フィリピーナと共に
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2010年10月02日

162.47歳男のちょっとした物語2

僕は誕生日の数日前に、手紙を受け取った。会社に届いたエアメールである。
僕の誕生日のお祝いに手紙を出したと言ったモナは、それが届いても誕生日までは決して封を切ってはならないと、あらかじめ僕にきつく命じた。
そんな風に言われると、かえって開けたくなるのが人情である。しかし、何をそんなにもったいぶっているかと思いながらも、誕生日は一緒にいたかったと言うモナの傍にいてやれない後ろめたさから、僕はせめてそのお願いには誠実に従おうと約束をきちんと守ることにした。

手紙を出した日から、モナは毎日手紙が届いたかと、夜の会話で確認をしてきた。まだ届かないと言うと、おかしいなぁと言いながら首をかしげるモナであったが、手紙が届いたと報告した日からは、まだ開けてない?約束は守っている?と、今度はそれを毎日確認してきた。時にせっかちで、時に心配性な彼女らしい言動だと思う。
約束通り開けていないことを示すために、スカイプのカメラに手紙を写し、ほら、ちゃんと約束は守っていると報告をする。それを見て無言で二コリとするモナの目は、スタンドの明りが反射しきらきらと綺麗に輝いていた。ユリが寝ているため部屋の明かりを消えているので、暗闇にモナの姿が浮かび上がるようで、まるで狙ったかのように彼女の大きな目の輝きが強調される。

そんなわけで手紙を受け取ってから誕生日までの数日間、封印された手紙は部屋に備え付けられている何も置かれていない机の上で、静かに開封されるのを待つことになった。
しかし誕生日の前日の夜、モナは、今日は一緒に誕生日を祝いたいからがんばって夜中まで付き合うと言い、日付が変わったら例の手紙を開封しても良いとお許しが出た。

モナが変なことを言いだした。
「誕生日まであとどのくらい?」
「ジャパンタイム(日本時間)で?」
「そう、ジャパンタイム」
「今ここは9時半だから、あと2時間半で誕生日になるよ」

少し斜め上を見上げながら、モナは頭の中で時間を計算していたのだろう。ふとカメラに視線を戻し
「え?なんで?誕生日は1時からでしょ?」
何を寝ぼけたことを言っているのだろう、何か勘違いしているのだろうかと思いながら
「はあ?日付が変わるのは、夜中の12時でしょ!ハッピーニューイヤーのカウントダウンも、夜中の12時までじゃない」と言うと、「あ〜、そっか」という反応が返ってきた。
そこで僕は初めて、え〜?本気でそう思っていた?なんで?と、ますます不思議に感じる。
普段しっかりものに見えるモナでも、時々このような間の抜けた勘違いがある。
しかしあまりにもおかしな勘違いなので、僕は思わず、「フィリピンは日付の変わる時間が夜中の1時だっけ?」と、真面目に訊き返しそうになる。そして自分のその一瞬の混乱に、やはりフィリピーナは奥が深いと思ったりする。今さら何があっても驚かないぞと思っていても、時々何かしらのサプライズがある。

いや、その時はこれを勘違いと呼んでいいのかどうか、それもわからなくなっていた。
これはお国柄か?それとも彼女のキャラクターの一部か?一体なんなのかと考える。彼女の常識が、部分的に自分の常識範囲をはるかに超えてずれているかもしれないと勘ぐるが、何か害があるわけでもないので、まあいいかとなる。


あと1時間で日付が変わるという時間帯に、モナを強い眠気が襲った。
「無理に付き合わなくてもいいよ。眠かったら寝なさい」と僕が言うと、「それじゃ1時間だけ寝る。12時くらいになったら、ちゃんと起こしてね」と言って、スカイプの画面をそのまま付けっ放しで、彼女はベッドの上に横になった。

時計が12時を回る2分前、僕は約束通りPCのスカイプ画面に向かって、「お〜い、お〜い」と、2度ほど彼女に声をかけたが、ベッドの上の彼女はピクリともしない。
とりあえず約束通り、僕は彼女を起こそうとした。その事実があれば良い。できれば彼女の睡眠の邪魔したくない。

時計の針が12時を回ったので、手紙の封を切ると、中から2つのバースティーカードが出てきた。
一つは家族全員の寄せ書きとなっている。ママやダディーの、いつもいろいろありがとうという言葉と共に、誕生日おめでとうという言葉がある。ベルの書いた一生懸命な英語の文字の最後には、自分の名前と並んで、平仮名で「もすみ」とある。しばらく頭をひねったが、それが「むすめ」だと気付くまで結構な時間を要した。ベルのキスマークもしっかり付いている。ユリは文字が書けないからと、キスマークだけ。パパとカタカナで書かれている。
そしてもう一つは、片側にモナのメッセージがぎっしりと詰まっていて、そこにはねぎらい、愛、感謝の言葉が並んでいる。もう半分にはキスマークがたくさん。
ベルと向かい合って、一生懸命カードを作っているモナの姿が、頭の中で展開される。

BC.jpg
(カタカナで名前が書かれているところだけ、塗りつぶさせていただきました)

この二つのカードを読みながら、僕の顔に思わずに笑みが浮かんでいることを、少ししてから気付いた。久しぶりに心が温まるような、こちらの方こそ感謝したくなるような気持ちになり、やはり一人で見て良かったと思った。モナの目の前で、もし照れ隠しをしながら「ありがとう、うん、嬉しいよ」という型通りの言葉を口から出したら、その途端にその有難味が半減するような気がしていた。
僕の心に宿った気持ちは、なんとも表現し難い、不思議なものだった。感動で涙が出るというわけではなく、嬉しくて跳ね上がるような、弾けた嬉しさでもなく、じわじわと体の中に浸透するような、ぬくもりのような嬉しさであろうか。それは誰にも邪魔されずに、一人で噛みしめたくなるような温かさだった。

しかしそんな感情を、47歳のニッポン男児は素直に表現することなどできない。
それでも心の中をくすぐられるような、これまでほとんど体験のない感覚に、少しは気持ちが揺さぶられていた。
まだぐっすり眠っているモナの携帯に、「ありがとう、家族のみんなにも、ありがとうって伝えておいて」とさらりとメッセージを送った。
メールを送ったあと、僕は家族の有難味を実感しながら布団に潜り込み、それほど時間をおかずに、深い眠りについていた。

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2010年09月28日

161.47歳男のちょっとした物語

朝起きると、枕の上に抜け毛が目立つ。そう言えば、部屋の床にも抜け毛が・・。
こま目に掃除機で吸い取っているつもりでも、「あっ、またこんなに落ちている」と、その都度掃除機出動。ベッドの周囲を中心に、掃除機の電源を入れて先端ブラシを床の上で滑らす毎日。
そしてバスの水の流れが悪いと思いきや、水抜きにすっぽりとはまっているプラスティックの網に、抜け毛が溜まっている。
気になる、気になる、気になり始めている・・。


先日会社のIさんに、会社から家まで車で送ってもらう途中、近道を通るつもりで一本道を間違えて、車一台がようやく通れる住宅街の細い道に、Iさんを導いてしまった。

前方から大きめの高級ワゴン車が、こちらのことなどおかまいなしにぐいぐいと走ってくる。とうとう鉢合わせになり、お互いどうにもならない。相手は全く譲る気なし。相手のヘッドライトが、煌々とこちらを照らしている。
仕方がないので、Iさんはそろりそろりとバックをし、わき道を利用して相手の車が通れるスペースを確保してやった。しかし相手は車の窓を開け、こちらに大声で文句を言っている。鉢合わせの際、すぐにこちらが車をどけなかったのが気に入らないらしい。

・・・と、Iさんの顔付きが変わった。「ふざけんなよ、この野郎」と、相手を睨めつけて、Iさんがつぶやいた。身長が160cmに満たない小柄な50歳の、いつもは底抜けに人の良いおじさんが、突然大変身しようとしている。
ま、まずい。まことにまずい展開になりそうな様相だ。
相手の文句より、Iさんの急変に僕は固まった。

「ふざけんなよ、この野郎」・・それは相手に聞こえるわけのない小さな声だったが、口の動きを読まれたか、次の瞬間相手の車の助手席から、ひょろりと背の高い、建設現場帰りのような格好をした30代半ばに見えるガラの悪い男が飛び出し、大声でどなりながらこちらにどかどかと向かってくる。
Iさんも車のドアを開けて外に飛び出そうとしたが、「ハイ、ドアロック!相手にしても始まらない」と言い、(あれ?何が始まらないのかわからないな・・それ)と、自分の口から出たばかりの言葉に自分自身で軽い疑問を抱きながらIさんを制し、どなり散らす相手の顔を車内から二人でただ眺めていた。

相手はまるでやくざのような輩だったが、やくざではなさそうだ。このような時は、素人の方がよほど怖い。乱闘になれば、数発殴られてから覚醒しそうな、はるかにもっと素人のこちらの方が、相手がびびるほど変貌することは十分あり得るが、住宅街での乱闘はまずい。
相手は車内でじっとしているこちらを散々どなり散らし、最後に「このバカ、禿げ!」と捨て台詞をはいて去っていった。

最後の「禿げ」という言葉に、僕はなんて幼稚な馬頭だろうとちらりと感じながらも、一瞬たじろいだ。
恐る恐る運転席が視界ぎりぎりに入るくらい首を回すと、両耳の周辺を残して、てっぺんのほとんどの地肌が露出する頭が、輝きを放っている。
いっ、いや・・、そんなことはとっくに知っているから、それを見たかったわけではない。Iさんの反応を、彼に気付かれないようにその顔から確認したかっただけだ。そこで彼が車から飛び出せば、お互い引くに引けない状態で殴り合いになるのは必定。

僕は殴り合いなど嫌いだけれど、Iさんが喧嘩になり、相手の運転席にいるもう一人の暴君まで外へ出てきたら、僕だけが車の中で涼しく観戦という訳にはいかない。
その時は、彼をなだめることなど全く思い浮かばず、仕方なく加勢するしか男としての道は残っていないような気がしていた。

しかしIさん、その言葉にはピクリとも反応しなかった。「なんだ、あの野郎」と、ぼそりとつぶやくように言い、相手の車が動いてから自分も車を発進させた。

さすがIさん、日頃自分のそのような頭を、「これは進化の証」だと豪語しているだけある。
なぜ進化なのかと言えば、髪の毛など人間には必要ないから、人間の進化系は、どんどんてっぺんが薄くなるというのが彼の持論なのである。なるほどそれは一理あると、僕もその言葉を真に受けて、それは正しい話しかもしれないと感心していた。確かにそう考えれば、Iさんは人類の中では素早く進化した部類の一人ということになる。

そして・・・、もしや僕の進化も始まっているのかもしれない。
気になる、気になる、気になり始めている・・。どうにも気になる。

先日読者から頂いた、シナモンの情報が頭から離れない。シナモンを摂取して、頭の毛細血管を守らなければ、僕は本当に進化してしまうかもしれない。

僕は真剣に、近所のスーパーにシナモンを探しに行った。しかしシナモンは見つからなかったので、代わりにアップルパイを買ってきて、コーヒーと一緒に美味しく頂いた。ついでに好物のサバランも見つけてしまったので、それも買って、一気にケーキを二つも食べてしまった。

あ〜、またお腹が出てしまう。
とにかくなんか気になるお年頃。
妻は28歳フィリピーナ、子供は7歳と0歳のフィリピーナ。3人のフィリピーナを背負っている僕は、数日前にとうとう47歳の誕生日を迎えた。

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2010年09月26日

160.反省を促す!

これまでアメリカは、日本を食い物にしてきた。あの世界大戦で戦勝国としての利益が的外れに終わったアメリカは、長い年月をかけ、戦略的に日本から金を巻き上げ、何とか元を取り戻そうとしてきた。

一番分かりやすい例は、円高である。
戦後急激な復興を遂げた日本は、その稼いだ金で、せっせとアメリカ国債を買った。正確には買わされた。
1ドル360円などという時代に、アメリカは日本にたくさんのアメリカ国債を買わせ、それがたっぷりと日本に溜まったとみると、いきなりアメリカは自国主導で円を1ドル240円、180円、120円と引き上げた。同時に日本が汗水たらして買いためたドル建てのアメリカ国債は、当然みるみる価値が急降下し、アメリカは苦労せずに借金の大幅減額に成功した。
海外旅行が安くなったと喜んでいた国民とは裏腹に、日本国の官僚たちは、やられたと青ざめた顔で右往左往していたはずである。
それを教えてくれたのは、日本では一番と言われる経済学部の教授だった。
その教授は、それを本当は知ってか知らずか不明だが、日本が貿易黒字だと騒がれているということは、おそらく銀行にドル札が山のように積み上げられているはずだから、ちょっと調べてみたという話しを始め、調査した結果その黒字はほとんど紙切れに変わっていたことが分かったと教えてくれながら、アメリカ国債と円高の話しに帰結した。
そして僕は、なるほど国としての商売とはこのようにやるものかと、アメリカの戦略思考に舌を巻いた。

アメリカの言う事を聞かず、中国に寄り添っていったT中K栄元首相は、アメリカの陰謀で首相の座から引きずり落とされた。それを裏付ける状況証拠を数々示されて、なるほどやはりアメリカという国は、超自己中なのだと恐れ入った。

そして極みは、湾岸戦争の裏に石油パイプラインの利権が見えた時である。ついでにアメリカの在庫兵器類の賞味期限が切れそうだという話しも出始め、アメリカという国はなりふり構わないことをする国だと、その短絡思考を僕は危険視するようにさえなった。

このようなアメリカを軽蔑しながらも、僕はある意味たいした国だと思っていた。
超大国と呼ばれる国は、そうだからこそ超大国と呼ばれるのかと納得した。それが超大国の真の姿であるならば、日本はいくら経済が発展しても決して超大国にはなれないだろうと、もう20年も前から悟っていたが、その通りになった。
しかしそれが超大国と呼ばれる条件ならば、日本は超大国になどならなくても良いとも思っていたから、日本がそうならなくてもそれほど落胆もしなかった。

一昔前は、この戦略思考の塊のような超大国に対抗できる国は、そうそうないだろうと思っていたが、この10年〜15年、もしや中国がアメリカの最大のライバルになるのではないかと予感させる動向が見え始めた。
それに気付いたアメリカもどうにでもできず、結局現在、田舎で貧乏な国だと思っていた中国に一目置かなければならない状況に陥った。

そして勢いづいた中国は留まることを知らず、気付けば中国の我儘度、自己中度は、グーグル問題、著作権問題、領土問題と、アメリカさえ恐れ入るほど素晴らしく表面化してきた。
我儘で自己中だったら世界一を自負してきたアメリカも、最近は「オオー、ハーウ ワンダフル!」と皮肉をたっぷり込めて、中国をしきり褒め称えているに違いない。

まるで子供が駄々をこねるような中国の態度に、世界中が恐怖を感じて頭を抱えている。
子供の駄々には論理的な対応は無意味だと気付いていながらも、理性を捨てきれない国々は、表向きの体裁を整えながら中国を打ちのめしてひざまずかせたいと、そのチャンスを虎視眈々と狙い動向を注視している。

そんな中、今回中国からロックオンされてしまった日本は、その対応を世界中から注目されていたはずである。例の船長逮捕、拘留問題である。そしてその裏にある、領土問題である。
日本は世界の笑い物になるか、それとも良いお手本を示すことができるか、その実力が問われ、世界にその政治手腕を誇示できるチャンスでもあった。

もっとも日本国民も世界の国々も、技術力や経済力はたいしたものだが、反面政治手腕はどうかと疑っていたわけだから、やはり日本はどうにもできなかったかと、日本はその悲しい期待を裏切らなかったということになる。
どうにもできなかったどころか、中国を増長させてしまった節さえあるから、日本は期待以上の仕事をしたと、世界の国々はますます頭を抱えることになった。
唯一の救いは、日本が悪い見本を示してくれたので、反面教師としては「サイコー!」というところであろうか。
なんとも恥ずかしくて悲しい現実である。

言わずもがな中国の一連の態度は、まるで子供が駄々をこねている姿そのものだ。
謝罪に賠償?僕はその一報を聞いた時に、我が耳を疑うほど驚嘆したが、すぐに我に帰った。
中国は金が欲しくて言っているわけではない。謝罪と賠償請求をすることで、さもかしそれが当然だという既成事実を作りたいのだ。ここは最大のチャンスとばかり、徹底的に攻勢を仕掛けてきている。
中国の圧力に屈し、拘留中の船長を解放した時から、既に日本は中国の罠にはまっていたわけだ。こうなるなら、最初から逮捕、拘留などしなければ良かったと嘆いても、「時すでに遅し」であろう。

さて今度、日本がどのような対応をするのか見物である。
名誉挽回などと余計なことは考えず、まずは腰砕け外交を反省してほしい。
全ては反省から始まる。自己を振り返らなければ、活路は見出せない。
そして他国が中国にどのように対峙しているか、その戦略を勉強して欲しい。

中国の我儘に付き合わされているアジアの国々にも、良い見本がごろごろしている。
フィリピンだって、南沙諸島問題では中国にしっかりと対決姿勢を示しているではないか。ちょっとひ弱だけど・・・。

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posted at 20:28
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カテゴリー:フィリピン生活
エントリー:160.反省を促す!

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