲気に呑まれながら、周囲の人間にならい、ぞろぞろと入国ブースまで歩いて行く。先ほどまで観光気分に浮かれていたのが嘘のように、彼らの顔からは笑顔が消えていた。
空港を出たら出迎えがいるはずだったが、会うまでは本当に拾ってもらえるのか不安になってきた。それ以前に、入国手続きが問題なくできるのかも心配になってきた。
入国ブースでは、初めて見る黒さの肌を持った男性、女性が、入国しようとする人間のパスポートをチェックしている。みんな無愛想に見えた。特に担当官の浅黒い顔の中で、パスポートをチェックする時の白目が上下する様が不気味だった。5人には、どの担当官も相当厳しく審査をしてるように映った。5人に緊張感が走りだしていた。
彰祐が入国審査ブースの前に立ったとき、担当官は一言も言わずに、パスポートの写真と実物の自分をじろじろと見比べ、パソコンのキーボードをかちゃかちゃと音を立てて叩き出した。彰祐はそれを、まるで息を止めるようして見守っていたが、突然相手からパスポートを返された。終わったのかどうか分からなかったので、まだ突っ立っていると、担当官は「シッシッ!」と言わんばかりに手の平を左右に振り、早くあっちへ行けという仕草をしてきた。口がありながら一言も語らず、最初から最後まで無愛想であることに心証を害した。
それは日本人に英語で話かけても無駄だということを、彼らがよく知っているからだったが、それに彰祐が気付いたのは、かなり後になってからだった。

荷物を受け取り空港の外へ出ると、再び熱気が体を包み込んだ。到着ロビーの出口付近は、まるで蜂の巣でもつついたかのような人だかりで、何かの騒動が起こったのかと勘違いしてもおかしくないくらい混雑していた。5人はどこに行けば良いのかもわからず、再び路頭に迷ったような感覚に襲われた。彼らは人ごみの中でキョロキョロするばかりであったが、さすがに若い日本人5人組みは、傍から見ていて目立つ存在だった。大西はすぐに彰祐らを見つけ、遠くから声をかけてきた。
「ハタ電機の大西です。いやぁお疲れ様でした。フィリピンは暑いでしょう。今車が来ますから、ちょっと待って下さい」
「お世話になります。マルビシの沢木といいます」彰祐は5人を代表して大西に挨拶をした。同時に他の4人も、大西に頭を下げていた。

窓ガラスに濃いスモークを貼り付けたワンボックスが目の前に滑り込み、運転席から痩せた浅黒い肌のフィリピン人が降りてきた。彼は無言で車の後ろをドアを開け、5人の荷物をさっさと積み込み始めた。
「さあさあ、この車ですから乗ってください」

車の中は異常なくらいにエアコンが利いていた。最初はホッとする涼しさだったが、数分もすると肌寒さを感じるほどだった。車が動き出すと同時に、大西が口を開いた。
「最初はホテルでチェックインします。既にご存知かもしれませんが、ホテル代は全てこちらで立替えをすることになっておりますので、チェックインは名前だけで結構ですから。その後セブシティーで食事を予定しています。ホテルもセブシティーですが、会社は空港の近くで、メプサというエリアになっています」
「この場所はセブではないんですか?」
「ええ、空港がある場所はマクタン島と言って、セブシティーではないんですよ。これからマンダウェイシティーを通過して、セブシティーに入ります。ほんの30分くらいで着きますよ」

彰祐は空港のある場所が島だと聞いても、あまりピンとこなかったが、そのうち車が海を渡る長い橋に差し掛かり、ようやく納得した。
橋を渡ると景色がガラリと変化した。車、人、サイドカーのようなバイクがおもちゃ箱をひっくり返したように煩雑に入り混じり、街に溢れ返っていた。裸の男があるいているかと思えば、マクドナルドようなファーストフード店の綺麗なたたずまいが現れる。今にも崩れ落ちそうなおんぼろの家が立ち並ぶ向こう側には、ビルの窓の明かりが見えた。規則性のないがちゃがちゃとした街を、5人はただ唖然と見つめるのみだった。
彰祐は、明らかにそこは日本と空気が違うと思った。
「これはすごい・・・」彰祐が発した言葉は、それ一言だった。彰祐が感じた全てが、その一言に集約されていた。彼の目には、そこに人間が生きるパワーがみなぎっているように映り、そこに目が釘付けになった。そして、いつの間にか魅せられていた。
日本にも汚くて怖い場所はある。しかしそこで見かける人間は、ほとんど目が死んでいた。生きる屍のような人間が集まっているから、その場所がますます薄汚れて見えた。彰祐は日本を発つ前に、フィリピンのような貧しい国は、それと同じではないだろうかと思っていた。そんなところで2ヶ月間も耐えられるだろうかと心配していた。しかし当初のその予想は、いきなりいい形で裏切られた。

翌日早朝、ホテルにハタ電機の車が迎えに来た。いよいよフィリピンでの初出社に、5人は緊張感を覚えていた。
マクタンのメプサには、工業団地がある。今では進出している日系企業も多く、メプサには常時200人から300人の日本人がいると言われているが、当時はまだそれほど開けてはいなかった。
5人が工場へ到着すると、まだ誰もいない広い会議室に通された。朝からエアコンが効いており、ひんやりとしていた。そこへ一人の若いフィリピーナが「グッドモーニング」と笑顔でいいながら、冷えた麦茶を出してくれた。5人がほぼ同時に、「グッドモーニング」と返すと、その女の子は肩をすくめてクスクスと笑いながら、逃げるように部屋の外へと出ていった。
始業のチャイムが鳴り響くと同時に、会議室に男性2人、女性3人の5人のフィリピン人が入ってきた。まるでドアの外で待機していたかのような、タイミングの良さだった。
彰祐たちは、学校の教室のように並べらた机の最前列に、5人並んで座っていた。フィリピン人たちは、黒板に向かって左手の隅に、こちら向きで斜めに置かれた机に座り、続いて入ってきた大西さんも、その並びに腰掛けた。
もう一人、細身で背の小さい日本人が入室し、黒板の前にある演壇のような場所に立ち、いきなり挨拶を始めた。
「みなさん、おはようございます」日本語で言ったのに、4人のフィリピン人はお辞儀をしながら「オハヨウゴザイマス」と挨拶を返した。彰祐ら5人もつられるような形で挨拶をした。
「遠いところからハタ電機のフィリピン工場へ、ようこそおいで下さいました。私は工場長の葛西と申します。宜しくお願い致します。え〜、皆さんはまだ入社間もないというのに、いきなりこのようなフィリピンに連れてこられて、大変驚いているかと思います。このようにいう私も、最初はかなりとまどうことばかりで、大変困惑をいたしました。みなさんの心中を察する次第でございます。え〜・・・・」
工場長の挨拶は、まるで軍隊の上長が訓示を述べるような口調だった。それが始まると、先ほど部屋に入ってきたフィリピン人の一人が、手で口を押さえて、下を向きながら笑いをこらえていた。よく見ると、その子は先ほど麦茶を出してくれた女の子である。
彼女はちらちらと彰祐の方を見ながらも、何やら笑いをこらえているような様子だった。彰祐は工場長の話よりも、その子のことが気になって仕方がなかった。

「・・であるからして、みなさんには大変期待しているところであります。私どもは、みなさんの研修に精一杯協力をさせていただきますので、どうかがんばってください。」
彰祐は、さっぱり葛西の話が頭に入らなかった。続いて大西が出てきた。

「これから皆さんのお世話をするスタッフを紹介します」と言いながら、大西は前に座っている5人のフィリピン人を手招きで前に出ろと促した。5人はぞろぞろと演壇の前に並びながら、女性3人は明らかに恥ずかしがっているのがわかった。

「みなさんは生産管理の現場を勉強しにきたのですが、5人同時にそれを勉強してもらうのは難しいと判断しまして、少し分散してもらうことにしました。皆さんの会社には了解をもらっています。皆さんにはこれから、製造・品質管理・製造管理・生産管理の4つの業務を経験してもらいます。そしてこの前に並んでいる人たちは、主に皆さんの面倒をみる、言わば教育係りと、そして生活全般をサポートする人です」大西の低くて大きな声は、葛西のそれとは打って変わり、会議室中に響きわたる聞きやすいものだった。
そして担当業務と名前を一人ずつ紹介をしていった。紹介されたスタッフは、一人ずつ一歩前にでて、ちょこんとお辞儀をした。

製造のマイクと生産管理のホセは、いずれも肌の色が茶褐色の男性で、マイクはずんぐりタイプ、ホセは痩身タイプだった。品質管理のマリアも褐色の肌であったが、製造管理のテレサは色白だった。そして生活全般のサポート担当として紹介されたのが、後に彰祐と恋人関係になるメリアンだった。麦茶を運んでくれ、そして工場長が挨拶をしていた時に笑いをこらえていた女性だ。女性はいずれもスタイルが良く、メリアンは肌の色も日本人と同じだった。
マリアもテレサもやや年齢が上なのか、落ち着いた雰囲気を持っているのだが、メリアンだけは、童顔が手伝ってか、いたずらっぽくてやんちゃな明るい女性という印象だった。
大西が続けた。「皆さんはこの工場の中や外での生活面において、何かとわからないことがあると思います。昼食、作業着、ビザの管理、買い物、お金などの生活全般のことについては、メリアンが面倒を見ますので、彼女に色々訊いて下さい。彼女は普段総務にいます。ちなみにここにいるスタッフは、全員簡単な日本語がわかります。それでは今度は皆さんの紹介と、研修の割り振りを行います」大西が研修生の名前を一人一人呼び、スタッフに彰祐らを紹介し、そして最初の仕事場を各自に割り振っていった。

その後早速メリアンが、各自の作業着のサイズ、靴のサイズを確認しにきた。彼女はたどたどしい日本語で、それを訊いていた。
「ヨウフクサイズ ト シューズサイズ オシエテ クダサイ ジュンビ シマス」
彼女はそれを確認し、すぐに全員に作業着と内履きを配ったあと、その場は解散、各自現場へと移動した。

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2009年08月23日

アイリーン10

朝方窓の外が白み始めたときに、メアリーは薄っすらと目を開けた。ふと見ると、アイリーンが床に膝をついたまま、ベッドにうつぶして眠っていた。他の子供たちも床の上で眠っている。リンだけがパイプ椅子の上で、腕を組みながらじっとこちらを見つめていた。
目を開けたメアリーに気付いたリンが、すぐに立ち上がってアイリーンのそばに寄ってきた。
「もう大丈夫なようね」と、リンはアイリーンのおでこに手を置いて言った。
「リンさん、ありがとう。わたしはこの子たちを置いて死ねないわ」
メアリーの言葉には相変わらず力はなかったが、その目には生きなければならないという強い意志が宿っていた。
「そうね。よくがんばったわ。この子たちもずっと起きてあなたを見守っていたのよ」
明け方の病室に、二人の静かな会話と子供たちの寝息だけが響いていた。
「今ドクターを呼んでくるからちょっと待ってね。2・3日はここでゆっくりした方がいいわよ。今は体を休めないと、早く元気になれないわ」
ドクターを呼びに行こうとするリンに、メアリーが語りかけた。
「ねえリンさん、どうしてあなたは私にそんなに親切にしてくれるの?家族でもなんでもないのに・・」

リンは数秒間沈黙してから、話し出した。
「私も数年前は大変だったのよ。ダディーが病気になって、同時に私も倒れて入院したの。その病院代のせいで大きな借金をした。それで私たちの生活は狂ってしまったの。そして私は、生活費と借金を返すために、安易な気持ちで一時水商売に身を落とした。でも偶然バーで知り合った一人の日本人に救われたわ。それがなかったら、私はきっと汚れた仕事をしながら、どんどん泥沼に引きずり込まれたに違いない。でもあなたは違った。どんなに苦しくても、太陽の当たる場所で一生懸命生きてきたでしょう。それを見ながら、あなたは強い人だっていつも思っていたのよ。私はあなたを見ながら、自分の弱さを勉強した。こんなにがんばっている人を見捨てたりしたら、きっと神様がわたしに罰を与えるわ。わたしが一人の日本人に救われたように、今はわたしがあなたを助ける番かもしれないって思えるよ。そんなに大したことはできないけど」
「ありがとうね、リンさん・・」
ベッドに横たわっているメアリーの頬を、涙が伝っていた。



第5章
もう秋だというのに、30度を越える暑い日が続いていた。
「今年は残暑が厳しいって、テレビで言ってましたからねぇ」
「当たるんだね、そんな予報が。いやぁ、本当に何とかならないかなぁ、この暑さ」
「社長でも暑いのはだめですか?暑い国が大好きだという噂を聞いたんですけど」
「みんな勘違いしてるよ。暑い国が好きなんじゃなくて、好きな国がたまたま暑いんだよ」彰祐が笑いながら言った。

沢木彰祐は、部下と一緒に都内を歩き回り、マーケット調査をしてきた帰りだった。首筋の汗をハンカチで拭いながら、二人は東京の五反田にある事務所を目指して歩いていた。

彰祐の会社は、社長を入れて社員5人のこじんまりとした商社だった。月商で4〜5千万だったから、今にもつぶれるというわけではなかったが、たっぷり儲かるというほどでもない。そんな経営数字を見ながら彰祐は、世の中うまくできてるもんだなぁと、いつも思うのだった。右から左に物を流してそんなに儲かるなら、メーカーが可愛そうってもんだというのが彰祐の考えで、大きく儲けるのは問題なんだと豪語することさえある、彰祐は大らかな社長であった。

「それにしても、マッハが思った以上に伸びてますね。正直驚きましたよ」
「そうだな。こりゃ目の黒い内にミクロハードの終焉を見ることになるかもしれんな。なにせもう限界だよ、あれは。あんな不良品のようなものばかり出してるんじゃ、見限るユーザーも出てくるってもんさ」彰祐は汗を拭いそんなことを言いながら、実は今日は早く帰ってビールを飲もうなどとまったく別のことを考えていた。

五反田の事務所に到着し、エアコンの有り難味を実感しながら自分の机に戻ると、机の上のレターボックスの中に、手紙が入っていた。
手紙はエアメールだった。最近は海外の取引先や友人とのやり取りは、ほとんどE-Mailなので、手紙は珍しいなと思いながら差出人を見ると、意外な人物の名前が書かれていた。

差出人はフィリピンセブの、メリアンという女性だった。メリアンはかつての彰祐の恋人で、当時3年間付き合ってから別れ、それ以来約20年ぶりの連絡である。
しかし彰祐が驚いたのは、久しぶりの連絡もさることながら、会社の住所に手紙が届いたことであった。
彼女と付き合っていた当時、彰祐はある大手メーカーに勤めていた。まだ新人の域を抜けきれず、ガラにもなく回路設計などをやっていたのだが、10年勤めた後に、自分はそんなちまちました仕事は向かないと、突然退職を決意し独立した。だから彼女が今の五反田の事務所の事など知るはずがなかった。


メリアンと知り合ったのは、以前勤めていた会社の「ハタ電機」というフィリピン協力会社だった。協力会社というのは、メーカーが何かを生産したい場合、そのメーカーに代わって製品を生産する工場である。別資本であるから、現地会社は他のメーカーの仕事を請けても構わない。

その当時彰祐が勤めたメーカーでは、新人の一年教育というものがあり、その教育プログラムの中に海外工場での生産管理を学ぶというものがあった。プログラムは全部で5つあり、ローテーション方式で1年をかけ5つのプログラムを消化する。

彰祐は海外工場の生産管理プログラムからスタートすることになった。海外自社工場はヨーロッパにはあったが、これからはアジアの工場が良いだろうという会社の方針で、その年は協力会社に、教育まで協力させようということになったらしい。入社早々、彰祐は同僚4人と一緒に、約2ヶ月間セブに飛ぶことになった。

新人を預かることになったハタ電機は、一番の取引先の依頼であったので、かなり気を使い万全の受け入れ体制を作った。住む場所や食事の問題、5人の配置と教育担当、具体的な教育プログラムと日程、生活上の世話係りに歓迎会や送迎会に至るまで、数日間上や下への大騒ぎで準備を整えた。

「マルビシさんもいい気なもんですね。こっちに新人の教育まで押し付けちゃって。大体たった2ヶ月間で、現場の何を教えろっていうんですか。作業員の顔と名前を覚えて終わりですよ」GM(ジェネラルマネージャー)の大西が、工場長の葛西を相手に愚痴をこぼしていた。
「まあまあそう言わないで、大西君。本社を通しての依頼なんだから、こっちは言われた通りにやるしかないんだよ。それにこれで株を上げておけば、今後の受注も期待できるんだから」上のご機嫌取りで工場長に抜擢された葛西は、相変わらず事なかれ主義を貫き通していた。親分肌の大西は、お上のことばかり気にしているそんな葛西にも、イライラしていた。
「2ヶ月間の研修を5回も繰り返すんですよ。しかもそれが毎年続いたら大変な負担ですよ」
「その時はまた、あらためて考えればいいさ。とにかく頼むよ、大西君。相手は大切な客様だからね」

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