フィリピーナと共に
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フィリピン生活:カテゴリの記事一覧です。

2011年09月28日

363.心の抑圧

マニラのミニ家族旅行から家に辿り着いたのが午後3時頃。
あまりお腹が空いていなかったので、途中でランチを食べずに帰ってきた。
それほどお腹は空いていなかったが、いずれ空いてくるだろうと、ママがランチの残りはあるかとジュンさん(ママの弟)に訊くと、食べ物が無くなったので、今日のランチは抜きだったという答えが返ってきた。朝食はどうだったかとは訊かなかったから、いつから食べていないのかわからないが、いずれにしても我が家ではランチが一日のメインの食事なので、少なくとも日本で言えば晩御飯が抜きだったということである。

はて、金曜日は朝買い出しにいって家に食糧を置いて行き、それとは別に3日分として普段の食費より多めのお金を置いていったのだから、食糧が不足するわけがない。
しかも金曜から日曜にかけて、家族の人数が半分になっていたのだから、それはおかしい。
当然置いていったお金のおつりはない。

家の中にはノエル(ママの一番下の弟・どうしようもない怠け者)が居た。
これは予想通りだった。隙があればこの家に入り込みたい彼が、うるさい人が居なくなるチャンスを逃すわけがない。
きっと金曜日、僕らが出かけてからすぐに家に入り込み、ジュンさんやロン(モナの弟)や外から呼んだ仲間と一緒に、2泊3日でどんちゃん騒ぎを繰り広げたのだろう。
その証拠に、ジュンさんは飲み過ぎで体調を崩し、日曜日の夜までふらふら状態だった。

テス叔母さんやその娘のアンも、僕たちが留守の間は我が家に泊まると言い、日曜日も我が家にいた。
鬼の居ぬ間に、みんなが相当羽を伸ばしたようだ。
居住区の2階は全ての部屋に鍵をかけてあるから、さすがにそこが荒らされた形跡はなかった。
こちらも楽しい思いをしてきたので、誰もお金の使途や留守時の状況などについて詮索などしないが、大方予想通りの展開であった。

ママが普段、誰も家に居ない状態をできるだけ作りたくないのが、良く分かる。
しっかりとした人間が目を光らせていないと、しっかりしてない人たちのやりたい放題となる。本当に自制心というものが働かず、日本人の常識はまるで通用しない。
ジュンさんなど普段は優しくまじめだが、酒の魔力にはめっぽう弱い。一旦タガが外れると、呂律が回らず歩けなくなるまで飲む。
酒の飲み過ぎで体を壊すのではないかと、みんなでまじめに心配している。

3日分でもまとめて食べ物代を渡すなどは、結局無理があったということである。
無計画に使い、無くなったら飲まず食わずの状態を我慢して、僕らが帰るのを待つだけだった。
あまりにも素直なほど人間くさい行動に、僕などは逆に笑えてしまうのだが、これでは長期で家を留守にするなどとても無理な話しとなる。
よく熱帯魚などに、時間がくれば一定量の餌を自動で与えてくれる機械があるが、それと同じように、毎朝・昼・夜に、一食分のお金が出てくるようなものを作らなければならない。
もっとも、当人たちがあまりにもだらしないだけの話であるから、そこまで考えてやる必要もないのだが、さすがに少し情けない。

出稼ぎ先からフィリピンに仕送りをしている人で、いくらフィリピンの家族にお金を送っても足りないというケースは、まさにこれと似た状態になっている場合があるだろうと容易に想像がつく。
外でお金を作る人と、内でお金を管理する人が対になって、初めて出稼ぎ効果が発揮されるのだ。
そうでなければ、送っただけ無駄に浪費を繰り返すだけとなり、常にお金が足りないという話しになる。
現場を見れば至極当然の結果で腹も立つが、外に出ていると家の様子などさっぱり分からない。ただただ、なんで?と事情聴取をし、考え込んで迷宮入りとなる。

なぜこうなるかと言えば、もともと計画性の無さもあるだろうが、そもそも貧しい人たちというのは、普段から抑圧されているからだ。
仕事もせずにぶらぶらしていることは、縛りのないお気楽な生活に見えるが、家系のせいか努力不足のせいかは別にして、貧しいということは気付かないうち人に負い目を感じさせたり、人を卑屈にさせたりするのである。

比較対象が身近に無い場合は幸せだが、貧富の差が激しいフィリピンでは、普段の生活の中で嫌でも比較対象が目に入る。
貧しい人たちがいつも横目で、生活に不自由せず、美味しいものを食べ、旅行をし、したいことをしたい時にできる人を見ていれば、人間は普通そうなる。それは時に激しいねたみさえ生む。
まして今は、テレビや雑誌、インターネットで、いくらでも自分と他人(自国と他国という場合もある)を比較することができる。

そんなことはないとムキになって言う人ほど、貧しいことにコンプレックスを持っていたりする。
本心からそんなことはないと思える人もいるだろうが、それはしっかりとした価値観を持てる人で、フィリピンの貧しい人たちに、そのような高度な考え方をできる人は少ないように見受けられる。
それは社会の成熟性とも密接に関連する。価値観の多様化という言葉に代表される考え方は、今の日本のような社会ならではのもので、その点でフィリピンはまだまだこれからである。

リッチだと思われている人にしてみれば、陰の努力や苦労、悩みがあったりし、実はそれほど幸せと思っていなかったりすることもあるだろうが、相対的に貧しい人からは、どうしても羨むべき存在に見えるものだ。
貧しい人は、それに比べ何でも我慢しなければならない。我慢の連続であり、それがいつまでも続く。しかもそれが強いられた我慢ということになってしまうから、心の抑圧となる。

恒常的な抑圧状態の中にいると、あなたは自分よりも恵まれているのだから、貧しい私に施しなさいと堂々と言えるようになる。そのような人が少し金を持てば、普段の抑圧から少しでも解放されたくなる。これはある意味、人間として自然な心理である。
普通の生活ができる日本人でも、持ち慣れない金を思いがけず手にすると、人生を狂わせるという話しがある。根底には同じ原理が働いていると思われる。

人の欲求には段階があるとマズローは言った。確かに欲求のレベルは段階を踏むのだろうが、自身の努力なしで、人から与えられたお金で初期の欲求を満たす人は、その階段を最後まで昇るようなことがないか、あったとしても大変遅い歩みとなる。
「苦労知らず」は「世間知らず」であり、そのような人たちの欲求はいつでも低次元で物(金)へと向く傾向があるため、際限なくキリがないように見える。
それが叶わなければ、やはり抑圧状態が続く。そこから抜け出すためにどうすれば良いかを考え行動する資質がない人は、抜け出すきっかけさえ掴むことができずに、いつまでもその状態の中で人生を消費していく。

そのような人たちは3日間の食費の管理さえできず、目の前にある金は、抑圧の解放感を味わうために惜しげもなく使われることになる。
せめてそのような状態から抜け出せるきっかけくらい与えてやりたいと思うが、本人たちの資質が乏しいので難しい。
するとこちらで何ができるかと言えば、家族として温かい気持ちで接するということしか残っていない。
金銭的なことにはけじめをつけながら、相手の気持ちを尊重し、同じ「人」として対等に付き合うというのが今の我が家の状態だ。

しかし、日本人の自分はそれを地でやることができるが、フィリピン人同士ではそうはならない。階級・身分のようなものが頭の隅にあり、それが自然に普段の言動の中に出る。
階級社会(例えばインドのカースト社会)で生きている人は、下の階層の人はそのような仕組みを毛嫌いすると日本人は思いがちだが、実際には下の階層の人ほど階級意識が高いと言われる。
なるほど、それはフィリピンの身近でも同じことがあるのだと思って僕は見ている。
明確ではないにしろ階級や身分のようなものがあり、貧富の差がある社会というものは、日本人が想像したり理解したりするには難しい心理やそれに伴う行動が様々あるということである。


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カテゴリー:フィリピン生活
エントリー:363.心の抑圧
2011年09月27日

362.ミニ家族旅行

昨日は結局終日一日停電。バイクのバッテリーからAC200Vに変換した電源を2階のリビングまで引き、そこでパソコンをちょろちょろと充電などしていたが、夕方6時頃、一旦電気がついた。
「お〜!今日は復旧が早いなぁ、コーヒー、コーヒー!」
などとモナにコーヒーを催促し、パソコンを仕事机に移動してがたがたやっていたら、プツリと電気が消えた。
「あ〜!やられたぁ」
停電の後、ほんの5分程度電気がつくテスティングという奴が、ここではよくある。
それでも長い停電の後は、そのまま通電が続くと期待してしまうが、その期待は99%このように裏切られる。

一旦消した蝋燭に再び火を付け、パソコンをリビングに移動させると、そこにサッとコーヒーが出てきた。
「おっ!間に合ったんだ」
短い通電ではあったが、モナと僕のコーヒー分だけはお湯が沸かせたようだ。

1時間ほどしてまた通電。通常テスティングのあとの通電は完全復旧が多いが、昨日はこれも裏切られた。ほんの数分で再び停電。
結局本格的に電気がついたのは、おそらく夜の10時ころ?
僕はとっくに寝ていたので、モナの電気がきたぁ〜という声にかすかに目を覚ましたのがそのくらいの時間ではなかったかと思われる。

さて、先日の家族旅行の話題を・・。
patrickさんの結構披露宴でマニラに行ったことは既に書いた通りだが、これを機会にミニ家族旅行をすることにした。
ダディー、ママ、モナ、ベル、ユリ、僕の2泊3日だけの文字通りミニ旅行である。

23日にマニラに入った。
なんとダディーは、飛行機に乗り込んで窓側の席をベルと争った。この場合子供に軍配が上がるのは最初から分かり切っている。幸い機内がすいていたので、ダディーは別の窓側のシートを確保。まるで子供のような喜びようで、その満面の笑みはこちらにも幸せをもたらすほどだ。
ダディーは飛行機に乗るのが4回目ということだが、まるで子供が遠足を楽しむようにはしゃいでいる。

子供がいるとミルクやおむつだけでも荷物が増えるが、ママはおやつをたくさん詰め込んだスーパーのビニール袋を持って我が家を出た。
中にはカップヌードルなども入っているので、どこで食べるのかと訊くと、ホテルでお腹が空いたら食べるそうだ。
日本の田舎の年配の方も、どこかへ出かける時には外でお金を使うのはもったいないと、おやつやおにぎりをどっさり用意して持って出たりするが、ママのその様子に田舎の母親を思い出し、田舎の人はどの国でも同じだと笑った。

飛行機がほぼ定刻通りだったことに気を良くしてホテルに入ったが、この時期ホテルは宿泊客が多いらしく、ホテルのチェックインに大変手間取った。
(今回はダイヤモンドホテル。ここのチェックインはいつも時間がかかり、しかも対応が事務的で時折頭にくる。高級ホテルというのは上辺だけになってしまった感がある。パンパシフィックは従業員の対応が行き届いており気持ちが良いが、二部屋二泊だと予算オーバー・・涙)

ホテルにチェックインをした後は、ロビンソンモールでpatrickさんとランチを共にした。
patrickさんとは初対面であったが、彼はとても真面目なお人柄で、僕との日本語の会話を逐一奥さまになられるお相手に英語で説明していたのが印象的だった。
もっとも今回は、モナやダディー、ママがタガログで彼女と話ができるので、その点彼女を退屈させる心配が不要なのが楽で良い。
フィリピン人は相手が初対面でも臆することなく自然に交流ができるので、モナやダディー、ママも、彼女やpatrickさんとすぐに普通に会話をしてくれていた。
お相手の女性は静かで優しそうなマガンダさん。モナが優しい女性だと話していた。
お互い良い伴侶を見つけたと思われるカップルで、こちらも幸せをお裾わけして頂くようなお二人であった。

お互いあまり時間が取れずに1時間強で食事を済ませ、僕とモナとユリはイミグレーションへ、そしてダディー・ママ・ベルの3人は、一旦ホテルに戻った後に、ぶらぶらとモールへ。
夕方再び合流した時には、ダディーは歩き疲れでへばり気味。食事も外へ行くのは億劫なご様子。
僕もイミグレーションでは散々な目に遭い、疲労困憊状態でホテルへ帰還。
なぜか僕の永住VISA申請の結果が出ず、電話で訊いても埒が明かないのでその状況を調べるためにイミグレーションへ行ったのだが、何度も上や下の階へ行かされ、結局最後は最初に行った窓口で既に承認が出ているということが分かった。(おそらく1年)
しかしパスポートへのスタンプは来週か再来週ということで、そのためだけにまたマニラへ行かなければならない。

ダディーとママはホテルの部屋が広く綺麗なので、それにいたく感激。せっかくの部屋だから、少しでも長くホテルでのんびり過ごしたいなどと思ったらしい。
二人にとってダイヤモンドホテルのようなハイクラスホテルは初めてで、最初は驚きもあったようだが、少しリッチな気分を満喫していたようだ。
ダディーはここでも大喜びで、あとでバスタブにお湯を入れてお風呂に入るなどと騒いでいた。
ちらりと食事の後の相談をしてみたが、ママの耳に入ったらノーチックス(若い女性はいらない)と釘を刺され、食後のバー行きは完全にお流れ。
焼き肉屋で食事の後は普通のカラオケボックスに行ってみたが、部屋が空くまで30分以上の待ちとなるらしく、カラオケも断念してホテルに直帰。
部屋に戻ると、一番外で遊びたがっていた僕が、シャワーも浴びずに真っ先に眠ってしまい、翌朝目が覚めたのが朝の4時だった。

部屋が禁煙ルームなので、ホテルエントランス外でタバコを吸っていると、早朝なので夜の女性たちがちらほらとホテルから出てきて、一人でタクシーに乗り込んで帰っていく。これは次の日も同じ状態。
ホテルの中では、常に年配男性と20歳くらいのフィリピーナカップルを多く見かけたが、男性は日本人が多い。やはり日本から来ていた人が多いようだ。
そのような状態を家族に見せるのには、同じ日本人として少々抵抗を感じ、僕自身は極力目をそむけるようにしていた。
かつての高級ホテルはそのような利用を嫌う傾向があり、女性を連れ込んだ場合はしっかりチャージを取っていたものだが・・・。
あまりにそれが多いと連れ込みホテルのようになり、落ち着いた雰囲気が損なわれてしまうのが残念だ。

このホテルの朝食はバイキング方式で品数が豊富。ここでもダディーとママは、いたく感激し大喜びだった。ママは、このホテルの食べ物はみんな美味しいと言い、一つ一つの料理をじっくり味わうように食べていた。ダディーは、料理は何回取ってきてもいいのかと確認し、動くのが億劫だと言うほど食べていた。
それほど喜んでくれると、今回の家族旅行を企画した甲斐があったというものだ。

ダディーもママも、基本的なマナーができているので、そのような場所に一緒にいってもこちらが恥ずかしい思いをすることがない。
反して、今回は中国人のツアー客も多く、朝食時には彼らのマナーの悪さが目立った。
卵料理はその場で好みの調理をしてもらうのだが、日本人、欧米人はきちんと列の最後尾に並ぶのに対して、中国人はいきなり先頭に行き、自分の要求を片言の英語や身ぶり手ぶりで図々しく調理人に伝える。
ホテルの従業員が忙しい振りをして無視すると、中国人は更に大きな声で、益々図々しく自分の要求を伝える。
彼らは、まるで周囲から見た自分たちを客観的に判断できない。自分の我を通すことに一生懸命だ。まさに田舎者状態で、欧米人はあからさまに顔をしかめたり、呆れて笑ったりしていた。

24日の午前中、ママのリクエストでMOA(モールオブエーシア:アジア最大級のモール)へと出かけた。
あまりにも広すぎるモールに、ママはどこで何を見たら良いのかさっぱり分からないと話していたが、僕もそれは同感。
ユリがモールの中にあるメリーゴーランドを見つけ、それに乗りたいと騒ぎだした。少し前まで赤ん坊だと思っていたが、もうそのような意思表示がはっきりとできるようになっている。僕が付き添いでユリとそれを試してみた。回転台の上でアップダウンする馬にまたがるなど子供の時以来かもしれない。客は僕とユリの二人だけ。何となく気恥ずかしかった。

午後はダディー、ママ、ベルと、僕、モナ、ユリは別行動。
ママはどうしても行きたい教会があるらしい。僕たちは先日お伝えしたpatrickさんの結婚披露宴に出席。
夕方ホテルでダディーたちと合流し夕食はどうするかと尋ねると、ずっと食べてばかりいるので、それほどお腹が空いていないらしい。特に油っぽい食べ物はだめだというので、それでは少し遅めの時間に和食レストランに行こうということになった。
行ったのはパンパシフィックホテルの中にある雅(みやび)というレストラン。最近僕とモナはここがお気に入り。僕は先日行った居酒屋美鈴でも良かったが、モナはどうしても雅のなめこ汁が食べたいので、なめこ、なめこと日本語を連発していた。
ママも和食レストランは大好きだが、実はダディーはあまり好きではない。
おそらくタバコシティーのイミテーション和食レストランの印象が悪いからだと思うのだが、そのようなダディーのことを意識し、メインはギンダラの照り焼きやサケハラスなどの魚料理を中心にオーダーした。
寿司や刺身なども少し頼み、小皿でキュウリの酢の物やホウレンソウのお浸しなど、シンプルな料理を何点か注文し、それをみんなでつつき合った。
そのような料理は二人に好評で、和食レストランに気乗りしなかったダディーも美味しいと言いながら、実に良く食べていた。
美味しいものを複数、少しずつ食べるというのは、本当に贅沢で幸せな食事である。
全員が和食を満喫し、重たくなったお腹を抱えながらこの日もホテルに直帰。
みんなにそれから遊びに行く体力が残っていないのだ。
僕も一日中ユリを抱いて歩き回っていると、さすがに堪えるものがある。

翌朝は再び豪華なバイキング朝食をダディーもママも満喫。
結局食べてばかりのマニラ旅行になったが、ダディーはダイエットができないと言い、ママは二日じゃ足りない、せめて一週間は居たいなどと言うほど、今回の旅行を楽しんでいた。
朝からゆっくりと時間をかけ、好きなものを好きなだけ食べることができる朝食というのは、それだけで幸せ感をもたらすものだ。今回ダイヤモンドホテルにしたのは、実はそういったことも考えてのことだったが、やはり正解であった。
僕とモナは、思いのほかダディーとママが今回のマニラステイを喜んでくれたので、それだけで幸せな気分に浸れる旅行となった。
時間が足りず、ユリをマニラズー(動物園)に連れていけなかったが、それはまた次の機会にお預け。
確かにもっと時間をかけて、ゆったりとできれば良いのだが、大勢で出かけると全てにお金がかかる。たまには僕も、お金を気にせずにこのような旅行をしてみたいものだと、ちらりと頭をかすめたりする(笑)
それでも、人に幸せをあげることが自分に幸せをもたらすということを痛感する旅行であった。


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カテゴリー:フィリピン生活
エントリー:362.ミニ家族旅行
2011年09月26日

361.只今暴風雨

マニラの家族旅行の様子をアップしようと思っていたが、朝から停電になりタイミングを逸したので、ちょっと現状報告を・・・。

昨日マニラから帰ったら、タバコシティーは風が強い。
ダディーとママが、台風が来ている・・なんて話をしていた。
僕は明後日(火曜日)、またマニラに戻らなければならないなんて言うと、「はぁ?」などと驚かれ、無理じゃないかと言われた。

本日は早朝から暴風雨。急ぎの仕事があり朝4時起床で仕事をしていたが、8時頃だったろうか、ぷつりと電気が止まった。
焦って仕事を進めていたせいか、停電のことなど全く念頭になかったので、しまったと思ったが時既に遅し。
とりあえず一通りのデータを日本に送り、停電で仕事を中断することを伝えた。

PCがダウンするぎりぎりまで仕事を続けたが、とうとうパソコン画面がまっ暗に・・・。
いやぁ、不思議とせいせいした。
しかしメールだけは気になる。仕方がないのでバイクのバッテリーから直流電源を取り、それをコンバーターを通して200VACに変換し、パソコンの充電を試みた。
1時間半の昼寝の後にPCを確認すると、半分ほど充電できているが、パソコンを立ち上げると充電が止まる。
充電が止まるだけなら良いが、しっかりとバッテリーを消費している。
やはりバイクのバッテリーでは限界か。

相変わらず風雨が激しい。
家の中にいれば全く安全だが、先ほど確認したらバイクのガソリンが残り少ない。
どこかのタイミングで、ガソリンを買いに行った方が良さそうだ。

ラジオから流れる地元放送のアナンサーが、何度もコリアンテ(電気)と叫んでいる。
停電に関して何か言っているようだが、コリアンテしか聞き取れない(涙)
電気がないとコーヒーを淹れるのも一苦労。不便だ。
おそらく今日の夜は、キャンドルサービスのような幻想的な灯りの中で夕食を取ることになりそう。
揺らめく灯りに浮き上がる家族の顔は、いつもと違う妙な雰囲気を醸し出す。基本的に僕にとってはみんな外人だから、尚更怖い雰囲気となる。
ユリはモーモー(おばけ)だと言って、騒ぎ出すかもしれない。
それ以前に、我が家には晩御飯用の食糧ストックがあるのだろうか、少し気になりだしているが、買い出しに行くのも一苦労。風に横倒しになる木を見ているだけで、できるだけ外には出無い方が良いと思われる。
何もなければみんなでパンでもかじって終わりだ。
就寝も極めて早い時間になる。
この陸の孤島のような状況も、仕事が詰まっていなければは決して嫌いではないのだが・・・。


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カテゴリー:フィリピン生活
エントリー:361.只今暴風雨

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