フィリピーナと共に
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フィリピン生活:カテゴリの記事一覧です。

2010年08月08日

132.知らないおじさん?

マニラからレガスピへの飛行機を利用する日は、朝から緊張が走る。以前新人タクシードライバーが、車に乗って走り出してから空港までの道のりがさっぱりわからないと言い出し、道に詳しくないモナが間違った誘導をしたものだから、飛行機に乗り遅れたことがあったのだ。チケットは取り直し(しっかり料金を取られた)で、マニラでの宿泊代も追加出費となった。
その反省があるため、それからというもの飛行機を利用する際は、できるだけ時間の余裕をもってホテルを出発するようにしている。

たった一泊のダイヤモンドホテル宿泊であったが、バッフェスタイルの朝食は品数が多く、どれも味が良かった。僕とモナが大好きなスモークサーモンまであり、しかもそれがとても美味しい。そう、二人はスモークサーモンに結構うるさいのである。このホテルの朝食が良かったという二人の感想には、このスモークサーモンが大きく貢献しているという、他人にとってはどうでもよい話なのだ。

ホテルを出るとベルボーイが路上のタクシーを呼んでくれた。空港までと行き先を告げ、タクシーが走りだす。しかしドライバーは一向にメータを動かす気配がない。モナがメータを上げろと話しているようだが、ドライバーは500ペソだと言っている。普通にメータ課金すれば、料金は300ペソを上回ることはない。僕はその話を聞いて、車を止めろと言ったが、ドライバーはこれも無視。相変わらずメータを上げる気配がない。
最近のマニラで悪質ドライバーは激減しており、久しぶりこのようなドライバーに出くわした。僕は再度車を止めろと大きな声で言ったが、やはり無視をして車を走らせている。このまま空港へ行っても金は払わないと言うと、450ペソでいいと、その値段を下げてきた。こちらは、いや300ペソだ、それ以上は払わないと言ったが、それを聞いているのかいないのか、オーケーの返事はない。これはタクシー協会への電話ものである。幸い手元には、ホテルのベルボーイが書いてくれた、タクシーの会社名、プレートナンバーなどの詳細を書き込んだペーパーがある。こちらが本気になれば、詳しく報告することは可能だ。
最近はこの手の苦情を協会へ寄せると、タクシードライバーはライセンスを剥奪されるということだ。それがどこまで真面目に実行されるのかはわからないが、ドライバーはそれを恐れているために、このような手口のぼったくりが激減しているらしい。

空港へ到着し、僕は無言でタクシーを降りた。一応ドライバーは、トランクから荷物を降ろしている。これで荷物をかたに粘られることはない。
300ペソを出したら、足りないと言い出した。そこでモナが、それ以上言うと本当に協会へ電話をすると言い、そこで初めてドライバーが引き下がった。
ドライバーが運転席に戻る前に、僕とモナは憤慨しながら、既に荷物を引き歩き始めていた。気分の悪い運転手だったと、少しの間二人の会話はこの話題が占めていた。

早めに空港へ到着し、搭乗手続きも済ませ、早々とゲート前まで進んだ。あとは飛行機が飛ぶか飛ばないか、そして定刻通りかということである。レガスピは天候が崩れると、すぐに欠航となってしまうので、飛ぶかどうかの心配はそれほど大げさではない。

レガスピには、ダディー、ママ、ベル、ユリと、総出で迎えに来てくれることになっている。僕はユリとの久しぶりの再会に、既にときめいていた。
インターネットのTV電話を通して見ていたユリは、呼びかけると口を大きく開けて笑い、一人でお座りができ、時々こちらの呼びかけに声を出して応えるなど、ほんの2か月で目覚ましい成長を遂げていた。そんなユリを早くこの目で見たい、抱きたいといつも思っていたが、いざそれを前にして、抱いた時に泣かれるのではないかという心配もあった。父親ではなく、知らないおじさん扱いをされる心配である。

飛行機は定刻通りに出発した。しかしレガスピ着陸前に飛行機は分厚い雲に包まれ、外の景色が全く見えない。それでも完全に着陸態勢に入っていることを実感できていたので、このまま無事に到着できると思っていた矢先、飛行機が突然ぐらっと揺れ、エンジン音がひときわ甲高くなったかと思うと、飛行機は一転急上昇を始めた。機長アナウンスが流れ、風向きが変わったので、滑走路への進入経路を急遽変更するとのことである。一瞬着陸を諦めたのかと、どきりとした。
上空で大きく旋回し、再び着陸態勢に入る。雨が飛行機の窓を叩いているが、視界は確保できそうな雰囲気だ。

雨の中を、飛行機はレガスピ空港の滑走路に無事滑り込んだ。下界は思ったより雨が強く降っている。いよいよユリとの再会だ。
昨年の3月、モナとの結婚の許しを請うため初めてレガスピへ降り立ち、空港の外で待っているモナの両親へ会う時と同じような緊張感を僕は覚えていた。自分の子供に会うのに、それと似たようなプレッシャーを感じていたのである。

空港の外で、ダディーが傘を持て待っていてくれた。雨が強いので、ママと子供たちは車の中で待っているそうである。乗ってきた車はバン(乗合タクシー)の貸し切りなので、どの車なのか僕とモナにはわからない。ただダディーの後について、空港の駐車場を進んでいく。そしてダディーがさっと車と車の間に入り込んで、一台のワンボックスワゴンのサイドドアを開けた。モナが乗り込んで、すぐにユリを抱き上げる。続いて僕が、その横に乗り込んだ。
僕がモナの腕の中にいるユリに向かって、「ユ〜リチン」と声をかけると、ユリはきょとんとした顔でこちらをじっと見ている。そんな時の彼女は、瞬きをしない。目を大きく見開いて、まるで何かに驚いているような顔でこちらを見つめている。呼びかけの「ユリチン」は、僕がいつもスカイプで彼女に呼びかける際に使っていた呼称である。

車が走り出してから、僕はモナからユリを受け取ろうとして両手を出してみた。ユリの反応はなく、彼女はこちらを凝視している。そのまま彼女を抱き上げてみたら、とたんに彼女の口元がゆがみ、目の周りを赤くさせて泣きだした。あわててモナへ返すと、彼女はピタリと泣きやみ、再び僕を凝視している。先ほど泣いたのは、彼女の気まぐれかもしれないと、もう一度ユリをモナから奪い取ってみたら、彼女はやはり同じように泣きだした。

これは気のせいではない、彼女は僕に対して、完全に人見知りをしているのだ。やはり知らないおじさんに格下げになっているのだと確信した僕は、少し寂しい気持ちになる。しかし人見知りをするのは、それだけ脳が発達しているということで、成長した証拠である。本来は喜ぶべきことかもしれない。

車がタバコシティーへ向かう道中、モナの腕の中にいるユリは、隣に座っている僕を常にジィーっと見つめている。やはり瞬きが極端に少ない。モナがユリに呼びかけても、ユリの視線は変わらず僕へ一点集中している。車中のみんなはそれを見て笑っているが、僕はユリの視線に対しどのようなリアクションで臨めば良いかがわからず、戸惑いさえ覚え、車のフロント越しに前方を見たり、横の景色を眺めたり、少々居心地の悪さを感じながら車に揺られていた。前途多難を思わせる帰郷である。

気が付くと、家族みんながユリのことを「ユリチン」と呼んでいる。この呼称がすっかり定着しているようだ。
家に帰ってから、僕はユリの機嫌がよさそうな時を見計らって彼女を抱いてみた。一瞬顔をゆがめて今にも泣きだしそうになるが、散歩を装い少し歩き回ると、大人しく抱かれている。こうやってゆっくりと慣れてもらうしかない。
それでも何かの拍子に自分を抱いているのが知らないおじさんだと気付くと、両手を広げて「マンマ〜、マンマ〜」と言いながら、泣きだしてしまう。最初は気のせいだと思っていたが、モナを求めるときには必ず「マンマ〜」というので、彼女は「ママ」という言葉をきちんと認識した上で使っていることがわかった。少し感動である。

サークル(囲い)の中に入れられたユリは、一人で掴まり立ちをし、そこから座ったり、立った状態で方向転換をしたりと、自由に動き回ることができる。ときにはサークルの淵を掴んでいた手を話し、両手を広げてバランスを取りながら、自力で立っている。歩きだすのが直であることを予感させる行動である。
自立している時には当然みんなが注目し大騒となるが、ユリ本人はそれに応えるように、ぐらぐらと揺れながら大きな口をあけて満面の笑みを振りかざす。自分で立つということが、彼女本人もよほど嬉しいようだ。

当然ハイハイは自由自在なので、もう目が離せない。気になる何かをロックオンすると、手に取るまでまっしぐらに突き進む。いくら引き離しても、何度でもそれを手にするまで突進する。そして目標物をゲットすると、必ずそれを口に入れる。

ユリが機嫌の良い時には、彼女はこうして遊んでいる。しかし眠くなってくると、突然ぐずり出す。一旦ぐずったら、僕にはどうすることもできない。そんな時に抱きあげたら、マンマ〜を繰り返し、その鳴き声は次第に大きくなっていくばかりである。
それでもモナが抱くと、ユリはモナの胸にピタッと顔を付けて、急に大人しくなる。そして僕のことを、またジィーっと見つめている。まるで自分をいじめたおじさんを、咎めるような目つきで見ているから、それは誤解だと僕は思わず口走る。

ベッドの上で僕とモナに挟まれ、仰向け状態でミルクを飲むユリはいつもおとなしい。哺乳瓶をしっかりと自分で持ち、そして視線はやはり僕をじっと捉えている。
このおじさん、突然やってきて、なぜいつもここにいるのだろう・・とでも思っているのだろうか。
何を考えているか、それは想像の域を出ないが、そんな時のユリのつぶらな瞳を見ていると、やはり愛おしさがこみ上げてくる。子供の顔というものは、いくら見ても不思議と見飽きない。まるで何かにはまり、見とれる状態で時間を忘れている。そしてハッと我に帰るようなことがしばしばある。

こうしてようやく家に帰ったという実感が湧いて来た。
さてこれから、がんばってユリになついてもらわなければならない。
モナは一生懸命、パパという言葉を教えている。

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カテゴリー:フィリピン生活
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2010年08月07日

131.マニラの散歩

今日は日本からのメールや電話が少ない。どたばたと手当してきた仕事が、ようやく軌道に乗ったということか。数々あった問題が収束してきた証である。こちらもマイペースで仕事ができる環境が整ってきたようだ。

それにしても蟻がうるさい。こんなにいたかと思うほど、無数の蟻がそこいらを闊歩している。
PCのモニター上を蟻が右から左へ、上から下へと歩いている。いくら潰しても、次から次へとモニターの上を蟻が歩く。気にしてもきりがないと、一度は無視することに決めたが、やはり我慢ならない。

始末が悪いのは、キーボードの上を徘徊する蟻である。キーボードの隙間に入り込むから、一度逃すともう諦めるしかない。一度はキーボードの下へもぐりこんだ蟻が再び姿を現すまで待っていたが、どこへもぐりこんだのか、一旦姿を消すと二度と現れない。そこでキーボードの上の蟻を夢中で追いかけていたら、モニターの中にはわけのわからぬ文字が乱れ打ち状態になっていた。

日本からのメール、電話、スカイプ攻撃がひと段落つきそうなのに、今度は蟻攻撃か。
いやはやまいった。きっとPCが故障したら、分解修理の際、蟻の死骸が大量に出てくるだろう。修理担当者が、なんだぁこりは・・・と驚く顔が、今から見えるようだ。

しかし一つ面白いことに気が付いた。机の上の小さなゴミが気になり、思い切り息を吹きかけて飛ばそうとしたら、たまたまそこに蟻がいた。
小さなゴミは見事に吹き飛んだが、蟻は風を感じた瞬間に踏ん張ったのである。だから蟻は吹き飛ばない。頑張って何度も息を吹きかけたが、蟻は絶対に飛んでいかない。歩くのを止めて踏ん張っているのがしっかりと観察できる。
なかなかの根性である。蟻にこれほど根性があるとは知らなかった。
ただし壁を歩いている蟻は、突風には弱いことがわかった。当然足場には影響を受けるようだが、もしかしたら蟻が風を感じてから踏ん張るまでの時間より、僕の息で作り出す突風の方が早いのかもしれない。吹きかける風に強弱と、突風、自然風、徐々に強くなる風、ついでにf分の1揺らぎなど、色々と試してみた。やはりそうだ。蟻のレスポンスはそれほど早くない。少しだけ「勝った!」という優越感を抱いた。
面白いので何度も何度も息を吹きかけていたら、頬が痛くなってしまった。

いずれにしても、蟻対策は本格的に考えなくてはならない。蟻と戯れている場合ではないのだ。これは購入したばかりのプリンターやPCの故障にも繋がる重大問題である。
それにしても、蟻とこれほど戯れたのは子供の時以来だ。
フィリピンは僕を子供に返す力を持っている。なんか素晴らしいことか。


くだらないことで、随分とスペースを使ってしまった。さて再びマニラ到着後の話となる。
ホテルでシャワーを浴びたあと、本当はベッドに体を投げ出し、ゆっくりしたいところだが、まずは買い物をしなくてはならない。ママのお土産に何が良いか決まらず、それだけはマニラで買うことにしていた。そしてモナの化粧品。これもマニラでなければ手に入らない。この2点をお店が閉店する前に買うことが必須事項となっている。翌日は12時過ぎのフライトなので、翌日開店10時を待ち、それから買い物などはする暇がない。

ダイヤモンドホテルから、いつものロビンソンモールへ歩いていった。一見ホテルからロビンソンまで遠そうだが、ぶらぶらと歩いてみるとそうでもない。10分もかからないほどだ。

いつものことながら、買い物にいくと、予定外の物についつい食指が動く。僕の財布の中にいた数名の諭吉君が、とうとうたった一人になってしまった。最後の1枚は死守しなければならない・・・、ということでATMへ。給料が入ったばかりなので、遠慮なく1万ペソ(2万円)を引き出す。
マニラでちょっとお散歩をしただけなのに、なぜこんなにお金が減るのか。本当にここはフィリピンなのかと疑りたくなる。(もっともそのうちの5000ペソ・・1万円は、ホテルでのデポジットで預け入れたのであるが)

その日の夕食は、既に記事で紹介したHを、和食レストランへ招待することになっていた。その日に行く予定のレストランは、僕のお気に入りの和食レストラン「たなべ」である。そこでは日本に居る時には食べることのできない、美味しい料理にありつける。

しかし、買い物でほっつき歩いていたら、お腹が空いてきた。突然、本格イタリアンが食べたくなった。いや、ステーキも捨てがたい。しかし本心は、ジョリビー(日本でのマクドナルドのような店)のチーズバーガーがすごく食べたい。

モナと二人で散々迷ったあげく、ロビンソンの中にあるイタリアンでスパゲッティーを一皿だけ頼み、それを分かち合おうという結論に至った。ついでにモナはカプチーノ、僕はエスプレッソも頼んだ。
軽食を始めて10分ほどで、Hから、これからアパートを出ると電話が入った。

モナは食事をできるだけ簡単に済ませ、映画を見たいと言いだしていた。お目当ての映画が上映されているようだ。
何語の映画かと訊くとタガログということだったので、それだったらHと二人で行ってくればと勧めるが、それは却下された。結局時間の都合上、モナは映画を諦め、僕に和食レストランを譲ることになった。僕は本心から、スパゲッティーを追加注文し、そこでディナーを済ませ、一人でホテルへ帰ることになっても良いと思っていたのに・・。

Hは渋滞のメッカ、マカティに住んでいる。どんなにがんばっても30分はかかるだろうと思っていたら、彼女はスパゲッティーがまだ残っているタイミングでやってきた。
彼女にマンゴシェークを追加注文し、残りのスパゲッティーを勧める。白身魚の乗った、オリーブオイルと塩味がベースの淡泊なスパゲッティーだったが、これが見た目よりもしっかりとした味がついていて美味しい。

僕たちはレストラン前の屋外テーブルにいたので、夕方の風が気持ちよく通り過ぎていく。目の前には小さな噴水があるのだが、マニラは現在深刻な水不足になっているせいか、噴水の高さがいつもの半分以下と元気がないのが残念だ。

この噴水の前には、自分を買ってくれる男性を物色するオカマちゃんが数名、夕方になると必ず現れる。よく気をつけてみないと、女性と間違ってしまうほど綺麗だから、知らない人は気を付けなければならない。彼女たち(?)の特徴は、みんな背がとても大きいということだ。ついでに言えば、その辺りは同じ目的の女性も立っている。目が合うと、しつこく付きまとわれたりすることもあるが、そのようなこともこの街をエキサイティングにしている要素の一つだと僕は思っている。

前菜(?)を適当に切り上げ、すぐに3人で「たなべ」に移動。ロビンソンの界隈はなかなかタクシーが拾えないが、Hが捨て身で道路へ飛び出しタクシーをゲットした。そんな怖い真似ができない僕は、いつもタクシーをつかまえるまで相当時間がかかる。かなり多くのタクシーが存在するはずだが、タクシーに乗る人が増えているのだろうか。ロビンソンモールのタクシー乗り場も、長蛇の列となっていた。
貴重なタクシーをつかまえた割には、距離はかなり近かった。歩いて行ける程である。

タナベでは、揚げだし豆腐、ギンダラ、刺身、海老巻き、長芋等々を適当に頼む。
Hは和食の内容が全くわからないので、僕とモナが、二人でオーダーの内容を決めた。
ビールを頼み、乾杯と同時にモナとHが話出した。モナとHは、ビコール語で話をするので、僕に二人の会話の内容はほとんどわからない。しかし僕はいつもそのような時、Hの表情からおおよその会話の内容を想像している。Hは表情が豊かだから、嬉しい話なのか、悲しい話なのか、およそどんな話をしているかが分かりやすい。
Hは日本語がさっぱりわからないので、僕と話をする時は英語の会話となる。
女性二人が会話をする時には、モナがその内容を時折通訳をしてくれるが、肝心の問題男の話はほとんど話題にしていないようだった。
それでも長い付き合いの中で、以心伝心、心配しているから食事に誘ったということは、Hにも良く伝わっていたようである。

食事会は2時間弱で終了した。少し料理を頼みすぎたようで、その頃には3人とも食べた物が口から逆流しそうなほどお腹がいっぱいになっていた。海老巻きが残ったので、それを包んでもらい、Hが喜んでそれをアパートに持ちかえる。
翌日Hからの電話で、海老巻きをシンデレラボーイがたいそう喜んで、全部平らげたそうだ。そんな旨いものを、そんな奴に食べさせなくても良いと言いたくなったが、あげたものをどうしようと、それはHの勝手というものである。

Hは「たなべ」を出てからすぐにタクシーに乗り込んだが、僕とモナは、また散歩をしながらホテルまで帰ることにした。

その界隈は、こちらが女性連れでも、女性が隣に座るカラオケ店への熱心なお誘いがたくさんある。
暇な店は、ホステスのほとんどが外へ出ているのではと思われるほど、大勢の女性が店先に出ていた。そのような前をモナと二人で歩いていると、日本人とフィリピーナの組み合わせが興味深いのか、みんなでこちらをじろじろと見る視線を感じたりする。中にはこちらへニコッと笑顔を向けてくる子もいるが、モナの手前、無視を貫き通さねばならない。

しかし直感が働く女性のことであるから、モナは
「ナニ?行きたいの?」と、牽制とも本気とも取れる口ぶりで訊いてくるのである。
僕は決まって「いいや、べつに」と言って、気にも留めていないふりを装わなければならない。
そんな時は、淡々とマニラの夜の街をモナの手を引き、できるだけ視線を進行方向から逸らさずに歩くのみである。それはそれで僕にとっては、ゆったりとした気分に浸ることができる、心の和むデートなのである。

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2010年08月06日

130.Dホテル

マニラへ到着してからの話に戻すことにする。
今回は、兼ねてから僕にとって伝説のホテルであったDホテルに宿泊した。
なぜ伝説なのかは128の記事でも少し触れたが、とにかくマニラで一番高級かつ安全で快適なホテルだと、かつて何人ものフィリピーナに教えられたからである。
マニラでDホテルに宿泊することは、もしかしてフィリピン人にとって一種のステータスになっているのかと、その口ぶりから僕はそう思っていた。
しかし僕がこれまで一度もそこへ宿泊しなかったのは、まず安直なそのホテル名が嫌いだったこと、そしてその外観は決して高級感がないこと、その割には価格が高そうだということであった。
実際には数年前まで宿泊料金は高かったが、今はかなり安くなった。ただし大手のインターネット・ホテル予約会社を通しての価格である。

マニラ空港第3ターミナルでモナと合流し、タクシーでDホテルへと向かう。
今回のタクシーは、慣れ親しんだいつもの道とは違うストリートを走っていくが、モナはこの方角で間違いないと言う。
あの界隈の道順に関して、モナは決して明るいわけではない。しかも一度タクシードライバーに間違った指示をして飛行機に乗り遅れるという前科があるので、僕はほとんどモナの言葉を信用せず受け流していたが、自分の感もこの方角で正しいと言っていたので、外の景色を眺めながら成り行きに任せていた。
その時僕は、夜明けでマニラに飛んできたので、できるだけ早くホテルでシャワーを浴びて、すっきりしてベッドの上でくつろぎたかった。
ぼんやりと車外の流れる景色を眺めている僕の横で、モナがユリの成長ぶりをしきりに話している。

僕はいつもマニラの空港から車で市街地へ走り出すと、その景色を見ながら、またフィリピンへ来たという不思議な感慨に浸ってしまう。
この国、この街には、いつも妙な哀愁を感じる。哀愁を感じるのはいつも、ストリートでうろついている、如何にも貧しい人を見る時である。もしくはこの国の貧しさを象徴するような何かを見た時だ。この国では車で走っていると、そんな光景にとひっきりなしに出くわす。その都度僕は、疲れた体をタクシーのシートに投げ出したまま、ぼんやりとしているのである。何とかならないものだろうか、やはり日本という国は豊かなのかもしれない、こんな国で自分が生きていけるのだろうか、この貧しい人たちに生を受けた意味があるのだろうか、彼らは何を考えて生きているか、この経済格差を生む資本主義社会は正しいのか、自分はこの国の何に魅了されているのか、少しずつ変化しているようにも見えるが、この国に明るい未来はあるのか・・・。
つまり空港からホテルまでの道のりで、僕はいつも考えにならない考えを巡らしながら、茫然と車窓の外の景色を眺めているのである。


少し手前から、Dホテルの特徴である、全ての部屋の窓が出窓のようにぼこぼこと外へ飛び出した外観の建物が見えてきた。
ホテルエントランス前は、扇状で一方通行の小さな山なりの道になっており、そこへ上る前にセキュリティーチェックのゲートがある。いかついガードマン二人が、車のトランクを開け、そしてミラーで車の下を丹念チェックしている。確認が終了しゲートが開くと、ようやくエントランスへ。

ホテル前には、空港で見かける金属探知機ゲートがあり、人間はそこをくぐり確認される。手に持っている鞄は、中身も確認される。
軍隊風の男がドーベルマンを連れてエントランス前に立っているが、タクシーから降ろされた荷物の周りを、ドーベルマンが鼻をつけてクンクンと匂いを確認。もし荷物の中に拳銃を含めた火薬の類があれば、すぐにワンワンと吠えたてられる仕組みだ。もしかしたら麻薬も同様に反応するかもしれない。
しかしここまで厳重にチェックをするホテルは、今時少なくなってきた。かえってセキュリティーの数々が、煩わしく感じる。

建物の中は綺麗ではあるが、外観から予想した通りスペースは小ぢんまりとした印象である。とても超豪華とまではいかない。
そしてフロントの対応が遅い。イライラするほどである。しかも自分達が遅いという自覚が無いのか、悪びれることなくマイペースでチェックイン作業を進める。客を不快にしない接客精神とは何か、何が大切かという教育がきちんとされていない証拠である。真剣に一流ホテルを目指している、もしくは一度訪れた客にリピーターになって欲しいと願うホテルの従業員は、対応がきめ細いのでその違いがよくわかる。これは接客態度が格式ばっていて、単純に丁寧だということではない。客が常に快適であるように、常に気配りを忘れないということで、それは伝わってくるものである。それは日本でも同じだ。

エレベータは部屋のキーを入れないと、客室フロアーには行けない仕組みになっている。
部屋は綺麗で、くつろげるソファーや十分な広さがあるデスクも置かれ快適だ。ベッドの上には意味不明な大きなクッションがごてごてと乗っており、見た目だけは豪華で、全体的にはそれなりの体裁を整えてある。

禁煙ルームにしたために、タバコを吸いたい時にはエントランス外の灰皿がある場所へと出て、そこでプカプカと煙を吐いていた。
大型バスが数台やってきて、中国人の団体客がぞろぞろとそれに乗り込んでいる。
昔一流、今二流というホテルの営業方式を見ているような気がした。かつての一流ホテルは、宿泊客が快適に過ごせるように、団体客を極力受け入れないという営業方針を取っている。
落ち目のホテルに宿泊すると、同じ光景を頻繁に見ることができる。人気のあるホテルは高い価格を維持できるので、ホテルの方針とは別に、団体客も寄り付きにくいという傾向がある。

チェックアウトの際、荷物を持ってフロントフロアーに出ると、すぐにベルボーイがやってきて荷物を引き取る。すぐにここを出るのだから、特に荷物を預ける必要はないと思ったが、なされるがまま荷物を渡した。チェックアウトが済んで支払い証明カードを渡され、それと引き換えに預けたばかりの荷物を出してもらう。なんとなくわかるのだが、チェックアウトカウンターとホテル出口は目と鼻の先なのだから、こんな煩わしいことは必要ないではないかと思ってしまう。

僕とモナが初めてこのホテルに宿泊し、お互い良かったと言い合ったのは朝食が美味しいという、ただそれだけであった。実はモナも、Dホテルには多少の幻想を抱いていたようである。
長年気にかけていたDホテル・・・。まあ、こんなものかということであった。

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