フィリピーナと共に
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フィリピン生活:カテゴリの記事一覧です。

2011年07月13日

288.夜の蝶

僕がフィリピンに住むようになってから一番気になったことは、我が家に出入りする親戚叔母さんたちが、挨拶できないことである。
基本的には、「おはよう」「こんにちは」「さようなら」、そして「ありがとう」を言わない。

僕はそのことに、これまで散々へそを曲げた。
そんな人たちが周囲にいたら子供の教育に関わる問題だから、出入り禁止令を出すとモナに言ったら、それがみんなに伝わったようで、それからは心がこもっている、いないは別として、みんなが明瞭な口調で挨拶やお礼を口にするようになった。
仮に気持ちがこもっていなくても、子供が挨拶やお礼を言う習慣が身につければ、とりあえずは良いと思っている。

それにしてもいい大人が、このような基本の挨拶ができないことは、とても不思議だと思った。
それがフィリピンの文化で、誰もがそんな面倒なことはしないということであれば納得できるが、決してそうではない。
その部分に関して、基本的な常識は日本と同じである。
とすれば、やはり教育の問題と、個人的な資質の問題だろうと思われる。
つまり我が家の叔母さんたちは、大変社会性が欠如しているのである。

それらの基本ができない人間とは、所詮その程度のレベルだろうから、いつまでもまともな職に就けず、まともな男を捕まえられず、そしてまともな生活ができない。
モナには悪いが、叔母さんたちは、実際にその程度の人間にしか見えない。だからうだつも上がらないし、これから上がるとも思えない。
よって明確に口には出さないが、ママもモナも、それなりの不満を持ち不信感も抱いている。
しかし何も知らずしがらみも薄い僕が、素朴な疑問としてそれを平気で口にするものだから、その時に慌ててモナやママが対処するといった具合になっている。
それによって叔母さんは、態度を始め、洗濯も料理の仕方も、少しずつ変化しているように見える。
ある部分では、うるさい奴だと思われているかもしれないが、僕はそれほど細かく口出ししているつもりはない。これでも結構我慢をし、見て見ぬ振りをしているところがあるくらいだ。
このように普段から、僕は叔母さんたちと全く波長が合わないのである。
これからも心が通い合うことはないだろうという予感さえする。

実はこれからが本題である。
僕はその叔母さんたちの態度を見て、フィリピンの夜の蝶と結び付いたことがあったので、ここで書いてみることにした。
これから書くことは偏見だと勘違いされるかもしれないし、人によっては気分を害される方もいるかもしれない。
しかし僕は、決して偏見を持っているわけではなく、至って真面目に考えているつもりなので、どうかご容赦願いたい。


当ブログの中では、僕とバーで働く女性たちとの交流について、若干記事にしている。
僕の知り合いでは、大変面白かった女性だが、言動が極めてめちゃくちゃな人がいた。
また、知人とバーの女性たちの交流についても、多くはないが書いてきた。
その中でも触れているが、例えば知人がバーから女性を連れ出して翌日話を聞けば、大体が不平不満を漏らすのである。
そしてそれを聞いた僕は、やはりと納得するのだ。

夜の女性に何を求めるのかで反応は変わるだろうが、大体の表面的な不満の内容は、相手の女性の態度があまりにビジネスライクだということである。
それはある意味当然で、初めて会った人間に心を開けといっても無理がある。
しかしそんな不満を述べる人は口には出さないが、おそらくそれを承知している。
では何が本当の不満かと言えば、心を開かないまでも、夢を見せるくらいの気遣いがあってもよいではないかということなのである。
それを期待してホテルに連れ帰って見れば、店でみせた甘い態度が手のひらを返すように変貌し、やらせてあげるからお金頂戴というビジネス一色の味気ない態度になるから、幻滅してしまうのだ。
色めき立っている男には、心のこもらないサービスが、とても冷ややかなものに感じられるのである。

女性にしてみれば、客はゲットしたのだから、後はやることをやってさっさとお金を手にして帰りたい。
心を開かないのは、そのような仕事をする上で、それが彼女たちの心の支えになっている場合がある。好きでやっている仕事ではないのに、心までも捧げてお金を稼ぐのでは、あまりにも自分が惨めだという心理である。もし旦那や恋人がいたら、それは尚更である。
できるだけビジネスライクに事を済ませ、敢えて冷めた態度を取り、これは仕事だと割り切れる状況を作りたい気持ちは、わからないでもない。

しかし、フィリピンの夜の世界で、体を売ることに繋がる仕事に就いている女性は、我が家に出入りする叔母さんたち同様、基本的な教養レベルが低い人も多いのではないかと、僕は想像しているのである。
挨拶ができない、お礼が言えない、気遣いができない、空気が読めないといった無教養である。

例えばフィリピンの貧困地区でまともな教育を受けずに育てば、そのような大人になる可能性は十分にある。それでも見た目が立派な女性に成長すれば、一家を支えるために夜の世界にデビューするというわけである。
貧しく、人間の本能だけで生きているような世界で育てば、就労年齢に達したところでまともな職にはなかなか就けない。とすれば、女性であれば手っ取り早く簡単なのは、夜の蝶になることである。
実際に、マニラやその他大きな地域で夜の蝶になっているのは、そのような地区の出身者が大変多いそうである。

勿論その中には、優しい心の持ち主もいるだろうし、きちんとした女性いる。
セブで親しくなった人たちには、そんな人が多くいた。
夜の世界も客商売なのだから、仕事をしながら学習してマナーを身につける女性もいる。
潜在的に頭の良い女性は、様々なことを吸収するのも早く、客を楽しませる術を心得ている。
逆にそのようなことを学習できない女性は、その世界では生き残れないだろう。
だから、まともに話ができるフィリピンの夜の蝶は、年増が多い。
極端なことを言えば、そのようなところでもまれた女性の方が、我が家の叔母さんたちよりも、はるかに自分と波長が合うと感じるくらいである。

しかし現実には、まるで波長の合わない女性がいる。これは若い女性に特に多い。
それはおそらく、あまりに文化的背景の違う女性だからである。
育った環境が違えば、どのような態度が日本人に好まれるかなど知るはずがない。
そして、自分の立場、客の立場、接客の心得、基本的な挨拶や態度などを気にする素養がない。
自分の慣習に沿った行動しかできないわけだから、それも仕方がないし当然である。
強いてあげるならば、店が接客教育をすれば良いのだが、入れ換わりの激しい世界では、そのようなまどろっこしいことはしないのだろう。
若くて綺麗というだけで適当にホテルへ連れ帰れば、そのような女性に当たることもあり、だとすれば波長が合わなくて当然である。

バーで一緒に飲むだけで、それを感じて興ざめする人も意外と多い。
最初は若い子を座らせて飲んでいるが、行き慣れてくるとそれに気付いて嫌気がさしてくる。そして、話が面白く楽しめるところが良いと、年増の多いバーへ通い出す。
「年増でブスでもその世界で通用していると言う事は、彼女らが何かを持っている証拠だ、実際に相手をしてもらうと会話が楽しくてしょうがない」
などと言い、お化け屋敷専門となってしまう。

フィリピンのベテランに聞けば、
「大体は一度、そちらの世界へ行ってしまう、そして大体がこちらの世界にまた帰ってくる、しかし、そのうち数%があちらの世界から戻って来ない、気の毒だ・・・」
などと、神妙な顔をして教えてくれるから、こちらは腹を抱えて笑ったりしたものだ。
しかし、僕にも同じような経験がある。
大体の日本人は、理屈抜きでそのようなことを感じるようである。

日本に働きに出た女性は、選び抜かれたエリートだと良く言われるが、このような実状と重ね合わせれば、その言い草が大変良く理解できる。
言い方は悪いが、山猿のような女性は、どうしても日本では通用しない。
態度はトレーニングで何とか誤魔化せても、やる気のない人間は、決して日本語を覚えない。日本語どころか英語も怪しいのだ。
そして教養のない女性は、切れる、暴れる、逃げるなど、何をするかわからずに怖い。
当然プロモーターも、それを考慮して、日本へ送り出す女性を取捨選択している。
酷い女性ばかり送りこめば、自分が干されて食えなくなるから当然である。
幸いフィリピンでは、きちんと教育を受けた女性でも、働き口が無くて困っている人が多い。日本で通用する女性は、探せばいくらでも出てくるというわけだ。

重ねて言っておきたいが、これらは一般論である。
数いる夜の蝶も個人差があるわけで、また好みの問題もそこに合わさるわけだから、ここに書いたことが全てではない。
しかし、このようなことがあるということを知り、相手の背景や内面を良く理解することは、お互い傷つかないためにも、ある意味大切である。
そしてもし失敗しても、自分に人を見抜く眼力が無かったということで、文句を言わず、勉強代を支払った程度にお考え頂くことをお勧めする。


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2011年07月12日

287.メンテナンス

僕は昔から、フィリピーナは体が弱いのではないだろうかと感じていた。
疲れやすいし、風邪をひきやすい。
少し無理をすると、疲れた体をベッドに横たえて、大体はマッサージをお願いされる。

結婚前であれば、若い女性の体に触れるマッサージも、面倒くさい振りをしながら喜んでやってあげたかもしれないが、いまでは本当に面倒だと思いながら、背中やお尻や腕やふとももをさすって揉んで差し上げる。
後ろが終わると、「前は揉んでくれないの?」などと冗談を言われるが、面倒だと思いながらも一旦取り組むと、ついつい真剣勝負になりがちな僕は、マッサージが終った時点で既に大層なエネルギーを消耗しているので、「もう勘弁して下さいまし」と丁重にお断り申し上げることも度々となる。

最近では、マッサージに使うオイルも2種類用意してあり、気分に合わせてアロマとか、メントールなどと指定される始末。
それほど本格的にやらせる魂胆ならば、1時間500ペソなどと料金を指定すると、「ペイメントは終わってから、ふふふ」などと言われ、「いっ、いや、やはり無料でサービスさせて頂きます、はい」などと言うことも、冗談ではなく、ある。

若くて明るく、美人でセクシーで、結婚したらバラ色の人生が待っているような錯覚を抱きやすいフィリピーナだが、実はそんなメンテナンスが大変なのだ。
勿論楽しいことは、たくさんある。
しかし男というものは、やはり身勝手なのだろう。楽しいことだけで勘弁してほしいと、つくづく思うのである。

しかも、何でも言うことをハイハイときいてあげれば、図に乗りやすいのもフィリピーナで、いつの間にか旦那を顎でこき使うのが当たり前のようになってくる。
かといって無理をさせれば、気付けば自分が嫁に馬乗りになり、マッサージャーになっている。この辺りのさじ加減は非常に難しい。

フィリピーナは、メンタル面でも意外と弱い。特にストレスに敏感である。
ストレスを感じると、すぐに頭痛が始まるらしい。すると今度は、頭とこめかみ中心のマッサージを要求される。
これは体力消耗度としては軽い部類なので、まあまあ難なくこなせるが、それでも度々となればこちらが精神的に疲れを感じだす。

しかも人にマッサージをさせておきながら、「マハルはマッサージうまいなぁ、それどこで覚えた!」などと、目を細めながら何かを思い切り疑うように指摘されると、こちらは、本来ここは怒る場面だと知りながら、なぜかどぎまぎしてしまい、「え?あっ、うっ」などと言葉にならない言葉を口から吐きながら、攻撃をかわすことで精一杯となる。
やましいことなどなくても、ここは気のきいた回答をしなければ後が厄介だというプレッシャーが、自分をそのような袋小路へと追い込んでしまうのだ。

このように、フィリピーナはあまりにカラータイマーがピコピコ鳴り出すのが早いので、要注意である。
これに対抗する術が一つある。
それは、相手のカラータイマーが鳴り出す前に、こちらのカラータイマーを鳴らすことである。少しぐったりしてみせればよいだけだ。
こうして持ち前のホスピタリティーを刺激してやれば、不思議に相手は元気を取り戻し、甲斐甲斐しくマッサージをしてくれる。
ペイメントを要求される時には、ひたすら寝た振りをすれば良い。
大体は、気持ちの良さに本当に眠ってしまうから、演技力は必要ない。


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2011年07月11日

286.サードワールド

「(国境の長い)トンネルを抜けると雪国だった」という名作の出だしではないが、一昨日は「長い眠りから目覚めると、停電だった」。
夜中に扇風機が止まるから、起きたら汗をかいている。そんな時には妙な寝苦しさのせいか、朝の目覚めがすっきりしない。暑いと言いながら、二度寝をしてしまうこともある。

停電のはずなのに、ラジオの音声が聞こえてくる。どうやら僕がママにあげた、日本製の携帯小型ラジオで、ニュースを聞いているらしい。
モナの「コーヒーを飲むか」という声が、まだ覚醒しっていない頭に入ってきて、半分寝ている頭で絞り出すように「お願い」と言いながら、無理やりベッドから体を引きずりだした。

下に降りると、ママがキッチンカウンターに置いたラジオを聴きながら、朝食を摂っていた。
僕はその向かい側に座り、食べ物は要らないと言ってモナの淹れてくれたコーヒーを飲んでいた。

コーヒーでようやく頭がすっきりとしてきた頃、パンを食べていたママとモナが「ん?」という表情をし、ママが突然立ち上がり、キッチンカウンターの上にあったラジオを自分の手元に持ってきた。
流れていたラジオ放送は、タバコシティーのローカル放送で、アナウンサーの言葉はビコール語だから僕にはさっぱり内容がわからないが、明らかに何かがあったようで、ママとモナが二人で何かビコール語で話している。

ニュースの内容を教えてもらったら、ダディーの兄弟の子供が、路上で刺されたらしい。
昨年は、今回刺された弟の兄が市中で、鈍器で頭を殴られ死亡した。お祭りの人ごみの中での事件だったらしい。死亡した甥は、大学生だったという痛ましい事件だった。
犯人はドラッグで頭のいかれた人間だったという周囲の証言があったが、未だに捕まっていない。
フィリピンの警察力、特に田舎のそれでは、公衆の面前で殺人事件あったとしても、そして犯人がドラッグ中毒という特異性(ここでは特異ではないかもしれないが・・)があっても、簡単に捕まらないのが何となく頷ける。
当時ダディーとママは、甥の葬儀に二人ででかけた。

そして今回は、その弟が路上で何者かに刺されたという話であるから、立て続けに事件に巻き込まれた甥のことに、ママは大層驚いていた。
刺された甥は、命を取り留め病院に入院しているという話もラジオで報道されたが、モナは既に、その兄弟には妹が一人いて、もう残っているのはその子だけだといったような不吉な話までし始めていた。
僕はその話に、「え、死んだのか?」と訊き返したが、「あっ!まだだけど」などと大変不謹慎な会話をモナと交わし、僕は朝から「はぁ?」と、思い切り首を傾げていた。
事件が発生した場所は、以前住んでいた古い家の、目と鼻の先である。

ここはのどかな田舎町で、そのような凶悪事件とはまるで無関係なエリアだと勘違いしそうになるが、よく聞けば、そのような事件はタバコでも度々あるとのことだ。
身近な人間が巻き込まれた事件だからこうして耳にも入ってくるが、敢えて家族が注目しない事件は、数多くあるのだろう。

当然だが、普段からドラッグをやっている人間は特に危ないらしい。
僕はいまだに、タバコシティーでドラッグ中毒者らしい人間を見かけたことはないが、セブではたまに見かけた。挙動がおかしいから、すぐにそれとわかる。
タバコシティーでは見かけていても、単に僕が気付かないだけかもしれない。
そう言えば昨夜、タバコシティーの市役所前広場で屋外ライブがあり出かけてみたが、そこではお巡りさんが、逃げる泥棒を追いかけていた。
それが身近な殺傷事件と重なり、ここが日本とはまるで違う危険地帯であることを、あらためて認識するのである。

何かがあっても、よほど世間の耳目を集める事件でなければ、日本の大使館は助けてくれない。(日本大使館は、困った人を助けないことで有名)
ここはリスク満載のサードワールドである。
無知な憧れや、移住をそそのかすマンション業者のワンダフルワールドという謳い文句に騙されてはいけない。
老後をフィリピンに勧める業者のウェブサイトに一通り目を通してみたが、そこには臆面もなく、フィリピンほど移住に最適な場所はないと、嘘八百が並べられていた。

どうせ移り住むなら、実態を良く知った上で、覚悟を持ってきた方が良い。
困ったことが起こっても、頼りになるのは自分と自分の持つお金だけであると思った方が良い。
大きな壁が目の前に立ちはだかれば、フィリピンの家族は無力である。
頼れるのは信用できる弁護士であり、それを雇う金が必要となる。
その際金だけが目的の不埒で無能な弁護士に依頼すると、事態はもっと悪化する。
しかし金だ、弁護士だというのも、命あってのことではあるのは言うまでもない。

僕はモナに、もし自分が死んだら骨はフィリピンに埋めてくれて構わないが、死亡の手続きだけはマニラの日本大使館に連絡を取ってきちんとやってくれと、あらためてお願いしておいた。
「飛行機を降りたら、サードワールドだった」なんて、しゃれだけでは済まない世界に身を置く自分としては、その程度のお願いが日常会話の中に出てきても不思議ではないのである。


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