フィリピーナと共に
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2011年03月22日

204.目指せフィリピーナスタイル

以下は僕とモナの、チャットでのやり取りの一部である。
あることでモナから「ありがとう」とお礼を言われたので、僕が「どういたしまして」と書いた部分だ。英語ではなくローマ字日本語である。

mona: arigatou ne..
Mark: iie,, dou itashi mashite
mona: kakoe na
Mark: ha?
Mark: naniga?
mona: anata no ur welcome tte (注:urはyou are の略 you are welcome:どういたしまして)
Mark: iie,, dou itashi mashite ...kore?
Mark: sou?
mona: hahaha oo
mona: makes me laugh
Mark: sokka?
mona: sore wa mahal no kakoe toki dayo
Mark: sokka???

会話自体も冗談がどれほど含まれているのかわからず少し奇妙であるが、それはさておいて、チャットの3行目に
mona: kakoe na
とある。
これはモナが、「かっこいいなぁ」と言いたいのだ。それを文字にすると「かっこえ」となっている。

モナは通常の会話をしている限り、しっかりとした日本語を話しているように聞こえる。二人の日本語の会話で、彼女の日本語力はほとんど問題がない。
しかし文字にすると、彼女がどのように日本語を認識しているかをふと知ることがある。この会話のように、「かっこいい」が「かっこえ」のようになったりすると、何か滑稽で思わず笑みがこぼれることがある。

他にもたくさんある。
例えば「咳がでる」の咳は「zeki」、布団は「puton」、書いたは「kaeta」、英語は「ego」等々。全体ではこのような不正確なものが、10%ほど含まれている。
中には「音楽」が「ungaku」というのもあるが、これはタガログ語で「u」を「オ」と発音するところからくるものなので、日本語の覚え方の問題ではないと思われる。

時には言葉をよく確認しないと、何のことを言っているのかわからないケースもあるが、大体は通じるので、煩わしさはない。

ここで僕は、モナの日本語に変なところがあることを強調したいわけではない。
彼女の言葉の覚え方を言いたいのである。

日本に来るフィリピーナの日本語を習得するスピードは、誰もが驚くほど早い。
彼女たちは大体3カ月で、日本語による普通の会話ができるようになる。

日本人は中学、高校と6年間英語学習をし、さらに大学に進んだ者は追加で4年間、何らかのかたちで英語に接するが、それでも英語の会話が苦手という人が多い。

日本人が英語を使いこなせない理由に、舌の筋肉が違うという説があるが、それは嘘だと思われる。それは発音だけの問題で、ならば聞き取りができるかと言えば、それも苦手だからだ。出会いの挨拶や自己紹介すらできない人もいる。それが舌の筋肉の問題であるはずがない。

日本語の文法が、英語の文法と真逆だからという説もある。これは全く否定できないが、しかしそれであればフィリピーナが日本語を覚える時にも、文法の違いは大きな障害になるはずだ。しかし彼女たちは、それをものともせずに日本語を使えるようになる。

ではなぜフィリピーナは、これほど日本語を覚えるのが早いのだろうか。
ここで先ほど紹介した、モナとの会話をローマ字で行うと、少しおかしな点が見えてくるということが一つの鍵となる。
なぜローマ字にするとそうなってしまうのか。
それは彼女が外国語である日本語を、音で覚えているからだ。音であれば、微妙な違いが生じることも多々あり得ることで、口頭会話では気付かない間違いも、こうして文字にすると明らかになる。

音で言葉を覚えるというのは、言葉の覚え方として基本中の基本である。それは、小さな子供が言葉を覚える方法と全く同じだからだ。
音で覚えれば、当たり前だが聞き取りは全く問題ない。聞き取りができれば、言葉の習得は加速度的に早くなる。
少し話せるようになれば、文法や単語などの細かいことは気にしないし気にならない。会話が成り立つわけだから、問題にならないのである。

フィリピンにいる娘のベルは、まだまだ英語は上手くない。しかし、英語のアニメを見て、その内容を普通に理解している。英語の曲を、聞いただけで歌えるようになる。
よく聞けば、正確な歌詞を口ずさんでいるわけではない部分もあるので、聞いた音をそのまま口に出していることがわかる。
こうして英語に慣れ、聞きとり能力を向上させ、発音を覚えていく。

僕もかつては、英語が全くだめなくちであった。しかし、英語の会話に積極的に入り込むことで、何とか普通の会話はできるようになった。
英語が話せるようになってわかったのは、間違った文法や単語があっても、大体は通じるということである。
それで度胸がつけば、英語能力が加速度的に習熟していくことを体験した。
相手の話していることがわからなければ、わからないと言えば良いとわかった。
最初はこの「わからない」がなかなか言えない。しかし、ある程度話せるようになると、躊躇なくわからないことに「わからない」と言えるようになる。

そして僕はある時期から、単語や文法を捨てた。そこにこだわることを一切やめた。
聞いたままに発音し英語を使うのである。これは、聞こえた通りの音をカタカナにして、それをそのまま読むように話すというイメージだ。

これは本来簡単なはずだが、実践しようとするととても難しい。
そこで初めて、自分が日本の英語教育の呪縛に大きく縛られていることに気付くのである。いつの間にか頭の中で、きれいな英語を組み立て使おうとしている。
きちんとした文法、単語を理解しながら使用しようと無理をし、疲れてしまう。
理解した上で、上手な発音を試みて失敗をする。それでだんだんと面倒になってくる。
逆に適当で良いと思い、適当に気楽に話せば、通じて何とかなる。
つまずきながらも会話の実績を積んだ方が、覚えるにはぐっと近道となる。

それでも誤解を招いてしまうような難しい言い回しはあるが、それは慣れてから勉強すれば、吸収度合いが全く違う。

ほとんど問題ないように感じるモナの日本語にも、おかしな点はある。
例えば、(それはあなたに)「まかせる」というのを、「まかせなさい」と言ったり、「ママがお願いした」を「ママにお願いした」となり、話しの前後から、誰が誰にお願いしたのか混乱する場合があったりする。
このような細かいところでは、時には言葉の使い方が間違っていることに気付かず、誤解してしまう場合もあるが、大体は話しの前後から変だと気付いて、確認を取ることになる。その時に、この場合、正しい言い方はこうだとモナへ教える。
モナはそうやって、日本語能力を高めている。


同様に、日本人が使う英語にもややこしい間違いはあるので、せっかくだから少し具体例を紹介してみる。

例えば「明日までには返事を下さい」と言いたいとする。
Please give me your answer until tomorrow.
と言いたくなるが、これだと意味が「明日まで、ずっと返事を言い続けて下さい」というニュアンスになる。よって
Please give me your answer by tomorrow.
とすれば、「明日までに」という意味がきちんと伝わり、自分が言いたいことになる。

訪ねてきた友人に、これから何を飲むかと訊きたいのに
What do you drink?
と尋ねたら、これは、普段は何を飲んでいるの?という質問になる。
ここで、
I drink wine.
と返事が返ってきても、それは普段はワインを飲んでいるという意味で、今ワインを飲みますということではない。このようなことは、知っている方も多いと思われる。

日本人が苦手とする言い方の一つに、wouldの使い方がある。
英語圏の人はこのwouldを良く使うので、それが出てくると日本人はとたんに、相手が何を言いたのかわからなくなる。

例えば
I would be glad to know it.
と誰かに言われる。この意味をどう捉えるだろうか。
これは、「(もし)それを知ったら(教えてもらえたら)私は嬉しい(のですが)」という意味となる。もしそれを知っていたら、嬉しかったのになぁという仮定法であり、間接的で丁寧に、それを教えて欲しいという意味になる。

would+likeの用法を知っている人は多いが、それは実はこのケースと同じ仮定法で、間接的に自分の気持ちを表す丁寧な表現となる。
I’d (I would) like to play tennis with you.
は、(もしあなたが宜しければ、もしくは気にしなければ)、テニスを一緒にやりたいのですが・・といった仮定法で、丁寧な言い方となる。丁寧な言い方だということはみんな知っているが、これが仮定法でそのようなニュアンスを含んでいることはあまり知られていない。
そのようなことを一度理解してしまえば、他の用例も随分と分かりやすくなり、使えるようになる。

It wouldn’t make him laugh.
は、それが彼を笑わせるはずはないから、(私は言わない、もしくはやらない)という仮定法になる。
この( )に含まれる部分を直接的に言わないが、そのような意味を含む、間接的で丁寧な言い方となる。

It won’t make him laugh.
は単に、それは彼を笑わせないとなる。

このようなwouldやwouldn’tは、実際の会話でも映画でも本当に多く用いられ、しかも会話ではI’d (I would)のような省略形でくるから、理解するには慣れが必要となる。
しかし、ポイントを押さえて何度も聞いたり読んだり話したりすれば、いつの間にか体で覚えるようになる。


モナの日本語が怪しくなるのは、同じように前置詞や時制の使い方だが、それは日本人の英語でも同じで、そこには双方に同じような現象が起こっている。
裏を返せば、モナの怪しい日本語に僕が、その使い方は難しいのだろうなと思っている程度に、英語圏の人も日本人のそのような英語を、その程度にしか思っていない。
そんな間違いはどうでも良く、会話が通じれば問題なしとなる。

日本の接客業で働くフィリピーナは、否が応でも日本語を話す必要があったのに加え、持ち前の陽気さで、気にせずどんどん日本語を使うことから、恐ろしい早さで日本語をマスターする。
もちろん彼女たちは陰で、ノートにびっしりとローマ字日本語を書いて勉強もすれば、気付いたことをすぐにメモするなどの努力を惜しまない。
日本人もそれと同じ方法や姿勢で臨めば、日本語より簡単だと言われる英語を短期間で使えるようになるはずだ。
英語学習は、目指せ!フィリピーナスタイルということである。

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2011年03月21日

203.日本人としての心

相変わらずの花粉症で、今朝は6時に目を覚ました。寝たのが4時くらいだと思うので、あまり睡眠が取れていない。眠いけれど眠れない。

起き立てのコーヒーを飲みながらTVをつけると、震災で陥った今の危機的状況に対し、あなたは何かやっていますかという東京の街頭インタビューの様子が放映されていた。
マイクを向けられるのは、意図的かどうかかわからないが、若い人が多かったように思われる。

その若者たちの口から出た言葉は、他人のことを考え買占めはしない、エアコンの温度を下げている、コンセントをこまめに抜くようにしている、部屋の照明を落としている、好きなことを我慢してその分募金に回している、車の使用を控え徒歩や自転車の活用を心掛けている、シャワーの回数を減らしている・・・。
大勢の若者が登場し、たくさんの話が出てきた。
その話しぶりは画像を見ていてわかるのだが、地で物を言っている。マイクを向けられたらから格好をつけているわけではなく、言葉が自然に口から出ている。

被災者の方々に比べれば、自分たちは今、断然恵まれた生活をしているからと、とにかく大小様々なできることを各自が考え実行しているのが良くわかる。
できることは何かを考えて即実行する。なかなか素晴らしい。
日本の若者も捨てたものではないと、心から思う。

TVの画面は災害地に移る。
奇跡の再会シーンは、まさに感動そのものだった。
体育館に入り、若い女の子が大声で名前を呼び掛ける。そこではぐれて探し続けた家族を発見し、抱き合ってお互いの無事を喜び合う姿が涙を誘う。
家族の安否を心配し、眠れぬ夜を幾日も過ごし、良いこと悪いことを交互に繰り返し考えていたと思われる。その心中が痛いほどわかるからこそ、画面を通して見ている方も、心から良かったと思える。

被災した方々も、すこしずつ動き出している。
みんなのためにお風呂を作る人、トイレを作る人、食糧を探して運ぶ人、ラーメンを作る人と、できることがある人ができることをそれぞれ始めている。
そのような人の話を聞くと、この震災で家も家族も全て失ったという人も少なくない。それでも人のために尽くそうとしている。自分ができることをやるだけだと言う。

いつの間にか僕は画面から目が離せなくなり、目からは涙がこぼれ落ちた。
震災の報道はいやというほど見た。いつも悲惨で可哀そうだと思っていた。しかし、被災者の方々が力強く動き出した姿には、強烈に胸を打つものを感じた。


思えば日本人はこれまで、数々の苦難を乗り越えてきた。
記憶に新しいのは阪神大震災だが、神戸は見事に復興した。
円高、オイルショックなど、経済危機にも対応し、困難が訪れる度に、日本は強くなった。
もっとさかのぼれば、東京大空襲、広島・長崎の原爆投下、そして敗戦など、壊滅的な被害をも被っているが、それを乗り越え経済大国を作り上げた。

この度の災害で、日本人はこの大災害に乗じて暴動を起こすこともなく、秩序を保っている高潔な民族であるとの評判がたっている。
もちろん不埒な人間はいるが、全般的にその評判は間違っていないと思われる。
もっとも、よく海外で見受けられる混乱時の暴動は、なぜ混乱に拍車をかけるようなことをしなければならないのかその行動自体を理解できないが、それが理解できないような行動規範、常識を持っている民族だから暴動など起こるわけがなく、それが世界の中では素晴らしいと絶賛されているらしい。

今、そのような日本人のベクトルが、ひとつに向いている。
おそらく日本人はこの大災害をも克服し、見事に立ち上がるのではないだろうか。
間違いなく日本人全体の意識は、そこに一手に向いている。

この災害時、モナはフィリピンにすぐ帰ってこいと言った。
僕は仕事の関係で、すぐに帰れないと言ったが、仕事のことがなくとも、実はこの未曽有の大災害が発生している中で、いとも簡単に日本から逃げ出すことには抵抗があった。
日本には親も兄弟も友人もいる。意識の下では、そのような日本を捨てるようなことをして良いのか、自分も日本と運命を共にしながら、何かできないかと感じる部分があった。

もちろんいざ本当に何かあれば、家族のために我が身を守らなければならないことも良くわかっている。いざとなれば、やはり僕はフィリピンに帰ることになる。それはわかっているが、もし逃げるように日本を出ることがあれば、その時に自分の心境は複雑になるだろう。

フィリピン人の妻をもらい、フィリピンに住み、フィリピンに馴染もうとしている僕も、やはり心は日本人なのである。それを強く思い知らされる。

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カテゴリー:フィリピン生活
エントリー:203.日本人としての心
2011年03月19日

202.花粉症

先週の金曜日(地震のあった日)から花粉症がひどくなったという人がいる。
地震で杉が揺さぶられたので、いっそう激しく花粉が舞っているからだということを、その人が指摘した。

話としては面白いと思ったが、僕は反射的に「ほんとう?」と反応した。しかし後で冷静に考えれば、それはあり得えないことではないと思えた。

僕はあの大地震の前から花粉症が酷くなっていたので、金曜日が特にそうであったかどうかわからない。
地震の発生前から、金曜日はくしゃみと目のかゆみが激しく、地震後の夜になってからは鼻づまりのような状態になった。
鼻づまりは今シーズンで新しい症状だったが、地震との因果関係ははっきりしない。


3月からフィリピンは夏である。
年中夏じゃないかと思われるかもしれないが、一応シーズンがある。
最初は僕も、常夏のフィリピンに夏も冬もないだろうと思っていたが、フィリピンの3月〜5月は確かに暑い。太陽光線を遮る雲が少ないので、屋外にいると脳みそが茹であがるのではないかと心配になるほどである。

しかしシーズンがあるとはいえ、一年を通して日本のような激しい寒暖はないから、もし花粉が飛ぶとしたらどの時期になるのだろうか。
少なくとも日本の花粉症の時期に、フィリピンを始めとした海外に出ると、自分を苦しめる花粉症は見事に治まる。空調がしっかりしている飛行機に乗った時点で、ひどい症状がピタリと止まる。

花粉症の症状は、IgE抗体の働きにより、肥満細胞(マスト細胞)がヒスタミンやロイコトリエンを出すことで発症するが、海外ではその抗原となる花粉の種類が違うので、花粉症の症状がすぐには出ないのだろう。

過去、花粉症の時期に出かけた海外は北米、ヨーロッパ、アジアの数カ国にのぼる。
いずれも出かける前は酷い状態だった花粉症が、それらの国にいる間は例外なく症状がなりを潜めた。
もしかしたらこのまま花粉症が終わるかと期待していると、帰国後自宅への帰路ですぐに目や鼻に花粉症が再発し、いつもがっかりする。

今度フィリピンへ帰れば、僕はこの花粉症の苦しみから解放される。
せっかくフィリピンに家があるのに、何故この時期に、わざわざ日本にいなければならないのかと、花粉症に関してはそのように思っている。
うかうかしていると花粉症の時期も終わってしまう。フィリピンに居住する身としては、日本の花粉症の時期にこそ、フィリピンにいることに意義があるのである。

モナは花粉症を発症していない。もちろんフィリピンの家族に、花粉症の人はいない。
モナは日本にいたことはあるが、花粉のシーズンは日本にいたことはないし、日本の滞在期間も通算で2年に満たない程度である。

よく花粉症の発症は、コップ(レセプター)とそこに入る水(IgE抗体)との関係で説明される。
前述のIgE抗体は花粉の飛来に備え、肥満細胞のレセプター(くぼみ)にはまり込む。このレセプターの数は個人差があるらしいが、これがIgE抗体で全て埋め尽くされる(一杯になる)と、花粉症の症状が出始めるらしい。
日本の滞在期間が短いモナのレセプターは、おそらくまだ余裕があるのだろう。

不思議なのは、花粉症とは日本特有のものらしいということである。この症状が発見されたのは日本であるし、他の国で花粉症はあることはあるが、症状は日本で患うそれよりもずっと軽いらしい。

少なくともフィリピンで花粉症の人がいると聞いたことはないし、先日台湾人のおばさんから教えてもらった話しでは、台湾でもこの病気はないように思うとのことだった。
しかし日本人だけがこの病気にかかるわけではなく、日本滞在が10年以上のフィリピン人やその台湾人のおばさんは、日本に住むようになってからしっかりと花粉症にかかっている。

つまり日本には、花粉症を発症しやすい環境があるということである。
よく排気ガスと花粉が結びつけばそうなると言う人がいるが、フィリピンも排気ガスはたっぷりある。台湾にもあるだろう。一体何が悪いのかがわからない。日本のスギ花粉が悪さをする根源なのだろうか。

ちなみに日本で花粉症を発症した人は、海外の花粉にも反応するようになるという経験者(海外移住者)の話しがある。しかも現地の人のように、軽い症状では済まないらしい。やはり日本で発症する花粉症と同じだそうで、現地の病院に行くと、これほどひどい症状は珍しいと言われるとのことだった。
つまり、発症する時期がずれるだけで、結局は日本にいた頃と同じ症状に悩まされることになり、とてもがっかりしたそうである。
このようなところにも、日本の花粉症環境の特異さが見え隠れする。
よって僕も、フィリピンに行ったらずっと安心というわけではない。

ここ数日間、僕の花粉症の症状は格段にひどくなった。
目がうさぎのそれのように充血し、鼻水をたらし、くしゃみを連発している。
鼻づまりで、発声は「さしすせそ」が「ざじずぜぞ」になり、「たちつてと」が「だぢづでど」になっている。
鼻で息ができないから口はあきっぱなしで、頭もぼうーっとしている。
そのせいで、僕の真っ赤な目はうつろになり、集中力を維持できず、廃人一歩手前の様相を呈している。
本人にしてみれば、「つらい」の一言に尽きるのだが、周囲の人たちは「お疲れのようで・・」とお気楽に声をかけてくる。

もし僕がフィリピンの花粉で同じような症状に陥ったら、きっと周囲の人は、その症状の重さに驚くだろう。
その時僕は、これは決して悪い病気ではない、日本人には当たり前の症状だということを説明するだろうが、そこで、大丈夫か日本人?・・となりかねない。
誰かに花粉症を完治できる薬を開発して欲しいものである。

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カテゴリー:フィリピン生活
エントリー:202.花粉症

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