フィリピーナと共に
ブログ構成がわかる目次はここから入れます
2011年07月16日

291.意外な客人

タバコシティー唯一の和食レストランへ、モナと二人、ざるうどんを食べに行った。
さっぱりしたものが食べたくなると、僕は時々、このうどんを食べに行く。
つけだれがしょっぱすぎるが、味はまあまあなんとか・・という感じだ。
つけだれに付いてくるてんこ盛りのワサビは、全部入れるととんでもないことになると思うほどの量だが、今では全て入れても足りないくらいだということを知っている。
それほど気の抜けたワサビを出すところが、このレストランのレベルを物語っている。
麺つゆとうどんさえあれば、自前で作った方が簡単で美味しいのだが、どちらも売っていないから仕方がない。

店に入ると、一目で団体予約と分かるテーブルがセットされていた。
普段はいない、アルバイトの女性もいる。
予約席は10人分ほどだが、先に来ている恰幅の良いフィリピン男性と若い男性二人が、他のメンバーの到着前に、既に食事を始めていた。

モナがレジの横に3本並べてあった日本酒の紙パックを指さし、そのお酒は日本で有名なものかと訊いてきた。
僕は酒飲みではないので詳しくはないが、聞いたことが無い銘柄と、パック容器に合成酒と書かれているのを見て、これはおそらく、酷い安酒だと話していた。

僕とモナが店に入って間もなく、女性が入ってきた。
その女性はタバコシティーの市長である。先に来て既に食事を始めていた恰幅の良い男性は、その前の市長、つまり現市長の父親だったようだ。
その父親は、鋭く細い目つきと、どす黒い肌のブルドックのように垂れ下がった頬が特徴の、まるでマフィアのボスのような悪人相である。

そう言えば親父が市長だった頃に出版された、タバコシティーの歴史を綴る本に、御自身と、当時は一般市民だった娘や息子が、モデルのような扱いで載っていたことを思い出した。
おそらく市の予算で作った本だろうが、家族の写真をまるで記念アルバム兼用のように載せていた。まるで私物化だが、そのようなことに寛容なところがさすがにフィリピンだと、よく覚えていた。

そして更に間もなくして、残りのメンバーがどやどやと店に入ってきたが、よく見れば、その中の白いYシャツを着たノーネクタイの年配男性二人は、どうやら日本人らしい。
とすれば、その宴は接待である。
途端に僕は、日本語を話すのが億劫になった。

二人の日本人は、役所を定年退職しどこかの団体に天下りしたような年齢と雰囲気である。
どちらも体つきが小ぢんまりとした、白髪の人の良さそうな叔父さんだ。
それにしても日本人がこの町を訪れるのは珍しい。
市長がもてなすのだから、寄付関係の話だろうか。
とにかくこの町と日本人の接点があったことは、とても意外だった。
僕は最近実行された、自転車寄付の実態視察旅行ではないかと推察した。
(あくまでも推測)

数週間前、タバコシティーの小学生で、遠方から歩いて学校へ通う子供を対象に、日本から自転車が寄贈されたのである。
それはニュースになったので知っていたが、それが実行されてからは随分と同じタイプの自転車を、町中で多く見かけるようになった。
当然それに乗っているのは、小学生だけではない。

管理の甘い子供に自転車などを寄贈しても、すぐに盗まれたり、親・兄弟・親戚が使用したりするだろうし、最悪は親がそれを質屋に持っていき現金化されるのではないか、そうやって日本から送られた自転車は、小学生に限らずあらゆる人の手元に渡っていくだろうと、寄付の話を聞いた時に直感したが、それが現実のものになった。
寄贈した側は、そのような実態を知っているのだろうか。
全ての団体の話ではないが、国に近く大きな組織ほど大雑把で脇が甘い傾向がある。
投入された税金や多くの人からの善意が、誰かのポケットに入るなどという心配を真剣に考えていないように見受けられる。寄付をしたという事実が大切だと言っているようにさえ見える。

もてなす側のほとんどは市長の家族で、市長が父親、旦那、弟だと、その日本人に食事の参加者を紹介していた。
二人の日本人は、終始ニコニコで、おそらく報告書に添えるのであろう写真を、店の中で何枚も撮っている。

それにしても、フィリピンを訪れた日本人を日本食レストランで接待というのはどうなのだろうか。
もし僕であれば、はるばる日本から来たのだから、普段食べることのできない美味しいいフィリピン料理レストランでもてなす。
日本にいた時には、アメリカのお客さんだからと、アメリカンレストランに連れて行ったことは一度もない。外国からのお客さんは、ほとんど気のきいた和食レストランにお連れしたものだ。それが日本人の、接待の心ではないだろうかと思うが、どうやらここでは反対らしい。

しかも、フィリピン人には分かりにくいのかもしれないが、タバコシティーの和食レストランは、半分フィリピンの味で最悪だ。あげ出し豆腐など、現地物の硬くて臭う豆腐が使用されているから、とても食える代物ではない。
我が家の家族さえしかめ面をして、もう行かなくても結構というのが大半の意見だが、日本人の僕にとってもそこは美味しくないのだから、次から次に出てくる料理を眺めながら、僕は、気のきかない市長サイドと、招かれた日本人の両方を、気の毒だと思っていた。

僕は、接待の中で先ほどの日本酒が登場するかどうかに興味があったが、案の定、二人の日本人に日本酒が勧められた。すると日本人は、どんな日本酒か見せてくれと言い、そのパックがテーブルに持ち込まれた。
僕はモナに、「絶対にあのような酒は飲まないはずだ」とひそひそ声で話していたら、叔父さんたちは眼鏡をはずし、しげしげとその容器を観察してから、二人とも両手を自分の顔の前で大げさに左右に振り、いらないと言っていた。
僕はその様子を盗み見しながら、「ほら、ほら、やっぱり」などと、自分が言い当てたこを喜んでいた。やはり合成酒は飲まないらしい。
情けないことだが、このような田舎に閉じこもっていると、それしきのことが刺激になってしまう。

ちなみにフィリピンでは、まるで日本製のように見せかけた中国製食品が売られている。
先日、「さしみ醤油・・本作り」と日本語で書かれた中国製醤油が売られており、危うく騙されるところであった。同じような日本語表示の偽物を、他にもたまに見かけるから要注意である。我が家では中国製食品は、危ないので極力買わないようにしている。
なにせプラスティック食品(プラスティック偽米や偽麺)などが出回る国である。
日本で聞いた事のない銘柄の、合成酒などと書かれた日本酒がフィリピンで出てきたら、僕であれば、何か体に悪いものでも入っている中国製ではないかと疑ってしまう。

店内では、その団体以外は僕とモナしかいなかったが、僕が日本人から話しかけられることは無かった。おそらく現地人だと思われただろう。
先日市役所で、はっきりと僕は日本人だと言っているのに、嘘だろうと言われたくらいだから、誰からも現地人と思われて不思議ではない。
もっともここでは、日本人と見られるより、現地人として見られていた方が安全で都合が良いのであるが。


↓ランキングに参加しています m(__)m
人気ブログランキングへblogram投票ボタン



posted at 01:00
Comment(2) | TrackBack(0)
カテゴリー:フィリピン生活
エントリー:291.意外な客人
2011年07月15日

290.フィリピーナの本国送金

今朝目覚めたら、個人メールに、群青さんから誤字の指摘メールが入っていた。
前回記事の復讐が、復習になっていたのである。なんとも恥ずかしい間違いだ。
ワープロで書いているから変換ミスはよくあるが、しかし普通は変換ミスがあった場合、その変換結果を見て違和感を覚えて気がつく。
それが全く気付かなかったわけだから、かなり重症だ。
いつもワープロばかり使っているから、現時点で書けない漢字がどの程度になってしまったか、それすら自分で把握できていない。テストしてみたら唖然とするほど、脳細胞の死滅が広範囲に広がっているものと推測している。

さて、誤字の指摘をして下さった群青さんのブログで、日本の出稼ぎフィリピーナが病気をしたが、病院に行く金も無いという話を読み、しみじみと考えさせられた。(http://ameblo.jp/gunjyo01/

コメントで、彼女はそれほどフィリピンにお金を送っているわけではないとの返事をもらったが、一般的には僕がこの目で散々見てきたことで、日本で働くフィリピーナはフィリピンにいる家族に、何かしらお金や物を送っている。
ブログに登場する彼女にしても、少ない稼ぎの中から自分の生活が困窮しているにも関わらずフィリピンにお金を送っているのだから、送金絶対額が少なくても精神的は共通するものがある。
自分が困る事になってもフィリピンにいる家族が困らないように、それだけを考えて働き、お金を送る。
結婚している女性の場合、旦那の稼ぎからそれを出すのは悪いから、その分は自分で働くという女性もいた。

モナもかつてはその口だった。
日本で働く直接のきっかけはベルのミルク代を稼ぐことであったが、日本で稼いだ分からミルク代だけ抜いてフィリピンの家族に送っていたわけではない。
ママやダディーや、まだ学生だった弟の生活費や学費として自分の稼ぎを送っていたわけである。
そして何が起こったか・・・。

ダディーが真面目に働かなくなった。
弟の一人も、働かずにプータローになった。
モナは、ますます頑張らなければならなくなった。
仕事が嫌でも、逃げ出すことができなくなった。
普段の生活費以外でも、何か特別なことがあれば、その費用も送らなければならなくなった。
特別な出費は、ダディーやママや弟や娘に関わるだけでなく、親戚の何かの折にも相談されるようになった。
家族に対する全ての責任が、いつの間にかモナの肩にかかるようになった。
久しぶりに家に帰れば、何となく変わってしまった家族に、少し悲しい気分になった。

と、ざっと振り返ってみれば、こんな感じである。
本人にしてみれば、なぜこんなことになったのか、納得のいかない部分もあるらしい。
せめてもの救いは、ママがしっかりしていて、モナの送ったお金を貯金していてくれたことと、だらしないダディーをママが叱咤することである。
しかしそんなママも、息子に関しては甘いところがあった。

現在、モナの弟二人は、不安定な勤め先ながらも働いている。
遊んでいるのは恥ずかしいという気持ちがあるようだ。

ダディーも一応は、トライシケルの仕事をしている。ただし、そこで得る収入は、ほとんど家に入れない。本当にたまに、食事用の魚を買ってくる程度である。
少ない収入でもきちんと家に入れて欲しいとママは切望しているが、一旦ママの手元に入ると、お金に関して大変厳しいママは簡単にダディーにお金を渡さないことを知っているから、ダディーは自分のお小遣いを決して手放さないのである。
その辺りのママの厳しさは、モナも舌を巻くほど徹底している。

最近のダディーの毎日は、朝早くトライシケルで家を出て、家のすぐ近くのトライシケル乗り場にできるライン(駅前にできるタクシーの列のようなもの)に並ぶ。
朝学生の往来が始まると、そこで一回か二回の送迎をし、再びトライシケルを乗り場のラインに並べて一旦家に帰る。
そして昼の学生の往来が始まるころにトライシケルに戻り、また一仕事したら同じようにトライシケルをラインに並べて一旦家に帰る。次の出番は夕方である。
こうして、一日100ペソ(200円)〜150ペソ(300円)ほど稼いでいるようだ。
このようなスタイルだから、ダディーはほとんど家にいて、DVDの映画を見たり昼寝をしたり、時折宴会をしたりと、見た目は大変お気楽に過ごしている。


このような大変非効率なやり方に何の疑いも持たず仕事をするスタイルに、仮に僕の収入が無くなったらどうなるのかを、モナと話をしたことがある。
モナはダディーを庇いたい気持ちから、ラインにトライシケルを並べ、順番をキープしないと客が取れないと言う。
それはそれで良いが、僕はそれで生活が成り立つのかを訊いているのだ。当然答えは無理である。
客から得る現金収入からガソリン代を差っぴけば、残りのお金は微々たるものである。
であれば、もしダディーが家族のために働くという意識があるのなら、ダディーは今のスタイルではなく、もっと別のやり方を考えるとか、職を変えるとか、何かをしなければならないということである。

しかし、先日http://cybermogu.seesaa.net/article/213260565.htmlの「282.リスクの話」の中でも書いたように、南国人は「もし」という仮定の上に立って現状を改善しようと考えない傾向にあるから、ダディーも御多分に洩れず変わらない。
とりあえず仕事をしている姿勢を見せることができて、お小遣いが入れば良いわけである。
ダディーにしてみれば、トライシケルは一石二鳥の免罪符なのだ。

ただし一言付け加えれば、我が家に何かがあった時、ダディーは人一倍素早く動く。
このフィリピンの地では子供同然の自分であるから、そんなダディーがいることは心強い。
ダディーは精神的大きな支えになってくれているわけだから、僕も最近は、このスタイルでも良いかなどと南国風に考えるようになっている。
それでも自分に何かあった場合を、思考しないわけではない。

それらと関連する内容だが、海外出稼ぎ者の送金で一旦生活に困らなくなってしまえば、送金者が病気になったら、死亡したら、結婚したら、逃亡したらなど、不足の事態や先々のことを考えないのが南国人である。
つまり、このスタイルが一度定着したら、そこから脱却するのは思ったよりも難しいと考えるべきである。
日本人のように、送金で少し楽になったのを機に、自分を立て直そうなどとは考えないのが普通である。
今、日本で働きフィリピンの家族へ送金する女性たちは、昔より稼ぎが減り、歳も重ね、この苦労がいつまで続き、先々どうなるのだろうと不安を抱えている人が多いに違いない。
その解消のために、具体的にどうするかを考え行動に移せるかどうかが未来を切り開く鍵となるが、やはり南国人なので深刻度が浅く、そこまでてきぱきとできるフィリピーナは少数派だと思われる。
加えて送金を受けるフィリピンサイドは、そんな悩みなど我関せずとなる。
始末が悪いのは、いずれのフィリピン人も、そのようなスタイルに悪気がないことである。
魂胆があってのことであれば腹も立つし、自分のスタンスを切り替えるきっかけになるが、そうではなく、これは民族性の表れと思える節が多分にあるから困ってしまう。

かつて必死に日本で働いてフィリピンの家族へ送金していたフィリピーナが、フィリピン家族の生活実態を見て激怒した話を聞いたことがある。
この話は、嘘までつかれてお金を引き出そうとしていたフィリピン家族の悪意が見えたため、送金をきっぱり止めることにしたケースであった。
自分は身を粉にして働いていたつもりが、フィリピンではみんなが新しい携帯を買い、新しい家具や家電を買い、そしてディスコで遊び歩くなど、浪費三昧の生活をしていたという話であった。
これも十分あり得る話で、海を挟んで遠くに暮らしていると、送金者の苦労などはさっぱり見えなくなるものである。
フィリピンの家族は、送金者がフィリピンより素晴らしい国で、文化的で素晴らしい生活を手にしていると勘違いしている場合もある。送金者の見栄が、それに拍車をかけていることもある。

こうして送金地獄は、ますます深みに入っていく。
日本人がこの中に巻き込まれれば、その理由も背景も何もかもわからず、なぜだという思いばかりが先に立ち、ストレスとなる可能性は大きい。
この悪循環を断ち切るためには、心を鬼にして送金をやめるのが手っ取り早いのだが、そのような解決方法を望まないフィリピーナの気持ちが、また仇となってしまうのである。
妥協案としては、最低限の金額を決めて追加送金は一切しないことを、フィリピン家族によく理解してもらうことだろうか。

さてここで一つ、忘れてはならない心理がある。
出稼ぎフィリピーナは、このように本国の家族や親戚を助けるためにお金を送っているが、なぜ助けるかと言えば、困っているなら助けるのが当たり前という感覚を持っているからである。
これを裏返せば、困っているなら助けてくれるのは当たり前でしょうということになる。
フィリピン家族は、日本で働く家族からの送金を当り前だと思い、また送金するフィリピーナが日本人におねだりをするのも、「自分は困っているから助けて頂戴、あなた、それできるのだから当たり前でしょ」という感覚を持っていておかしくはない。

生活に困るフィリピン家族を日本で働くフィリピーナが助ける、今度はそのフィリピン家族を助けたフィリピーナが困るから日本人が助ける。
構図はこうで、このように書けば、場合によってはまことにおかしいお金や物の伝達ルートに見えてくるが、それぞれの場面で困っている原因は見事に棚に上がり、伝言ゲームの最後のつけが日本人に回ってくる。
これは少し、意地悪な言い方であろうか。

勿論僕に、助ける人を非難する気持ちは毛頭ない。
助けてあげたいという気持ちが湧くのも人情というものであり、実際に自分も随分色々助けてきた身だから、それはよくわかる。
おかしな構図だと分かりながら、助けざるを得ない状況や心情があることは、とてもよくわかる。

変だと思うが助ける、これ大いに結構。
よくわからないけど助けるのは問題ない、これも大いに結構。
助けているけど疑問だ、変だ、と思っている方に、参考にして頂きたい記事である。


↓ランキングに参加しています m(__)m
人気ブログランキングへblogram投票ボタン



2011年07月14日

289.復讐を誓う

先日、僕の着るTシャツに、直径3mm程度の穴があいていることが発覚した。
いつも僕が、モナが家の中で着ている服の穴を指摘するので、ここぞとばかりお返しに、
「あ!穴あいてる、キャハハハ」
と言われてそれに気付いた。

穴の開いたTシャツは、日本から持ってきたメーカー品だ。
フィリピンの家族が着る服は、ここで買った粗悪品だから簡単に穴があいても不思議ではないと思っていたが、僕の服は決して粗悪品ではない。
なぜ穴があくのか?・・・不思議だ。洗濯は手洗いで、洗濯機よりもダメージが小さいはずだし、見た目は力が加わって裂けた穴とは違う。穴は綺麗な丸型だ。

「それは蟻が食べちゃったんだよ」
「うそ〜!蟻が服をタビルノ?」
「オーオー、お腹空いたら食べるでしょ!」
「知らなかった・・・・」

どうりで・・・。
モナもダディーも、家の中ではよく穴あきの服を着ているが、その穴がどれも丸い。
蟻が服を食べるなんて、初めて知ったことだ。これには正直驚いた。

穴のあいた服など捨てて新しいのを買えばいいじゃないかと、僕はいつもモナに言うのだが、その度に「家の中だけでしょ〜」と言われる。
そこで貧乏だけど、「貧乏くさいなぁ〜」などと、ちょっと言ってみたりする。

モナに、穴のあいたTシャツのことで「それ、捨てる?」と訊かれ、「いや、もったいない、家の中だったら、問題ないディバ〜」と答えてから、あり?どっかで聞いたセリフだと思ったりした。
蟻が服に穴をあけるのであれば、その度に買い替えるなど、本当にもったいない話である。
こうなると、大切な服は厳重に管理する必要がある。

そう言えば3日前の夕方、公園で右足の親指を何かに刺された。
右足の5本の指全部に、びりびりと電気が走るようなすごい痛みを感じ、一瞬何かに刺されたのではなく、脳神経からくるやばい病気ではないかと疑ったほどだ。

翌日、右足の親指がわずかに腫れ、無性に痒くなったが、いまだに痒くて仕方が無い。
「腫れた時に痒ければアント(蟻)、痒くなければイピス(ごきちゃん)だよ。食べられたんだよ」
とモナに教えて貰った。
どうやら僕まで蟻に食べられちゃったようだ。

何でもタビル蟻は、ここでは僕の一番の天敵になりつつある。
そのうちきっと痛い目に合わせてやると、密かに復讐を誓っている。
それでもあれだけ小さくて神出鬼没だと、どう料理して差し上げようか、なかなか難問だ。
現在、何に対するよりも真剣に、トラップを考えている。
水責め、油責め、火責め、毒盛り・・・誘いは砂糖で良いだろう。


↓ランキングに参加しています m(__)m
人気ブログランキングへblogram投票ボタン



posted at 01:00
Comment(6) | TrackBack(0)
カテゴリー:フィリピン生活
エントリー:289.復讐を誓う

広告


この広告は60日以上更新がないブログに表示がされております。

以下のいずれかの方法で非表示にすることが可能です。

・記事の投稿、編集をおこなう
・マイブログの【設定】 > 【広告設定】 より、「60日間更新が無い場合」 の 「広告を表示しない」にチェックを入れて保存する。


×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。