フィリピーナと共に
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2013年10月16日

702.四度目の記念日

 十月十五日は、僕とモナの四回目の結婚記念日だった。そして来月十一月十五日は、ユリの四回目の誕生日。計算が少し合わないのはご愛嬌。十一月十六日はモナの@回目の誕生日。モナは1981年生まれだから32回目か? モナとユリの誕生日は一日違いだ。
 ということは、このブログを始めて既に、まる四年を経過しているということだ。結婚やユリの出産時にドタバタしたことも、このブログの中に綴られているはずだ。

 現在モナは三人目の子供を妊娠中で、出産予定を来年の一月に控え、お腹の出っ張りが随分目立つようになっている。
「mahal shower toki shitanoge mienai natteru」
「何の話だ?」
 唐突にそんなメールをもらい、最初は解読不能だった。お腹が邪魔をして下の毛が見えないと分かるまで、携帯を睨んで十秒くらい考え込んだかもしれない。
「下の毛は見えなくていいから、階段に気を付けなさいよ」
「階段も見えないな。分かった、気を付ける」

 妊娠に際し、モナは色々と気を遣っているようだ。早寝をして睡眠をできるだけ取る、食事で青物野菜を良くとり血液を増やす、果物もできるだけ食べる。
 栄養剤と言うのだろうか、カルシウムやビタミンを含むサプリメントや、それ以外にも出産に問題のあるモナの既往症に備え、今からいくつかの薬が病院から出ているようだ。その薬の一つが、どうやらモナに合わないらしい。以前から、その薬を服用した少しあとに、食べたものと一緒に戻してしまう。
「さっきまたゲロした。あの一つの薬、アコのお腹に合わないな。今日その薬、また飲んだ。でも仕方ない、私のお腹に合わない。その薬、また止める」
「止めた方がいい。ゲロするのは、体が要らないって言っているのと同じだから」
「もったいないけどな。高いよ、その薬。ベイビーの頭、いいなる薬」
「栄養をちゃんと取れば、ベイビーの頭も良くなるよ。薬のお金で、美味しいものを食べた方がずっといい」
「そっか。そうですね。分かりました」

 モナはゲロという言葉を、少々下品な言葉だと知らない。僕もそれは直していない。嘔吐は堅苦しいし、戻すという言葉も場合によって使い方を変化させなければならないから、どんな言葉に置き換えれば良いのか分からないからだ。
 それにしても、一体どんな薬を飲んでいることやら。医者はお腹の中にいる子供の頭が良くなると言って出しているらしいが、なんの根拠でそのようなことを言うのか疑問だ。つまりその高い薬を、僕は眉唾くさいと思っている。モナはそれを信じているようだが、体が拒否反応を示すならすぐに止めた方がいい。そもそも昔は、子供をお腹の中で普通に育て、普通に産んでいたのだ。元々出産は自然の営みだったのだから、ある程度は自然に任せた方が良いのではないかと僕は思ってしまう。

 お腹の中にいる子供が念願の男の子と分かり、モナは飛びあがるほど喜んだ。何せ彼女は男の子を産むまで頑張ると宣言し、僕を不安にさせていたくらいだから。この子が無事に生まれてくれば、モナの気も済むだろう。
 モナに、どうしても男の子が欲しい理由を尋ねたことがある。モナは、男の子は将来自分のことを守ってくれるからと答えた。ろくでなしの男より、働き者の女の子の方がよほど頼りになるという実態を散々フィリピンで見ているはずなのに、なぜそのような発想になるのか僕には不思議だった。そんな期待を寄せて産んでも、その子がオカマになったらどうするのだろうかと、そんなことも考えた。
 クリーブ(壁に囲まれたベビーベッド)をどうするかとモナに訊かれた時、僕はユリのお下がりでいいだろうと答えた。するとモナは、色がピンクだからダメじゃないかと言った。赤ん坊のクリーブなど色はどうでもよいと僕が反論すると、モナは、「みんながピンクのクリーブで育てたらオカマになると言ってる」と教えてくれた。日本でそんな話が出ても僕は気にも留めなかったが、フィリピンで多くのオカマを見ている僕には、それもあり得るかもしれないと思えてきた。僕は、何も知らない真っ白な脳みその赤ん坊が、ピンクの壁に囲まれて育っていく様を想像した。そしてピンクのクリーブで育ったユリは、今から化粧、ハイヒール、ドレスが大好きで、少しませすぎではないか? という女の子になっている。
「確かにそれはいかん、高い物でもないから、青のクリーブを買い直そう」
 僕はすぐに、最初の意見を撤回した。フィリピンではオカマも社会で認知されているから、まあそうなったらそうなっても良いとは思うが、男親としては、できれば息子は男らしい男に育ってほしいと思ってしまう。

 先週久しぶりにブログを更新してからNさんの話題を繋げてきたので、本日は我が家の様子を書いてみた。
 ひとまずモナは元気で、お腹の子供も少し大きめに順調に育っている。ベルは最近友達との行動が増え、iPhoneが欲しいなどと言いだしている。ユリは読書、お絵かき、犬とお遊び、iPadゲームやYouTube、そして勉強と毎日忙しく動き回っている。ダディやママや他の家族も息災に暮らしているようで、我が家にこれと言った問題はない。そう言えば最近、モナの「マハ〜ル、問題ある〜」という、心臓に悪い言葉もしばらく聞いていない。モナにとっては、これで僕がいつでもそばにいれば、彼女の理想とした生活になるのだろう。

 本日は、朝一番でモナにメールをした。
「Happy anniversary. 4 years arigatou. korekaramo yoroshiku onegai shimasu ne. i love you.」
 素直に自分の気持ちを伝えるは苦手だが、僕はこうして、結婚記念日に四年間の感謝の気持ちを伝えた。モナからも、その後で特別なメッセージが届いた。
 本日マレーシアは祝日で休みだったので、今日一日はできるだけ、モナと会話する時間を作った。そして夕食にはお祝いごとに欠かせないスパゲッティーを作り、その写真を送ったあとに「i ate spaghetti with appreciate for our 4 years.」(自分たちの四年間に感謝しながら、スパゲッティーを食べました)というメッセージを送った。
 これは、記念日好きなフィリピーナと、大切な記念日に一緒にいてあげられない僕の罪滅ぼしである。同時に決して短くはない四年間、幸せに楽しくやってこられたことへの、彼女への心からの感謝の気持ちである。



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カテゴリー:フィリピン生活
エントリー:702.四度目の記念日
2013年08月10日

695.与える側と与えられる側

 先週、ドタバタしながらも予定通りマニラに到着した。スーツケースも無事一緒にたどり着いた。前回記事にて、いざとなれば荷物を捨てるような事を書いたが、実際には捨てるつもりなどなかった。航空会社に頼み込んで、マレーシアに戻ってくるまで預かってもらおうと思っていた。中身はまるでたいしたことがなかった。少々すり切れたパンツ数枚、Tシャツ数枚、半ズボン二本、子供への人形、そしてモナのリクエストであったツナ缶五個(サンフラワーオイル、フィリピンではあまり見かけない)、ピーナッツ一袋。これだけで、お土産の人形さえ運べたら後はどうでもよいものばかりだった。
 子供の人形がスーツケースのスペースを大きく占有した。ツナ缶はスペースを食わないが重量が増す。そして自分の物はご報告の通りで些細である。

 フィリピンへ帰る際の荷造りをしていて、いつも思うことがある。例えば日本で久しぶりに田舎の実家に帰ると、持っていく荷物も多いが帰りもまた荷物が多くなる。帰り際にあれやこれやを持っていけと言われ、行きより帰りの荷物が増えることはよくあった。荷物になるからいらないと言っても、親心で食べ物から小物まで本当に色々なものを持たされた。一番最近帰省した折には、新幹線の中で食べる弁当も持たされた。そんなことも若い時分は少し迷惑に思ったものだが、前回は車両の中でそれを広げ、田舎からどんどん遠ざかる寂しさを感じながら、ありがたくその弁当を味わった。
 反面フィリピンに行く際は、行きの荷物はいつも満載なのに帰りはスカスカになる。帰る際にフィリピンを離れる寂しさは確かにあっても、荷物に関しては行きが多いほど帰りがスカスカとなる。大きく余ったスーツケーススペースを荷物が転がり困るので、だいたいは何かで隙間を埋める工夫をしなければならない。今回も人形の占めるスペースを見ながら、帰りはその分を含めがらんどうで軽いスーツケースになるのだろうなと、日本での帰省との違いを思いながらしみじみ眺めた。これは何かを象徴しているようで、感慨深いものがあった。

 何を象徴しているのか、具体的なことが自分でも良く分からないことに気付いて少し考えていた。すると、失礼ながらこんなイメージが浮かんだ。
 フィリピンに行くと身ぐるみはがされ裸一貫で帰される? これは、それぞれが生まれ育った国の豊かさの違いなのだろうか。もしくはそれぞれが感じている、国の格差を象徴する事象なのだろうか。
 そう考えだしたら、なるほど当たらずとも遠からずという実態がありそうな気がしてきた。フィリピンの人々は、日本人に多くのお土産を要求するのが当たり前で、日本人は要求されるのが当たり前という感覚がどこかにあるのではないだろうか。お土産だけでなく付き合い全般を通し、どこかに与える側、与えられる側という感覚がお互いに潜んでいるのではないだろうか。仮に実態が、フィリピン人の方が日本人よりずっとお金持ちである場合でもだ。このようなケースは実際にある。あとで分かったことだが、モナが日本で働いていたころ彼女は僕よりお金持ちだったが、デートの費用を出すのはいつも自分だった。彼女のそぶりから、彼女が僕よりお金を持っているなど微塵も感じられなかった。

 モナと結婚をする前の話である。結婚をする前どころか、結婚を決める前のことだ。僕がモナに、なぜ自分があなたに貢がなければならないかを尋ねたことがある。彼女は次のように言った。
「私が貯めているお金は、いずれあなたが住む家になる。だから今あなたが私のために支払うお金は無駄ではないでしょう」
 現在実際にそうなっているから悔しいが、その時の僕は開いた口が塞がらなかった。反論したいことは山ほどあるような気がしても、何を言っていいのかすぐに思いつかないほどだった。少し考えて「結婚しなければ丸損ではないか!」と男のプライドや見栄をかなぐり捨てて言ったような気もするが、とにかくフィリピン人の方がお金持ちでも最初からこちらが貢ぐ立場にいるような雰囲気があったので、結局この関係は最後までひっくり返ることはなかった。

 モナだけではない。どのフィリピン人女性が相手でも、最初からお互いこのような関係が出来上がっていた。それは女性だけではなく、仕事仲間のフィリピン人男性でも同じだった。
 しかしこの与える側、与えられる側という暗黙に出来上がった関係とは、実は思い込みに過ぎない場合も多い。与える側も馬鹿ではない。ただ与えるだけでは自分が馬鹿なことをしていることに気付き、いずれ関係が解消する。つまり与えるだけの側に見える立場というのは、実は何か与えられているものがあり、それを無意識に感じ取っているから与える側を続けることができるのである。僕がこのことに気付くのは比較的早かったが、更にこの関係が本来どうあるべきかをしっかり認識したのは、ここ数年のことである。

 与える側である日本人が相手から与えられているものとは、人からあてにされ頼りにされる喜び、自分の心の中にある世界の広がり、心からの愛をもらえるかもしれない期待感、相手の愛を勝ち取った満足感(この場合は当人の勘違いもある、幸せならば勘違いも万歳だけれど)、自分の常識の殻が破られる快感、それを含めて初めての体験が急速に積み上がることを実感できる喜び、それに伴う新しい発見と驚き等々、これらが様々な角度から自分に癒しや刺激や満足感を与えてくれる。これはまさに与えてもらっているもので、これがなければ与え続ける関係は長続きしない。
 しかし不思議なことに、自分は与える側でフィリピン人側が与えられる側というこの精神的関係は、実際にはお互い与えあっているにも関わらず不思議と変わらず継続する。フィリピン人で、私もあなたにたくさん与えているものがあるとはっきり言う人は、自分の体験上ほとんどいない。僕の知っている限りでそれを言ってきたのは、モナ一人である。結婚をする前のモナは僕に、「私はあなたに本物の愛を与えている」と言った。僕は照れ隠しで、「愛ではなく金をくれ」と言いモナのひんしゅくをかった記憶がある。
 そんなことがあってさえ、僕は二人の関係がどうあるべきかに気付かなかった。いつまで経っても僕の中では無意識に、自分は与える側で彼女は与えられる側だという考えがあった。
 しかしこの考えは、基本的に間違っているだろう。これは決して精神的に対等な関係にはならないため、自然と自分の傲慢な考え、言葉、態度に繋がる。与えられる側もその精神的関係から脱却しなければ、与えてもらうものがなくなった時点で契約解消といった、事務処理的な感覚、対応となる。実際にそのような無機質な関係と割り切っているならばよいが、そうではない恋人、夫婦という関係でそれは一体どうあるべきなのだろうか。
 こう書いてしまえば答えは自ずと見えていて、それはお互い、与える側と与えられる側という精神的な関係を解消し、お互い与え合う関係であることをしっかり認識すべきだということである。見えにくいものを含め実際そうであれば、そのことを踏まえることがお互いの幸せに繋がるのだろうと思われる。そしてこのことは、日本人とフィリピン人の組み合わせに限らず、仮に同じ民族同士や同性愛者同士であってさえも、全般的に言えることだ。
 
 しかしこの呪縛から抜け出すのは、分かっていてさえ難しい。ここから抜け出すためには、お互いどこかで性根を据えなければならないからだ。与え与えられる関係を維持するのは思ったより容易だが、それがない中で心の繋がりを保つというのは、思いやりや踏ん切り・勇気が必要である。本当にそうか? と思われる方は、次のようなシチュエーションを想像してみて欲しい。
「自分は無一文になろうが、あなたや家族のために汗水垂らして自分が死ぬまで守ってやるから、あなたもそのつもりでいて欲しい」
「あなたにお金が無くなっても、私は自分の身体を売ってでもあなたを守る」
 こんなことを決意するのは、お互いに大きな勇気が必要だ。何も分からない将来に渡りそれを決意し実行するのは、膝が震えるくらい怖いことである。しかし本物の幸せが欲しいならばそのくらいは覚悟し、その決意のもとで言いたいことも言い合いたい。これは、「俺がお前の面倒を見ているのだから、俺の言うことは何でも言う通りにしろ」とは全く別物である。
 与える側と与えられる側の精神的関係から脱却するということは、おそらくこんなことだと思われる。

 思えばスーツケース満載のお土産も購入する時には大変だが、それを広げた時の相手の喜ぶ顔を想像しながら心が躍る。ここに既に、自分に与えられるものが潜んでいる。今回マレーシアで買った子供へのお土産も、子供がそれを大層喜んで片時も離さず持ち歩いているのを見て、自分も大きな喜びを貰った。
 さてこの話は、実はマニラで過ごした数日間の出来事に繋がっていく。今回のマニラでは、いつにもまして色々なことがあった。プライバシーの問題を考慮すれば全てを書く訳にもいかず、それでも紹介したい出来事がたくさんあり、どのように書けば良いのか一考を要する。とにかく僕はマニラでの一つ一つの出来事と本日書いた内容を重ね合わせ、時には複雑な心境になりながらその数日間を楽しんでいた。この続きは、また次回に持ち越させて頂きたい。ある方より、存分に塩と胡椒を振った話にしてくれと指令が来ている。よって少し、考えてみようと思っている。

 本日僕は、一日がかりのプールリゾートレジャーにでかける予定だ。ギョウちゃんとその家族も参加予定で、現在我が家に向かっていると連絡が入った。
 ユリは相変わらず朝からスイミングウェアに着替え、スイミングを連呼しながらはしゃいでいる。
 日本は本日から連休が始まる人も少なくないと思われるが、僕の休暇は本日が最終日。一日自然の中で、存分に家族・友人と楽しみたい。



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2013年08月03日

694.ドタバタ

 今日は少し焦った。18時過ぎのフライトでKLへ移動しなければならないのに、出掛けに職場で相談事を持ち込まれ、会社出発予定時間を20分オーバー。たかが20分と思われるかもしれないが、もともとの予定がぎりぎりの時間設定。会社を出たのがフライトまで余裕で1時間を切っていた。少し焦りながら会社の車で空港へ向かっている途中、一本の電話が入った。このくそ忙しい時に誰だと思って携帯を見ると、そこにはインドの最前線でがんばっている営業さん。彼らは、のうのうとオフィスで仕事をしている自分らには気付きにくい、客から頂くプレッシャーと日々闘っている。何かあったか? もしそうなら可哀そうだと思い電話に出ると、急ぎの用事で&@$さんに連絡を取りたいけれどつかまらない、&@$の携帯番号を知らないかとの要件。では電話を切らないとその方の番号を見ることができないので、一旦電話を切ってこちらからテキストでメッセージを送ると電話を切ったが、何と僕の携帯が発信不能。料金未払い(インドとの電話会議で一気にリミット到達、通話不能状態に。リミットがあるとは知らなかった)となったためで本日慌てて携帯料金を支払ったが、まだ開通していない。本来これは支払ったらすぐに通話可能になるはずで、そう言えば支払直後は電話をかけることができていた。しかしメッセージを送ろうとしたら送信できないとの表示が出るのでハッと気が付いた。自分の携帯アカウントがしっかり回復していないのかシステムの不都合のどちらかだ。適当な人の電話に電話してみると、やっぱり料金を支払えとアナウンスが流れる。仕方がないのでフィリピンローミング電話でテキストを送ってみると、届いたように見えたそれが届かず再びインドから着信、口頭で電話番号を伝えた。
 そんな些細な要件は同じ会社の人間同士でやってくれたらよいと思うが、なぜか社外の自分にそんなことまで依頼がくる。最前線で闘う彼らにマレーシアのゆったり空気に染まった人たちは、半分ぼけた頼りない人にみえるらしい。普段からどっちが正規の社員なんだと思えるくらい頼りにされ、おかげでこちらはめっきり株が急上昇。経費節減で切りたいのに切れない状況となり、社内で僕は今、時の人になっているらしい。

 冗談はさておき、空港カウンターに駆け込みダッシュで少しでも遅れを取り戻そうとしていたところにそんな電話まで来たものだから、少し動悸が早まった状態でカウンターに行くと、ちょうど長期連休前で長蛇の列。割り込みも考えたが礼儀正しい日本人の血がそれを許さず、我慢して待つこと20分。ようやく自分の番になり、受付の人が快調にキーボードを叩くので間に合ったと思ったら、突然眉間に皺を寄せながら手を止めたお兄ちゃんが「この便はもうクローズです」僕は自分の耳を疑った。
「ちょっとまて、クローズってクローズか? いや、クローズで何だ?」
 この時は次か更にその次の便を買いなおせばいいくらいに思いまだ余裕をかましていたが、いや、今日はどれも満席か? なんて思い始め、僕はここで簡単に引き下がってはいけないことに気付いた。
「今日KLに行けないと、その先のフィリピン行便に乗れないんだよ。この時間なら、まだその便は飛んでないよね?」
「しかし荷物の搬入が終わっているので無理です」
「それじゃあ荷物を捨てたら乗れる?」
「それであれば何とかなるかもしれない」
「このスーツケース、何とか機内に持ち込めない?」
お兄ちゃんが体を乗り出し僕の荷物を見ながら、「できない」と困った顔をして言った。
「オッケー、駄目だったら荷物を捨てる、とにかく搭乗ゲートまで行かせてくれ」
「行くのはいいけど早くして、もうボーディングが始まっている」

 こんなやり取りを経て、大きなスーツケースを抱えてゲートに向かった。搭乗口へ向かう最初のチェックポイントでその荷物の機内持ち込みはできないと言われたが、「分かってる」と答えて無視。荷物検査でも何か言われると思ったら、ここは不思議と検査だけで何も言われずパス。速足で背中に流れる汗を感じながらようやく搭乗ゲートに到着すると、まだボーディングが始まっていなかった。ボーディングパス確認係りのお姉ちゃんに、この荷物を何とかしたいんだけど何とかならない? とお願いしてみると一瞬キョトンとされたが、「もしかして空港くるのが遅すぎた?」と言われた。僕がコクコクと頷くと、彼女は大きなガラス窓を通して見える飛行機脇のお兄ちゃんたちを指さして、彼らに荷物をお願いしてみてと笑顔で言ってくれた。「ほんと? いやぁ〜助かるなぁ〜」とありがとうを連発すると、彼女はそこで荷物認識票もつけてくれ、飛行機に乗り込む直前に、言われた通りお兄さんに荷物をお願いしてみた。すると既に無線連絡で話がついているようで、彼がその場で僕の荷物を飛行機の貨物室に入れてくれた。そのスーツケースには、ベルとユリのお土産が入っている。実際に持ち込めないとなれば、その人形だけは取り出して機内に持ち込もうと思っていたが、これでひとまず一件落着。機内の指定シートに座り込んで、疲れがどっと噴き出した。
 こんな風にドタバタしながら、KL空港で夕食を取りコーヒーも飲み、フィリピン便搭乗ゲート前でこの記事もドタバタで書いている。
 家族、友人の待つ愛しのフィリピンは、もうそこまで近づいている。



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