フィリピーナと共に
ブログ構成がわかる目次はここから入れます
2011年07月05日

282.リスクの話し

南の国の民族、かれらは「もし」というリスクを考えることができない。
普段から暑さに頭が朦朧(もうろう)とし、現実に起こっている問題でなければ、そんな面倒なことを考える気力が起きないのだ。
念のために言うが、これは決して馬鹿にした発言ではない。
実際に南国に住んでみれば、暑さで余計なことに考えが及ばず、楽な方に流されることを僕自身が経験してわかったことである。

しかも、そんな面倒なことを考える必要がさほどない。
南国だから、いつどこで寝ることになっても、凍え死ぬことがない。
南国だから、年がら年中果物や作物が収穫できる。
南国だから、そこら中に食べ物の宝庫、ジャングルがある。
南国だから、食って腹が膨れたら、あとはできるだけ寝て体を休める。

そんな生活を何百年も続けてきたせいで、リスクに備える習慣が消滅した。
現実に困ったことが起きても、原始的なレベルで解決し乗り越えてきたのだから、そんなことを考える必要がどこにあるかとなる。
仮に問題が人の生死が関わることでも、それはどうしようもない運命だったと受け入れてしまえば、それまでの話だ。
そしてその特性は、遺伝子レベルで定着してしまったと疑うべきだろう。

ジャングルがそこいらにあるおかげで、働かなくても食べ物や水には困らない。
そこには生きるための最低限が、無尽蔵に見えるほど、ただで転がっている。
しかも周辺に海などあれば、魚や貝や海藻類も獲れる。

とすれば、活動するエネルギー源のあるたんぱく質を、ふんだんに摂取できる。
湧き水にはカルシウムや鉄分などの良質なミネラルが含まれているから、貧血や粗骨症の心配がない。ココナッツも良質のミネラルを豊富に含んでいる。
バナナを食べていれば繊維質で胃腸が丈夫になり、糖質が頭の回転を助け、良質のカリウムは高血圧を防いでくれる。
ナッツを食べれば、タンパク質は勿論、善玉コレステロール増加で、動脈硬化の予防に役立つ。

年中そんな環境の中にいれば、死なない程度に生きることは極めて簡単だ。
気候変動が激しく、冬に備える必要のあった日本人とは、生き方が180度変わる。

180度生き方が違う人間同士が一緒に暮らすということは、本来、大変な困難が付きまとう。そんなことをするのは、人生を賭けた実験と言っても良い。
現在そこまで大げさにならないのは、フィリピン辺りであればある程度の文化的生活水準や考え方が日本人と近づいたからだが、しかし細かい部分には少なからずそのような要素が残っている。それは生活を共にする時間が長いほど、少しずつ表面化する。

リスクの話に戻れば、
もし、このバイクで誰かが死亡事故を起こしたら・・・。
もし、家族の誰かが大病で、緊急手術が必要となったら・・・。
もし、会社がつぶれて明日から稼ぎが無くなったら・・・。
もし、台風で家の屋根や壁が吹き飛んだら・・・。

現実に起こる得るリスクは、生活する上で身の回りに数多く存在する。
リスクが発生する可能性の大小、発生した場合の事の大小に備え、日本人は何かしらの準備を考える傾向にある。
しかしフィリピン人には、それをいくら説明しても、仮に分かってもらったように見えて心の中には「だいじょうぶ」という気持ちが残っているから、この部分で真の歩み寄りは非常に難しい。
しかし痛い目に遭ったり、そのような人が身近にいたりすれば、フィリピン人でもリスクに備えるということを真剣に考える。

例えばお金持ちの家を見ると、泥棒に備えて家を厳重な塀で囲い、正面は頑丈な鉄扉があり、塀の上には丁寧に鉄条網をぐるぐる巻きにして設置している。まるで、この家にはお金がたくさんあると教えているようにも見えるが、このような要塞じみた家を見ると、普段リスクを考えない傾向にあるフィリピン人でも、現実味があるリスクに対してはお金をかけて備えるのだと気が付く。

そんなことを言えば、サリサリと呼ばれる小さく汚い何でも屋でも、店の正面には鉄格子があり、客はそれ越しに店内の商品を見て、購入代金の支払い、おつりの受け取りをする。これも強盗に備えての防犯対策だ。
貧しい社会にありがちな、安易で身近な犯罪は、大変現実味があるから備えるわけである。
しかも下手をすれば、命に関わる問題である。リスクの大きさに対しても、考えが及んでいることがわかる。

もし知らない南国に行き、そのような風情を至る所で目にしたとすれば、それはその地域や国の治安が相当悪いことを意味すると考えて間違いないだろう。
ちょっとやそっとではリスクに備えない国民性・傾向を持っているのだから、実際に目にする備えというものは、現実味を帯びたリスクに対して行われていると思う必要がある。
これが、初めて行った国や地域に対する、僕の見方の一つである。


しかし現実味が実感できないリスクに対しては、南国人は大変甘い考えをもっている。
子供ができたらどうするかを考え、相手を選び、行為に及ぶなどということはない。
後先を考えないから、安易な激情に流され、父親無き子供を出産したり不幸な結婚をしたりする。
日本で働いたフィリピーナは、それで随分憂き目に遭ったのではないだろうか。
しかし過程がそうだから、本来は同情の余地も減るのである。

貸したお金が帰らないことを考えない。
蓄えがないことの危険性を熟慮しない。
ここでお金を使ったら後でどうなるかを予想しない。
後先を考えず、その場の雰囲気や欲求で行動に及び、そして実際に困った事態に陥れば誰かを頼るということが習慣化しているから、リスクに対して真剣な態度を取れないのだ。

考えなしの行動が問題を引き起こしたとしても、頼られた方は大変困る。そんなことでいちいち助けていたら、切りがないからである。
頼られる方は、頼ってくる人を大勢相手にしなければならないから、しっかりと防御しなければならないが、助けを請う方には、そんなことなど一切わからない。頼ることが常習化している人は、他から頼られることなどないから、わかるはずがないのである。
そのような人には、世間、いやこの場合は日本基準の我が家は厳しいということを、身を持って教えるのだが、おそらくそこに含まれる様々なこちらの心情を、誰も理解していないだろう。なんて冷たい人だと思われ終わりだ。


そんな我が家でも、リスク管理が甘いため、現実に被害に遭っている。
いつかのブログ少し紹介したが、モナのビジネスで回収する予定のお金が、ある客から未だに入ってこない。
貸付に相当する金額は、5万を超えていた。
僕は、月給が5万やそこらの人に、5万という簡易貸付(口約束だけ)は危ないだろうと普通の感覚でモナに言ったが、モナは、手形(のようなもの)を貰っているから大丈夫よと、簡単に考えていた。
実際に期限通りその手形を銀行で換金しようとしたら、客の口座が閉鎖になっていたことがわかり、携帯でメッセージを送っても返事がこなかったが、その後に及んでも、モナは大丈夫だと言い、僕はその時点で、今後回収が相当困難だと速攻で感じた。

しかしそんな時、僕はなぜ大丈夫だと言えるのかを不思議に思い、モナはなぜ危ないと考えるかを不思議に思っているのである。
これが180度生き方の違う、別の言い方をすれば180度違う考えと感性を持つ人間のギャップなのだ。

現実には、その客にのらりくらりと催促をかわされ、最後は電話に出ない、コールバックしない、メッセージへの返事をしないという逃げの態勢に入られた。
僕の予想が的中したのだが、このケースでは、僕の見方が鋭いのではなく、普通の日本人であれば普通に嫌な予感がし、とっくに何かを考えた場面である。

明確な逃げの態度に出たので、モナは、フィリピンでは非常識な夜襲をかけることにした。
夕食時に僕を同行させ、ダディーのトライシケルで彼女の家を探して訪問した。
さすがにそこまでされた客の顔には、かなり狼狽している様子が浮かんでいた。そして翌日払うと約束したが、翌日指定された時間に職場に行けば、3000ペソしかもらえなかった。

次は7月の第1週に払うとのことで、僕はそれもかなり怪しいと踏んでいるが、その時にいくら払ってくれるのか、モナも彼女も全く話題にしなかったらしい。
友達同士や親戚同士の貸し借りならば、そのようなやり取りも仕方がないが、これはビジネスである。
そのような甘い考えならば、いずれ家計にも迷惑がかかる可能性を考え、そのようなビジネスは止めた方が良いと僕は思い始めている。

少なくとも、日本語が話せるモナに僕のビジネスを手伝ってもらうことは、その様子を見て止めることにした。
もし日本語の話せる事務員が必要なら、もっと有能できっちりした人間を、外から雇うべきだと明確に自覚したのである。
もともと甘い考えを持っている人間に、更に身内という甘えを持って仕事に関わられたら、うまくいくはずがないからだ。
これは僕のリスク管理上の、一つの結論である。

フィリピン人と結婚し、フィリピンに移住し、フィリピンで事業を始めるというリスクだらけのことをやらかす人間が、リスクの話しなどと片腹痛いわと言われたらその通りで、その意味では「目くそ鼻くそを笑う」になっているが、「同じ穴のムジナ」だからこそ、このフィリピンになんとか馴染んでいられるのだろうと思うこの頃である。


↓ランキングに参加しています m(__)m
人気ブログランキングへblogram投票ボタン



posted at 01:00
Comment(6) | TrackBack(0)
カテゴリー:フィリピン生活
エントリー:282.リスクの話し
2011年07月04日

281.まがいものだらけ

日曜日は何もしないで家でくつろぎたい。
コーヒーを飲みながら、本を読んで、時々たばこを吸えて、気が向けばすぐにパソコンをいじれる環境が欲しいが、残念ながら我が家にはリクライニング椅子もそのような空間も無い。
少し前に、エアを入れる椅子を買ってそこでくつろいでいたが、邪魔だという理由で撤去された。
仕方がないので、今はベッドの脇に、テーブル代わりのプラスティック製の椅子を置き、そこにコーヒー、灰皿を置いて、ベッドの上でくつろいで本を読んでいる。
文章でかけば優雅な感じになるが、実態はこの程度だ。

IMG_1193.JPG

この椅子であれば、必要な時だけさっと持ってきて、テーブル代わりになるから便利だ。
かなり前に手をつけたシドニーシェルダンが写っているが、これはさっぱりはかどらない。一冊買えば一か月はもつ。かなり経済的だ。
これと取っ組み合っていると、本を読む時間よりも寝ている時間の方が多くなる。
合間に読む日本語の本(再読)は、シドニーシェルダンが読み終える前に、3冊、4冊と読み終える。
今ではどちらを合間に読んでいるのか、わからなくなってきた。

このプラスティック製の椅子・・・勿論価格は安いが、先日これを踏み台にして蟻の駆除をしていたら、突然「バキッ!」という音がして、壊れた。危うく思い切り転倒するところであった。
そう言えばおばさんのお誕生日会に招かれた時に、同じような椅子があって、それは背もたれ付きだったが、それに腰をかけたら背もたれが「バキッ!」という音を出して、僕は思い切りふんぞり返る格好になった。まさにのけぞるという感じである。
周囲の人たちの視線が一手に僕に集まり、おばさんも笑いながらキッチンからかけつけた。
こんな風に壊れても、200円〜300円と安いからまた同じ物を買ってくる。

ちらりと写っているi-phoneは、僕の物ではない。ある方のものである。
僕の携帯はノキアではあったが、カメラも付かない一番下の部類の属する低価格モデルだった。
しかし、携帯を3台所有するある方が、自分とのあまりにもアンバランスな状態を気にしてか、前から新しい携帯を買えばと勧められていた。
そこで図に乗って、最近携帯を買い換えた。メーカー名はこれまで聞いたことのないものだったが、一応スマートフォンで2800ペソ(5600円)と安かった。
電話の後ろにフィリピン地図が印刷されているところがミソで、完璧にフィリピン製だ。

IMG_1195.JPG

IMG_1194.JPG

きっとこれは、フィリピン国内で新しく設立された会社の、貴重な最初の作品だろう。
さすがに至るところにバグ(不具合)がある。液晶は明るいところではほとんど見えない。タッチパネルは狙ったところと違う場所が反応し、使い勝手がめちゃくちゃ悪い。
時々タッチパネルが反応せずに、フリーズしたか?と思う時がある。しかし10秒ほど待てば、もとに戻る。
そんなことは店頭でいじって百も承知で買ったのだが、何が起こるかわからないワクワク感120%の、正真正銘の本物の安物だ。
日本では安物もそれなりに良いから、本物の安物にお目にかかるのは久しぶりだ。

フィリピンではノキアの安い物も出ているが、不自然に安い物は中国から輸入された、極めて本物にそっくりな偽物である。販売店がそれを堂々と言いながら売っている。
携帯売り場で携帯を見ていた時に、こっちのノキアは偽物だが、こちらはオリジナルだから断然良いと、さっぱり理解できない理屈により今回購入した携帯を勧められた。
付き添っていたモナも、オリジナルが良いに決まっていると仕切りに言う。
どうやらオリジナルという言葉に弱いようだ。
本当にお馬鹿な発想だが、フィリピン製の携帯はちょっと面白いと思い、「俺もとうとうオリジナルかぁ〜」などと悦に入った振りをして購入した。

一応スマートフォンなのでインターネットにアクセスできるが、少し使って見たら偉くロード(事前入金分)が減っていた。パケット料金(速度に関係なく、やり取りしたデータ量で料金が決まる)ではないのだろうか?
とにかく遅いので、ほとんど何もしなかったつもりなのだが・・。

しかも、いろいろいじくっているうちにどうやら地雷を踏んだらしく、グローブ(フィリピンの代表的な携帯会社の一つ)から勝手に音楽を送ってきては、その度にロードが減っていく。
ほとんど押し売り状態だが、肝心の音楽を聴くことができない。音楽を送ったとメッセージが届き、その後に何かの設定をしていないので、音楽配信ができませんというメッセージが携帯に届くが、お金だけはきちんと取っていく。
配信できないと分かっているなら、その金を返せと叫びたくなる。

もともと勝手に選んだ曲を送られても困るので、音楽配信を止めたいと思って調べたが、それが簡単にわからない。
意図的に、簡単に解除できないようにしているのが見え見えだ。そうなるとますます頭にくる。
3回ほどお金を取られ、グローブに文句を言おうと思っていた矢先、配信停止方法のメッセージが届き、ようやく止めることができた。本当にムカつく仕組みだ。

この携帯は、シムカードを二つ入れることができる。つまり一つの電話で、二つのナンバーを持つことができる。
僕がもともと使用していたナンバーは、スマート(これもフィリピンの代表的な携帯会社の一つ)だが、これがある日を境に、突然コール不能になった。新しく買った携帯電話のせいではない。
不思議なことに、コールをするのは不能だがテキストメッセージ送信は可能だ。
これは電話器のせいではなく、通信会社くさいとスマートへ苦情を言いにでかけたら、窓口で僕の携帯を何やらいじくり、「もう大丈夫」とそれだけ言われ、携帯電話を返された。
「おいおい、大丈夫なのはいいけどさぁ、ちゃんとダメになった理由を教えてくれよ」という気分で不具合理由を尋ねたら、システム上の不具合で突発的に時々起きるなどと、聞いてから初めて教えてくれる始末。しかもその原因は、自分のところの不始末じゃないか。
その際、済みませんなどの謝罪の言葉は一つもない。
(会社の誰かが悪いのであって、自分が悪いのではないから、謝らない・・そこは日本と考え方が違う)

このグローブとスマートという携帯電話会社は、インターネット契約も躍起になって取っているが、手前のキャパシティーを考慮せずにやるものだから、インターネット速度は超がつくほど低速。どちらも20kbpsや30kbpsという速度である。
それで両社とも一か月で2000円は取るし、遅くて使い物にならないから解約したいという申し入れも、事実上不可能。携帯の通話料金も馬鹿高い。

とにかく何から何まで、デタラメでインチキの、やくざ組織のような携帯会社だ。
ひとつがスペイン系、ひとつが中国系で、安い低賃金で現地の人間を顎でこき使い、更にフィリピン庶民から金を巻き上げる大々的な仕組みの一つを、まんまと作って成功した典型的な例である。


ついでにこれまで愛用していたブラウンも突然壊れたので、新しいシェーバーを買ったが、これがまた、変な物しか売っていない。
どれもこれも怪しい商品ばかりだが、かなり低レベルの商品群から選び抜いたのが、これである。

IMG_1196.JPG

信じられないかもしれないが、これがタバコシティーで一番高い、シェーバーである。
この色、デザイン共に、怪しさ満載だ。
価格は1500円ほどだったと記憶しているが、このようなものには、日本では滅多にお目にかかれない。
商品が入った箱には、英語と韓国語、中国語で説明が書いてあるが、メイドインどこそことは一切書いていない。会社名から察するに、中国製だと思われる。
おそらくこれも、すぐに壊れるだろう。

こんな事を書いていた矢先、飲料用電気湯沸かし器が壊れた。ホテルの部屋でよく見かけるやつである。まだ1年ほどしか使用していない。
少しばらしてみたが、肝心の部分が、新品で買ったくせにねじのビット溝がいかれていて、あけることができない。製造現場でねじを強く締めすぎて、壊してしまったのだろう。
ここまでくると、呆れてもう腹が立つことはない。
どうせ1000円くらいで買えるので、これもさきほど新しく買ってきた。
さてこれは、どの程度もつことやら。

とにかくこちらで買うものは、中国製の怪しいものが圧倒的に多いのだが、自分が身近に使用するものまで、フィリピン製や中国製になってきている。
商品も劣悪なら、サービスも劣悪。そのような中に身を置いて生活していると、エンジニアとしての感覚もおかしくなってくる。

僕はかつて、こんな国に日本の品質基準を持ちこんで、奔走していたのだ。
苦労したのが当たり前だ。今頃、そんなことを実感している。

いまのところメイドインフィリピンのユリが、すくすく育っているのが救いだ。


↓ランキングに参加しています m(__)m
人気ブログランキングへblogram投票ボタン



posted at 08:06
Comment(4) | TrackBack(0)
カテゴリー:フィリピン生活
エントリー:281.まがいものだらけ
2011年07月03日

280.お試しマッサージ

今日は初めてタバコシティーのマッサージを試してみた。
小さな店で、エステサロン兼業のマッサージ店である。
モナが何やら大枚をはたいてそこのエステに通っているが、そこにバイクでモナを送ったついでに、僕はマッサージを試してみることになった。

タイ式マッサージが500ペソ、スィーデストが300ペソ、指圧が300ペソ、タイとスィーデストのコンビネーションが500ペソ。いずれも1時間の料金である。

スィーデストって何?と訊けば、オイルを塗ってやさしく撫でるようなオイルマッサージとのことだった。シアツも発音が違うので、最初は「指圧」だとわからず、それも何かと訊いてようやく「指圧」と理解した。
僕は痛いマッサージが苦手なので、指圧は避けてタイとスィーデストのコンビネーションをお願いしてみた。

エステのモナとは別れ、僕はベッドが二つだけ並んでいる小さな部屋に案内され、このトランクス1丁になってくれと言われた。
着替えが終わり十分な時間は経っていたが、マッサージ担当のおばさんが部屋のドアをノックもせずに入ってきた。その辺が田舎の店である。

久しぶりのマッサージだ。
本格的なぐいぐい力を込めたマッサージが好きな人には物足りないと思われるが、僕にはほどよく気持ちが良い。
僕のマッサージに行く目的は、筋をほぐすというよりリラックスをすることだから、眠れる程度のソフトなマッサージが好みだ。


随分前になるが、セブで、いつも行く所とは違う小さなマッサージ店に、ふらりと1人で入ったことがある。
そこは普通のまじめなマッサージ店で、マッサージを受けるためのベッドは、カーテンで個々が区切られていた。
マッサージ担当の女性は、スリムな体型が若づくりに役だっているようだが、それでも30歳を少し超えているだろうと思われるお姉さんだった。

1時間のマッサージを終了すると、その女性が、「スペシャルは必要ないか?」という言い方だったと思うが、そんな質問を控えめにしてきた。
そこは真面目な普通のマッサージ店なので、僕は最初、さっぱり意味がわからず、「スペシャル?」と少し大きめの声で訊き返すと、その女性は慌てるように人差し指を自分の唇にあて「シィー!」と言いった後、「イエス、スペシャル・・」と再び言った。

僕は相手の女性に合わせ、少し声のトーンをおとしながら、
「スペシャルってスペシャルマッサージ?」と訊けば、「イエス」と、ようやく理解してくれたかという安堵感と、期待感を混ぜ合わせたような微妙な笑顔を浮かべ、彼女はすぐさま肯定した。

しかし実は僕はまだ、良く分かっていなかった。
僕は真面目に、スペシャルマッサージとは、もっと体に良い、気持ちの良い特別なマッサージ(今思えば、ある意味当たりだが・・)だと思っているから、その具体的な内容を知りたかったのである。

「だから、スペシャルマッサージって何?」
その再質問に、女性は眉間にしわを寄せ、「はぁ?本当にわからないの?」と言うので、僕は率直に「わからない」と答えた。

彼女は目眩を覚えたように額に手をあて、ふらふら〜っと数歩下がると、突然体に芯でも入ったようにシャキッと、やや体を斜めにし、片方の足を膝から軽く曲げ、まるでモデルのようなポーズをとった。
そして無理に作ったような笑顔の前で、左手の親指と人さし指で作った輪の中に、右手の人さし指を出し入れしながら、「これよ、これ・・」とでも言いたそうな仕草をした。
僕がそれを見て、「あ〜〜」と合点がいくと、彼女の作った笑顔に本物の輝きが加わり、「イェ〜ス」と、鼻にかかったまだるっこい声が返ってきた。
「ここで?」
と訊けば、彼女は無言でコクコクと、勢い良く2回頷いた。

こいつ、年増のくせに結構可愛いところがあるなぁ思いながらも、僕がきっぱり
「いらない!」
と答えると、彼女は「ホワ〜〜〜イ?」(なんで?)と驚いたように大きな声で応じた後、自分の声の大きさに焦ったのか、つかつかと再び僕のそばに寄り、「ホワイ?」と小さな声で確認してきた。

こんな時の返答は、いつも困る。こちらは全くその気がないだけで、彼女の年齢や容姿の問題ではない。
そこで、そんな時に僕がいつも使う言葉である、「ノーパワー!」と言ってみれば、彼女はクスクスっと笑って、再び「ホワ〜イ?」と訊いてくる。
「ローバット!」(バッテリーがない)と言ってみたら、「ワァ〜、それじゃ私がチャージしてあげるわ」ときた。

結構食い下がるなぁ、こいつ・・と思って困りながらも、いくらと訊いてみれば、「オンリー1000ペソ、価格もスペシャルでしょ」などと、馬鹿なことを言っている。
僕は1000ペソを財布から抜き取って、彼女に渡した。
彼女は僕が了承したと思い、自分の着るシャツのボタンを外し始めたので、僕はそれを制して「それはチップだ、もう帰る」と言えば、またまた「ホワイ?」と言ってくる。

僕は、「そんなにやりたいのか?」と質問に質問で返したら、「ノ〜〜、子供のミルク代が必要だから」と、その日一番のシリアスな顔を作って教えてくれた。
「だったらその1000ペソで買えるじゃないか」と言ったら、「ただのチップでは高すぎる」と、至極もっともな答えが返ってきた。
彼女が物事の道理を良く理解していることに、僕はとても満足した。

恋人がホテルの部屋で僕を待っている、もしばれたらこれだと、自分が首筋をかかれる仕草をしたら、彼女は「ア〜〜、オッケー、オッケー」と、そこで初めて納得してくれ、とても感謝されながら、僕はそのマッサージ店を後にしたのである。

子供のミルク代は本当か嘘かわからないが、お金に困っていたのは本当だと思われる。
僕は何年経っても、この印象的なマッサージ室のやり取りを鮮明に覚えているのだ。
こんなやり取りがあったマッサージ店は、後にも先にもそれだけである。

もし子供の話しが本当だとしたら、女性をそれほど追い込むこの社会や、子供の父親とは、いったい何なのだと思われるが、それが自由を標榜する資本主義社会の真の姿である。
自分の食いぶちは自分の努力や能力・才能で稼がねばならず、それが足りなければ食えないのは当たり前ということが、冷酷なまでに実行される。
彼女が無責任な男を選び、子供ができるようなことをしたから今のその姿があり、全ては自己責任の世界だから仕方がないと、割り切らねばならない。

貧乏な国に大きな資本を持ち込めば、貧乏な国民の上に簡単にあぐらをかけることを知っている連中が、それを狙って仕組みと資本を持ち込んだのだから、こうなるのは最初から目に見えている。
時の権力者が私腹を肥やすためにそんな勢力に傾けば、国の状態は目に見える急激な速度を持って、たちまち劣化する。

こんな社会は間違えていると、本気で世直ししようとする人が現れても、現勢力に立ち向かうのは難しい。志だけで強大な勢力に立ち向かえば、あっさりとと殺される社会である。
もし仮に誰かが今の枠組みを崩すことに成功したら、それは同時に、この国に政治的不安定をもたらすことになる。
どちらに転んでも谷底に落ちる、強風の吹き荒れる尾根をふらふらと歩いているようなものだ。
どうせどちらかに落ちるのなら、少しでも浅い方に落ちたいという悩みは、一般的にはなかなか結論が出ずに、無駄に時間が経過するだけである。
世間ではこれを誤魔化しというが、誤魔化しが通用するなら、通用するうちはそれでいこうという選択も、こんな社会では意味があるかもしれない。


さて、僕の1時間のマッサージが終わってみれば、何がタイ式とのコンビネーションなのかわからないような、素人マッサージであった。
それで500ペソは高いなぁという気持ちはあるが、これも調査費だと思って諦める。
それよりも、そんな誤魔化しマッサージをぼったくり価格で提供するような店で、その何倍もする金額を支払うモナのエステは大丈夫なのかと心配になる。

しかし本人は自覚していないだろうが、エステの効果もさることながら、そのようなことでお金を使うことに、意味があったりもするのだろう。
このような社会で辛抱や不安を強いられて暮らしてきた人が、当面の食いぶちの心配が無くなれば、反動で次は浪費を楽しみたくなる気持ちが、僕には良く理解できるのである。


↓ランキングに参加しています m(__)m
人気ブログランキングへblogram投票ボタン



posted at 01:00
Comment(4) | TrackBack(0)
カテゴリー:フィリピン生活
エントリー:280.お試しマッサージ

広告


この広告は60日以上更新がないブログに表示がされております。

以下のいずれかの方法で非表示にすることが可能です。

・記事の投稿、編集をおこなう
・マイブログの【設定】 > 【広告設定】 より、「60日間更新が無い場合」 の 「広告を表示しない」にチェックを入れて保存する。


×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。