フィリピーナと共に
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2011年10月22日

381.久しぶりの日本で

久しぶりの日本。
都心でなくても、僕の宿泊するホテルの周りには、コンビニ、牛丼屋、ラーメン屋、ファミレスと何でも揃っている。
道路も建物も全てが綺麗で、日本はやはり洗練されていると感じる。
道ですれ違う女性も、綺麗な人が多い。急にレベルが上がるわけがないからそう感じるだけだろうが、日本人女性のレベルもまんざらではないと思ったりする。

先日マニラのイミグレーションでは、当然様々な国の人に出会う。
今一番フィリピンで勢いのあるK国の女性も大勢いたが、態度も見た目も、そのレベルの低さに驚かされたばかりだ。
化粧も着るものも妙に野暮ったくて、よくTVやインターネットで見る絶世の美女は、一部の特別な人か?と疑いたくなる。
あれはフィリピーナに優越感を抱かせるために、フィリピンに来ているのかと思うくらいだが、最近の日本人女性は、顔、センス、スタイル共に、アジアの真珠と言われるフィリピーナと十分張り合える。
フィリピン人男性は、「日本の女がブスばかりだから、日本の男はみんなフィリピーナに夢中になる」と信じている人が多いらしいが、それは全くの誤解だ。
こうして久しぶりに眺めてみれば、日本人女性は決してフィリピーナに引けを取らない。
そのようなくだらないところで優越感に浸るフィリピン男の鼻をへし折るために、今回は日本女性の写真をフィリピンにたくさん持ち帰ろうと思っている(笑)。
(ちょっと犯罪っぽいが、Sさんが、それ見たい見たい、是非たくさん撮ってきてくれとはしゃいでいた・・・余談)

帰国した夜は夕食の弁当を買うために、コンビニのお世話になった。
弁当、コーヒー、100円ライターを買っただけで940円。
「500ペソかぁ〜、一か月の小遣いがいっぺんに吹き飛んだなぁ」などと考えて、やっぱり日本は物価が高いとため息が出た。

驚いたのは値段だけではない。まさに痒いところに手が届く豊富な品ぞろえ。狭い棚に効率良く、ありとあらゆる物が並んでいる。特に惣菜が充実している。こんなところにこれほどの惣菜を並べて、採算が合うのだからたいしたものだ。
そして店員の態度が実に丁寧だ。いらっしゃいませに始まり、またの御来店をお待ちしておりますまで、マニュアルじみてはいるが体がむず痒くなるほどの丁寧さである。
日本人のサービス精神、徹底した顧客思考にはあらためて驚くばかりだが、ダディーやママにそのような日本のコンビニを見せれば、これはまさに高級デパートだと言いそうだ。

ホテルの部屋でTVをつければ、地上波デジタル放送で、TV放送の画質の良さにハッとする。我が家のTVも最近ようやくデジタル衛星放送になったが、TVがしょぼいので画質が良いとは感じられない。
しかし日本のTV画像を良く見れば、画質が良いのはTVのせいだけではなさそうだ。色が鮮やかでTVの解像度を活かす高解像度画像が送信されている。
これは放送局で使っているカメラを始めとした設備が高品質なのだろう。デジタル放送だから、放送局の設備の善し悪しが、はっきりと視聴者が見る画面で分かるようになった。

インターネットをやってみれば、一人でいるホテルの部屋で「はやっ!」を連発している。なぜこれほど早いのだろうか。世界最速インターネットは韓国らしいが、僕には日本のこれでも十分すぎるほど贅沢な速度だ。
これほどのサービスをフィリピンで安価に提供できたら、一生食うに困らないくらいの客が押し掛けるのは間違いない。
もし僕にお金があったら、高速インターネット回線提供ビジネスを本気で考えたいとつくづく思ったりする。

飲み食いする物が何でも美味い。コンビニカツ重弁当、昼食で買う弁当屋の390円のり弁、自販機の缶コーヒー、ガム、キャンディー・・・。
昨夜夕食で行った中華レストランで食べたラーメン、餃子は、マニラで一番美味いと思うラーメンやフィリピン一と思っているモナの餃子を凌駕する。
どこにいても何でも買えて、もれなく美味くて外れがない。

とにかくこのように、身の周りに感心せずにはいられないことの目白押しである。
日本を離れていたのは半年程度で、その間に日本が劇的に変身するわけがないが、このように何に対しても驚きを感じるのは、僕の感性がフィリピンナイズされている証拠に他ならない。
ずっと暮らしていれば何も感じなかった日本だが、今の僕から見れば全てが驚きだ。
初めて日本を訪れ、全てに対して驚き日本に住むことに憧れを抱くフィリピン人の気持ちを体験したような気分だった。
僕もある方に言わせればハーフになってしまったようだが、久しぶりの日本を見て、本当に自分がハーフになってしまったような気持ちになる。

勿論、だからと言ってやっぱり日本に住もうと考えるわけではなく、フィリピンにも日本には無い、真似できない良さがあり、僕がそれを好きであることは簡単に変わらない。
しかしながら自分の感性自体がこれほど変わっていたのには驚いている。
なぜなら、普段自分の中には、抜こうとしても抜けず、変えようとしても変わらない日本人としての感性がこびりつくように定着していると思っていたからだ。

このようなことを通して、人間がいかに曖昧なものであるかを知る。
もっとも曖昧だからこそ、違う環境に順応できるのだろう。
普段は、フィリピンで何かビジネスを起こそうとした場合、何をするにも日本人としての特性・感性を活かすのが良いと考えていたが、自分自身が気付かぬうちにこれほど感性が変化しているとすれば、ビジネスで活かそうと思っている日本人感性も怪しいものである。

そう言えば、かつて海外赴任した方の様子に、現地化していると感じたことがあった。
この現地化は、日本に住む普通の日本人との間に、考えや態度、行動に関するギャップを生じさせることがあったことを、かつて日本側の人間として発見したことがある。
日本は本来の日本人感性をベースにして、あらゆるものが絶え間なく進化している。
その流れの中にいると、疲れるほど時間の流れが早く、常に何かに追われている切迫感を抱きながら暮らすことになるが、そのような日本とそうではないフィリピンとは、見えないところで刻々と何かが離れていっているのは当然である。
僕が今フィリピンで暮らした時に、何事にも驚きを感じるのはその結果を見て驚いているにすぎず、フィリピン側に属してしまうと、今度は日本で反対の驚きを感じることになる。
なるほどたまの帰国も、意外なところで得るものがあるなと、切実に感じるところである。


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カテゴリー:フィリピン生活
エントリー:381.久しぶりの日本で
2011年10月21日

380.男をあげるなら・・・

夜8:30、とうとう飛行機が日本へ降りてしまった。

フィリピンでのチェックイン、フィリピンの出国手続きは極めてスムースに運び、チェックインから搭乗ゲートの前に辿り着くまで、おそらく20分もかかっていない。
i card(永住VISA)を持っている場合、出国手続きはほとんど誰も並んでいないACR CARD HOLDERと書かれたブースで行えるのが大変便利だ。
ただし出国の際、再入国費用か何かわからないが2800ペソほどのお金を取られる。一度払えば一年間有効のようなことも書いてあったが、僕が勘違いしているだけかもしれない。少なくとも次回の支払いは少し安く、2200ペソ程度になるようだ。

Sさんのお宅には、結局先週の水曜から一週間もお世話になってしまった。
その間毎日食事をご馳走になり、洗濯をしてもらい、どこかへ行くとなれば車で送ってもらい、コーヒーもお酒も飲み放題(もっとも僕はお酒はあまり飲まないが・・)。
あまりに図々しい自分に呆れるが、コーヒーを、飲みたい時に自分で自由に淹れられる生活をしていると、いつの間に自分がとても無遠慮な人間になってしまっているようで怖くなる。勿論Sさんは、いつでも「どうぞどうぞ」と言ってくれるが、快適な暮らしとは、自分で苦労して手に入れたものでないと落ち着かないものだ。

居候の期間、Sさんとは毎日いろいろなことを語り合った。
Sさんも本当に色々な経験をしている。家族のことでも苦労している。決して全て順風満帆で今に至っているわけではない。
恐ろしい話、面白い話が数多くあるが、一つだけ、フィリピン生活の苦労を象徴するような話を無断で紹介したい。

僕が我が家のモナの弟の話しをした時だった。
ママはお金も躾も厳しい人だが、モナの弟のジンが仕事をせずにブラブラしていることには寛容だった。これまでジンは、女性問題でも家族に迷惑をかけてきたが、もう勘当した方が良いと言うほどの事件を起こしても、ママはジンを許してしまう。
僕も本気で勘当などと言っているわけではなく、一回放り出して彼に本当の苦労をさせないと、ジンが駄目になってしまうという親心から進言しているのだが、頭の良いはずのママでも、そこだけはどうしても理解してもらえない。
フィリピンファミリーに飛び込んだ日本人としては、ファミリーの各人に自立して欲しいと心から願っている。そうでなければこちらの身が持たない。決して意地悪で話しているわけではないのだが、それが中々通じない。

するとSさんの家でも同じようなことがたくさんあったという話しになった。
Sさんも、義兄(奥さんの兄)に自立して欲しいと願っていたそうだ。
そこで自分でお金を出して、義兄をシーマン(船乗り)になる学校へ通わせ、知り合いにかけあって実際にシーマンの仕事をさせるため、飛行機代を自分が払い義兄をアメリカに送るところまでこぎつけた。
サラリーも十分良いから、Sさんはこれで一人片付いたと喜んでいた矢先、アメリカについた義兄がフィリピンの義母(奥さんのお母さん)に泣きながら電話をかけ、寂しい、耐えられないと訴えたそうだ。
ここまでは良い。初めて家族と離れたら寂しいこともある。泣きたいことだってある。
そこは百歩譲って理解してあげても良いのだが・・・、

その義兄の泣きごとを聞いてしまった義母は、同じように涙をぼろぼろこぼしながら、電話口で「すぐにかえっておいでぇ〜」と叫んだそうだ。
その言葉が耳に入ったSさんは、頭を抱えながら、「帰すな〜、帰すんじゃな〜い!頼むから帰らないでおくれぇ〜」と悲鳴をあげ奥さんにも訴えたそうだが、義母は気が狂ったように「早く帰っておいで〜!」と泣き叫び、電話を切った後でも泣きながら義兄の名前を呼んでいたそうだ。(お母さん、アメリカはそっちじゃない、こっちこっち・・なんて冗談も入っていたが・・・)

そしてSさんの奥さんも気がつけば怒って泣いていた。
訳がわからなくなったSさんは、とりあえず奥さんに、「僕何か悪いことした?」と訊くと、「お母さんは私が海外に働きに出た時、あんな風に言ってくれなかった。なぜ兄のことにだけ、あれほど取り乱して帰っておいでなんて言うのか」と、お母さんはあれほどがんばって家族を助けた自分より、兄をずっと愛していると嘆いて泣いていることが分かった。

「なんだぁ〜、この世界は・・・、これ、だめじゃん」
と、Sさんもかなり落ち込んだが後の祭り。

しかも、その翌日、再び義兄から国際電話がかかってきた。そして・・・、

「今ディスにーランドにいるよ、だってさぁ、せっかく来たんだから、見ておかないと損でしょ」と脳天気にのたまったそうだ。
それを奥さんがSさんに教えるものだから、Sさんは、
「お願いだぁ〜、あ〜、頼むからそんな事を俺の耳に入れないでくれ〜、気が狂いそうになる〜」と、やはり頭を抱えてしまったそうである。

Sさんは、義兄がアメリカから帰るエアチケット代は、絶対に払わないと頑張ったそうだ。それはそうである。それで「そうか、よしよし」などと金を出すお人よしなど、滅多にいるものではない。
しかし飛行機代は契約した会社が払うから大丈夫だと言われ、結局義兄は、すぐにフィリピンに戻ってきた。
しかし仕事を途中で放棄したために、エアチケット代を十分含んだ違約金請求が、なぜかSさん宛てにきたそうである。

「誰が俺の名前を教えたぁ〜」と怒り心頭になったところで、肝心の義兄は雲隠れ。
そこで義母が、「払ってやっておくれ〜、そうじゃないと、あの子は二度とシーマンになれないかもしれない・・、お願いだから払っておくれぇ〜」と言ったそうで、Sさんはそれを泣く泣く払ったそうだ。

かなり熱演を交えてその様子を教えてくれ、その時のSさんの深い悲しみ、怒りは十分理解できたが、しかし笑わずにはいられなかった。
モナはジンやロンに甘いママに対して少々感じるところがあるらしく、痛くその話に「わかるわかる」と頷いていた。

このようにフィリピンの母親は、息子にとても甘い。猫かわいがりで、その時の感情に左右される。息子の将来のために、何が良いかなどには考えが及ばない。その時の自分の寂しさや悲しさが解消できたらそれで良い。自分の感情をコントロールして我慢するということができないのである。
義兄はそのことで、自立するチャンスの芽を摘まれたが、義母も本人もそのようなことには気付いていない。
モナは我が家で起きていることを踏まえそのことに気付いているが、おそらくモナも息子ができたら、単なる想像だがきっと同じになる。
こうしてフィリピンのダメ男が増産されていく。

フィリピン改造には、至る所で見かけるこのような母親を何とかしなければならないが、おそらくこれは、簡単に変わらない。
こうして僕たちのような外国人男が活躍する舞台が、確実に用意されている。
本当に仕事のし甲斐があるフィリピン・・・(涙)
男をあげたければ、フィリピンは最高だ。

それにしても日本で飲む緑茶は美味い。
これを書きながら、4杯も飲んでしまった・・・。


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カテゴリー:フィリピン生活
エントリー:380.男をあげるなら・・・
2011年10月20日

379.パートナーの大切さ

昨日無事に、イミグレーションでエイリアンカード(i card)を受け取った。
Sさんの奥さんが、ものすごい勢いでかけずり回ってくれたおかげで、通常1カ月ほどかかるカードを、余計なお金を使わずに3日で取れたことになる。
パーマネントVISAの初心者用(1年間)ではあるが、これで半分フィリピン人になったようなものだとSさんに言われた。(事実、フィリピン入国がフィリピン人同様に簡単になる、家族を日本に連れて帰る際の日本のVISA取得も簡単になる)
Sさんがニコニコしながら、おめでとうと言ってくれ、そうかぁ、俺もとうとうフィリピン人かぁ〜・・・と、やや複雑な喜びを噛みしめながら、もらったカードを何度も見た(笑)。

イミグレーションにはSさんが車で連れていってくれた。
カードをもらう間、Sさんがイミグレーション前のスターバックスで待っていた。あっという間にカードを受領し、モナと二人、スターバックスでSさんと合流。
外のテーブルで3人、拠り所の無い話をしていたら、同じテーブルに日本人の年配男性が座った。
最初は話しかけてくるわけでもなく、こちらの様子をうかがっていたようだが、おもむろにこちらに、「これ、何の事か分かりますか?」と、イミグレーションからもらったレターを差し出してきた。
「VISAが貰えなくて、月曜日にもう一度来てくれと言われているようなんですが・・・」

レターを見ると、月曜日に来てくれということではなく、彼のVISAの件で話があるから、電話をくれというレターであった。

「失礼ですが、英語かタガログは?」
「はぁ〜、どちらもできません」

その方が言うには、フィリピンへ来て一年以上経過しているが、これまでかかさずVISAの延長を繰り返してきたという。
パスポートを拝見すると、フィリピンへ入国してから、確かにきちんとVISA延長のスタンプが定期的に押されているが、前回(2か月前)手続きしたはずのスタンプがどこにも見当たらない。

「これはオーバーステー(不法滞在)になってようですが・・・」
「いや、手続きはかかさずやっていますよ。前回も2か月前にここに来て、ちゃんとお金を払っています。レシート関係も全部保管しているんです」
と彼はやや焦りの表情を顔に浮かべながら気色ばっておっしゃる。

「しかしスタンプが間違いなく無い・・・いつもイミグレーションでの手続きはお一人でやってらっしゃるのでしょうか?」
「ええ、いつも一人です」
「結婚はしているのですか?誰かサポートしてくれるフィリピン人の方はいないのですか?」
「結婚はしていません。恋人のような人はいますが、一緒に住んでいるわけではありません」
「その恋人にサポートしてもらえないのですか?」
「いやぁ、彼女はちょっと頭が悪そうなんで・・・」

結婚をしない理由として、彼女は太っているからという、ちょっと変な話が飛び出した。だから今、痩せている女性の恋人を探しているとおっしゃる。
年齢はもう少しで70歳に手が届く。フィリピンを訪れた経緯など詳しい話は聞かなかったが、現在はマニラから少し離れたところに住んでいるので、頻繁にイミグレーションを訪れるのも大変らしい。(マニラからタクシーで1時間半から2時間ほどの距離)

少し考えて、何となく状況が分かってきた。
2か月前にイミグレーションでVISA延長手続きをしたが、その時点で延長を認めてもらえなかったのである。しかし御本人は、お金も払ったので無事延長できたと思っていたから、その手続きから2か月後の昨日、再び延長手続きをしにきた。しかし既に2か月も不法滞在になっているので、その旨を書いた書類に、言葉の分かる介在できる人に電話をしてくれと手書き文を書き足したレターを渡された。
その方が提出したVISA延長申請書類を見せて頂くと、申請理由には「この国が好きだから」と英語で書かれていた。
文字の雰囲気からその「頭の悪そうな彼女」が書いたものと思われるが、かなりお粗末な申請理由である。
通常1年までは比較的簡単にVISA延長できるが、2年目からは延長理由がしっかりしていないと難しくなるらしい。(法律では1年までとなっているらしい・・)
「この国が好きだから」という理由では、到底延長許可は貰えそうにない。

いつも利用している知り合いのフィリピン人ドライバーに電話をして聞いてみると、不法滞在になった場合、大抵はペナルティーを払ってイミグレーションの指示に従えば、逮捕されるようなことはないらしい。その際、言葉ができないのでVISAを貰えたと勘違いしていたと正直に事情を話せば良いとのアドバイスを貰った。
ペーパー上のペナルティーは、オーバーステー一日につき2千ペソだから、約60日の不法滞在で12万ペソとなる。(実際に言い渡される罰金がそうなるのか、経験が無いので不確か)

御本人は、そんなお金は簡単に払えないとおっしゃるが、それを払えない場合は本当に逮捕、監禁される恐れが出てくる。その後無事に日本へ帰国できたとしても、ブラックリストに名前が載ってしまえば、フィリピンへの再入国は難しくなる。

その方が呼んだタクシーが来たので、彼はあとで電話をするので相談させてくれと言い残し帰って行ったが、後に残された僕たちは、ただ唖然とするばかりであった。
その後当事者抜きで、3人でそのケースをどのように処理すべきかと話し合った。
日本大使館に助けを求めても、おそらく親身に対処してくれないだろう。我々は何もできないから、お役所的に罰金を払って日本へ帰りなさいと言われるだけとなる。(親身になってくれないことは、単なるこちらの思い込みかもしれないが・・・)
やはり彼をサポートできるフィリピン人の方が同行し、イミグレーションで正直に事情を話し、罰金を払って無事に出国するのが無難であるような気がする。

英語もタガログもできないご老人が一人で、車で2時間かかるマニラへやってきて、イミグレーションでVISAの手続きをすることは驚嘆すべきことだが、お話の内容は筋が通らず、遊び心で安易に考えていたことがうかがえる。
そのような日本人が、変な日本人やフィリピン人に捕まれば、それこそネギを背負った鴨となる可能性が大きい。

僕はすぐにフィリピンを出るため、その方に関わることはできないが、Sさんがサポートしてくれるそうだ。
どうせ僕など大して役には立たないから、その方がはるかに安心だが、それにしてもサポートできる範囲は限られる。
その方が現在の自分の立たされている現状を知って目を見開いて驚いている姿を見ながら、僕は自分の周囲にしっかりとサポートしてくれる人が大勢いることに、心から感謝する思いであった。
これは本当に大切なことである。女性に対しても、心を持たずに接すればこうなる。
気持ちがあれば、相手だって心配をし、イミグレーションも来るなと言ってもついてくる。
フィリピンで大切にされている僕には、気持ちがあれば必ずそうなると確信を持って言う事ができる。今のSさんにしても、心おきなく交友を深めることができるのは、Sさんの奥さんとモナが交友を深めることができるからだ。
パートナーがどのような人間か、フィリピンで暮らす日本人には、とても大切なことである。


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カテゴリー:フィリピン生活
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