フィリピーナと共に
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2011年08月29日

333.家族とは

前回、前々回と、我が家の問題をお伝えした。
この一連のダディーの言動の中で、僕は一つだけ理解できることがある。

よく人は、家族とは自分の帰る場所と言うが、僕は家族とは、幸せかどうかは別として、逃げ出したくなる場所ではないかと考えることがある。
ダディーの子供じみた我儘は、実はそれではないだろうかと思うのである。

人間長く一緒に暮らし愛情というものが根を張るほど、遠慮がなくなり、プライバシーの垣根が低くなり、ぶしつけになり、心配し合い、押し付けがましい物言いになり、お互いを縛り、我を通し、ののしり合う事ができる。
他人と呼ばれる間柄の中で、このようなやり取りはなかなかできない。
このようなことが辛うじて許されるのは、家族という既成事実があるからである。
もしそれがなければ、そのような態度への理解を得られず、心が完全に離れる。

しかしそうは言っても、自我のある人間は、これらを単純に許容できないものである。
許容しているとしたら、それはどこかに無理があったりするものだ。
それゆえに、息が詰まり、そのような空間から出て行きたいという願望をどこかに持つようになることは、普通ではないかと思うのである。

愛情が深いほど、出て行きたいと思い、実際に出て行ける。
なぜなら安心して帰れる場所が、そこにあることが分かっているからだ。
愛情をたっぷりそそいで育てた子供ほど巣立ちが早いのは、そのせいである。外の世界に不安があり怖いと感じても、いざとなれば帰れる場所があるということは心強い。

僕も田舎の家が嫌いではなかったし、両親とそりが合わなかったわけでもないが、結局家を出た。
都会で一人暮らしを始めた当初は、不思議な解放感や、冒険を始めたことへの期待感に胸を躍らせたものである。
そして結局実家とは別の場所に安住の地(家族)を見つけ、そこ居付いている。
二人の子供には愛情を注いでいるつもりだが、おそらくその子供も将来は家族という枠の中から飛び出したいと思い、実際に出る事になるだろう。
モナの両親を思いやる気持ちは強いが、時折この家を出たくなるという本音も口から飛び出すことがある。
家族であればその事で絆が切れるわけではないが、やはり家族とは出て行きたくなってしまう場所かもしれないのである。

僕もここでモナやモナの両親・兄弟、娘二人と本当の家族になれたころには、もしかしたらこの家族から解き放たれたいという気持ちが芽生えるかもしれない。
一人で生きてはいけないことは承知しているから、物理的に家から出るようなことはしないだろうが、時々一人になったり、ふらりと外に呑みに出かけたりしたくなるのだろう。

夜の店に行きたいと思う事も、現実逃避願望の一ついう人がいると思われる。
趣味や社会的な付き合いの中に、それを無意識に見出す人も多い。
モナも、自分が主体の家族が形を成したら、今度は仕事がしたい、学校へ行きたいなどと言っているが、それも全く同じ心理から出ている願望だと僕は理解している。
そのようなはけ口で間に合う人は良いが、それが無ければ息が詰まる。
だから人間が幸せに生きるためには、外との付き合い、関わりが必要なのである。

少々偏りを持った危険をはらむ考え方かもしれないが、そのようなことは一つの真理ではないだろうか。
ダディーの子供じみた我儘がそれと同じだとすれば、それはほとんどの人間が潜在的に持っている我儘な願望と同じだと、理解できるのである。


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カテゴリー:フィリピン生活
エントリー:333.家族とは
2011年08月28日

332.いくつになっても・・(続)

土曜の今日はモナの友人たちと、マヨン山のレストハウスにバイクツーリングの予定だった。
食べ物をみんなで持ち寄って、東屋のようなところで軽く食事をするイベントである。
よって僕とモナは5時半に起きて、持っていくためのロンピア(細い春巻きのような食べ物。中身はチーズと餃子バージョンの2種類)を作った。

海側の空は、綺麗な朝焼けでオレンジ色に染まっていたものの、マヨン山は雲に隠れてまったく見えない。山の上は確実に雨が降っていると思われた。同時にここ数日続いている強風。
それでもモナの友人たちは、決して無謀な冒険をする人たちではないので、天候判断は彼らに任せることにしていた。

結局予定通り出発。途中でぱらぱらと雨が降るが、思っていたよりも少ない。風は予想通り強く、マヨン山の上では体がもっていかれるほどである。
駐車していたバイクが倒れたり、食器があちらこちらに飛び散ったり、吸っているタバコがスポッと手から離れて飛んでいってしまうような小さなアクシデントはあったが、食事、周辺の散歩、写真撮影、レストハウスでの休憩をして、楽しく遊んで昼頃に帰ってきた。

マヨン山へ行ったのは2度目だった。
前回は軽く散歩をし、レストハウスで食事をして帰ってきただけであったが、今回の周辺散策はみんなの気合が入っていた。
遊歩道の階段を上ったり下りたりと、これが47歳の僕には少々きつい運動になった。
それでも、火山の観測所、公園などを見ることができたのは良かった。
一緒に行ったメンバーはとにかく写真が大好きで、各自持参したカメラに記念写真を何度も納めなければ気が済まない人たちばかり(フィリピン人全体に見られる傾向)。
写真撮影のために、一度降りた階段を再び上り直すなどしょっちゅうで、それが老体には結構堪えるのである。

帰る頃には山の上に相当ガスが広がり、雨も激しく降ってきた。
バイクの運転中、濡れるのは構わなかったが、強風に乗った雨が顔に叩きつけられるので痛くて仕方がない。ついでに、長袖のヨットパーカーを着こんでいったにも関わらず、体が冷えて、柔軟性が奪われる。下りの運転にはみんなが慎重になっていた。
高度が下がるにつれ、体に当たる風が生ぬるくなってきて、平地になってしまえば、それがいつもの南国フィリピンらしい気持ちよさに感じるほどになった。
濡れた服も、あっという間に乾いてしまうが、せっかく服が乾いたかと思えば、時折激しい雨に見舞われまたずぶ濡れになってしまう。
結局家についた時には、全身シャワーを浴びたような状態であった。


さて、家に帰ってみると、ダディーが相変わらずムスッとしていて、口一つきかない。
昨日モナが、ダディーに換金できるレター(お金を貸している人に、そのレターを持参するダディーに1500ペソを返済金として渡してくれと依頼した手紙・・なぜそのような回りくどいことをするのかは理解不能)を渡し、ダディーは喜んで一旦それを受け取ったらしいが、1日50ペソ(100円)を生活費としてママに渡すという条件をモナが告げた瞬間に顔色が変わり、そのレターを無言で返してきたそうだ。
それからダディーは、モナや僕に、一言も口をきかない。
その後ママも含めて話をしたそうだが、ダディーはトライシケルをどうしても止めたくない、しかし家には一切お金は入れたくない・・これを明言していたそうだ。

なぜそれほどまでにトライシケルにこだわるのか、ママやモナには理解できないようだ。
モナまでが、本当に家の外に愛人がいるのではないかと疑い出す始末。
生活費を家に入れたくないという内容も、ママとモナを大きく刺激したようだ。
ダディーの理屈は、もう歳を取ったのだから良いだろうと言うものだが、ママやモナは、歳は関係ないと思っている。
そのようなやり取りの後、ダディーは完全にへそを曲げてしまったようだ。
同時にママも、ダディーの言い分や態度は理解できず、どうすれば良いのかわからないと大層ご立腹。

ダディーは自分の奥さんに対してさえ、自分にはもう、一切の責任は無いと宣言したも同然で、それは愛情が無いことの裏返しと取られても仕方がない。
それでなくても最近のダディーは、先日の結婚記念日にも見られたように、ママに対して気持ちというものを一切見せなくなった。レガスピのデートを拒否し、贈りものをせず、夜に勝手に呼んだ人たちとさっそと酒盛りを始めた。
ママやモナはダディーの少ない稼ぎを期待しているのではなく、愛情の証が欲しいのである。努力をして、家族を助ける気持ちや、ママを喜ばせたいという、その気持ちが見たいのだ。

ダディーにすれば、自分が稼がなくても家族は十分食っていけるのに、なぜこの期に及んで自分ががんばらなければならないかということであり、もう好きにさせてくれて良いではないかと言いたいのである。
家族に対する責任から解放され、周囲の人間と同じように、好きに気楽に自由に生きたいのだ。
これはフィリピン人男性が本来好む生き方である。
周囲の男性がそうしているのを、ダディーはこれまで我慢してがんばってきた。だからこれからは、みんながそうしているのと同じようにさせて欲しいのだ。
それをなぜ自分から取り上げるのかとへそを曲げている。トライシケルを止めたくない理由は、これが一番大きいと僕は思っている。

この気持ちのずれは、必死にならなければ食っていけなかった家族に、お金を持ち込んだために起こったことである。
僕がこの家に入ったからそうなったのではない。この変化は、モナが日本で働いて、モナが日本から送金するようになってから、兆しは十分に顕れていた。
これがこの問題の本質である。だから僕も、この問題の対応に苦慮するのだ。

モナはそのことに気付いている。だから彼女は、自分が家族を堕落させたという自責の念を持っている。
ダディーがトライシケルで得たお金をどのように使っているのか、モナは知っている。
タバコ、酒、そしてギャンブルだ。
ギャンブルとは、持て余す暇な時間、仲間内でやるカードゲームのようなものである。(これはフィリピンの至る所で見る光景)
以前家の前でそれをやり、ダディーはママに強く叱られたことがあった。それ以来ダディーは、決して家の前でそれをやらなくなったが、別の場所でいつもそれにいそしんでいることを、モナは知っているのである。
今回のようなことがあると、モナは自分の自責の念をますます強くするようで、それが彼女のダディーを追い込む原動力になっている。

僕はまた、別の想いがある。
長男でありながら自分の両親を放っておき、モナの家族を養っているという負い目だ。
もうじき70歳になろうとしている両親は、子供に迷惑をかけまいと、いまだに二人で働いて必死に生きている。
僕がフィリピン人と結婚をしたことを、母親は気にしていない。
母親が気にしていることは、フィリピン人家族が僕にみんなでぶら下がっていないか、それだけである。
もし僕がこちらの家族に縛られることになれば、そろそろ限界を感じている両親が、今後のことを気にするのは、口に出して言われなくても僕には分かる。
だからモナの家族のことで、生計状態に関する質問をされた際に、収入は多くないが、こちらの家族もみんなそれなりにみんながんばっていると言葉を濁した。
それが全くの嘘にならないよう、ダディーにもモナの兄弟にも、前向きな考えを持って欲しいというのが僕の本心だ。

いまのところダディーはへそを曲げたままだが、来週からトライシケルの更新期間が始まる。
モナに言わせると、その時にダディーが泣きを入れてくる可能性が高いらしい。
その時にどう対応するか迷いはあるが、ダディーからトライシケルを取り上げてしまうのは、今後の自分が、ますますこの家族に縛り付けられることに繋がるので得策ではないと思っている。
モナとは以前から、家族があまりにだらしない醜態を見せるようなら、ベル、ユリを連れて、マニラで暮らそうという話もしているからだ。
これは自分の仕事の件も絡めて、かなり現実味のある話である。

気持ちの面では、ダディーのことも分からないではない。
フィリピンの男性は、本能のままに生きる悪しき習慣をみんなで形成している。ここではそれが、当たり前のような世界もある。
しかし、日本人の感覚で考えれば、筋が通っているのはママの気持ちや言い分だ。
ダディーにはもう少し気を引き締めてもらう必要があるし、ママにもう少し気持ちを見せて欲しい。
いくつになっても男は一家に対する責任を負い、愛情を示さなければならない、辛いものなのである。


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2011年08月27日

331.いくつになっても・・

朝食後、ユリにプーさんDVD(ディズニー)を見せているところへダディーがやってきて、モナに何か相談した。
現地語で話しているが、お金のことをお願いしたのは僕にも分かった。

後でモナに確認をすると、ダディーのトライシケルの営業登録更新が来月に迫っているので、その更新料1500ペソ(3000円)をくれというものだった。
モナはその場で、そのような予算はもともと無いと返事をし、少し険悪なムードになったらしいが、結局モナは、自分のビジネスで稼いだお金から出してあげるつもりだと言った。

そこに僕が異議を唱えた。
金額は大きくないが、トライシケル関係のお金をくれというのは、少し考え方がおかしい。
トライシケルで稼ぐお金が一切生活費に回らないのであれば、その関係の費用は自分で負担すべきである。
そして自分で負担できないのであれば、それはモナではなく、ママにお願いすべきことだ。
(ママは密かにお金持ち・・)
お金をこちらで出すのは構わないが、今後ダディーからのお金に関するお願い事は、全てママを通してもらうように言った。

家の財政という観点で見れば、現在トライシケルは費用ばかりかかる鉄くずである。
営業免許の更新はせず、現在のトライシケルを単なる家族サービス用にした方が、ガソリン代、登録代が節約できる。
お金はかかるがそれで稼いだお金が一切家に入らない状態は、ママにとってもストレスになっている。そんなトライシケルは、もう売り払いたいとママは言う。
そのことをきちんと話し合う機会にもなるので、ダディーに言われた通りお金を簡単に出すのは良くないと、僕は思っていたのである。

ダディーにはダディーの言い分があるようだった。
我が家では僕のサラリーから月々、ママに3000ペソ、モナの弟のジンとロンにそれぞれ1000ペソずつの小遣いを上げている。その小遣いがダディーには無い。ダディーはそのことを、少しひがんでいるようだ。もしトライシケルが無くなれば、自分の小遣いはどうしたら良いのかという言う訳だ。

なぜダディーに小遣いが無いかと言えば、それはママの差し金である。ダディーにお金を持たせたらロクなことに使わないから、あげないでくれとお願いされているのだ。
ロクでもない事とは何かと具体的に確認すると、意外にもどこかで呑んで消えてなくなるといったものではなく、トライシケルに乗せた若い女の子(学生)に、鼻の下を伸ばしてあげてしまうからという意表をついた回答で、僕はそんなことが実際にあるのかと驚きながらも、とりあえずママのお願い通りにしている。
(確かにダディーは、若い女性に脇が甘い。それは普段から、僕も感じるところではあるが・・)

ではダディーは自分の小遣いをどうするか、それはママにお願いすれば良い。
僕だって自分の小遣いは、モナにお願いしてもらっている。しかももらう金額は500ペソ。(1000円亭主:一日ではなく、半月や一月・・冷静に考えれば笑える)
そのことをダディーや我が家のみんなは知っているのだろうかと時々思う。
いや、この際自分の小遣い金額のことに言及すると、自分自身で勝手に話が盛り上がって収拾がつかなくなるのでそれは横に置くとし、とりあえずモナには、僕もそうしているのだからダディーも同じようにすべきだと言えば良いではないかと言った。
それに関してモナは、大変納得していた。
(そこでそれほど納得してくれなくても良いのだが・・)

ジンやロンに小遣いを上げているのは、以前二人が、お金が無くていつも家の中で悶々としている様子をみて、良い若者がこれだとますます腐ると思ったから、些少ながらたまの気晴らしができる程度はあげようと、僕から提案したものである。
このことから二人は、働かないことが恥ずかしいと言い始め、実際に仕事を探して働くようになった。とりあえずその気持ちを大切にしたいので、働き始めてからも1000ペソの小遣いはそのまま継続している。

それもダディーには、きちんと説明すれば良い。
この話はママを通し、結果的にトライシケルの営業登録更新をするということになれば、その費用をこちらで出してあげても構わない。
おそらくトライシケルは、今のダディーの、唯一の生きがいになっている。
それを取り上げて一気に老けこまれても、それはそれで困ってしまうという心配がある。

ダディーのいないところで、今回の件をモナとママが僕の前で話し合った。
ママはトライシケル収入を一切家に入れないことに文句を言うが、結局はダディーがお金を持って自由に外を歩き回るのが心配で、いつでも自分が見える檻の中に、ダディーをしっかりと閉じ込めておきたいだけのようである。
話がそのような展開になってくると、それはそれで同じ男として、僕の中にダディーに同情したくなる気持ちがむくむくと湧き起こってくる。

結局は、フィリピーナの嫉妬心は、いくつになっても空よりも高く海よりも深いのだと、あらためて痛感する出来事になった。
ダディーの置かれた状況は、将来の自分の末路を見ているようで悲壮感さえ漂い始める。
今頃そんなことに気付いて驚いても、僕はとっくに手遅れだが・・。

真相がはっきりしてくるにつれ、一体どうすれば良いか分からなくなってしまったが、既に采は投げられてしまった。せっかくの機会だから、ここはダディーとママにじっくりと話合ってもらうしかない。

余計な波風を立てた罪深き僕にお許しを・・、そしてダディーに神の御加護を・・、
アーメン。


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