フィリピーナと共に
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2010年05月13日

108.いつまでの変わらぬフィリピーナの愛

今、マニラの国際空港ターミナル2(フィリピンエアライン)の外でこの記事を書いている。本日再び日本へ出稼ぎに行くので、朝のPAL便でレガスピを発ってきた。国際便への乗り継ぎは多少時間の余裕が必要なので、レガスピ-マニラ間が定刻通りだと、日本への便に乗るまでかなり時間を持て余す。
今朝は5時起床だった。といっても勝手に目が覚めたのだが、美しいビコールの朝景色を見ながら、再びストレスの素がいっぱいの日本へ戻るのかと思うと、とたんに帰国が億劫になっていた。いっそこのまま、帰りの便のチケットを捨ててとんずらしたい心境である。すぐにモナも目を覚まし、目覚めのコーヒーを作ってくれた。今度はいつ帰ってくるかを訊かれたので、おそらく一ヶ月後ではないかと答えておいた。日本にいる理由がなくなれば、できるだけ早く帰るつもりである。

今はユリの成長が目覚ましく、僕がフィリピンにいた2週間の間だけでも、かなり変化がある。呼ぶと両手をあげて、歩行器にまたがったままばたばたと駆け寄ってくるが、そのスピードがこの2週間で格段に上がった。呼びかけると屈託のない笑顔が帰ってくる。様々な反応がどんどん人間らしくなってきている。そんなユリを見て、今の時期に彼女と接する機会を奪われるのは、何か大切なものを失うような気がして後ろ髪を引かれる想いである。

昨夜モナが、日本へ持っていく服をチェックし、その全てにアイロンをかけ、きちんとたたんでスーツケースの中へ収納してくれた。無言での作業が、彼女の寂しさを物語っているようにも見えた。残りの荷物は、自分の仕事道具、本、その他雑多なもので、自分自身でチョイスしなければならない物ばかりが若干残っている。コーヒーを飲み終えてからそれらをスーツケースにばたばたと積み込んで、ついでにスーツケースに既に入っている物で不要な物も取り除く。かなり余計な物がたくさん入っていた。行き来に慣れてくるごとに、荷物が減るようだ。
しばしモナとそしてビコールの景色との別れを惜しんだ後、ダディーのトライシケルでレガスピ空港へ。

レガスピ空港までは、バン(乗合タクシー)を借り切ると500ペソとなる。日本との行き来にはそれを利用しても良いのだが、どうせ500ペソを支払うならばダディーに払った方が良いと思うので、いつも空港の送迎はダディーにお願いしている。勿論ダディーがそれで良ければの話である。モナに確認すると、ダディーは500ペソの稼ぎをもらった方が良いらしいので、今回もお願いした。つまりこの送迎は、仕事としてダディーに引き受けてもらうわけだ。

500ペソで送迎をお願いしていることは、当然ママも知っている。
トライシケルを一日動かして、通常得る運賃は100ペソ〜200ペソ。しかし最近は家の生活に心配が無いせいか、ダディーは稼ぎを家に入れないらしい。時折魚やパンを買ってくるが、それは大した金額ではない。
ダディーには稼ぎを家に入れる責任があるのだから、ダディーが家にお金を入れないことに関して、ママは大きな不満を持っている。

最初に500ペソで空港送迎をお願いした時に、ママはその500ペソを全額、もしくはガソリン代を引いた残り、もしくはせめて半分でも家に入れてくれるだろうかどうかを心配するように話していた。それで夫婦喧嘩の火種になるようであれば、運賃を直接ママに渡そうかと言ったが、それはママに断られた。ママはその500ペソが必要だとか欲しいわけではなく、ダディーがどうするかを知りたいのである。いわばダディーは踏み絵をやらされるようなものだ。そんなことを知らないダディーは、結局その500ペソを自分のポケットに入れてしまった。
それ以後何度かダディーには片道500ペソの運賃で送迎をお願いしているが、ダディーは一度もそのお金をママに渡さないらしい。ママの不満と不信感は、少しずつ積み上げられているように見える。

昨夜はモナと、その関連で話題になった。ダディーが着服(?)したお金は、実は以前から、ある女性に渡っているという説があるのだ。出所は、勿論ダディーに愛人がいると信じて疑わないママである。だから家にお金を入れないし、毎日少なからずトライシケルの稼ぎがあるはずなのに、ダディーがそのお金を持っていないと信じている。(何かちょっとしたことでお金が必要な場合、自分の財布からは一切お金をださないからそのように言っている)
しかもダディーは自分の財布をいつも隠しているらしい。だから実際には、いくらお金を持っているのかママは知らない。それはそれで、ダディーが自分の持っているお金の動きを察知されないようにしていると、ママに思われているのである。

僕の目で客観的に見る限り、ダディーに愛人がいるとは思えない。根拠があるわけではないが、ダディーが夜遅く帰ることはないし、挙動不審な点も見当たらない。その話をモナにしたら、モナは「私もそう思う」と言った後に、「私もそう思いたい」と言い直した。その微妙な変化は何かと尋ねると、「これまでママのその手の話は、ほとんど的中している」といい、ママの予感が的中した一つの具体的な例を教えてくれた。要は、ママはダディーのことを良く知りぬいているから、ママの予感はあなどれないとモナは考えているようなのだ。
ダディーの浮気の疑いが濃厚な理由の一つは、ダディーにそれの前科があるからだそうだ。これはママから聞いた話ではない。ママは身内の恥を僕には隠そうとするので、それはモナから聞いた話である。それが発覚したのはかなり前のことらしい。その話しをするときには、モナの表情も神妙なものに変わった。

そのように言われてダディーの行動を思い返してみると、確かに怪しい点が無いわけではない。
仕事で朝早くトライシケルを出す時には、必ず香水をつけて行く。ママはなぜ仕事で香水をつける必要があるかをダディーに追求したが、ダディーの言い訳は、客となる最近の女子高生は臭い人が嫌いだからというものだった。一理あるような、苦しいような、微妙な答えである。確かにフィリピーナは匂いに敏感だから、若い人は特にそうだとも考えられる。
そしてダディーは時々おしゃれをして出かける。おしゃれをした時とそうでない時は、明らかな見た目のギャップがあるので僕もそれにはすぐ気付く。
後はママの言うように、外に飲みにいかないダディーが、お金を何に使っているの?・・・である。
それだけと言えばそれだけであるし、怪しいと思えば怪しい。ママは疑心暗鬼のネガティブスパイラルに突入しているから、かなり真剣に疑っているのだろう。
結局ダディーの件は、その真偽がはっきりしないし、今のところそれは、ダディー自身しかわからない。

昨日はベルの誕生パーティーで、ママの弟夫婦が家に来ていた。伯父さん夫婦の年齢は、僕と同世代である。
この伯父さんと叔母さんは市場で魚を売る仕事をしており、その商売で子供二人を立派に育て、一人は社会人、一人は大学生である。そして今は土地を購入し、家を建てようしているがんばり屋だ。気さくな性格で、いつも何かしらの気配りをしてくれるところが、日本人の感覚に近い。僕の感覚では一番安心して付き合える親戚である。その気さくで優しい叔母さんから、昔話が飛び出した。
伯父さんは結婚前、かなり浮気者だったそうである。しかし結婚してからは、叔母さんにまっすぐになったという話がプロローグだった。しかしある夜、伯父さんが夜遅くまで帰ってこないので、叔母さんが伯父さんを探しに行ったらしい。そして飲み屋で、横に若い女の子を座らせて楽しんでいる伯父さんの姿を発見し、その夜伯父さんが家に帰って寝静まってから、叔母さんは伯父さんの顔を、猫のように両手で思い切りかきむしったそうである。次の日伯父さんは、顔に物凄い引っかき傷をかかえ市場の仕事へ出かけたが、あまりの恥ずかしさに両手で顔を隠していたという笑い話であった。伯父さんはそれ以来、一切外には飲みに行かなくなったそうである。しかし昨日の叔母さんは、「もう年だから浮気してもいいわよ」と伯父さんに言ったが、伯父さんは「そんな怖いことはできない」と答えていた。今の我が家には、ちょっと微妙な話題であった。

僕はモナと二人になった時に、「旦那がいなくなったら、奥さんがわざわざ探しに行くんだね」と言うと、モナは「フィリピンの女はみんなそうよ。ママもダディーが遅くなると、探しにいくでしょ。それはフィリピンの女に心があるからよ」と言うことらしい。愛があるからそのような行動に出るし、つまりそれは優しさの裏返しだということだ。ついでに、「日本の女はそんな時、知らないふりしているでしょ?それ冷たいなぁ」と言った。
僕は心の中で、それは冷たいのではなく、女性は耐え忍ぶという日本の文化の一つが態度として出ているだけで、日本の女性だって決して平気なわけではないと言おうと思ったが、説明が面倒になって口には出さなかった。
その時モナは、私も年をとったら、マハルに浮気してもいいわよなんて言うようになるのかなぁと、どうなかなぁと独り言を言っていた。いやいや、本当にそう言われても、怖くてとてもとても・・・と、僕はやはりこれも口に出さずに、心の中だけで話していた。

こんな記事をターミナルで書いている間に、いつの間にかモナから携帯にメッセージが入っていた。僕はパソコンに記事を打ち込むのに夢中で、すぐに彼女のメッセージには気付かなかった。あわてて返事をすると、それに対してすぐにメッセージが帰ってきた。
「遅いなぁ、みるみるいそがしいか?なにしてる?」
みるみるいそがしいか・・というのは、空港に綺麗な女性がたくさんいるから、あっちこっちの女に見とれて忙しいだろうという皮肉と、事実確認のカマかけである。
「ブログの記事を書いていたからで、決してみるみるが忙しかったわけでは・・・」という意味のメールを返したのだが、果たして信じてくれているだろうか。

フィリピンの女性は、絶えず相手の浮気やその兆候を心配し、いざとなるとすぐに行動に移す。それは年齢がいくつになってもあまり変わらないようだ。
魚売りの伯父さんと叔母さんはとても仲が良く、モナの表現を借りれば「いつもラブラブ」である。ママは、実在するかどうかわからないダディーの愛人に、本気でやきもちをやいている。モナも先日のリンに関しての爆発といい、今回の少しメールの返事が遅れたことに対して「みるみるいそがしいか?」である。
これらの行動パターンの源は、フィリピーナの深い愛なのである。
だからそんな女性を妻にした男は、はたで見ているだけではわからない苦労が伴うのだ。

今回の成田行きの便は、日本のおじさんと若い女性のカップルが多かった。連れの女性はみんなスタイルが良く、若くて綺麗な人ばかりである。搭乗待ちの間、フィリピーナが食べ物を連れの日本人男性の口まで運んであげていたり、一緒に仲良く顔をくっつけ携帯の写真を見るなど、見るからにうらやましい光景があちらこちらで繰り広げられていた。しかしそんな幸せそうな男性も、裏ではそれなりの苦労が色々とあるはずだと想像して眺めると、また別の面白さがあったりするのである。
幸せなことに変わりないが、隣の芝生はいつ何どきでも、常に青々としているということは良くある話である。

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2010年05月12日

107.ナショナルエレクション(国民選挙)

今日は朝早くから目が覚めた。昨日プールで散々泳ぎ、その疲れで夜は早い時間からうとうとしてそのまま眠ってしまったせいだ。モナも同じで、二人で朝早くから起きて、夜明けの美しい空をみながらコーヒータイム。
あまりに気持ちの良い朝だったので、ユリを連れて散歩へ出ようということになった。朝食用のパンを買いながらの散歩である。歩いて行くのは少し遠いので、ジュン(ママの弟)のパジャック(自転車にサイドカーがついた3輪車)を借りて行くことにした。勿論ドライバーは僕で、乗客はモナとユリである。
ユリはいつも早起きだ。すでに半分目覚めている。そのユリを抱いて、3人で下の階へ降りて外へ出ると、ジュンのパジャックがない。1階のジュンの部屋を確認すると、ドアが開きっぱなしで中には誰もいなかった。タバコでも買いに行ったかと思い、それじゃあ歩いて行くかということになった。ユリはベビーカーに入れて、僕がそれを押してぶらぶらと散歩である。時間は朝の5時。車通りも少なく、斜めから差し込んでくる陽射しも、まだそれほど暑くは感じない。

いつも行くパン屋はやはり遠かった。家を出るときに、パンを買うため僕の財布を持ったのだが、その財布にはパン代の40ペソ(80円)しか入っていない。1個2ペソ(4円)のパンを20個買うと、財布の中身はほぼ0になる。よって帰りのパジャックの乗車賃がないわけで、パンを買ったが最後、帰りは家までは歩き通すしかない。
途中にある小学校では、選挙の投票準備がされていた。それを見てモナが、今日はナショナルエレクションだから、みんな忙しくなるなぁと、ぼそりと話していた。

お目当てのパン屋は近所では人気店で、朝早いというのに店の前に人だかりができていた。モナがその人だかりの中に割り込んで、すぐに焼き立てのパンデサール(ロールパンサイズのパンの名称)を20個買ってきた。
行きは気持ちがいいなどと話していたモナは、普段歩き慣れていないせいで、パン屋を出てすぐにもう疲れたと根を上げだした。それを励まして、朝の気持ちの良い空気を吸いながら、ぶらぶらと歩いて無事家に到着。その時にはユリはベビーカーの中で寝ていた。
パン屋の往復に、40分ほどかかったと思われるが、やはりジュンのパジャックがない。起きだしてきたママに訊いてみると、今日は選挙だから投票に行っているという話だった。「こんなに朝早くから?」ともう一度再確認したが、答えはやはりそうだと言う。この時には、フィリピン人は選挙に熱心だと思っていた。

やがてダディーも選挙の場所に行くと言いだし、1人で出かけた。ダディーはランチ前に帰ってきたが、ジュンがまだ帰ってこない。別にジュンに用事があったわけではないが、いつも家にいるジュンが、まるで失踪したかのように姿を消し、選挙で投票するだけと聞いていたのに中々帰ってこないことに、漠然と不思議に思っていた。

午後の2時を過ぎてもジュンが帰ってこないので、僕が「お兄さん(家で僕は彼をお兄さんと呼んでいる)遅いねぇ」とモナに言うと、モナが「今日は選挙でお金があるから、どこかいいところに行ったのかも」と言った。
「ん?それ、どういう意味?」
「選挙になると、お金くれるから」
「え?それって、自分に投票してくれって、お願いするお金?」
「おっおー、選挙になると、いつもそうよ」

ありがちな話ではあるが、しかし半ば公然とそれが行われているような口ぶりに少し驚きながらも、僕はその話に興味を持った。

「それじゃあ、あなたも選挙に行って、お金もらおうよ」と僕が冗談で言うと、「わたしの分はダディーがもう貰っているからもう無いわよ」とシリアスな返事が返ってきたので、今度はもっと驚いた。まるで日本で話題になった子供手当をもらいにいくようなような口ぶりである。それをダディーが代わりに受け取って、自分のポケットに入れた・・・みたいな言い方だ。

「フィリピンはそれ、当り前なの?」
「おっおー、みんなやってる」
「日本はそれをやって見つかると、ポリスに連れて行かれるし、当選もキャンセルになるよ」
「フィリピンも同じ。前キャンセルになった人もいるもの」
「つまりフィリピンの法律で、禁止されているんでしょ?」
「そうよ。それは日本と同じ。でもみんなやってるだけ」
「みんなやったら、みんな捕まるでしょ?」
「証拠がないだって」
「日本だったら、怪しい人をポリスが連れていって、ゲロさせるけどなぁ」
「フィリピンのポリスはそこまでやらないよ。だってみんなやってるし、ポリスもお金をもらってるよ、たぶん」
「赤信号も、みんなで渡れば怖くないってやつか・・・」
「おっおー」

ここまでは日頃のフィリピンの様子を見ていれば、十分あり得る話ではあるなと思った。しかし本当に驚いたのは、その後である。

ジュンが4時近くに帰って来た。目を真っ赤にしている。
なんと彼は、昨夜から道路に繰り出し、選挙で投票する人に配るお金を、寝ずに集めていたそうだ。道路でぶらぶらしていれば、投票依頼チームがお金を配りに歩いているので、それに遭遇すればおこぼれに授かることができるという話だ。
しかし今年は120ペソ(240円)しか集まらなかったそうだ。ジュン曰く、今回の選挙では、チームリーダーが配るべきお金を相当自分のポケットに入れているという話である。前回の選挙では、一晩で600ペソ(1200円)集まったそうだから、今回はしけているということだ。これしか集まらないのであれば、家で寝ていた方が良かったとまで言った。

選挙において、票を金品で買収するという話は日本でもある話だ。しかしこの話を聞く限り、そのお金の渡し方はかなり違う。ここでは、道路にいる行きずりの人にお金をばらまくという話なのだ。さすがにこれは、日本ではあり得ない。そんなことをすれば、すぐにお縄頂戴となる。モナの「証拠がない」という言葉が、頭の中で蘇る。明らかにこれは、「証拠がない」ではなく、取り締まる側の「やる気がない」のだ。もしくはみんなで敢えて、そのような行為を公認しているのであれば、「正義がない」のである。
僕は、自分の中の正義が、こんなことを許せないということを言いたいのではなく、あまりにもあからさまに行われている収賄の実態に、ただただ空いた口がふさがらないという、純粋な驚きを覚えるのである。

フィリピン国民は、この国が良くならないのは政治が悪いと良く言う。だれに投票しても変わらないとぼやく。しかし、そのようなことを口にしながら、ばらまくお金を徹夜してまで受け取りに行くのだ。
これでは国が良くなるわけがないではないか。金をバラまいて選挙に勝てば、その暁には美味しく甘い汁が吸えるという見返りを期待しての行為であることは明白である。もし当選した人に、権限を利用してやりたい放題ではないかと糾弾しようものなら、それだけお金を使ったのだから当たり前ではないかと言われそうである。

それでお兄さんは、お金をくれた人に投票したのかと聞くと、目の悪いお兄さんは、マークシート(フィリピンの投票はマークシートである)の文字が小さくてよく見えないから、適当に塗りつぶしてきたと言われた。
返す言葉なしの、笑える落ちである。いやこれは、笑えない落ちというべきだろうか。

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2010年05月11日

106.プールパーティー

今日も朝から天気がいい。昨日のプールパーティーの日焼けで火照っている体に直射日光が降り注ぐと、冷水シャワーで抑えている肌の炎症が再び暴れ出し、またじりじりと痛くなる。

昨日のプールパーティーは、自宅から車で30分ほどの場所にある、現在建設途中のリゾートで行われた。建設中とはいえ、一旦プールのエリアに入ってしまうとそこは完成されており、大人用のひょうたん型をした大ブールと、子供用の小プールがある。どちらのプールにも、ちょっとしたウォータースライダーがついている。南国の樹木に囲まれたプールの水は、太陽の光をきらきらと反射させながら、真っ青に輝いていた。
プールサイドには陽射しを避けるための東屋が点在し、ベンチとテーブルがある。東屋の中で一旦陽射しを避けてしまえば、風が吹き抜けるたびに清涼感を満喫できる。バーベキュー用のコンロは、100mほど離れた場所に設けられていた。
現在建設しているのは、泊りがけでくる人を対象としたホテルと、更にもう一つ大きなプールを作る計画があるようだ。

プールパーティーに参加したメンバーは約20人。大体予想通りである。中には初めて会う親戚もいた。僕がまだ一度もお目通りしていない親戚は、山ほどいるらしい。

到着後間髪いれず、ママの弟のジュンがウォッカを開封した。(一昨日ジンと書いたのは、ウォッカの間違い)ジュンはその日のメンバーで一番の酒豪である。普段は寡黙な人だが、酔うと突然陽気なおしゃべり魔になり、さらに泥酔すると酔いざましだといい水に飛び込む癖がある。もちろんプールサイドにいるのだから、きっとその日も名物のダイビングが見られると期待していたが、彼はやはり期待を裏切らなかった。いや、期待以上で、突然ウォータースライダーに上り、上から色々な格好で滑り下りてくれた。あれほど酔っぱらっていながら、よく溺れないものだといつも感心する。

ジュンはミニグラスにウォッカを注いで、まず自分が一気飲みをしてからこちらにもグラスを回してきた。フィリピンスタイルの回し飲みである。とりあえず僕もお付き合いの一杯。そしてダディーにグラスが引き継がれる。
あっという間につまみや食べ物・飲み物がテーブルの上を埋め尽くした。
子供たちはいつの間にかプールの中で遊んでいる。早速僕も子供たちに追従してプールの中へ入ってみた。寒がりの僕は冷たい水が嫌いだが、灼熱の暑さの中でひんやりとしたプールが気持ちいいので、それからしばらく泳ぐことになる。
色々な人がかわるがわるユリの面倒を見てくれるので、僕もモナも思い切り遊ぶことができる。

酒はほどほどにし、喉が渇くと冷たい水とコーラを飲んでいた。買ってきた氷を砕いてグラスの中に入れるが、あっという間に氷が溶けてなくなってしまう。ほどなくしてモナの弟のジンとロン、そしてまだ大学生の従兄が、3人でバーベキューを始めた。とにかく突然みんなが働き者になる。僕には何もすることが残っていない。僕は食って飲んで遊ぶだけ。これはスポンサーの特典なのだろうか。

バーベキューは朝から仕込みをしていた肉、ソーセージ、そして魚である。特製のタレと共にこんがりと香ばしく焼かれたそれらは、濃縮された旨味がぎゅっと中に閉じ込められ、食欲をそそる甘辛い味に仕上がっていた。カリカリになった表面を噛むと、中からじわっと肉汁が出てくる。肉を串に刺す作業は、結構大変だったそうだ。そんな苦労が充分報われる味である。
バナナの葉に包まれたご飯が用意された。それを日本から持ち込んだ味付けのりで包み食べる。のりと一緒にボイルされたエビを包むと、これがまた逸品であった。エビの頭をすすってみると、まだ磯の香りが十分残っている。取り立ての新鮮なエビを、ただ塩ゆでしたそうだ。おにぎりが恋しいモナに勧めると、目を大きく見開いてこれはおいしいと感激していた。
多人数で遠慮なく食べても、食べ物が尽きないほど、大量のごちそうである。この原稿を書いている今、思い出しただけでもお腹が空いてくるような美味しさであった。

フィリピン人は泳ぐことが大好きなのか、一緒に来たモナの祖母も、高齢にも関わらず泳いでいた。一旦水に入ったら、しばらく上がってこない。その元気さには驚かされる。
一緒に行った全員が、みんな服を着たままプールに入り、水浴びを楽しんでいる。なぜ服をきたまま泳ぐのかその時にはわからなかったが、日焼けで自分の肌が痛くなってから気が付いた。日焼け防止のためなのである。

最初は女性陣が次々とプールに入り出したが、男性陣も酒が体に十分浸み渡ると、酔っぱらいながらプールに入り出した。みんな実に遊び方が快活豪快である。プールで遊んでは酒を飲み、酔っぱらうとまた泳ぎ出すという繰り返しだ。女性陣はずっと食べっ放しである。よくこれだけ食えるものだと感心するほどである。そんな僕の感心を察してか、ダディーが、これがフィリピンスタイルだとにこやかな顔で教えてくれる。

僕のお腹は満足度120%を超えているのだが、帰る間際に新しいご飯がテーブルにどっさりと用意された。これは何?と訊くと、スナックだと言われ呆れた。(フィリピンでは夕方5時頃に、スナックと称して軽食を取る。普段のスナックは麺類が多い。)スナックも何も、ずっと食べ続けているではないか。そんな大量のごはんを誰が食べるのだと思っていたら、みんなが適当なおかずでそれを食べ始め、あっという間に無くなった。僕はただ傍観していただけである。確かにここまで徹底すると、これは立派な一つのスタイルである。

撤収も素早い。時間がきたら、ばたばたと片づけが始まり、あっという間にジプニーに全てが積み込まれていた。
こうしてベルの誕生パーティーが幕を閉じた・・と思っていたが、本来の誕生日にはケーキを買って、スパゲッティーを用意しながら、自宅で再びパーティーをするそうだ。プールパーティーは食べ物がありすぎるので、ケーキとスパゲッティーは止めたそうである。そう言えば誕生日グッズがなかった。この辺のことは全部ママが決めている。

家に帰ると、体が熱く、お尻が痛い。体が熱いのは日焼けのせいだが、お尻が痛いのは別の理由からである。
実は子供用プールのスライダーから滑り降りたら、水が浅いために、おもいきりお尻をプール底にぶつけた。けっこうな速度がついていたので、ぶつけた時には歩行困難に陥り、お尻を押さえながらよろよろと立ち上がりプールから出てくる様を、みんなに見られていて思い切り笑われた。僕も苦笑いをしていたが、実は軽い打撲ではなく、涙がでるほど痛かったのである。
打ったところはしばらく鈍い痛みを伴っていたが、それが引いてからも階段の上り下りの時に痛むのである。尾骶骨にひびでも入ったかと思うほどであったが、今日は若干痛みが治まっている。

家では冷たいシャワーを浴びたあと、モナが全身にローションを塗りマッサージをしてくれた。ついでにお尻のマッサージも少々。ベッドに横たわり、疲れた体を投げ出してのローションマッサージは、まさに天国である。

この一日、とても開放的な気分になりすこぶる楽しかった。
以前みんなでスプリング(泉)に行き同じように過ごしたこともあったが、その時には周囲の人への遠慮や戸惑いがあり、楽しんだと同時に疲れもあった。
今回底抜けに楽しかったのは、僕がそれだけフィリピンに同化しているからであろう。

もうじき日本へ逆戻りであるが、はやく尻が治ってくれないと困る。尻の痛みを引きずって帰ろうものなら、職場で何を言われるかわからない。
それでなくても真っ黒になった僕は、散々遊んでいたのだろうと言われそうである。
もし言われたら、それが何か?と言うことにしよう(笑)

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カテゴリー:フィリピン生活
エントリー:106.プールパーティー

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