フィリピーナと共に
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フィリピン生活:カテゴリの記事一覧です。

2011年03月18日

201.たいへん

あの大地震発生から、一週間が経過する。
相変わらず地震にまつわる奇怪情報が飛びかっているようだ。
モナは、今度の金曜日にもう一度大地震がやってくるという情報を本気で信じ、たいへんだと騒いでいる。だから僕は、その前にフィリピンへ帰る必要があるらしい。

「そんなこと、わかるわけがないじゃない」と僕が言うと、
「だって、○○が発信しているニュースで言ってるだから、間違いないでしょ」と、モナは聞いたことがあるようなないような、CNNと似たそれらしい発信元を盾に、信用できる情報だと食い下がる。

「地震がくるって、どうやってわかるの?それがわかるのだったら、この前の地震だってわかったんだから、みんな逃げることができたでしょ。わからないから大変なんだよ」
「・・・・・・・」
モナの口から二の句は出ないが、彼女が納得していないことが、その雰囲気で十分に伝わってくる。

一度来てしまった地震はわからなかったけれど、次に来るのは確実にわかるという理屈は通らない。
危険度が高いとか、可能性が増したということはあるかもしれないが、今の技術で確実な地震予知方法は確立していないというのが、僕の認識である。

とにかくモナは、このようにインターネットやTVのそれらしい情報をすぐに信じるきらいがある。
インターネットの世界を含め、世の中には便利で有益な情報もあれば、嘘も溢れかえっている。
誰もが自由に情報を発信できる時代だからこそ、情報を受け取る側の判断が重要になる。
ただし、確実に地震がやってくるなどという情報が眉唾だということは、常識で判断できそうなもので、なぜそれを本気で信じられるのか、そこに不可解なものは感じるのだが。

しかし同時に、そうやって何でもすぐに信じるという、フィリピーナ全般に言える傾向に対して、僕は一種の純粋さを感じるのである。
だから僕は、モナのそのようなところを比較的寛容に受け止めることができる。
モナのそのようなところを子供っぽく面白いと思い、安心感を覚え、そして同時に危うさも感じたりするのである。

この場合の危うさをとは、すぐに信じ込むことで騙されることや、それが失敗のもとになるというところだ。
そしてこの危うさは、時に、自分がついて守ってあげねばならないというような、男の本能(父性本能)をくすぐったりするわけである。
だから僕はこのようなフィリピーナの特性を、日本人男性が彼女らに心を奪われてしまう秘密の一つであると思っている。
よってフィリピーナの何でも信じ込み突拍子もないことを言い出すところは、時に大変厄介だったりするが、本当に厄介なのは、男性側が無意識に、その部分に魅かれることだったりするわけである。

連れ合いのフィリピーナのことを「いやぁ、たいへんだよ」と言いながら、そう言っている顔がにやけていて、ちっとも大変そうに見えないのはそのせいで、その大変だと言っているのは、実はそんな相手に魅かれていく自分のことを言っている場合が多い。

別の例え話で言えば、「わぁ、このネックレス可愛いなぁ」と言われ、「え?でもそれ、すごく高いけど・・・あ〜もう、しょうがないなぁ」となった時に、このようなケースで大変だと言っているのは、高いものに目を付けたお相手のことよりも、ブレーキが壊れかけている自分に大変だと感じている部分が大きかったりする。それと類似の「たいへん」ということである。

少なくとも僕にはそのようなところがあるし、これを読んで、「あっ、それ、おれだ、おれ」と共感を抱いて頂ける人もいるのでないだろうか。
これは相手が何人であろうと同じで、これが「はまる」ということの、一つの現象でもある。

しかし顔のにやけが伴う「たいへん」は、まだまだ心に余裕がある証拠で、そのようなはまり方であれば、どんどんはまれば良いと思われる。それは本人の生きる張り合いを大きくする。大変でも、同時にがんばる気力が湧きでてくる。そのがんばりが相手を幸せにし、ひいては日本やフィリピン経済にも貢献する。
何よりも、そのような時は、ご本人が幸せ感をたっぷりと味わっている時である。
そう考えれば、はまることも決して悪くはない。

今思えば、深刻な顔をして大変だと相談に来た人でさえ、「それじゃあやめれば」とあっさり言うと、「それを言ったら元も子もないじゃない」なんて言われたりする。
「だって相談しにきたんでしょ?それとも違うの?」などと、彼が、後押しが欲しくて会いに来ているのを知っていて、僕はわざとそれを言う。
結局は「意地悪しないでよ〜」なんてことを言いだし、「それじゃあがんばれば」という結論に至る。

モナが言う「たいへん」は本気の「たいへん」であるが、かのような男性の「たいへん」は、結局は全くたいへんではなかったりする。
しかしいずれの「たいへん」も、なんとも可愛げがあって良いのではないだろうか。


さて、本当に大地震は再来するだろうか。
もし本当に来てしまったら、モナが鼻高々に、「ほら、だからいったでしょう、わたしは嘘言わないから、すぐにフィリピンに帰りなさい」と言い出し、僕の立場はますます弱くなる。
しかしそんなことは抜きにして、もう大きな地震は御免被りたい。
一日も早く、日本が平和を取り戻すことを心から願っている。

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カテゴリー:フィリピン生活
エントリー:201.たいへん
2011年03月17日

200.久しぶりのメッセージ

昨夜憤慨し、一夜明けて会社に来てみると、リンからメッセージが届いていた。

hi,
i hope your'e always safe and your family from the tragedy there in japan..;take care always may god guide you always and your whole family;god bles;;

地震や原子力発電所事故をニュースで見て、心配してくれたものである。
さすがにこのメッセージには、僕も返事を書いた。
Thank you very much for message. I'm safe and fine. Although I was surprised about that big earthquake, I can walk, talk, eat, work, sleep without injury now. The nuclear power plant in trouble is far from here, so no problem at this moment. Thanks again.

このような簡単なやり取りではあるが、リンとのコミュニケーションは本当に久しぶりである。

モナには、リンからメッセージが届き、返事を出したことを伝えた。
隠しておくことではないし、隠して後にそのことをモナが知った場合、話しがややこしくなる。モナからは、隠しごとはしないでくれとお願いされている。

モナは、「珍しいね、彼女は今どこに住んでいるの?」と訊いてきたが、紹介した通り、最低限の簡単なやり取りだけなので、そのようなことはわからない。

少し間をあけてからモナは、リンからメッセージがきたことに、「なんかドキドキした」と言ってきたが、さらに少し時間おいてから彼女は、心配をしてくれてありがとうという主旨のメッセージをリンに送ったという。そのメッセージも、そのまま僕に送ってきた。

「それ、わるかった?」
と訊かれたが、僕は良いとも悪いとも答えなかった。
これまでのモナとリンのやり取りや経緯を考えれば、わざわざそのようなことを言う必要はなかったのではないかと思っただけである。
おそらくリンは、モナのそのメッセージに返事を出していないだろう。

モナは、そのようなこともきちんと二人が話していることを、リンに示したかったのではないだろうか。もし本当にそうだとしたら、相変わらず子供じみた行為だ。
しかしモナには、それが精一杯の防御のつもりなのかもしれない。
リンにしてみれば、もう結婚もしているしそんなことはどうでも良いことだと思われるが、それでもわざとらしくそのようなメッセージが送られてきたら、それは癇に障ったのではないだろうか。
僕はリンのメッセージのことをモナに伝えたことに、少しだけ後悔を覚えた。
ただ心配をしてくれただけのその気持ちを、何となく踏みにじったような気がしていた。


夕方、缶コーヒーを買うために外へ出ると、春の訪れを感じさせるようなほんのり甘い花の香りが漂っていた。そのまま仕事を止めて、散歩に出たくなるような気持ち良さがあった。
少しだけ歩いてみると、夕食の準備をしている家庭の匂いが僕の鼻に届き、家の中からは笑い声が漏れていた。
まだまだここは、平和であった。

ぼんやりと歩きながら、モナの行為にまつわる出来事をそんな風に考えたのは、日本人が相手の気持ちを必要以上に考える民族だからではないかと思った。
そのような繊細な気持ちを、モナは理解できるだろうか。
僕がもし自分の思ったことを口に出したら、モナはなぜそんなことを思うのか、そのように気を使うのは、何か下心があるのではないかと感じるかもしれない。
決してそうではないのだが、もしそう言われたら、自分の気持ちを上手に説明する自信がない。
これもフィリピン人と日本人の違いかもしれない。

これらの出来事に、特にしこりを残しているわけではない。大きな問題でも決してない。
単純に、まだまだ認識できていない違いがあるのかもしれないと、ぼんやりと思っただけである。

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カテゴリー:フィリピン生活
エントリー:200.久しぶりのメッセージ
2011年03月16日

199.平行線

今日は少し頭にきた。イラつく勢いのまま、記事を一気に書くことを、あらかじめ宣言しておきたい。

フィリピンで原子力発電所に危険なことが起こっていると報道されるごとに、モナから早めの帰国要請が激しさを増している。
家族もフィリピンに帰らせた方が良いと、モナを焚きつけているらしい。
それが僕を心配してのことであることは、良く理解している。ありがたいとも思う。

しかし僕には仕事のまとめが残っている。
まとめとは、技術資料の作成だったり、それの顧客への説明だったり、また追加請求の話しだったりする。生産品の管理規定、検査仕様、検査成績書など、細かい書類の作成やレビュー、仕上げもある。
自分でなければできない仕事も多く含まれている。

これまで死ぬほど苦労してきた仕事だ。死ぬ思いをしてようやく物が完成したのに、最後のまとめをいい加減にしてしまえば、これまでの努力が無に帰することもある。最後の仕上げというものは、本当に大切な仕事なのだ。

だからモナになんと言われようと、それを投げ出してすぐにフィリピンに帰ることなどできない。
もし責任を放棄してしまえば、僕は生活のための稼ぎを失うことになる。それは間違いない。

責任放棄は失敗と違い、謝っても許してもらえるものではない。信用を失い、二度と同じ仕事に復帰できないダメージとなる。それが日本社会の暗黙のルールである。
いや、これは日本だけの話しではない。
そんな無責任なことをする人は、どこにいても同じことをするのである。
一度逃げる癖がついたら、この先何度でも逃げるのだ。それは人間性の問題にも繋がる。

モナにはそれがどうしても理解できない。
なぜ家族が心配していることをないがしろにし、自分の危険を顧みず、仕事を大切にするのか、なぜ日本人は家族よりも仕事が大事なのか、それを全く理解できないと言う。
反対に僕は、なぜモナに幾度話しても、日本のルールや雰囲気を理解できないのかと思って話している。全くの平行線である。

僕は仕事自体を大切に考えているわけではない。生活の糧だから安易に投げ出せないのだ。
その生活とは誰の生活か。モナを含めた家族の生活ではないか。
モナは今だけのことを考えて、すぐに帰ってこいと言う。今の自分の心配を払拭したいだけで、それを言っている。生活の糧を得るなら、日本ではなくても良いではないかと言う。他の国でも仕事はできるし、そうしている人もたくさんいると言う。

しかし、今少し我慢して頑張れば、僕は今後、フィリピンで仕事ができるのだ。フィリピンでの仕事が軌道に乗れば、それから先はずっと一緒に暮らせるのである。なぜ目先のことだけで、簡単にそのようなことを言うのか。

しかも、このまま心配をかけるなら、心労で自分が先に死んでしまうかもしれないなどと言っている。
さすがに僕も、この辺りでこの会話に嫌気がさし、それは脅迫と同じではないかと返した。
良妻であれば、家族のために働く夫の神経を逆なでするようなことは、決して言わないだろう。
とりあえず一定の理解を示して、早く仕事を終えるよう、少しでも心配をかけないようにする。それが最終的には、夫の帰りを実現する近道であると理解するはずである。

僕には働く場での立場というものがあり、ポリシーもあれば考えもある。それを全く無視し、自分の考えを押し付けようとするモナの言い方には、全く同意できない。
心配をかけることで僕をフィリピンに連れ戻そうという魂胆があるとしたら、それは彼女の大きな我儘だと思えるのである。
モナは何かと思い込む癖がある。そうと決めたらそれを実現するために、全力疾走をする。その時他の物は一切見えなくなることがある。
そうなるとなんとも煩わしい。そのような時僕は、もうほっといてくれと言いたくなることがある。

フィリピンで今回の災害がどのように報道され、どのような受け止め方をされているのかはわからないが、もし本当に身の危険を感じたら、僕だけではなくみんなが逃げ出す。
それでも仕事が大切だと言う奴がいたら、僕でもお前は馬鹿かと言う。
事態はそこまで深刻ではないと判断しているからこそ、まだ日本で頑張っているのだ。
そのように説明すれば、モナはそれを単なる言い訳と捉える。

原子力発電所の問題にしても、漏れ出している放射能のレベルは、フィリピンではちょっと健康が心配だからと言って撮影するレントゲンやCTでの被ばく量よりも、ずっと微小なものだ。
そんなことを説明しても、彼女はやはり言い逃れだと思い、最後は泣き落としとなる。

重ねて言うが、もし本当に日本が危ない、怖いと感じたら、帰るなと言われても帰る。
自分の命と引き換えに仕事をしようなどとは、微塵も思っていない。
とにかくフィリピンへの帰国は間近に迫っているのである。
追い込みの時期に僕の気持ちをかき乱さないで欲しい。そんな言い合いをしている最中にも、仕事は進むのである。

これまでモナは、自分の言動が僕の仕事にどれだけ影響を及ぼしているのかを全く理解していない。
焦りながら早く仕事を終わらせようと思う気持ちがくじかれるばかりである。
それも分からずに我儘を言うのであれば、僕はケツをまくって、じっくりと仕事に取り組んだ方が、楽で納得もできると思ってしまう。

とても憤慨して、今日はとても鼻息が荒くなっている。ふん!
※前々回の記事と重複、もしくは矛盾する箇所があるけれど、どうかお許しを。
まあ、こんなこともあるんです。一気に書いて、少しすっきりしました(笑)

(後日談)
モナが言うには、日本は動いているそうだ。
僕は、このまま動いて、日本がフィリピンの隣に行けばいいねと言ったら、「ばかぁ、船じゃないじゃん」だそうだ(笑)

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カテゴリー:フィリピン生活
エントリー:199.平行線

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