フィリピーナと共に
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フィリピン生活:カテゴリの記事一覧です。

2010年06月06日

117.運命共同体

先日宇宙の話しを書いて、少なからず反響があったが・・・いくつかコメントをいただいたことをおおげさに言えばこうなる(笑)・・・、それで一つ思い出したことがある。宇宙は不思議だが、太陽も不思議だと常々思っていることだ。
簡単に言えば、太陽は燃えている。それで膨大なエネルギーを発散していて、地球にいる我々も、そのおこぼれに授かっているわけである。1億5千万Km離れた焚火に、みんなが手をかざしているようなものだ。
しかし焚火にしては、あまりにも凄まじいエネルギーを発散している。それでいてあれはガスの塊だなどと言われると、なぜ一瞬で燃え尽きないのだろうかなどと思えてくる。プスプスっと燃え尽きたが最後、地球にいる人間はたちどころに大パニックになる。何もかもが氷の世界に閉ざされる。いや、燃え尽きたらガスの塊なのだから、太陽は無くなってしまうかもしれない。無くなったらその引力に引きつけられて太陽の周りを回っている惑星は、全部どこかへ吹っ飛んでしまうのだろうか。
いやいや、あれは核融合だから、あれだけのボリュームがあれば簡単に燃え尽きることはないと言われても、これまでもずっと燃え続けてきたのだから、エネルギーの元があとどのくらい残っているかなど、わかるわけがないだろうと思ってしまう。少なくとも50億年は燃え続けると言われてもまるでピンとこない。こちら側でコントロールしているものではないのだから、突然事情が変わり、プスプスっとなる可能性だって無いわけではないだろう。

いずれにしても、年月を経て燃え尽きるのは確実である。それが気の遠くなるような未来か、少し前倒しになるか程度の違いなのだろうが、限りがあることだけははっきりしている。その時に、地球の人々は世界中の人が力を合わせ、人口太陽を開発しているのだろうか。そうでなければ、未来永劫続くように錯覚をしている人間の歴史は、確実に幕を閉じる。大金持ちも超VIPも、ストリートで暮らす貧乏な人も、みんな平等にこの世から姿を消すことになる。
そのように考えると、地球の中で小競り合いをしていることが、なんて馬鹿らしいことだろうと思えてくる。最後は運命共同体なのだから、みんなで力を合わせれば良いではないかと思えてくる。

太陽の終わりが見えてくる頃には、おそらく地球の人々は、必死になって生き延びる術を考えるに違いない。ヘリウムガスを宇宙のどこかへため込んで、核爆弾ロケットでも打ち込んで点火するのだろうか。表面温度を6000℃に維持するために、何かの装置でそれを作りだすということは、今の技術では考えられない。みんな溶けてしまうからである。それを克服するために、宇宙に出かけて、特殊な材料を探す必要性が生じるかもしれない。実は今の宇宙開発の動きは、それが隠された大きな目的なのかもしれない。正直に、太陽はあと500年しか持ちませんなどと発表をすると大問題になるので、そんな大それたことはひた隠しに隠して、陰でそれに備える準備をせっせとしているだけかもしれない。

太陽の引力の影響は、どのように補うのだろうか。太陽が忽然と姿を消したら、太陽系の惑星群は解散と相成る。どこにどの程度の質量のものを作れば、地球や太陽系の現在の秩序を維持できるか、10年くらいかけて、スーパーコンピューターに計算をさせている最中だったりするかもしれない。今ようやく5年が経過し、あと5年ほどでその計算が終了する。もし全ての計算を3年で終了するスーパーコンピューターができたら、すぐにそちらの方へ切り替えて、計算を最初からやり直す。3年の間にまたすごいコンピューターができたら、その時にまた切り替える。どんな結果が出るのか、偉い学者がドキドキしながら計算結果を待っているわけだ。10年もかけてから、計算が間違っていましたではしゃれにならないから、何度も見直しをして、最新の注意を払い計算をスタートさせるのだが、それでも間違いが発覚する可能性があるからドキドキして結果を待っている。計算結果は悲惨なものでも、計算自体はミスもなく成功すると、嬉しいやら哀しいやら、複雑な心境に陥ることになる。次の計算結果が出る頃には、自分はもう生きていないかもしれないと、変なところに哀愁を感じたりする。4年に1度のオリンピックなど、一連の研究に比べれば随分スケールが小さいということにもなる。

とにかく英知を結集しての、超マル秘巨大プロジェクトである。一つの案に全精力をつぎ込むのは危険だから、いくつかの案を同時並行して進める。宇宙へ移住先はないかを探すグループ、太陽とまったく同じものを作り出すグループ、地球をどこかへ固定することを考えるグループ、地球の丸ごと引っ越しを考えるグループ。地球のあちらこちらに噴射ロケットを作り、それで宇宙の中に地球を固定する考えも悪くない。
とにかく無駄になるかもしれないグループをいくつも作り、笑い話のようなことに本気で取り組むのである。

日本政府もそれを承知していて、思いやり予算と言われる米軍への拠出金は、実は5割くらいがそのプロジェクトへ使うためのお金だったりする。本当のことは言えないから、国民に非難されても何とか誤魔化して、お金を工面していたりする。アメリカ国債を買うのも、実はそのためだったりする。
東西冷戦が終結したのも、実はそんなことをしている場合ではないということに、気付いたせいではないのか。太陽消滅の事実は、そんないがみ合いをも止めさせるほど大きなインパクトがあり、双方の上に大きなプレッシャーとしてのしかかった・・・のである。

くだらない妄想は、留まる事を知らない。これ以上続けると、本当に人格を疑われる可能性があるので、楽しいのだかこれくらいにしておこう。


休日の朝から、1時間もかけてこんな妄想に浸ってしまった。
この妄想の中で、事実は一つ、太陽はいずれ燃え尽きる・・である。
燃え尽きたら何が起こるか。それは誰もが平等に消滅するということである。
自分も含めて、このブログを読んで下さる方々は、太陽とは関係のない理由でこの世を去ることになるだろうが、大きな目でみれば、前述したように地球上の人々は運命共同体である。そう思えば、宗教や民族、思想の違いなどで、あちらこちらで対立していることなど馬鹿げて見えてくるし、それをもっと身近なことで考えると、自分の身の回りで起きているこまごまとした失敗やいやなこと、大変なことなど些細な事に思えてくる。自分は中流以下の人間でも、それが何か?という気分になる。

そしてそう、日本人の僕と、フィリピン人のモナは、実は最初から運命共同体だったのである。つまりは同じ地球人だったのだ。
これはちょっと、自分の中では新しい認識である。
これから少し、それを意識してフィリピンで起こる物事を捉えてみよう。
これは朝から1時間かけて妄想した成果か?(笑)

やはり笑い話の域を出ない話しになってしまったか・・・。

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カテゴリー:フィリピン生活
エントリー:117.運命共同体
2010年06月05日

116.ユリの転落事故

おてんばユリが、階段から転げ落ちた。
最近はWalker(歩行器)に乗って歩き回るスピードが速く、どこへでも自分で行ってしまうので、危ないなと思っていた矢先の出来事。そのWalkerで自ら階段の方へ行き、Waker共々転げ落ちたらしい。モナのメールでは8ステップ落ちたとあるから、2階から踊り場まで落ちたと思われた。階段はまだコンクリートがむき出しのため、もしそこから落ちたらただでは済まないということは、前々から思っていたのだが、とうとうそれが起こってしまった。階段からの転落については、前から気をつけるようと話していた。

その日僕は、東京のお客さんに出向き一日中打ち合わせで、夕方までメールを見ることができなかった。打ち合わせが終わりようやくメールをチェックすると、モナからその知らせが届いていた。
気が動転して書いたためか、最初は何のことを書いているのかわからないモナの文章だったが、よくよく最後まで読みようやく内容を理解したとたん、驚きのあまり我を忘れそうになった。帰りの車の中では心臓の鼓動が早まるのを感じ、一緒に行ったメンバーとの会話も上の空になっていた。その日は会社へ戻るつもりであったが、急遽アパートの近くで下してもらい、すぐにフィリピンへスカイプをつなげようとして、モナから更にメールが届いていることに気付いた。そのメールに添付された写真には、傷だらけになった無残なユリの顔が写っている。なんとも痛ましい顔になっていた。

擦り傷1.jpg

擦り傷2.jpg

擦り傷3.jpg

鼻のてっぺん、おでこ、頬あたりがすりむけていて、鼻の上で目に近いところは切り傷のようなものがある。女の子なのだから、傷跡が残らなければ良いが。それほど深い傷でもないようなので、跡が残る心配はないと思われるのだが、やはり少し気になる。

モナは自分のせいだ、ごめんなさいと、メールの中で何度も謝っていた。家族みんなもショックを受けていると書いてある。すぐに病院へ行きドクターに様子を見てもらい、頭のレントゲンも取り、今のところ大きな問題はないという所見だったらしい。ただしレントゲンの結果は、翌日分かるということであった。
とりあえず大事には至らなかったとあるので、ほっと一安心し、スカイプでモナを呼び出した。繋がったスカイプの画面では、既にユリがWakerに乗って遊んでいるのが写った。メールに書いてある通り、たいしたことは無さそうである。ユリは元気に声も出している。顔が痛ましいだけで、頭や体には外傷はなく、普段と何も変わらない元気な様子だ。げんきんなものである。
階段から落ちた時に、ユリは思い切り泣いたそうだ。モナは、すぐに泣いたから少し安心したと言っていた。確かに泣きもせずぐったりされる方が、よほど心配である。

ダディーは早速階段に、Wakerで乗り越えられないようなガードを階段のへりに取りつけたらしい。近くにいたみんながショックを受けていたようなので、とにかく事故が起こったことについて、責めることは一切しなかった。いつも日本にいてユリを任せきりにしている僕に、そのことを責める資格などないことは十分承知している。ただただ、大変な怪我をしなくて良かったと、モナへ声をかけた。もしユリに何かがあったら、モナはきっと自分を責めて悩んだに違いない。そして心臓にも負担がかかることになる。僕はそうならずに済んだことにもほっとしていた。

ユリの顔に腫れは見られず、強打したわけではないことが伺われた。単にコンクリートに引っかけただけのようである。頭に外傷がなかったことで、頭も打ってはいないようだと思われた。怪我をしてから吐いたりすることもなく元気にしているとのことなので、それほど心配はなさそうである。ちなみにレントゲン写真を確認した結果、本日それも問題ないと言われた。

安心したモナの興味は、すでに別のところへと移っていた。
レントゲン写真に、ユリの歯が写っているのである。フィリピンでは撮影したレントゲン写真を患者にくれるらしい。持ち帰ったネガのようなその写真をパソコンのカメラの前にかざし、どこそこに歯があるとモナは嬉しそうに説明してくれる。しかしインターネット回線が遅いために、いまひとつ不鮮明なスカイプ画面では、残念ながらユリの歯をはっきりと確認できない。
そのうちモナが画面の向こうで、レントゲン写真に写っているユリの歯を数えるのに夢中になっている。ユリの成長に関することはなんでも嬉しいらしいのだが、どちらかというとそのレントゲン写真は成長記録の一つではなく、二度と同じような事故が起こらないように教訓にして欲しいのである。
それでも「おいおい、歯の数を数えている場合ではないぞ」という言葉を飲み込んで、画面の中でレントゲン写真を一生懸命覗きこんでいるモナの幸せそうな顔を、僕は黙って見ていた。離れて暮らしていると、些細な幸せにも水を差したくないと思ってしまう。


ユリの話題になったついでに、彼女の成長ニュースを一つお知らせする。
彼女は6カ月を過ぎた辺りから一人でお座りができるようになった。じっとしていれば、しばらくこの姿勢を一人で維持できる。何か気になるものあり、それを取ろうとするとひっくり返ったりするからまだまだ安定だとは言えないが、一つの進歩だろう。
これからまた数カ月の間に、ハイハイをして、一人で立ち上がり、歩いて、おしゃべりをするようになる。月日の経つのがとても早く感じてならない。

お座り1.jpg
お座り2.jpg


最近のフィリピンは暑いらしい。以前夜は涼しかったジャマイカも、今は暑くて寝苦しいようである。ユリの面倒と寝苦しい夜に最近モナが寝不足ぎみだったので、テラスに通じるドアに網戸を取り付けるように話していたが、それが本日ようやく出来上がった。夜ドアを開けっ放しにしておくと、蚊や虫が部屋の中に入り込んでくるので、それまでは夜は、ドアは閉めざるを得なかったのである。
さすがにフィリピンでは、それを取りつける約束になっていた日に大工さんがこない。予定が数日ずれ込んでの完成である。

網戸1.jpg


網戸2.jpg


今は涼しい風が入ってくるので、気持ち良い夜になったそうだ。ついでに網戸はダディーとママの部屋にも取りつけた。少しずつ家が快適になっていく。
来月の給料が出たら、今度は供用テラスに通じるドアにも、網戸を付けたいとママが話しているそうだ。開けっ放しにしているそのドアから、昼でも鳥が入ってくるそうだ。その侵入防止のための網戸だそうである。

おそらく今頃、涼しい風を感じながらモナとユリ、ベルは安眠していることと思われる。
ユリの転落事故ではどきりとしたが、そんなささやかな幸せを与えてあげられることに、僕自身が幸せを感じる今日この頃である。

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カテゴリー:フィリピン生活
エントリー:116.ユリの転落事故
2010年06月02日

115.宇宙の話し

いつものように、仕事が終わり部屋に帰ってから、スカイプでモナと話をしていた。たまたまモナは、NASA関係のWEBサイトを見ており、モナは宇宙飛行士になり、宇宙へ行ってみたいと言い出していた。そんなことから、二人の会話は、宇宙の話へ・・・。

宇宙には壁があるかという話になった。僕は宇宙の果てには、何か境界があると信じている。それを言ったらモナは、「でも、それ、見えないじゃない」と言う。
「・・・・、それ、見えるわけがないじゃない・・・」
「そう?」
どうも話しの次元が違う(お互いイメージしているスケールが違う)ような気がしたが、とりあえず宇宙の話を続けた。

そう、僕は宇宙膨張説を信じているのだ。何かの爆発によって宇宙が誕生し、宇宙は今も広がっているという説である。つまり宇宙の壁は、ものすごい速度で、どんどん遠くへ逃げている。もしかしたら時間の概念がまるで違うので、実は風船が破裂したような一瞬の出来事の間に、地球の何万年にも及ぶ歴史があり、ある日突然、宇宙そのものが終焉を迎える・・なんてこともあるかもしれないなどと、空想したりする。

そんな話題の中で、ブラックホールの話になった。僕がモナに、ブラックホールって何?と質問をしてみると、「全てのものが吸い込まれるんでしょ」と言う。お、わかっているのかなと思い、何で吸い込まれるの?と尋ねると、わからないと前置きし、モナはパーティーでかぶる、円錐形の三角帽子の絵を書き、こんな形をしていて、ここに全部入ってしまうと言う。
「あなた、本当に大学で、サイエンスを専攻していたの?」と、僕は思わず口にしていた。僕はモナに、頻繁にこれを言う。科学の話題において、彼女はあまりにも突拍子のないことを言うことがあるからだ。例えば彼女は、扇風機の風が口からたくさん入ると、おならがたくさん出ると本気で信じている。僕がまさかというと、大学の授業で確かに習ったから間違いないと譲らない。

「だってインターネットで、この形、見たよ」とモナは言うけれど、おそらくそれは、何かのモデルかイメージの絵である。
僕はまず、彼女に万有引力とは何かを説明し、質量のある全ての物質は、引力があるということである。そしてブラックホールは、超質量をもつ物質が宇宙に存在(発生)し、それが引き起こすものすごい引力が光をも捕まえて、そこから抜け出ることができなくなるから、ブラックホールというのだと説明した。
しかし実はこのブラックホールは、それらしいものがあるとか、その存在をうかがわせるデータがあるというだけで、実物を見た人は誰もいない。ただし相対性理論の中で、ブラックホールは説明されている。

「それ、アース(地球)の近くにあったら、大変だね。みんな吸い込まれたら、どうする?」と訊くので、僕は「どうするって、みんなアレェ〜って言いながら、吸い込まれていくしかないんじゃないの?」と答えておいた。幼稚園児に話をしているような気分になってくる。

宇宙の話題は尽きない。宇宙人の存在を信じているかとモナに訊かれ、僕は信じていると答えた。
僕は子供の頃、UFOを間近で見たことがあるからである。ぎらぎらと強烈な光を放った巨大な物体が、超低空を超低速で飛んでいた。それが友達数人と遊んでいた僕らの頭上を通過したのである。その物体は、超低速で飛んでいたと思ったら、一瞬でどこかへ消え去った。あまりにも不自然なその物体を、僕は未だにUFOだったと信じている。それを見た夜は、宇宙人が発見者を連れ去りにくると思い、寝床についてから心底恐怖感を覚えた。翌日一緒にそれを見た友達も、揃って同様の恐怖感を感じたと話し、その話題で盛り上がったことを今でも覚えている。
大体この広い宇宙で、生物と呼べるものが地球だけに存在し、知的生物が人間だけだと思う方が都合良すぎると思うのだ。それが何億光年も彼方から、飛んできてもおかしくはないのである。

そんなに遠くから飛んでくるなんてことが、なぜできるのか、モナは不思議に思っていたので、僕はワープの話をした。しかしモナは、ワープという言葉を知らなかった。やはりここでも僕は、本当にサイエンスを専攻していたのかと笑いながら彼女に言った。
※ワープとは、英語で歪みというようなことを意味する。
move instantly by supernatural power(超自然な力で、瞬間的に移動)という言葉で、彼女はワープというものを理解したようだ。そこで僕のワープ理論がさく裂する。
時間の経過を、波とイメージする。サインカーブでも良い。人間はこのサインカープの上を移動するようにして、時間というものを感じとっている。もし時間を節約したければ、波の上を丁寧にあるくのではなく、波の頂点と頂点をジャンプするようにしてしまえば、時間を短縮することができる。それが僕のワープ理論である。
「あ〜、ショートカットか」
「ん〜、まっ、そんなもんだ」
「でも、実際は、それどうやる?」
「以前光にも速度があるという話しをしたでしょ?もし人間がこの光の速度を超えて移動すると、何かが起こるよ」
※ちなみにこの宇宙では、光の速度が最速であるとされている。相対性理論では、誰もが光の速度を超えることはできない。

以前星を眺めながら、その光の主は、現在は存在していないかもしれないという話をした。その時に、光にも速度があり、今見えている星の光は、何億光年も前のものだったりするということを説明した。

「それ、すごいなぁ。それじゃ、宇宙人は、地球の人間よりも、ずっと進んでるなぁ。頭いいか?」
「いや、頭が良いとか悪いという問題じゃあないなぁ」
「それじゃ人間も、未来には同じようなものが作れるか?」

人間は地球上で取得できる物質について、様々な研究者が様々分野を深く追求し、その正体を理解し、そして工業的に利用している。しかし研究される内容は、現在手に取ることができる物質の世界に限定されているから、いくら時間が経過しても、人間はおそらく光の速度に到達する乗り物を作ることはできないと思われる。もし宇宙人のUFOで使用する物質と同じものを人間が手に入れて研究することができれば、おそらく人間も同じような物を作れるのではないだろうか。つまりどちらが頭が良いかではなく、住んでいる環境そのものが違うのである。ベースが違うから、人間から見たら宇宙人は突飛なものを発明・開発できるのし、宇宙人からみたら、人間が当たり前のように利用している技術の中には、彼らが逆立ちしても理解できないものがあるのではないかと思うのである。

更に言えば、僕は宇宙人が、時間を操作する術を知っているのはないかと思っている。そうでなければ納得ができない。それはやはり、光速を超えての移動がカギを握っている。相対性理論によれば、高速移動する乗り物の中で進む時間は、地上で進む時間よりも緩やかになる。極端に言えば、一例であるが、高速ロケットの中で起こった出来事が1時間で終了したなら、地上で観測していた人には、それが4時間かかる・・ということである。ロケットが光速に近づけばなるほど、その現象は顕著に現れる。つまり光の進む速度が、常にどのような環境下でも一定であると考えると、乗り物に乗っている人と、地上で見ている人との間に、時間のずれが生じるのである。もしロケットが光速で移動したら、ロケットの後から前方に放った光は、地上で見ている人には、いつまでたってもロケットの先端には届かない。同じ速度で移動しているのだから、当たり前である。しかしロケットの中で見ている人は、その光はロケット内部の空間距離分進むので、一瞬で到達する。ロケットの中では一瞬で終わる出来事が、外から見ると、永遠に届かない。地上の人が一生かけても実現しないことが、ロケットの中ではすぐに終わるのだから、ここに時間のずれが生じる。
この考え方を応用すれば、時間操作ができるような気がしてくるのだが、深く考えると堂々巡りになり、最後は訳がわからなくなる。
勿論モナには、相対性理論の話など持ち出しても、話し事態が迷宮入りするのはわかりきっているので、おくびにも出さない。

「もし僕が突然いなくなったら、宇宙人に連れ去られたと思ってくれ」と、この話を締めくくるように僕が言うと、モナは
「それは困るなぁ」と神妙に言った。
一体どこまで真面目に話しているのか、さっぱりわからなくなった。
いや、もともと訳のわからない話しだから、全く問題はないのだが・・・。

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