フィリピーナと共に
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フィリピン生活:カテゴリの記事一覧です。

2011年10月03日

366.iPhone購入

日曜日の今日、ライターガスを買うためにレガスピに行った。
買いたい物はライターガスの他に、キューピーマヨネーズだけのはずだったが、思わず自分用のiphone4を買ってしまった。
これまで僕の電話は、プリペイド方式でスクラッチ番号を入力してから使用するものだったが、それはビジネス用として大変不便だ。ロードと呼ばれるプリペイド分が無くなれば、話しの途中でも通話が切れるし、ロードを購入して入れなければ電話をかけることができない。
そこで月払い方式の電話にしようとグローブ(フィリピン電話会社の一つ)へ行き、それを契約すると同時にインターネットの無制限アクセスもつけたので、電話をiPhoneにしたというわけだ。(どうせごく遅のインターネットだろうが・・・)

今世の中で一番売れ筋の新しい商品と言えば、スマートフォンである。技術者が先端商品を使わずして、世の中の動向がわかるはずがない。そんなこともあり購入してみたが、少し使ってみて、その出来の良さに驚いた。(勿論iPhone そのものの使い勝手も抜群に良い)
アップルのiTuneというアプリは、iPodを使用していた関係で普段から使用していたが、それと接続し購入したiPhoneを登録するだけで、iPhoneが勝手に日本語設定になった。
このPCアプリケーションとの接続による使い勝手の良さには、目を見張るものがある。
今さら何を言っているの?などと言われかねない恥ずかしい話しだが、このトータルシステムは本当に良くできている。
逆に言えば、これほどの物を当り前のように作ることができなければ、世界に通用する商品の開発は無理だということだ。技術者にとっては、難しい世の中になったものだ。

これまでは、一般の人が分からないプログラムの世界、ハードの世界が先行していたが、これを見ると、こんな使い方や仕組みを整えたら便利で良いという創造力(アイディア)が多分に要求されることが分かる。
どちらかと言えばそちらの方が大切で、それを具体化するエンジニアは石を投げれば当たるほどいるから、プログラミングができますなどということの付加価値は随分と地に落ちてしまった。
それは薄々感じてはいたが、そのことは、売れる商品を作り出せなくなった日本の最大の課題でもある。

逆に、遊び心のあるフィリピン人のこの手の力はどうだろうか。
へたに小難しい世界、枠にはまっていない分、アイディアなどたくさん出てくるかもしれない。
新しいものを開発するというのは、とにかく既成概念が邪魔をする。
会社の偉い人やエンジニア自身の、そんなもの出来るはずがないとか、売れるはずがないなどという思い込みが、素晴らしい商品の芽を摘み取っていることがある。
その点わが社は、経営者(僕)も従業員(フィリピン人)も馬鹿な分、もしかしたら面白いものができる可能性がある。
そのように考えると、希望の光が見えてきて、俄然やる気が出てくるのである。(やはりこの経営者は本当に馬鹿?・・という気がしないでもないが・・)

具現化するところはとりあえずアウトソーシング(外注)でどうにでもなる。身の程を知って、自分のところで全部やろうなどと最初から考えない方が良い。
アウトソーシングもフィリピンの会社を使う。できるだけフィリピンにたくさんお金を落とせる会社にしたい。(無能なフィリピン政府にたくさん税金を納める会社ではなく、自社、他社のフィリピン従業員が潤うようにすること)
できるだけ多くのフィリピン人社員を雇用したいが、まだまだ零細企業の身、それはすぐには難しそうではあるが、そんな会社を目指したいと考えている。

さて、本日レガスピに行って、他にもいくつかの収穫があった。
まずライターガス。以前購入したガスは粗悪品だったので、違う場所で探してみた。「マニラのおぢさん」さんから教えて頂いたように、ビュティンと言ってみたところ、たちどころに通じたところまでは良かったが、教えられた場所に行ったらカセットコンロのガスボンベ売り場だった(汗)
ライター用だと言ったら、あ〜、ビュティンは2種類あるんだと言われ、今度はきちんとライターガスの売り場へと案内してくれた。
そこで購入したガスで、日本のターボライターがしっかりと機能した。これは嬉しかった。
ガスボンベにはメイドインフィリピンと書かれている。中国製ではない。

そして液晶TVも見てきた。SONYの40型LEDバックライト品で、35000ペソ前後の価格(約7万円)。随分と安くなった。いまやサムソンやLGや得体の知れないメーカーと、価格で堂々と渡り合える。
今液晶TVは革命が起きていて、得体の知れないメーカー品でも不思議なくらい画質が綺麗だ。そのほとんどが、日本メーカー品と変わらない。しかし僕は日本人として、できれば日本メーカー製を買いたい。よってこの価格は大変嬉しい限りである。
思ったより安いので、これだったら買えそうな気がするが、今月はマニラ旅行の後遺症があるので、買うのは来月以降ということになる。

こんなことをしてぶらぶらしていたら、帰りが夕方6時を過ぎ、辺りが暗くなってしまった。
今日はバイクででかけたので、国道と言えども外灯の無い夜道は少し怖いが、それ以上に厄介なのが飛んでくる虫だ。
レガスピからタバコへは、途中ジャングルを切り開いたような場所がたくさんある。よってバイクのヘッドライトめがけて飛んでくる虫が、顔や体に当たり痛い。
時折大きな羽を持つ虫が目の前を横切り、ぞっとすることもある。
危ないのは、スピードを出している時に目に虫が飛び込んでくることだ。下手をすると失明の恐れもある。だからバイクで夜道を走る時に、メガネは欠かせない。
これはフィリピンだけではなく、他の国でも未開の地やそれに近い場所では同じである。
バイクだけではなくトラックの荷台に乗る時でも、地元の人間は誰でも虫の怖さを知っているから、決して頭を運転席の上に出さない。
そのようなことに注意を払わなければならないことなど、日本の都会で暮らしていると、なかなか分からない。
飛んでくる無数の虫をよけながらバイクを走らせていると、フィリピンに住んでいるという実感がひしひしと湧いてきて、少しエキサイティングな気分になるから不思議だ。


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カテゴリー:フィリピン生活
エントリー:366.iPhone購入
2011年10月02日

365.台風回避

金曜の夜1時半(正確には土曜の早朝)にクアラルンプールを飛び立ち、朝の5時にマニラへ到着した。
マレーシアから戻ってくると、フィリピンが少し涼しく感じた。
再び台風が迫ってきている影響だろうか。土曜の夕刻に台風がルソン上陸という噂があったのでフライトを心配していたが、とりあえずマニラまでは辿りつき、午前中はレガスピのフライトにも影響がなかった。

久しぶりに見たマレーシアは、相変わらず綺麗で整備された都市だった。
普段ロクなものを食べていないだろうと(ちょっと失礼な決め付けだが、そのような時はハイと答えた方が得・・)、社長が昼、夜と、和食レストランや高級ホテルのレストランへ連れて行ってくれたおかげで、本当に美味しいものをふんだんに食べてきた。
やはりハイと答えて大正解だった。
和食レストランに行けば、ここは日本かと思えるほどの日本人がいるが、男性は日本で普通に見かけるビジネスマン風、女性は現地に赴任した方の奥さま同士でランチ・・という感じで、マニラとはかなり様相が異なる。

今回は街中で物乞いに一度も会わなかったが、そういえばこれまでもマレーシアでそういった人をみかけた記憶がない。
今にも崩れそうな家が立ち並ぶ貧民街もなく、街が放つ雰囲気は日本にとても良く似ている。
以前マレーシアに住んでいた方から、思いかげずマレーシア滞在中にメールを頂いたが、その方が言うにはアジア界隈ではマレーシアが一番豊かだと言う。
その方は現在ベトナムにいらっしゃるそうだが、ベトナムはインフレが激しく、最低賃金がウナギ登りだとか。
マレーシアを見ながらそういった話しをうかがうと、何かフィリピンがどんどん取り残されているようで、寂しいような気もする。

今は円高のせいもあり、レガスピとクアラルンプールの往復航空券(レガスピ〜マニラ、マニラ〜クアラルンプール)は2万5千円程度で大変安い。日本にみんなで行くのはVISAの関係もあり大変だが、クアラルンプールであれば今度家族を連れて旅行に行ってもよいくらいだ。
あのツインタワービルを見たら、みんな腰を抜かすくらい驚くだろう。(僕も最初はすこぶる驚いた・・・)

心配した台風の影響から逃げるように、午前の便で予定通りレガスピ空港に到着した。
マニラでモナと携帯メッセージのやり取りをしている際、いつものドライバーにレガスピ空港まで迎えにいってもらうよう連絡を取ろうかと言われたが、断った。
それでもレガスピ空港から外へ出たら、その顔なじみのドライバーに見つかってしまい、しつこくタバコまで乗せていくと言われたが、それも断った。

今回マレーシアに行く際、事前にこのドライバーに自宅でのピックをお願いしOKの返事を貰っていたが、出発1時間前にキャンセルの申し出があったからである。理由は、遠くへ行くお客を乗せていて、片道2時間かかるので約束の時間に間に合わないというものであった。
こちらの約束が先であったにも関わらず、おそらく目先の料金に釣られての行動だと思われるが、こちらはビジネスで利用しているのだからそのようなドタキャンは困る。実際にそれから急いで別の車を手配し、空港へぎりぎりの時間に到着するという羽目になった。
自然災害で行けなくなったというのは理由になるが、それ以外でビジネスの約束を果たせないというのは、ほとんどが言い訳にならない。
よって今後もこのドライバーを頼るのは危ないと思い、レガスピ空港で新しいドライバーを探すことに決めていた。

数人のドライバーと話をすると、ほとんどが最初に800ペソと言ってきた。酷いのは1000ペソと言う。相場は500ペソ〜600ペソだから、随分とふっかけてくる。
一旦断ると全てのドライバーが、それじゃ700ペソ、600ペソと値段を下げてくるが、最初に値段をふっかけてくるドライバーは、その後いくら値段を下げてもお断りする。
誰も正直な値段を言う人間がいなければトライシケルでターミナルまで行き、そこからバンを使おうと思っていたが、一人だけ最初から600ペソと言ってきた。しかも、高いかもしれないが、今は国道の橋が壊れていて遠回りをする必要があるので600ペソは欲しいと説明してきた。
誠実な感じがしたので、とりあえずそのドライバーにお願いをすることにした。
タクシーの中でドライバーと話をしながら、彼が真面目そうだと感じたので、電話番号を交換し今後もお願いしたいと話した。
自宅とレガスピのタクシー料金予算は700ペソで考えているので、100ペソを追加して支払うとドライバーはとても喜んでいた。

タクシーを降りたところにダディーがいた。タクシーにいくら支払ったのかと訊かれ、700ペソと言うと、なんでそんなに払うのか、500で十分だと言われたので、バジェット(予算)で700と決めたら700払うのは問題ないと説明した。
予算組みの段階で、その出張による収入と、手持ちの口座残高も考慮しながら、経費の上限を計算しているのだから、予算オーバーでなければ問題ない。
しかも、こちらは時間を含め約束を守ることを相手に要求する。少しくらいはおいしい客にならなければ、こちらを大切にしてもらえない。そこがとても重要だということが、おそらくダディーには分からないのだろう。損して大切なことをキープするという感覚は、いくら説明しても難しそうだ。

家に入ると、TVの様子が変わっていた。
突然大画面TVになっていたという話ではなく、放送している画面がとても綺麗になっている。
我が家のあるサブデビジョン管理者にケーブルTVを中々引いてもらえないので、とうとうモナは、自前で衛星放送を我が家に導入したようだ。
よく見たら、家の横の塀の上に、大きなパラボラアンテナが設置されていた。
以前から僕は、1chしか映らない、しかも電波が弱くざらついたTV放送しか受信できない状態で、大画面の液晶TVを買うのはもったいないと話していたが、ついにそれが解消されてしまったので、次は大画面液晶TVを買ってやらなければいけないようだ。これも近いうちに、予算化しなければならない(汗)。
今日の午後は、チャンネルが増えたTV番組から映画のハリーポッターを選択し、みんなで観ていた。
ユリまで一緒に観ながら、画面を指差してモーモー(おばけ)だと騒いでいた。

TVニュースでは、ルソン北部の、台風による洪水被害の様子が伝えられていた。
街がまるで海底に沈みかけているように見え、住人が家の屋根の上に避難し、ボートやヘリコプターによって救助されていた。昨日の段階で、既に数名亡くなったという情報が流れていた。
タバコはいたって平穏で、同じルソン島の出来事とは思えない惨状に驚いた。マニラにはシグナル1という警報が出ていた。一足遅ければ、僕も台風の中マニラのホテルに缶詰め状態になっていた可能性がある。
おそらく明日、台風はフィリピンの西側海上に抜けてしまうだろうが、一旦溢れた洪水が引くのには、数日時間がかかると見られている。


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カテゴリー:フィリピン生活
エントリー:365.台風回避
2011年09月30日

364.問題の共有化

ようやく今朝、ホテルでインターネットが繋がった。
それで早速早朝にブログコメントを確認してみれば、「心の抑圧」記事にコメントが入っていた。それに対して返事を書いていたが、長くなりそうなので、それに関連しながら一つの記事を書いてみた。(全てコメントのレスになっているわけではありませんが、関連する内容が含まれております)

フィリピンは、社会も個人もある意味成熟していないわけだから、「若い」という言い方も当てはまる。
しかし僕は、日本に働きに出た若いフィリピーナの生活感については、決して若くない要素を多分に感じていた。
振り返ってみれば、若いはずのフィリピーナに不思議な違和感というか、歳の差を超えた親近感や安心感を覚えたのはそのせいである。
具体的にそれは何かと言えば、彼女たちは家族を大切にできる、我慢ができる、自分の生まれ育った社会を客観的に見る事ができる、政治に関心がある、人間の本性を理解している、現実を知っている・・等々である。そこに苦労を知っているという印象を覚えた。

つまりフィリピン家族の生活に責任を感じている若いフィリピーナは、僕には実年齢よりもはるかに大人に映っていた。これは来日フィリピーナ以外に、一部のフィリピンで働くフィリピーナにも感じたことである。
だからいつの間にか、20そこそこの小娘と対等に付き合っている自分がいたりしたわけだ。
僕は、それがお互い、歳の差結婚を可能にしている最大の要因であるように思っている。

そのようなフィリピーナと、フィリピンのぶら下がり組みとでは、同じ人を頼るのでも基本的に違うと僕は考えている。
家族の生活を支えるフィリピーナは家族に対する責任感をもっており、実際に自分や家族の生活を何とかしようとする意志を持っている。なんで私が犠牲にならなければならないのかという気持ちと闘いながら奮闘している。これは決して子供じみた行動ではない。

その一方、頼れる人(決して誰でも良いわけではない)に出会うと、できるだけ頼りたいという姿勢が見えたりする。
僕はそのような時、彼女たちが本来持つ「若さ」が出るのだろうなと思ったりするし、前回記事にした、抑圧から解放されたい欲求があるのだろうと思うのである。
だから30前の若さでフィリピンの家族の生活を支える重圧に疲れている小娘が、今度は自分が安心して甘える側にまわりたくなる。僕にはこの気持ちがよく分かるのである。
日本人の僕でも時々ふと逆の立場になりたいと思ってしまうのは、深刻ではないにしてもそれと全く同じである。
しかもフィリピーナにとって、日本の厳しい社会で生きている日本人は本当に頼りになるわけだから、自分が普段抱えている重圧から解放されるには、とても現実味を帯びた助っ人として映る。

それが唯一の目的で結婚までするわけではないだろうが、僕とモナの場合、彼女は僕と結婚することで、一人で家族に対する責任を負わされていたことから解放され、その責任を共有できる人ができて気持ちが楽になっているはずだと僕は勝手に考えている。
そして僕はそのようなことを、肯定的に捉えている。
歳の差があっても、そこに決定的な共通の価値観を持てるわけで、これは普通の夫婦よりも強い絆を築く土台が最初からあると考えることができるのである。

かつて僕は、フィリピーナに頼られた時には、僕はあなたを助ける義理はない、フィリピンに帰りなさいと言えばよいと書いたことがある。
実際に助けるような間柄でもない人から助けてくれと言われても、それにはフィリピンのぶら下がり組みと同じ臭いがするだけで、最初から関わりなど持ちたくない。
しかし、それだけではない感情が芽生えた間柄であれば、彼女たちに魅かれる理由が先に述べたことに関連するわけでもあり、決して無碍にするものではない。
ましてそのような背景を多少なりとも分かって結婚したならば、結婚後に更に深く事情が分かって軌道修正することがあったとしても、何とかしたいし何とかならないかと考えるのである。
それがなければ、先に述べた「夫婦共通の価値観による強い絆」という一面は崩れ去る。
それだけではないから、モナの家族のことを僕がまるで放棄したとしても即二人の心が離れるわけではないが、僕にモナの気持ちをできるだけ汲みたいという愛情がある限り、自然にそのような流れになる。
そのようなことも夫婦の関係をより密接にする要素であるならば、実生活の中で身の回りに否定的な事実が多分にあったとしても、それらをまるで無視するほど心を閉ざすことには決してならない。
以上の夫婦という言葉を恋人に置き換えても、似たようなことが言える。

様々起こる問題に対して結果がどうなろうと、要は問題を共有化するというところがミソである。共有化した問題を話し合い、その結果家族を見捨てるという結論が出たとしても、それは大いにありである。共有化できるところにお互いの大きな存在意義があるのであって、結論がどうかは関係ない。
それは僕の問題ではない、あなた自身やあなたの家族の問題だからと突放してしまえば楽だが、それなら何のために傍らにいるのか分からないし意味がないということになる。
これは人間関係全てに言えることで、日本人とフィリピン人の間に限ったことではない。

普段フィリピンで生活をしていると、ここの国民はなぜこれほど怠惰で物事を深刻に考えないのだろうと思うことがある。
フィリピンの社会にしても、もっと何とかならないかと思うことが多くあるのも事実だ。
しかし、そのような生活の仕方や社会の側面に、自分が無意識に感じているフィリピンの魅力があるのも確かである。
ゆったりとした時間、優しく陽気な人柄、深い愛情が、問題のあるフィリピン社会のあり方と関係しているとすれば、フィリピンという国や国民性の問題について考える際、この国の人を含めたフィリピンというものに、自分は一体何を望んでいるのだろうというパラドックスに陥ることがある。

すると現状では、理解できなかったり頭を抱えたりする問題も含め、それらをモナと共有化することが自分の選択した人生であるから、どうにもならなくても、また否定的な結論になろうとも、一緒に考えていくしかないと前向きに思うのである。


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