フィリピーナと共に
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2011年05月08日

216.久しぶりの料理

マニラでモナと二人、日本の調味料や食材を調達してきた。
買ったのは醤油、マヨネーズ、一味トウガラシ、みりん、調理酒、ツナ缶、ごま油、丸美屋のマーボ豆腐の素(甘口)、豆腐(パックされた日持ちのする豆腐。メーカーは森永)、ほんだし、めんつゆ、うどん(乾麺)、ドリップ用コーヒー、じゃぶじゃぶ用ゴマだれ。味噌も欲しかったが、これは売っていなかった。
これだけで、日本円で6000円程度かかった。輸入品なのでとても高い。

早速自宅へ戻ると、モナが何かを作りたいという。
マニラからの移動で疲れているので、簡単なマーボー豆腐にしようと、早速キッチンで調理した。せっかくだからと、最後にごま油をたらし、風味を増してみた。
結果は好評。美味しいが、豆腐が1パック100ペソ(200円)もすることを知った家族はたいそう驚いていた。使用した豆腐は2パックで、それだけで200ペソもする。普段は1日500ペソの食材で3食をまかなっているのだから、高いと驚くのは無理も無い。

翌日再び、モナが何かを作りたいと言い出した。
モナは僕が日本から持ち込んでいた料理本の写真を見て、ジャーマンポテトとコロッケを作ることに決めた。
自分で作ると言うので、作り方を簡単に説明し、モナは早速キチンへ降りて行ったが、少ししてからちょっと来てと、お呼びがかかった。

そして気が付けば、なんでこうなるのだろうと思いながら、僕がキッチンで料理をしている。
ダディーも参戦し、男二人で汗を流しながら、じゃがいもを茹で、玉ねぎとひき肉を別々に炒め、ジャガイモ半分はダディーがつぶしてマッシュポテトにする。
コロッケ用玉ねぎは、みじん切りにしたものを炒め、それと炒めたひき肉半分をポテトに混ぜ込む。短冊切りにして炒めた玉ねぎと残りのひき肉、ジャガイモはバター、塩、胡椒で炒め、ジャーマンポテトが出来上がり。
炒めた玉ねぎ、ひき肉を混ぜ合わせたマッシュポテトはモナが形を作ったが、なぜか全部が丸々としたボール形状。しかも基本はピンポン玉の一回り大きいくらいだが、大きさがかなりまちまち。それじゃポテトボールじゃないかと言ったが、形はとりあえず気にしないことにして、卵を絡ませパン粉をまぶす。
加熱済みの油にポテトボールを入れると、見事にボールコロッケが出来上がった。

全て出来上がったのは11:58。見事に丁度昼食時間だった。
出来上がった料理は、普通に美味しい。普通に出来上がったことに、僕はとても喜びを覚えた。これまで僕の料理は、普通にできなかったからである。
ただしコロッケは、やはり小判型にした方が良い。形が違えば、コロッケを食べているという感覚も半減することを知った。
ジャーマンポテトはポテトの塩味が少々足りなかったようだが、間違ってどぎつく味付けしてしまったものより全く食べられる。

いつぞやブログコメントで、料理はシンプルに作った方が良いとのアドバイスを頂いたが、そのアドバイスが活きた結果である。
いつも変に凝って、余計なものを入れ過ぎたりするから妙な物が出来上がる。
途中モナが、ごま油を入れてみないかなどと僕を誘惑してきたが、今回は、その方が美味しいかななどいう衝動を抑えに抑え、そんな誘惑をはねのけて作った。
とりあえず無事、昼食終了。


夕方、モナの姿が見えないので下の階に降りてみると、彼女がキッチンで何やら料理をしている。
見ればフライパンにお湯を入れ、豚のバラ肉をボイルしていた。
「おっ、今日は冷しゃぶしゃぶか?マニラで買ったゴマダレを付けたら美味しいね」
「違う、名前ない料理」
「は?」
ふと横のテーブルを見ると、その上に醤油、みりん、調理酒、ごま油が乗っている。

モナは僕の目の前で、調理酒を取ってフライパンの中にどぼどぼと入れ出した。
本人は何をしているのかわかっておらず、「こんなに入れたら酔っぱらう?」などとたわけたことを言っている。

「ほっ、ほんで?何を作るつもりなの??」
大きな不安が僕の中をよぎり、もう一度訊かずにはいられなかった。
「だから名前ないって。これ全部入れたら美味しいかなって。ごま油、美味しいでしょ!」
この言葉で、放っておいたらとんでもないことになることが、僕の中で確定した。

まだ間に合うと思った僕は、口出しせずにいられなかった。
「わかった、それじゃこのボイルした肉は、油で野菜と一緒に炒めよう」
「あっ、そうよ、お湯は捨てて、油で炒めるよ」
「そっ、そっか。それじゃさっき入れたお酒はなに?」
「美味しいかなと思って・・・」
「そっ、そっか、美味しいかもね、・・・???」

気付いたら僕がフライパンをふっていた。
にんにくを油で炒め、そこへ硬めのニンジンを先に入れ、たまねぎ、キャベツを順に炒め塩で味を調える。先ほどの肉を、塩少々、醤油、砂糖少々とみりんで甘辛く仕上げ、先ほどの野菜と絡める。

できあがると、照り焼き風見の美味しい野菜炒めになった。
モナが「野菜炒めみたいになったね」と言う。
「・・・・、野菜炒めを作ったんだけど」

とりあえず味は好評で、安堵した僕であった。
モナはマニラでよく行く日本料理レストランの名前を言い、そこと同じだという。
「タバコでジャパニーズレストランやろうかな」と、モナがぼそりと言った。
(それ、僕が作ったんだけど・・・)と口に出しかけたが、実際には「そ、そうだね」と答えておいた。

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2011年05月07日

215.マニラ出張・昼と夜

5月4日は、かの有名なアンへレス(クラーク)に行ってきた。アンへレスは夜の遊びスポットとして世界的に有名な地域であることは知っていたが、確かに車で街を走り抜ける際、夜のお店がたくさん並んでいるのが時折見える。

最初に訪問した日系企業の社長さんが
「ここはそれが楽しくて、ずっと住みついてしまった外国人が二千人?いや五千人だったかなぁ、とにかく数千人いるらしいよ」
と、仕事も遊びもたっぷりと経験を積んだことをうかがわせる老練な口調で教えてくれた。

アンへレスは、活字にするとAngelesと書く。これをフィリピンの人間にアンへレスと言っても伝わらず、そのままアンゲレスと言えばようやく地名を話していることが通じる。アンへレスはスペイン読みで、フィリピン人のほとんどはアンゲレスと発音する。

社長がフィリピンに進出し7年になるそうだが、良かったのは最初の1年だけで、あとはじり貧状態。続けるほどに損害が膨らむので、その工場を売って、もっと小規模な事務所兼工場に移転したいのだそうだ。

「ここは僕が日本から頻繁にくるほど大きな商売もないんだけどねぇ、でもたまに来て見ておかないとめちゃくちゃになって損害が増えるんだよ。もう次の場所を決めて契約も終わっているんだけどねぇ、ここが売れないと移れないんだねぇ。フィリピンで土地や建物を売ったり買ったりするのは難しいねぇ。不動産屋のようなものがないし、新聞広告みたいなものも無いから、そこら中に貼り紙でもしないといけないようだねぇ」

本当に困っているのだろうかと疑われるくらいに、余裕のあるゆったりとした口調で、正直な内情を教えてくれる。
言葉の端々に、今後の自分に参考になる内容が多く含まれている。

「建物を作る時に4千万かかったよ。空調も込みの値段だよ。日本とは比べ物にならないくらい安いねぇ。それでもフィリピンは不景気だからなかなか難しいねぇ。でもね、中国はもっと難しいんじゃないかなぁ。まあ見せられるようなものは何もないけど、ちょっと工場の中を覗いて行くかい」
と、激減したという約20名の従業員には広すぎる、閑散とした工場の中を案内してくれた。
中ではその会社が特許を持っているある製品が、細々と製造されていた。

そこを辞した後、そこから車で15分の別会社を訪問した。その会社には、7月の始めにある大型機械を納入する予定になっているので、搬入や機械立ち上げについての打ち合わせを行ってきた。
こちらの方が本命の仕事であったが、僕の頭からは、先ほどの寂しくなってしまった会社のがらんとした工場や、しみじみとビジネスの難しさを語る社長の雰囲気と言葉が離れず、別の機会にもう一度そこを訪れ、あの社長とじっくりと話してみたいと考えていた。


今回の出張には、じきに納品する大型機械メーカーの人間が同伴していた。
フィリピンは4回目だというそのお方、歳は白髪の目立つ50代半ばという人である。
彼はマニラへ戻る車の中で、クラークで垣間見たバーの話しや、マニラでの夜の過ごし方について話し始めた。
今回はこちらが機械を購入する客なので、あまり露骨な話しは避けているようだったが、少しは遊んでみたいようなことを遠回しに言っている。
女性をテイクアウトしたら、いくらかかるのか、それをするにはどこでどうすれば良いのかなどを質問されるが、僕も良く知らないのでドライバーに訊いてみた。
するとものすごく綺麗な特別の女性は高いが、普通は3000ペソから5000ペソで十分だとドライバーが教えてくれる。その気があるなら、夜は案内するとも言っている。彼らは客を連れていくと店からバックマージンが入るから、その手の話しには積極的になる。
お客さんは3000ペソという金額を、1人事のように復唱していた。

4回目のフィリピンといってもそのお方、英語がまるでできず、1人で自由にマニラを歩き回ることができないので、こちらを頼らざるを得ない。
よって僕は、前夜の10時過ぎに空港でその方のピックアップに始まり、手配していたホテルへと送り届け、チェックインを行い、翌朝のピック、その夜の食事から就寝まで彼に付き合うことを約束していた。まるで先方が顧客のようである。

夕食は和食レストラン、その後日本人向けカラオケに行くところまでをとりあえずその場で決めた。
日本人カラオケは女性のテイクアウトはないですが大丈夫ですかと念を押したが、彼もそんなつもりは全くないと話していた。

ホテルでモナと合流し、夕食の後カラオケ店に入ってからしばらくすると、
「最初は少し抵抗があったんですけど、気軽な感じで楽しいですね」と、普段は全く歌わないと話していたカラオケを数曲歌ってそう話すお客さんは、すっかりご機嫌になっているのが様子でわかる。そして再びテイクアウトの話に・・・。

「もしお望みなら、知り合いに電話しますけど・・」と言えば、
「酔っぱらっちゃったかなぁ・・、3000ペソでいいんですか?ちょっと試してみようかなぁ」などと言うので、これは電話をした方が良さそうだと、早速知り合いのドライバーへと連絡を入れる。
ドライバーは30分もしないうちに、カラオケ店にやってきた。昼とは違うドライバーである。

モナをカラオケ店に残し、ドライバー、僕、そしてお客さんと3人で、女性を探しにでかけた。
僕はできるだけ早くカラオケに戻りたい・・そしてお客さんはできるだけ早くホテルへ帰りたい・・ただし二人で。
いやぁ、そんなつもりは全く・・・が、スリムで日本語が少し話せたらいいなぁ・・・という話に変わっていることなど、当の本人は全く気づいておらず、車の中ではどきどきすると言っている。
とにかくできるだけ近場で済ませたいとドライバーに要求すると、ものの10分であるバーに連れて行ってくれた。

バーの中にはお客さんが1人も居らず、壁際にずらりと20〜25人ほどの女性が椅子に座って並んでいる。
僕ら3人が店に入ると、女性たちが色めき立つのがわかる。お客さんが女性を見ている間、僕も女の子を探しにきたと思われているらしく、女性たちはそれぞれ、一生懸命自分をアピールしてくる。

中に1人、特別目を引く子がいた。
日本語を話せるかと英語で訊くと、「だいじょうぶ」と日本語で返事が返ってきた。日本語を話せるという子が他にもう一人いたが、お客さんが決めたのは、やはり大丈夫と返事が返ってきたその子だった。
二重の大きな目に綺麗にカールのかかった長いまつげが印象的で、唇の端の少し上にある黒子がまた魅力的な美人である。話をすると、明るく、笑顔も好印象なとてもかわいい女性だ。
日本のパブで働いたら、間違いなく人気を博するタイプなので、この子であれば他にいくらでも働き口があるだろうと思われた。

お客さんが店に払うお金は3000ペソ(6000円)。店のマネージャーに直接現金で支払う。女性は朝まで付き合うという約束である。
最後に女性にタクシー代程度のチップを渡せば良いとのことで、すると3000ペソからドライバーへのバックマージンと、店で取る分を引いて、女性にはいくら残るのだろうと考えた。
朝まで付き合って、半分の1500ペソ(3000円)も残るのだろうか。おそらく1000ペソ程度(2000円)ではないだろうか。
そんな事情を察して多めにチップをあげたら喜ばれるだろうが、そのお客さんはそこまで考えてくれるだろうか。
そんなことを考えると少し哀れな気がしたが、女性の方はお客が決まったせいか、めっぽう明るい。お客の有り無しは、彼女たちの生活に直結するのだから無理はない。
それでも一番大変で嫌な仕事をこなす女性の稼ぎが様々な人にかすめ取られるこの構図には、他人事ながらどうにもやりきれない気持ちが残る。

二人をホテルまで送り届け、僕はカラオケ店へと戻った。モナにどうだったと訊かれ、とてもマガンダ(美人)がいてすぐに決まったことを教えると、「あなたのタイプか、あなたが一緒したかったんじゃないのか?」と少しだけ彼女のへそが曲がったようだった。

それから僕とモナは、2時までそこで飲んで歌い、久しぶりに酔ってホテルへと戻った。
ホテルが近いので歩いて帰るというと、店の若い男性店員が二人、ボディーガードだといい徒歩5分をホテルまでついてきてくれた。
そのエリアはエルミタと言い、確かに少々治安は悪い。鞄などのひったくりが多いそうだ。
ホームレスが多く、道路で寝ている人が目立つ。

翌日空港にいる僕に、昨夜のお客さんから電話がかかってきた。ホテルのチェックアウトの際、従業員の話していることがわからないから、話を聞いてくれという。
何かと思えば何のことはない、支払いはカードなので、カードを渡して欲しい、特にアディッショナルチャージ(追加料金)は無いから、当初の2日分の金額を払って欲しいだけだという。
それを説明し、昨夜特にトラブルはなかったかと訊けば、連れ出した女性との間で問題はなかったそうで少し安心した。

ちなみに最近マニラの夜の商売をする女性と交渉を持った場合、性病をうつされるケースが増えているらしいので、その点は自己責任で気を付けて欲しい。
そこで僕は、もし僕が商売でこのようなツアーガイドをするのであれば、今後は紹介する女性の病気のチェックもする必要があるな・・確実なのは毒見か?「毒見をしておきましたから安全です」などと言えば、客は喜ぶのだろうか、それともいやな気持ちになるだろうか、これは微妙な問題だなどと、またくだらない妄想を抱いたりするのである。

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エントリー:215.マニラ出張・昼と夜
2011年05月06日

214.フィリピンの飛行機事情

昨日、マニラからレガスピに戻る飛行機が飛ばず、マニラの空港で延々と搭乗待ちをさせられた。
11:40発の予定が、チェックインカウンターで13:30に延びる予定と告げられ、それであれば一度空港の外へでたいと申し入れをすると、もしかしたら出発が早まるかもしれないと言われ、仕方がないから空港でがんばって待つことにし、もうじきだなと思っていると、今度は15:00搭乗予定と場内アナウンスで言われた。
人の時間を何だと思っているのか。
状況が悪くなる度に「はあ?お金返して欲しいなぁ」と言いたくなるが、騒いでみたところで何かが好転するわけでもなし、大人しく待つしかない。

鉄道がないフィリピンでは、当たり前のように飛行機が遅れても、ライバルに客が流れていくことはない。
バスや船といった安くて時間のかかる交通手段はあっても、それで丸々1日や2日を費やして移動をするより、早い飛行機が良いという人がそれを選択しているのだから、飛行機で何度痛い目に遭おうが、飛行機を選ぶ人は飛行機という交通手段から離れることはない。

搭乗待ちのフィリピン人は、このひどい遅れに文句を言わず、それどころか陽気に話をして数時間の遅れなど気にも留めない御様子。何て我慢強い人たちだろう。もはや後光がさしている。

今回利用した飛行機は、比較的新しいZestAirという会社。
レガスピからマニラに飛ぶ際も遅れたが、セブパシフィックは僕が搭乗予定の飛行機より1時間近く早い離陸のはずだったのに、僕が乗るZestAir便がレガスピに1時間遅れて着陸した時に、まだその姿を見せていなかったから、「あ〜、セブパシフィックにしなくて良かった」などと思っていたが、そのつけをしっかりとマニラで回収された気分だった。

結局そのZestAir便に乗り込んだのは、15:30。
搭乗できたのは良いが、それが飛び立つまで更に1時間かかった。
しかし、セブパシフィックやZestAirが頻繁に遅れる理由の一つが少しわかった。

滑走路手前で待たされている間、窓からじっくりと外を眺めていると、これから入る滑走路から飛び立つ飛行機、もしくはそこに降りる飛行機は、プライベートのセスナのような小さな飛行機や、おそらく貨物便と思われるものがたくさん混ざっていて、それらの離発着の順番を待っている。
他の滑走路はもう一本あるらしく、そちらは国際便とフィリピンエアライン(PAL)が専用で使用しているらしい。
しかしPALの場合、着陸の際に専用滑走路が混雑していると、もう一方の滑走路を使用しているようだから、こちらの滑走路がますます渋滞となる。
よく飛行機が遅れる理由に、マニラ空港渋滞と言われるが、これだとPALは定刻通りの運行が可能で、それ以外の安い航空会社が頻繁に遅れるのは当たり前である。
だからできればPAL便を利用したくなるが、今回それをしなかったのは、PAL便は帰りが早朝の一本しかなく、慌ただしくなるからだった。
結局それが、一日を無駄にする結果となったわけである。

長い時間待たされ、ようやくマニラを飛び立った。
飛行機の中でいつの間にか眠ってしまった僕は、尻から突き上げられるような激しい衝撃で目を覚ました。レガスピに着陸した時の衝撃だったが、それにしても飛行機が折れてしまうような乱暴な降り方である。

飛行機が停止し、ようやく帰れると思ったら、今度は飛行機のドアが開かないと言うトラブルが発生し、飛行機の中に30分も閉じ込められた。
これは初めての経験だったが、レガスピ空港に迎えに来てくれたドライバーの話では、彼の知っている限りそのトラブルはZestAirで2度目だそうだ。
一時は非常用出口を使うという話も出たが、通常乗り降りするのと反対側の前方出口が一か所開いたので、そこにタラップをつけようやく地上へ降り立つことができた。

結局トータルの遅れ時間は5時間。たった40分の飛行時間のところを、朝9:30にマニラのホテルを出発し、自宅へ着いたのは陽も落ちて暗くなった7時少し手前だったから、一日かけて移動したことになる。
まるで長距離バスでも使ったような感覚である。
それでも飛行機が飛んで帰ることができたから良かった。到着後レガスピは雨が降り出し、すぐに夜のように暗くなった。おそらく設備の不十分なレガスピ空港は有視界飛行による着陸が前提だと思われるので、そうなると着陸不可能でマニラへ引き返す可能性も大きくなる。

フィリピンの飛行機で、初めて4〜5時間の遅れに遭遇した時には、なんて国だと大いに憤慨したものだが、今で到着できたことに安堵し、それでよしとしようと思っているのだから、僕がマニラ空港で見た後光がさしている方々の領域に到達するのは、時間の問題だと思われる。

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