フィリピーナと共に
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2011年09月04日

339.ファミリー救済

少し前まで、銀行に行く機会が多かった。
口座開設に関する審査や、書類不備修正の必要が生じたりしたからである。
銀行はメトロバンクという、フィリピンの中でも大手に入る部類の銀行。タバコシティーには、ひとつだけ支店がある。
メトロバンクはフィリピンで最大手ではないが、日本にも支店があるのでその銀行にした。
(ちなみにこの銀行の口座は、最低25000ペソを入れておかないと、口座が消滅する。この金額は銀行や口座の種類によって違うと思われるが、以前送金用としてフィリピンに開設した口座がすぐ無くなる、もしくは銀行が変更になることに、なぜそのままにしておかないのかと不満を持つことがあった。しかし今では、当時最低保証金も入れておけない状況に、口座が抹消されていたのだと理解できた)

支店長は40代と見られる中国系の女性。
そういえば先日やり取りをした若い女性も、僕の漢字のサインをみて、私の中国名はこれだとメモ用紙に漢字でスラスラと書いて教えてくれた。やはり中国系。
店内を見渡してみれば、10人ほどいる行員の半分以上は中国系のような顔に見える。
銀行などは、おそらく強力なコネでもないと入れないのではないだろうか。
おそらく若い行員は、親が裕福な家庭か、よほど大学で成績優秀だったか、いずれかではないかと察せられる。

これがスーパーマーケットなどの店員を見ると、途端に様子が変わる。
肌の色が浅黒い、フィリピン土着系が圧倒的に多い。
賃金の安い職業だけに、少々の会話と業務態度を見ただけで、レベルの低さがすぐに分かる。
とにかく物売り系の店員はどこに行っても酷いもので、時にはこちらが思わずムッとしてしまうような人間も珍しくない。
それでも面接で英語会話能力が確認され、それが十分でないと採用にはならないらしいから、一応は選ばれた人間で、とりあえずどこでも英語が通じるのは有り難い。

日本人には、フィリピン人全てが英語は問題ないと思っている人もいるかもしれないが、きちんと教育を受けていない人は英語ができない。
先日のバーの女性のように、若くても英語ができない人は、だいたいお里が知れる。
色眼鏡で見る必要はないが、英語が怪しい若い人は要注意だというのが、僕の経験則である。

同じビレッジ(サブデビジョン)の中に住む住民は、ヨーロッパ人やアメリカ人が少々と、後は中国系が多い。
僕を含めた海外系は別として、中国系フィリピン人の方々は、大体が手広くビジネスをやっている。
その様子を見ていると、田舎町のことではあるが、次第に仕組みが見えてくる。

まず、そういったお金持ちはファミリー一族が、みんな何かしらのビジネスを手掛けている。
同時に潤沢な資金を活かして、新しいビジネスもどんどん立ち上げる。
お金が集まれば、付き合いが広がり権力とも近くなる。そのような利用価値があるものはどんどん利用しながら、テリトリーを拡大しファミリー全体の力をつけていく。
こうして、上流階級の仲間がしっかりと出来上がっている。
当然お互いのビジネスで、いろいろと便宜を図り合っていると思われる。

一族の人間でも、実業家としてやってはいけない者は、どこかの会社にコネで入れこんでしまう。彼らには、そのようなコネはいくらでもある。
こうしてファミリーみんなが、それぞれ立派な実業家や会社員として、フィリピンで生きているわけだ。
核となる人に放蕩人がぶら下がり、その財を食いつぶすような形態にはなっていない。

このような仕組みの中で、搾取する側と、搾取される側の2極分化が出来上がっている。
ただでさえ就職率が悪いフィリピンにおいて、普通の人にはますます就職が難しい仕組みがあるというわけだ。
総体的に見れば、土着系フィリピン人に多くのしわ寄せがいっている。

しかしながら、ビジネスを展開する人たちは、単に軍資金に物を言わせ、強引にビジネスを立ち上げているわけではない。
ビジネスの立ち上げ方を見ていれば、設備を整え、ノウハウを習得した上で、きちんとしたやり方をしている。だから立ち上がりが驚くほど早く、こちらが見習う点が多い。
そしてそれぞれのビジネスを受け持っている方々は、接してみれば人当たりが良く、まじめで、好感の持てる人物が多い。会話から頭の良さもうかがえる。かなり前の記事にも書いた通り、約束と時間を守る。
だからこそビジネスをきちんと継続できるのであり、それができるからこそ資金を融通してもらい、ビジネスを任されているだろうことが分かる。
いい加減な人は、何とかビジネスを立ち上げる機会に恵まれたとしても、簡単に潰してしまう。

その意味においては、もともとの素養か、教育の在り方の違いが、資本家階級と労働者階級(もしくは貧困層)の2極分化を起こしているという見方もできる。
マニラのような都会では事情が違う面もありそうだが、フィリピンの各地で、同じようなことが起こっているのではないだろうか。
もしそのような状態をひがんでいる生粋のフィリピン人がいるとしたら、半分は正当なひがみで半分は当然の帰着だと、ジャッジしたくなる現状がある。

現在貧乏なフィリピン人が、フィリピン国内で展開されるメジャーなビジネス領域に食い込んで這い上がるのは、かなり難しい。
資金面とビジネスを遂行する力があるかどうかの両面において問題がありそうだからだ。
しかも、金持ちの手が広がるほど、ビジネスのチャンスが奪われ、成功を収めることが日々難しくなっていると言える。
もっともITなどと呼ばれる新しい分野では、バイタリティーがあれば、アイディアで活路を見出すことも不可能ではないが、そもそも生まれながらに持っている気質がゆったりしすぎていて、芽を出す人は極わずかだろうという気がする。

そんなことを考えれば、フィリピンが国力をつけることがあるとすれば、当分先の話になりそうだ。
フィリピンはこうした土壌を背景に中産階級の人間が育たず、あまりに少ないからである。
フィリピン政府が認識しているかどうかわからないが、国にとってこれは大変な大きな問題である。
資産家階級はゆったりと自分のことだけを考え、労働階級はもっと金をくれと言うだけ。
現実を踏まえ冷静に堅実に物事を考え遂行するのは、中産階級の人々だからだ。
その層が日本のように厚い国は、何をしてもそれなりに充実する。加えて日本は、労働階級にも職人(技術屋・専門職)のこだわりや誇りといったものがある。会社の偉い人でも、末端の秀でた職人の前では平身低頭することがしばしばある。専門分野の世界にはそれがあり、だから意思疎通を良くするために、技術職管理職のような職種が必要となった。あれは、技術屋・専門職のこだわりや誇りが作ったようなものである。そのようなものが日本は充実している。
しかしそういったものも含め、フィリピンには中産階級が極端に欠如しているのである。だからまともな流れや方向性を作ることができず、腐敗だけがはびこり、下々の人の生活は一向に豊かにならない。


さて、なぜこのようなことを考えているかといえば、我が家にぶら下がる人たちを、なんとか救済する方法はないものだろうかと思っているからである。
ファミリー全体で力を付けている人たちのやり方は参考になる。あり方のイメージとしては、それで良いはずだ。

ぶら下がり群を救済するということは、すなわち自分を楽にすることに繋がるから、これは単に慈愛の精神で思いついたことではない。
ビジネスライクで考えているが、ビジネスライクで考えるほど問題が多いので、それを考えるということはすなわち、敢えて出口の無いトンネルに迷い込むようなものである。
一人一人の顔を思い浮かべながら考えると、ますます難しいとなる。
無駄な思考だと分かり切っているが、それでもついつい時間のある時には、しぶとく考えてしまう。
どうやらいつの間にか、それが癖になっているようだ。
安心できない苦悩の日々は、これからもまだまだ続きそうである。


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2011年09月03日

338.おやつ係?

夕方、仕事をしている時に、アンとベルがやってきて、ホットケーキが食べたいと言い出した。
なぜ僕に言う?・・とちらっと思ったが、思わずいつもの癖でバキーット?(なんで?)と訊いてしまった。

二人はまたか!と思っているのだろう・・、笑いながら、お腹すいたからと答えた。
そこですかさず、バキーット?と訊いてみた。
二人はゲラゲラと笑いながら一応考えてはいたが、分からないと答えた。

今、どんどん大きくなっているからか?と助け舟を出すと、その通りだと思ったのか、二人でうんうんと頷いている。
そこで、なぜ大きくなっているのか?と再び訊いてみたら、今度はセクシーになるためだと返事が返ってきた。
僕のバキット攻撃に、二人はかなり慣れてきた模様。とりあえず合格レベルの答えが返ってきたので、ホットケーキを作って上げることにした。

このバキット攻撃は、人とのやり取りでの会話訓練にもなる。
都度考えて、こちらが笑ってしまうような気の効いた答えが返ってくれば、その内容がどうであれとりあえず合格だ。そのことを二人にはうち明けていないが、すでに気付いているようだ。

さっそくホットケーキの粉に、卵を落とし、更に水を加えて溶いた。
面倒なので、特大ホットケーキを一度に作って、それをカットすることにした。
この際大変なのは、フライパン一杯に広がったケーキをひっくり返す時である。これを失敗すると、見るも無残なことになる。
フライ返しをホットケーキの焼けた面に挿入し、フライパンに反動をつけながらエイッとケーキを空中に飛ばし、反対側の焼きたい面をフライパンのセンターでキャッチする。
ホットケーキが無事にひっくり返った。
脇で見ているアンとベルが、目と口を大きく開けっぱなしにして、ナイスクッカーだと感動していた。
僕は密かに安堵しながら、当然だよという態度でクッキングを進める。

反対側を焼いている間、シロップの準備を始めた。
シロップ代わりのはちみつを久しぶりに出したら、はちみつの中に、無数の小さな蟻の死骸が漂っている。餌につられて瓶の中に忍び込んだらしいが、そのままはちみつの中で溺れ死んだらしい。
好物のはちみつに埋もれて死んだのだから、とりあえず幸せな死に方だったろう・・・

・・などと思う訳がない。
これ、食えねぇじゃね〜か!

一瞬つり上がった目を、すぐに元へ戻す。
蟻にはこれまで何度も煮え湯を飲まされている・・・、再び怒りが込み上げてくるが、ここは子供たちの手前なんとか冷静さをキープし、冷蔵庫の中を見た。
コーラがある。これに砂糖を足して煮詰めれば、カラメルソースができるだろうとやってみた。
冷蔵庫からコーラを取り出した僕が一体何をするのだろうと、アンとベルは興味深々で僕の脇から片時も離れない。

それ何?と訊かれても、まあだまって見ていなさいと言わんばかりに、僕は無言で作業を続ける。
ケーキを焼くのとは別のフライパンを熱し、その中にコーラをどぼどぼと注ぎ込んだ。
砂糖を足して煮込んでみたが、なかなかとろみが出てこない。
それどころか、コーラがどんどん無くなっていく。おかしい・・こんなはずでは・・。
アンが、コーラが無くなると呟いたが、そんなことは、見ている僕だって分かっている。
このまま続ければ間違いなくコーラは消滅してしまう。
コーラが消滅した時に、知らん顔をしてフライパンを片付けるにも、意味不明な行動に、僕が何か間違ったことくらいは子供でもわかるだろう。
ソースはトロトロになっていないが、そんなお間抜けな状況になる前に、とりあえず火を止めて味見してみた。
かなり分量は少なくなったが、とりあえず甘くて美味しいソースができていた。

これでホットケーキのシロップはオーケーだと言ったら、アンとベルが、シロップならそこにあるよと、棚を指さした。その指さす先をじっくりと眺めてみたら、確かにホットケーキシロップと書かれたボトルがある。
おいおい、早く言えよと思ったが、せっかく作った自分のソースが無駄になるのも恰好がつかないので、そちらは好みで使うようにと言っておいた。

まだケーキが熱いうちに、たっぷりとバターを塗り込んで、かなり分量の減ったシロップをささっとかけてみたら、結構いけるケーキが出来上がった。

あまり評判が良いと、また忙しい時に催促されて困るが、それでも面目は保ちたいという気持ちはある。
みんなが美味しいそうにホットケーキを頬張っているのを確認し、僕はさっそうと仕事に戻った。

フィリピンの子供たちは(正確には子供だけではないが・・)、僕が時間に追われて働きながらお金を稼いでいるということを認識できていないようだ。
いずれ何かのタイミングで、僕はおやつ係ではないということを、子供たちに教えなければならない。


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2011年09月02日

337.良い物はみんなの物

(前回からの続き)
死にそうになる寸前で、ようやく我が家に到着。我が家の手前100mは、一見平坦に見えて、実は心臓破りの上り坂となっている。
ふらつく足取りでようやく2階の寝室へたどり着き、ベッドの上に倒れ込んだ。
その物音で、寝ていたモナが目を覚ました。

バーはどうだったのかと訊かれ、息を切らしながら、お通夜のような状態で辛かったと説明した。
ついでに、パジャックの運転がきつくて死にそうだというところから、なぜ使用したい時にバイクが無いのかという話をした。
帰宅したのは11時半頃だったが、その時にもまだバイクは帰っていなかった。

1台目のバイクは、自然に上の弟のジンが自分の物のように使用するようになり、彼から分割払いという形で支払いを受けることで、完全に彼に渡した。
ジンからの支払いは当初順調に入っていたが、3000ペソあたりから停滞し始め、今でも4000ペソを超えていない。
そして2台目のバイクを買ったが、それはいつの間にか、下の弟のロンが自分の物として使用するようになっていた。
最初は仕事で使用するからと優先的に使わせていたが、今では私用でも自由に使っている。

バイクの件では、僕は以前から不満を漏らしている。
2台目のバイクを買ったのは僕が日本で仕事をしていた時である。
その時にはモナ自身がもっとバイクを使いたいから、乗りやすいスクータータイプを買いたいと言ってきたのだ。1台目はジンやロンが頻繁に使っているからと。
せっかくのバイクが僕も滅多に使えない状況にあったから、僕もいいよと返事をした。
それがフィリピンに帰ってみたらどうか。
新しいバイクは、ほとんどロンの専用車になっていた。

なぜバイクを購入した人が自転車を使い、金を出していない人間が好き勝手にバイクを乗り回しているのか、家族サービスといいながら、そこにはまるでけじめがない。
そして珍しくバイクがあいていると思い使おうとすれば、ガソリンが無いから使っていないだけ。必要だからガソリンを入れると、またガソリンが無くなるまでバイクが使用される。これは絶対におかしい。こんなところが、フィリピン人のだらしの無いところである。

今回の件で懲りた僕は、絶対に誰にも使わせない自分専用のバイクを買うと言った。
モナもその時には、わかった、いいよとあっさり言ったのである。

そして翌日、僕が実際に購入するバイクを見に行くと言ったら、モナが慌てだした。
モナが、使いたい時はロンに言えば良いと言ったので、それが僕の中で思い切り癇に障った。

「ちょっと待て、それは逆だろう、ロンが使いたい時にこちらに伺いを立てるのが普通で、なんで購入したこっちが、使わせてくれとお願いしなければならないんだ?それはどう考えてもおかしいだろ。一体誰が彼にバイクのキーを渡したんだ、あれは誰のバイクだ!」

それに対してモナは、言い返すことができない。だから違う方法で攻めてきた。
「バイクは何のお金で買うの?何か臨時収入でもあるの?」


すぐ近くには、部屋を掃除しているテス叔母さんがいたが、ますます頭にきた僕は遠慮なく大声で言い返した。
「月々の生活費の中から買うに決まっているだろう。家族サービスでは気前よくバイクを買うくせに、稼いでいる俺が買うとなったらそれはだめだと言いたいのか。それは大きく間違っているだろう。もし俺の言っていることが何か間違っていたら、どこがおかしいのか教えてくれ」

テス叔母さんの前で、明らかに怒っている口調で遠慮なく言ったものだから、モナも頭にきたようだ。
「わかった。いつも全部私が間違っているわよ、あなたの好きにすればいいでしょ」

売り言葉に買い言葉状態になっていることは分かったが、二人とも収まりが付かない。
「心から自分が間違っていると思っているなら、そんな言い方にはならないんじゃないの?こっちが変なことを言っていると思っているから、そんな言い方になるんだろう、この際はっきりと、俺の何がおかしいと思っているのか教えてくれよ」

モナがそれ以上お金の話をするのであれば、僕は、今助けているママの兄弟全員を家から追い出せば、バイクなど買ってもおつりがくると言うつもりだったが、彼女はふてくされて部屋から出て行った。それからお互い、口をきかない。

少し前から、モナは我が家に車が欲しくて、購入にかなりその気になっていた。
しかしバイクの件での当てつけも含め、そんな物を買っても、どうせまた誰かの物になってしまうのだから、僕は絶対に車は買わないと明言している。
それを言う際は、僕はフィリピン人のdistinction(けじめや品位)を信用していないから、これに関する大丈夫という話も一切信用しないとはっきり言っている。

実際に彼女の車の選定基準は、大勢が乗れる車だ。完全に、親戚を含めた家族サービスが念頭にある。
そのようなことで車を買ったら、僕はあっちだこっちだと引っ張り回され、大変なことになる。
もしそのような時に誰かに運転を頼んだりしたら、ガソリン代や維持費はこちら持ちで、なし崩し的にみんなが勝手に車を使いだす。
これはかなり現実味のある想定であるから、僕の言い分は、単なる当てつけだけはない。
だから今回は嫌味で、車よりバイクの方がはるかに安いだろうということも付け加えて言ってやった。

実際にこちらで新車を購入しようとすれば、かなり高い。特にプリウスなど、新車で500万円~600万円ほどする。(プリウスだけは、なぜか日本価格と大きな開きがある)1.5Lカーは160万円前後。ランドクルーザーなどは800万円だ。
こちらの人は、苦しくなったら車は売れば良いと簡単に考えるが、今そんなものに手を出したら絶対に後悔する。
どうしても車が必要な場合に限り、タクシーを利用した方が格段に安上がりだ。
いや、毎月10日間タクシーを利用したとしても、その方がはるかに安い。

具体的に記せば、銀行で勧められたカーローンは、300万円の車を買って月々の支払いが約5万円。これを5年間である。
およそ丁度の支払いで、利息はどこに行ったのかと思われるが、どこかに仕掛けがあるらしい。
レガスピとタバコのタクシー代(または貸し切りバン)は、ドアTOドアで約1000円。往復2000円となる。
10日間利用したとしても2万円。ローンの月々支払い5万円よりもずっと安い。ガソリン代、毎年の登録費、タイヤ、オイルなどの維持費は一切かからない。乗り捨て自由。運転のストレス無し。

そんなことを考えてたまにタクシーを利用しようとすれば、モナにはもったいないと言われ拒否される。
しかし車の購入には積極的。逆にそのような時に、車さえ買えば、いつも楽でしょうと言われる。
しかしもしそんな言葉に負けて車を買ってしまったら、好き勝手に使われるストレスに加え、頻繁にみんなでどこかお出かけしようとなり、それに付随して食事代やレジャー代が大きく膨らんでいくのも目に見えている。
そんなサービスをいつも親戚や家族に行い、みんなが喜ぶ姿を見て悦に入るのはあなただけでしょうと、僕は嫌味の五つや十をいつもモナに言いたくなるに決まっているのである。

以上のような内輪もめを披露すれば、そのバイクを取り返してしまえという思われる方がいらっしゃるかもしれない。
実際に、新しくバイクを買うよりも、そうして良いという話がモナから出た。
しかしそれは、僕が断った。
なぜ断るかと言えば、一旦自分の物のように使っている物を取り上げたら、自分一人がこの家の中で悪者になるのが目に見えているからである。

ここにはフィリピン人と日本人の間で、考え方の大きなギャップが存在する。
日本人は、自分で買った車やバイクは、自分の使いたい時にいつでも使用できる状態が当たり前であり、しかも安い物ではないのだから、安易に人に貸したり共用したりするものではないと思っている。
しかしフィリピン人は、空いている車やバイクを、なぜみんなで使えないのかという発想だ。そんな便利で良い物(お金もそれに含まれる?)は、みんなで分かち合うのが普通なのである。だからダディーも、自分のトライシケルのガソリンが乏しくなれば、こちらに断らず、当たり前のように勝手にバイクを使用する。キーはロンから拝借しているようだ。
お互い感覚的に常識だと思っていることが反する場合、当面説得は無理だと思った方が良い。
お金の出所はこちらだから、感情を逆なでしても無理を通すことはできるが、しこりは残る。
同じしこりを残すなら、当てつけで新しいバイクを買い、これだけは誰も使用するなと宣言した方がよほど良い。次に買うバイクのキーは、絶対に誰にも渡さない。

今回の件、今後の過剰な家族サービスを牽制する意味においても、簡単には妥協できない!
今はせっかく認知されてきたブログタイトルも、「フィリピン奮戦記」や「フィリピン最前線」などに改めたい気分だ。
少々鼻息が荒くなっていますが、なにか・・。


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カテゴリー:フィリピン生活
エントリー:337.良い物はみんなの物

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