フィリピーナと共に
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2011年04月28日

207.イースターサンデー

前夜ビコールで激しく降っていた雨が止み、23日(土)は朝から良い天候だと連絡があった。それに合わせるようにマニラも気持ちの良い天候に恵まれた。
ホテルで朝食を取り、それから荷物の整理を始め、予定通り10時に空港へ向かうタクシーへと乗り込んだ。
空港で少しゆっくりできるよう時間に余裕を持たせホテルを出て、しかもタクシーにはできるだけ早く空港へ到着するルートを通って欲しいとお願いし、タクシーは高速道路のような高架道路を快調に飛ばしていたが、道路は見事にガラガラであっという間に空港へ到着した。

国内便のチェックインカウンターで、突然二人の結婚証明書はあるかと言われた。
「????」
二人揃って首をかしげながらモナは持っていないと答えたが、実は僕はNSO(フィリピン国家統計局・National Statistics Office)発行の結婚証明書を持ち歩いていた。まだフィリピンVISAを持たない僕は空港や他の場所で何らかのいちゃもんをつけられた時に困る事態に陥る可能性があるので、念のためにいつもそれを持つことにしている。
それを差し出すと、係員は穴があくほどそれをチェックし、「Thank you」と言い返してくれた。
なぜそんなものの確認が必要かと訊いたが、「システムが変わった」という、いつもの訳のわからない答えが返ってくる。全く質問の答えになっていないその答えは、フィリピンではいやというほど何度も聞かされる。何か想定外のことが起こり文句を言うと、システムが変わった・・である。これが繰り返されると時折頭にくるが、先方はとりあえず証明書を見て納得したようだ。
モナが言うには、自分のファミリーネームが日本人になっているからではないかと言うが、モナが1人でレガスピからマニラに来る際に、そのようなものは必要なかったから、結局理由はよくわからない。とにかくシステムが変更になったから必要だった・・ということである。

飛行機は約30分遅れてレガスピ空港に滑り降りた。マニラから連絡をしたレガスピのタクシードライバーが、空港で出迎えてくれているはずである。以前たまたまレガスピで拾ったタクシードライバーが名刺をくれたので、過去数回、空港やレガスピと自宅間をお願いしたことがある。こうして少しずつ僕もコミュニケーション網が広がり、不便さが解消されている。

自宅へ帰って久しぶりに会うユリの反応は、やはり予想通りだった。ユリは明確な警戒心を顕わにし、何をしてもにこりともせず、逆に僕が近づいただけでシリアスな顔付きになり体も硬直する。
それでいていつも僕を密かに目で追いかけ、僕と目が合うとユリはさっと目を伏せる。
お土産の「音が出る本」をちらつかせても、それには食いつくが僕のことは避けている。まったく予想通りの反応に、こちらはじっくりと慣れてもらうしかないと思っているのだが、周囲の人間は僕に気を使い「ユリちーん、パパ、パパ」「キッス!パパ」「スマイル!」などと次々とユリに注文を出し、ユリを抱いては僕の元へと連れてくる。ユリの顔はますます緊張でこわばっているのに・・。

自宅へ到着した翌25日(日)はイースターサンデーということで、家族で海へ行く日だとか。
なぜ海なのかわからないけれども、いつものようにたくさんの食糧と飲み物を貸し切りジプニーに積み込み、親戚も一緒にいざ出発。

当初は少し豪華版のプライベートビーチに泊りがけで行く計画もあったが、一緒に行くという親戚がどんどん増えていくので止めにした。親戚へのサービスを拡大しても切りがないからである。大人数で移動しバケーションを楽しむということは、それだけお金がかかるということだ。一食分だけでも人数が増えればそれだけお金がかかるということを、モナは全く意識していない。
この件については、僕が日本にいる時にモナと話をしたが、家族とは一体どこまでを指すのかから始まり、その家族に幸せをあげたいというモナの気持ち、親戚を含めた家族に対するサービスの限界、僕が一体誰のために働いているのかわからなくなるという点、僕にとって親戚はサービス対象外など、一部は交わり、一部はまったく平行線の議論が二人の間に展開された。
モナは自分の我を通そうとしているわけではなく、本当に僕の言わんとすることを理解できないようで、最後は文化の違いだからお互いに理解できないという話しにまでなった。
しまいにモナが泣きだしたが、僕は全く自分の筋を曲げようとは思わなかった。

僕との会話でモナが泣いていることに気付いたママは、スカイプでの話し合い終了後、モナに何を話していたのかを尋ねたそうだ。
モナは二人の会話の経緯や内容をママに説明したところ、ママの裁定は、モナは間違っていて僕が正しいということだったらしく、翌朝PCには、そのことが書かれたメールが入っていた。
「親戚の生活や楽しみについて二人一切責任がないのは明白、誕生日のパーティーもして上げる必要などない(ママは以前から過剰なサービスは必要ないと言っていた)、二人のお金は二人の大切なことに使うべきで自分やダディーのことも気にするな、お金で買えないものもあるけれど、自分は日本の文化を知らないから日本人がそれをどう考えるかはわからない、モナは日本へ行ってそれを勉強しているのだから、あなたはそれを良く知っているだろう、だから良く考えなさい、それで二人で話をして決めなさい」と、こんな感じで言われたらしい。

結局親戚を含めた旅行は、二人で再度議論する前にモナが取りやめを決定した。
あっさり引き下げられると、「え?どうして?今回だけはいいよ」と言ってしまう僕であったが、モナはもう決めたと言い、イースターサンデーに行く海は、エントランスフィー(入場料)など取らない、地元の誰もが行く公共ビーチとなった。

今回のビーチ行きは、オランダに嫁いだママの叔母さんとオランダ人の旦那さんが特別ゲストで一緒に行くことになっていた。
叔父さんは72歳、叔母さんはおそらく60歳くらい?たまたま1か月間ほどのバカンスで、二人でフィリピンに来ていた。その叔母さんは一時(ママが12歳から18歳まで)ママの育ての親だったらしく、その叔母さんがフィリピンの親族の中で一番親しいのがママだということらしい。二人は顔も気性も良く似ている。
実はこの叔父さんと叔母さん、ジャマイカの家を建てる時に、「私たちがフィリピンに帰った時には泊めてね」と言い結構な金額の金銭援助をしてくれている。

途中でその叔父さん夫婦をピックしビーチへ行くと、そこは日本の湘南海岸を思わせるような人だかりとなっていた。「イースターサンデーは海に行く日」というのは、どうやら本当らしい。
白人の叔父さん、日本人の僕、そしてハーフのユリ、フィリピン人のモナやその家族・親戚が一緒になってうろうろしていると、珍しい取り合わせに周囲の人がじろじろと僕たちを見ている。外人は僕ら以外に見当たらないから、珍しいのかもしれない。

さっそく海へ入ってみると、海水はとても温かく、冷たい水が苦手な僕でも楽に体を水の中に沈めることができた。
久しぶりの海水浴に、海の水ってこんなにしょっぱかったか?と思われたほど海水が塩辛く感じられた。
体にまだ疲れが残っている僕は、適当に遊んだらビーチで寝ころんで本でも読もうと、読みかけの本を持っていったのだが、普通の人たちが普通に行けるビーチなので、借りたコテージは狭く、ビーチにはサマーベッド一つ無い。おまけに人だかりなので、とても本を読む雰囲気ではなく、結局大半は海の中で遊んでいた。

ママは一向に海に入る気配がなく、いつもは水に入るのになぜ今日はなぜ?・・・とモナに訊くと、「生理だから入れないって・・もし海に入ったらシャーク(鮫)がやってくるから」と、おそらく本気でそう考えているのだろうと思われる回答が返ってきて、思わず「そんなわけないじゃない」と笑いながらも、その後で「それ、あり得るかな???」と僕も真面目に考えてしまった。

陽射しはそれほど強くないと思っていたが、1日裸で海水浴をしていると、僕の体と顔は真っ赤になり、翌日はフィリピン人と区別がつかないほど真っ黒で健康的なカラーになった。
白人の叔父さんも真っ赤になっていたが、その後は黒くならずに真っ白なままだ。日焼けしないのだろうか。体の作りが日本人と違うようである。

叔父さん夫婦は我が家に2泊した。叔父さんは叔母さんと結婚をして約30年だそうだ。
結婚当時、叔父さんに献身的なフィリピーナ叔母さんを見て、叔父さんの知り合いのオランダ人が、自分もフィリピン人の奥さんがいいと言ったそうだが、本当にフィリピーナの奥さんをもらったなどというエピソードを楽しく聞かせてもらった。
ヨーロッパの女性は、旦那に尽くすことなど一切せず、自分の好きなように行動をするらしい。

二人には一人娘がいるが、その旦那は日系企業に勤めているそうだ。当然日本への出張や出向があるが、その際娘の旦那が日本女性と浮気をしたらしい。(しっかりとばれているところが妙だが・・)
そこで、日本の女性の考え方や行動パターンはどのようなものかと質問された。叔母さんはそれにとても興味があると言った。
僕は一般的な日本人の傾向として、日本人は自分の気持ちを積極的に表に出さない、異性に対しても愛しているなどを言葉にしない、コンサーバティブ(保守的、伝統的、古臭い)な面でフィリピン人と共通点があるなどを教えた。
後から考えてみて、これは娘の旦那の浮気が、旦那の積極的な行動によることを裏付ける発言になってしまったかもしれないなどと、ちょっと心配になった。

僕は叔父さんの様子をみて、短期間ではあるがフィリピンの暮らしをどう思っているのかが気になった。
普段二人は叔母さんが所有する田舎(タバコとレガスピの中間地点)の家で過ごしているが、叔父さんは何もすることがなく、そして二人の会話もほとんどなく、退屈でつまらないそうだ。
叔母さんが言うには、二人でいる時に叔父さんはほとんど笑わないらしい。(ジャマイカにいる時にはよく笑って楽しそうにしている)
また、二人がオランダにいる時は、叔父さんは肉ばかりを食べているそうだが、フィリピン料理では、見る限り食が細い。
ヨーロッパの人は、さすがにフィリピンの田舎暮らしはテンポラリーといえども、どうも厳しそうである。
ちょっと可哀そうなので、次の休みにナガシティーへ一緒に買い物に行くことにした。
大きなモールで買い物をして美味しいレストランで食事でもすれば、少しは気が紛れるのではないかと思う。

最後にイースターサンデーとは何か・・・。それについてちょっとだけ調べてみた。
要はイエスキリストの復活際ということで、これはクリスマスに次ぐビッグイベントだそうだ。基本的にはホーリーウィークで豚肉を絶ち、イースターサンデーでは豚の丸焼きをたらふく食べながら、イエスキリストの復活を祝うそうである。
ただし周囲で豚の丸焼きを食べている人を、僕はただの一人も見なかった。

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2011年04月27日

206.ホーリーウィーク

長い期間ブログに穴をあけてしまった。仕事が一段落付き始めたら、何もする気がおきなくなってしまったからで、一種の燃え尽き症候群となっていたが、では時間がある時には何をしていたかというととにかく本を読みあさっていた。その中に大変面白い作家も見つけた。
僕のベッドのまくら元にはいつも5〜6冊の本が積まれていて、モナはスカイプの画面越しに、いつもそれを見て呆れている。夜中に突然目が覚める又は早朝目が覚めると、ベッドから出ることなくすぐに本を読み始めるため、僕は常に枕元に本を置いている。時には数冊を並行して読むから、複数の本を置いている。
このようなペースで本を読むため、僕が借りていたマンスリーマンションには、どんどん本が溜まっていく。それ以外にも専門書が多数あり、着替えや靴、日常生活品を含めると、一時的な仮住まいのはずのマンスリーマンションは、まるで長年そこに住みついたかのように、雑多な物で溢れかえることになる。

いざフィリピンへ帰ることが決まると、これらの荷物の整理が一仕事となる。今回は船便の1ボックス1万円でフィリピンに荷物を送ってくれる業者に連絡を取り、あらかじめ宅急便で届いた所定の大きな段ボール箱に荷物を詰め込んでみたが、あっという間にそれが一杯になってしまった。予想以上に荷物が入らないと嘆きながら箱を持ち上げてみると、その重量は半端ではなく微動だしない。本が多いことに加え、音楽CDが200枚ほど入ったのがその主要因で、一度入れた荷物を全部取り出し、捨てる物を再検討するという作業を5回繰り返しできるだけフィリピンに持ち帰るものを厳選したが、それでもボックスに入りきらず自ら飛行機でフィリピンに持ち帰る手荷物は3個になった。

案の定、成田のチェックインでは重量オーバーで、「追加料金が18900円になりますがどうしますか?」と訊かれたが、その際の答え方として、どのようなものがあるのかを一瞬考えた。
僕の答えは最初から決まっているのだが、ではオーバーした荷物はそちらで処分して下さいと言っても良いのか、それとも、荷物の一部を捨ててくるので待ってくれとするのだろうかなどと、とにかくそのお金を払えない人はそういった手段を講じるしかないだろうし、そのような方法が取れるのかについて興味が湧いたのである。まさかオーバーした荷物のせいで、搭乗チケットを放棄する人はいないだろう。
明確に答えずにしばし思案していると、その間に若い女性の係員はカチャカチャとキーボードを叩きながらチェックイン作業を進めている。それが終了すると、「それでは荷物はこれで宜しいですね」と念を押されるように言われ、僕はただ頷いて、結局案内された別の窓口で追加料金を支払いながら、船便でもう1箱追加した方が安く済んだなぁなどと思っていた。
チケットがビジネスだったから追加料金はこれで済んだが、もしエコノミーであれば、更にプラス3万も取られたことになる(エコノミーとビジネスでは、預けられる荷物の重量制限に15kg程度の違いがあるので、もしエコノミーだったら5万円強の追加料金が発生したことになる)から、国際線でチェックインバゲッジのオーバーウェイトはばかにならない。
この先マニラからレガスピまでの飛行機でも同様、追加料金を支払うはめになるのは覚悟していたが、やはり日本円に換算して7千円ほど徴収された。


さてここまで書けば、読んで下さる方々は僕がこの記事をどこで書いているかを既にお気付きだと思う。
4月21日に、僕は約3カ月ぶりに暑いフィリピンの地に足を降ろした。
久しぶりに雄大なマヨン火山を望む我が家で、海から吹いてくる涼しい風を感じながらこれを書いている。

僕が到着したのはマニラ国際空港第2ターミナルだったので、モナを乗せた飛行機が到着する第3ターミナルまで、いつものように無料シャトルバスで移動した。
このちょっとした移動も、普段は使わない空港カートを利用しないと、あまりに重たい荷物に足がふらつき腕がしびれる始末である。

シャトルバスで20分ほどの第3ターミナルに到着すると同時にモナから電話が入り、飛行機が約1時間遅れると言われたが、僕はまだ読みかけの本をたくさん持ってきているので「あ〜、そう」とまるで苦にならない。
第3ターミナルの空港の外は、陽射しを避けることができるコリドールがあり、灰皿も一定間隔で置かれている。適度にそよいでいる風には清涼感があり、そこで本を読んでいたら、あっという間に時間が経過した。

予告通りの遅れで到着したモナと一緒にタクシーに乗り込み、ホテルのあるパサイエリアまで行くと、道路がいつもよりも空いていることに気付く。イースターホーリーウィークとのことで、フィリピン中の会社や店が休みだそうだ。大型モールはやっているだろうと思ったが、それもクローズしていた。そうなると、いつも行く和食レストランがオープンしているかどうかが心配になるが、それは無事にやっていた。

ジョリビーやスターバックスを始めどこもかしこもクローズしているので、食後は特にぶらぶらするところもなく、モナの友達が勤めている日本人向けカラオケパブへと行くことになった。

モナが友達に連絡を取ると、友達は店がとても分かりにくい場所にあるからとタクシーに乗りホテルまで迎えに来てくれた。
といっても、ホテル前で僕らを拾ったタクシーが店の前で停まった時に、お金を払うのはこちらの役目である。これは全く想定内であるが、それにしてもそれが至極当然という形で支払いの役目を任されると、たいした金額ではなくても少し抵抗してみたくなる衝動にかられるから、まだまだ修行が足りないと反省しながらタクシーを降りる。
モナとその友達は2年ぶりの再会ということで、たまたま後部座席の真ん中になってしまった僕越しに、両側の二人が身を乗り出して話していた。友達の女性はおそらく30半ばで、モナは彼女をアテ(お姉さん)と呼んでいた。彼女は14歳の子供がいるシングルマザーで、子供の父親はフィリピン人だそうだ。気さくで芯のありそうな、それでいて優しい人だった。

日本人向けカラオケパブなので、店の中には既に2人の日本人おじさんがいた。お二方ともかなり御年配で、素足にサンダル履きのお二方は、如何にも慣れた感じで演歌を歌いまくっている。声の善し悪しは別として、年齢の割に声量があることが印象的なお二人だった。
普段の客は日本人に限らないそうだが、韓国人やアメリカ人は、その店にテイクアウトのシステムが無いと知ると、テーブルに移る前に店を出る人がほとんどだそうだ。
マニラには多数のパブがあるが、ローカルの店のほとんどはテイクアウト(働いている女性の店外への連れ出し)を店のシステムとして採用しているのではないだろうか。
客が、お店に女性を連れ出すことを伝えバーファインというお金を店に支払えば、女性は仕事として客にお供しなければならないし、しかもそれは客の宿泊するホテルの部屋という前提である。働く女性はあらかじめそれを承知しているし、連れ出しで客のホテルへ同行した後に貰うチップが、彼女たちのメインと言っても良い収入源となる。店で客の相手をしてもらうオーナーからのサラリーは、1日200〜250ペソ(4〜500円程度)ととても安い。

しかし日本人向けのカラオケパブはどこも、不思議とこのような連れ出しのシステムがない。勿論個人的にお店が終わったあとに会う約束をするのは勝手だが、誘われたとしても働く女性側にきちんと拒否権がある。
だから最初から不埒な目的でお店に来る客は、テイクアウトのシステムが無いと知るや店の入り口で踵を返すことになるし、僕がその店にいた2時間の間にも、店の入り口で引き返す客が2組いた。いずれも韓国人グループであった。

つまり店側はテイクアウトのシステムを採用しないと、このような客を逃してしまうことになるが、それでも日本人向けカラオケパブはテイクアウト無しのスタイルを堅持している。働く女性にすれば、子供を育てるためにお金を稼がなければならないが、体を売るのは自分のためにも子供のためにもならないから嫌だと考える人も当然いるわけで、そのような女性のために、このような店は本当に助かるだろう。

その店の経営者はなに人かと尋ねると、日本人だそうだ。
経営者にはテイクアウトを導入しない何か別の理由があるのかもしれないが、いずれにしても働く女性にとってはありがたいシステムだろうし、そのような店でも日本人客が来て商売が成り立っているのだから、このような健全な仕組みがもっと広がれば良いと思われる。
一方では、体を売って初めて比較的高い報酬をもらえるのだから、その機会が減少するのは困るという女性も大勢いるはずで、現時点ではこのような持ちつ持たれつのシステムを悪だと決めつけることができないところに、フィリピン社会の憂いがある。

モナは友達と一生懸命話し込んでいるので、僕は隣に座った女性と歌うことに専念した。その店で働く女性は、ほとんどが日本語を話せるようだ。ということは、日本で働いた経験者がほとんどということである。
カラオケは無料、レディースドリンクを2杯頼み、結局2時間半ほどいただろうか・・モナの友達は指名だったがそれで料金は2000ペソと少し(4000円+α)であるから、日本のフィリピンパブよりははるかに安い。安いということは、女性のサラリーもやはり安いということで、そこまで考えるとまるで脳天気に喜べることではないかもしれないが、しかし安いことは正直有り難い。
(ただし現地価格では、ちょっと飲んだだけで2000ペソは東京の銀座並みか?)

日本で1週間に3回もフィリピンパブに通っている人がいるとすれば、毎週末マニラに通っても元が取れるのではないだろうかと思えるほどの安さである。ローカルのパブはもっと安いはずだ。
ちなみに日本人向けカラオケが全部良心的とは限らない。僕は以前、一度だけとんでもないボッタクリにあったことがある。その時は2時間も経たずして、今回の4倍の料金を取られた。これは日本よりも高い!高いと言って文句を言ったら、ママさん決済でそこから10%くらいのディスカウントがあったが、それでも高かった。

店を出る間際、隣に座る女性に聞いた話によれば、翌日はホーリーウィークのためそのお店も休みになるとのことだった。

翌日21日はモナのインターネットビジネスの仕入れに付き合い、マニラの日本大使館近くにある安売り雑貨市のような店舗を持たない屋台店がずらりと並ぶエリアへと出かけた。
ここも普段店を出している商人の半分以上は休んでいるようだが、それでも商売熱心なところはきちんと店をオープンしている。
モナが歩き回る度に、僕の両手にぶら下がっているプラスティックの大きな袋の重量が増し、持つところが掌に食い込んでいく。

ふと「すごい安いなぁ」という日本語が飛び込んできて振り返ると、フィリピンの若い女性に案内された年配の日本人が歩いていた。そんな場末のどや街のようなところで日本人に遭遇するのは非常に珍しいが、僕は早くモナの買い物が終わることだけを祈り必死にモナの後ろをついていく状況なので、珍しい日本人がいようがおかまいなどする余裕はない。
案内をしている女性だけが日本人の僕に気付き、モナのお抱えポーターのように、両腕に大きく膨らんだプラスティックの袋をぶら下げ、ちょろちょろとモナの後を追うこちらを興味ありげにじろじろ見ていた。

ホーリーウィークは、文字通りキリスト教の関係する休みだが、街を流しているタクシーも少ないので帰りは電車を使うことにした。
しかし暑い道路を歩いてようやく辿り着いた駅はクローズ。電車までホーリーウィークで動いていなかったことにはさすがに閉口した。
今日は天皇誕生日だから、JRも小田急も全部動いていないというのと同じ(ちょっと違うかな?)ことである。さすがにそれはあり得ないだろうと思うのだが、フィリピンでそれを目の当たりにして少々驚いた。

更に翌日の22日(土)に僕らはマニラを後にし、自宅へと向かったが、そこでもホーリーウィークのイベントが僕を待っていた。

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エントリー:206.ホーリーウィーク
2011年03月23日

205.リンの近況

相変わらずスーパーやコンビニの品不足が続いている。
パンは買えるようになったが、パックご飯がどこにもない。
100円ローソンでいつも買っている大盛りごはん105円が、見事に売り切れている。それだけではない、普通盛りのご飯も無いし、冷凍食品も壊滅状態だ。

こうなると、僕は毎日外食するか弁当を買うしかなくなる。すっかり貧乏生活が板についた僕には、これが痛い。
このままでは、僕も救援物資が必要となりそうだ(笑)


この大変な時期(誰が大変か?もちろん被災者や日本)に、一筋の光明がさすような明るい便り(メール)がリンから届いた。リンからの便りは予想外だったが、それは彼女の近況を伝えるものだった。

それによると、彼女は今なお、セブに住んでいるそうだ。噂通り彼女はカナダの男性と結婚し、現在妊娠中だそうである。
今、とても幸せに暮らしていると書かれている。出産は6月の予定で、子供が生まれたらリンは、子供と一緒にカナダへ行って旦那と一緒に暮らすことになっているそうだ。

旦那はとても良い人だと書いてあるが、
my husband is very good person for now
の、for now(今のところ)が少々気になった。モナも、なぜfor nowなのかと言っていた。

おそらくそれは、リンが彼と結婚する前に、カナダにいる彼の元恋人と揉めたからだろう。それが彼の浮気だったのか、それともリンが彼の浮気相手だったのか、その辺りは定かではないが、リンの元へ彼の元恋人から苦情のメールと電話が寄せられたという噂を、当時モナから聞いた。
その時リンは、彼をこのまま信じて良いか迷っていたそうである。
モナは何でも知っている。その時に、モナはなぜそんなことまで知っている???と思ったことを今でも覚えている。

しかし、そのfor nowには深い意味はなく、単にリンの軽い冗談かもしれない。
彼女は昔から神経質で生真面目な女性に見えて、そんな冗談を言うところがあった。

最後に彼女は、自分はもう、自分の人生が変わることを期待しない、この人生は意外であったけれど、それは悪くはないし、幸せだと結んでいた。

僕も近況報告へのお礼の返事を書いた。

Hi! Thank you for telling me your status.
I'm very glad to know that you are very happy now.
wow! Congratulation your pregnancy!
I sincerely hope that god will give you healthy and cute baby.
I pray it and believe it.

Happy forever!
Mark

(今の状況を教えてくれてありがとう。幸せに暮らしていることを知り、とても嬉しく思っている。そして妊娠おめでとう。心から、あなたが健康で可愛い子供を授かることを祈っている。それを祈っているし信じている。末永くお幸せに・・。)

このような簡単な内容の返事である。しかし簡単な内容でも、僕の本心が込められていた。
リンからもう便りは来ないと思っていたし、もし来たとしても、これが僕の最後の便りだと、その時は思っていた。


モナには、もうリンに変なメッセージを出さないという約束で、これらのやり取りをそのまま見せた。

モナはこの僕の返事で、
I'm very glad to know that you are very happy now.
のvery に執拗にこだわった。なぜveryなのか・・・と。
僕は本当に嬉しかったからveryと書いたと正直に答えたが、モナは最後まで、そこだけが気に入らないなぁと言った。

そして思いがけず、今朝になって早速リンから再びメールが届いていた。

先ほどの僕からリンに対する返事に、あなたはとうとう信仰を持ったのかと書いてあった。
僕が祈るという表現を使ったからである。

そして、日本の地震の情報を知った時、正直に言うと私たちはあなたのことを心配していたとあった。ママも姉もそして家族全員が、あなたはどうしているかと私に訊いてきた。
だから、僕の安否を確認できてから、彼は大丈夫だとみんなに教えてあげたと書いていた。
最後に、「あなたの子供、可愛いわね」とあった。一体どこで見ているのだろう。


それらの内容に問題はなかったが、彼女の返事には一つだけ、問題個所があった。
それは
I wish you all the best too...and i hope you picked the good woman to spend your whole life with...
である。

僕は、I hope you ….に続く部分の、リンが言いたいことにすぐ気付いたが、モナも少ししてから気が付いた。
「これ、きっと意地悪だなぁ」とモナが言った。僕も「やっぱりそうだよねぇ」と合わせておいた。

この文は、あなたの選んだ女性が、あなたの人生を共にする上で、素晴らしい女性であればいいわねぇという、皮肉っぽい言い方である。明らかにモナに対する当てつけであった。

僕は最初から、昨日のメールを最後にしようと思っていたので、もうリンには返事を出さないよとモナに言ったが、モナが、今自分も幸せだということをリンに伝えなさいと言い出した。いつもなら、もう放っておきなさいと言う場面のはずなのだが・・。

僕は、またメールのやり取りが始まってしまうから、もういいじゃないか、これで止めておこうと言ったが、モナは、「あなたは今、幸せでしょう、だったら本当のことだから、それをリンに伝えるべきよ、私のことを守るのはあなたの責任でしょ、ちゃんと彼女に伝えなさい」と言って引かない。

僕は渋々スカイプで話すモナの前で、リンに対する返事を書いた。

Hi,
Don't worry, my wife is very good for me. She is wise and sweet and she always give me love so much, so I'm very happy too now.
Of course my baby is very cute because she looks like me.. he he he
god bless;
Mark

(心配いらないよ。彼女は僕にとって、とても良い妻だから。彼女は賢く優しくて、いつも僕をとても愛してくれるから、僕もとても幸せだ。子供はとてもキュートだよ、だってそれは僕に似ているから(当たり前でしょ)(笑))

この内容は、送信前のモナの検閲を一回でパスした。
モナはこのメールにご満悦で、すっかり機嫌を取り戻した。
僕は、いつの間にか僕を仲介した女の戦いに、思い切り巻き込まれている気分だった。

しかしモナは僕に、リンが幸せになっていて良かったねと言った。あなただけ幸せになるのは苦しいでしょうと言われた。
それは思い切り図星であった。
モナは何でもお見通しの、優しいけれど怖い女である。
でもそのことは、リンには言えない(笑)

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エントリー:205.リンの近況

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