フィリピーナと共に
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フィリピン生活:カテゴリの記事一覧です。

2010年09月19日

156.ダイエット禁止令

先日モナが、自分の体重のことを話してきた。
「マハール、今わたしのウェイト(体重)は42Kgよ。ほとんど前に戻ったでしょ!」

日本で初めて彼女に会った時、彼女の体重は39Kgから40Kgだったらしい。確かにあの当時は、かなり細い印象があった。
いや、正直に言うと、細いくせにお尻がキュッと持ち上がって、ミニスカートから下に伸びる引きしまった足が、妙にセクシーだと思った(汗)

彼女は体重が戻ってきたことを嬉しそうに話をしているが、見た目はあまり変わらない。本人いわく、お腹、腰周りの余分な肉が減ったそうだ。そういえば僕が日本に来る前、既にモナの体はユリを産む前の状態にほぼ戻っていたにも関わらず、彼女はダイエットをすると話していた。

ユリがお腹の中にいた時には、この大きなお腹が本当に元に戻るのかと思っていたが、今は妊娠・出産の事実など無かったように、不思議なくらいまるで普通になっている。
彼女はもともとやせ形の体型で、久しぶりに会った彼女の友人にも驚かれたように、子供を二人産んだとは思えない、まあまあのプロポーションを維持している。
彼女の身長はおそらく160cmを少し切るくらいではないだろうか。それで42Kgは、僕は痩せ過ぎではないかと思っているのだが、それでも彼女はお腹の肉の緩みを気にして、ダイエットを慣行しているというわけだ。

そのダイエットがどのようなものなのか、僕はよくわかっていなかった。
以前何かのお茶を飲んでいたが、あとは食べ過ぎに注意する程度のものかと思っていた。しかしこのダイエットの内容を確認すると、度々夕食を抜いているようである。最初はお腹が空いているのを我慢して、水を飲んで誤魔化していたようだが、最近は胃が縮まって、夕食時にそれほど空腹感がないようだ。

フィリピンの食事のスタイルは、朝はご飯やパンをきちんと食べる、昼の食事は最も力を入れて作るので、一日のメインの食事となる、そして夕方4時から5時にかけて、スナックと称する軽食をとり、8時過ぎに昼の残り物で夕食となる。昼食の売れ行きが良いと、夕食のおかずが不足するので新たに何かを作ることもあるが、それも面倒になると、缶詰などをあけて食べることもある。
よって夕食を抜くことくらいは、たいしたことでもないだろうと、あまり気にしていなかった。

しかし最近モナの心臓の調子が良くないようで、スカイプで話をしている時でも、心臓が痛いと度々安静状態になる。
その頻度が以前より増えているようなので、僕は彼女の家族問題より、それを一番心配している。

よって、今一度過去の医者から言われたことを、モナと二人で整理してみた。
彼女はかつて、日本でも心臓の件で病院に行き検査をしている。勿論フィリピンでも受診しているので、それらの結果をモナから聞きとりをして、彼女の心臓の状態を、少しでも把握しようと思ったわけだ。

日本でもフィリピンでも、彼女は心電図を取っている。どうやら心電図では、不整脈などの異常は見られなかったようだ。
そして医者のアドバイス、処方された薬を確認すると、日本でもフィリピンでも同じ診断結果となっているようである。その内容は、次のようなものだ。

心臓が痛くなる原因は、心臓の筋肉が酸欠になるからであり、心臓弁の動きに問題が
あるとか、どこかに穴があいているといったものではない。
心臓が酸欠になるのは、酸素を運ぶ血液が不足しているためである。
医者のアドバイスは、軽い運動を心がけると同時に、激しい運動は避けること。
鉄分を多く含んだものをできるだけ食べるよう心がけること。
処方された薬は、主にビタミンや鉄分のサプリメント系で、あとは良く分からない薬が一種類ある。それ以外に、日本では痛み止め用の麻薬パッチをくれたそうだ。
日本で処方された薬はよく効いていたそうで、日本の病院は良いと、モナはよく話している。

僕もインターネットで、少し調べてみた。
心臓が酸欠になる原因は、血流が不足している場合と、血中酸素が不足しているケースがあるようだ。その組み合わせ、もしくはどちらかである。
いずれにしても、血中酸素量を増やしてやれば、症状は緩和されそうである。
血中酸素が不足している場合、その原因は、肺胞部が悪いか、もしくは体に酸素を運ぶ赤血球を疑う必要がありそうである。
インターネット上を徘徊して、ある程度の予備知識ができた。
今度フィリピンへ帰ったら、もう一度自分の立会のもとで、マニラの専門病院にて検査をしてみることにした。
以前彼女は、もし大きな病気だったら怖い検査を受けることに消極的だったが、今はそれを言わない。

同時に、ダイエット禁止令を出した。そのとたんにモナが
「あなた痩せているのがタイプでしょ?私が太ったら、あなた浮気するでしょ!」
「・・・・、そんなこと言ったっけ???」
「オーオー、だからアコがんばるでしょ!」
「ばか!体の方が大事でしょ。でも、あまり太りすぎると、それも心臓が苦しくなるから、ほどほどに・・・」
「わかった」

ぶくぶくと太られると、それはそれで戸惑ってしまうが、体が大切というのは本心である。
なんでも真に受けるモナには、迂闊なことは言えないなと反省する。
それからは、夜モナとスカイプをする度に、開口一番「ご飯はちゃんと食べた?」と、必ず訊くようになった。

血中酸素を増やすために、何をすれば良いか少しわかった。
まず、深呼吸をすること。それはモナも知っており、彼女は心臓が苦しいとき、いつもそれをやっている。深呼吸は確かな効果があるようだ。
タンパク質またはアミノ酸を多く摂取すること。具体的には、卵、肉(牛、豚、鶏)、牛乳、いわし、さけ、タイ、クルマエビなどに、良質のアミノ酸が含まれているようだ。白米、大豆、じゃがいもなどにも比較的多く含まれているようである。
それ以外にも、森林浴をする、部屋に観葉植物を置くなど、取り入れる酸素にも気を使うと良いらしい。もっとも酸素は、過剰に摂取すると酸素障害という病気もあるらしいので、心がける程度で良いのかもしれない。
軽い運動、例えば早朝ウォーキングなどで、体力を少し増すこと。勿論ハードな運動はダメである。
観葉植物は次回フィリピンに帰った時に、いくつか買おうと思っている。これは大きな効果を期待しているわけではないが、リラックスできる雰囲気作りに役立ちそうだから、少しは欲しいと前から思っていた。


人間は普段様々な欲求を持っているが、病気はその全てを、根底からくつがえす。
病気になって初めて、健康であることの有難味を実感するものだということは、物の本で理解しているつもりであるが、今一度、それを良く二人でかみしめなければならないと思い始めた。
僕はそれを明確に意思表示するために、やはりたばこを止めなければならないか。
モナに健康について言えば言うほど、いつの間にか僕のたばこの話に波及する。
それを言われると、何も反論できない。
モナとの間では、そんな雰囲気が出来上がりつつある(涙)。

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カテゴリー:フィリピン生活
エントリー:156.ダイエット禁止令
2010年09月18日

155.夫婦の信頼感

普段は夕方早めに食事をし、それからまた仕事をする。食事の後は会社に戻ったり、自分の部屋に帰ったり、その時の状況に合わせて仕事の場所を変える。
部屋に帰ると、朝タイマーを入れたエアコンがぶんぶんと回りながら僕の帰りを待っている。ドアを開けた瞬間に、部屋の冷気が押し寄せてくるようで、4階までの階段を上り汗ばんだ体に気持ちが良い。しかし心地よさもここまで。それからまた仕事だと考えると憂鬱になる。
とりあえずパソコンを開けてインターネットに接続。今回のマンスリーマンションは、新しく小奇麗な部屋である代わりに、インターネットがない。仕方が無いので、モバイル端末を使用している。インターネットへ接続するまで約1分。このたった1分がじれったい。
接続したら、まずはフィリピンにいるモナへ、無事部屋に帰還したことを報告する。それからスカイプを繋ぎ話し始め、繋がると同時にコーヒーを作り始める。
入ったコーヒーをパソコンの前に持っていき、それを飲みながらたばこに火を付けた瞬間が、最近もっとも幸福を感じる時である。

モナと話をしていると、いつも仕事をするのが億劫になってくる。仕事を進めておかないとまずいという焦りを覚えながら、フィリピンでの家の出来事を聞いている。
今のところ大きな事件は起きていない。

やや変わった出来事と言えば、先日モナが、いきなり元気ないと言い出した。
「どうした?何かあった?」
「みんなの気持ちがわからない。なんかファミリーがばらばらになってきた」
「それはダディーやジンのこと?」
「そう。今日従兄が家にきた。ジンのこと話していたよ。ジンの仕事はあるだって。でもジンは逃げている。今日もジンは、仕事のことで出かける、すぐ帰るって言ったのに、帰ってこないから電話したら、女の子と一緒だった。まじめじゃない。もうここに帰ってこなくていいって言ったけど、さっき帰ってきた。ジンは何も話ししない。無視しているよ。ダディーもジンには何も言わない」

そんなことを説明しながら、モナの目からは涙がこぼれて落ちている。僕はただ話を聞いているだけ。
ダディーに対しても、モナは大きな不満を持っているようだ。ジンの不真面目な態度に対して、責任を放棄したかのように何も言わない。最近のダディーのママに対する態度がとても冷たいなど。ママも諦めたかのように、ダディーのそんな態度を無視し、最近二人はほとんど会話をしていないらしい。
そんな様子を見ながら、モナは家族がばらばらになってしまったみたいだと、心を痛めている。
最後には、もうこの家はいらない、前の小さな家で暮らしていた方が、幸せだったなどと言い出した。

「わたしはそれ、見たくないよ。もうどこかへ逃げたい」
「そう・・。みんなだめだなぁ。まあ、あまりシリアス(深刻)に考えなくていいよ。今はまだ、自分たちの生活が困るようなこともないから、それは僕が家に帰ってから、ゆっくりと話をしよう」

どうやらモナは、ダディーやジンのだらしない態度を持て余し始めたようだ。頼りのママも、被害者として沈黙を守り表に出なくなってくると、モナには荷が重いようである。

他にも具体的な問題に発展しそうな火種がある。
マニラにいたママの妹のエバおばさんが、身重の体で田舎に帰ってきた。マニラでは生活が大変らしい。旦那の給料が安すぎて、食べるものにも困っているようだ。時にはご飯に油をかけて食べているという生活ぶりを、早速モナは聞かされたようだ。2歳になる娘のアニカは、ミルクを飲む代わりにコーヒーを飲ませているらしく、ガリガリに痩せていたとモナが教えてくれた。
エバおばさんが帰ってきたのは、ママの母親の家である。実家に帰ると、少しは貯金ができると言っていたそうだ。つまり予想していた通り、ローラ(おばあさん)の家にただで居候するつもりで戻ってきたのである。普段生活が苦しいローラの家に、身重の大人と、小さな子供が加わった。これに加えて子供がまた生まれたら、間違いなくその生活は破綻する。

まずは出産費用や子供のミルク。おばさんの母乳でまかなっているうちは良いが、買う必要がでてきた場合、ミルク代だけでも月に3000ペソはかかる。ユリが飲んでいるミルクは一缶750ペソ(1500円)もする。それが約一週間で無くなってしまうから、一カ月で3000ペソはかかる計算となる。加えて紙おむつも大きな出費となる。最初の子供、アニカが生まれる時に、エバおばさんは旦那と一緒にモナのママにお金を借りにきたそうだ。旦那は必ず返すからと言いお金を借りたそうだが、2年経過した今でも、そのお金は帰ってこない。今年暮れに予定されている出産時にも、きっと同じようなことが起こるはずである。おそらく次のターゲットはモナだ。頼めば何とかしてもらえるという安易な気持ちを持っているような気がするのである。

話を聞くと、エバ叔母さんの旦那はお調子者でだらしない。以前一度、僕も一緒に飲んだことがあるから、おおよそのイメージは湧く。
義理の叔父さんになるその人は、マニラで警備員の仕事をしている。月の給料は7000ペソ(14000円)とのことだ。そこからアパート代や光熱費の3000ペソ(6000円)を払うと、月の食費はわずか4000ペソ(8000円)ほど。何もかもが高いマニラで、かなりきつい生活になるのは十分理解できる。今回エバ叔母さんが田舎に帰り、叔父さんは超安いアパートに引っ越したそうだ。

「生活が苦しいのに、なんで子供作るかなぁ。何も考えてないなぁ」とモナは言う。
「僕たちだって、子供ができたでしょう。人のことはいえないなぁ」
「あなたは違うでしょ!生活の心配あるだったら、わたしだって気を付けるよ」

モナは叔母さんにもそのことを言ったらしく、叔母さんから聞いた話をいろいろ教えてくれた。
叔父さんは生活が苦しいことなどおかまいなく、夜求めてくるような話をモナがし始めた。しつこいし、今は子供ができるからと拒否すると怒りだすなど、具体的な話をしている。あげくの果てに叔母さんは、本当は離婚したいが、既に子供が一人いてお腹の中にも新しい生命が宿っている状況では、そうもいかないという話になる。

叔父さんに具体的な生活苦の話をすると、いつも言葉では良いことを言うが実行に移さないという話や、娘のアニカのミルクの心配や、妊娠中の叔母さんの体を気遣うことなど、一切ないという話になる。事実、アニカはミルク代わりにコーヒーを飲んで、叔母さんは白米と油の食事をしているのだから、大げさな話でもなさそうだ。

全般的に給料が安いフィリピンでは、このような生活を強いられる人が大勢いるのだろう。マニラでは、日本人の感覚でいう普通の生活ができる人もたくさん見受けられるので、勘違いしてしまいそうだが、海外諸国は日本のように徹底した平等社会ではない。不自由のない生活をしている人と、どん底の生活をしている人が、普通に入り混じっている。

「いろいろと問題はあるけどさぁ、今二人は生活できているでしょう。すぐに深刻に困るような状態じゃないのだから、あまり深く悩まなくていいよ。それは僕がフィリピンに帰ってから、ゆっくり話を聞くから」
「わかった。少し心が軽くなった」

モナはスカイプの通話を終える頃には、普通の状態に戻っていた。
とにかくモナは真面目すぎる。おそらく僕が、ジンやダディーのことを話していたから、モナにはそれがプレッシャーになっていたような節がある。

これまでも、僕が不満を独り言のように漏らした時でさえ、モナはすぐに具体的に改善しようとする。それが家族に起因するものであれば、些細なことでもモナはすぐに家族に文句を言い、気を付けるように言うから、僕はうかつに文句を言えない。有り難いことではあるが、本気で気にしていることでなければ、彼女の家族に不快な思いをさせる必要はないと思うからである。

お金に関しても、彼女はいまだに銀行からお金を引き出す時に、メールで何にいくらいくらかかるから、いくら引き出して良いかと訊いてくるし、使ったお金は細かくリストにして、報告してくる。お金のことは任せているのだから、そんなことは必要ないと言うのだけれど、彼女はそれを止めようとはしない。律儀で誠実な態度は、結婚して子供ができても、全く変わらない。そこがルーズになると、そこから二人の絆にほころびができると信じているようだ。彼女なりに自分の耳に入る破綻した恋人や夫婦の話を分析し、努力しているのだろう。

それがある限り、おそらく何か問題が起きても、なんとかなるだろうという安心感がある。
信頼できるパートナーを慎重に選ぶということの大切さを、モナと結婚してからよく感じるのである。国際結婚ともなると、育った環境がまるで違うのだから、それがいっそう大事になる。
エバ叔母さんの話と、僕とモナの関係は、妙に対照的だとも感じるところでもあった。

僕はやはり、良い相手を選んだのかもしれない。
・・・これが言いたくて、ここまで書いた???・・・最近自分がわからない(爆)

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カテゴリー:フィリピン生活
エントリー:155.夫婦の信頼感
2010年09月17日

154.Jさん

仕事にどっぷりと浸かってほぼ3週間。土日にリラックスできないと、タフだと思っていた自分でも、精神的に辛くなってくることがわかってきた。
この3週間、仕事が頭から離れない。仕事と精力的に向き合うというより、仕事に取りつかれて息切れしながら頭を抱えているという感じだ。これほどのプレッシャーにさらされるのも、久しぶりである。

今日は簡単に帰れないぞと思いながらも、どんどん先に帰宅する人のことが気になっていた。いつも食事を共にするJさんにまで、今日は早く帰りますよと宣言され、ますます焦る。
事務所のある場所は、夜の10時を過ぎると、唯一の交通手段であるバスが無くなる。仕方がない、今日は自転車で帰るかと腹をくくった矢先、ドアの外に出たJさんの、「雨だ!」という声が響いて来た。さすがに雨の中を自転車で帰るのは辛い。体が濡れるのは気にならないが、いつも持ち歩くパソコンを濡らして、機能障害でも起こされた日には自殺ものである。全ての仕事のデータを含む成果が、その中にぎっしりと収まっている。
「ちょっと待って、僕も帰るから、車に乗せて!」
反射的にそんな声を張り上げていた。そして、家に仕事を持ち帰ろうと即断し、Jさんの返事を待つ前に、僕はパソコンの電源を落としていた。

「雨だ!」と言われたのに、事務所の外に出て空を見上げても、ポツリともこない。突然雨は止んだのか、それともはめられたのか。星が全く見えないから、厚めの曇が空を覆っているのは確かなようである。
会社から駐車場まで、歩いて5分の距離がある。いったい雨はどこへ行ったのか、空を見上げながら、力の入らない足を機械的に交互に前に出すように、Jさんと肩を並べて歩いていた。
ふと、最近様子のおかしい営業のYさんのことを思い出した。

「最近Yさん、ちょっとおかしいと思わない?妙に暗いし、今日はパソコンを前にして、ずっと溜息ばかりついていたよ」
「Yさんはいつも暗いじゃない。あんな重苦しい空気を纏った人が営業をしているなんて、そもそもそれが信じられないですよ」
Jさんは今年入社したばかりだから、彼の社員に対する印象というものには、まだまだ客観性が残っている。

「確かに前から暗い。それは認める。でも最近は、ただの暗いという感じじゃなくて、心が病んでいるように見えるなぁ。そんな時は、進んで精神科に行った方がいいんだけどね」
自分でそう言いながら、それは俺のことか?とふと思った。
その時Jさんは突然目を輝かせ、それまでだらけた口調をがらりと変えた調子で言った。

「そう!そうなんですよ。でもそれが中々ねぇ・・・」
そう言いながら、Jさんの顔は、口元が笑うように開き、眉間のあたりはしわを寄せて苦悩するような表情となった。

「行くのがはばかられるということ?」
「かなり昔、行ったんですよ。でもねぇ、受付の前で回れ右して帰ってきちゃいました」
「わかるなぁそれ。その抵抗があるという感じ。でも精神科に行くことなんて、実はそれほど大げさなことではないんだよね。鬱でもなんでも、自覚したら進んで病院に行く方がよほど正常だよ」

僕は精神科で治療を受けたことはなかったが、本から得た知識を元にそんなことを言っていた。最初から、こんな風になったら精神科で治療を受けると決めておき、そうなったら本当に自らさっさと病院へ行った人の話である。その後極めて優等生的な患者になり、医者と一緒に自分をコントロールしながら心の病を治していく。なるほどそれが、深刻な状態にならないコツかもしれないと、僕の記憶に残っていた。
「病院に行ってもたいしたことはないんですよ。先生が話を聞いてくれるから気持ちが楽になるし・・・」

その口ぶりから、結局彼が勇気を出して精神科で受診したのだと分かる。僕はその時この人が、精神科に通ったという事実より、彼は精神科に行くほど追いつめられた経験を持っていたのかということに気が向いていた。

彼には、強さと弱さが一つの体に同居しているような印象を持っていた。気になっていたのは、彼の強さの部分が、投げやりに感じることである。困難なことが目の前に立ちはだかると、それをどうやって乗り越えるのかではなく、もういいやという諦めから、自分の苦しさを取り除こうとしている態度である。しかし、本当にそれだけで終わらず、結局はこつこつと問題に取り組む。克服せねばというプレッシャーと、それから逃げようとする態度が、ゆらりゆらりと交互に見え隠れするようで、傍で見ていると危なっかしい感じがしなくもない。
真面目すぎる人ほど、精神的なダメージを蓄積してしまう傾向があるから、それが全て悪いとは言い難い。ある程度適当な部分がないと、結構辛いものである。
なるほどあの態度は、彼が過去の苦い経験から学んだ護身術のようなものだったかと、妙に納得している自分がいた。

「Jさん、今日は何食べたい?」
車に乗り込んでから、脈絡もなく僕は突然話題を変えた。Jさんは一呼吸置いてから、
「言っちゃっていいですか?」
と元気よく言う。
「カレー?」
「なぜわかるんですか?」
目を見開きながらJさんは驚いているが、あてずっぽうが当たってしまったと、その驚きは僕の方がJさんのそれより大きいに違いなかった。その反面、くくく、僕の勘は鋭いのだと、胸の内でほくそ笑んでもいた。

「なぜだろうねぇ。ふと僕もカレーが食いたくなっただけ」
とりあえずそう返答しておいた。

その日は二人で、お気に入りのインドカレー屋さんに行った。
久しぶりに食べたそのカレーは相変わらず美味しく、大満足で幸福な気分に浸った僕はなぜかご馳走したくなって、彼のカレーの代金をタクシー代だと言って僕が払った。
たまには人にご馳走するのも悪くないものである。

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カテゴリー:フィリピン生活
エントリー:154.Jさん

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