フィリピーナと共に
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2010年08月17日

141.虚像・フィリピンファミリーの絆2

僕の提案は、ローラをこの家に連れてきなさいということだった。ただし、現在ローラに寄生し、隙があればもっと美味しいこちらにすり寄りたいという輩(やから)は断じてお断りという条件付きである。
働ける人にはきちんと働いてもらう、しかし高齢のローラは十分役割を果たしたのだから、少しくらいは楽をしてもらおうというのが、僕の基本的考えである。この意見にはモナも賛成なのだが、それができない様々な問題があるらしい。

ローラをこの家に引き取るという話は、ジャマイカの家に引っ越す前からモナの胸中にあったようだ。しかしそれをママに相談したら、それはローラにたいする責任を全て引き受けることになり、荷が重いという理由で断られたそうだ。一旦ローラを引き取ると、他の兄弟は一切ローラを助けなくなる、仮にローラが病気で入院でもしたら、全部自分がひっかぶることになるから嫌だということである。
そしてその話を聞いていたテスおばさんは、もしローラがジャマイカに移ったら、今住んでいる家の家賃、光熱費や食事代は一体誰が払うのだと言って、それを反対したそうだ。

そしてモナは、ローラを引き取ればその分の生活費が上がるから、僕のサラリーもアップしないと厳しいねと言う。その言葉に、モナの悪気がないことはわかっていた。
実はこの話は、モナが主導で進められない微妙な問題なので、彼女は話の着地点を見いだせずに困惑してそのようなことを言ったと思われる。

しかし僕は、なぜ僕のサラリーが問題なのだ、ダディーのお金が遊んでいるではないか、ママの母親なのだから、僕よりもダディーがより協力すべきだろうと言った。実際にはローラが一人ここに転がり込んでも、お金が足りなくなることは無いのである。しかし筋としては、僕よりもダディーが奮起すべき問題である。実際にはダディーの稼ぎが足りないとしても、少なくともその気持ちが重要だと僕は思っている。

するとモナは、もしダディーにそれを言ったらダディーは絶対に怒る、ダディーとママは喧嘩になるというのである。なぜダディーが怒るのかと訊いたら、そんな責任を負わせられるのは、ダディーは迷惑だと思っているからだと言うのだ。ママはそれを十分察知しているから、この問題で具体的な話をダディーに切り出せないという側面があるらしい。
その理屈で言えば、僕もモナの両親を養うことが迷惑だと言って、その責任を放棄できるのである。それを言ったら、モナも黙ってしまった。
この話は、モナと二人で静かに話し合った内容であり、決して声を荒げ、感情的になっての話しではない。

こうして並び立ててみると、全ての人が自分勝手なことを考えていることが見えてくる。確かに経済的な問題が各自の前に立ちはだかってはいるが、それにしても、まるで思いやりの気持ちが見えない。
なぜ孫のモナとその連れ添いの僕が真剣にローラを心配しているのに、実の子やその連れ添いがこれほど薄情なのだろうか。

強い結束と思いやりや助け合いの精神で苦難を乗り越えていると思っていたフィリピンのファミリー像は、実は虚像だったのだろうかと、僕はこの時点で邪推した。いつも一緒だから、その絆も強いと思っていたが、心と心の繋がりは意外と希薄で、その実態は個々がかなり利己的であり、まるでモラトリアム人間集団だということがうかがえるのである。
それを更に強く感じさせた後日談があった。

モナが僕との話しを受けて、あらためてもう一度ママにローラをここへ呼んでも良いという話をしたそうだ。以前は呼んだらどうかという話であったが、今回は呼んでも良いという話である。
ママは内心ではきっと、モナのそのような申し出を嬉しく思ったに違いない。モナが言いだしたことであれば、自分の責任が回避できるし、ダディーも文句はないはずである。
しかしもしローラがこのジャマイカに来れば、きっとその周囲に群がるみんなもついてくる。それは僕が出した条件に反することなので、ママはそれが困るなぁとこぼし、その話はそこで止まったそうだ。

ローラにぶら下がっている集団は、頼りないとは言えまだ利用価値のあるローラを手放さないということだ。もしローラがここにくれば、それこそ渡りに船で、みんなでここに押しかけるのは目に見えているということである。

なぜけじめをつけて線を引けないのか、経済的に各々が自立するのは当たり前の話で、なぜそれを明確に話しができないのかと、これらの話には大いに疑問が残るが、ここまでくるとこちらも面倒になってくるのである。どう考えてもすっきりと決着がつきそうにない。

しかもローラが今住んでいた家の家賃は、もしローラがジャマイカに移ってもローラが支払うことになるだろうとママは言っている。それはローラの名前で家を借りているからだそうだ。ローラが手にするわずかな年金は、ローラが死んでも尚、ずっと国からおりるそうだが、それがその家の家賃支払いに半永久的に充当されるということである。
そうであれば名義を変更すれば良いではないか、そこに住みたい人間の名義にして、その人間が支払うようにすれば良いだけの話である。その家は財産になるわけでもないのだから、誰も負担をするのがいやならば、その借家をキャンセルしてしまえばよい。
なぜそのような単純な話にならないのか、僕には全く理解できないのだ。

しかしもしそれを強行に行えば、今マニラにいるエバというおばさんを含めて、ひと騒動になるのをママは恐れているらしい。エバおばさんは帰る家が無くなり、テスおばさんは家賃も光熱費も払いたくないが、住むところがなくなるのは困る。ノエルに関しては、今度こそ本格的にジャマイカに住みつくという予想である。
エバおばさんについて説明を加えると、彼女の旦那はマニラで警備員の仕事をしている。そして現在妊娠しており、おそらく子供を産むときにはローラの家に帰るのだ。しかし一人目の子供を産んだ時も、そしてマニラが大洪水に見まわれた時にも長期帰省したが、テスおばさんと同じくローラに生活費を一切払わなかったらしい。
こうしてみんなが、年金わずか月2000ペソ(4000円)のローラに少しでも寄生しようと企んでいるのである。

僕は一連の話を聞き、兄弟の争いを恐れるママの優柔不断な態度が、いつまでも問題を引きずることに繋がるのだと強く感じた。本格的に困ったら、何とかしようとするのが人間であろう。困らないから働かない。何とかしてもらえると甘えているから、最初から頼ることだけを考えている。

諸々のことを考えると、ママも頭が痛くなるそうである。そしてママは、面倒だから、みんなでマニラに住もうか、その方が面倒がなくて良いと、ポロリとこぼしたそうだ。
それは、僕がマニラにオフィスを構えたら、少なくともマニラにも居を構えることになるので、ついでに一緒に引っ越そうという意味である。

僕も同じように、本格的に面倒になったらみんなから離れて、遠くで知らん顔をした方が良いと思っているが、それは、モナ・ベル・ユリだけを連れて、4人でマニラに住もうという考えである。自分勝手なダディーにも少しお灸を据えなければならないから、ダディーやママも一緒にマニラへ行こうなどと言うつもりは毛頭ない。このように僕とママの考えに大きなギャップが存在することを、ママは気付いていないのだ。
これらの問題は日本人の僕には理解できないから、僕は戦線離脱をしてマニラで暮らします、後は各々の責任で勝手にやって下さい、僕たちマニラで、慎ましやかに平和に4人だけで暮らしますと、そんな宣言をしたら、一部で日本人は冷たいと囁かれるかもしれないが、僕は一向に構わないのである。

このような話しをしていると、モナも一切の責任を放棄して、どこかへ逃げたいと言う。家族4人だけで、日本で暮らすのがいいと言い出すのである。それはモナが、随分前から時々こぼしていたことだ。
今回のこのような事情を目の当たりにして、確かに彼女の気持ちがわかるような気がした。以前もわかったような気がしていたが、今回の問題の複雑さや理解不能な事柄に、ようやく彼女の気持ちを本当に理解したような気がするのである。ただし僕の場合は、この様子に疲れたわけではなく、これは理解も解決も不可能で、とてつもなく面倒だから手を引いた方が良いという諦めである。

以上は一枚岩だと思っていたフィリピンのファミリーの裏に、このような意外な真実があると知って驚いたという話である。
実はこれまで、このような話しを何度か聞いたことがある。フィリピンのファミリーはあなたが思っているほど単純ではないと、数人のフィリピーナから言われたことがあった。しかしいずれも詳しい説明は難しいと、話は途中で終わっていた。たしかにこのニュアンスを伝えるのは難しいかもしれない。僕は今になって、あの時の話はなるほどこれかと、妙に納得したのである。

フィリピンの病院は、たとえ死にそうな人が病院に担ぎ込まれても、お金がなければ門前払いで助けてもらえない。この非情さに驚いたが、今回の一連の話は、この非情さに通じるものがあると思ったのは僕だけであろうか。ファミリーの中でさえこのような駆け引きがあるのだから、利益を追求する病院でその行為は当たり前なのだ。そしてそれらの考え方や行動に、情というものを排除した、何かシステマティックな雰囲気を感じるのである。この雰囲気が、ファミリーの中にも存在しているということである。
いざとなれば日本人の方が道徳心に溢れ、人情も厚いではないかと思えてくるのだ。

これらはモナが、全て正直に話してくれたからわかった話である。
ビコール語で会話された内容で、通訳を省略され話を捻じ曲げられたら、変な雰囲気を感じることがあっても、その正確な中身を知ることはできない。

やはり貧困の中では、欲や防衛本能がむき出しになるのだろうか。それとも単に、少しでも楽をして生きたいという、怠け根性の現れなのだろうか。

ここに書いた内容が、フィリピン人の全てではない。
敬虔なクリスチャンとして、純粋な気持ちから家族や弱い者を助けるフィリピーナはたくさんいる。また強い責任感で必死に家族を支えるフィリピーナも多い。そこから見えるフィリピンファミリーの姿は正しいのだが、今回述べた内容もまた、正しいフィリピンファミリーの一つの姿である。
日本で働くフィリピーナは、日本の生活にストレスを感じると言うが、実は彼女たちは、フィリピンで起こっているこのような問題にこそ、一番のストレスを感じているのではないだろうか。お金を稼ぐ必要性に迫られ日本で働くが、お金を稼ぐと必ず起こる、このようなフィリピンの背景や事情に対してである。

一連の出来事を通して、ここフィリピンでは、必要以上に人情を持ち出し、このような話の渦中に入り込んでしまうことこそ、日本人としての自分のストレスになりかねないと思われる。
執拗な議論はせず、簡単に自分の考えと判断を告げて、潔く行動することが肝要ではないだろうか。
それが長くここで平穏に暮らすコツなのかもしれないと思わせる出来事である。

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2010年08月16日

140.虚像・フィリピンファミリーの絆1

今回の記事は、少々辛辣な内容が含まれている。よって読者の誤解を招かないよう、あらかじめ明確にしておくために、この冒頭部分を加筆した。
それは今回のこの記事が、怒りに任せたものではなく、冷静に書かれた内容だということである。決してここでの暮らしが嫌になったとか、誰かが嫌いになったという話ではない。強いて説明すれば、また一つ勉強になったという話である。

そしてこれは、フィリピーナとのことを真剣に考える人にとって、心構えとして重要な要素を含む話だと思われるので、敢えて記事にする次第である。

記事を書いた日付は、3日前である。昨日はジュンさんのバースディーパーティーがあったので、昨日の記事を読んでいただければ、僕がいつもと変わらぬ平和な日々を過ごしていることを、お分かり頂けると思われる。
以下が今回の記事である。
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ここフィリピンでは、家族の結束が固い。ここで言う家族とは親戚一同を含めた広い範囲を指す。この結束が日本と比較し、とても強固に見えるのだが、実はその裏には色々あるのだということを垣間見る話しがあった。
これは傍目に見るフィリピンの家族像と少し違う、その中に入り込んだ者にしか見えない話である。
以前ママとダディーの部屋のTVが壊れた話しを書いたが、今回の話は、そのTVの話が思わぬ方向へと向かったことから始まる。

このジャマイカの家にはママの弟のジュンさんが、住み込みでこの家の細かい仕事をするためにいる。彼のサラリーは3食付きで月1800ペソ(3600円)。
ジュンさんはとても優しい人で、しかも陰日向なく真面目に働く。朝一番に起きて、庭の掃除、芝生の手入れ、ベルの学校への送り迎え、お使い、大工仕事、皿洗いから、僕やモナの買い物があれば、どんな時にでもパジャック(サイドカー付き自転車)を出動させて連れて行ってくれる。
以前そのジュンさんの部屋に置いてあったTVが壊れた時に、彼は自分のサラリーでTVを買いたいので、前借りさせてくれと言ってきた。しかしTVを買ったら、少ないジュンさんのサラリーなど最低2〜3月分はいっぺんで吹き飛んでしまう。それにTVは必需品だろうと思ったので、そのTVはこちらで買ってあげることにし、新品をジュンさんの部屋に1台置いたのだ。

ママが自分の部屋のTVが壊れたので、ジュンさんに買ったTVを取り上げて、自分の部屋に置きたいと言い出した。最初にそれを相談されたのはモナである。そのTVは僕らから買ってあげたものなので、とりあえず相談したのだろう。
この話を聞いたモナはそれに反対した。モナはママに、なぜそんなことを言うのか、ママはジュンさんを家族の一員として助ける気持ちを持ってこの家で働いてもらっているはずなのに、なぜ単なる使用人のような扱いをするのかと憤慨した。ジュンさんが快適に過ごすことが不満なのか、ジュンさんがハッピーにしていることは間違いだとでも言いたいのか、なぜそれほど上からジュンさんを見下すことができるのかという話になった。僕もモナの話に同感だった。

ママとダディーの部屋は2階にある。2階にはソファーセットを置いたリビングがあり、その前には大きめのTVが置いてある。5CHサラウンドのオーディオセットと、それに繋がるDVDプレイヤーも完備してある。もしママとダディーがTVや映画を観たければ、いつでもそこでくつろいで観ることができる。だから僕はママの部屋のTVが壊れても、ではすぐに新しいTVを買ってあげようという話はしなかったし、これからもするつもりはない。もし欲しければ、自分のお金で買って下さいということになる。
しかしジュンさんの場合、彼はいつも遠慮し、リビングでは滅多にくつろがない。たまにいたとしてもソファーには座らずに立っていることが多い。彼はいつも控えめで、遠慮をする人なのである。だからせめて彼の自由な空間(彼の部屋)で彼が人間らしい生活を営めるようにと、TVを買ってあげたわけである。その程度の楽しみがないと、気持ちが塞いでしまうだろうと僕は考えたのだ。

ママはジュンさんのTVを取り上げると話した際、ジュンさんの部屋にはTVも扇風機もある、これらを常に使用していたら、家の電気代も上がってしまう、しかもジュンさんは、一日に何度もコーヒーを飲む、その減りが早いので補充するのもお金がかかると、普段ジュンさんに対して抱いている不満も含めて、いろいろと漏らし始めたのである。
コーヒー代を含めた家に関わる費用は全てこちらが払っているのだから、ママが気にする必要はないのだが、ママは僕らの負担を減らしたいから、こんなことも言っていると付け加えた。
僕は日頃ジュンさんが、真面目にサラリー以上の仕事をしてくれていると思っているから、そのくらいは何でもないと思っている。そんなことを言うなら、ただ飯くらいの自分の息子や旦那を先に何とかしろと言いたかった。モナにそれを言ったら、実はママがジュンさんに愚痴(文句)をこぼした際、最初は我慢していた彼も、ついにそれと同じことをママに言っていたらしい。それはジュンさんが正しいと僕は思うのだが、ママはそれを言われたのも気に食わないのである。
ここまでは単なる痴話げんかのようなものだったが、これが意外な話へと展開していった。

ママの矛先が、ジュンさんのお金の使い方へと向いた。ジュンさんの生活費は、このジャマイカにいる限り全くかからない。食べ物飲み物は全てフリー(ただ)。電気・ガス・水道も使い放題(・・・といっても、彼が使用するのはごく普通の日常生活を営む範囲であるが)。それであれば、月のサラリーが少ないとは言っても、それはまるまる手元に残すことが可能なのだから、そのお金を少しは自分たちの母親(モナの祖母でママやジュンさんの母親・・以下ローラと書く)を助けるために使っても良いではないかと言うのである。
実はこの部分が、ママが一番いら立っている根本原因であることを、僕は後々知った。

ママはジュンさんが、自分のサラリーをほとんど自分の酒代で消費してしまうことに不満を持っているらしい。僕が聞いていた話では、彼は時々ローラに食べ物を持っていくとのことだったので、その話がどこまで信憑性があるかは判断できないが・・。

そのローラは今タバコシティーのある小さな家で、息子のノエル(つまりママの弟)、娘のテス(彼女もジャマイカの我が家でメイドをしているママの妹)、テスの子供のアンと一緒に暮らしている。
ノエルは以前、このジャマイカの家に住みつきそうになったので、追い出した人物である。ジャマイカの家を追い出された彼は、マニラで働きたいから移動費を貸してくれと言ってきたので、信用できないという理由で断った。本気で働く気があるのなら、まずタバコシティーで働いて旅費くらい自分で稼げという話をした記憶がある。それからどうやって工面したのか、彼はマニラ近郊の町ラグナで働くと言い旅立ったが、やはり2週間でローラの家に戻ってきて、その後はずっとそこでプータローをしている。少ないローラの年金(月2000ペソ・・4000円)をあてにして、働かずに、時には悪友を家に呼んで毎日遊んでいる。

そのローラは食べ物がなくなると我が家へやってくる。それは僕も知っていたが、乗り物代が無いので、片道2時間近くもかけてジャマイカの家まで歩いてくるという話は、初耳だった。しかも、フィリピンの炎天下の中を・・である。
ローラは高齢で、本来は毎日薬も飲まねばならないのに、それを買うお金まで削り、こうしてノエルやアンの面倒を見ているのである。

テスおばさんにしても、ローラの家に住み、普段は娘のアンをローラに面倒見てもらっているのだから、少しはローラを助けても良いはずなのだが、テスおばさんは家の光熱費を含め、一切の生活費をローラに出さないらしい。モナに言わせれば、テスおばさんは相当のケチだそうである。このようなテスおばさんの態度にも、ママも時々愚痴をこぼしている。
テスおばさんはローラの家に食べ物がないことを知っていても、毎日我が家のメイドでジャマイカの家に来るにも関わらず、それをこちらに伝えることは一切ない。そしてふらりとローラが、歩いてここへやってくるのである。

ママにはもう一人、立派に自立している弟がいる。僕はその伯父さん夫婦がモナの親戚の中では一番好きで信頼もしているのであるが、ローラは普段、その伯父さん夫婦にも助けてもらっている。しかし伯父さんにも限界があり、ローラが最後に頼るのはママということになっている。(その背景には、ママの後ろにモナが控えているということがある。)

しかし高齢のローラを、テスおばさん、ジュンさんが全く助けようとせず、いつもママがローラに頼られることに、ママは少し疲れを感じているらしい。
それは普段モナが、ファミリーのことで重い責任を感じていることと全く同じ構図であり、モナがそれを疲れたとこぼすところまで同じである。

僕はこれらの話を聞いて、少々驚いた。
いずれにしてもローラが炎天下を長時間歩いてくるのは、かなり危ない。僕でも30分でふらふらになってしまうほどである。いや、きっと30分ももたないと思われる。高齢のローラにそれがどれほど堪えるかは、容易に想像がつく。
パジャックのお金くらい出してあげなさいとモナに言うと、モナは気付いた時にこっそりとわずかなお金を渡し、帰りはきちんとパジャックかトライシケルで帰りなさいと言っているそうだ。

こんな事情を初めて知った僕は、モナに一つの提案をしたが、更にそこから展開した話しに僕はあいた口がふさがらず、怒りとも失望ともつかぬ、やりきれない気持ちになったのである。
(明日に続く)

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2010年08月15日

139.本格ボロネーズ

明日はジュンさんの誕生日。ここフィリピンでは、誕生日と言えばスパゲッティーである。モナが久しぶりに本格イタリアンスパゲッティーを食べたいということで、僕が腕をふるうことにした。
作るのはボロネーズ(ミートソース)である。ボロネーズは当日作るより、前日作って一晩寝かした方が良い。一度冷まして、味をなじませると美味しいのだ。
ということで、今日は久しぶりにボロネーズへ挑戦である。

玉ねぎ、人参、セロリ、にんにくを微塵切りにして、多めのオリーブオイルでペースト状になるまでじっくりと火を通す。決して焦がしてはいけない。弱火で丁寧に、じっくりと仕上げていく。
一方、本日買った牛肉1Kgは、塩・胡椒で下味を付け、煙が出るくらい熱したフライパンで強力に焼き上げる。ここでかき混ぜたり、ひき肉をほぐしてはいけない。あくまでもステーキを焼く要領で、焦げても平気というくらいじっくりと焼きあげる。そして焼けたらそれをひっくり返すという作業を繰り返す。そのうち水分が飛んで、フライパンの油に透明度が増してくるから、それが終了の目安である。しっかりと水分が飛んで、カリカリになるまでやってしまえという心づもりで取り組むのがコツだ。こうすることで、肉の旨味をしっかりと閉じ込めることができて、かつ肉の歯ごたえがダイナミックになる。

この牛肉を、鍋を熱しながら先ほどのペーストと混ぜ合わせる。しっかりと混ぜたら、赤ワインを鍋の熱でジューっといわせながら、一気にアルコールを飛ばすつもりで注ぎ込む・・・、と、あれ?赤ワインはどこ?ねえ・・・え?そこにある?ないよ。

モナが赤ワインを冷蔵庫から見つけたが、なぜか1/4しかない。
誰がこれ飲んだの?これはミートソース用に買っておいたのよ。
モナが珍しく怒っている。本気で怒っている証拠に、心臓が痛いと胸を軽く押さえている。
犯人はジンだった。珍しく赤ワインがあると寝酒に飲んでしまったらしい。モナがジンに散々文句を言い、その脇でダディーが笑っている。すぐに同じワインを、ロンに買ってきてもらった。
ちなみにこのボロネーズはワインの味にもかなり左右されるので、これは色々と試して、お好みのものを見つけるのが良い。今回は270ペソのスペイン産赤ワインを使用。味は行き当たりばったりで、単に価格でこのワインを選んだだけである。

ワインが届いて無事にミートソース作りを続行。
ボトルの1/3の赤ワインを鍋に注ぎ込んだ。そして肉を焼いたフライパンにも適当にワインを入れ、それを煮立てながらフライパンについた肉をそぎ落としていく。その汁は鍋に合流。1Kgの肉に、ワインをボトル半分使用する。
たちどころに、家じゅうにワインの匂いが立ち込めた。2階にいるママが、この匂いは何だと話しているから、相当匂いが広がっているようだ。

ワインの味が充分肉に染み込んだら、トマトソースを入れる。とたんにソースが酸味の漂う匂いになる。
それをコツコツと煮込み、本日の仕込みは完了。モナがボロネーズの味見をしたが、意外に酸っぱいと顔をしかめていた。みんなはこの味が大丈夫かと心配している。
しかし僕の味見では、かなり良いできだ。一旦熱を逃がしてやれば、味がなじんできつい酸味が和らいでいく。
仕上げはバターとパルメザンチーズをたっぷりと入れる。これで、マイルドでこくの深い味に大変身するはずである。きっとよくマニラで立ちよるイタリアンレストランの、一皿600ペソ(1200円)のボロネーズよりも、はるかに美味しいものになるはずだ。
想像するだけで、お腹が空いてくる。

残ったワインでモナと乾杯。ミディアムスイートと書かれているそのワインは、その表示の通り甘みが少なく、渋みが適度に残る大人の味である。出来上がるボロネーズも大人の味に仕上がりそうな予感。
つまみに冷えかかっているボロネーズソースを食べてみた。二人で目を見開いて、これは美味しいと絶賛した。このつまみ効果もあり、モナは幸せそうにワインを5〜6杯飲んだあげく、ラシン(酔った)と言ってハイな状態になっていたので、手を引いて2階の部屋へと連れていく。


明日僕が用意するメニューはこのミートソーススパゲッティ、ポテトサラダのサンドイッチ、リッツクラッカーの簡単オードブル(クラッカーにチーズ、ポテトサラダ、バター、ハムなどを乗せたもの)である。

これらの食べ物がフィリピン人の口に合うかどうかは自信がないので、普段の食べ物も用意した方が良いと、モナとママにお願いをした。フィリピン人の好むミートソースは、甘いケチャップ味である。今回のようなボロネーズが、果たして彼らの口にどこまで通用するか全くわからない。

僕がこれまでこの家で披露したメニューは、カレー、ホワイトシチュー、鶏肉と大根の煮物、和風チャーハンである。カレーは各種スパイスを組み合わせ、ルーから作った本格的なものではなく、日本のスーパーならどこでも売っている市販のルーで作った、簡単カレーである。
いずれもみんなは美味しいと言って食べているが、箸の進み具合(ここでは箸ではなく、スプーンとフォークだが・・)を見ていれば、本当に美味しいかどうかがわかる。
その観察によれば、カレーは人気がないようだ。
カレーが嫌いだというフィリピーナは意外に多い。ある人に言わせると、それは汗の味・匂いがするから気持ちが悪いらしい。

フィリピンは暑い国にも関わらず、カレーというメニューがない。カレカレというカレーに似た食べ物があり、見た目はカレーに似ているが、味は甘くて、微妙にカレーに似ているというものである。食べられなくはないが、カレーだと思って食べるとかなり落胆する。
それ以外に、インド風、ヨーロッパ風のカレーは、ここではほとんど見かけない。少なくとも僕は、一度もそれをこの国で見たことがない。だから僕は、あのカレーというものは、基本的にフィリピン人の舌に合わないのだろうと思っている。

味覚というものは、民族によって大きく違う。基本的にアングロサクソン系は、味覚が鈍感だと思われる。それはイギリスやアメリカに行けばわかるが、彼らは日本人には顔をしかめてしまいそうな味付けの料理を、平気で食べていることからもわかる。そしてイタリア料理やフランス料理・日本料理・インド料理・タイ料理・・というものはあるが、アメリカ料理やイギリス料理というものがないことからも、彼らに料理に対するこだわりがないことが伺える。それは舌が鈍感だからに他ならない。

逆に日本人やフランス人の舌は、世界中でもっとも繊細な部類ではないだろうか。微妙なだしにこだわる日本食文化がそれを見事に物語っているし、それはフランス人のソースへのこだわりと共通するものがある。
最近は濃い味付けのインスタント料理に毒されて、僕はフランス料理の繊細な味付けがあまり美味しく感じなくなってきた。しかし、豆腐の大豆による違い、蕎麦の香り、ダシの違い、揚げ物で使う油の味、醤油の味など、日本料理に対する味の違いはまだまだ見分けることができる。

さて翌日、僕の自慢のボロネーズはどうなったのか。
鍋ごと熱を取り、そのあと冷蔵庫に入れておいたのだが、それを恐る恐る取り出してそう〜っと蓋をあける。
味が充分浸みこんだと思われるダークブラウンのソースから、ほんのりとワインの香りが漂ってくる。先ほど買ってきたバターを、上からぽいっと丸ごと入れておく。その辺に置いておくと、また誰かに使われそうだから、これで一安心。
実は一昨日、食卓に出た料理を美味しいねと食べている最中にハッと気が付き、「この牛のひき肉は、僕のボロネーズ用じゃあないよね」と訊いてみた。結果はビンゴである。
美味しいものを置いておくと、念を押しておかなければ、この家では誰かのお腹に入ってしまう。

午後になってノエルが自分の友達3人を連れてきた。僕がサンドイッチとアペタイザーを作っている時である。2人は若い女性で、うち一人は大学で海洋学を専攻しているとのこと。沖縄の大学と提携しており、自分の大学の教授が、今そちらで研究をしているらしい。
もう一人はしきりに僕に、ギブミージャパニーズボーイフレンド オア ハスバンド(日本人の恋人か旦那をくれ)と言ってくる。ほんの少しの時間で、もう酔っているようだ。
ちなみに彼女は19歳。日本語はまったく駄目である。

いよいよスパゲッティーの出番である。鍋を温めて、パルメザンチーズをドサッと入れる。どうしても味見をしたくなるのだが我慢した。ぐつぐつと鍋の中から音が聞こえてくる。
そろそろ深みのある味に仕上がっているはずである・・・・
そう、はずであった。ちょっと味見をしてみて、あれ?なんか違うぞ。

すぐにモナを呼んで、これ、食える?と訊いてみた。
「大丈夫・・・、でもなんか足りないなぁ」
確かに何か足りない。とりあえず塩でも足しておこう。

今日買ってきたバターをチェックしてみた。食べた感じはマーガリンだ。
「さっき買ったのは、バターじゃないでしょ」とモナに言うが、モナはバターだと譲らない。しかし味は絶対にバターではない。フィリピンのバターはマーガリンなのか???
しかしマーガリンは別に売っているから、やはりバターか???普通のバターはどこに売っているか???
それとチーズが僕の好きな風味ではない。味が変わった原因は、その二つである。
本格ボロネーズが、ボロボロのボロネーズになってしまった。
僕はモナに、「おかしい、日本で作るといつも美味しいのに・・・。どうやら今回は、しっぱいしますた(汗)。もうすわけない!」と詫びを入れる。

とりあえず客に出してみた。子供たちはそのボロネーズを美味しいと食べている。ママも美味しいと言っているが、僕にはママのミートソースの方が美味しいと思うから、穴があったら入りたい気分になった。
普段のミートソースと違う味に、シェイキーズ(ピザ&スパゲッティーの店)で食べているみたいだと言われたが、僕は自分で納得していないから、何か虚しい。

簡単オードブルとポテトサラダのサンドイッチが珍しいらしく、これが好評だったのがせめてもの救いである。

おっといけない、あまりにがっかりしたので、今日はジュンさんの誕生日だということを忘れそうになっている。
ハッピーバースディー、ジュンさん。

(追伸)
スパゲッティーの売れ行きが僕の予想に反してとても良く、あっという間に完売した。足りないとの声も・・。
遅く来た伯父さん、叔母さん夫婦が、これはイタリア風でしょう。昔のボスがイタリア人だったから、この味を良く覚えている。イタリアンは美味しいねと、パクパク食べている。
ふぅ。この言葉に、僕は救われますた(笑)
フィリピンではバターとチーズを吟味しなければならない。貴重な教訓となった。

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カテゴリー:フィリピン生活
エントリー:139.本格ボロネーズ

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