フィリピーナと共に
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フィリピン生活:カテゴリの記事一覧です。

2011年05月01日

210.ウォシュレット

とうとう5月に入った。
日本風に五月(さつき)と言えば、新緑や過ごしやすい気持ちの良い気候シーズンというイメージが湧くが、今日のフィリピンは7時前だというのに、体に汗がにじむほど暑い。

しかも今日は、朝からお腹が痛くて目を覚ました。そう言えば昨夜も腹痛でトイレに駆け込んだら珍しく下痢だったから、何かにあたったらしい。
今朝も下痢が続いていて、腹の痛みが消えるまでトイレで粘っていたら、油汗なのか通常の汗かわからないが、とにかく一汗かいた。

フィリピンでは通常、トイレの後は水でお尻を洗い流す。ここではずっと昔からマニュアルウォシュレットだが、僕も今では、大(だい)をした後に洗い流さないと気分がすっきりしないので、普通にお尻を紙で拭いて、その後ですぐシャワーを浴びる。
日本でも僕はウォシュレットが必需品のような感じになってしまったが、最初にあれを見た時には、とうとう売るものが無くなってこんな物を出したのかと大いに馬鹿にしていた自分がこの有り様で、今ではそれが、如何に自分に先見性がないかを自覚する具体例の一つとなっている。

当時ウォシュレットを出したメーカーは、それが如何に素晴らしいものかを宣伝するのに、色々と工夫を凝らしていた。
今でも頭から離れないのは、ガラスのような板の上に水溶性クリームを置き、紙で拭いたら汚れが広がるだけだが、このように水で洗えば綺麗になるというのを、二つ横並びにして実演している映像である。
食事時には嫌なものを連想させるので、放映時間を考えてのCMだったと記憶しているが、あれはその効用を自分に刷り込ませるに効果絶大であった。
それに加えフィリピンでマニュアルウォシュレットを経験するようになってから、水洗いは僕の中で絶対化した。

今日は事を終えた後、ちょっと面倒だったのでシャワーではなく、バス(トイレとバスは同じ部屋)の中に移動し桶を使いお尻を洗おうと思ったが、立ったまま桶の水をお尻にかけて洗うという行為は思い切り体をよじる必要性があり、その際脇腹から脇の下にかけて、ぴきぴきと鋭く刺すような筋肉痛が走り、トイレを出たあと10分間もその痛みに耐えるはめとなった。歳を取ると体のあちこちにガタがきているのを実感せざるを得ない。

フィリピン人のそれにかけてはプロの方々は、便座に座ったまま桶の水を手ですくい、ちゃぷちゃぷと洗うようだが、僕はそれにはやや抵抗があり、どうしても必要に迫られた時以外にはそれをやらない。
では必要に迫られる時とはどのような時かと言えば、過去一度だけそれがあった。

レガスピからマニラへ行くための空港で、レガスピに到着して間もなく激しい腹痛に襲われた。そのまま我慢をすれば離陸のG(体が受ける圧力)の影響で周囲に悪臭を放つ事態に陥る可能性があったので、空港のトイレに入ってすっきりしてから乗ろうと、個室に駆け込み用を足した。
大いに一息ついたのち、トイレに紙が無いことに気付いた僕は、そうだった、ここはフィリピンだから公共の場所に紙がないのは十分あり得るのだったということに想いを馳せ、ポケットティッシュか何かないかを探したが見当たらない。
仕方がないので鞄の中に入ったノートをちぎり、それを十分に揉みほぐしてお尻を拭いたが、経験がない方でも容易に想像がつくように、それでは全く不十分である。
さてどうしたものかと考え、これは仕方がなく、トイレの水を流し、流れている水を手ですくいお尻を拭いた。この際雑菌がどうだとか、手や汚れるだのと細かいことは言っていられない。

結果的には普通に紙で拭くよりもはるかにすっきりしたのであるが、とにかくその後は水道に水で十分手を洗い、何食わぬ顔で飛行機に乗り込んだ。
しかしその後飛行中、これまで何十年と生きてきて、実は同じような状況に陥ったことも過去あったのだが、この方法が一度たりとも思い付かなかったのは不思議だと考えていた。
ピンチになったらかなり有効な手段なので、読者の方にも是非覚えておいてもらえれば損はないと自負する次第である。

さて、本来このようなことを書くつもりは100%なかったのに、気が付けば話が思い切り脱線している。
しかしそれなりに役に立ちそうなことも示すことができたので、微妙な満足感を得たまま、今日はこの話だけで締めてしまおうなどと思っている。
どうやら正露丸が効いてきたようで、この朝も清々しく感じる体調へと復調してきた。
今日一日、さてどう過ごしたものだろうか。

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2011年04月30日

209.モンスターユリ

先日愛娘のユリを連れ、タバコシティーのモールへと出向いた。
ユリは少しずつ僕に慣れ、ユリの中で僕は、「パパ」と呼ばれる叔父さんからユリの父親を意味する「パパ」へと少しずつ変化しているようだ。
現時点で僕がどのレベルにいるのかは不明だが、ユリが寝起きで機嫌の悪い時でも、「おいで」と僕が両手を差し出すと、最初は絶対にしなかった、両腕をこちらへ差し出し抱っこしてという意思表示をユリがするようになったので、ようやく僕もかなり上位レベルに到達しつつあると勝手に想像している。
この手の勝手な想像は、何かをきっかけに思い切り勘違いしていたことが発覚するのも常であるが、何かしらの進展が継続的に起こっているのは確かだ。

このように、少しずつ僕になびいてきたユリを抱きながら、僕はモールの中をぶらぶらしていた。
自宅へ帰った当初、決して僕に抱かれようとしなかったユリが自分の腕の中に身を任せ、こうして歩けるという、ただそれだけのことに僕は喜びを感じながら、おそらくデレデレとした面持ちで歩いていた。
そんな中、二人の目の前におもちゃやサンダルなど、その品ぞろえに全く脈絡のないお店が登場した。

店の前には箱に入った女の子の人形が置かれ、その脇には車やヘリコプターのおもちゃがある。ユリが最初に反応を示したのは車のおもちゃだった。
子供に甘い日本人の鴨が来たと、早速若い女性店員が近づいてきて、二人の傍らに立った。
ユリは僕の手を離れヘリコプターや車をいじっていたが、そのうち女の子の人形の前に移動した。そしてその箱をまるで整理整頓するかのように、おりこうさんにきちんと並べ始めている。
・・・が、次第にその扱いが乱暴になり、よく見れば人形が入った箱をわしづかみにするようにし、箱が壊れんばかりに変形している。
これはいかんと、「ゆーり、だめだめ、やめなさい」と、ユリの手から無理やり人形の箱を引きはがそうとしたが、そのことでユリの暴挙はますますエスカレートし、そのうち伸ばした両腕を思い切り左右振りながら、整然と並んでいる箱をぐちゃぐちゃに崩し始めた。と、傍らに立っている若い女性店員がその様子を見ながら、そこまでやるなら買えよと言わんばかりの冷ややかな目つきで
「75ペソ・・・」
と、余計なことは一切言わず、その人形の値段だけをぼそっとこちらへと告げた。
ユリの後ろにしゃがみ込んでいた僕は「え?」と、ぞんざいで無味乾燥的なその物言いに唖然として女性店員を見上げたが、その間にもゴジラと化したユリが、大都会東京を壊滅せんとばかりに、目の前に積まれたおもちゃをがちゃがちゃと豪快に破壊していることにハッとし、無理やりユリを後ろから抱きかかえ「ひぇ〜」とその場を逃げ出した。

こんなこともあった。
ディナーの時に、ユリが椅子に座りながらテーブルの上に足を上げる。これはいけないことだと教なければならない使命感の襲われた僕は「ダメ!」と言いその足をテーブルの下へと降ろした。ユリがその足を再びテーブルの上に上げる。僕が「ダメ!」と言い足を下げる。ユリはだめだと言われると、ますますその「だめなこと」を増長して行う傾向があるから、もっと勢い良くテーブルに足を戻す。
これはますますもっていかんと、僕も意地になってユリにわからせようと同じことを繰り返すが、意地になっているのはユリも同じだった。
これは根比べだと、何回も二人でその同じことを繰り返す。まさか47歳にして1歳半の幼児にこれほどムキになるとは思いもよらなかったが、ここは嫌われてもこちらが折れるわけにはいかない。
しまいにはテーブルに上げた足をひっぱたいてみたが、ユリはまるで動じない。なんという強情な子供だと思いながら、ユリが泣きだすまでそれを続けた。
こちらも本当は子供のことを真剣に考えてしていることだが、あまりの強情さやしつこさに、最後には「ようやく勝った・・」という訳のわからない感情が湧きおこり、今日はここまでにしてやるなどと強がったことを言うが、勝ったはずの僕の方が実は妙な疲労感に襲われていたりする。

1歳年上のアニカが家に遊びにきている時は、ユリがアニカをいじめ泣かせている。
確かにユリの腕力はとても1歳児とは思えぬほどで、特に朝、いつの間にかベッドの横に来ているユリに、僕もその剛腕で何度も顔をわしづかみにされ、「いててて」と目を覚まし、ユリの存在にハッと気づき、体を反らせて次の攻撃に備えたりしているのだ。
それだけではない。僕の日焼けで痛い背中を、ユリは遠慮なく爪でガリガリとすごい力で引っかく。こちらが本気で痛がると、ますます調子にのって襲ってくるから、僕は思わず「この子はまるでモンスターだ」とモナに言いながら、ユリから逃げている。
ユリから物を取り上げる時など、その馬鹿力に驚きながら、こちらも半ば本気で力を出さないといけない。

不幸なのは、自分たちの生活を支えている、もしくは拠り所の僕とモナの娘だということで、ユリが悪さをしてもみんなが遠慮をし、本気でユリを叱らないことだ。
悪いことをしたら尻でもひっぱたいて、しっかりと悪いことは悪いと教えて欲しいのだが、体罰を嫌うフィリピンでは誰も甘い叱り方しかしないから、ユリがますますつけあがる。

とすれば、僕ががんばり見本を見せねばならない。
今ではユリが悪さをした時に、僕が「こらぁ〜!」と大声を出すと、ユリはガバッとうつ伏せになりお尻をちょこんと上げながらクッションや枕に顔をうずめる仕草をする。
ユリはどうやら、叱られているということを自覚し始めたようだが、そのあと少し時間が経つとケロッとしたもので、また同じことを繰り返す。
こちらが遊ばれているのではないだろうかと疑いたくなるような有り様だ。
しかし叱られていることを理解しているのであれば、やはりきちんと叱ってあげなければならないから、これは二人の根比べなのである。

僕が日本にいる際、ユリのこのような様をモナから聞いて、僕は「元気なことは良いことだ、それは幸せな悩みだ」などと話していたのだが、それが如何に脳天気な発言だったのかを今僕は思い知り、僕自身がいつも「こりゃ大変だぁ」と汗をぬぐっている。

これが男の子だったら、大物になるかもしれないなどという期待感で自分を慰めることができるが、このような普段の豪傑ぶりを見るにつけ、これは大変な女になる可能性があると、真剣に心配になってしまう。

その話しをモナとしていると、これは誰の血だということになる。
モナが子供の頃は、大人しくて可愛い女の子だったとママが言うから、モナはユリのそれは自分の血ではないというが、聞き分けの良い大人しい子供ということであれば、3〜4歳くらいまでの限定だが僕も負けていないと自負するところである。
しかし、目鼻立ちがはっきりしてきたユリの顔は、可愛い女の子のものになり、親バカな僕はそんなユリの顔を見て、これはきっと美人になりそうだと思わず口に出してしまうのだが、そのような時だけモナは、「それは私の子供だからでしょ」と言う。
冗談だとはわかっていても、豪傑なのは私の血ではなく、美人は私の血だという「いいとこどり」のその言い分はどうかと思うのだが、余計なしこりを残さぬように僕は「はいはい」と言っておく。

結局誰の血のせいで、そのような豪傑になったのか結論は出ないが、とにかく血のせいにしても始まらない。ゴジラのように凶暴で強情なユリは、二人の子供として現実にこの世に存在しているのだから、親の責任で彼女を、どこへ出しても恥ずかしくない娘に仕上げなければならない。だから僕は努めてユリを叱る。
しかしいくら僕が本気で叱っても、ユリは次第に僕になついている。
それはそうだ、僕はユリが可愛くて仕方がないのだから。いつでも頬ずりしたくなり、この手で抱きしめていたいほどだ。そんな気持ちはどうやっても伝わるものらしい。

豪傑で強情で我儘なだけのユリではない。表情が豊かで、すぐ人真似ができて言葉も覚えるほど賢く、不思議なくらい愛嬌がある。常にみんなの笑いを誘い愛くるしさを振りまいているから、ユリは僕だけではなく、みんなに十分すぎるほど愛されている。

その愛をくみ取って、何とか優しい女性に育ってもらいたいものだとつくづく思うのだが、その道のりは激しいほど険しく遠そうだ・・・ふぅ。
ユリ.jpg

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カテゴリー:フィリピン生活
エントリー:209.モンスターユリ
2011年04月29日

208.暑い一日

フィリピンへ帰り丁度1週間が経つが、燃え尽き症候群はますます度を増し、仕事に身が入らず、少しPCを触っただけでユリにちょっかいを出したり、はたまたコーヒータイムになったりで、結局今日は仕事にならないからと完全放棄を決め込み、そして退屈そうにしているベルにモールに行こうなどと声をかける日々が続く。
当然このままで良いのかという葛藤が心の中にあるわけだが、依然なんともし難い状況。

ホーリーウィークが終わり街にも渋滞をはじめ賑やかさが戻ってきているようだが、僕のホーリーウィークをいつ終わりにするかと真面目に思案しているところへモナが、「久しぶりに帰ってきたのだから、少しくらいゆっくりしていてもいいじゃない」などとお気楽に言うものだから、その言葉に流されてはいけないという心の中の警鐘にまるで布団でもかぶせるように、優柔不断な気持ちとは別物の「そうだね」という言葉が口からすっと出てきたりして自分でもハッとする。
その言葉が出ると突然気が楽になる時と、ここままではいかんといういっそう焦りの気持ちが募る時があり、次にはこの気持を左右するファクターは一体何か、わかればもっと気楽になれるのになどと考えたりしていた。

しかし結局は、如何に気持ちを楽にしてさぼるかを考えている自分に気付き、5月に入ったら自分にエンジンをかけようなどと思っている矢先、日本から仕事の電話が入り、5月の始めにマニラへ出張の運びとなった。
外に出ればかような弱い心であっても、約束事にいやいやでも束縛されることが多くなるので、自分を自ら律することが困難な今、大変ありがたく思ったりする。

さすればどうせいやでも仕事をしなければならないのだからと、今日は、いや、今日も腹をくくり、ちょっと買い物にでも行ってみようかと外へ出ると、だらけた心に灼熱の太陽光線がさらに拍車をかける結果となり、体力の著しい消耗を感じながらへろへろになって家に帰ってくる始末であった。

途中でモナがDVDを買っていたが、最初は安いからと気にも留めずにいたものを、ふと、仕事もせずにDVDを一日中見て、夜になればどこぞの人を呼んで酒盛りを始める最近のダディーの生態とが重なり、それを見てお気楽でいいなと羨むような恨めしいような自分の気持ちがさらに加速される事態にもなりかねないのであれば、新しいDVDを買足すことは安いでは済まされないではないかと、ちらりと脳裏をかすめるが、わざわざそのような小さなことを口にして卑小な人間だと思われるのも癪なので、結局そんなことはこれっぽっちも言わずに帰ってきた次第である。

そう言えば途中、あまりの暑さに何か冷たい物を口に含みたくなり、ハロハロで有名なあの店に行きたいと言ったら、モナの賛同を得られたのでそこへ行ったが、メニューの写真を見ているとやはり、氷とアイスとチーズとゼリーとコンデンスミルクをミックスした奇異な食べ物であるハロハロは避けておこうという気になり、僕はコーラを注文した。
出てきたコーラは珍しくきんきんに冷えていたので、それを一気に喉奥に流し込んで上機嫌でいると、モナはしきりに自分の食べているハロハロを僕に勧めるので、仕方なく一口二口と食べながら、なぜ日本のかき氷のようにもっとシンプルにできないのだなどと思っているのだが、そんな時に「美味しいでしょ!」と、質問ではなく同意を求める形で彼女に言われると、思わず「うん、うん」と頷いてしまう自分が情けなかったりする。
しかし「いや、まずい」と言えばその先延々とまずい理由を説明せねばならず、しかも実際にはまずいわけではなく、さりとて美味しいからもう一杯注文しようというほどでもなく、その塩梅を説明するのが至極面倒なので、ひとまず差しさわりのない返事をしているのである。

家に帰ると間もなく、「マカオナ!(食べなさい)」の声が下から飛んできた。条件反射的に時計を見れば丁度昼飯時で、暑さにやられた体は全く食糧を受け付ける状態ではなかったが、重い体を引きずるように渋々下の階へ降りて行くと、どうやらそんな僕の状態を見越してか否か、モナは、僕が今回日本から持参したハナマルキのインスタント味噌汁とニコニコのりの味付けのりを食卓に用意していた。
それでも食欲をそそられるほどではなかったが、試しに味噌汁を口に含んでみると、暑い時に暑いものは意外と相性が良く、これはいけるとがぶがぶそれを飲みほし、ふと隣のモナを見れば、味噌汁の中から具の主役というべき油揚げを「これスポンジみたい」と言い皿に寄せているので、「何をもったいないことをしているんだ」と僕がモナの味噌汁カップを取り上げ、「美味しいではないか」と油揚げをたいらげてあげた。
ついでに最後にフォークにひっかかったワカメを自分の口元に持っていこうとした瞬間、モナの「そこまで!」という、まるで犬にでも言うかのような勢いのある言葉で、僕が口元まで持っていきかけた腕の動きが制止され、ワカメだけはしっかりとモナの口の中へと吸い込まれたわけである。

とにかく食欲不振に味噌汁と味付けのりが一役買ったかたちで無事昼食も終わり、1階リビングに繋がるひさしのかかった屋外へと移動し、たばこに火を付けると、なんとも言えない涼しい風が体を撫でて通り過ぎる。
「くそ暑いからこそ、この涼しい風が映えるだろう、この気持ちよさこそフィリピン生活の醍醐味だな」などと、そんな生活を選んだ自分に悦に入ってたばこをくゆらせていたら、ふと、大手有名電機メーカーを辞めて、一人で仕事をしている人の言葉と顔を思い出した。

彼が言うには、会社を辞めて時間がたくさんあるのでたくさん休んでいるつもりだけれど、休んだ気がしないと言うのだった。人生の先輩である彼に僕は僭越ながら言った。
「日本人はつくづく休み方を知らない」と。
どこに行くにもスケジュール満載の時間に追われるバケーションなど、疲れるばかりで仕事と紙一重だと、僕は常々思っている。
では本当の「休む」とは何かと言えば、「何もしない、何も考えない、気の向くままのんびりする」ことだと言った瞬間、なぜかその時「何も足さない、何も引かない」というあのコマーシャルの言葉が頭の中をよぎったことまでも思い出した。
その時僕は、それは変かと思いながら、いや、自分のしたいことに何も足さず何も引かず何も細工をしないことだから、その言い方でも正しいのだと一人で勝手に納得し、次の言葉を続けたのである。
「眠りたければ眠り、食べたくなったら食べて、そんな生活の中に、読書でも作文でも、写真撮影でも、生活上必然性の無い物を持ち込んでおく。気が向いたらそれをやり、休みたくなったら休む。そしてやりたくなったらやる・・・」
ここまで当時の会話を思い出し、「ユリはそうやってできた子供だから自由奔放すぎるのだろうか、先行き不安だ・・・」などと、頭の中の思考がわき道に逸れた時点で現実に帰った。

なぜ突然そんなことを思い出したのかと言えば、頭を空っぽにして、廃人にでもなったかのように自然の心地よい風に身を任せ1週間を過ごせば、社会復帰が難しくなるほどバケーションを満喫できることを、その風を受けながら思い出したからだった。
そんな体験をしてみれば、自分がそれまで、如何に休み方を知らなかったかを知ることになる。
かくいう自分も休み方を知らなかった口で、それを知った瞬間に、悔しいが欧米人はバケーションのあり方を良く知っていやがるなと思ったものである。

かような思考を巡らしながら、どうやら自分にも休みが必要かもしれないなどと、自分に都合の良い方向へと考えが動き出し、よくよく考えれば運よく日本はゴールデンウィークに突入し連絡も途絶えるではないか、そうだ、今から自分なりのバケーションをどうするか考えておこうという強い想いを抱いていると、再び日本からの電話で、マニラ出張の期日が二日も前倒しになった。

「あ〜、僕のバケーションが・・・」などということはおくびにも出さず、電話口で「大丈夫です。如何様にも対応します」と心にもないことを約束している自分が、哀れで仕方がない。

昼寝などをして、気付いたら時計は5時を指し、今日も何も成さないまま、暑い一日が終わろうとしていた。

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