フィリピーナと共に
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フィリピン生活:カテゴリの記事一覧です。

2011年05月20日

228.似た物夫婦

昨日、停電時に砂肝を食べた話題を書いたが、その時の話しである。

砂肝ミニパーティーを一足先に切り上げ、僕は部屋に戻って仕事をしていた。
少ししてから酔っぱらったモナが部屋に戻り、シャワーをするといいバスルームに入った。
間もなく
「マハール!シャワー壊れたぁ〜」

ここは何でも壊れるので、もうあまり驚かない。あわてたところで壊れた物が直るわけでもなし、ここは仕事に集中だと無視していると、
「ちょっと来てぇ〜、ねぇ、これ診てちょうだい」
と更に声がかかった。

「はぁ〜?もう〜・・・、全然仕事にならないなぁ」
と軽く文句を言いながらバスルームに行ってみれば、モナが素っ裸で電気温水器の蓋をあけ、中をいじっている。
「おっ、おい!コンセントが入ってるよ、危ないじゃないか」
僕は一度、その温水器のサーマルシャットダウン解除のため、蓋をあけていじっている時に、220Vに感電した。100Vと違い結構強烈である。

「壊れたなら、もう仕方ないなぁ。ちょっと我慢して。今忙しいから」
と言い終わるか終らないうちに、コンセントを抜きながらモナが
「あっ!きゃはははは・・・」
と笑いだした。僕には何が可笑しいのかさっぱり分からない。

「ごめん、今、停電中だった」とモナに言われ、
「ほんとにもう〜、これだから酔っぱらいは困るんだよなぁ」
と少しふてくされたふりをして、ちょっとコーヒーでも飲んで気分転換しようなどと思ったのである。

我が家の2階は、いつも電気ポットでお湯を沸かすので、停電中は1階に降りてガスコンロでお湯を沸かす必要がある。
1階でやかんに水を入れ、火を付けたガスコンロにそれをかけた。

モナのキッチン横には、水槽が置いてある。
その中には、1週間前に買った金魚5匹と、名前の知らないストライプ模様の熱帯魚3匹が泳いでいる。合計8匹で1000ペソ(2000円)もしたから、日本と大差ない値段だった。
お湯が湧くまで何気に魚を眺めていたら、5匹の金魚が水面近くに浮かび上がり、頻繁に水面から口を出している。

僕は、これはきっと酸素欠乏症だなと思ったが、エアーが出ていない。
「あ〜、また誰かがエアーを止めてるよ、どれどれ、可哀そうだからエアーを入れてやるか」
と、コンプレッサーの差し込みプラグを探した。
水槽近辺から2本のプラグが出ている。1本目をコンセントに差し込んだがエアーが出ない。確かどちらかが壊れていると聞いていたから、外れを引いたと思いもう一方をコンセントに入れた。それでもエアーが出ない。
「・・・・・・変だなぁ」と、また違うプラグを探したり、先ほどのプラグを再度コンセントに入れこんだり、3分ほど「あら?」とか「へ?」とか「ん?」など言いながらあれこれと試し、
「あっ!停電だった」
と思いだした。

先ほどモナに言ってやった
「これだから酔っぱらいは困るんだよなぁ」
という言葉が、まるで天に唾したかのように自分の中でリピートしている。

僕は自分の馬鹿さ加減に、1人で苦笑いせずにはいられなかった。
これを日本で言う「似た者夫婦」というのだろうか。

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カテゴリー:フィリピン生活
エントリー:228.似た物夫婦
2011年05月19日

227.砂肝

いやぁ、今日も言い天気だ。快調、快調!・・・などと思っていたら、パソコンの画面がふっと暗くなった。
あら?なになに??・・もしかして・・・

そう、また停電。
日本時間の3時までにお客さんへ回路図を送付することになっているので、パソコンのバッテリーがあるうちに仕上げなければならなくなった。

思ったよりも設計がはかどり、今日は調子がいいぞと思っていると、ベルがやってきて「マミーが呼んでる」ときた。

今急ぎの仕事をしてるのになぁと下へ降りてみると、何やらモナが炭焼きをしている。
砂肝の串焼きだ。
IMG_0913.JPG


「ちょっと味見して」
と言われ、「それじゃ一本だけね」と食べてみたら、「こりゃ美味い!」となった。
塩だけ振った砂肝が、炭でカラッと焼けている。
日本の焼鳥屋で食べるそれよりうまい。
モナも「そう?美味しい?」と味見。どうやら僕は、毒見役だったらしい。
IMG_0912.JPG

これは美味しいねという話になった。
天気はいいし、涼しい風も気持ちいい。
加えてこれだけ美味しい砂肝があれば、やはりビールだねと、話がまとまるのは早かった。
IMG_0914.JPG

仕事が順調だったこともあり、ついつい僕もビール。ダディーも参加している。

「平日の昼にビールかぁ〜、すごい生活だねぇ」
と言いながら、砂肝1本だけのはずが2本、3本・・・。

モナはビールをコップ3杯飲んで酔っぱらい、只今爆睡中。
IMG_0919.JPG
※こんな写真載せたら、後で怒られそう・・。

ユリもお昼寝。
IMG_0916.JPG


僕はビールパワーで、予定時間より早く仕事を切り上げ、ますます快調!
今日の夜はディスコの予定。

この幸せが永久に続いて欲しいと切に願う僕であった。

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カテゴリー:フィリピン生活
エントリー:227.砂肝
2011年05月18日

226.格差

会社設立のための手続き関係で、レガスピに行った。
いつもはバン(乗り合いタクシー)に乗り、レガスピでトライシケルに乗り換えるのだが、その日はモナを後ろに乗せ、初めて自分の運転するバイクで行った。

自分で運転すると意外と距離を感じる。
そして途中の町並み、その場その場の暮らしぶり、のどかな田園風景、海など、様々なものがいつもと違った印象で自分の目に映る。

今はお祭りシーズンなのか、この前の土・日に家の近所でお祭りがあったが、レガスピへ行く途中でもお祭りをやっている町があり、そんなところは国道を多くの人が列を成して歩いている。
道路の上にはロープに小さな旗がついたようなもの(運動会でよく見かけるやつ)が縦横無尽にかけられている。バンドが演奏していたり、ちょっとした露店があったり、それだけでも賑やかだ。

お祭りは英語でフェステバルだが、ここの地元の人はお祭りをフィエスタと言う。フェエスタはスペイン語のお祭りという意味だ。
「フェエスタ」で幸せそうにそれを楽しむフィリピン人を見ると、僕の胸中には哀愁とノスタルジックの入り混ざった複雑な思いが馳せる。

お祭りのある近辺では溢れかえるほどの人を乗せたジプニーが行き来し、そのことからお祭りのために親戚や友人の家に遊びに来る人がたくさんいることがうかがわれる。
日本では、観光の目玉になったような有名なお祭りは別として、親戚や友人の住む場所で開催される小さなお祭りにわざわざ出かけるような光景はほとんど見られなくなった。
もともとお祭りには、そのような人の行き来も含めていろいろな意義があったはずだが、日本ではそんなお祭りがすたれてきたような気がする。

フィリピンのフェスタを見ていると、子供のころの心が浮足立ったお祭りを思い出し、懐かしさを感じる。それを思い出させる光景にノスタルジックを感じるのである。
同時に、みんなが楽しんでいるフェスタという言葉に、スペイン統治の名残を感じるのが皮肉に思えたりするから、哀愁を感じたりもするのである。

なにせフィリピン人は、約333年もスペインの植民地として自分たちのアイデンティテーが踏みにじられた国であり、それが終わってからは、約48年間のアメリカ植民地時代が始まった。
更に第二次世界大戦時、日本軍がマニラ占領に成功し、アメリカ軍を降伏させた上でフィリピンを約3年間の日本軍政下に組み入れるが、その後アメリカが日本からフィリピンを奪回するため、フィリピンの各地で激戦が繰り広げられ、この時100万人を超えるフィリピン人が犠牲になった。フィリピン人には悲惨なとばっちりであったが、日本人にとってもフィリピンにおける闘いは、凄惨を極める結果となった。

このようにフィリピンの歴史は、侵略の歴史である。
現在のフィリピンは独立国家としての体裁を整えてはいるが、実のところ大きな財閥、会社はスペイン系と中国系が占め、多くのフィリピン人がその下で、搾取同然の低賃金で働く実態があるから、今なおフィリピンは見えざる植民地状態と言っても良いかもしれない。

国家が近代化し大きくなるための多くのチャンスを奪われ続け、国内では働く場所がないか、あっても驚くべき低賃金となるフィリピン人は、その働き口を国外に求め、家族がばらばらになって暮らすのが当たり前の国になってしまった。
それを考えれば、恨みが募っても当然のような気がするが、そのような気配など全く見せずに明るく暮らしている。


僕を含めた多くの日本人が今のフィリピンを見て、そこに昔の日本の良かった点を発見し懐かしささえ感じると言う。ここでのお祭りもその一つだ。
フィリピン人にとってお祭りは、楽しくて仕方のないイベントの一つであるようだ。
しかしそれは、近代化が遅れ、貧しい社会の形態がそうさせているだけと考えられなくもない。
日本では、お祭りごときは楽しくて仕方のないイベントではなくなりつつある。他の楽しいことがたくさんある。目移りするものがありすぎる。
そんなフィリピンに懐かしさを感じるという日本人は、普段大きな経済に支えられた近代的で便利な社会を当り前のように享受している。
しかしフィリピンは昔の日本を見るようで良いという日本人に、昔の日本が良ければ今の日本の社会を捨ててフィリピンのような暮らしに戻るかと問えば、おそらく大方の日本人の答えはノーである。
フィリピン人も、フィリピンが日本のような社会になることを望んでいる。
そんなことを思えば、それが自分の心中を複雑にする要因の一つであることに気付いたりするのである。


フィリピンは、マニラやセブ、ダバオなどの大都市を除けば、まだまだ素朴で質素な暮らしをしている人が多い。
そんな生活の中で、楽しみといえば限られる。
限られるからこそフィリピン人は楽しみ方を良く知っているし、思い切り楽しむ。

フィリピンの多くのエリアには、日本のレジャーのように、ディズニーランドに行くとか、美味しいレストランに食事に行くとか、ショッピング、ボーリング、映画、動物園、温泉・・と、なんでも揃っているわけではない。
仮にあっても、それらを楽しめる人は一握りの人となる。だから生活必需品を扱うスーパー以外は、なかなか大きく発展しない。

よってお金をかけない限られた遊びの中に、プールパーティーがありお祭りがあるわけである。
しかしそれが日本人の自分にとって、手作り料理を持ち寄って、現地でバーベキューをし、子供をプールで遊ばせながら大人はビールを飲んで歓談するというレジャーが、ダイナミックな遊びに映るのは皮肉と言えなくもない。フィリピンのお祭りを、日本の古き良き時代の象徴であるかのように見ている自分もいる。

それ故に、フィリピンで繰り広げられるそのようなレジャーの受け取り方が、日本人とフィリピン人では180度違うのではないかとふと思ったりするのである。
しかもプールパーティーなどのレジャーでさえ、こちらでは贅沢の部類になる。
そんなこともできない家庭は多い。

日本のような公平な社会で育った自分には、フィリピンという国が先進諸国と比べ、なぜこれほどの差がつかなければならないのか、努力で差はつくとしても、努力以外でついた差の方が大きいではないかと、嘆かわしく思うことさえある。
おそらく欧米や中国の人は、自分たちが良ければそれで良いと思うだけだろう。
だから遠慮なく搾取し、搾取できなければ困るから這い上がるチャンスの芽を摘もうとする。共産主義国の人でさえ怪しい。
本当の意味でこんな状況に憂いを感じることができるのは、日本人だけではないだろうか。

レガスピの役所で、事業の目的について尋ねられた。
質問の主旨はわかっていた。どのような事業形態で、何をしたいのかを尋ねられたのだ。
しかし僕は、優秀でやる気がありながら就職口のないフィリピン人に、まともな職場を用意してあげたい、そしてそれを大きくすることで、フィリピン社会に貢献したい、それが目的だと答えたくなっていた。
なぜフィリピン社会に貢献したいのか、それはフィリピン人が自分に幸せをくれたからだと答えたいのである。

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カテゴリー:フィリピン生活
エントリー:226.格差

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