フィリピーナと共に
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フィリピン生活:カテゴリの記事一覧です。

2015年08月10日

752.反社会的思考

 マレーシアで車の運転をするようになって、ほぼ五ヶ月が経過した。これまでのところ、無事故無違反。僕はこれを、奇跡的だと思っている。
 ほんの五ヶ月間の無事故無違反など全然普通じゃないか、と思う方が圧倒的に多いと思うけれど、運転をする当事者にすれば、これは本当に奇跡的なことだ。
 
 初めて車を運転した日、見事に道に迷った。会社で車を受け取り帰宅したときである。
 他人の運転する車にはずいぶん乗っていたから、マレーシアの交通事情については知っているつもりでいた。日本に比べて、全体的に運転マナーがかなり悪い。特にオートバイの暴走ぶりが酷い。
 その程度の認識は十分持っていた。でも、実際自分で運転してみると、自分が感じていた以上に運転が怖い。
 まず、道が分からない。分かっていたつもりでいたけれど、いざ曲がるべきところに到達すると、迷いが生じた。そして迷っているうちに、曲がり角を通り過ぎまっすぐ進んでしまう。どんどん知らない道に入っていく。そしてますます曲がれない。
 なるほど、人は迷うとまっすぐ進むことを選択する傾向があるのだ。まっすぐ進むより、曲がる方が勇気が必要だ。人生も同じなのだろうか? 振り返ればそんな気がする。人生的惰性の直進。
 信号で停止すると、三百六十度バイクに囲まれる。それが半端な数じゃない。まるでバイク暴走族の集会の中に取り残された車みたいになる。そこからぽつぽつと信号無視をして、飛び出すバイクが出現する。いっそのこと、全てのバイクが信号無視をしてどこかに行ってくれればいいのだけれど、バイクは後ろからどんどんやってきて、どんどん交差点に溜まる。まるで無尽蔵に湧き出る泉のようだ。
 信号が赤から青に変わる。一斉にバイクが動き出す。個別に動き出すというより、バイクの集団が塊と化して、一個の大きな物体が動き出す感じだ。僕もその動きに合わせて速度も進む方向も合わせなければならない。最大限の協調性が要求される。
 もし協調性を発揮できなければどうなるか。実際にそんなこともあったけれど、結果は大したことにならなかった。バイクは邪魔なものをどけて、車と車、あるいは車とバイクの隙間をぎりぎりぬうよう前に進むだけだ。車も右や左にウィンカーを上げて、車線変更して追い越していく。どうにもならなくなれば、文句のクラクションが突然始まった集中豪雨のように僕に降り注ぐ。それだけだ。
 誰も細かいことは気にしない。交通規則や安全性を含めて。実は協調性など、微塵の欠片もないのかもしれない。きっとそうだ。僕のこの想像は確信に近い。

 僕が運転を始めた最初の頃、周りのみんなは僕に、ここでの運転はどうかと尋ねた。
 そのたびに僕は言った。
「ここにはクレイジードライバーが多過ぎる」
 英語でクレイジーという言葉は、本来は気をつけて使わなければいけない。クレイジーは結構きつい言葉で、ときには冗談にならないのだ。
 でもみんなは、僕のその言葉に笑って頷く。それだけ実際に酷いということだ。実態を端的に表す言葉として、クレイジーは適切だと現地の人たちが認めている証拠である。
「ここでオートバイはロード・オブ・ザ・キングだから」と同調してくれる人もいる。
 そう言われたら僕も、「まったく」と相槌を打つ。

 僕はモナにもそのことを言った。ここはクレイジードライバーだらけだと。
 最初モナは、冗談だと思って取り合ってくれなかった。でも、助手席に乗って何度も自分の目で人々のクレイジーな運転ぶりを目撃すると、そのたびに彼女も「ひどい!」「危ない!」「ほんとにクレイジーだ」と言うようになった。
 そんなとき僕は彼女に、「でしょ? でしょ? 分かる?」と言う。
 モナも「分かる、分かる」と言う。
 僕はここで水を得た魚のようになる。
「ね、僕たち日本人が、フィリピンのドライバーは運転が酷すぎるって言う気持ちが分かるでしょ?」
「フィリピンはそんなに酷くないでしょう」
 僕は少々、え? っと思いながら、「いや、たぶん同じくらい酷い」と答える。
 運転に限らず、同じようなことがよくある。例えばモールで買い物をするときなど。
 店員の対応が悪いときに、モナが「酷いなあ」と言う。僕もそれに合わせるように、「ほんとに」と言う。
 僕はここで、やっぱり水を得た魚のようになる。
「ね、ね、僕たち日本人が、フィリピンの店員は酷すぎるって言う気持ちが分かるでしょ?」
 さすがにモナは、そう? と反抗しない。ただ笑って誤魔化す。それについては自覚があるようだ。
 こんな風に、僕はときどき活き活きと、
「ここであなたが感じる酷いことはフィリピンも似たようなもので、僕たち日本人はフィリピンで同じようなことを同じように感じ、フラストレーションを溜め込んできたんだ」
 ということを彼女に伝える。
 なんというかこれには、共通認識が増えたことに対する喜びがある。これまで不満に思って我慢してきたことに対する理解を、ようやく得ることができたという感慨だ。僕たちの苦しみを分かってもらえるチャンス到来、という感じである。

 日本と比べれば、フィリピンもマレーシアも中国もタイも、ある領域でみんな同じようなものだ。無協調性、極悪サービス、無規律性、超個人主義、アンチコンセンサス、利己的、トップダウン、分業化、高プライド、格差、差別。それらに絡んで、普通の日本人が嫌う傾向のあるものを普通として受け入れている人々がここにたくさんいる。実は日本人が、少し頭のおかしい民族ではないかと疑いたくなるほどだ。そんな社会で暮らしながら、少し自分も歪んできたのではないか、ときどき点検が必要となる。
 何が正しい理想か分からないまま、目指すべき方向性が見失われている社会。
 高度資本主義経済が複雑に入り込み、誰かがそのうわずみを吸い取りながら格差の広がる社会。
 道徳やマナーや規範が置き去りにされたまま、高度な文明の利器だけが拡散される社会。
 ピカピカ光る新しくて背の高いビルディングが次々建設され、見た目ばかりが立派になっていく社会。
 一杯三百円のコーヒーに慣らされた人々の前に、一杯五百円のソフトドリンクが登場する社会。

 レストランのウエイトレス時給が二百円にも満たないのに、なぜコーヒー一杯が三百円なのか。マンゴゼリーの入っていることがそれほど重大か知らないけれど、誰が五百円もするソフトドリンクを注文するのか。
 ここマレーシアは、古い人間の僕には受け入れがたい要素がたくさん含まれている社会だ。フィリピンも同じだ。日本もそんなものに染まりつつあり、含まれつつある。だからときどき自分の中に、迷いが生じる。こんな社会を子供にどう伝えるべきか。
 この素晴らしい先進社会の中では、他人を蹴落としてでも上に這い上がらなければいけない。相互扶助など期待してはいけない。参画してもいいけない。そして底辺を見てはいけない。落ちこぼれた人を可愛そうなどと思ってはいけない。うわずみを吸い取る立場を目指しなさい。自ら体を酷使するのではなく、他人を酷使しなさい。芸術も道徳もくそ食らえだ。大金持ちを目指すならITが近道だ。これは好奇心や興味とは無関係だ。あくまでも経済の話しだ。経済的成功が全てなのだ。
 こんな風に教えながら、子供たちにはそうなれるような教育を計画すればよいのだろうか。
 これはある意味、深刻な悩みだ。誰かがお金を出して、ホテルの一室で買った女性とちちくりあっていることの方が、よほど原始的で理にかなっていて(つまり分かりやすい)健全なことだ。こちらの方がずっと、相互扶助的なのだ。

 ここでの運転はかなり慣れた。ヒントはたった一つのコンセンサスだった。
 共通のコンセンサスは、「ぶつかったら困る」である。
 これだけ承知していればよい。車線を変更したいときは、ぶつかるつもりで車を寄せる。少し親切にウィンカーも出す。ぶつかったら困るから、相手は避ける。これで万事うまくいく。オートバイも速度を落とす。ときどきアクロバット的にオートバイを倒して、右、左とカーブしながらすり抜けていく人もいる。それで事故を起こしても、僕の車にぶつかっていないなら、それは僕のせいじゃない。
 相手の動きが予測できるようになると、運転はずいぶん楽になった。こちらがこうしたら相手はどうする、相手はこちらの動きをこう予測している、こんなことが分かればよいだけだ。
 しかし人々の予測はそれほど複雑ではない。だから事故が多い。頻繁に見かける。
 一旦事故が起これば、それは酷いものだ。先日、道路に亀がひっくり返ったみたいに裏返しになった車が、一つの車線をふさいでいた。単独事故のように見える。しかし、どうしたら単独でこんな奇想天外な事故を起こせるのかまるで理解できない。運転しながら想像してみたけれど、それは僕のイマジネーション能力を超えているようで、まったく分からなかった。
 奇想天外的事故。それで片付けて、僕は何事もなかったように、日常的精神状態で日常的運転に戻る。僕は家族のために、無事故無違反の奇跡をこの先も継続しなければならないのだ。奇想天外的事故に、いつまでもとらわれているわけにはいかない。

 

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カテゴリー:フィリピン生活
エントリー:752.反社会的思考
2015年08月05日

751.子育て奮闘日記

 朝のコーヒーを飲みくつろいでいる僕の視界の隅に、よたつきながら懸命に枕を運ぶダイチの姿が入ってきた。僕はキッチンカウンターの少し高い椅子に座ったまま、じっとその様子を観察している。枕はベルとユリの部屋から持ってきたようで、それが小さな彼の体を大きくはみ出している。
 彼が枕を抱えているというより、彼が枕に抱えられているような姿は、「朝からご苦労さん」と声とかけたくなるほど痛々しく健気でもある。
 彼の体がぐらりとふらつくたびに、僕は反射的に椅子から尻を浮かしてしまう。そしてついに僕は我慢できなくなって、お節介をやいた。
 広げたダイチの両手に収まりきらない枕の方向を九十度変え、持ちやすくしてあげたのだ。しかし今度は枕が彼の顔をふさぐことになって、前方視界不良の彼が壁に激突しそうになるものだから、僕はそれでまた慌てる。
 その少し前、彼は子ども用の椅子を部屋の中央に運んでいた。彼は椅子をおなかの上に乗せるようにして、少しのけぞる姿勢で歩いていた。これも彼にとってなかなか大変な作業だけれど、椅子を部屋の中央に置いたあとは作業完了に満足したらしく、彼が苦労して運んだ椅子はそのまま放置されている。
 彼には彼なりの目的があってしていることだろうけれど、それがこちらにはさっぱりで、彼の行動には多くの不可解さが含まれている。
 とにかくダイチは、いつでも朝からこんな風に元気だから、マレーシアに来てからおおむね健やかに成長しているといってよい。
 けれど彼は、ここに引っ越してから二度ほど病院に行った。
最初は熱を出したときで、二度目は椅子で遊んで転んだ際、テレビ台の淵に額をぶつけ激しく流血したときである。
 額だから実際の怪我以上に血が出ることは珍しくないけれど、この怪我でモナは血相を変え、知り合いに連絡して彼を病院に運んだ。
 モナは「わたしパニックになってたよ」と言う割りに、お願いしたのはしっかりドクターの奥さんで、ダイチはその旦那さんの元に運ばれた。結局三針縫う傷だったけれど、ダイチの額にはこのときの傷跡が名誉の負傷のようにくっきり残っている。周囲の人は、その傷で「男らしさが増した」などと言っているけれど、確かに今回の傷跡は、彼の精悍さを数段増した。ときどきダイチの放つ人相の悪い目つきと傷跡は、とてもよくマッチしていると僕は思っている。
 それに反してモナは、せっかくのポギー(ハンサム)な顔に傷がついたと、少しショックを受けたようだ。そんな彼女に僕は、「子供の傷跡なんて、大きくなったら綺麗になくなるから心配要らない」と言っている。
 それにしても、なぜモナは自分の子供をポギーと言って憚らないのか、僕はいつもそのことを不思議に思っている。ポギーと思うのは勝手だけれど、だれかれ構わずそれを言うのは、手前味噌過ぎて恥ずかしいというのが、日本人としての僕の感覚だ。
 第一子供の何がポギーなのか、僕にはさっぱり分からない。ダイチを人並みにかわいいとは思うけれど、特別ポギーだとは思えないのだ。どうせ子供の顔は、成長と共に変化していく。当然ぶさいくがハンサムや美人になることもあればその逆もある。だから今の彼の顔を云々と評価するのは、ナンセンスというものだ。
 いずれにしても将来のダイチにとって、彼を溺愛する母親モナの存在は、かなり煩わしいものになるかもしれないと、僕は今からダイチに少しだけ同情を寄せている。
 
 フィリピンのビコール(タガログもそうなのかもしれない)で、体をどこかにぶつけることを「タンコ」というらしい。ダイチは今でも突然テレビ台を指差して、「タンコ!」と叫ぶ。叫ぶのはいつも突然のことだから、彼はおそらく、怪我したときのことを突然思い出すのだろう。TV台を憎々しく思っているのかもしれない。
 とにかくダイチは、歩くにも安定した足捌きとはまだ言えず、軽重合わせてタンコが多い。
 ここに引っ越した当初ダイチがどこかにぶつかると、モナは泣いている彼をあやすため、ダイチがぶつかった物に「これが悪いね、悪い悪い」と言って物をぶっていた。しかし物は動かず、何も悪さをせずにそこに存在していただけである。本当に悪いのはそこにぶつかっていったダイチの方だ。だから僕はモナに、物が悪いように言うのは止めるべきだと進言した。子供には、自分が悪かったことをきちんと教えてあげなさいという意味である。そうでないと、子供は反省する大切な機会を逸し、同じ過ちで怪我をするという親心から、僕はそう言うのだ。
 当初僕は、普通のことを普通に言ったつもりでいたのだけれど、後々考えてみると、そうした小さなことの積み重ねが、将来のダイチの考え方を決めていくように思えてきた。
 タンコの例では、自分でぶつかっておいて相手が悪いと慰められるのと、自分が悪かったのだから、今後気をつけるようにと教えられるのとで、随分違うように思えるのである。
 このようなことから僕は、フィリピン人は小さな頃から、そんなに細かいことを気にせずに育てられているのかもしれないと想像し始めた。そう考え出すと、思い当たることがいくつかある。
 腹を抱えて笑ってしまうような面白いことは大人が子供を巻き込んでワルノリし(それが少々マナーに反していいることでも)、食事中に子供が歩き回ればヤヤ(ベビーシッター)が食べものを持って子供の後ろを追いかける。そして子供が悪さをしたときにきちんと叱らない。それどころか甘やかし放題。他人の家におじゃまして子供が勝手し放題でも親は注意せず。おもちゃは散らかしっ放しで、これも親は見て見ぬふり。少しましな人は、「本当に酷いのよ」と嘆くだけ。つまり嘆くだけましだと言うことだ。
 このような子供に対する小さな対応の違いは、積み重なって、子供の将来の言動に大きく影響を与えてもおかしくない。
 タンコの小さな例を一つとっても、僕は家族を傍に呼び寄せたことを正解だったと思うようになった。
 もちろん子供たちがいつも騒いで、煩わしいことが全くないわけではない。小さな子供を追い回すのは、五十過ぎの僕には結構堪えることも多い。まるで部屋の中に突然現れて逃げ回る、小さなネズミを追いかけているようせせこましさがある。本当に僕は、腰を折って両腕を前に出しながら、部屋の中を走り回っていることが多いのだ。
 ただ幸い、ダイチはモナの言うことよりも、圧倒的に僕の言うことをよくきく。子供には、犬のように、一家の主人が誰なのかを嗅ぎ分ける能力があるようだ。
 ダイチが危ないことをしそうになると、僕は大きな声で「タンコ!」と叫ぶ。するとダイチはぴたりと動作を止めて、湿った目つきでこちらの様子をうかがう。
 タンコで流血したことによほど懲りたのか、それとも僕が怖いのかそれは分からないけれど、とにかく彼には、「タンコ!」の一言がよほど苦い薬よりも、目下のところよく効く。
 それでも彼はニワトリと同じで、三歩で僕の威厳のある注意を忘れてしまうのだ。すぐに彼は、果敢に新たな挑戦を始めるのである。男の子らしくてそれはそれでよいのだけれど、傍で見守るこちらはいつもハラハラして気が休まらない。
 
 朝の場面に話を戻すと、髭を剃り、飲み残したコーヒーを全て腹に流し込んだときに、弁当を間に合わせようと奮闘しているモナから指令が飛んだ。
「パパ、ユリのシャワー、一緒にやって」
 彼女の目が少々つり上がっている。朝早くからダイチの面倒を見て、子供に朝食を取らせ、子供の制服を準備し(ときには制服にアイロンをかけている)、その合間にときどきダイチを追いかけなければならなかったから、彼女は「今日は朝から疲れた」と、珍しく愚痴をこぼした。
 普段の僕は起床が早く、みんなが起き出すまでリビングで独り、コーヒーを飲んで本を読んだりしているのだけれど、同じく早起きをしてベッドから抜け出したダイチが、ひょっこりリビングに現れることがよくある。
 ダイチの目覚め方は独特だ。ぐっすり眠っているかと思うと突然目を開け、スパッと上半身が起き上がる。とても切れ味のいい起床だ。そして即行動、すなわちベッドの端まで這っていき、そこで百八十度くるりと体の向きを変える。つまりお尻をベッドの端に向け、つぎは匍匐後進でベッドを滑り落ちるようにして、しっかり足から床に着地する。この一連の動作はいつでも一心不乱だ。
 このように彼の目覚めには、眠りと覚醒の間に中間領域というものがない。モナはその様子を見ながら、「まるでロボットみたい」とよくケラケラ笑うけれど、僕も「本当に」と言ってつられて笑う。
 ダイチがリビングに姿を見せると僕は読みかけの本を置いて、ダイチを抱き上げ、ベランダで一緒に外の景色を眺めたりするのが日課のようになっているけれど(ダイチはこれが大好き)、昨夜はたまたま仕事が終わったのが夜中の二時過ぎで、今朝は少しゆっくり寝ていた。よってモナが全てを一人で仕切る必要があったから、彼女も少し目が回ったようだ。
 僕には、日本の主婦にとってこのようなことは、日常の当たり前なことのように思えるけれど、家族やメイドが色々なことを手伝ってくれるフィリピン人には、一人で全てを時間に追われながらこなすということが、とてもハードルの高い仕事に感じられるようなのだ。朝の家事に限らず、時間に追われて何かをするということに対しモナはとたんに体力を奪われるし、ベルもこの体質をしっかり受け継いでいる。モナは若い頃比べて随分たくましくなったけれど、まだまだ疲れやすい体質を残しているのだ。
「今日は早く会社に行きたいんだけどなあ」と、僕は独り言のようにつぶやいて、渋々ユリをシャワールームに連れて行った。
 シャワールームのドアをあけると、水道管に繋がるトイレのお尻洗シャワーホースを持って、「おー」と奇声を上げるダイチがいた。彼の奇声は、突然現れた僕に驚いた声なのか、それとも僕に何かを伝えたかったのか、あるいは悪戯しているがばれて誤魔化そうとしているのか不明だけれど、少なくともそんなところに彼がいるなんて思ってもいないこちらは驚いた。
「おー? なんで? お前、神出鬼没だなあ」
「おー」と、彼はシャワーホースを高々に持ち上げる。
「はいはい、でも、今は忙しいから、ちょっとあっちに行って遊んでて」
 僕は彼からシャワーホースを受け取り、転ばないよう背中をそろそろ押して、「あっち、あっち」と日本語で言いながら、彼をリビングの方へ追いやった。ダイチも「あっち、あっち」と僕の口真似をしながら、ペタペタとタイルの床で足音を鳴らしておとなしくリビングに行く。
 
 こんな風に、ダイチはいつでも自由気ままで神出鬼没で冒険好きだ。目を離すとどこかで危ないことをしているから、僕は必ず彼を自分の視界に入れておかないと、心配で仕方ない。ふとダイチが見えないことに気付いて、慌てて「ダイチはどこ?」なんて声を上げることもよくある。
「そこで寝てるわよ」
 モナが指を差す方に行くと、彼女が言う通りダイチは、ソファーで死角になっている床に寝転んで気持ちよさそうな寝息を立てていたりする。僕はそれを見て、安心してキッチンカウンターに戻り、ゆったりした気持ちで読書を再開する。彼が寝てくれたら、僕は本当の意味で物事に集中できるようになるのだ。もっともダイチが起きて、電源が入ったロボットがすぐ軽やかに動きを開始するごとく、彼の活動が始まるまでの短い時間だけである。
 これがベルの部屋に行ったなどと言われると、僕はわざわざ様子を見に行き、そのまましばらくそこにいるか、あるいは痺れを切らし、ダイチを抱きかかえてリビングに連れ戻すことになる。そして成り行き上、僕はしばらく彼のお相手をしなければならない。
 子供の特技は何をするにもしつこいことだ。付き合う僕は、同じ単純作業を何度でもやらされる。「忍耐力を鍛えるにはもってこいのトレーニングだ」などと自分に強く言い聞かせないと、とてもじゃないけどやってられない。
「やっぱり子育てというものは、若いうちに済ませてしまうに限るなあ」などとしみじみ思うことは、日常茶飯事だ。

 ダイチがマレーシアに来た当初、彼はしばらく離れて暮らしていた僕になつかず、僕に抱かれるのをとても怖がった。僕が近づくだけでおお泣きを始める始末だ。結局ダイチのおもりを一手に引き受けなればならないモナが苦労することになった。モールを歩き回るときも、ダイチを抱くのはモナの役目となり、その疲れで家に帰ると彼女はいつもぐったりしていた。
 そんなダイチが問題なく僕に抱かれるようになったのは、彼がここに来て二週間から三週間の間だった。思ったより時間がかかったのだ。ユリも小さいときには同じようなものだったけれど、抱かれるまでにかかった時間はユリの方が断然短い。
 最初の二週間、僕はダイチが早く自分に慣れるよう、いつでも彼におそるおそる接していた。最初はつかず離れずの状態を維持して、彼が遊んでいるときに少しちょっかいを出す。それで泣き出しそうになればすぐに離れ、また別の機会に同じことを繰り返す。タイミングを一つ間違えばおお泣きで、モナの手を煩わせることになった。「なかなかしぶといなあ。うん、男はやっぱりそのくらい頑固じゃなくちゃ」なんて、最初は楽観的にそんな風に思っていたけれど、幾日経っても状態が良化しない様子に、僕もそのうち「けっこうクソガキだな」なんて思うようになった。
 ダイチは哺乳瓶での粉ミルクを一切飲まないから、これが彼を手なずけるための大きな障害となった。僕は彼に、食べものを与えることができないのである。生命の源である母乳を与えることのできるモナの存在は、彼にとってとても大きいのだ。子供とは、その辺りを本能的に見事に察知し、しっかり認識している。
 幸いしたのは、彼の離乳食が既にスタートしていたことだ。本当に少ししか食べないのだけれど、そこに僕から彼に、食べものを与えることのできるチャンスがある。だから僕は、ダイチがクッキーを指差すと、すぐに封を切りそれを食べさせ、彼が冷凍庫のアイスクリームを見つけて指差すと、小皿にそれを盛って彼をソファーに座らせ、スプーンで彼の口に入れてあげる。とにかく彼が欲する食い物を、できるだけ彼の欲求に従って、僕が自分の手を使って彼に食べさせるようにした。
 これは効果があった。食べものの威力は馬鹿にできない。
 彼が僕に抱かれることに抵抗を示さなくなると、僕は積極的に彼を抱いた。家の中でもモールでもスーパーでも、重くて手がだるくなるけれど、筋トレのつもりで僕は彼を抱き続けた。
 最初、彼は眠くなってぐずると、すぐにモナのところへ行きたがったけれど、次第にそれがなくなった。モナが抱いているときでも、僕が「おいで」と言って両手を差し出すと、彼は自ら進んで僕に体を預けるようになった。
 きっかけは食べもので釣ったようなものだけれど、それ以降、僕は彼に愛情を惜しみなくそそいだから、その効果が現れたのである。抱きながら彼の背中をさする手も、場所や力加減、動かす速度に僕は細心の注意を払ったし、彼が眠そうなときにはいつも小さな声で歌を口ずさんだ。それもいつも、彼が心地よく感じそうなメロディーをその場で作る即興オリジナル曲である。
「なかなかいい曲ができたな」なんて自画自賛することもしばしばだけれど、たいがい次のときには全く違うメロディーになっている。
「前にできた名曲は、どんなのだっけ?」と考えても、一度も思い出せたことはない。
 モナは夜、早くゆっくりしたいから、ベッドの上でダイチを寝かせるのによく奮闘している。でも相手は子供だから、親の意を汲まずともすぐに寝るときもあれば、しぶとく遊びたがることもある。
 モナが少し苛立ちを見せ始めたところで僕の出番がやってくる。ベッドの上からひょいとダイチを抱き上げ、ベランダで涼しい風に当たりながら、海に浮かぶ船や道路を動く車、工事中のビルディング横にそびえたつクレーンの安全灯、メインランドの対岸に見える工場群の灯りなどを二人でながめ、そして彼の背中をさすりながら、僕は必殺のオリジナルソングを口ずさむ。次第に彼は眠くなって、僕の肩に頬をピタリと乗せて、しばらくすると両手の力が抜けてだらりとしだすのだ。
 モナは「あなた、本当に寝かすのうまいなあ、気持ちいいのかなあ」などとよく言うけれど、僕は本当に、子供を寝かすのがうまいのだ。その秘訣は、おそらく無理に寝かせようとしないことだと、僕は自分で思っている。
 こんな風に子供を抱いていられるのは、それほど長い年月ではないと思いながら、愛おしさを込めて僕は抱いているのだ。だからいつまでも抱いていたいという気持ちで抱いている。
 モナは忘れているようだけれど、ユリのときも同じだった。そのときもモナは、僕に同じ台詞を言った。そのときを懐かしく思うのか、ダイチが僕を離れているとき、ユリは頻繁に僕に抱きついてくる。隙を見つけてそうしているようにも見えるくらいだ。
 僕もユリとダイチが公平になるよう、できるときにはなるべく十八キロになったユリを抱いてあげる。
 もうじき六歳になる彼女は、外でそれをするのは少し恥ずかしいのか、「パパ、背中がいい」と言ってくる。僕がユリをおんぶして道を歩くと、彼女は「マミィー、見てみて」と言ってはしゃいでいる。ユリは表に出さないけれど、親の手がダイチにかかることを、きっと寂しく思っているのだ。だから僕は意識的に、ユリもできるだけかまってあげるようにしている。

 僕はこんな親の愛情が、長い将来に渡って子供の心に残るものだと信じている。親が子供にかける愛情が子供の優しさを形成し、将来子供たちが自分の子供を持ったとき、きっと同じように、自分たちの子供に自分が受け取ったのと同じような愛情を捧げようとするのではないだろうか。
 僕の子供に対する愛情は、子供たちにしっかり伝わっていると僕は思っている。だから僕は、叱るときには遠慮せずに子供を叱ることができるのだ。叱ったときには子供は泣いたりするけれど、ユリもダイチもやっぱり僕に寄ってくる。もちろん僕だけではなく、モナにもしっかり寄り添う。
 僕が子供を叱ったときに、モナは持ち前の優しさで子供を包み込むように慰め、叱られた原因を静かに子供に説明している。そんな子供の逃げ場をモナが上手に作ってくれるから、僕が叱り役を本気でできるのだ。
 僕とモナは、お互いのこうした役割分担をこなしながら、そこそこ上手に、子供たちに愛情をそそげているような気がしている。

 もっとも年頃のベルには、二人で少し苦戦している。彼女には、最初はうるさく苦言の連続だったけれど、最近変化の兆しが見えてきたので、様子を見ながら説教を控えめにしだしているところだ。
 ただ、ときどき彼女はフェイスブックで問題発言をしているから、こちらもむきになってムッとすることもある。そんなときには、できるだけ彼女のよいところだけを見つめるようにしようと決意して、僕は心の葛藤を抑えている。
 ダイチはベルのことを「ベーム」と呼ぶ。ユリのことは「チーン」と呼ぶ。これは僕が、いつもユリを「ユリチン」と呼ぶからだ。ベルをベムと呼ぶのは、どうも彼は、言葉の最後にくるエルの発音をまだうまく言えないせいである。例えばアップルはアップン、パイナップルはパイナップンになって、これと同じようにベルはベンではなくベムになる。
 ダイチが大きな声で「ベーム」と叫んでいると、僕はいつもモナに、「妖怪じゃないんだから」と言って、モナはそれで笑いだす。ベル本人も、「ベムじゃない、ベル、べ・ル」とダイチに教えているけれど、やっぱりダイチは「ベーム」と言ってみんなを笑わせる。
 でも僕はベルのことを、本当に少し妖怪みたいだと思うことがある。いつも感情を隠しているし、勝手気ままなところがあるからだ。そして恐ろしくマイペースで、そこはフィリピンのママにそっくりである。お年頃だから僕はどう彼女に接するべきか、本当に戸惑うことが多い。遠慮はいけないと思いつつも、僕が直接ベルに言わなければならないことを、モナに言わせようとしてしまう。
 この部分には、僕なりの小さくない葛藤があるのだ。
 きっとモナと結婚してから、僕がベルとずっと同居していれば、事態は大きく変わっていたに違いない。でも実際は離れて暮らすことが多かった時期に、ベルはどんどん大きくなってしまった。そしてここで一緒に暮らしだしてから、ベルの躾を含む教育が、大きな課題として僕とモナにのしかかっている。
 もっともベルの態度が変わったのは、ここに引っ越す前からだ。それは生活環境の変化が原因ではなく、彼女の年齢的な要因が大きい。年齢的なものであれば、ある程度見てみぬふりをするのも手だけれど、その境界線をどこに引くのか、それが難しい。とにかく僕は僕なりに、今はベルの様子の変化をじっくり観察している。
 そんなベルがダイチを可愛がっているのを見ると、僕は少し救われた気持ちになる。僕は彼女の父親としてどうなのか分からないけれど、彼女に妹と弟をプレゼントしたのは紛れもない事実だ。
 ユリとダイチは、将来に渡って切っても切れないベルの家族である。困ったことがあれば、助け合うことのできる家族なのだ。ベルがそのことを心から感謝する日がくれば、僕はそれだけで満足すると思っている。

 僕は子供たちと一緒に暮らし始めて、前にも増して、三人の健やかな成長を心底願うようになった。働く意欲も俄然増した。そして、生きる意欲も増して、病気をしたくないと真剣に思うようになった。
 なるほどこれが人生だよなと思い、人は与えることで人生をつくるということを、実感として分かるようになった。
 本当に忙しくて体力と精神を消耗する、ありがたい日々である。  

 

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カテゴリー:フィリピン生活
エントリー:751.子育て奮闘日記
2015年08月01日

750.あれの考察

 ある方が、ブログに気を持たせるタイトルをつけられると(例えば『あれ』とか『これ』とか)、あらかた後悔するのは分かっていてもついつい読んでしまうとご自身のブログで書かれていたので、僕もそういったタイトルをつけてみることにした。題して「あれの考察」である。
 さて、一旦『あれ』とうたってみたけれど、『あれ』を何にするのか決めていなかったので、困ってしまった。
 そこで、その『ある方』がご自身のブログの中で、禿げをどのように考えるべきか、興味深い内容に触れられていたので、僕も少し勇気を出して、同じテーマに挑んでみることにした。
 『禿げ』という言葉は何か露骨で刺激的すぎる気がするから、以下『薄い』、あるいは『毛がない』、ときどき『薄々』などという言葉に置き換えさせていただきながら、自分が感じていることを述べてみたい。

 僕が真剣に信じている『薄いとは何か』について僭越ながら述べさせてもらえば、それは人間の進化の一つに他ならない。
 当たり前のことだけれど、人間の進化には、気の遠くなるような時間がかかる。我々は、その長いスパンの中、自分自身の気付かないところで刻々と変化を遂げているのである。そして、頭の毛などなくても大して困らないのであれば、『進化の方向性として、頭の毛は無くなるのは正しい』というのが、僕の持論だ。
 とすれば、脇や更に下の毛はどうなのか、という指摘を受けそうだけれど、そこまではまだ深く考察していないので、よく分からない。耳の穴から毛が飛び出す現象などさらに分からないけれど、まだまだ深くない考えの中では、汚染度の高い部位の毛は、なかなか進化しない(毛がなくならない、減らない、逆に増える)のではないか、と僕は推論している。
 しかし頭の毛は、いつでも新鮮な空気にさらされ、しかも散髪などをしてそこが余分な毛であることの情報を常に遺伝子に送り込んでいるものだから、頭だけは早い進化を迎えている、ということではないかと思っている。
 つまり、人類の歴史がまだ続くとの前提で述べるならば、おそらく千年後の人の頭は全てつるつるで、毛がある人は「気持ちわるい」と指を差される存在になっている、と、僕の持論の上ではそうなっているのである。
 千年後に、何かの拍子にこのブログが発見されたら、『千年前は、驚くべきことに、人の頭に毛が生えていたことが分かった。しかもこのブログ記事は、頭に毛があることが当たり前の時代に、将来人間の頭がつるつるになることを予言している』などとニュースになって、それが世界を駆け巡ることになる。

 突拍子もない話に思われるかもしれない。しかしこの話しには、それなりの根拠があるのだ。まだ誰にも打ち明けていないけれど、それを少し説明すれば、次のようになる。
 進化と共に高度な文明を築いている地球外生物は、既に光の速度を超えて移動する技術を持っている。ときどき地球に姿を現す彼らは、間違いなく高度な技術と文明を持っているのだ。そうでなければ、地球にふらりと旅行にくることなど、到底できないことである。
 そんな彼らに、ふさふさの髪の毛を持っている姿を見たことがあるだろうか。写真や図で紹介される彼らには、見事に毛がない。ロン毛の宇宙人など、想像しただけで笑えてしまうだろう。 
 あまり毛に執着すると怒り出す方がいるかもしれないので、少し余談も挿入しておきたいけれど、今の人間にとって本当に必要なものは、脳と目と耳と口である。逆に手足は、車を含む機械の発達で、それほど重要ではなくなってくるのだ。よって、地球に旅行に来る彼らの多くは、進化した大きな毛のない頭と、ようやく顔に収まる大きな耳や目や口を持ち、手足が細く退化している。(想像していただければ、頭の中に、見事な宇宙人が現れる)
 つまり、高度な文明を持つ彼らは、自らも進化を遂げてあのような姿になっているのである。よって、『毛がないということは進化の証である』ということは、既に彼らが証明してくれていたのだ。
 機械の発達による手足の退化について、これは少し誇張し過ぎかとも思ったけれど、人類が自ら作った機械に翻弄され、飲み込まれつつあることは事実である。
 バイクや自動車、あるいは飛行機による事故のため、人が亡くなる。このようなことは日常的にさえなり、身近で起こってしまった事故については被害者・加害者、そしてその家族の心情は慮るけれど、頻度という点ではさして驚くことでもなくなった。
 そして昨日、普段あまり危険を意識することのないエスカレーターに、生きた人が飲み込まれる事故の映像を見てしまったときには、人類は本当に、自分たちで作った機械に飲み込まれつつあることを実感して寒気をもよおした。
 これは中国で起こった事故だけれど、いい加減な使い方や接し方をすれば、今の世の中はとんでもない事故が多発することを示唆する惨事である。
 ユーザーが利便性を求め、企業が利益を求めながら、社会にはさまざまな機械が氾濫している。そのせいで人の手足が退化するのは、それほど的を外した意見ではないと思える。
(エスカレーターの事故は、子連れの母親が上りきったモールのエスカレータを降りた際、降りた直後の足元のはめ板が陥没し上半身を残し落ちてしまうのだけれど、母親は子供を少し先の床に降ろし、そのあと回転するエスカレータに巻き込まれて、顔を恐怖に歪ませながら引きずり込まれ姿を消した。思い出しただけで気分が悪くなる事故である)

 気を取り直して、進化の話しを続けよう。
 現在の地球において、たまたま人間は進化の過程にあって、髪の多い人と少ない人がマーブルチョコレートのように入り乱れている。しかし僕の推論が正しければ、あと数百年もすれば、薄いのとそうでない人の立場はまるで逆転し、ふさふさな人はそれを隠すため、頭を剃らなければならないはずである。
 僕は会社の会議中、この想像の中に一人深く入り込み、我に返って周囲を見渡したとき、特に女性の長い髪が、人間に何か異常なことが起こっているように見えて仕方なかった。人が無用な髪を長く伸ばしていることに、激しい違和感を覚えたのである。そんなことを思う自分をとても不思議に感じたのも事実だけれど、僕はここで確信したのである。
 人間に髪の毛は不要だし、外観上不つり合いだ。

 つまり僕が言いたいのは、薄いのは人間の当然の進化系として、人より進んだ人(進んでしまった人と表現すると、それはまた変な印象を与えるから不思議だけれど)であり、決して蔑まされるものではないし、隠すものでもないということである。愚かな人間はそのことに気付かず、ときどきくすくすと笑ってしまうこともあるけれど、多くの人はどこかで、「薄々」そのことに気付いているのだ。
 問題は、現在薄いことを負い目に感じている人が、現実的に、あと数百年も待てない、ということである。人間の寿命を考えると、こればかりはどうしようもない。
 薄い人にエールを送るつもりで書き始めたのだけれど、(それが余計なお世話だということも重々承知しているけれど)、ここでそれらの人たちを谷底に落とすようなことになり、大変申し訳ないと心底思う。しかし薄い人は、どうか、自分は先進技術ならぬ先進人だという自負を持っていただき、堂々と生きて欲しいと思っている。
 この辺りで、大切な友だちを失うかもしれないという恐れを感じ始めながら、僕がどれだけ薄い人に一目置いているのか、既に失敗であけた大きな穴を、さらに言い訳で大きく広げるように、その辺をもう少し詳しく述べておきたい。

 世の中を見渡すと、薄い人には特別な人が多い。もちろん全部ではないけれど、すごく頭が良かったり、社会的な偉業を遂げたり、目つきがむやみに鋭かったり、人並み以上の何かを持っている人が多いような気がしている。
 僕はそのことを随分前に気付いたのだけれど、それから、なぜそうなのか、薄いことと人間的能力やまとっている特別な雰囲気、放っているオーラに、何かしら相関はないのかを考えていた。そしてふと、ある推測に至ったのである。
 実は薄い人というのは、地球外生物の遺伝子を、色濃く受け継いでいるのではないか。
 薄い人たちというのは、祖先をたどれば、本当は地球外生物との接点があるはずだけれど、上手に記憶を書き換えられ、資料を改竄され、真の歴史をたどれないようにされた人たちの末裔ではないのだろうか。おそらく彼らが普通の地球人と少し違った能力を持っているのは、そのせいなのである。
 もし丁寧にインタビューをしていけば、ときどき不思議な夢を見るとか、むらむらと内から沸き起こる得たいの知れないパワーを感じることがあるとか、念じてみたら触っていない物が動いたとか、『この女は俺に気がある』と人の気持ちや考えていることが分かってしまうことがあるとか、そんな共通点が見つかるのではないだろうか。だからついつい、『俺だけは違う』、などと気付いてしまうのだ。自覚がないから中々たどり着かないのだけれど、『俺だけは違う』と思ってしまうのは、実は『生粋の地球の人と自分は違う』ということを、無意識に感じ取っているのではないと僕は予測するのである。
 もしかしたら彼らは、本当はもっとすごい、潜在的特殊能力を身に付けているのかもしれない。

 この「薄い」というのは、よく考えれば(実はよく考えなくても)、本人に選択の余地がない。これは、自分の趣味で赤い派手なTシャツを好んで身に付けるような、選択的結果ではないのだ。もちろんそれは、不摂生をした結果でもないし、不真面目に生きてきた罰でもない。単に地球外生物から刷り込まれた遺伝子のせいで、普通の人より先に進化しただけということは、既に述べた通りである。
 それでも、もし薄いということで何か後ろめたさを感じることがあるとしたら、これほど理不尽なことはない。
 何か後ろめたさを感じるとすれば、その理由は単純に、『マイノリティー(少数派)』ということである。
 やはり理不尽だ。
 理不尽とはすなわち、道理をつくさないこと。道理に合わないこと。また、そのさまという意味である。
 言い換えれば、『薄い』イコール『道理に合わないさま』となってしまう。
 何か、神にでもすがりたくなるような言葉だ。
 一応言っておきたいのだけれど、この辺りで僕の文章に悪意を感じる方がいらっしゃれば、それはまったく誤解である。僕はここで、
『普通の人は薄いことと地球外生物遺伝子の因果関係を知らないから、道理に合わないとなってしまうのある。しかし本来は、ここに道理を考えてはならないのである』
 ということを言いたいのだ。
 しかしなぜか日本人は、こんな簡単なことをできない人が多い。
 でも、フィリピン人は違う。この道理を考えない。もしかしたら、考えが及ばないだけなのかもしれないけれど、いずれにしても彼ら彼女らは、自然のことを自然に受け入れることができるのである。
 薄いことだけではなく、包茎、早漏、短足、デブ、ネコ背、小心(チキンハート)、貧乏性、いぼ痔など、本人が好んで選択したことでないこと、言わば自然の成り行きのようなものについて、彼ら彼女らは自然のこととして受け入れてくれるのだ。最後に『お金さえ持っていれば』、と付け足すと身も蓋もなくなるのだけれど、僕はそうではなく、何か付け足す言葉があるとすれば、それは『愛さえあれば』だと信じ切っている。

 フィリピン関連ブログをうたっている関係上、このまま『薄い』だけで話しが終われば困ると思っていたけれど、ようやくフィリピンを関連付けできたので、僕のくどい話はここで終了させたい。
 僕はこの文章を書くにあたり、ずっと頭の中にある方を思い浮かべていた。正直に本心を述べれば、僕はそのある方を心から尊敬し、大好きである。だから、本日の文章の中に悪意というものは微塵もないのだけれど、それでも『誤解』というものが生じてしまう恐れもある。
 だから残念だけれど、大切な友人を失うことを避けたい一心で、ある方が誰であるのかここで披露せず、そのことは墓場まで持っていこうと強く決心している。

 

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posted at 09:55
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カテゴリー:フィリピン生活
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