フィリピーナと共に
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フィリピン生活:カテゴリの記事一覧です。

2011年05月11日

219.台風の後

今回はすごい台風だったのだろうか。マニラはところどころで冠水したそうだ。
マニラ近くの町では、トルネードが発生したとTVニュースでやっていた。被害のほどはよくわからない。

確かにここでもすごい雨が降っていたが、幸い我が家の場所は、冠水の気配も無かった。
高台だからだろうか。数年前の大きな台風時、家族はまだ古い家に住んでおり、その時には家の前の道路が川になり、リビングでプカプカと浮かぶソファーの上にベルが避難したらしい。(当時の家に2階はなかった)
その時は、市中の電柱を含め電力設備に大きな被害を被ったため、半年以上完全停電が続いていた。
半月ではなく半年というところがすごい。これがお国柄なのだろうか。
当時その話をモナから聞いて大げさだろうと思っていたが、今ではしっかりと、それも十分あり得ると頷ける。

ちなみに現在我が家は、日曜日の台風から停電が始まり、月曜の夜に電気が通ったのもつかの間、その深夜に再び停電。そして翌日の昼も再び停電続行中。

昨夜わずかな時間に充電した電気で、朝早くから一仕事をして日本へファイルを送付した。
とりあえず今日はモバイルインターネット端末が繋がっていた。
しかしPCのバッテリーも、画面をかなり暗くして使用しているがもはや心細くなってきたので、途中で諦めレガスピのイミグレーションに行ってきた。
そして夕方帰ってきたら、電気が来ていたという次第である。

台風の翌朝、草木が横になぎ倒され、折れている木もある。
ちょっと街に出てみた時にも、妙に見晴らしが良くなっているところがあった。
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我が家は台風が過ぎた翌朝、みんなで大忙し。
朝早くから、一家総出でそれぞれがいろんなことをしている。
次の写真は、倒れて道路を塞いだ木を、ダディーが片づけているところ。
ナタで木を切り刻んでいる。ベルもお手伝い。
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ママは道路の掃き掃除。モナの弟のロンは家の庭の片づけ、ジンは畑の被害調査と修復。
こんな様子を見ていると、フィリピン人って本当は働き者??と思えてくる。
事実これまでも、そう感じる場面に多々出くわしている。仕事の内容次第なのだろうか。

パパイヤの木が2本、完全に横に倒れていた。どうするのかと思えば、このようにつっかえ棒をしておけばよいらしい。モナとジンが二人で、ぱぱぱっとやっていた。とても慣れていらっしゃる。
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僕も畑のピーナッツが陥没したということで、モナの弟のジンを手伝い土盛り作業をしたが、畑仕事は見た目以上に体力が必要で、すぐに息が上がってしまう。
あっという間に息切れがして、その度にモナから「代わろうか」と声を掛けられるが、そこは男の意地を通し最後までがんばる。
赤いTシャツがジン、青が僕。
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ちなみにピーナツは、土が少ないと、肝心の豆も出来が悪いそうで、写真のように盛ることが大切だとか。
みんなそのようなことは、本当に良く知っている。やはりたくましい。

我が家の台風のユリがベビーシッターのマリーンに抱かれ、様子を見に来た。
パンダの傘がお気に入りなのか。
汗水たらして作業をしているところに、これはなんとも気が抜けるようだった。
IMG_0631.JPG

とにかく人手だけは多いので、あちらこちらがどんどんと綺麗になっていく。
こんなことがあると、このフィリピンで暮らすには、僕だけでは心もとないと思えてくる。
色々と文句、不満をこぼしてはいるが、やはり家族は大切だと、身勝手ながら思ったりする(笑)

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カテゴリー:フィリピン生活
エントリー:219.台風の後
2011年05月10日

218.なにじん?

台風が通り過ぎたと思われたのが、日曜の夜。これで電気もくると思っていたが、中々くる気配なし。
明日の朝にはきているかなと思って寝たが、翌朝(月)目覚めた時、電気がないことになぜだと思い始めた。
モナの話しでは、強制的に止めているのだから、台風が通り過ぎればスイッチを入れるごとく、簡単に復旧すると思っていたのに・・。
昼を過ぎても電気なし。携帯繋がらず、モバイルインターネット端末もだめ。PCのバッテリーはワラ(無し)。
完全に諦めて、買い物にでも行くかとモールへ行けば、照明は自家発でついているが、エアコンは停止しているので、中は汗が噴き出るほど暑い。
外へ出ると、こんなに涼しかったっけ??というくらい気持ちが良い。

買い物から戻り、夕方6時頃に家の照明がついた。やっと電気がきたぞと思い、喜び勇んでPCを立ち上げたが、PCが完全に立ち上がる前に、再び停電。モナが「あ〜、やっぱりテスティングだ」と言う。
「なに?それ、ただのテストか?」
「おーおー、でも、テストが終わったから、多分あと30分で電気くるかな」

それから2時間経っても電気がこない。

家中に蝋燭の灯りがともっている。2階のリビング、廊下、階段、1階リビングと、家の中のどこに行っても蝋燭の灯りがゆらゆらと揺れている。
夕食後、蝋燭の柔らかい灯りに包まれたような静まり返った家に、こんな雰囲気もいいなぁと思い始め、ゆっくりとタバコを吸っていたら、そんな気分を壊すようにパッと明りがついた。
でもまた騙し打ちかもしれないので、今度はすぐにバスルームに飛び込んだ。(我が家は電気がなくなると、冷水シャワーになる)
シャワーが終わっても、まだ電気が消えない・・・ようやく本当に復旧したようだ。
台風で停電まる2日。ここって年に何回台風がくるんだっけ???


さて本題。

外出した際、最近はマニラにいる時にはタガログ(たぶん)で、そしてタバコにいる時にはビコールの言葉(たぶん)で話しかけられる。

「@*?!+&%?」
「は?それ何語?僕はビコールラングエッジもタガログもわかりません」
「$#%?@!#?・・・・」(笑い)
「ごめんなさい、わからないんですけど・・」(笑い)
「*+@&%?!#&%・・・」(笑い)
「英語で話してほしいんだよねぇ・・・」(笑い)
「#$*+&#$・・・・」(笑い)
「いやぁ、そう言われてもわかんないってば」(笑い)
「%&$¥*@・・・・・・」(笑い)
「ところで何で笑ってるの?」(笑い)
「わはははは」
「なんだ、英語わかってるじゃない、あなた僕をからかってる?」(二人で爆笑)

延々とお互い笑っているが、僕は意味が通じないことに笑っている。もしかしたら相手もそうかもしれない。そう考えるとますます笑いが込み上げる。
それでも何となくコミュニケーションが成立しているような気がするから不思議だ。
いや、きっと成立しているのである。
日本語と同じようにタガログというマイナー言語で話す民族にして、これだけのコミュニケーションを取れるところが、フィリピン人のおおらかさなのかもしれない。

加えて眉毛を上下させるコミュニケーションは強力だ。
何となく目があって、眉毛を上下させると、相手も眉毛を上下させる。これで挨拶成立。
世界広しといえど、僕が知る限り眉毛で会話をするのはフィリピン人だけである。

モナに、最近フィリピンの言葉で話しかけられることを教えると、彼女は僕から2歩下がり、僕の頭からつま先までを眺めてから、「フィリピン人に見えるからなぁ」と言う。
イースターサンデーで海に行って、僕が真っ黒になってしまったのが原因らしい。
それに加え、フィリピンのバーバーによる30ペソヘアカット。そしてランニングシャツに地元で買った短パン。更にいつも愛用している75ペソのビーチサンダル。

先日のマニラ出張の際も、モナと二人、いつものビーチサンダルでロビンソンという大きく綺麗なモールの中を歩いていた。
途中でふと気付いたのだが、そこを歩いている人は、皆綺麗でおしゃれな恰好をしている。
大げさではなく、安っぽいスポンジ製ビーチサンダルによれよれのTシャツ姿は僕1人であった。
他のフィリピン人は、圧倒的に襟付きの服と革靴、もしくはきちんとしたサンダル(表面が皮のようなやつ)が多いのだ。

「ねえ、こんな恰好しているのは僕だけじゃないか。さっき気付いたよ」とモナに言えば、モナはまた僕の恰好を上から下までなめるように見てから、大笑いして「そうだねぇ」と言う。
「こんな汚い恰好で歩いていたら、追い出されるかなぁ」と言うと、やはり大笑いして「大丈夫でしょ」と言い、「ちゃんとしたサンダル買う?」と言われたが、「いや、もったいないからいい」と、結局ペラペラのビーチサンダルで通した。

仕事でお客さんへ訪問した時には、オープンシャツに折り目のついた綿パン、そして革靴を履いて行ったが、その時にはクラークのガソリンスタンドで、「韓国人?」と声をかけられた。「ノー」と言ったら次は「中国人?」と言われ、再び「ノー」と答えた。
次に正解が来るぞと思っていたら、「それじゃ何人?」ときたから、「フィリピーノ」と答えてやったが、相手は笑って信じていないようだった。

どうしても今の僕は、日本人には見えないらしい。これには首をひねるばかりである。

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カテゴリー:フィリピン生活
エントリー:218.なにじん?
2011年05月09日

217.与えることの難しさ

今日は台風で朝から雨。
我が家は鉄筋だから、台風でもびくともしない。
きしみや雨音がほとんどないから、家の中にいればさっぱり台風の実感がないが、外ではバナナやヤシの木やイランイラン(良く匂いのエッセンスで使用される)がなぎ倒されている。
明日はさぞかし見晴らしが良くなっているのではないかとのこと。

午前10時頃から暴風雨へと変わってきたと思ったら、プツリと電気が切れた。停電である。
まあしばらくすれば復旧するだろうと思っていたら、夜9時を過ぎても切れたまま。
変だと思い、モナに「もしかしたら台風の時って、意図的に電気を切ってる?」と訊くと、「そうよ」と簡単に言われた。
「風で電線が切れて人に触れたり、木が倒れたりしたら火事になって危ないでしょ」だそうだ。

確かに何かがあれば危ないが、それで一日中電気が止まるのかぁ、しかも夕食時までも・・と、また新しいフィリピンの考え方を知り、僕は少し戸惑い気味。
日本も昔はそうだったっけ??
はっきりとは思い出せないが、電気が止まるのは故障や事故だけではなかったかと思うのだが・・。
台風が終わるまで、電気は通じないそうだ。
念のために訊いてみたが、台風の時はいつも、強制的に電気が落とされるとのこと。
おそらくこれは、田舎だけのことだとは思うが、ここは台風がたくさんくるのだから、これは先行き大変だ。


さて本題。
ベルがパパ〜と甘い声だして近寄ってきた。
ベルは以前、僕をダディーマークと呼び、次にマークが取れてダディーとなり、今はパパに変わっている。
ベルは寝る前に僕にキスをしにくる。最近は特に、本当の親子のように接してくる。

さて何の話かと聞けば、テス叔母さんの娘であるアンに、間近に迫る彼女の12歳の誕生日にネックレスをプレゼントしたいということだった。
僕は、そのことはマミィ(モナ)と相談すると答えておいた。

昨年のアンの誕生日には、アンのリクエストでモナから携帯電話をプレゼントした。
僕が日本にいる時である。
しかもモナが使用していたものと同機種の、高めのものであった。僕の携帯が数個買える値段である。

僕はその時に、なぜそんな高価なものを子供に与えるのかとモナへ注意した。もっと安い携帯もある。子供に不釣り合いな高価な物を簡単にあげるという行為が、僕の気に障ったのである。

ネックレスの話をモナにすると、モナは安いファッションでいいでしょうと言った。
僕もそれであれば・・・と思ったのだが、しかし続けて「10Kの安いのがあるよ」というモナの言葉で突然気が変わった。なぜゴールドなのか。ゴールドなど、子供から子供へのプレゼントとしてあり得ない。

先日ベルとレガスピに行った際、ベルが指輪を落としたと言い出した。その指輪はすぐに見つかったが、それがゴールドの指輪である事を知り僕は呆れた。
なぜ子供にそんな高価なものを身につけさせようとするのか、その辺りの感覚も理解できずにいたところだった。

僕もゴールドの結婚指輪をしている。それを購入する時には、ゴールドかプラチナが良いと思っていたのだが、その理由は、長く大切に使用するものだから、変質の少ない材質が良いという理由があるのだ。もしその理由がなかったら何でも良い。

なぜモナは、他人に簡単にお金を使おうとするのだろうか、その気前の良さには大いに疑問を呈するところである。それは安いとか高いという問題ではない。
自分は家の中で、いつも穴のあいた服を着ているのだから、まずは自分の服を買いなさいと言いたくなる。

人に何かを与えるという行為は、確かに気持ちが良い。
しかし簡単に与えると、与えられる方は貰うのが当たり前になり、次第に感覚が狂っていく。卑しい乞食根性が染みつき、自力で頑張るということを忘れる。
場合によってはあげた人の気持ちを踏みにじり、貰ったものを簡単に人にあげたり、それを売ったりする。

以前日本のフィリピンパブで働く女にも、そんな性根の腐った人間がいたことを僕は知っている。
その女は客にちやほやされ、何でも好きな物を買ってもらえることに味をしめ、次第に感覚がおかしくなった。
しまいには複数のお客に同一の高価なブランド品プレゼントをおねだりし、その通りいくつか貰えれば一つを自分用にキープし、他を全て質屋で換金していた。
一つだけを使用していれば、それぞれの客は自分のあげた物を大切に使ってくれていると信じてくれるから、決してばれないことを知っているのだった。
完全に人の気持ちを屁とも思わずもてあそぶ確信犯である。
それでいて店の中では、優しいエレガントな女性を演じているのだから、僕は顔を合わせるのも嫌であったし、その女の客を不憫だと思っていた。

もともとフィリピンを始めとした貧富の激しい国では、お金が無い人はある人から施しを受けるのが当たり前という感覚がある。
それが普段の食べ物のような生死に直結することであれば理解もするが、装飾品などの贅沢品をあげることは、全く次元の違う話だ。
贅沢をしたければ、自分たちで努力をすればよい。
テス叔母さんは、3度の食事を我が家で取り、自宅へ帰っても電気、水道、ガス等の光熱費を一切払わないのだから、少し我慢すれば少々の贅沢ができるお金はたまるはずである。
マニラで働く旦那もいるのだから、生活やその他でかかるお金をくれと、自分の責任で旦那ときちんと話をすれば良い。
こちらがパーティーやプレゼントと、一から十まで祝い事をやってもらえると踏んでいるから、自分の娘の誕生日に親としての気持ちを一切示そうとせず、娘の誕生パーティーに自分もただのお客さんになっている。
そんなことでは娘の心も曲がっていくというものである。

もしモナが親戚としての気持ちを示したいということであれば、子供に相応しい物で済ませるべきである。
テス叔母さんは、ベルやユリの誕生日でも、またクリスマスでも、気持ちすら見せたことはない。いつも与えてもらうことだけを期待している。
それがわかってから僕は、テス叔母さんや娘のアンに対して、最低限の手助けだけで良いと考えるようになった。

また、ベルの気持ちをくみ取りたいということであれば、本来はベルの小遣いで買ってもらいたいところだが、ベルには小遣いをあげていない。
だからベルには、自分のことで何かを我慢してもらわなければならない。
人に何かをしてあげたいという気持ちがあるならば、自分の何かを犠牲にしてでも、してあげたいという気持ちを示してもらわなければならない。
家の何かを1週間でも手伝ってもらい、プレゼント代を渡すというのも一つの手だろう。
もしそれが、親のお金で買うのだからという安易な気持ちならば、その考えを改めてもらう必要がある。

人になにかをしてあげるということは、そういうことである。そこまでの気持ちを持ち、そのやり取りを通じて、他人の優しさも理解できる人間になる。
そうでなければ、気持ちのこもったプレゼントを売り払い、現金に替えるような人間に簡単になり下がる。
だから、可愛い娘のお願いだからと、簡単にお金を与えてはいけない。
実の娘ではないから冷たいということではない。これがもしユリであれば、僕は本人に直接、もっと厳しくその事を伝えるに違いない。

大人同士でも同様だ。簡単に人に物を与えてはいけない。
与えるということは、簡単なようで実に難しいことなのである。
与える側は、その時は気持ちが良いが、それが様々な意味で不幸な結果を招くこともある。
ご立派なことを書いてしまったが、僕は以前、それで取り返しのつかない大失敗をしている。

そんな話しをした結果、ベルはプレゼントを買うために、毎食後の皿洗いを一生懸命やり始めた。
文句一つ言わず、ふてくされる態度もないそのけなげな姿を見て、ちょっと嬉しい僕であった。

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カテゴリー:フィリピン生活
エントリー:217.与えることの難しさ

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