フィリピーナと共に
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フィリピン生活:カテゴリの記事一覧です。

2011年01月24日

189.異常気象

昨年の夏は異常に暑かったが、冬も異常に寒い。サーマルショックで体がおかしくなりそうだ。
特に僕は、先日フィリピンから戻ってきたばかりだ。冗談ではなく、激しい温度差攻撃で体調が今一つである。
昔から雪国と呼ばれる地方では、久しぶりにどかどか雪が降っている。
北国にたくさん雪が降るのは、ずっと昔に戻っただけだと言えばそんな気もするが、二酸化炭素による温暖化などという生易しいものではなく、もっと深刻な異変が地球に起きているのではないだろうかと心配になる異常気象が、あちらこちらで報告されている。

実は異変はあるのだが、人間がパニックに陥ることを恐れ、それは一般人には内緒にされているのではないか。各国がお金を出し合って、各国共同の極秘プロジェクトが進行中だったりするのではないか。誰にも知れず、地球を救うための秘密兵器開発や実験が繰り返されている可能性はないだろうか。

そんな話しをモナとしていたら、モナが、フィリピンのバギオ(Baguio)という高地で、雪が降ったという話を教えてくれた。(モナの記憶は曖昧だが、昨年の12月の出来事だったような気がするという話だった)
バギオはフィリピンの観光地の一つで、マニラの北に位置する。確かにフィリピンの北側ではあるが、常夏のフィリピンで雪が降るなど、異常中の異常に思える。
僕が驚いていると、モナは真剣な顔で言いだした。

「地球のまわり方が変わって、フィリピンの位置が以前より北になっているからじゃない」
「は?それじゃ日本はどこへ行った?」
「日本は前よりもっと上になっているよ。だから寒くなっているじゃない?」
「フィリピンの場所が、雪が降るほど上がっているんだったら、日本は北極に近い場所になってるってこと?」
「オッ、オー。そうでしょ?だから寒いでしょ」

モナの言わんとしていることは、地軸の傾きが大きく変わって、地球全体の向きが変わってしまったということらしい。彼女はあくまでも真剣である。少なくともそう見えた。

それじゃ北極はどこにいったの?もしそうであれば、日の出日の入り時刻に大きな変化がありそうだし、場所によっては昼が夜になり、夜が昼になったりするはずだけど・・あなたが大学で専攻したコンピューターサイエンスというのは、サイエンスと名が付く限り僕は科学の一種の学問だと思っていたけれど、本当は何?・・・などなど、言いたいこと、訊きたいことはたくさんあるが、そんなことを真面目に言うモナがあまりにも滑稽すぎて、そして子供のように可愛らしいなどと思ったりしたので、それらの質問は全て飲み込んだ。

「そしたら、あと20年くらいしたら、フィリピン人はみんな白くなるね」
美白はフィリピーナの憧れであるから、僕はそれに引っかけて笑いながらそう言って、モナも笑っていた。

そんなやり取りの後少し気になって調べてみると、なんと、チリの大地震の影響で地球の地軸がずれたことをNASAが発表していたことがわかった。昨年の3月のことである。
地軸がずれて、一日の時間がわずかに短くなったそうだ。
http://jp.wsj.com/World/node_38667 (←その記事)
スマトラ沖地震でも、地軸のずれが生じたらしい。これは驚きである。地軸が変化するということは、あり得ない話ではないだろいうと思っていたが、やはり実際にあるのだ。

それをモナに教え、そのことを知っていたのかと尋ねると
「ほらね〜、そうでしょう!だから言ったじゃない」
と、以前から知っていたかどうかについては言及を避け、鼻高々に僕に言うのである。

いやあ、確かに地軸はずれたようだけれど、フィリピンが日本の位置までずれているってことはないと思うよ(^_^; )・・・という言葉をやはり僕は飲み込み、恐れ入りましたと言っておいた。
あまり人に言いふらさなければ良いのだが・・・と、今になって思っている。

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カテゴリー:フィリピン生活
エントリー:189.異常気象
2011年01月23日

188.フィリピンの男

一つ前の記事で、モナが、フィリピンの男はだめだなぁと言ったことを書いた。
以下の内容は、その時僕が、そのモナの言葉に対して話したことであり、普段感じていることである。

前回の記事では、エバ叔母さんの旦那のことを、面白おかしく書いてしまった。
叔父さんの顔や態度を思い出し、真剣に怒りながら問題の台詞を吐いたところを想像すると、実際に笑いが込み上げる話しだったからである。
そしてそれだけを読んだ読者は、フィリピン人男性はひどいと思う方も多いと思われる。

確かにフィリピンには、怠け者で無責任な男が多いように感じる。
恋人に子供ができたら逃げる、結婚しても家族を養うために働こうとしない、働かずに酒ばかり飲んでいる、平気で浮気をする、できるだけ責任を回避する、面倒なことはしたくない・・などなど、普段の素行に問題のある人が、確かに身近にいる。
しかし、素行に問題がある人は目立つのである。目立つから、その他の人もみんな同じように感じてしまうのだが、実は真面目な人も多い。

以前勤めていた会社の工場で勤務するエンジニア、クリスマスに一緒に飲んだモナの同級生、モナの親友の旦那、仕事で知り合った人たちと、実は真面目で理性的で、教養のある人間(礼儀を知り、他人を思いやることができる人)も、身近にたくさんいる。

家族のために真面目に働き、給料をきちんと妻に渡す男も僕はたくさん知っている。
特に都市部では、自分の能力・付加価値をより発揮できる仕事(弁護士、医者、金融、保険、プログラマーを含むエンジニア・・)に就ける機会が増え、そういったサラリーの比較的良い人たちは、挨拶を始めとするマナーもきちんとしている。
都市部でなくとも、田舎で家族を養うための職に就けない人は、それなりに真剣に考えて、都市部や果ては海外にまで職を探し、実際に就労している。そういった人たちと話をすると、彼らはいつも、家族のことを考えている。
いずれのパターンでも、仕事できちんと責任を果たしている人は、プライベートでもきちんとしている。

フィリピンではもちろん、目を覆いたくなるような様々な格差があり、収入とそれに伴う生活レベルというものはまちまちだが、難しい数字を抜きにしても、印象としては全体的に生活が上向いている。

特にサラリーマンになれば、自分を律することが苦手な人でも、勤務時間を含む就労規則に従い、ボスからのプレッシャーを受ければ仕事をがんばることになるので、自然ときちんとした生活が身に付き、責任とは何かを知る。それに馴染めない人は退場勧告を受けることになるだけで、退場させられたら大変だとなれば、嫌でも我慢をして頑張るしかない。
好むと好まざるに関わらず、そのような境遇に身を置く人が増えているし、今後増え続ける。

そうやって地位と収入を得れば、それを失いたくないとますますがんばるし、生活も整然としたものになる。
成功した人の周囲では、成功者を見て自分もそうなりたいと思い、目指すべきものが自分の中で確立する。後に続く人が増えれば、その現象はじわじわと広がり、それが社会規範の一つの基礎を作り上げる。

日本でも、有名企業志向・出世志向というものがあり、それを実現するために少しでも有名一流と呼ばれる大学に入ろうと、子供の時から勉強をがんばり、そうやって実現した就職後は、少しでも自分の仕事を成功させるために頑張るという潮流がある。
日本は、そういった流れに乗ることに絶対的な価値があるというステージを通過し、今は別の価値観というものもあるが、それもある過程を経てそうなっているように思われる。

僕は、フィリピンでもそういった流れが起こり始めているのではないかと思っている。
既に、フィリピンでまともに生きていくためには、大学を卒業するのが必須だという考え方がフィリピン人の中にある。そうなれば、教育にも熱が入る。もっとゆとりが出てくれば、本当の教養とは何かということも、世間一般で考える風潮が広まる。
そうでなくとも、TVやインターネット、出稼ぎを通じ、フィリピンの人たちは、他国の人々の暮らしぶりを知り、自分たちとの違いを十分認識している。
フィリピン人の目指すものは、今は夢という表現にとどまる傾向はあるが、明確になっている。

フィリピンが日本と同じステップを踏むかどうかはわからないが、変化の兆しはあるように感じる。特にマニラを歩いていると、それを感じるのである。
このようなことを前提に、20年後には、フィリピンの男はだめだという定説のようなものが、フィリピンから無くなっている可能性があることを、僕はモナに話したのである。
きちんとした定職があり、収入もそれなりで、家族を養う責任を果たしてくれたら、結婚相手は同じ民族の方が良いと思うのだ。しかも相手は若い方が良いだろう。
この辺りの価値観は、僕(日本人)とモナ(フィリピーナ)とで根底から違う可能性はあるが、恋人や結婚相手として日本人が良いというのは今だけの話しで、僕の世代がその最後になるのではないだろうかとさえ僕は思っている。

ベルやユリの年代の結婚相手は、もしかしたら、「なんで日本人?言葉も文化も違うのだから、面倒くさいじゃない」となっているかもしれない。

モナは、それは100年後だなぁ・・と言う。僕は、そう・・・?と答えるだけである。
決して確信を持っている話しではない。しかし心のどこかで、そうなるのではないかと僕は信じている。

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カテゴリー:フィリピン生活
エントリー:188.フィリピンの男
2011年01月22日

187.ローラの死・その後

ローラがこの世を去り、もうすぐ2週間となる。当初悲しみに明け暮れていた家族も、各自がそれぞれの生活ペースを取り戻し、今は以前と変わりなく暮らしている。

先日フィリピンの家で、僕とモナの部屋に大きな蛾が入り込んだ。その蛾はベッドの後ろの壁にピタッと張り付き、全く動かない。モナはスカイプ越しに、怖いからベッドに行けないと言っている。
ベルは、あれはローラではないかと言い出し、モナもあまりにじっとしている蛾に、何か意味があるのではないかと、神妙な顔でいろいろな考えを巡らし始めた。
別の日には、モナは寝ている間にローラに会ったという話もしていた。それが夢ではないというところに興味を魅かれたのだが、ローラはまだ死にたくなかったと、泣きながら話していたらしい。それをあたかも現実にあったことのように、話して聞かせるのだ。

この辺りの発言や考え方は如何にもフィリピン人らしく、僕の中にそれを否定したくない気持ちはあったが、モナが、「そこにじっと蛾がいることは、明日の朝、私は目が覚めないという意味かもしれない」などと言い出すので、「そんなはずはないから、とにかくその蛾を外へ逃がしなさい」と言った。
壁に張り付く蛾にコップをかぶせ、壁とコップの間に紙を滑り込ませれば、直接触らずともその蛾を部屋から追い出すことができると提案したが、モナはそんな怖いことはできないと言うので、結局ダディーに依頼した。
つかつかと部屋に入ってきたダディーは無造作に蛾へ近づき、素手でそれを捕まえて、ニコニコ顔で捕えた蛾をスカイプのカメラの前に差し出した後、外へ逃がした。
ゴキブリや蛾や虫が苦手な僕は、素手で蛾を掴むことは逆立ちしてもできない。同じ男として「負けた!さすがダディー」と思って感心していたが、モナとベルは素手で蛾を持っているダディーを遠巻きで眺めながら、その後は怖い蛾がいなくなったことにただただ安心しているだけだった。

ローラが生前住んでいた家には、昨年の暮れに子供を産んだエバ叔母さんとその長女である2歳のアニカ、そしてテス叔母さん、テス叔母さんの子供のアン、ママの弟のノエルが住んでいるが、ローラがいなくなったことで、それぞれがお金を出し合いながら新生活をスタートさせているようだ。
ママはみんなに、「これから私は、あなたたちの生活を助けることはしないから、各自でがんばりなさい」と宣言したようで、みんなは仕方ないと腹を決めたようである。
これまでずっとふらふら遊び回っていたノエルは、パジャック(サイドカー付き自転車タクシーのようなもの)の仕事を始め、ようやく働きだした。どんな時にでも決して自分の財布からお金を出さなかったエバ叔母さん、テス叔母さんも、少し態度を変えているようである。

ローラの死後、実はその家に新しい住人が増えている。ノエルの恋人とその子供だ。子供は昨年の秋頃に産まれたばかりで、当然その子はノエルの子供ということだった。ノエルに子供ができていたことは、僕は初耳だった。
ローラの家は6畳ほどの居間と、3畳ほどのキッチンがあるだけの小さな家だが、もともとすし詰め状態のその家に、新しい家族が押し掛けているのだから大変だ。
大人が4人(テス叔母さん、エバ叔母さん、ノエル、ノエルの恋人)と11歳(アン)と2歳(アニカ)の子供と乳飲み子(エバ叔母さんが昨年暮れに出産した子供とノエルの子供)という、総勢8人の構成である。少し前までは、そこにエバ叔母さんの旦那もいたそうだが、叔父さんはマニラに帰った。
この叔父さんのことでは一つのエピソードがあるが、それは後述することにする。

ノエルの心機一転頑張りの素はその子供だという話もあったが、ローラが亡くなる前に子供は産まれていたのに、それでもノエルはぶらぶらしていたのだから、それだけではないと思われる。甘えられる環境があれば、甘えるというのが彼の基本的なスタイルだろう。頼るものが無くなったら頑張っているというのが、正しい見方だと思われる。そしてこれまで、何をしても長続きしなかった彼のことだから、もう少し長い目で見ないとどうなるかわからない。魚売りをしているママの弟も、ノエルの頑張る姿を見るのが楽しみだと言いながら、続いて欲しいものだという意味のことを言っている。
いずれにしても、みんなが少し変わり始めたということだから、やはり甘やかしていては駄目だということが、はっきりとしたわけである。
ママは、せめてローラが生きている間に、ノエルががんばってくれたら良かった、その姿をローラに見せてあげたかったと話しているようだが、僕も心底同じように思う。

さて、エバ叔母さんの旦那のことである。
昨年暮れに、エバ叔母さんは女の子を出産した。一人目と同じように、帝王切開だったらしい。
マニラで働いていた叔父さんは、ようやく1月6日にタバコシティーへ帰り、無事病院代を支払い叔母さんと子供が退院した。そして叔父さん、叔母さん、そして産まれたばかりの子供は一緒にローラの家に帰った。
お産でローラの家に帰っていたエバ叔母さんは、結婚して2年の旦那ともう別れたいと話していたことは、既に以前の記事で書いたことである。

叔母さんとしばらく離れ離れになっていた叔父さんは、久しぶりに会った叔母さんと、夜の営みをしたいと迫ったそうだ。しかし子供を産んだばかりの叔母さんは、今そんなことができるはずないと断ったそうである。それに怒った叔父さんは、叔母さんに大声で、だれか他の男がいるのだろう、産まれた子供は本当に俺の子供かと、いきり立って罵ったそうだ。
狭い家でのことで、しかも叔父さんは大声で怒鳴っているので、この夫婦の話しは筒抜けとなる。傍で聞いていたテス叔母さんはエバ叔母さんと叔父さんの間に入り、今そんなことができる体ではないだろう、何を考えているのかとエバ叔母さんに加勢したらしいが、それが火に油を注ぐ結果となり、叔父さんは、普通にできないのなら尻を貸せとまで言ったそうだ。
ちなみにその叔父さんの年齢は、50歳を少し超えたところである。その場には、11歳の女の子のアンもいて、その話しを聞いていた。

その話しをテス叔母さんがママに言った。それを聞いたママは、激怒したそうだ。
もし叔父さんがまだローラの家にいたならすぐに乗り込んで、びんたの二つや三つはおみまいしただろうということだった。
ママは以前からその叔父さんを、嫌悪感を抱くほど嫌っていたから、それが決定的になってしまった。
確かにその話しを聞くと、叔父さんは思慮が無さ過ぎる。しかも思春期に入る子供の目の前での話しで、かつプライベートな話である。そんなやり取りを目の前でされたアンを、僕は可哀そうだとも思う。

尻を貸せというところでは、モナも大笑いしながらその話しをし、僕もそれを聞いて驚きながらも笑っていたが、あまりにも分別が無さ過ぎるその話しにモナは、フィリピンの男はみんなダメだなぁ、私も最初は失敗したからなぁと、最後にしみじみと語った。
この話を聞けば、エバ叔母さんが別れたいと言い出す気持ちが、よくわかる。
エバ叔母さんはもうマニラには戻らず、ずっとローラの家で暮らすことを宣言したそうだ。
また一つ、火種が産まれたような気がして、少しいやな悪寒が走らないわけではなかったが、いちいち気にしているときりが無いという感じもある。

ともかくこうして、年の始めから色々なことがある。
そして気が付けば、ベルやユリはますます女の子らしくなり、モナと僕はまた年を重ね、気が付けば年末ということになるのだろう。
今年も退屈しない年になりそうだ。

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カテゴリー:フィリピン生活
エントリー:187.ローラの死・その後

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